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コンフォート17
Episode 04 -寝れないよ・・・-
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<コンフォート17マンション>

初めてキスをしたその夜、時計の針が7時前を示し、そろそろ夕食時かとアスカが部屋
から顔を出す。

「ん・・・?」

なんかいい臭いがするわね。
アイツ、男のくせになんでレパートリー多いんだろう?

シンジの持つ料理のレパートリーの方が、自分のそれと比較して多いことに気付き始め
た近頃、どうも悔しい。なんとか対抗して同じ料理を作らないように頑張っているが、
そろそろ限界が近い。

明日、何作ろう・・・。
あれも作ったし。
あっちは自信ないし。
そうだっ! カレーチャーハンにしよう!

カレーもチャーハンも作ってしまったが、まだカレーチャーハンはシンジに出していな
い。そんなことを部屋から出て考えているアスカに気付き、シンジが振り返った。

「あ。今丁度できたとこなんだ。食べる?」

「ええ。お腹空いたし・・・。」

「久し振りに作ったんだ。これ。」

ダイニングに座ると、シンジができたばかりの夕食をテーブルに出してきたが、その料
理を見た途端、アスカの顔が引き攣った。

「なによこれっ!!!!」

「えっ? なにって?」

「いくらなんでも、こんなぐちゃぐちゃなの食べろってーのっ!」

「ぐちゃぐちゃぁぁっ!?」

「ちょっとはアンタにもいいとこあるかなって思ったけど、やっぱりアンタって最低だ
  わっ!!」

この料理は酷過ぎる。あまりにも酷過ぎる。いくら仲が悪いとはいえ、自分はこんな料
理をシンジに出したことなどない。ぐっちゃんぐっちゃんである。

「こんな嫌がらせすることないでしょっ!」

「ぼくの料理のどこが嫌がらせなんだよ。」

「ぐちゃぐちゃじゃないのっ!」

「もんじゃ焼きなんだから、仕方ないだろっ!」

「なによそれっ!」

「これだよっ!」

レシピの本に載っている写真を、不機嫌に開いて見せる。そこには、アスカ曰くのぐち
ゃぐちゃの料理がどうどうと写っていた。

「・・・・・・。」

「そんなに嫌なら食べなくていいよっ!」

唖然とするアスカに対し、折角作った料理をボロカスに言われ、思いっきり不機嫌そう
に料理を片付け始めるシンジ。

「だ、だって・・・。ドイツにこんなもんないんだから、わかんないわよっ!」

「ドイツにないのはいいよっ! けど、ぼくがそんな変な物出すと思ってたったわけ?」

「だってっ! どう見てもマズそうにしか見えないじゃないっ!」

ブチっ!

キスの一件があったので、控え目に接していたシンジだったが、とうとうキレた。

「まずくて悪かったねっ! そりゃ、アスカの料理に比べたらまずいんだろうよっ!」

カチンっ!

アスカも頭にくる。ちょっと自分の方が作れるレパートリーが多いと思って、自慢して
いるようにしか今のアスカには聞こえない。

「誰がこんなぐちゃぐちゃなもんっ! 食べれるもんですかっ!」

「あぁ。いいよっ! ぼくが食べるからっ!」

「お腹も減ってないしっ! 丁度良かったわよっ! あーっ! マズイの食べさされなく
  てよかったーーーっ! だっ!」

ガタンっ!

大きな音をたて、おもいっきり椅子を引き立ち上がったアスカは、料理には手をつけず
ズカズカと部屋へ戻って行く。

ジャパニーズローカルなもん出すんじゃないわよっ!
知ってるわけないでしょうがっ!

ムカムカムカ。

シンジのあの言い様に加え、料理を知らず勘違いしてしまった恥かしさと、自分のレパ
ートリーの少なさの八つ当たりも混じり、腹が立って仕方がない。

絶対あンなもん食べてやるもんですかっ!

とは言え、ぐぅとお腹が鳴る。意地で空腹は満たされない。その空きっ腹が、更にアス
カのイライラを募らせて行った。

<第3新東京市>

狭い路地を青いルノーが行ったり来たりしている。高速を降りてからもう2時間が経過
していた。

「葛城ぃ、腹減ったから何か食わないか。」

「ちょっと待ちなさいよ。今それどころじゃないんだからっ!」

「腹減ってちゃ、見つかるもんも見つからないんじゃないか?」

「近く迄来てるはずなのよ。こないだは電車で来たからしょーがないでしょっ。」

「へいへい。」

去年、昔の職場の先輩であるユイに招かれた時の記憶の糸を辿りながら、今目に見えて
いる街の風景とリンクさせていく。

「そうよっ! あのコンビニだわっ!」

「今度は、本当だと願いたいな。」

「間違いないわよ。あのコンビニ曲がったらすぐだわ。」

「じゃ、わかったところで、コンビニで何か買おうじゃないか。」

「そうね。」

コンビニを曲がった所にそんなマンションがあるのかどうか・・・その真実より早く何
か食いたい不精髭男、加持であった。

「よーし。飯も食ったし、寝場所を探すか?」

「ここ迄来たら、こっちのもんよ! すぐ着くわ。」

「へいへい。期待してるよ。」

それから5分程車を走らせ、とあるマンションの駐車場に車を止める。どうやら本当に
辿り付けたようでほっと一息。

「ほぉ。立派なマンションじゃないか。」

「でしょ。こんなこともあろうかと思って、合鍵作っといたのよ。ジャーン。」

自慢気に見せる勝手に作った他人の家の合鍵。去年ユイがちょっと留守を預けた隙に、
作っておいたものだ。備えあれば憂い無し。

「早速、行くか。」

「ちょっと待って・・・。」

「どうした?」

「部屋・・・電気ついてるみたい・・・なんだけど。」

「おいおい。ここまで来て勘弁してくれよ。本当にその人。、南極へ行ったのか?」

「それは間違いないわ。夫婦揃って。」

「子供は?」

「んーーーー。そういえば・・・でも、確か孤児院に預けてあるとか。」

「戻ってきてるんじゃないだろうな。」

「・・・・・・調べる必要があるわね。」

「流石に子供が住んでたら、無理なんじゃないか?」

「そんときは、適当に言い包めて孤児院に戻すわ。」

やっと辿り着いたコンフォート17マンションだったが、直ぐに中へ入るのは諦め、真
相を確認する為に公衆電話を探す。
携帯電話が普及した2015年、なかなか公衆電話は見つからないのだが、自分の携帯
から掛けるのは危険が伴うのでやむをえない。

<コンフォート17マンション>

静かなダイニングに流れるテレビの音。そこでシンジは1人、ブツブツ言いながらもん
じゃ焼きを食べていた。

不味そう、不味そうって、腹立つなぁ。
嫌なら食べなきゃいいだろっ。

シンジはもんじゃ焼きが好きだった。それ故手間をかけ気合を入れて作った結果が、あ
の言われよう。いくらなんでも腹が立つ。

あー、美味しかった。
こんなに美味しいじゃないか。
よし、アスカのも食べてやる!

テーブルの対面に置かれていたアスカのもんじゃ焼に手を伸ばし、自分の元へ引き寄せ
る。そして、手に箸を持ち・・・・。

                        :
                        :
                        :

プルルルルル。

電話が鳴った。食器を洗っていたシンジは、濡れた手を拭き電話を取りに行く。

乾燥しないようにラップした、アスカのもんじゃ焼きのお皿をキッチンに残して。

「もしもし。碇ですが。
  はい? 葛城さん・・・ですか?
  碇ユイはぼくの母さんですが・・・。
  え、今ですか?
  何の用でしょう?
  はい。
  じゃ、待ってます。はい。」

いったい誰なのかよくわからない。用件は今から行って話すとか、ほとんど一方的に喋
られ電話が切れた。

なんだろう?
母さんの知り合いかな?

どっちにしても今から来ると言っていた為、話を聞けばわかるだろうくらいの気持ちで、
ひとまず残った洗い物を片付けにかかる。

その頃、アスカは。
お腹減ったーーーーーーーっ!
お腹減ったっ! お腹減ったっ! お腹減ったーーーーっっ!!!

部屋の中で転がり回っていた。だが、啖呵を切った手前『やっぱり食べる』などと言う
のは論外として、コンビニにご飯を買いに行くのも格好が悪い。

あのバカのせいよっ!
飢え死にしたら、呪ってやるっ!

空腹とは人をイラつかせる。アスカの八つ当たりも今や絶好調にフル加速。

ピンポーン。

「むっ!?」

チャイムの音。一瞬またヒカリが来たのではないかと期待が走る。ヒカリでも来てくれ
たら、それにかこつけてうやむやのうちにご飯にありつけるかもしれない。

「むむっ?」

襖の向こうに意識を集中させ、来客の様子を伺う。ここまで期待させておいて、新聞屋
だったなんて冗談なら、帰り際に植木蜂を落としてやる。

しかし、残念ながらクラスメートでも新聞屋でもないようだ。シンジと一緒にリビング
へ入って来ていている。シンジの声が聞えて来る。

「あの、話って何でしょうか?」

「シンジくんって、ずっとここに住んでたの?」

「いえ、ついこの間迄は孤児院にいました。」

ニヤリとほくそ笑むミサト。

「じゃ、どうして今ここに?」

「父さんと母さんが南極に行っちゃって。留守番しなくちゃいけないんで。」

ゲンドウ、ユイ不在を確認し、更にニヤリとする。

「でしょぉ? ごめんねぇ。来るのが遅れちゃって。」

「遅れて? なにが・・・です?」

「実は、ユイさんに頼まれて、この家の留守番預かったのよ。」

「えっ? な、なんです?」

突然目の前に現れて、しかも言っていることがさっぱりわけのわからない女性に、目を
白黒させてしまう。いったいこの人は何が言いたいのだろう?

「じゃ、そういうことでもう帰っていいわよ。」

「???
  帰ってって、ここがぼくの家ですけど。」

「葛城。話が飛び過ぎだぞ。つまりだ、シンジくん。俺達が留守を預かるから、もう孤
  児院へ戻っていいってことさ。」

「はぁぁぁっ!?」

「葛城、荷物を纏めるのを手伝ってやったらどうだ?」
「そうね。膳は急げっていうしぃ。さ、始めましょっか。」

「ちょ、ちょっと待って下さい。」

シンジの言うことなどお構いなしに、無理矢理背中を押して急かせる。

「いいからいいから。」

「そ、そんな。ちょっとっ。」

完全に話の主導権を握ったミサトは、この時点で心の中ではガッツポーズを取り、完全
に勝利宣言をしていた。

なーんだ。
あの碇ゲンドウの息子だから手強いかと思ったけど。
かーいい坊やじゃない。
こんな子ならチョロイわん。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。別にあなたが留守番しなくても、ぼくが・・・。」

なんとか抵抗しようとはするシンジだったが、ミサトは攻撃の手を緩めない。

「もう家売って来ちゃったから、わたし達に気遣いはいいわ。安心して。」

「い、家を売って来たぁぁっ!!???」

「そうよん。それだけ責任持って預かるってことよ。だから大丈夫。今迄ご苦労様。」

「そ、そんなっ・・・。じゃ、じゃぁ、ぼくは・・・。」

「さ、さ、荷物纏めましょ。孤児院へ戻っていいわよん。」

嫌がるシンジの背中をぐいぐいと押して、ミサトがトドメを刺そうする。その時だった。
大きな音を立てて目の前の襖が、ガッターーーンと開く。

「ざけんじゃないわよっ!!!!!」

腰を抜かさんばかりにたまげるミサト。シンジ1人だけだと思っていたのに、いきなり
威勢の良い女の子が、目を釣り上がらせて迫って来ているではないか。

「アタシは、ここの留守を預かれって言われて来たのよっ! 絶対出て行かないわよっ!」

「あ、あなた・・・誰?」

「アタシのママは碇ユイさんの親友よっ! アンタこそ何よっ! 勝手にズカズカ上がり
  込んでっ! シンジは騙せても、このアタシは騙されないわっ!」

思わぬ伏兵がいた。シンジは見た瞬間に、その雰囲気から勝利を確信したが、この娘は
どう見ても手強い。マジに激ヤバである。

「わたしも、家売ってまで来たのよっ! はいそうですかって引き下がれないわっ」

なんとか、状況を整理をし自分を取戻したミサトが、反撃体勢に入る。

「知ったこっちゃないわよっ!」

「でも、どうしてあなたみたいな歳の子が、こんなとこで男の子と一緒に留守番してる
  の? おかしいじゃない。おうちに帰りないさい。」

それができりゃ、こんなに苦労してないわよっ!
このババーっ!

目を吊り上げ、ミサトの前に迫る。

「ママも南極に行ってるから、ここに来るように言われたのよっ!」

「お母さんに言われて来たっていうの?」

「そうよっ!」

「おかしいわねぇ。年頃の男の子と一緒に暮らせなんて言うお母さん、いるとは思えな
  いんだけど。」

「だからそれは、なんかの手違いで・・・。」

「んーー? 怪しいわねぇ。お母さんに内緒でここに来たんじゃないのぉ?」

「なわけないでしょーがっ!」

「おい、葛城。学校に電話したら、何かわかるんじゃないか?」
「ふむ・・・それもそうね。」

「げっ!」

思いっきり引き攣るアスカ。これ以上、学校で怪しまれると非常にマズイ。

「こ、婚約してるからよ・・・。」

あまり言いたくなかったのか、ボソボソ呟くアスカ。

「ん? なんか言った?」

「アタシとシンジは婚約してるからっ! 親が認めた仲なのよっ!!!」

「・・・うそ。」

たじろぐミサト。

シンジだけならなんとかなりそうだ。その前に、この娘を追い出す口実が欲しい。だが
婚約と言われては理由もなく、肝心の親は南極で連絡がつかない。

しゃーない。
まずは妥協して、作戦を変えるか・・・。

「でも、ここの留守を頼まれたことに間違いはないわ。きっと、あなたの言っているこ
  とが真実なら、子供だけの生活じゃ不安だから、わたし達に留守番を頼んだのよ。」

「な、なんですってーーっ!」

そんなわけがあるはずがない。自分達が一緒に暮らしていることを、キョウコは知らな
いのだ。だが、それを言ってしまえば、自分の嘘がばれてしまう。

「そりゃ、そうだ。葛城の言う通だな。子供だけでなんて、やっぱり心配だ。」

「ぐ・・・。」

「シンジくんもそう思うでしょ。」

ようやくアスカが話に詰まったので、矛先をシンジに向けるミサト。

「で、でも・・・。」

「あら? 2人が一緒に暮らしてるって、お母さんが知ってるなら、当然の判断でしょ?」

「・・・・・・。」

「じゃ、決まりね。」

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

反撃の言葉が思いつかず、黙りこくるシンジとアスカを目の前に、ミサトはしてやった
りの顔で見下ろす。

「ま、2人が嘘ついてるんなら話は別だけど。」

「本当に決まってるでしょっ!」
「本当ですよっ!」

「じゃ、いいじゃない。これから、仲良くしましょ。」
「で、俺達はどこの部屋で寝ればいいんだ?」

「空いてるの、あそこしかないわよ。」

不機嫌さを爆発させて、アスカが1番狭い部屋を指さす。

「どうして? こっちとこっちの部屋は?」

「こっちはアタシっ! あっちはシンジっ!」

「はぁ?」

「なによっ!」

「婚約してるのに、別々に寝てるっ? そんなわけないわよねぇ。」

「なんですってーーーっ!」
「えーーーーーっ!」

ミサトの言いたいことがわかり慌てふためくシンジとアスカ。その反応を見たミサトは、
2人が嘘をついているのだとピンときた。

やっぱり怪しいわね。
ちょっと攻めたら・・・。
追い出すのも時間の問題かも。

「あらぁ? どういうことかしら? まさか、婚約が嘘だったとか言わないわよねぇ。」

「ンなわけないでしょっ!」

「じゃ、どうしてわざわざ部屋を分けてるのかしら?」

「シ、シンジが風邪ひいてたからよっ!」

「あっれぁ? どこも悪くないみたいだけどぉ? ねぇ、シンジくん。」

「あ、もう治ったんです。」

「じゃ、もう別々に寝なくてもいいじゃない。」

「え・・・で、でも。」

「一緒に寝たらぁ? 婚約してるんでしょぉ?」

チシャ猫の様な笑みを浮べてシンジとアスカの反応を見る。その顔を目の当たりにした
アスカが・・・とうとうキレた。

「シンジっ! さっさと布団持って来なさいよっ! いつまでそっちで寝てんのよっ!」

「えーーーーーーーっ!?」

「いっつも一緒に寝てたでしょうがっ!」

これでどうだっ!とミサトを見返すが、ミサトもまだまだ攻撃の手を緩めない。

「んーー? 別々の布団? 普通、一緒の布団で寝るんじゃないかしらぁ? ねぇ、加持?」
「そうだな。俺ならそうするな。」

「!!!」

引き攣るアスカ。勝ち誇った様な顔で見下すミサト。

こ、このババーがぁぁぁっ!!!
負けてらんないのよっ! このアタシはっ!

「あったりまえじゃんっ! お客さん用の布団を片付けるから持って来てって言っただ
  けよっ!」

「へぇ、お客さん用のだったの。じゃ、わたし達が使うわ。」

「ぐぐぐっっ!!!」

布団が1つになってしまっては、本当にシンジと肌を寄せ合って寝むらなければならな
い。が、言い返す言葉がもうない。

「わかったわよっ! しゃーないから、貸してあげるわよっ! 感謝するのねっ!」

「アスカっ! ちょっとっ!」

「シンジは黙ってらっしゃっ! それでいいわねっ! ミサトっ!」

「それはどうも。じゃ、加持、荷物の整理するわよ。」
「そうだな。」

「フンっ! シンジっ! さっさといらっしゃいよっ!」
「・・・・・・。」

ズカズカと部屋へ入って行くアスカ。シンジはもうどうしていいのかわからないと言っ
た顔で、自分の荷物などをアスカの部屋へ幾度かに分けてひとまず運ぶ。

同じ頃、自分と加持の洗面用具を洗面所に持って行ったミサトは、櫛を置きながらある
ものに目を止めた。

間違いないわね。
あの2人。嘘ついてるわ。

シンジとアスカのコップ,歯ブラシ,タオル,石鹸,櫛などが、全て別々に用意されて
おり完全に離れた位置に置かれている。ミサトは勝利を確信しニヤリと笑みを浮かべた。

一方アスカの部屋では。

シンジとアスカがヒソヒソ声で言い合っていた。

「どうするんだよっ! こんなことになっちゃってっ!」

「なに言ってんのよっ! 追い出されるよりマシでしょうがっ!」

「ぼくに、どうやって寝ろってんだよっ! 布団なくなっちゃったじゃないかっ!」

「しゃーないでしょ。」

「しゃーないって、床で寝るの嫌だよっ!」

「アンタバカぁ、いつ見られるかわかんないのよっ!」

「なにがだよっ!」

「一緒に布団に入ってなかったら、変でしょうがっ!」

「そんなの嫌だよ。アスカはいいのかよっ!」

「よくないけど・・・それしか方法ないでしょっ! どーせ、最近学校じゃベタベタく
  っついてばっかなんだから、もーいいわよ。」

「それとこれとは別じゃないか。」

「じゃ、家追い出されていいってのっ!?」

「・・・・・・。」

「こうなったら、こっちがアイツらを追い出すのよっ! 傷つけられたプライドはっ!
  10倍にして返してやるんだからっ!」

意気込むアスカを見て、シンジはクスリと笑みを零す。

「何がおかしいのよ。」

「アスカらしいやって思っただけだよ・・・。よし、じゃぁ頑張ろう。」

「うんっ! じゃ、今日は寝るわよっ! それと、必要以上にくっついたら殺すわよっ!」

「わかってるよ。でも・・。」

「でもじゃないっ! 変なとこ触ったら、絶対殺すからねっ!」

「違うよ。これ。お腹減ったろ。」

ふと見ると、さっきアスカが残したもんじゃ焼きの入った皿が、ラップを掛けられシン
ジの荷物の上に置かれていた。

「アンタ・・・。」

もうお腹が減って仕方がない。しかし、ミサトの一件でうやむやになっていたが、1度
意地を張ってしまったものを、そう簡単に撤回できるアスカではない。

「だれがっ。そんなぐちゃぐちゃなの。」

「じゃ、ミサトさんにあげようかな。」

もんじゃ焼きを持って立ち上がろうとするシンジに、アスカは慌てて手を伸ばし服を引
っ張る。

「敵にあげてどーすんのよっ。」

「だって、捨てたら勿体無いじゃないか。」

「あの女に渡すくらいなら、アタシが食べるわよっ。」

「そう? じゃ、お願いするよ。」

「しゃーないわね。」

シンジから箸を受け取り、冷えてしまったもんじゃ焼きを食べる。アスカは思った。き
っと暖かいうちに食べてたら、もっともっと美味しかったんだろうなと。









「着替えるから、あっち向きなさいよ。」

「じゃ、ぼくも着替えようかな。」

「勝手にすれば。」

1つの8畳の部屋で背中合わせに立ち、部屋着からホットパンツとタンクトップに着替
えるアスカと、Tシャツと短パンに着替えるシンジ。

ん? ホットパンツ・・・、タンスん中だっけ?

あれ? 短パンは。あぁ、箱ん中だ。

ホットパンツを取ろうと左向くアスカと、短パンを取ろうと右向くシンジ。伸ばした2
人の手が綺麗に重なる。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「キャーーーーーっ! なに見てんのよっ!」

慌てて座り込み、タンクトップをぐいと引っ張りパンツを隠す。ふと見ると、シンジも
パンツ1枚。

「いやっ! 何見せんのよっ! このヘンタイっ!」

バッチーーーンっ!

言い訳しようとしたシンジに一言も発する猶予を与えず、思いっきり振りかぶってビン
タのクリーンヒット。

「いっ、痛いじゃないかっ!」

「変なもん見せるからでしょうがっ!」

「アスカも同じだろっ!」

「キャーーーーーーーーーっ! どこ見てんのよっ!」

バッチーーーンっ!

ビンタ再び。シンジが仰け反った隙に、タンスからホットパンツを引っ張り出し、慌て
てそれに足を通す。

「な、なんでぼくばっかり殴らんなきゃいけないんだよっ!」

「すけべな顔してるからでしょうがっ! さっさとズボン履きなさいよっ!」

「今履いてるだろっ! パンツ見たのはお互い様じゃないかっ!」

「男と一緒にしないでっ。」

「なんだよそれぇ。いつもいつも、そうやって勝手なのが嫌なんだよっ!」

「アタシだって、アンタみたいなっ・・・うぐ。」

その時、自分達の声を聞きつけたのか、シンジの背後の襖がすこーしだけ開きミサトが
中を覗いてきたのがアスカの目に止まった。

あのババーっ!
そうはさせるもんですかっ。

「シンジぃぃ。さ、寝ましょ。」

「先に寝たらいいだろっ。」

「シッ。ミサトが見てるのよ。」

「えっ?」

「振り向かないでっ。」

何気なく近づいて来たアスカに囁かれ、シンジは振り返ろうとしたがそれを止められる。
どうやら、ミサトが婚約のことを探っているようだ。

「ちょっと早いけど、もう寝ようか。」

「うんっ。ずっと風邪引いてたから、1人で寝るの寂しかったのよぉ。」

「ごめんね。今日からはまた一緒に寝れるね。」

「嬉しいぃ。シンジぃ。」

2人で1つの布団に肌を寄せ合い潜り込み、すっぽりとアスカの赤いタオルケットを頭
まで被る。

「こっち来るんじゃないわよっ!」

「狭いんだから仕方ないだろっ。」

「あっち向きなさいよっ!」

「アスカこそ、暑いんだから背中くっつけないでよっ!」

「アンタがそっちに寄りゃーいいんでしょうがっ。」

「壁じゃないかっ!」

ミサトの視線からタオルケットで逃れた途端、狭いシングルの布団の中でわずかな場所
を取り合って早速喧嘩を始める2人。

「もうっ。寝るんだから、静かにしてよっ。」

「アタシだって寝るわよっ!」

なんとか目を閉じて眠ろうとするが、1つの布団で2人が寝なければならないのだ。ど
うしても、肌と肌が触れ合ってしまう。

ね、寝れない・・・。
アスカもう寝たのかな。
まだ、起きてるのかな。

背中に当たるアスカはじっとしており、寝ているようにも思えるが自分と同じでただじ
っとしているだけかもしれない。

いつも学校じゃ、腕組んでるのに。
意識してる? ぼくが? アスカを?
そんなことあるもんか。

意識して眠れないなんてことがアスカにばれるのが嫌で、体を固めてじっと横になる。
だが心臓が高鳴り、なかなか眠れそうにない。

心臓が・・・。
そうだ。暑いからだ。
アスカなんかに、ドキドキしたりするもんかっ。
くそっ! 寝るぞっ! 寝てやるっ!

電気を消した暗い部屋に敷かれた1つの布団。その中でシンジが自分と必死で戦ってい
ると、その横からアスカの寝息らしきものが聞こえてきた。

なんだ? コイツ。
どうしてすぐ寝れるんだよ。
ぼく、信頼されてるのか?
いや・・・きっとバカにされてんだ。
ちくしょーっ!
襲ってやるぞっ!

と意気込みつつも、そんなことができるシンジではなく、ただモンモンとした時間が過
ぎようやく眠りにつけたのは、日が変わってからしばらくした頃だった。

2時過ぎ。

部屋の端のベランダへ出るガラス戸に凭れ、月を見上げて座るアスカの姿。

「寝れないよ・・・ママ。」








翌日。

寝不足気味の1日が終わり、学校からシンジが帰宅する。アスカは授業中、ずっと寝て
ばかりいたようだ。

洗濯でもしようかな。

ミサトや加持は仕事とかでまだ帰っておらず、アスカもヒカリの家へ行ったので今は1
人。今の間に自分の衣類の洗濯を終わらせてしまうことにする。

洗濯機が脱水を終え、機械的な音を鳴らす。

少ない自分の洗濯物を籠に入れ、ベランダで物干しに干す。

ヒラヒラヒラ。

薄いピンク色の花びらが、日の光に輝き宙を舞っている。

ん?

フサ。

シンジの顔にそれが乗ってきた。花びらというには、少々大きかったようだ。

なんだ?

額の上に乗ったそれを手で摘んで取って見ると。

「なんだこれっ!? パ、パンツ?」

びっくりして、女性物のパンツを手にするシンジ。

「ごめんなさーい。」

声が聞こえてきた。上の方を見上げると、ショートカットの黒髪のお姉さんがこちらを
覗き込んでいる。

彼女の名を、伊吹マヤ。

同じコンフォート17マンションの住人で、シンジの家の上に住んでいる。その部屋は、
一面が薄いピンクであしらわれており、身の毛もよだつような少女趣味の持ち主。そし
て、更に・・・。

彼女は、1階下の住人を・・・いや髭親父のことを嫌っていて、できるだけベランダに
出ても下を見ないようにしていたのだが、いつのまにか状況が変わっていたようだ。

かっ、かーーーわいいっ!!!
だれだれ? あの子?
そうだっ! パンツっ!

「今から取りに行くからぁ。ごめんなさーい。」

「はい。玄関で待ってます。」

マヤは大慌てで、ヘアスタイルを整え手早く化粧までし、お気に入りのフリフリな洋服
に着替えてパンツを取りに、下の階へ降りて行く。

碇家のチャイムを押すと、すぐにシンジが紙袋を手に出てきた。

わたしを待っててくれたのね。
いやぁーん。紙袋にまで入れてくれてぇ。

「あ、あの・・・これ。」

「ありがと。」

「い、いえ・・・。」

恥ずかしそうにパンツの入った袋を手渡すシンジに、笑顔で微笑みかけると顔を更に赤
くしている。

なんて、純真な子なのぉ。
かわいいっ! かわいいわぁ。

「あなた、名前は?」

「碇シンジです。」

「わたし、1階上の伊吹マヤ。いつからここに?」

「父さん達が南極へ行っちゃったんで、留守番に・・・。」

えーーーっ!
じゃぁ、あの髭もいなくて、この子だけぇ?
チャンスだわ。

「それじゃ、生活とか困るでしょう?」

困るなんてものではない。
アスカに始まり、今ではもうひっちゃかめっちゃかである。

「それは・・・もう。」

「でしょうねぇ。また、ご飯とか作りに来てあげるから、なんでも相談してね。」

「はい。ありがとうございます。」

「じゃ、またくるわね。」

そういって、扉が閉まる。

パンツの入った紙袋を手に、しまりの無いにやけた顔のマヤ。

なんてかわいいの。
あの子は、わたしのものにするわっ!
あーん。シンジくーん。お姉さんが優しくしてあげるわねぇ。

今日から毎日のように、なんでもいいから適当に理由をつけてシンジの家に来なければ
と誓うマヤであった。

To Be Continued.
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