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コンフォート17
Episode 06 -出会いが・・・-
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<マヤの家>

夕食に誘われマヤの家に足を踏み入れたシンジは、目の前に広がる身の毛もよだつ少女
趣味の情景に思わず2,3歩引いてしまった。

「さぁ。どうぞぉ。」

「お、おじゃま・・・します。」

パンダさんのふかふかスリッパを履いたマヤが、熊さんのふかふかスリッパを出してく
れる。薄いピンクの壁紙が張られた壁と屋根のトンネルをくぐると、こちらもまた薄い
ピンクの絨毯が招く。

女の人の家って、みんなこんななのかなぁ。
なんだか・・・ちょっと・・・。

廊下に並ぶ数々の縫い包みの間を通りリビングへ入ると、そこも一面が薄いピンクで、
部屋中を縫い包みや小さな人形などが埋め尽くしている。書棚に並ぶは小学生の女の子
が読むような少女マンガがびっしり。

「あ、遠慮しないで座って。ね。ね。」

「はい・・・。」

フリルの沢山付いたクッションの乗る猫の形をした椅子に腰掛ける。落ち着かないこと
この上なく、きょろきょろと視線をあちこちへ運び自分の居場所を探す。

あら。
シンジくんたら、きょろきょろしちゃってぇ。
女の子のおうちに来て落ち着かないのね。
いやーん。かっわい。

目を泳がせるシンジの様子を眺め満足しながら、マヤは夕食の仕上げ。その時、じっと
しているのが落ち着かなかったのか、シンジはガタガタと椅子を立ち、あからさまに不
自然に壁に立て掛けられている、平たく折り畳まれたダンボールに近づいた。

「これ、なんですか?」

「えっ! あっ! 見ちゃいやーんっ!」

大慌てで止めに入るマヤ。シンジもその声にびっくりして椅子に戻ったものの、やはり
あのダンボールは違和感がある。

趣味はともかく、他の所は隅々まで綺麗に飾られ整理されているのに、そこだけ無造作
に茶色い大きなダンボールが壁に凭れ掛かっているのだ。

なんだろう? あれ・・・。
見られたくない物でも隠してるのかな?
まぁいいや。近寄らないようにしよ。

ここは女の人の家。見られたくない物の1つや2つくらいはあるだろうと、そこには近
付かないことにする。

ジュー。

フライパンにバターを落としながら、マヤは冷や汗を掻く。

ごめんね。今は見せれないのよ。
あの写真は、もっと集まってからにしましょ。

そう・・・ダンボールの向こうに隠れた壁には、最近集め出したシンジの隠し撮り写真
が、日々1,2枚のペースで増えていっていた。

2人の記念日に一緒に見たら、ロマンチックね。

『わぁ、マヤさん。ぼくの写真をこんなにいっぱい。』

『毎日、少しづつ隠し撮りしたの。』

『ぼくの為に頑張ってくれたんですね。嬉しいなぁ。』

『シンジくんの為だもの。』

『マヤさん、好きですぅ。』

あぁ、なんて素敵なのかしらぁ。

マヤが妄想している間にも、コンロの火は熱する時間に従い予定通り料理を完成させて
いく。

「さぁ、できたわよぉ。」

目の前に次々と並んでいく料理の数々。近頃、孤児院で小さな子供達に作ってあげる為
に少しかじった程度の自分の料理か、アスカの簡単な料理ばかりしか食べていなかった
が・・・1度殺されるかと思ったカレーを除いて・・・、なんと豪華な料理だろう。

「これ・・・マヤさんが、全部作ったんですか?」

「やーねぇ。今見てたでしょ?」

「そうですけど・・・。とっても美味しそうですね。」

「あっらぁ。ありがとーー。お料理とかお洗濯とか好きなの。」

「へぇ。凄いや。」

家事全般ができ見た目も可愛く頭も良いマヤ。これで奇妙な趣味さえなんとかなれば、
彼氏いない歴が”生まれてから今までずっと”なんてことはないのだろうが・・・。

「さぁ、食べましょ。ね。」

「はい。いただきます。」

「ジュースもあるわよぉ。」

トポトポとジュースをコップに注ぎ、シンジの横にぴったりとくっついてマヤが座る。
近頃アスカといつもこうして隣り合って座っているのだが、こういう状況になるとど
うも落ち着かない。

「お、美味しいですね。」

「ありがと。ジュースも飲んで。」

「はい。」

「麻婆豆腐も食べてみて? 好みがわかんないから、ちょっと甘めだけど?」

そう言われたので、麻婆豆腐を口に運ぶ。確かに少し甘目の味付けではあったが、十分
に美味しい。

「どう・・・かしら?」

「とっても美味しいですよ?」

「そう? 良かったぁ。」

心配そうに覗き込んで来ていたマヤだったが、シンジから笑顔が返ってきたので、胸の
前で手を握りぱっと顔を明るくする。

あぁ〜。なんて可愛い笑顔なのかしら。
待っててね。
もうすぐあなたは、わたしのものになるんだから。
やさしくしてあげちゃうわ〜。

もうマヤは自分のご飯など碌に食べず、ただシンジの顔ばかり眺めて嬉しそうにニコニ
コしている。

「あの・・・マヤさんは食べないんですか?」

「食べてるわよ? もうお腹いっぱい。」

「そう・・・・なんですか?」

「さ、さ。ジュースも飲んで。」

「はい。」

マヤに薦められジュースを飲み干すと、またとぽとぽとコップに注いでくれる。どうし
たのだろう、なんだか頭がフラフラする。

なんだか、眠くなってきたよ。
ご飯食べたら、帰ろう・・・。

今ここで眠るわけにもいかず、目を覚ます為に冷たいジュースを一気に飲み干す。これ
で3杯目だろうか。

ん・・・。
どうしたんだろう。
体が熱い。
あはは。なんか楽しいな。

「ねぇ。シンジくんは、どんなご飯が好きなの?」

「ぼくは。和食が好きかな。あはははは。」

「そうだったの。じゃ、今日は和食にしたら良かったわね・・・。」

「そんなことないです。マヤさんの中華料理とっても美味しいれす。あははははは。」

「ほんと? うれしーーー。さ、ジュース飲んで。」

「はい。」

ゴクゴク。

ん・・・。
胸の辺りが熱い。
おかしいなぁ。

「マ、マヤしゃん。この部屋暑くないでしゅか?」

「そう? クーラーつけようか?」

「あ、いいでひゅいいでひゅ。」

「なんだか、シンジくん楽しそうね。」

「そうでひゅか?」

「そうだ。暑いんならジュース飲めばいいんじゃないかしら?」

「そうでひゅね。はひ。」

ゴクゴク。

「あははははははははは。」

「わたしと一緒にいて楽しい?」

「なんか、とっても楽ひいでしゅ。あはははははっ。ひっく。」

「よかったぁ。シンジくんって、年上の女の人好き?」

「年上でしゅか? あははははは。」

「シンジくんには、同じ歳のコより年上のお姉さんが似合うと思うけどなぁ。」

「しょうでしゅかぁ・・・。しょうかもしれましぇんねぇ。あははははは。ひっく。」

本人の知らぬ間に完全に酔っ払ってしまうシンジ。マヤの出していた甘目のスクリュー
ドライバーを、オレンジジュースと思い込み何杯も飲んでいた当然の結果である。

「ひっく。なんか眠いでしゅ。あははははは。」

「そう? じゃ、ちょっと横になったら?」

「でも・・・帰らなくひゃ。」

「ちょっとだけ寝てから。ね。それでいいでしょ?」

「そ、そうでしゅかぁ? あはははははははははは。じゃ、寝ます。」

「こっちで寝たらいいわ。いらっしゃい。」

「はひぃ。あはははは。」

マヤに何処かへ導かれたシンジは、そのまま何か柔らかい物の上にばたりと倒れ込み、
おやすみ3秒で深い眠りについてしまった。

                        :
                        :
                        :

か、可愛いわぁぁぁっ!
なんて可愛いのかしらぁ〜。

自分のフランスベッドに寝ているシンジの横に座り、マヤはしばらく満足気に悦に浸っ
ている。

「ウフフフフフフフ。」

今日はシンジくんをだっこして寝れるのねぇ。
夢のようだわ〜。
そうだ、その前にお風呂に入んなくちゃ。

いつも抱いているワニの抱き枕は部屋の隅に追い遣られている。マヤはシンジを寝かし
たまま、今夜を楽しみにいそいそとバスルームへ消えて行った。

「・・・・・・・ん?」

暗い部屋で目が覚めると、そこには見知らぬ天井・・・いや天井から釣り下がる大量の
見知らぬ縫い包み。

あれ・・・。
ぼく、どうしひたんだろう?
うーーん。
かえんなくひゃ。

「あははははは。ひっく。」

立ち上がろうとするが、どうにも足がいうことをきかない。フラフラしながら、くるく
る回る目と何がなんだかわからない頭で玄関まで歩いて行く。

「ごひそうさまでひたーっ! ひっくぅ。」

「えっ! あっ、シンジくんっ! ちょっと待ってっ!」

大慌てでシャワーを止め、バスタオルを巻いて飛び出してくるマヤだったが、丁度シン
ジがバタリと玄関を閉めて出て行ったところ。流石にこの格好では表へ出て追い掛ける
ことができない。

「シンジくーーん。そんなぁ〜。」

がっくりとしてその場に崩れ落ちたマヤは、とぼとぼとシンジの寝ていた寝室を覗き、
今後の計画を新たに立て始めるのだった。

<シンジの家>

ドンドンドン。

「あしゅかー。」

ドンドンドン。

玄関を思いっきり叩く音がしたので、いったい何事かと加持が扉を開けて出てくると、
シンジがフラフラと立っている。

「どうしたんだ? シンジくん?」

「はひぃ。あははははは。」

「おい? 酔ってるのか?」

「はひ? あははははははははっ!」

玄関の騒動を聞きつけ、加持に続いてミサトとアスカも飛び出して来た。

「やぁ。みさとひゃんに、あひゅかぁ。ただいまぁ。あははははは。ひっく。」

完全に酔っ払いである。その前後不覚になったシンジの様子を見たミサトは、ニヤリと
いやらしい笑みを浮べる。

「あらあら。いったいどうしたのぉ? そうだわっ! 酔った時にいい薬があるの。わた
  しの部屋へいらっしゃい。」

「はひぃ。あはははははは。」

ヤバイっ!

ミサトにシンジが連れて行かれそうになり、アスカが思いっきり焦る。この状態で連れ
ていかれたら、何を喋り出すかわからない。

「アタシが面倒みるから、シンジのことはほっといて。」

「だがなぁ。酔った時の薬なんて持ってないんじゃないのか? ここは葛城に任せたら
  どうだ?」

「シンジのことはアタシが1番よく知ってるから、余計なことしないで!」

ここでシンジを拉致されるわけにはいかない。直ぐに口を割らされてしまうこと間違い
ないではないか。

「でも、こういう時は一緒に住んでる者同士助け合うもんよぉ?」

「助けて貰わなくても大丈夫よっ。さ、シンジ行くわよ。」

「しょうだねぇ。あしゅかぁ。」

「ほら、来なさいっ!」

なんとしてもミサトに渡してなるものかと、シンジを抱き上げズルズルと部屋に運ぼう
と歩き出した時。

「あひゅかぁぁ。」

がばっ!

「キャーーーーッ!」

シンジに思いっきり抱き付かれ、その場にすっ転んでしまう。しかも、上からシンジが
覆い被さって来ており身動きできない。

「どきなさいっ! どきなさいって言ってるでしょっ!」

ぽかぽかっ!

「あしゅかぁぁ〜。あはははははは。」

「どけっつてんのっ!」

「ほら。やっぱり無理じゃないか。俺に任せろ。」

「シンジに触んないでっ!」

加持がシンジを抱き持ち上げたが、その手を払い除けよろよろと立ち上がり、再びシン
ジを全身で抱きかかえる様に部屋へと歩き出す。

「シンジっ! しゃんとなさいっ!」

「あしゅかぁぁ。あははははは。」

「ったくぅ! このバカっ!」

「アスカ? 意地張ってないで。ほら、加持っ。シンジくんをわたしの部屋へ。」

「そうだな。」

ようやくリビング辺り迄来た時、加持が強引にシンジを連れて行こうとその手を掴んで
来た。

「いやーーーっ! チカンっ! ヘンターイッ!」

「おいおい。俺はシンジくんにしか触ってないぞ。」

「いやーーっ! 触んないでっ! ちかーーーーーーーんっ!」

叫びまくるアスカに、さすがの加持も手が出せない。すると、今度はミサトが近付いて
来る。痴漢攻撃では撃退できそうにない。ヤバイ。

「シンジっ! ちょっとは歩けっ! 早くっ!」

「はひぃ・・・。」

フラフラフラと、自分達の部屋へと歩き出すシンジの背中に両手をあてがい、思いっき
り押していそいそと部屋へ転がり込む。

「ふぅー。」

襖をカッチリと閉めて溜息を付きながら腰を下ろす。その前の絨毯の上には、お酒で顔
を真っ赤にし自分を見失ったシンジが転がっている。

あの女ぁぁっ!
お酒飲ますなんてっ!
ぬわに考えてんのよっ!

「ぐぅ・・・。」

平和な顔をして寝てしまったシンジを前に、これからしなければならないことを考える
と、あまりの自分の身の不幸にクラクラしてきそうだ。

とにかく、着替えさせてあげなくちゃ。
制服じゃ、しんどいもんね。

確かぁ・・・いつもシンジ。この箱にパジャマ代わりの・・・。
あった! これね。

シンジがいつも寝る時に履いている短パンと適当なTシャツを取り出し、制服を脱がし
にかかる。

あの女!
おっかしいんじゃないのぉ?
中学生の男子酔わせてどーすんのよっ!

ワイシャツのボタンを外すと、さすがに直視は恥かしいので顔を背けながらズボンのベ
ルトを緩める。極力シンジの体には触らないようにしている為、なんとも着替えさせに
くい。

「ちょっとは、アンタも自分で動きなさいってのよっ!」

「ぐぅ・・・。」

「もぅっ!」

なんとか袖を抜き終わり、今度はズボンを足元から引っ張る。しかし、シンジ自身が重
しになって、うまくズボンが降りてこない。

「お尻ちょっと持ち上げてよ。」

「ぐぅ・・・。」

「もーーっ!」

仕方ないのでシンジに覆い被さり左手でお尻を持ち上げ、右手でたくし下ろしていく。
なんだかそんな自分の格好と仕草が、とっても恥かしい。

「アスカぁ、なにか手伝いましょうかぁ?」

「ひゃっ!」

なんとタイミングの悪い時に声をかけてくる失礼な女だろう。こんな襲い掛かってる様
な状態を見られたくない。咄嗟に立ち上がって、声を裏返し気味で叫ぶ。

「いいから、あっち行っててっ!」

「そう? 1人じゃ大変でしょ?」

「人のこと、とやかく構ってこないでっ!」

「意地張らなくても、なにかあったら声掛けてねぇ。」

なんとか諦めてくれたようだ。アスカは汗を掻きながら、再びシンジに乗りかかると、
よっこらよっこらとなんとかズボンを脱がし終えた。

「なんでアタシが。」

「ぐぅ・・・。」

「ったく。」

目の前で下着姿になったシンジが転がっている。アスカは恥かしさを堪え、シンジの短
パンを手に取り足に通すと、再び左手でお尻を持ち上げ履かせ始める。

「うーん。あしゅかぁぁぁぁ。」

「ひゃっ!」

がばっ!

シンジが寝返りをうったかと思うと、逆にアスカの上に乗っかり両手を背中に回して、
思いっきり抱きしめて来た。

「ちょっとぉぉ。」

「ぐぅ・・・。」

「寝ながら抱きつかないでよねぇ・・・。失礼ねぇ。」

「ぐぅ・・・。」

丁度シンジの顔が、自分の上に乗り目の前にある。

もうっ!
お酒臭いわねぇ。
今の間にとにかくズボン履かせちゃお。

お酒臭いので、息がかからないように顔をずらしほっぺたとほっぺたがくっつく状態で、
短パンを履かせてしまう。寝転がられているよりは自分の上に乗っている方が、ずっと
履かせやすい。

終わった・・・。
あーしんど。
Tシャツはもういいや。

「そこどいてよ。」

「ぐぅ・・・。」

「ちょっとっ!」

自分に覆い被さりがっちり抱き付いたまま、微動だにしない。両手でシンジの胸をくい
くいと押してみるが、それでも動かない。

どーすんのよ。
これ・・・。

にっちもさっちもいかなくなったアスカは、シンジが体勢を変える迄しばらくそのまま
抱き付かれた状態でじっとしている他なくなった。

なんで、アタシがコイツのベッドになんなきゃいけないのよ。
お酒臭いし。
でも・・・コイツのことだから、自分から飲んだりしないわよね。
あやうく、ミサトにばれそうになったじゃないの。

ん?
もしかして、あの女もミサトとグル?
うーん。

そうじゃなかったとしても・・。
あの女っ! やっぱ、どっかおかしいんじゃないっ!?

いい加減重くなってきた。そろそろどいてくれなくては、息苦しいし手足が痺れてきそ
うだ。

「そろそろどいてよ。」

「ぐぅ・・・。」

はぁ・・・。
まさか朝までこの状態じゃないでしょうねぇ。
冗談じゃないわよぉ。

「うっ・・・。」

その時、突然シンジが目を開けた。

「ちょっとっ! アンタっ!」

「うっ!!!」

飛びのくシンジ。しかし、それはアスカの上に乗っていたからとかではなく、顔を真っ
青にし切羽詰った感じ。両手で口を抑えベッドの横に座り込む。

「気持ち悪い・・・。うぇっ!」

「げっ! ダ、ダメーーっ! ちょ、ちょっと待つのよ! いいわねっ! わかったわねっ!
  我慢なさいよっ!」

一難去ってまた一難。こんなところで吐かれてはたまらない。アスカは飛び起き、洗面
器とコップ一杯の水を大急ぎで取りに行った。

「吐くならここに吐きなさいっ!」

「うぇぇぇぇ。」

もどすシンジの背中をさする。少しシンジが落ち着くと、水の入ったコップを渡した後、
汚れた洗面器を洗いに行く。

アタシなにしてんのよぉ〜。
部屋に吐かれるよしマシだけど・・・。
はぁ。最低だわ。

更に頭が痛いと言い出したので、頭痛薬を飲ませベッドに寝かせる。なんとか無事に乗
り切ったようだ。

アタシ、どこで寝よう。
布団ないしなぁ。

とはいえ、さすがにお酒の臭いがぷんぷんするシンジの横では寝たくない。今日ならミ
サトに見られても、ちゃんとそういう言い訳もできるだろう。

いいや。
クッションで寝よ。

結局クッションを枕にして、お腹にだけ服を掛け床で寝ることになってしまった。

1人で寝たら・・・。
なんだか。
違和感があるのね。

久し振りに念願の1人で寝ることができたアスカは、いつも左にあるシンジの温もりの
物足りなさに違和感を感じるのだった。

翌日。

「頭が痛い・・・。なんで? ぼく、どうしたんだよ・・・。」

翌日シンジは地獄を向えていた。昨夜の記憶が全く無く、いったい何がどうなっている
のかわからない。ただとにかく頭が割れるように痛い。

「ほら。頭痛薬置いとくから、今日はおとなしく寝てんのよっ!」

「う、うん。」

頭を両手で押さえ蹲ることしかできない。本来なら今日はシンジの食事当番だが、さす
がにそこまでアスカも言えず自分で弁当を作って出て行く。

「あっ、それから。チャイムが鳴っても、絶対出るんじゃないわよっ!」

「出れないよ。頭が痛くて。」

「あれだけお酒飲んだらしゃーないわよ。とにかくっ! 治っても出ちゃダメよっ! い
  いわねっ! ミサトや加持さんとも話すんじゃないわよっ!」

シンジを1人にすると、ミサトと加持を始めマヤなどに対する不安が多々残る。また、
マヤに酔わされてはたまらない。

今日は相手役のシンジが病気でいないということで、劇の練習を休み帰して貰ったアス
カは夕方早くに帰宅した。

「どう? ちょっとは、頭マシになったぁ?」

「なんか、迷惑掛けちゃったみたいで。ごめん。」

「べつに、アンタのせいじゃなさそうだし。いいわよ。そのかわり、今度なんか奢んの
  よっ。」

「うん。」

「もうご飯くらい作れるんでしょ? アンタ当番なんだからね。」

「買い物に行ってないんだ。大したの作れないけど、木の葉丼とお吸い物でいいかな?」

「ええ。それで我慢してあげよーじゃん。」

コイツめっ!
大したの作れないって、イヤミぃ?

その時チャイムが鳴り、シンジが部屋から出て行く。今日は既にミサトと加持も帰って
来ているので、やっかいなことにならないようにアスカも一緒に出て行く。

「どちら様でしょうか?」

「あのぉ。伊吹ですけど。」

「あ、昨日は・・・すみませんでした。」

まったく昨日の記憶がないシンジは、きっと自分がマヤにも迷惑を掛けてしまったもの
だと思い、謝りながらすんなりと扉を開けてしまう。

「突然帰っちゃうから。心配したのよ。」

「そうだったんですか? すみません。覚えてないんです。」

「あらぁ、そうなの?」

「ちょっとっ! アンタっ!!!」

よくもまぁ、平然と現れることができたものだと、怒も露にシンジとマヤの間にアスカ
が割って入る。

「あら。どうしたの?」

「なにが、どうしたのよっ! アンタのせいで大変だったんだからねっ!」

「シンジくーん。わたし、この子怖い。」

「アスカ、なんでマヤさんにそんなこと言うんだよ。」

「コイツに、無理矢理酒飲まされたんでしょうがっ!」

「えっ? ぼくが?」

「しくしく。わたし、そんなことしてないのに・・・。」

マヤが泣き始めてしまった。自分が周りに迷惑を掛けたに違いないと思い込んでいるシ
ンジは、慌ててマヤの弁護をする。

「違うよ。たぶん、ぼくが間違って飲んじゃったんだよ。マヤさんが、そんなことする
  はずないじゃないか。」

「アンタっ! 覚えてないんでしょうがっ!」

「シンジくんは、信用してくれるのね。」

「ウッサイっ! これ以上シンジに近寄るなっ!」

「わたしは、シンジくんに話をしてるのよ。あなたは、関係ないでしょ?」

「あるわよっ!」

「一緒に住んでるから? あんまり、関係ないと思うけど?」

「こ、婚約してるからよっ!」

「・・・・・・う、うそ。うそよね、シンジくん。」

「え・・・あの、一応は・・・。」

「うそよ。そんなの・・・。証拠は?」

そこへ、出てこなくてもいいのに、玄関先の騒ぎを聞き付けミサトまでもが部屋から顔
を出す。

「どうしたのぉ?」

「あ、どうも。1階上の伊吹といいます。」

「始めまして。葛城です。あの、なにか?」

「いえ、この子がシンジくんと婚約してるとかって・・・うそばっかり。」

「ウソじゃないわよっ!」

「だって、そんな証拠どこにあるの?」

「ここよっ!!!!!」

がばっ!

ミサトまで出てきてしまい、3人の女性の間に立って戸惑っていたシンジの頭の後ろに
両手をぐいと回しこんだアスカは、そのまま顔を近付け唇を重ねた。

「うっ!」

ミサトやマヤもさることながら、1番驚いたのは当のシンジである。目を見開き、顔の
前に迫る、目の閉じたアスカの顔を驚いて見詰めることしかできない。

「いっ、いやっ。」

両手を頬に当てて、後ずさりするマヤ。

「わ、わたしの、シンジくんが・・・。」

それでもずっとキスを続けるアスカ。シンジはどうしていいのかわからず、あたふたと
困惑したまま立ち尽くす。

「ふっ! 不潔っ! 不潔よっ!」

髪を振り乱し始めるマヤに、ミサトはそっと近づき耳打ちする。

「あなた、シンジくんのことが好きなの?」

「えっ?」

「わたしも、アスカよりあなたの方がシンジくんに似合ってると思うの。」

「・・・・・・。」

「こんな婚約なんて、気にしなくていいわ。わたしが、協力してあげる。」

「ほ、本当ですかっ!?」

「じゃ、今日のところは。ね。」

「はいっ!」

ニヤリと笑みを浮かべるミサトに頭を下げて、その場は帰ることにするマヤ。そんな、
会話など知らないシンジとアスカは、まだキスを続けている。

「ほらぁ。2人とも、あの人帰っちゃったじゃない。」

「えっ。そ、そう。」

ようやくアスカもシンジを開放する。

「アスカ・・・ど、どうして・・・。」

「シンジっ! アイツは危険よっ!」

「なんで、そんなこと言うんだよ。」

「そうよぉ。アスカ。人をそういう風に決め付けるものじゃないわ。しかも、玄関先で
  キスするなんて・・・。」

「だってっ! あぁでもしなくちゃっ。」

「シンジくん? また、今日のお詫びに伊吹さんのところに行っておいた方がいいわね。」

「はい。」

「シンジっ!!!」

「だって、あれじゃ失礼だよ。」

「ぬわんですってーーーっ! このバカっ!!!」

アスカが部屋の中へ走り去って行く。どうしてこんなにアスカが怒っているのかわから
ないシンジは、とにかく後を追いかけた。

「いい感じになってきたんじゃなーい? フフフ。」

後に残ったミサトは、1人ほくそ笑みながら、玄関の扉をカチャリと閉めた。

「アスカ。どうしたんだよ。」

「ウッサイっ! アンタなんか、アルコール中毒で死んじゃえばいいんだっ!」

部屋に入ったシンジは、感情を高ぶらせるアスカを前に、何を怒っているのかわからず
対応に困ってしまう。

「昨日、お酒飲んじゃったのは、ぼくが悪かったよ。」

「アイツに飲まされたに決まってるでしょーがっ!」

「そんなことする人じゃないよ。」

「じゃ、アンタが自分から飲んだってーのっ!?」

「だから、なにか間違えちゃって。」

「間違えて、あんなになるまで飲むわけないでしょうがっ!」

「・・・・・・ごめん。覚えてないんだ。」

「アイツの家にいったら、いきなりあーなったのよっ! おかしいじゃないっ!」

「アスカ・・・心配してくれてるんだ。」

「なっ! だ、だれがっ! アンタなんかのことっ!」

「わかった。もうあの人の家には行かない。」

「・・・・・・。」

「それでいいかな?」

「そ、それでいいのよ。」

あらぬ方向を向いて、アスカはバツ悪そうに言い放つ。

「でも・・・もうキスはやめてくれないかな?」

「えっ!?」

「好きでもないのに、キスするのはおかしいと思うんだ。」

「!!」

「アスカも嫌だと思うし。」

「わかったわよっ! 誰が好きでアンタなんかとっ!」

「じゃ、ご飯作るよ。当番だしね。」

それだけ言うと、シンジは部屋から出て行く。残されたアスカは、じっと鏡で見詰める。

その鏡には、ほのかにあかみを帯びた唇をした自分の顔が映し出されていた。

<学校>

今日も劇の練習が終り、残っていた生徒達が帰る準備を始めた頃、ケンスケが窓の外を
見て叫ぶ。

「げっ。雨降ってる。」

「えっ! うっそーーっ。ほんとだ。」
「やべー傘なんか持って来てねーよ。」
「いやーん、濡れちゃうぅ。」
「へへーん。俺持って来てるもんねぇ。」
「お前は、忘れていったのがあるだけだろ。」

騒ぎ出すクラスメート。他のクラスの生徒達も、天気予報が0パーセントだっただけに、
あちこちから騒ぎ始める。

「シンジっ。傘持って来たでしょうねっ!」

「持って来てるわけないだろ。雨降らないって言ってたもん。」

「カバンに傘の1つや2つ、いつも入れときなさいよ。」

「むちゃ言わないでよ。自分だって入れてないくせに。」

「誰か、傘持ってないかしら?」

クラスの中で一緒に傘に入れてくれる女子がいないかぐるりと見渡すと、なんと天の助
けかヒカリが傘を持っているではないか。

「あっ! ヒカ・・・。」

呼びかけ様としたが、言葉を詰まらせてしまう。入れてなどと言えようはずもない状況
になってしまった。

「あの・・・鈴原。なんなら、入ってく?」

「お? えーんか?」

「いいのよ。委員長だし。」

「ほうかぁ。悪いなぁ。」

濡れるのは嫌だが、お邪魔虫にはもっとなりたくない。それはともかく、もう少し上手
い誘い方の口実は作れないのかと、我が親友ながら情け無くなってくる。

「どうやら、走って帰るしかなさそうね。」

「やみそうにないもんなぁ。」

窓から外を見ると黒い雲が空を覆い尽し、学校からは次から次へと生徒が走って帰って
行っている。どうやらほとんどの生徒が傘を持って来ていなかったようだ。

教科書などが濡れては困るので、宿題の無いものは極力学校に残し、軽装で靴を履き替
え校舎の入り口に立つ。

「いくわよ。」

「いいよ。」

「せーのっ!」

ダッ!

他の生徒と混じり大雨の中走り出すシンジとアスカ。水溜りを飛び越え学校を出て、い
つもの通学路を駆け抜ける。

「シンジっ! 近道するわよっ!」

「ちょっと待ってっ! そっちは公園だからっ!」

「だから、近いんでしょっ!」

確かに公園を抜けると近道ではあった。しかし、雨の日に公園など走る馬鹿はまずいな
いだろう。

「いやーん。どろどろじゃないのよっ!」

「だから、ちょっと待ってって言ったのに。」

「もーっ! 早く言いなさいよっ! 急いで抜けちゃうわよっ!」

鞄を頭の上に乗っけて、どろどろになった公園を駆け抜けて行く。この公園を抜ければ、
コンフォート17マンションまで後少し・・・のはずだった。

ドシャッ!

「あっ、アスカっ。」

「いったーーーーーっ!! 痛いじゃないのよーーーっ!!」

水溜りで足を滑らせ思いっきりすっ転んでいる。吹っ飛んだ鞄を拾い上げ近寄るとシン
ジが近づくと、スカートから髪まで泥だらけ。

「もう。何してんだよ。」

「アンタが、こんなとこ通るからいけないんでしょーがっ!」

「だから、ぼくは待ってって言っただろ。」

「ちゃんと、理由言わなきゃわかんないわよっ! 見てよっ! 泥だらけじゃないのっ!
  どーしてくれんのよっ!」

「なんだよ。アスカが勝手に入ったくせに。ちょっと待っててよ。ハンカチ濡らしてく
  るから。」

「あーん。もー。いたいよーーっ!」

なにやらアスカが叫んでいるが、無視してハンカチを公園の水道で洗いに行く。

「ほら。顔拭きなよ。」

「さっさとよこしなさいよね。」

ハンカチを受け取り、泥で汚れた顔を拭く。後少しで家だが、ここまでぐしょぐしょに
なってしまっては、もう走ろうという気も起こらない。

「はい。ハンカチ。返すわ。」

「まだ髪にも泥ついてるじゃないか。ほらぁ。怪我もしてるし。ちゃんと拭かなくちゃ
  駄目だろぉ?」

「いいのよ。帰ったらお風呂入るもん。」

「ちょっとじっとしてて。」

シンジが膝の少しばかり擦り剥いた所を拭いている。意識していないのだろうが、自分
の素足を捕まれ、少し恥かしい。

「も、もういいわよ。」

「髪も拭かなきゃ。」

「もういいってば。」

「マンションの人に見られたら、恥かしいだろ? じっとしてて。」

「う、うん・・・。」

汚れた髪も拭いてくれる。アスカはされるがままに髪などを拭いて貰い、ある程度泥が
落ちたところで、ようやく帰り始めた。

<コンフォート17マンション>

家に帰り着くと、今日も早くにミサトが帰っていた。

「あらーん。傘持って行ってなかったの?」

「そうよ。雨降るなんて言ってなかったもん。」

リビングでミサトがこっちを向いているが、あまり話をしたくないので、シンジもアス
カもそそくさと脱衣所へ入って行く。

「早くお風呂沸かさなくちゃ。びしょびしょだよ。」

「アタシが先よっ!」

「それでもいいけど、今日は早く出て来てよ。」

「なによっ! アタシが遅いってーのっ!」

「遅いなんてもんじゃないじゃないか。」

「男と違うんだから、ちょっとくらい遅くたって文句言わないのっ。」

2人が脱衣所で頭を拭きながらそんな言い合いをしていると、ニヤリとしてミサトが首
を出してきた。

「ちょうど、お風呂入ろうと思って沸かしたとこなのよねぇ。」

「なによっ! アタシが先に入るわよっ!」

「いいわよん。2人とものんびりしてたら風邪ひいちゃうもんね。」

自分達の体を気遣ってくれているのだろうか。少しはミサトにもいいところがあるのか
もしれない。

「2人ともすぐ入んなくちゃいけないもんねぇ。とーぜん婚約者なんだし、一緒に入る
  わよねーん。」

ニッと笑うミサト。引き攣るアスカとシンジ。やはり、この女は鬼か悪魔だ。

「なんで、お風呂に一緒に入んなくちゃいけないんですかっ!」

今度はキスの時のような失敗はしたくないシンジは、すぐに抵抗する。

「あらぁ。自分の婚約者が風邪ひいちゃってもいいのぉ? おっかしいこというわねぇ。」

「そんなすぐ風邪ひきませんよっ!」

「そうじゃないでしょ? 気持ちの問題よ。一緒にお風呂に入るくらい大したことじゃ
  ないでしょ? もし、本当に婚約してるんならねん。」

「うぐ。」

「風邪ひくかもしれないのに、どってことないお風呂にも一緒に入れないのぉ? やっ
  ぱ、嘘なのかしらーん?」

「入るわよっ! お風呂くらいっ!」

「アスカっ!!」

「いいわよっ! べつにっ! さっさと入るわよっ!」

「でも・・・。」

「ほらっ! 服脱ぎなさいよっ!」

アスカが服を脱ぎ始めたので、一先ず首をひっこめたミサトは、ビールを飲みながらニ
ヤニヤと笑みを浮かべる。

もうちょっと攻めたら。
あの娘たまりかねて出て行くわ。
あと少しかもねーん。
ワハハハハハハハハっ!

グビグビ。

その頃シンジは、アスカが服を脱ぎ出したので、目を背けつつまず自分の服を全て脱ぎ
捨て、先にバスルームへタオル1枚持って飛び込んで行った。

その後からアスカも前をタオルで隠してバスルームへ入って来る。

「アンタ、何してんの?」

「アスカが洗い終わるまで、ここで待ってる。」

ミサトの年齢に合わせてお湯を入れた為か少し熱い湯に浸かり、タオルを頭に巻き目隠
ししたシンジは後ろを向いてじっとしている。

「アスカが洗い終わったら出て行けばいいよ。ぼくはのんびり入ってるってミサトさん
  には言っときゃいいだろ。」

「・・・・・・うん。」

シャワーを出す音がする。

アスカはシンジの前で冷えた体をシャワーで温め、いつもより急ぎ気味で体を洗う。
シャンプー,リンス,コンディショナー,洗顔,などを進めて行くアスカ。

しかし・・・。

とにかくアスカの風呂は遅い。急いでいるつもりのようだが、それでも普通の人、いや
普通の女の子より遅い。

全てを大急ぎで洗い終わった頃には、本人の感覚で15分が経過しており、実際には1
時間少々が経過していた。

「さ、終わった・・・キャーーッ! シンジっ!」

シャワーを浴び髪の水を切って目を開けると、そこには顔を真っ赤にして浴槽でぐった
りしているシンジの姿が目に入って来る。

「シンジっ! ちょっとっ! しっかりっ!」

「だ、だいじょうぶ・・・。」

「こんなになる迄、なんで黙ってんのよっ! このバカっ!」

ぐったりしているシンジを浴槽から引き摺り出し、目隠しのタオルを取って頭からシャ
ワーで冷たい水をぶっかける。

「目隠し取っちゃ、駄目じゃないか。」

「ンなこと言ってる場合じゃないでしょうがっ!」

ぐったりしながらも目を閉じるシンジの上半身を膝の上に抱きかかえ、とにかく冷たい
水で頭を冷やす。

「ほらっ。大丈夫なのっ?」

「はは・・・なんだか、頭が痛いや。」

「こんなになるまで黙ってるバカ何処にいんのよっ!」

「だって浴槽出たら、アスカが嫌がるかなと思って・・・。」

「アンタってどこまでバカなのよっ! この大バカっ!」

「も、もう大丈夫。うん。先出て。」

そう言いながら、閉じた目を開けずアスカから体を離し洗い場でじっとシンジは座り込
むが、すぐさま後ろから抱き付きまたシャワーを掛けるアスカ。

「大丈夫だよ。あんまりくっついちゃ、駄目だろ。」

「いいから、じっとしてなさい。」

「でも。」

「ウルサイっ! アンタはバカかっ! じっとしてろっ!」

アスカは体が冷えないように後ろから抱きしめつつ、頭を冷やそうと水を掛け続ける。

「も、もうほんとに大丈夫だよ。先出て。ほんとだから。」

「ほんとに?」

「うん。 先上がっててよ。ぼくもちょっと洗ったら出るからさ。」

「わかった・・・。」

そして、アスカが風呂から出て行った後、シンジも温度の低いお湯で体を簡単に洗い、風
呂を出て行った。

「あっらぁ。シンちゃん。長風呂だったわねん。」

「は、はい。体が冷えたから、のんびりしてたんです。」

「のんびりねぇ。それにしちゃ、なんかお風呂で騒いでたようだけどぉ?」

「そんなことないですよ。」

「ふーん。まぁいいわん。可愛い婚約者と一緒にお風呂だもんねぇ。嬉しいわよねぇ。」

「ま、まぁ。」

「また、明日からもたまには一緒に入ってあげなさいねぇ。」

「げっ!」

「婚約者だもんぇ。あったりまえよねぇ。でも、アスカと一緒だからって、のぼせない
  ようにねん。」

「・・・・じゃ、じゃぁ、ぼく宿題ありますから。」

シンジは話を誤魔化して、いそいそと部屋へ入って行く。そんな後ろ姿を見ながら、ミ
サトはビール片手に終始ケラケラと笑っていた。

シンジが部屋へ入ると、アスカが布団に潜って背中を向けていた。

「アスカ、さっきはごめん。」

「なんであんなことしたのよ。」

「まさか、のぼせるとは思ってなくて。でも、あれくらい平気だよ?」

「死にそうになってたくせに。」

「だって、あぁするしかなかっただろ。」

「しんどかったら、しんどいって言えばいいじゃないのよっ。」

「言ったって、どうにもできなかったじゃないか。」

首まで布団に潜り込み、後を向いていたアスカがキッと振り返りシンジを睨み付ける。

「アンタバカぁっ!? アタシのせいで、あんなになったら、心配するじゃないのよっ!」

「ごめん。心配かけちゃって。」

「べつにっ!」

また後を向くアスカ。

「アンタ、ミサトにまたお風呂一緒に入れって言われてたでしょ。」

「もう・・・入らないよ。傘ちゃんと持ってくし。」

「あの女のことだから、またなんだかんだ言ってくるに決まってるでしょ。」

「・・・・・・そうかもしれないけど。」

「風呂に入れとか、キスしろとか言ってくるに決まってるじゃないっ!」

「だからっ! それはっ!」

「シンジっ!」

「ん?」

「こっち見て。」

すっと布団から立ち上がるアスカ。

「わっ!」

咄嗟に両手で目を隠したシンジの前には、一糸纏わぬ姿で布団の上にアスカがこちらを
向いて立っている。

「見たでしょ。」

「み、み、見たって、そ、そんな、格好で、急に立つからっ!」

「アタシもアンタの見たし、これでおあいこよ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ。こ、こんなの。」

「目、開けなさいよ。」

「だ、駄目だよ。」

「1度見たくせにっ! 一緒でしょっ!」

「駄目だよ。」

「目、開けなさいよ。」

それでもガンとして目を開けないシンジ。

「やっぱり、駄目だよ。いくら、ここに住む為でも。そんなの、よくないよ。」

「え・・・。」

「最初に約束したろっ! 必要以上にプライベードには関わらないって。」

「!」

「早く、服着てよ。」

「そうよ。」

「もう、傘忘れないから。そんなことしなくてもいいよ。」

「そうよっ! アンタの言ってることは、正しいわよっ!!!」

「アスカ?」

目を閉じたまま、突然声を張り上げるアスカの言葉に耳を傾ける。

「約束したわよっ! アンタの言う通りよっ! だからっ! だから、なんだってのよっ!」

「何言ってんだよ?」

「服来たわよっ! もういいでしょっ!!!」

「アスカ? どうしたの?」

「疲れたから寝るのよっ! こっち来るなっ!!! 近寄るなっ!!!」

「うん・・・。」

その日アスカは、夕食も取らないでずっと布団に入っていた。食事を作っても、食べる
食べないはそれぞれの自由という約束だったので、シンジは何度か誘ったものの料理を
テーブルに置いたまま眠った。

布団の中で背中に当たるアスカの背中が、心なしか小さく思えた夜だった。

<学校>

そろそろ劇の練習も大詰め。大道具や小道具も整い、役のあるシンジ達は、練習を通し
ですることが増えてきた。

出会った時は最低だったくせにっ!
中途半端に、優しいとこ見せんじゃないわよっ!
変なとこで、格好いいことしないでよっ!

「アスカーーー、なにしてるの? 始めるわよ?」

「あ、うん。」

ジュリエットの婚約者が、舞踏会で挨拶をして去って行ったシーンからの練習だ。

アスカ(ジュリエット)「ばあや? あの人は?」

アスカが教室の隅に立つ婚約者のパリス役の生徒と、その後ろにいるシンジを指差して
ヒカリに問い掛ける。

ヒカリ(ばあや)「パリス様です。」

アスカ(ジュリエット)「いえ。あの後の方。」

ヒカリ(ばあや)「さぁ、一向に。」

アスカ(ジュリエット)「お名前を。」

ヒカリが身内役の生徒に名前を聞きに行く。

ヒカリ(ばあや)「ロミオですっ! 憎き敵の息子ですっ!」

唖然とするジュリエットのアスカ。そして、呆然とした顔をしセリフを続けた。

アスカ(ジュリエット)「愛が憎しみから生まれた・・・。」

ここでシーンが変わる為、練習が中断され、ばあや役を演じていたヒカリ達がアスカの
元へ寄って来た。

「アスカぁ、最後のセリフ。感情が篭っててよかったわよぉ。」

「そ、そう?」

「うちの劇が、優勝間違いなしねっ!」

更に劇の練習は続く。今度は、城の上から月を眺めるジュリエットが、下にロミオがい
るとも知らず、心の内を口にする名シーン。劇の時間は短いが、このシーンは外せない。

アスカ(ジュリエット)「あぁ、ロミオ様。ロミオ様。
                        どうして、あなたはロミオ様なの?
                        せめて、出会いが違っていれば・・・。」

「アスカぁ、違うわよ? 最後のところ、『せめて、お家が違っていれば』なんだけど?」

「あ、ごめん。そうよね。出会いじゃないわね。もう1回ね。」

今日も下校時間ぎりぎりまで練習が行われ、アスカは家へと帰って行く。シンジはトウ
ジ達とレンタルCDショップへ寄るとのことだったので、今日は1人だ。

<コンフォート17マンション>

マンションへ帰ると、空家だった隣に引越し業者の人が荷物を運び込んでおり、慌しく
していた。

ふーん。
誰か引っ越してくるんだ。

荷物などの様子からみるに、女の子がいる家らしい。お隣さんになるので、仲良くしな
ければいけないだろう。

女の子がいるのかな?
仲良くしなくちゃ。

ちらりと通り過ぎながら家の中を覗くと、そこにはキャンパスなどの絵を描く道具がい
くつか見える。

絵描きさんかな。
はぁ。
今度は気をつけないと・・・。

あまり気にしないようにして、その場を立ち去ろうとするアスカ。

その時、ふいに後から自分を呼び止める声が聞えた。

「アスカ。久し振りね。クスクスクス。」

アスカはその抑揚の無い声を知っていた。嫌という程知っていた。

ま、まさか!

ギギギギギと顔を振り返ると、そこにはこの世で最も会いたくなかった少女の姿が。

「あ、あ、あ、アンタ・・・。なんで、ここに!」

「私から大事なものを奪って、こんなところへ逃げてたのね。クスクスクス。」

「あ、あれは・・・事故だったって。あのことは、謝ったじゃない。」

「駄目。あなたは、私の人生を壊したの。クスクスクス。」

「だから、アタシが悪かって何度も謝ったじゃないっ。もう許してよ。」

「駄目。私はあなたの1番大切なものを奪うまで許さない。クスクスクス。」

愕然とするアスカ。

隣に新しい住人が引っ越してきた。

クスクス笑みを浮かべて立つ少女は、ドイツで同じ学校に通っていた少女であり、アス
カの最も苦手とする少女。

それは、突然の天敵との再会であった。




                                レイ 来日。




To Be Continued.
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