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コンフォート17
Episode 05 -かぜそばえ-
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<コンフォート17マンション>

ミサトや加持と共同生活をするようになって数日が過ぎた。

家事の当番制は、そのままミサト達にも適用され交代で食事を作ることになり、本日は
初のミサトの当番。なぜか加持は用事があるとかで、今日は外で済まして来るらしい。

「ちょっと。あれなによ?」

「さぁ・・・。」

「カレー作るとか言ってなかったっけ。」

「さぁ・・・。」

テーブルに座るシンジとアスカの前でカレーを作るミサトの周りには、ありとあらゆる
調味料の山、山、山。

塩,胡椒に始まり、砂糖,醤油,味噌,みりん、あげくにはシナモンやらバニラエッセ
ンス、乾燥した豚の耳を磨り潰したものまでもが・・・。

「日本って、カレーにあんなもん入れンの?」

「さぁ・・・。」

ぷぅ〜〜ん。

「な、なんか、変な臭いしてきたわよっ! どうなってんのよっ!」

「さぁ・・・。」

ぐちゅぐちゅぐちゅ。

「な、なにっ!? 変な音してないっ!?」

「さぁ・・・。」

「ちょっとっ! アタシ達の置かれた状況がわかってんでしょうねっ!」

「さぁ・・・。」

「アンタっ!!」

気の無い返事ばかりするので、怒ってシンジに目を向けると、既にシンジはあらぬ方向
を焦点の定まらぬうつろな目で見ており、現実逃避の真っ只中。

「シンジっ! シンジっ! しっかりっ!」

1人だけあちらの世界へやってなるものかと、前後左右にガクガクガクガクガクと激し
く肩を揺する。

「はっ! ぼくは・・・?」

シンジもようやく我を取り戻したようだ。

「はーい。特製カレーできたわよぉ。」

もう1度、現実逃避したくなる。

「どうしようアスカ。」

「どうすんのよっ!」

目の前にドンっと置かれる2つの大盛カレー。予想していたものとは異なり、見た目は
ごく普通のように見える。

「アスカってカレー好きだったよね。食べてみたら?」

「ア、アンタっ!!!!」

「あっらぁ、そうなの? じゃ、食べてみて頂戴?」

「うっ・・・。」

ミサトはニコニコと嬉しそうな視線をアスカに向け、アスカはムカムカと怒りに満ちた
視線をシンジに向ける。

この裏切りモンっ!
殺してやるっ! 殺してやるっ! 殺してやるっ!

とは言え、後で食べるか先に食べるかの違いがあるだけで、どのみち食べなければなら
ないことに変わりはない。アスカは目を閉じ、一気に口へほおり込む。

「ん? な〜んだぁ。けっこう美味しいじゃない。」

パクパクと口に入れて、ニコリと笑みを浮べる。

「え? そうなの?」

その言葉を聞き喜ぶミサトを前に、ようやくシンジも安心してカレーを掬ったスプーン
を口に運ぶ。

「☆※□△○☆!!!!」

なにが美味しいだ。とんでもないではないか。ジロリとアスカの方を見ると、してやっ
たりの笑み。油断して食べただけに、その衝撃が極めて大きい。

「よくもっ。」

「へへーんだっ! アンタが、裏切るからよっ!」

「はぁ・・・そんなことより・・・これが・・・。」

「そうよね・・・はぁ。」

視線をカレーに戻し、2人して大きな溜息を零す。どっちが先に食べるかよりも、いか
にしてこれを食べ切ればいいのかという問題の方が遥かに大きい。

「胃腸薬残ってたっけ?」

「粉薬しかないけど。」

「あんまり、好きじゃないけど・・・それでいい。」

「アタシも・・・。このカレーより、粉薬の方がマシだし・・・。」

自分の作ったカレーをラーメンに掛け美味しそうに食べるミサトを除き、阿鼻叫喚,地
獄絵図の夕食は終った。

当然のことながら、仕事をしているミサトに夕食を作って貰うのは悪いとか、大人とは
時間が合わないからとか、なんでもいいから・・・ほんとになんでもよかった・・・尤
もらしい理由をコジつけて、翌日からシンジとアスカは自分達の分は自分達で作るとい
うことにした。

その夜、布団の中。

「あの・・・お腹痛いんだけど・・・。」

「アタシも。」

2人して布団に潜り「く」の字に体を曲げてお腹を押さえている。何かに当たったと言
うより、胃か腸が拒絶反応を起こし吐き出しそうという感じで気分が悪い。

「だいたいアスカが、『共同生活するからには当番制よ』とかなんとか言うから・・・。」

「アンタだって、賛成したでしょうがっ。」

「最初に言い出したのは・・・いたたたた。やめよう。喧嘩する元気ない。」

「アタシも・・・いたたたた。」

とにかくお腹を暖めなければならない。狭い布団を2人でこんもり被りぴったりとくっ
ついてじっと横になる。『体を近付けるな!』とかそんなことを言う元気もなく、ただ
じっとしているだけで精一杯。

一緒に寝るようになってから、毎晩毎晩なかなか寝付けなかったが、意識が腹痛に行っ
てしまい、近頃の寝不足も大きく後押しして、その日2人は早々と眠りにつくことがで
きた。

翌朝。

手が痛い・・・。

昨日早く寝た為か、いつもより早い時間に目を覚ますと左手が痛い。なんだろうと振り
向くと・・・普段は朝が弱いアスカだが、一瞬にして目がパチクリ。

「なにしてんのよっ!」

なにをしてるもなにも、自分が寝ているシンジの頭を胸に抱きかかえて寝ているではな
いか。そのせいでちょうど左手が腕枕状態になっており痺れている。

「どきなさい・・・いっ、いったーーーっ!」

シンジをどかそうと力を入れると、左手がジーンと痺れ悲鳴を上げてしまう。身動きが
すぐにできそうにない。

「どうしたのっ!?」

アスカの悲鳴を聞きつけたのか、来なくていいのにミサトが勝手に部屋の襖を開けて部
屋を覗き込んで来た。

ヤバイ・・・。
寝た振りしとこ。

とにかくミサトが去って行く迄シンジの頭を抱かえ込んだまま、寝た振りを決め込む。
すると、顔にかかる圧迫感からかシンジがモゾモゾと目を覚まし出した。

今、起きるんじゃないっ!
寝てろっ! 寝てろっ!

アスカの願いも虚しく、目をパチリと開けた途端、眼前にアスカの胸が広がり慌てて飛
び起き様とするシンジ。

「むがっ!」

このバカっ!
寝てろっつってるでしょうがっ!

ぎゅーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!

今はミサトが見ているので、騒がれるとまずい。アスカは両手にめいいっぱい力を込め
て、シンジの頭を抱き込み顔を胸に押し付ける。

「むがむが。」

「ミサトが見てんのよっ! 静かにっ!」

小声に絞り、耳元で叫ぶ。

「むがむが。」

「静かになさいっ!」

焦ってもう1度小声で叫ぶ。

ようやく寝起きの頭が冷静になってきたシンジは、状況を理解し静かにしようとするが、
この体勢は恥かしい、それ以上にこのままでは窒息してしまう。

アスカもこの状況をなんとかしたく、チラチラと薄目を開けて襖の前に立つミサトの様
子を見るが、わざとやっているのか口元に指を当てたまま立ち去ろうとしない。

あのババー!
さっさと行けっつーのよっ!
人の部屋、勝手に開けるなっ!

なかなかミサトが出て行ってくれないので、いつまでもシンジの顔を胸に押し付けっぱ
なしになってしまい、やっている自分でも恥かしくて仕方がない。

く、苦しい。
助けて・・・。

その頃シンジは死の淵を彷徨っていた。既に恥かしいなどという感情は吹き飛び、なん
とかして少しでも呼吸のできる位置さ探し求める。その度にアスカのブラをしていない
胸に顔を埋め込みモゾモゾと動かすことになる。

コイツ。
どさくさに紛れてエッチなこと考えてんじゃないでしょうねっ!
なに顔擦り付けてんのよっ!

まさかシンジが自分の胸のせいで、死にかけているなどと知らないアスカは、少しでも
シンジが動かない様に必死で頭を押さえ付ける。

スーハー。スーハー。

胸の前で息を吸い込む音が聞えてくる。アスカもシンジの状態に気付けばいいのだが、
顔を真っ赤にしながらそこまで頭が回らない。

コイツっ!
アタシを臭ってんじゃないでしょうねっ!
やっぱりヘンタイだわっ!
後でシバキ倒してやるっ!

スーハー。スーハー。

死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!
助けてっ!
む、胸が苦しいっ!
もう駄目だっ!

その時仕事の時間が迫った為かガタリと音がし、ようやくミサトが部屋から出て行って
くれた。アスカはすぐさま両手を離し怒りも露にビンタを食らわそうとスイング。

「ちょっと、アンタっ!」

しかし、それより早くシンジはガバっと飛び起き、目を白黒させて必死で酸素を取り入
れようと深呼吸をし始める。

「はぁはぁはぁ。し、死ぬかと思った。はぁはぁはぁはぁはぁ。」

なんだか様子がおかしい。ビンタを中断し何が起こったのだろうと、布団に足だけ入れ
上半身を起こし、苦しそうにしているシンジの顔を覗き込む。

「はぁはぁ。あんなに押し付けたら、息できないじゃないか。はぁはぁはぁ。」

「あっ!」

ようやく自分のしていたことに気付いたようだ。

「はぁはぁ。あー、苦しい・・・で、何?」

「へ? 何って?」

「だって、今、『ちょっと、アンタ!』って。」

「あっ・・・、な、なんでもないわよ。」

自分が1人よがりで変なことばかり想像していことを知り、何を考えていたかなど言え
るはずもなく、あらぬ方向を向いて話を誤魔化す。

「ふーん。ん? まだ6時過ぎじゃないか。」

「早くに目が覚めちゃったわね。」

「昨日、9時頃寝ちゃたからなぁ。」

2人して足だけ布団に入れベッドに並んで座り、時間を持て余す。ミサトと加持が仕事
に出掛ける迄は、できれば部屋を出たくない。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

しかし、こう穏やかな雰囲気になると会話が続かない。そんな気まずい雰囲気をなんと
かしようとアスカが口を開く。

「今日も劇の練習よね。」

「はぁ・・・そっか。また変なことにならなきゃいいけど。」

「また、キスさせられるのかしら。」

「今度は、ちゃんと断わるよ。」

「断るの?」

「うん。いくら婚約者って言っても、学校でなんかしないよ。たぶん。よく知らないけ
  ど。」

「そっか。たぶんそうね。」

こんなに穏やかに話ができたのは初めてかもしれない。そうこうしている間に、ミサト
と加持が仕事に出て行く音が聞えて来た。

「さって、アタシ達も起きるわよ。」

「うん。」

久々にゆっくり寝れた為か、布団をめくりガバと元気に勢い良く起き上がると、アスカ
の目にあるものが止まった。

フルフルフル。

なんだか、アスカの肩が怒りに満ちて震えている。

「ぬわにがっ! 呼吸がよっ! やっぱり変なこと考えてたじゃないのっ!」

「ち、ちがうよっ! これは、朝だからっ!」

「やかましいっ! このヘンタイっ!」

バッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!!

先程までの雰囲気は何処へやら、朝も早くからビンタの音が景気良く鳴り響く。シンジ
は、もみじ形のついた頬を撫でながら、布団からは出ようとせずブチブチ文句を言う。

朝なんだから仕方ないだろ・・・。

ミサトと加持さえいなくなれば、今まで通りの生活。それぞれ別々の場所で着替え学校
へ行く準備をし、今日の当番のアスカが朝食と弁当を作る。

「はい。朝ご飯できたわ。ん? アンタなにしてんの?」

「冷やしてるんだよ。」

ビンタされた頬に氷水で冷やしたタオルを当てて、不機嫌そうにダイニングテーブルに
座っている。

「自業自得でしょ。変なこと考えるからよ。」

「変なこと考えなくても朝はああなんだよっ! ちょっと見たくらいで、過激に反応し
  ないでよっ!」

「か、過激ぃっ!? 誰が過激に反応してんのよっ!」

「ひっぱたいたくせに・・・。」

「だいたい、それならそうって言っときなさいよ。」

こんなの・・・。
いちいち前もって説明できないよ。

それはともかく明日からはこの件ではひっぱたかれなくなりそうなので、少しは安心で
きそうだ。

朝食の目玉焼きがダイニングに並ぶ。シンジの前には醤油、自分の前にはケチャップ。
目玉焼きに掛ける物の好みがそれぞれで違う。

いつの間にかコイツの好みがわかっちゃって。
いつの間にか当たり前みたいに2人分のご飯作って。
いつの間にか・・・。
これから、アタシ達どうなるんだろう?

目玉焼きを頬張りながら、頬杖ついた顔をベランダに向けると、干しておいた赤いハー
トマークのハンカチが、春風にゆらゆらと揺れていた。

<学校>

シンジとアスカが登校した頃、職員室の隣りに設置された小さな応接室には手土産のま
んじゅうを片手に、とある人物がソファーに座っていた。

「では、先生もあの子達のご両親から、直接婚約のことをお聞きになったわけではない
  と・・・いうことですね。」

「そうなんですわ。自分も前からいぶかしんでおったんですがね。」

「当面はこのわたし、葛城ミサトが目を光らせてますが・・・あの家を任された者とし
  て、婚約が嘘ならそれなりの対応をしなければいけませんもので。」

「そうですなぁ。自分も学校で目を光らせておりますが、なかなか尻尾を出しませんで
  な。」

「そこでなんですが。ちょっとお耳を。」

「なんですかな。」

なにやらごそごそと耳打ちするミサトに、キールがニヤリと笑みを浮かべている。その
頃そんなこととは露知らず、シンジとアスカは教室で1時間目の準備をしていた。

「よぉ、今日帰りにゲームセンター行かへんかぁ?」

「今日? だって、劇の練習あるじゃないか。」

「ほうかぁ。ほやったなぁ、ま、頑張りや。」

「すーずーはーらー。あなたもでしょっ!」

「え、ワイもか?」

「ずっとサボってるじゃないのっ! 今日サボったら、委員長として許さないからね。」

「昨日はちょっと忘れとったんやがな。かんべんしてーな。」

「毎日でしょっ! いい加減にしてよっ!」

また今日も言い合いを始める・・・いや、一方的に怒られ始めるトウジ。いつの間にか
蚊帳の外に出されてしまったシンジは、自分の席に戻りボソリとアスカに話し掛ける。

「委員長って、トウジにばっかり辛く当たってない? あれじゃ、可愛そうだよ。」

「アンタって、ほンとバカね。」

「どうしてさ。」

「バカだからよ。ほらっ。先生来たわよっ。」

「なんだよそれ・・・。」

バカバカ言われ少し膨れっ面になりながらも、キールが入ってきたので前を向く。時間
に几帳面なキールが、今日は珍しく数分遅れて教室に入って来た。

「えー、今日は自習とする。各自、自分の弱いところを勉強しておくように。」

シーンと静まり返る教室。遅れて来たのも珍しいが、キールが自習にすることもこれま
でになかった。いったい何があったというのだろう。

「それから、碇と惣流は職員室へすぐ来るように。いいな。」

ビクッ!
ギクッ!

こわもてのキールの授業を受けずに済み喜ぶ者多数。背筋が凍りついた者約2名。思わ
ずその例外2名は、互いに顔を見合わせる。

「どないしたんやっ。夫婦揃ってなんかやらかしたんか?」
「夫婦揃ってすることなんて、1つしかないぜ?」
「「「わはははははははは。」」」

キールが出て行った後、クラスメート達が冷やかしてくるが、当のシンジとアスカには
そんな冗談に構っているような精神的余裕は無い。

2人とも青い顔を見合わせ、いそいそと教室を出て行く。

「まさか、ばれたんじゃ・・・。」

「どっからばれるってのよ。」

「でも、なんか様子おかしかったよ?」

「まだばれたって決まったわけじゃないから、変なこと自分から言うんじゃないわよ。」

「何も考えず口走るのは、いつもアスカじゃないか。」

「ぬわんですってっ!」

「ほら。そうやってすぐ短気になるのがいけないんだよ。」

「アンタが、ムカつくこと言うからでしょうがっ!」

「ほら職員室だ。静かにしなくちゃ駄目だろ。」

「むぐぐぐぐぐ。」

どうも上手くあしらわれている様に思えて非常に面白くないが、もう職員室だ。ここで
だけは絶対に喧嘩をするわけにはいかない。

「しつれーしまーす。碇ですけど、キール先生は?」

「うむ。2人とも来たか。こっちへ来い。」

「はい。」
「はい。」

更に職員室の隣りの応接室へ連れて行かれ、怪しさに拍車がかかる。嫌な予感がして仕
方がない。

「ま、掛けたまへ。」

「はい。」
「はい。」

大人しく言われた通りソファーに腰掛けると、応接室の扉を閉めキールが対面に腰を下
ろした。

「んーー? どうだ? 婚約生活は?」

いきなり来たわね。
負けるもんですかっ!

「そりゃぁ、もうラブラブよねぇ。シンジぃ。」
「そ、そうだね。」

自分達のことをアプローチするかの様に、シンジの腕を取って見せ付けるアスカだが、
キールは冷静に話を進める。

「もういい加減にしたらどうだ?」

ギクッ!
ギクッ!

コイツ・・・なんか気付いたっての?
ダメダメ。
早まっちゃいけないわ。

「何が? よくわかんないんだけど?」

「どうやら、保護者と一緒に住んでいるようじゃないか。」

そういうことか。
あのババーが動いたってわけねっ。

「学校としては、ちゃんと保護者がいれば問題無い。もう芝居は止めたらどうだ。ん?」

そんな手に乗るもんですかっ!

敵意に満ちた目でアスカがキールを睨みつけるが、その横でシンジがボソボソと口を開
き始めた。

「そうなんですか? あの実は・・・。」

ドゲシッ!

「ぎょえーーーーーーーーーーっ!!!」

踵で思いっきりシンジの足を踏んづけて黙らせるアスカ。シンジの悲鳴は、職員室にま
で響き渡る。

「変なこと言うわねぇ。ミサトもアタシ達が婚約してるって知ってるはずよ? 芝居っ
  て何のことかしら?」

「いたたたたた。ア、アスカ・・・酷いじゃないか。」

「やかましっ! アンタは黙ってなさいっ!」

涙目のシンジをぐいと肩で後に押しやり、アスカが前面に身を乗り出す。目の前ではキ
ールが、後少しだったのにと悔しそうに睨んでいる。

「では、あくまでも婚約していると言い張るんだな。」

「言い張るもなにも本当だもん。どうして、そんなこと聞くのよ。」

「今、本当のことを言えば、大目に見てやってもいいんだぞ。」

ウソおっしゃいっ!
ミサトとつるんで、何企んでるか見え見えよっ!

「嘘なんか言ってないんだから、どうしろってのよ。わっけわかんないわ。」

「その言葉忘れるなよっ!」

「残念ながら、アタシは記憶力いいもんで。アンタが、溝に車落としたのもしっかり覚
  えてるわっ!」

ガタン!

怒も露に立ち上がるキールを前に、シンジはどうしていつも余計なことを言うんだと、
頭を抱え込んでしまっていた。

その後、シンジとアスカは解放され教室へ戻って行く。

「なんで、わざわざ怒らすようなこと言うんだよ。」

「アタシ達をひっかけようとしたバツよっ。」

「でも、保護者がいたら問題無いって言ってたじゃないか。素直に本当のこと言っとけ
  ば・・・。」

「アンタバカぁ? ここでボロ出したら、キールは良くてもミサトが追い出しにくるに
  決まってるでしょうがっ!」

「あっ。」

「ンとにアンタって、お人良しなんだから。」

「そんなことないよ。」

「お人良しよ。ほんとに・・・。」

少々波乱はあったものの、問題なく今日の1日も終わり、放課後は劇の練習。
シンジとアスカが絡むシーンは、興味本位のクラスメートがやんややんやの声を飛ばす。

「あぁ、ロミオ様、ロミオ様。」

なんでアタシが、アイツを様付けで呼ばなきゃいけないのよっ!

「あぁ、ロミオ様。ロミオ様。」

ん?

その時、ふとアスカの目に、教室と廊下の間を出たり入ったりしてきょろきょろしてい
るヒカリの姿が飛び込んで来る。

「ん? ヒカリ?」

劇の練習を中断し、困った顔をしているヒカリの元へ駈け寄って行く。

「どうしたの?」

「鈴原がいないのよ。」

「またぁ?」

「鈴原って、全然練習してないでしょ? あんまり日もないし・・・。」

「しゃーないわね。探しに行きましょ。」

「ごめんね。」

「いいっていいって。」

シンジ達、他のクラスメートが劇の練習や、小道具,大道具作りをしている間に、アス
カとヒカリは、トウジの家迄探しに行くことになった。なぜかアスカはしっかりヒカリ
の鞄を手にしている。

「家にいてくれたらいいけど・・・。」

「時間もないし、急ぎましょ。見つけたら折檻よっ!」

「ほんとよ。みんなに迷惑掛けて・・・。このままじゃ、劇で鈴原が恥かしい思いする
  のに・・・。」

「んーーー? やけに鈴原のこと心配してるんじゃないのぉ?」

「そりゃぁ、委員長だから。」

「はいはい。委員長だからねぇ〜。」

「やっぱり、クラスを纏める役だから・・・。」

「そのわりに、一緒に帰っちゃった相田の名前、1度も出てないけど?」

「そ、それはっ! い、いつも鈴原のこと、怒ってるから、つい口癖でっ!」

「ふーん、いつもねぇ。」

「だって、鈴原って。悪いことしたら、目立つから・・・つい。」

「あれだけ、四六時中鈴原ばーっかり見てたら、そりゃヒカリの目には、よく目立つで
  しょうねぇ〜。」

「えっ・・・・・。」

とうとう何も言えなくなり、下を向いて顔も上げられなくなるヒカリ。

「やっぱり・・・わかる?」

「見え見えよ。わかんないのは、3バカだけね。」

「そう・・・。」

「ほら、着いたわよ。鈴原んち。」

「そ、そうね。」

今迄何度となくこの前を通ったが、直接家へ訪れたのは初めて。チャイムを押すヒカリ
の指が、緊張の為か微かに震える。

「何モタモタしてんのよ。すーーずーーはーーらーーっ!」

「あっ、ちょっと。アスカ。」

いきなり声を張り上げるアスカに、ヒカリが焦って顔を上げると2階の窓がガラガラと
開いた。

「なんやぁ? ゲッ! 委員長に惣流やないかっ!」

「アンタっ! 劇の練習どうなってんのよっ!」

「あ、ほうやったな。忘れとったわ。」

「なにが忘れてたよっ! セリフ、なんも覚えてないでしょーがっ! どーすんのよっ!」

「明日からちゃんとするさかい、かんべんしてーな。」

「ダメよっ! 今日からなさいっ!」

「ほやかて、今から学校戻ったら、もう下校の時間やがな。」

「別に学校じゃなくてもいいでしょ! 台本持って来たから、今からここでやりゃーい
  いでしょっ。」

台本をしっかり入れて来たヒカリの鞄を突き上げて見せる。

「ここでやてぇぇっ?」

「ヒカリ置いてくから、しっかり練習すんのよっ! いいわねっ!」

そう言いながら、玄関目掛け門の中へ思いっきりヒカリの背中を突き飛ばす。

「キャッ!」

不意を突かれ、トウジの家へトタトタトタと入って行ってしまうヒカリ。

「じゃ、がんばんのよっ!」

「えっ!? ちょ、ちょっとっ! アスカっ!」

「アンタっ! 委員長でしょっ! 劇に失敗したら、アンタのせいだからねっ! しーっ
  かり、クラスメートの面倒みなさいっ! いいわねっ!」

「アスカ・・・。」

「バーイバーイっ!」

好き勝手言い放ち、大きく手を振って帰って行くアスカに、鈴原が階段を下りてくる音
を耳にしながら笑顔で小さく手を振るヒカリ。

ありがとう。
アスカ・・・。

夕暮れの道。アスカはブラブラと1人学校への道を歩く。

ヒカリと鈴原かぁ。
結構お似合いかもね。
あの2人、付き合っちゃうのかなぁ。
愛し合う2人か。いいなぁ。
アタシなんて・・・婚約つっても。
・・・・・・。

ゴソゴソと考え事をして歩く。自然とその歩調も遅くなり、学校に辿り着いた頃には、
とうに下校の時間を回ってしまっていた。

「ヤバっ! 教室、まだ空いてるかな。」

最初からヒカリはトウジの家に置いてくるつもりだったので、鞄を持って出たが、自分
の鞄は教室に置きっぱなし。慌てて閉まった校門を押し開け、中に入ろうとした時。

「遅いなぁ。」

声のした方を振り返る。門から少し離れた所でシンジが自分の鞄を持ち、電柱に凭れ掛
かって立っている。

「アンタ何してんの?」

「鞄置きっぱなしだったじゃないか。」

「わざわざ待ってなくも、家に持って帰っときゃいいのに。ほんと、バカなんだから。」

少し悪態などをついてたりしながら、ぶっきらぼうに鞄を取り上げる。

「だって、遅くなっちゃ1人だと心配するだろ。」

「・・・・・・。」

「ん?」

「ばっかじゃないの。」

「なんでだよ。」

「ウッサイっ! バカっ!」

「なんだよ。折角待ってたのに。腹立つなぁ。」

「うだうだ言ってないで、さっさと帰るわよっ! このバカっ!」

暗くなりちらほらと街頭がつき始めた通学路を、肩を並べて歩く2人。暖かく湿った風
が吹き抜け、もうすぐ梅雨時。文化発表会はもうすぐだ。

<コンフォート17マンション>

2人が家へ帰り着くと、玄関の前にはアスカの見知らぬショートカットのお姉さんが立
っていた。

「あ、こんばんは。」

「あらシンジくん。今帰って来たの? そちらの人は?」

「一緒に暮らしているアスカです。」
「シンジ? 誰?」
「1階上に住んでるマヤさん。」
「ふーん。」

なんでシンジがそんな人を知っているんだろうと、アスカが興味本位に見上げると、な
んだかわけもわからず睨みつけられてしまう。

な、なによっ。
この女っ!

「ねぇ、シンジくん? この間のお礼に、夕食にご招待したいんだけど。どう?」

「え、お礼って。そんな大したことしてないし・・・。」

「だってもう、ふ・た・り分作っちゃったし。ね。来て。ね。」

アスカをチラチラ見ながら、マヤが強引にシンジを引っ張って行く。何がなんだか状況
がまだよくわからないが、その態度や物言いにだんだんアスカも腹が立ってくる。

「でも、アスカが1人に・・・。」

「どーせ、今日はアンタの食事当番じゃないんだし。行ってきたらっ?」

「そうだけど・・・。」

「じゃ、シンジくん行きましょ。」

「でも・・・。」

「はいはい。急がなくちゃ、ご飯冷めちゃうわ。」

強引にシンジの手を引っ張って連れ去って行くマヤに、何気なさを装い様子を伺いつつ、
不機嫌な顔で家の鍵を開け入る。

なによ。あの女!
フンっ!

「さってと。ご飯作ろっかなぁ。」

冷蔵庫を開けてみると、あまり大した物が入っていない。本当なら買出しにでも行くべ
きなのだが、どうもそんな気がしない。

シンジいないしねぇ。
ミサト達のは作らなくてよくなったし。
アタシだけなら、カップ麺でいいかなぁ。
めんどいし。

結局作るのを止めてしまったアスカは、カップ麺にお湯を注ぎミルクと一緒に持って部
屋へ入る。

制服から部屋着に着替え床にカップ麺を置き、ベランダの窓を開け網戸にして座り込む。

「なんか、面白いこと書いてないかなぁ。」

昨日買って来たばかりの雑誌を広げ、ラーメンをすする。

『マヤさん。これ何ですか?』
『あーん、それは見ないでぇ。』

窓の開いたベランダから、1階上のシンジとマヤの楽しそうな声。

ピシャリ。

窓を思いっきり閉める。

「この雑誌、面白くないっ!」

布団に潜り込みベランダに目を向けると、干しておいた赤いハートマークのハンカチが、
春風にゆらゆらと揺れていた。

To Be Continued.
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