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結婚
Episode 07 -引越し-
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<ミサトのマンション>

式の日取りも間近に迫り、加えて受験も目前に迫った12月。シンジの身の周りも慌た
だしくなってきた。

「これじゃ、ダンボール全然足りないよ。」

「ンなこと言ったって、こんだけしか収穫なかったんだから、しゃーないでしょ。」

「着てない服、捨てちゃえばいいじゃないか。そんなに広い家じゃないんだしさ。」

「イヤよっ! 今度着るもん。」

「着てるとこ見たことないよ。これって、14の頃の服じゃないか。」

2人は引越し準備の為、荷物をダンボールに詰め込んでいる。とにかくアスカの荷物が
多くて、手持ちのダンボールに入りきらない。シンジは受験勉強もしなければいけない
ので、少しイライラ気味。

「何回かに分けて運べばいいじゃない。」

「そんなことしてたら、時間がいくらあっても足りないよ。トラックだって、半日しか
  レンタルしてないんだしさ。」

「じゃっ、アンタの荷物減らせばっ?」

「ぼくのは、ダンボール1つだけだよ。」

シンジは荷物が少ない。ダンボール1つとカバンに加え、大きな荷物と言えばチェロと
机くらいのものである。ベッドは狭くなるので持って行かない。

「とにかくっ! ぜーーったい捨てたりしないからねっ!」

「だいたい、なんで中学の制服なんかまだ持ってんだよ。」

「アタシに中学の頃の思い出を捨てろってのっ? シンジと会った時の服なのよっ!」

「じゃ、中学の制服はいいとしても、なんで体操服まで持ってんだよ。」

「いいじゃん。これも思い出よ。」

「切りないじゃないかぁ。」

「ウッサイわねぇっ! じゃーっ! また、ダンボール探しに行きゃーいいでしょっ!」

「えーー。今からぁ? 引越し明日だよ?」

「うだうだ言ってないで、さっさと来るっ!」

ブチブチ言うシンジを、アスカは問答無用で引っ張り出す。ダンボールを買うと高いの
で、2人はこのところ夜な夜なスーパーなどの裏手に捨ててあるダンボールを拾いに出
掛けていた。

<コンフォート17マンションの近所>

月が綺麗な夜。シンジの片腕にぶら下がったアスカは、ダンボールが落ちていないか商
店街をきょろきょろしながら歩く。

「あっ、あれっ。結構大きいんじゃないかな。」

「なんか、汚ーい。キャベツのでしょ? 土がついてる。」

「いいじゃないか。」

「こんなのに、アタシの服を入れろってのっ。」

「もうっ。じゃ、他のを探してよ。」

「わかってるわよ。」

再びきょろきょろしながら商店街をうろうろする2人。野良猫が生ごみを漁りガサガサ
と音を立てている。

「ねぇねぇ。」

「ん?」

「結婚式でベール上げあるじゃない?」

「そうなんだよ・・・。みんなの前で、嫌だなぁ。」

「今更、何言ってんのよっ。」

「うーん。」

「でさぁ、アタシ背伸びしても届かないんだけど、どうしよう?」

「いいよ。ぼくが屈むから。」

「あーぁ、やっぱりもっと身長欲しかったなぁ。」

「アスカはそれでいいって言ってるじゃないか。」

「でもさぁ。ベール上げの構図を考えるとねぇ。」

「小さい方が可愛いからいいのっ。」

「かわいい?」

「うん・・・。」

「そっか。そうよね。」

テレ笑いを浮かべているものの、少し満足気なアスカ。一方シンジは、内心他のことを
考えていた。

態度が大きいんだから、体くらい小さくないと困るよ・・・。

そんなこんなで、今晩は5つのダンボールの収穫がありミサトのマンションへ戻る。こ
れで、なんとか引越しの荷物も詰められるだろう。

<ミサトのマンション>

遅く迄掛かって荷物を詰め込んだダンボールが、葛城家には山積になっている。昨日夜
中に帰って来たミサトも、今朝は早くから起き出し引越しの手伝い。

ピンポーン。

「あっ、来たみたいだよ。」

チャイムが鳴り、引っ越し作業用スタイルのシンジとアスカが玄関へ出て行く。扉を開
けると、そこにはトウジ,ケンスケ,ヒカリの面々。

「よぉ、手伝いに来たでぇ。」

「ありがとう。折角の休みにごめんね。」

「ほんなんかまへん。早速始めるで。」

「お昼食べる時間ないだろうから、おにぎり作って来たわよ。」

ヒカリがバスケットに詰め込んで持ってきたおにぎりを差し出す。皆で並び座って昼食
を食べる時間など無いだろうから、こういう動きながら摘まめるご飯は嬉しい。

「わぁ、ヒカリぃ。気が効くーっ。」

「碇くんには、アスカの手料理程おいしくないかもしれないけど。」

「ほ、洞木さんっ!」
「そりゃそうよっ。」

婚約までしている癖に照れるシンジと、自身満々のアスカ。その横で見ていたミサトが、
ぼそりと呟いた。

「あらぁ、今日はわたしがみんなにお昼ご飯作ってあげようと思ってたのに、残念ねぇ。」

「えっと。荷物はダンボールに詰めてあるから。」
「ほか。じゃ、ワイらは重いもんから運ぼうかいのぉ。」
「ヒカリ、こっちをお願いね。」

誰もミサトの話は聞いてない様だ。そこへ、再び開けっ放しになっていた玄関に来客が
現れる。

「よぉ。手伝いに来たぜ。」

次いで現れたのは、加持。相変わらずの不精髭にだらしない格好で、トウジ達の後ろか
ら、片手の人差し指と中指にタバコを摘まんで登場。

「あ、加持さん。来てくれたんですか。仕事は?」

「あぁ、有給がたまっちまってな。こんな時じゃないと使えないだろ?」

「なに言ってんのよ。仕事してんだか、遊んでんだかわかったもんじゃないわ。」

ミサト達の仕事と違い加持は外にいることが多い為、諜報活動をしているのか遊んでる
のか怪しいところである。しかし、最近ミサトの監視が厳しいので変な遊びは命取りに
なるとか・・・。

「酷いなぁ。呼んだのは葛城じゃないか。」

「当たり前でしょ。さ、始めるわよ。重い荷物は、みんなコイツに持たせてやって。」

「はは・・・。」

苦笑いを浮かべながら加持はシンジに近づくと、そっと耳元で呟く。

「結婚が決まると女は強い。シンジくんも注意しろよ。」

「・・・・・・とっくに、手遅れです。」

「シンジっ!! アタシの荷物から運びなさいよねっ!」

「う、うんっ。わかってるよ。」

アスカに言われて、大急ぎで動き出すシンジ。加持はただ苦笑してその様子を眺めてい
るのだった。男など所詮悲しい生き物なのかもしれない。

「アスカぁ? ちょっと待ってよっ。このタンスって・・・。」

「なによ。」

「上と下とか、分かれるんじゃなかったの?」

「これで1つよ。」

「えーーーーっ!!」

てっきり、上下か左右に分かれるものだと思っていたアスカの大きな洋服タンスだった
が、分け目はどこにもなく丸ごと太い大きな木でできている。

「こんなの無理だよ。」

「ナニ言ってんのよ。アンタ男でしょうが。」

「こんなのどうやって持って来たんだよ。」

「さぁ、ここへ来た時は引越し屋さんが運んだもん。」

「それは、クレーンかなんかで入れたんだろ? 持ち上がりもしないよ、絶対。」

「やりもしないで、なに弱音はいてんのよっ!」

「はぁ・・・。」

どうやらここに置いて行く気はさらさらない様だ。力だけは人一倍あるシンジだったが、
こればかりはどうしようもない。トウジや加持に援護を頼むことにする。

「加持さん達、いいかな?」

4隅を男4人で持ち掛け声と共に持ち上げる。なんとかかんとか持ち上がったが、強烈
に重たい。腰や手が抜けそうになり、タンスを持ち上げる手が痺れてくる。

「いちにっ! いちにっ! アスカっ! ダンボールどけてっ!!」

「はいはい。」

「いちにっ! いちにっ! 玄関空けてっ!!」

「はいはい。」

行く手を阻む障害物を、アスカやヒカリが次々にどけて行く。一歩一歩、歩くだけで至
難の業だ。

「シンジっ。ちょ、ちょっと休憩させてくれ。」

「ほ、ほやな。シンジ、ちょっと休むで。」

「わかった。置くよ?」

「おうっ!」

真っ先に根を上げたのはケンスケだった。よっこらよっこら玄関まで持ってきた所で1
度休憩する。

「ほらぁ、シンジ。汗だらけじゃない。」

「そりゃそうだよ。」

「おでこかして。」

アスカが濡れた手拭いでシンジのおでこを拭いている。そんな2人を見たトウジ達は、
余計に暑くなる気分だった。

再び運搬開始。

「「「「いっちに。いっちに。」」」」

「「「「いっちに。いっちに。」」」」

「「「「いっちに。いっちに。」」」」

「「「「・・・・・・・・・。」」」」

なんとかかんとかマンションの廊下へタンスを運び出した4人は、エレベータの前迄来
て愕然としていた。

「シンジくん・・・こりゃ無理だ。」

「そ、そうですね。」

「マジかいなぁ。」

トウジは思わずその場でうな垂れて腰を落としてしまい、さすがの加持ですら唖然とし
ている。タンスが大き過ぎてエレベータに乗らない。つまり、残された手段は階段で運
ぶことのみ。

「俺、帰っていいか?」

「ケンスケぇ。」

「冗談だよ。冗談。けど、帰りたい気分だよ・・・。」

「今度なんかおごるからさ。」

ここでこうしていても仕方がない。再び気合を入れてタンスを持ち上げると、一歩一歩
掛け声を掛けながら階段を降りて行く。

「回りきらないよ。」

階段を一直線に降りた迄は良かったが、コーナーで素直に方向転換できそうにない。

「トウジくん、一旦前に出してくれ。」

「はい。」

「次、シンジくん。ちょと持ち上げれるか?」

「はい。」

「じゃ、ケンスケくん。行くぞ。」

シンジが重い前方を持ち先に階段を降りる。その後ろから加持が後ろから来るトウジと
ケンスケを指示しながら、狭い階段でタンスの方向を変え運んで行く。

「シンジっ! ええでぇ。」

「行くよっ!」

「おうっ!」

「シンジぃ? どうなの?」

そこへ階段の上からアスカの声が聞こえて来た。

「手が痛いよ。軍手持って来て。」

「わかった。」

駆け足で軍手を取って来たアスカは、タンスを階段に置き休憩している加持達に軍手を
渡し、最後に1番下にいるシンジの所迄タンスの横を擦り抜け降りて行く。

「もぉ。手、真っ赤じゃない。」

「だって、重いんだもん。」

「ほらほら。」

軍手を渡す前に、シンジの大きな手を両手で握りマッサージをしてあげる。痛くなった
手がおかげで少し楽になった。

そんなこんなで、タンスが1階のトラックの前迄辿り着いたのは30分ほど経過した頃
であった。

「はぁ、ようやくデカ物運び終わったでぇ。」

「こりゃ、ネルフの訓練よりきついかもな。」

体力に自信のあるトウジや加持もが、しょっぱなからヘロヘロになりながらミサトの家
迄戻って来る。

「お疲れ様。お茶入ってるわよ。」

戻ってきた4人にヒカリがお茶を出してくれる。シンジ達がタンスを運んでいる間に、
アスカ達がいくつかダンボールを運び出した様で、少しリビングが広くなっていた。

「疲れたでしょぉ。」

「あんなに大きなタンスがあるんなら、引越し屋さんに頼んだら良かったよ。」

ヒカリに貰った冷たい麦茶を喉に流し込んで一息つくシンジの後ろに立ち、アスカがそ
の肩を両手でマッサージしている。

「だって、シンジだったらあれくらい持てると思ってたもん。」

「無理だよ。加持さん達が来てくれなかったら、大変なことになってたよ。」

さすがのアスカも大変なものを運ばせてしまったと少し罪悪感を感じているのか、念入
りにシンジの肩を揉んでいる様だ。

「どう?」

「うん、ちょっと楽になったよ。」

「良かったわ。」

引越しの手伝いに来てからというもの、本人達にその気はないのだろうが、こんな光景
ばかり見せられてトウジ達はこれ以上何も見たくないという顔。

「じゃ、楽になったとこでさぁ。シンジぃぃ?」

「ん?」

「ミサトが冷蔵庫1つくれるって。これも運んでぇ。」

「れ、冷蔵庫ぉぉっっ!!!!!!!?」

真っ青になるシンジ。それと同時に、引越しの手伝いに来た途端重い物を運ばされ、ま
た重い物を運ばされるのかと、トウジ達はこれ以上現実を見たくないという顔。

「葛城。お前、冷蔵庫なくなっていいのか?」

「少ししたら、あんたがなんとかしてくれるんでしょ?」

「いや・・・だから、明日からはどうするんだ?」

「ちょっち、ペンペンに我慢してもらうわん。冷蔵庫って買うと高いからねん。」

「うーん。」

加持が最後の抵抗をしたが、どうやら運ぶことは決定事項らしい。やむを得ず男4人は
休む間もなく、再び重労働に勤しむこととなった。

その間も、女性達は小物や洋服の入ったダンボールを次々とトラックへ運び出し、てき
ぱきと作業を進める。そのお陰で、昼前にはほとんどの荷物を積み終わったのだが・・・。

「アスカぁ、どうしよう・・・。」

「まいったわねぇ。」

最後の最後に残ったシンジとアスカの机が、どうしてもトラックに入らない。スペース
はあるのだが、ダンボールが無造作に詰まれていて纏まった空スペースがないのだ。

「1度、ダンボール出すしかないよ。」

「えーーーーっ! また、全部ぅっ!?」

「仕方ないじゃないか。2回に分けて運んでる程、レンタルの時間ないよ。」

「はぁ、なんで最初から計画的に積み込まないのよ。」

「ごめん・・・。」

大きな荷物から先に積めば良かったと後悔するが、今更どうしようもない。やむをえず
また加持達に手伝って貰い、ダンボールを全て出し積みなおすことにした。

「ふぅ。終わったよ。」

「やっとね。つっかれたぁぁ。」

2度手間に30分以上の時間と体力を浪費した後、ようやく全ての荷物をトラックに積
み終った。いよいよ新居に向けて出発だ。

「トウジっ。行くよっ!」

「おうっ! いつでもええで。」

ミサト,ケンスケは加持のランドクルーザに乗り込み、ヒカリはトウジのバイクの後ろ。
シンジとアスカはレンタルしてきたトラックに乗り、新居目指して出発。

「トラックなんか、大丈夫?」

「恐々だよ。でも思ってたより、難しくないや。」

「ならいいけど。安全運転でね。」

「わかってるよ。大事なアスカを乗せてるしね。」

「いやーん。シンジったらぁ。」

真横を走っていたトウジ達のバイクも、いつしかやってられないと2人の姿が見えない
場所迄、距離を置いて走っていた。

「バイクも気持ち良さそうねぇ。」

「こないだ後ろに乗せて貰ったけどさ。トウジの奴スピード出すから怖かったよ。」

「そうなの? よくヒカリ乗ってるわねぇ。」

「洞木さん乗せてる時は、安全運転だからね。」

「ふーん。鈴原の奴でも、ちゃんと考えてんだ。」

少しトウジを見直しているアスカを見たシンジは、1度スピードを出して強烈に折檻さ
れたという事情は伏せておくことにした。

<シンジの家>

皆が新居に到着し、今度はトラックから荷物を運び込む。ミサトのマンションと違い1
階なのでかなり今度は楽である。

「このでかいタンスは、何処に置くんや?」

「とりあえず、適当に置いといて。」

「適当って、ワイら帰ってもたら、1人じゃ動かせへんで。」

「・・・そう・・・かも。アスカぁっ? ちょっと来てっ。」

確かにトウジの言う通りである。みんながいる間に配置してしまわなければ、2人にな
ってはにっちもさっちもいかなくなるだろう。

「なに?」

「これ、何処に置く?」

「そうねぇ。寝室のそっちの壁でいいんじゃない?」

なにやら電話帳を見ていたアスカが寝室の壁を指差したので、最後の頑張りを見せ男4
人がタンスを配置する。

「これで一段落やなぁ。」

「助かったよ。さ、急いでトラック返しに行かなくちゃ。」

「加持さんとミサトに、トラック返しに行って貰ったわよ。」

「そうなんだ。じゃ、加持さんが帰って来たらみんなでご飯食べに行こうか。」

「いや、ワイらはええわ。荷物の整理とかあるやろ。」

「でも・・・手伝って貰ったしさ。」

「えーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

その時、さっきからいろいろと電話をしていたアスカが、金切り声を上げた。何事かと
一斉に振り向く一同。

「明日ってどういうことよ。
  なんですってぇぇぇっ!!
  今日、なんとかしなさいよねっ!
  ちょとっ! なんとかなるでしょうがっ!
  この石頭っ!
  もっ! いいわよっ!」

携帯電話をブチっと切ったかと思うと、怒りを体全体で表現するアスカ。

「どうしたの?」

「ガス通してって言ったら、明日になるっていうのよっ。」

「いいじゃないか。明日でも。」

「今日、お風呂入れないじゃないのよっ!」

「あっ・・・。」

「あー、もう。前もってガス通しておくんだったわっ!」

水道と電気はその日のうちに通ったのだが、ガスだけが翌日になるということだった。
この汗だらけの体で寝るとなると、アスカでなくとも嫌であろう。

「それよりさ、ケンスケとトウジ達、もう帰るって言うんだけど。」

「えー。ご飯食べに行きましょうよ。」

「まだ荷物の整理とかあるでしょ。今日は引き上げるわ。」

「ヒカリぃ。」

「これ以上、お前ら見てたら暑ーてしゃーないしな。」

「うっ・・・。」

トウジのセリフを耳にしたアスカは、こそこそとヒカリの傍へ寄って行く。

「アタシ達、そんなにいちゃいちゃしてた?」

「そりゃもう・・・。」

「おかしいなぁ・・・。そうだったかなぁ・・・。」

「なによその顔。嬉しそうな顔して。」

「えへへへへ・・・。」

思いっきりテレ笑いを浮かべるアスカ。今日は何度も当てられたが、こんな表情をする
アスカを見ているとヒカリも嬉しくなってくる。

「ほな、今度は結婚式行くさかい。招待状送っといてな。」

「はぁ・・・招待状かぁ。」

「なんや、まだ作ってへんのか?」

「うん・・・誰に出そうかって悩んでて。下手に貰ったら迷惑だろうし、でも貰えなか
  ったら怒る人もいるって聞くから・・・。誰に出そうか迷ってて。」

「ほうか。大変やなぁ。ま、頑張りや。」

ようやく引越しも一段落つき、皆が帰った後2人はダンボールのビルに囲まれ新たな自
分達の家の真中に腰を下ろした。

「ねぇねぇ。この辺りに、ダイニングテーブル欲しい。」

「カーペット敷いて、おこたもいいよ。」

「ヒカリの家にあるみたいなのね?」

「洞木さんの家は知らないけど・・・たぶんそうだと思う。」

「うーん。やっぱり、テーブルよ。」

「別にいいけど・・・でも、テーブルって結構高いんじゃないの?」

「ご飯食べる時、困るじゃない。」

「じゃ、明日見に行ってみよ?」

「ばっかねぇ。家具屋さん行ったら高いわよ。通販でいいのよ。安いんだからぁ。」

「ふーん。じゃ、アスカに任せるよ。」

ピンポーン。

その時、この家で初めてのチャイムが鳴り響いた。ダンボールを跨ぎながら慌てて出て
行くアスカ。

「はい。はいはーい。」

「第3新東京電力です。電気を通しに来ました。」

「早いわねぇ。ガス屋とは大違いよねぇ。」

わけのわからない嫌味を言いながら、電力会社の人間を招き入れるアスカ。ひとまず電
気が通れば、いろいろとできることが増える。

「新婚さんですか? 若い奥さんですねぇ。」

「お、おくさん?」

にへらぁぁ。

その一言で、ガス問題で膨れていたアスカも一気に上機嫌。電力会社の人間が帰る迄、
終始ニコニコ顔。

その後、水道局の人間もやってきて、ひとまずポットが使えるようになり、湯を沸かし
始める。

「これでなんとか、お風呂に入れそうね。」

「ポットで、お湯沸かすの?」

「水風呂よりマシでしょ。」

「そうだけど・・・。大変だよ。」

「40度にならなくても、少しでもお湯が混じってたらかなり違うわよ。」

「そうだね。」

なんとか曲がりなりにも風呂に入ることはできそうだ。そっちのことは任せておくこと
にしたシンジは、手近な所から荷物を片付け始める。

「じゃ、ぼくは荷物片付けるよ。」

「いい。いい。アンタは、勉強でしょ!」

「いいの?」

「どーせ、ほとんどアタシの荷物だもん。後はアタシがやるから。」

「うん。じゃ、勉強してくるよ。」

アスカが荷物の整理をし始めると同時に、シンジは自分の1つしかないダンボールを持
って空いている部屋へ入り勉強を始めた。

年が明ければ受験か。
そして、結婚式。
なんだか、フライングで先に新居に来ちゃったな。

本当は、式の後で引越しをしたかったのだが、折角新居が決まったのだから早くに入ら
ないと損だとかなんとかで、アスカに押し切られてしまったのだ。

今年のクリスマスは、ここでアスカと2人っきりか。
まぁ、毎年2人っきりだったけど。

ミサトはいつも加持とどっかへ行くので、2人っきりは2人っきりだったが、自分達の
家でとなるとまた趣が違う。

なんだかいいな。
さって、勉強しなくちゃ。

「ギャーーーーーーっ! シンジぃぃぃぃっ!」

「ど、どうしたのっ!」

「ま、窓がぁぁぁっ!」

何事かと慌てて部屋から飛び出すと、ベランダへ出る所にある大きな窓ガラスの下敷き
になり、押し潰されそうになっているアスカの姿があった。

「何してるの?」

「いいからっ! 助けなさいよっ!」

襲い掛かっている窓ガラスを持ち上げアスカを救い出す。確かに、2メートル以上ある
大きな窓ガラスなのでかなり重い。

「なんで、こんなの外れてるのさ?」

「レールを洗おうと思って外したら、・・・重くって。」

「こんな、アスカの倍くらいある窓持てるわけないだろ。」

「倍もないわよっ!」

「僕が持ってるから、今のうちに掃除したら?」

「うん。ちょっと持ってて。」

窓ガラスを支えている間に、エプロンをつけたアスカが雑巾でサンをごしごしと拭き始
める。そんな姿を見ていると、なんだか1歩1歩夫婦に近付いて来たんだなぁと実感し、
なんとなく嬉しくなってくる。

「はい。こっち終わり。次こっち外して。」

「はいはい。」

逆側の窓ガラスを外しこちらもお掃除。ピカピカだ。一通りサッシの掃除も終わり、窓
ガラスを付けたシンジは再び勉強に戻る。

アスカって、意外と家庭的なのかな?
最近、ほとんど毎日ご飯作ってるし。
昔じゃ考えられなかったな。
さって、勉強しなくっちゃ。

「シンジーーーーーーっ! シンジーーーーーっ!」

「今度は何っ?」

「電気が付けれないー。」

また部屋から出て行くと、ダンボールに乗り高々と蛍光灯を持ち上げているアスカの姿
があるが、天井に届いていない。

「ほら。貸して。」

アスカから蛍光灯を受け取り、背伸びをして蛍光灯を付ける。これで夜になっても安心
だろう。

「ついでに、こっちのも付けといて。」

「うん。どの部屋?」

「寝室ね。」

「わかった。」

ミサトの家から持って来たのは、シンジの部屋の蛍光灯とアスカ部屋の2つの蛍光灯。
ひとまずダイニングと寝室につけ、残りの場所はまた調達しなければならない。

「うんうん。電気もちゃんとつくわ。」

「じゃ、ぼく勉強してくるから。」

「頑張ってね。」

蛍光灯もつけ終わり、シンジは空き部屋に入ると問題集に向かいペンを手に持つ。よう
やく落ち着いて勉強できそうだ。

なんか、アスカって・・・。
頭いいのに、どっか抜けてんだよなぁ。昔っから。
そこが可愛いんだけどさ・・・。
さって、勉強しなくちゃ。

「いやーーーん。シンジぃぃぃぃぃ。」

「もうっ。なんだよっ!」

さっきから同じ問題を読み始めるとお呼びが掛かる。いい加減にしてくれと思いつつも、
呼ばれたら素直に出て行ってしまう。

「洗顔用具、全部忘れてきちゃったわっ!」

「あっ。どうしよう。車、まだミサトさんのマンションだし・・・。」

「取りに行かなきゃ。」

「はぁ・・・。」

「勉強忙しい? なら、アタシが行って来るけど?」

「いいよ。どうせ、車取りに行かなくちゃいけなかったから。」

結局、その日勉強することを諦め、アスカと一緒に古巣へ洗顔用具を取りに戻ることに
したのだった。

<スーパー>

洗顔用具を取って来たついでに、2人は帰り道国道沿いにある大手のスーパーに寄って
いた。

「ガスレンジはいるよね。」

「まだ通ってないけどね。」

まだガスが通るのが1日遅れることを根に持っている様である。それはさておき、ガス
レンジは必需品なので今日中に買ってしまうことにする。

「どれがいい?」

「お魚両面で焼けるのがいいな。」

「これなんかグリルも大きいし、いいかな。」

値段も手頃な両面焼きのレンジを購入し、今度は洗濯機を見に行く。

「結構するなぁ。」

「洗濯機なんかずっと使うんだから、大き目の買っといた方がいいわよ。家族増えても
  使えなくちゃ。」

「そうだね。乾燥機はどうする?」

「あった方がいいけど・・・またお金溜まってからでいいんじゃない?」

「あっ、これ安いよ。広告の品だって。」

「悪くないじゃん。いいわねこれ。」

「じゃ、これにしようか。」

洗濯機も決まりこちらは配達の手続きをして、次へと回る。今度はこちらも必需品と言
っていいだろう、液晶テレビとSDVD。

「大きなテレビがいいなぁ。」

「なにバカなこと言ってんのよ。テレビに20万も出せないわよ。このSDVD内臓の
  液晶テレビでいいわ。」

「20インチだよ?」

「どーせアンタ、テレビあんまり見ないでしょ。」

「アスカがいいって言うんなら、それでいいけど。」

「じゃ、これに決まりね。」

液晶テレビはさほど大きくないので、ガスレンジと同様車に積んで持って帰ることにす
る。配送費用も馬鹿にならない。

続いて、キッチン用具を見に行く。少しはミサトに貰ったものの、どうしても足らない
ものがある。

「あっ、お鍋よっ! お鍋買うわよっ。」

「1つはないと困るよなぁ。」

「これ、可愛いくない?」

「そうだね。」

「これでお鍋作ってシンジと食べるの。」

土鍋を手にして、目を輝かせるアスカ。18歳の少女が鍋に目を輝かせるのもどうかと
も思うが、2人で突付く鍋はいいかもしれない。

「ねぇ、シンジ?」

「ん?」

「なんかさ。ただの買い物でもさ、アタシ達の家の物だって思ったら楽しいね。」

「そうだね。」

両手でシンジの手を掴みぶらぶらさせながら、うつむき加減でなにやら物思いにふける
アスカ。

「ねぇ、アタシいい奥さんになれるかなぁ?」

「なれるさ。」

「ほんとに?」

「窓の掃除とかしてるアスカ見ててさ、そう思ったよ。」

「えへへへ。だって、アタシ達の家だもん。」

「そうだね。ぼく達の家だもんね。」

「はぁ。なんか嬉しいなぁ。そう思わない?」

「そうだね。」

「むぅ。感情が篭ってないわねぇ。」

「だって・・・。」

こうやって面と向かってそういうことを言われると、なんとなく照れくさい。シンジは
ポリポリと頭を掻いてテレ笑いを浮かべる。

「よしっ。さっさと買い物済ませちゃいましょ。勉強しなくちゃいけないんだもんね。」

「うん。」

「掃除もまだしなくちゃいけないし。」

「そうだね。」

「買い物済ませて帰るわよ。アタシ達の家へ。」

「ぼく達の家かぁ。」

賃貸の小さな家だが、自分達の家の物を自分達のお金で自分達で揃え、そこへ帰る。

今年のクリスマス,正月は2人だけで仲良く迎えることになるだろう。

年が明ければいよいよ結婚式。ゴールインを間近に迎えた、慌しい年の瀬の引越しの一
幕であった。

To Be Continued.
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