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コンフォート17
Episode 07 -果てし無きクスクス-
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<ドイツの学校>

絵を志す者は誰しもが耳にしたことがあるだろう。世界的に有名なネロという画家がい
る。ペットの犬はパトラッシュ、妻はアロア。半年程前だろうか、そのネロがドイツの
新聞でこんなことを呼び掛けたのが事件の切っ掛けだった。

”長年絵を描いてきたが、いつしか歳をとり筆を持つこともできなくなる日は近いだろ
  う。そこで、わたしの全てを伝授し、後の絵描きに受け継いでくれる弟子を求む。
  20歳迄の絵描きを目指す者であれば誰でも良い、我こそはと思う者は自作を持ち○
  月×日、***へ集って貰いたい。”

絵描きを目指す者にとって夢のような話に、誰もがその目を輝かせたのは言うまでもな
い。それは、絵画コンクールで何度も金賞を取ったことのあるレイも同じ思いだった。

ネロの弟子になる人。それは私。
この絵を完成させて見て貰えれば。
きっと・・・・クスクス。

レイは毎日毎日、学校の先生に頼み込み美術室を放課後に貸して貰い、夜遅く迄絵を描
き続けた。

後少し・・・。
間に合いそう。
クスクス。

ネロが指定した日の3日前の昼休み、ほとんど絵は完成していた。外ではクラスメート
の女の子達が、バレーボールをして楽しそうに遊んでいる。レイも少し休憩しようと、
視線を運動場に巡らせた。

ポーン。

美術室に飛び込んで来るバレーボール。レイの足元にコロコロと転がる。

「レーイ。ボール取ってーっ!」

汗を掻きながら、クラスメートのアスカが両手を頭の上で振り駆け寄って来る。

「わかった。クスクス。」

バレーボールを手に取り、少し振り被って勢い良く投げる。

「えっ!?」

何かが、レイのスカートに引っ掛かった。

ボールが手から離れ窓の外へ。

体重が前に掛かる。

スカートが付いてこない。

「いやっ。」

前のめりに転ぶ。

ガンガラガッシャーーーン。

転んだ上から倒れてきた物。それは、完成間近だった懇親の力作。

バリバリバリ。

破れた。

真っ青になるレイ。

アスカが心配そうに窓から覗き込んでくる。

「レイぃぃ? 大丈夫ぅぅ?」

そこにはビリビリに破れた絵とすっ転んでいるレイの姿。

「もう。ドジねぇ。」

ギロリ。

レイの赤い目が睨みつける。

「いっ!?」

ニコニコしていたアスカの顔が、一気に顔が青褪めた。

「あなたのせい・・・。」

「えっ!? あ、ご、ごめん。」

「私の人生の全てをあなたが潰したの。」

「そ、そんな大袈裟な・・・。」

「許さない。」

ギロリ。

「ご、ごめん。」

「絶対に許さないっ!」

「ひぇぇぇぇぇぇぇえ〜。」

その後レイは、一生懸命絵を描き直し、指定された日より何日か遅れてネロに見て貰い
に行った。

「あの日に来ていれば、君を選んでいただろう。それほど素晴らしい絵だ。自信を持っ
  ていい。」

「で、ではっ?」

「だが、もう弟子はこのイライザに決まったのじゃ。諦めてくれ。」

ガーーーーーーーーーン!
ガーーーーーーーーーン!
ガーーーーーーーーーン!

自分の実力が及ばなかったのなら、まだ諦めもついた。が、間に合っていれば選ばれて
いただろうと言われると諦め様にも諦めきれない。

アスカ。
許さない。
絶対に許さない。クスクスクス。

レイの復讐劇が幕を開けた。

<コンフォート17マンション>

頭を抱えながら家に入るアスカ。まさかこんな所までレイが追い掛けて来るなどとは夢
にも思っていなかった。

もう許してよぉ。
そろそろ諦めてくれないと、本当に・・・。
はぁ〜。

これから先のことを想像すると、憂鬱で仕方がない。今はレイの相手をしているような
余裕はどこにもないのだ。

「あら? アスカ。丁度いいとこに帰って来たわん。」

げぇぇぇ!

家に入ったら入ったで、嫌ーな声が聞えた。またミサトのことだ、碌なことを言い出さ
ないに決まっている。

ん?
ま、まさかっ!

何かツーンと鼻につく臭い・・・悪臭がしてきた。強烈に嫌な予感がし、ダッとリビン
グに駆け込む。

「余っちゃたのよぉ。食べてくんない?」

「!!!」

そこには、カップ麺にカレーを掛けて美味しそうに食べているミサトと、その横に並ぶ
あと1人前のカレー。

はっきり言おう。この件に関してミサトは嫌がらせはしてないと思う。なぜならば、嫌
がらせではなく殺人行為だからだ。

「せっかく加持の為に作ったのに、どっか行っちゃったのよねん。」

「はは・・・アタシもいいわ。」

「なんでよぉ。ちょっとでもあなた達の家計が浮くでしょ。」

「アタシ達はアタシ達でするから。ミサトの手は煩わせないわ。」

なんと思われようと、断固拒否をしなければ命が危ない。

「捨てたら勿体ないじゃない。バチが当たるわ。」

このカレーは捨てても、神様は見逃してくれると思う・・・。
殺人カレーより、神様に頂いた命の方が尊いはず。

「そんなこと言わないで。わたし、もう食べれないのよ。ほら、ポンポン。」

ビール腹を見せるミサト。見たくも無い。

「いらないって言ってるじゃない。」

その時、ギーと玄関が開く音がした。リビングから廊下に目を向けると、レイがモソモ
ソと入って来ているではないか。

なんで、レイが入って来てんのぉっ!?
今、それどころじゃないのよっ!

「お邪魔します。クスクス。」

「あら? お客さん?」

「アスカ・・・引越しの挨拶しに来たわ。クスクス。」

「挨拶は、さ、さっきしたじゃないっ。」

「ねぇ。アスカ? どなた?」

カレーラーメンをズルズル吸い上げながら、ミサトがこっちを見ている。レイの方は容
赦無くリビングへ入って来る。

「私、隣に引っ越して来た綾波レイです。宜しくお願いします。クスクス。」

「あら。綾波さんね。よろしくねん。」

その時、ダイニングテーブルに置かれている1皿のカレーが、レイの目に止まった。

あれはアスカのご飯。
無くなればアスカが困るの。

「クスクスクス。」

レイはおもむろにダイニングに座ると、並んでいたスプーンを手に取った。

「ちょ、ちょっとっ! レイっ!」

焦るアスカ。

「頂きます。クスクス。」

「あっらぁ。早く食べないから、アスカのなくなっちゃうわよん。」

「アスカ、残念ね。クスクス。」

「待ってレイっ! そのカレーはっ!」

「お腹が減ってしまうのね。クスクス。」

ニヤリとしたレイは、スプーンいっぱいにカレーを掬って口にほおり込んだ。きっとア
スカは困っていることだろう。

カプっ!

「☆□○△※★∀Å☆!!!!」

水をガバリと飲むレイ。

こ、これは何っ!?

あまりの不味さに目を白黒させながら、アスカの方に視線を移すと困った顔でこっちを
見ている。

「あ、あの。レイ。もうやめた方が・・・。」

「クスクス。困っているのね。そう。あなたのご飯はもうないの。クスクス。」

再びスプーンにカレーを掬う。

カプっ!

「☆□○△※★∀Å☆!!!!」

また、一気に水を口に流し込む。

いったい、これは何っ!!?

「レイ・・・もうやめないと・・・お腹が。」

「クスクス。あなたのお腹が減るのね。でももう駄目。これは私が食べるの。クスクス。」

三度カレーをスプーンに掬う。

カプッ!

「☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆!!!」

目をバチバチさせて水を掻き込む。

だから、これはいったい何っ!????

その後、困った顔であたふたするアスカの横で、全てをたいらげたレイは、真っ青にな
って何も言葉を出すことができず、家へと帰って行った。

<レイの家>

家に帰り着いたレイは、ベッドでお腹を抱えて丸くなり横たわっている。

お腹が痛い・・・。
はっ!
あれはアスカの罠っ!
ポンポン痛い・・・。

アスカ。
許さない。
絶対に許さない。クスクスクス。

レイの復讐劇は始まったばかり。

<学校>

学校でアスカは、翌日の朝のホームルームの時間、げっそりとしていた。教室の前で挨
拶をしている転校生の少女が原因。

アスカと同じクラス。
それは便利なこと。
クスクス。

これで毎日復讐することができる。レイは自分の幸運を天に感謝しながら、ニヤリと笑
みを浮べた。

3時間目、美術の時間。

今日は絵を描くことになっている。絵と言えば、他に追従を許さぬ才能を持つレイであ
る。持てる技術を駆使して、学校の美術の時間に描く絵とはとても思えないような絵を
さらさらさらと仕上げて行く。

「すごーーーい。」

クスクス。
絵は得意だもの。

とレイが振り返ったが、クラスメートの視線は全てアスカに集っていた。そもそも中学
生の普通の生徒が、レイの絵の価値を見抜けるはずもない。それより、アスカが描いて
いる絵の方が、よっぽど魅力的。被写体は密かにシンジ。

「碇くんでしょ? これ?」

「え、ま、まぁ。」

「わぁ、なんだか、愛情が篭ってるって感じねぇ。」
「素敵だわぁ。」

「ま、まぁ。一応婚約者だから・・・あははは。」

あまりシンジには知られたくないので、コソコソと静かな声で言い返す。そこで気にな
るのは、シンジはいったい何を描いているのだろうということ。

アタシを描いてるのかな?
まさかね。
何描いてるんだろう。

何気なさを装いちらりとシンジの絵を見て、アスカはがっくりと肩を落とした。よりに
もよって、白く四角いケシゴムをでかでかと描いている。何を考えているのだろうか。

あはは。
消しゴム簡単でいいや。

どうやら、そんなことを考えながら、描いているようだ。シンジに期待した自分がバカ
だったと、再び一生懸命消しゴムを描くシンジの姿を、画用紙に描き続ける。

「ねぇねぇ。みんな見てぇ。アスカの絵。」
「わぁ、上手ぅ。」
「いいなぁ。私も早くこんな絵を描いてみたいなぁ。」

もうアスカの描くシンジ像は、クラスの女の子の羨望の的となった。そんな様子を、ジ
ロリと睨み付ける2つの赤い瞳。

そう。
あの絵、そんなに大事なのね。

レイは筆を洗う水の入ったバケツにそっと手を延ばし、ニヤリと笑みを浮べる。

「アスカ。水替えに行くから、道開けて。」

レイの声がした。ぎょっとして振り返ったアスカは、咄嗟に自分の絵を庇う。

クスクス。
いくら庇っても駄目。
あなたの絵は水浸しになるの。

「あっ! レイ待ってっ! スカートがっ!」

アスカが叫んだ。

残念ねアスカ。
もう手遅れ。
あなたの絵は水浸しになるの。

レイが勢い良くバケツを持って立ち上がる・・・しかし、スカートが椅子に引っ掛かっ
ていた。

「あっ! レイっ! 危ないっ!」

アスカが駆け寄るが間に合わない。

レイは勢い良く前のめりに倒れ、持っていたバケツが宙を舞う。

バッシャーーーーーンっ!!!!

「あっちゃーーーーーっ!」

目を覆うアスカ。

レイの服はびしょびしょ。折角描いた絵もびしょびしょ。その時授業終了のチャイムが鳴った。

「綾波さん? この絵は何? 真面目に書いたの?」

ぐちゃぐちゃになった絵を見て、美術の先生が怒っている。

アスカ。
許さない。
絶対に許さない。クスクスクス。

レイの復讐劇は更に続く。

昼休み。

お弁当の時間。

今日はアスカが弁当を作ったので、やや質素なおかずが並ぶ。テーブルを対面にくっつ
け、弁当箱を付き合わせシンジと向き合って食べる。

「あのさぁ? ぼくの絵描いてたんだって?」

「そ、そうよ。婚約者ってこと、アピールしなきゃ。」

「そこまでしなくてもいいんじゃないかなぁ?」

「ウッサイわねっ! いいじゃん、アタシの絵なんだから。」

「なんだよ。嫌々描いてたら、碌な絵描けないだろ? 絵くらい好きなの描いた方がい
  いよ。」

「・・・・・・・。なによっ! アンタの消しゴムより100倍マシよっ! 先生にも、
  『もうちょっと描く物考えましょうねぇ。』とか言われてたじゃないのっ!」

「だって、何描いていいか思いつかないんだもん。仕方ないだろ?」

「じゃぁ、さ。アタシなんかどう? 今度描くの。」

「難しそうだからいい。」

「・・・・・・。じゃ、何描くのよ。今度。描く物ないんでしょ? やっぱり・・・。」

「そうだなぁ。下敷きなんか楽そうだな。」

「・・・・・・アンタ。」

もういいと思うアスカ。被写体がどうのこうのの前に、もうちょっと真面目に絵を描い
たらどうかと思う。そのうち、先生に怒られるのが目に見えてきた。

その頃レイは、大量の焼きそばパンを胸に抱きかかえてご機嫌で廊下を歩いていた。お
小遣いをはたいて買い占めたのだ。

クスクス。
アスカがドイツで好きだった焼きそばパン。
もうアスカは食べれないの。
全部買い占めたもの。

クスクス笑みを浮かべながら得意気に教室へ戻って来たレイは、アスカの姿を見つけて
言い放った。

「焼きそばパン。もうあなたのはないわ。クスクス。」

その声を聞いた途端、あちゃーーという顔で頭を両手で押さえるアスカ。自分に嫌がら
せをしているつもりなのだろうが・・・。

「クスクス。そう。あなたは普通のパンなの。クスクス。」

「あ、あの・・・アタシのお昼ご飯って・・・。」

困った顔をするアスカに、勝ち誇ったように近付いたレイの視界に広がったものは。

「お・・・お弁当だったのね。」

アスカ。
許さない。
絶対に許さない。クスクスクス。

レイの復讐劇はまだまだ続く。

放課後、劇の練習をする2−Aの生徒達。レイはひとまず遅れている小道具係となった。
美術の得意なレイには、適任かもしれない。

<通学路>

そんなこんなで、今日も練習が終わり皆が下校して行く中、シンジとアスカは堤防を歩
いている。

「あの、綾波って隣に引っ越して来た子?」

「そう・・・。はぁ〜。」

「なんだか、知り合いみたいだけど?」

「ドイツで同じ学校だったのよ。」

「そうなんだ。友達も日本に来て良かったじゃないか。」

「良かないわよ。あの子アタシを恨んでるのよ。」

「恨むって、何かしたの?」

「ちょっとねぇ。謝ってるんだけど、許してくれなくて。」

「アスカが悪いんなら、謝るしかないよなぁ。」

「っていうかさぁ、なんだかレイって、地雷を寄って踏んでるっていうか。」

「??? 地雷?」

「まいったわねぇ。ほんと。」

川辺を腕を組んで歩く2人。最初の頃は過激に反応していたが、いつしかそれが当たり
前のようになってしまい、最近では人目が無いところでもそのまま意識せず腕を組みっ
放しになっていることが多い。

「ねぇ。今度の日曜日、気晴らしに遊びに行かない?」

「行ってきたらいいじゃないか。」

「アンタもっ! くんのよっ!」

「なんで、ぼくが・・・。しんどいから、家にいるよ。」

「加持さんとか、ミサトとずっと一緒じゃたまんないわよ?」

「それもそうだけど・・・。」

「それに、こないだ酔っ払った時、奢ってくれる約束したでしょうがっ!」

「・・・・忘れてた。」

「アンタねぇっ! ちゃんと、こんどの日曜奢って貰うわよっ!」

「わかったよ。行くよ。」

「よろしい。」

どうやら日曜日は遊びに行くことになったようだ。なんとなくアスカが顔をほころばし
た・・・その時。

ドス。

後から何かに突き飛ばされた。

ドテっ!

何がなんだかわからないうちに、転んでしまうアスカ。その上から青いふわっとしたも
のが、振って来た。

「きゃーーーーっ!」

悲鳴を上げるアスカ。青いものが目の前に近づいて来る。

ゴチン。

「い・・・いたい。」

目から星を飛ばして痛がるレイ。どうやら、アスカを突き飛ばそうとして、自分も転ん
でしまいアスカの上に倒れてしまったようだ。頭と頭がぶつかりかなり痛い。

「なにすんのよっ!」

「アスカのせいで、転んでしまったわ。」

「・・・・・・あのぉ? もしもし?」

「はっ!」

その時レイの目に、アスカの家の鍵が道に転がっているのが見えた。

これは、家に入る物。
とてもとても大切なもの。
アスカのとても大切なもの。

ニヤリとして、それを拾い上げ立ち上がるレイ。

「これがないとあなたは家に入れないの。クスクス。」

大きく川へ向って振り被るレイ。

「あっ! ちょっと待ってっ!」

慌てるアスカ。

「クスクス。もう遅いの。」

「ダメーーーーーーーーーーーーっ!」

「さようなら、鍵さん。」

ぽーーーーーいっ!

ちゃぽん。

「あーーーー。」

愕然とするアスカを、レイはしてやったりの顔で覗き込む。

「もうあなたは家に入れないわ。クスクス。」

「アタシの鍵・・・ここ。」

猿のキーホルダーをつけた自分の鍵を、スカートのポケットから取り出す。

「え・・・。じゃ、あれは? 何?」

ふと気になり、自分のポケットをまさぐると・・・ない。

「そう・・・。私の鍵だったのね。」

「あ、なんなら、おうちの人が帰って来るまで、アタシの家で・・・」

ダッ!

レイは一目散に背中を向けて走り出してしまった。

アスカのせいで家に入れなくなったっ!
アスカのせいで家に入れなくなったっ!
アスカのせいで家に入れなくなったっ!
アスカのせいで家に入れなくなったっ!
アスカのせいで家に入れなくなったっ!

それからレイは両親が帰ってくるまでの時間、公園の砂場に1人で座りドスドスドスと
砂山を作っては踏みつけていた。

アスカ。
許さない。
絶対に許さない。クスクスクス。

レイの復讐劇は果てし無く続く。

To Be Continued.
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