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コンフォート17
Episode 08 -はぷにんぐデート-
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<コンフォート17マンション>

日曜日。学校が休みの日であり、お出かけなどをする場合は、贅沢にまる1日が自由に
使えるとっても素敵な日。

「アンタ、これ着なさいよ。」

「別になんでもいいだろ?」

「なんでもいいなら、これでもいいでしょ? アタシ、アンタの服でこれが結構気に入
  ってんのよ。」

「アスカが着るわけじゃないだろ・・・なんだっていいけど。着替えるから向こう向い
  てよ。」

「ん? 着る気になった? よろしい。じゃ、アタシも着替えるからこっち向くんじゃな
  いわよ。」

近頃ずっとミサトと加持がリビングを占拠し寛いでいるので、2人でこの部屋に篭って
いることが多く、着替える時なども背中合わせに着替えることになってしまう。

「シンジぃ? 背中のファスナー閉めてくんない?」

「そんなの自分でしろよなぁ。」

「手が届かないんだから仕方ないでしょっ。」

「もうっ。そんな服買うからだよ。」

ブツブツ言いながら振り返ると、腰のあたりからブラのホックを通り首筋まで、アスカ
の背中が露になっている。

「シャツくらい着てよ。」

「暑いんだもん。」

シャーッと急ぎファスナーを閉めると、視線を別の方向に振りつつ櫛を取り、簡単に髪
をとかす。

「もうちょっと丁寧に髪といたら?」

「いいよ。別に。」

「ちょと貸してごらんなさいよ。といてあげるから。」

「いいって。」

「ほら、貸して。」

「いいってば。」

シンジはさっと鏡の前から移動してしまい、その場に櫛を持ったまま1人残されるアス
カ。

「・・・・・・。」

「自分のことすればいいだろ? ぼくも自分のことは自分でするから。」

「アンタがダサイ髪してるからでしょうがっ! なにさっ!」

「悪かったねっ!」

ダサイという言葉にカチンときたのか、ブスっとしてベッドに座り込みヘッドホンステ
レオに手を伸ばす。

「・・・・・・。」

アスカは櫛を片手に持ったまま、自分の髪をとくでもなくそんなシンジの様子を横目で
じっと見続ける。

「なにしてんのよ。さっさと準備してよっ。」

「無理してダサイぼくなんかと、出かけなくていいよ。」

「・・・・・・。」

今日は先日のお酒を飲んだ一件のお礼ということで、シンジの驕りで出掛けることにな
っており、2人して朝から準備していたのだが雲行きが怪しくなってきた。

「なによっ? 気にしてるわけ?」

「・・・・・・。」

返事が返ってこない。

「わかったわよ。言い過ぎた。」

「・・・・・・。」

「でも、今日出掛けるってのは、約束でしょっ?」

「・・・・・・。」

「男の癖に、約束破る気?」

「わかったよ。行けばいいんだろ。」

ヘッドホンステレオを耳から取り、ジーパンに財布などを入れ準備を再開するシンジの
仕草を見ながら、アスカは小さなやるせない溜息を零す。

「できたよ。アスカも早くしてよ。」

「うん・・・。値札ついたままだったから、ちょっと待って。」

「何も今日なんかに、新しい服着なくても。」

「べつに・・・そういうわけじゃないわよ。」

そういうわけとは、どういうわけなのかわからないシンジが、頭の上に?マークを浮か
べている間にアスカの準備も整う。

「いいわ。行きましょ。」

ポシェットを手に掛けて、シンジに腕に抱き付いてくるアスカ。

「ちょっと・・・。」

「さ。おめかしして出掛けるとこ、ミサトに見せ付けてやるわよっ。」

「うん。そうだね。」

これにて、ラブラブ婚約者の出来上がり。2人は体を寄り添い合って、リビングへと出
陣して行く。

「あっらぁん、デートかしらん?」
「おやおや、やけに早いお出かけだな。」

我が物顔でコーヒーを飲みながらダイニングに座り、テレビを見ていたミサトと加持が
一斉に振り向いて来る。

「そうよっ。天気もいいし。ねぇ〜シンジぃ。」

「はい。ま、早めに帰って・・・」

「今日は晩御飯食べてきて遅くなるから、帰って来て煩くするかもしんないわよっ。」

ば、晩御飯?
ぼく・・・晩御飯まで奢るのか?
トホホホ。マヤさんの時は世話になったから仕方ないか。

「見せ付けてくれるわねぇ。いっそ、一泊してきたらん?」

「残念だけど、明日学校なのよねぇ。じゃ、行きましょ。」

「う、うん・・・。」

これ以上話し込むと、ミサトが何を言い出すかわからないので、急いでシンジの腕を引
っ張って出かけて行く。こうして、今日という長い長い1日が始まった。

<郊外>

太陽が眩しい快晴の空の下、アスカが選んだ黒い半袖のポロシャツとジーパン姿のシン
ジの腕に、おろし立ての袖の無い赤いワンピースを身に纏ったアスカが両腕で抱き付い
ている。

「もう、いいだろ?」

「なにがよ?」

「腕組まなくても。」

「今日は日曜日よ? みんな遊びに行ってるってのに、誰が見てるかわかんないでしょ?」

「それもそーだけど。で、何処行くの?」

「はぁ? アンタそんなのも考えてないの?」

「考えてって・・・ぼく、ご飯奢りに来たんだろ? どっかアスカが行きたいとこある
  んじゃないの?」

「・・・・・・。」

シンジの顔を見上げつつ、咄嗟に次の言葉が出てこなかったが、搾り出すかのように口
を開く。

「あるわよ。えっと・・・動物園。」

「動物園???」

「あっ、嫌なら植物園でもいいけど。」

「は? 動物園に行きたかったんじゃないの?」

「え? そ、そうよっ! 日本の動物園って1度行ってみたかったのよ!
  アタシずっと、ドイツに暮らしてたからさ、日本の動物園って興味あったのよね。
  よく、テレビとかで、日本の動物園の特集とかしててさ。
  日本に来たら、1度動物園に行かなきゃって、前から・・・そう前から思ってたのよ。
  アンタに会う前からよっ!
  前から・・・。」

「ふーん。そういうもんかなぁ。よくわかんないけど、まぁいいや。」

「そうよ。そう、いいのよ。」

「???」

本当によくわからないが、動物園に行くというのだから、付いて行ってこの間のお礼に
食事を奢ればいいだろうと、シンジもあまり考えないことにした。

<電車>

動物園に行こうと思えば、電車に乗らなければならない。2人は最寄のJRの駅から電
車に乗る。

「なんか、人多いなぁ。」

「ほんと。おじさんばっかりね・・・。」

周りを見ると競馬関係の新聞などをほとんどのおじさんが手にしている。どうやら丁度
時間的に、競馬に行く人達と鉢合わせになったようだ。

「アスカ? こっち来て。」

「なんで?」

「ほら、また人乗ってきそうじゃないか。」

電車が次の駅のホームへ入ると、そこには多くの人が列をなして並んでいた。シンジは
アスカを壁に押し付け庇うように立つ。

ガヤガヤガヤ。

案の定電車の扉が開くと、ほとんど降りる人もなくおじさん達が大量に乗ってきてひし
めき合い、列車の中がむーーっと暑くなる。

「いいわよ無理しなくても。」

シンジが両手の間にアスカを挟み、後ろから押してくるおじさん達の盾になり突っ張っ
ている。

「それ、新しい服なんだろ? 汗ついちゃうよ。」

よく見ると、ただでさえ暑いこの空間で更に力を入れている為か、シンジの体はかなり
汗ばんでいる。確かに、このまま押しつぶされると汗がつくかもしれないが・・・。

「しょーがないでしょ。満員なんだし。」

「後ちょっとだから。大丈夫だよ。」

「バッカじゃないの?」

そう言いながら、アスカはポシェットからハンカチを取り出すと、シンジの額の汗を拭
きとり電車に揺られて行った。

<動物園>

動物園のある駅に着く頃には電車も空き、2人の汗もクーラーに冷やされたのだが、外
に出るとかなりの陽気にじわりと汗が出てくる。

「ちょっと待って。」

それでも、汗ばむ手でシンジの腕を抱きしめていたアスカだったが、動物園まで歩いて
行く道の途中で自動販売機を見つると、たったったと小走りに走って行く。

「喉渇いたでしょ?」

「あ、いくらだった?」

「いいわよ。これくらい。はい。」

両手に2つの缶のお茶を持ち帰って来たアスカは、1つをシンジに差出し自分も、もう
1つのお茶に口を付ける。

「ありがとう。喉渇いてたんだ。」

「こう、暑いとねぇ。」

350ミリのお茶の缶が一気に空になっていく。2人はそれをゴミ箱に捨てると、また
歩き出す。

「ねぇねぇ。動物園ってまだかなぁ?」

そう言いながら、またシンジの腕に抱きつくが・・・。

「そんなにくっついたら、暑いよ。」

「誰かに見られたらどーすんのよ。」

「こんなとこに誰もいないよ。それに別に腕組んでなくても、おかしくないだろ?」

「・・・・・・そうだけど。」

「暑いしさ。」

「そうね。」

肩幅1つ離れて歩く2人の前に、動物園のゲートが広がる。天気が良いせいだろう。入
場チケットを買っている人も多い。

「中学生2枚。」

ここはシンジが払いゲートを潜ると、順路を示す矢印の下に動物園の地図が重なって置
かれていた。

「何処から見るの?」

「えっと、アタシここ来るの初めてだから、シンジが連れて行ってよ。」

「ぼくも初めてだよ。」

「そう・・・。そうなの。」

「仙台にずっといたからさ。」

「じゃぁ、順路通りきりんさんにしよっかな。」

「それでいいよ。」

園内の地図を見ながらシンジが目的の場所へ向かい歩き出したので、慌ててアスカも小
走りについて行く。

「ねぇ。シンジ?」

「ん?」

アスカには目を向けず地図に視線を落としたまま返事をする。

「手、繋いじゃダメ・・・かな? 迷子になったらヤだし。」

「迷子になんか、ならないって。」

「動物見てて、逸れちゃったりさ。腕組むんじゃないから暑くないし・・さ。その・・・。」

「そんなに心配なら、いいけど。」

「うんっ!」

差し出してきた手をぎゅっと握ると、今度はシンジも握り返してくる。目の前にきりん
も見えてきて、アスカの顔が明るくなる。

「きりんさんの首の骨って、いくつあるか知ってる?」

「7つだろ? 人と同じだよ。」

「なんだ。知ってたんだ。つまんない。」

「先生が言ってたんだ。」

「あっ! 見て、葉っぱ食べてるわっ!」

繋いでいる手と反対側の手を高く伸ばし、アスカはきりんを指差しながらシンジをぐい
と引き寄せる。

「アスカって、きりんが見たかったの?」

「ん? きりんさんがってわけじゃないわよ? どうして?」

「なんだか、嬉しそうだからさ。」

「そう・・かな。動物園来れて、嬉しいからかもね。」

「そんなに動物見たかったんだ・・・。見れて良かったじゃないか。」

ニコリと微笑みかけるシンジを見て、アスカは笑みを返しつつも複雑な表情をしてきり
んの前から歩き出す。

「次は、アシカだね。」

「あっ、エサ売ってるわ。」

シンジの手を引き小走りでエサの魚を買いに行ったアスカは、お金を払い空いている手
で皿を受け取る。

「これ、持ってて。」

「ぼくが? 自分で持てばいいのに。」

「いいからっ。」

シンジの空いている手に皿を乗せ、自分の空いている手で魚をつまんで投げると、水の
中からアシカが顔を出し上手に口でキャッチする。

「うまーい。よーし、次よっ!」

今度は別のアシカに向かって魚をほおり投げたが、またさっき食べたアシカがすばやく
近寄ってきてキャッチする。

「アンタはもういいのっ! 他のアシカさんが、可愛そうでしょっ。」

残り最後1つ。アスカは2つも魚を食べてしまったアシカから、できるだけ離れたとこ
ろにいるアシカに向かい、大きく振り被って投げた。

ポチャン。

だが、距離が足らず中途半端な所へ落ちる魚。それに3匹のアシカが群がってきたが、
結局2匹の魚を食べたアシカが最後の1匹まで食べてしまう。

「あーーーーーっ! あのバカっ! なによアイツっ!」

「ねぇ。あの食い意地張ってるの、アシカじゃないんじゃないかな?」

「ウソ? 違うの?」

「きっと、”アスカ”って言うんだよ。」

「なっ! なんですってっ!」

目をぎゅーっと吊り上げたアスカが、シンジを睨みつける。

「アタシは食い意地なんかはってないわよっ!」

「じゃ、ただの意地っ張りとか?」

「えっ。・・・・・・。」

しかし、シンジのからかいに今度はアスカからの反撃は返って来なかった。

エサもなくなり、続いて熊のゾーンに入って行く。月の輪熊や北極熊など幾種類かの熊
が檻の向こうで種類ごとに分けられている。

「見てっ! 立ってるわっ!」

丁度、月の輪熊の所へ差し掛かると、熊が2本足で立ち上がり両手で”頂戴”をするよ
うな格好をしていた。

「なにしてるのかしら?」

そこへ、隣で見ていた子供が自分の持っていたお菓子を檻の中へ投げ込んだ。熊は器用
にそれを受け止め食べる。

「かわいいっ。アタシもあげたいなぁ。」

「でも、エサあげちゃ駄目って書いてあるよ?」

「ほんとだ。ダメね。」

お菓子を受け止める仕草を可愛く思ったものの、駄目と書いてある以上してはいけない
ことなのだろう。アスカは、月の輪熊に手を振りながら、シンジの手を引き順路を進む。

「暑いわね。」

「ジュース買って来るよ。ぼくも、また喉渇いちゃった。」

そう言いながら、握っている手を離して走り出そうとするシンジだったが、アスカは手
をぎゅっと離そうとはせず、握ったままで一緒に走ってついて行く。

「自分のは、アタシが選ぶわ。」

「そうだね。」

結局手を握ったまま、2人揃って自動販売機の前に立ち、それぞれ好みのジュースを買
いごくごくと飲み干す。




園内の半分程見回った頃、丁度昼時になった。売店で昼ごはんを買うことにする。

「ねぇ。ご飯奢れって言ってたけど、パンでいいの?」

「いいって。入園料も奢って貰ったしさ。」

「ぼくはその方がいいけど。・・・それとさ。もういいんじゃない?」

ふと見るとパンを持ちベンチに座った今も、2人は手を繋いだままの状態。

「食べにくいんだけど? ここなら、迷子にならないしさ。」

「そ、そうよね。ははは、忘れてたわ。」

ようやく手を離したアスカは、火照ったその手と空いていた手でパンの袋を破り、ぱく
りと咥える。

「こんなの買うんじゃなかったよ。」

ふと見ると、いつの間にかシンジは早くもさっき買ったカレーパンは食べ終わっており、
デザートに買った、カップに入った餡蜜に取り掛かっている。ただ、混ぜるべき寒天と
フルーツを別々に食べており、あんこの入った袋などほおり出しているではないか。

「なんて食べ方してんのよ。」

「混ぜるの、面倒臭いもん。」

「もう〜、それくらい・・・。貸して。アタシが作ってあげるから。」

「うん。」

そう言いながらシンジの餡蜜を受け取ったアスカだったが、ちょっと考えたそぶりをし
た後、それは椅子の横に置き、自分の餡蜜を開けフルーツやあんこを混ぜ合わせた。

「はい。」

「それ、アスカのじゃないか。」

「アンタ、変な食べ方するから割合がおかしくなったのよ。交換してあげるわ。」

「いいよ。アスカが困るだろ?」

「アタシが混ぜた餡蜜が不味かったら、腹立っちゃうのよ。そっち食べて。」

「・・・・・まぁいいけど。」

結局シンジはアスカが混ぜた新しい餡蜜を食べ、2人は昼食を取り終った。その後、ラ
イオンなどの猛獣コーナーを中心に見回り、午後3時頃動物園を後にした。

「期待通りだった? 動物園。」

「面白かったわ。また来たいな。」

「アスカがそんなに動物好きって知らなかったな。また来たら? 場所もわかっただろ?」

「・・・・・・。」

シンジの手を握りながら、視線を下に落としてアスカはついて行く。

「シンジは、遊びに行くならどんなとこ行くの?」

「ぼく?」

「鈴原とかと、遊びに行ったりしてるじゃない? ゲームセンターばっか?」

「それもあるけど。1度映画も行ったっけかな。」

「映画ぁ? アタシも行きたかった。なんで、教えてくんなかったのよ。」

「アスカが? あれは・・・ちょっと。」

「なによ。えっちな映画見に行ったわけっ?」

ジトっとアスカが睨んでくる。

「違うよ。ただ・・・ケンスケに付き合って、エヴァムーンに・・・。」

「げっ、あのビール腹の女の子が出てくるアニメ?」

「うん。」

「相田らしいっていうか・・・。よくアンタも、そんなのに付き合ったわね。」

「映画って、結構好きだから。まぁいいかなって。」

「好きなんだ。じゃ、今度映画行かない?」

「見たいのがあったらね。」

「相田となら行った癖に・・・。」

出掛ける時にアスカが夕食も食べて帰ると言ったので、2人は動物園から遠ざかり、少
し距離のある商店街へと足を進める。

<商店街>

商店街へ差し掛かると、周りを歩く人の数も飛躍的に増えて来た。まだ夕食までには時
間があるので、しばらく街を歩くことにする。

「シンジ? プリクラ撮ろ?」

「あれ、時間かかるからやだよ。」

「どーせ、晩御飯までいっぱい時間あるんでしょ? いいじゃん。」

「そうだけど・・・。」

「早くっ。」

ゲームセンターの前にあるプリクラを見つけたアスカは、シンジの手を引っ張って画面
の前に立つ。

「ほら、もっとこっち寄って。」

「これで大丈夫だって。」

「離れてたら、写真のバランスが悪いでしょーが。ほらぁっ!」

腕を絡め強引にぎゅっと寄り添い体をくっつけ、画面の真ん中に2人の顔が写るように
並ぶ。

5

4

:

画面に撮影開始を示すカウントダウンが映る。アスカは更に頬をくっつけると、ニコリ
と笑みを浮かべた。

パシャッ。

「よしっ。」

撮影完了。後はシールが出てくるのを待つだけ。

「アンタ、目閉じてないでしょうね。」

「大丈夫だよ。」

ブーンと写真を乾かす風の音がし始め、数十秒後写真がカタンと吐き出された。

「あははは。うまく撮れてるじゃん。ねぇ、シンジはどう思う?」

「あらっ! シンジくーん。」

満面の笑みで振り返ったアスカの視線の向こうに見えたものは、手を振ってこちらに走
ってくるマヤの姿。

「げっ。」

「あ、マヤさん。」

「どうしたのぉ? 買い物?」

「はい。」

アスカを完全に無視して、シンジの両手を握り話し掛けて来るマヤ。

「もう帰るの?」

「いえ、晩御飯食べてから帰ります。」

「よかったぁ。わたしも今日は外で食べて帰ろうと思ってたのよぉ。」

”よかったぁ”とはなんのことだ。マヤには自分達が夕食を食べて帰ろうと食べて帰る
まいと関係ないではないか・・・とアスカが目を吊り上げる。

「シンジっ! 行くわよっ!」

「ねぇ、シンジくん? わたしも一緒にご飯食べていいわよね。」

「え? マヤさんも?」

「アンタは関係ないでしょうがっ!」

「ご近所さんだものね。嫌だなんて、シンジくんは酷いこといわないでしょ?」

「その・・・今日は・・・。」

そもそも今日ここに来ているのは、マヤの一件でアスカに世話になったからである為、
さすがにシンジも拒否しようと口を開きかけたのだが、そのあたりは歳の差が物を言う
のか、マヤはシンジの言葉を皆まで言わさず自分の言葉で遮る。

「じゃ、決まりね。あ、友達と今晩約束あったんだけど、断らなくちゃ。」

有無を言わせず携帯電話を取り出し、友人に今晩の断りの電話を入れるマヤ。もちろん
擬態だがシンジ達に電話の向こうがプープーと言っていることなどわかるはずもない。

「大丈夫。キャンセルできたわ。行きましょ。」

「・・・・・・はい。」

友人との約束を破棄してしまったマヤを、ここで断ることはさすがにできず、もう素直
に返事を返すことしかできないシンジ。

「ちょっとっ! シンジぃっ!!」

「しょーがないよ。ま、みんなで食べた方が美味しいし、いいじゃないか。」

「むぅーっ!!」

本日、最大最強の膨れっ面になるアスカ。空気を入れすぎたアドバルーンみたいに、ほ
っぺたがパンパンになっている。

「プリクラ撮ったのぉ? わたしとも一緒に撮りましょ?」

「またですか?」

「またって、わたしとは初めてでしょ。はい。お金入れたわよ。」

既にコインを入れてしまっている。断ることもできずシンジは、また同じ所に立ち画面
を眺める。

「はーい。撮るわよぉ。」

5

4

:

「シンジくーーん。」

ガバっと両手でシンジに抱きつくマヤ。

「わっ!」

焦るシンジ。

「ぬっ! ぬわにをっ!」

鬼のような形相になるアスカ。

パシャッ。

「ちょっとっ! シンジっ! 何してんのよっ!」

「なにって・・・マヤさんが急に。」

「シンジくん? もう1枚撮りましょ?」

「も、もういいですっ。」

「ほらっ! シンジっ! 人が見てるじゃないっ! さっさとこっち来るっ!」

「今、写真撮ってるのよ。シンジくんに触らないでくれない?」

プリクラの前で大騒ぎである。そりゃぁ人も注目するだろう。

カタン。

マヤとシンジの写真が吐き出された。そこには、マヤが思いっきり抱き付いている映像
が写っている。

「とってもシンジくんかわいいわよ? もう1枚撮りましょ?」

「なんで、シンジと撮るのよっ!」

「ご近所さんだもん、記念に撮っておきたいじゃない?」

「むむっ!」

また、強引にお金を入れるマヤを前に、アスカはシンジの手をぐいと引っ張り弾き飛ば
すと自分がマヤの横に並んだ。

「ご近所さんだもんね。アタシとも撮りましょ。」

「えっ。」

「ご近所さんでしょ? 記念にいいじゃん。」

おもむろに嫌な顔をするマヤと、してやったりでニヤリと笑うアスカ。そして出来上が
った写真は、両端に離れて無表情で写る女の子2人の写真。

「これ、あげる。」

「いらないわよ。」

その写真を差し出すマヤだが、アスカは無視してシンジの元へ駆け寄って行く。

「なんで、アイツがこんなとこにいんのよっ!」

「そんなこと、ぼくが知るわけないだろ。」

「ねぇ、シンジくん? 美味しいお店知ってるの。ちょっと離れてるけど、そこに行き
  ましょ?」

「あの・・・あんまりお金は・・・。」

「大丈夫よ。わたしが奢ってあげるから。シンジくんの分はね。」

「アタシだってお金持ってきてないわよっ!」

「じゃ、帰れば?」

ムカッ!

前述を撤回する。今回が本当の最大最強の膨れっ面発動。空気を入れすぎたアドバルー
ンどころか、爆発寸前の飛行船みたいに、ほっぺたがパンパンになっている。

「残念でしたぁっ! 今日は全部シンジが奢ってくれることになってるのよっ!」

「・・・・・・本当なの?」

「はい。」

「可愛そうに。たかられてるのね。」

なぜそうなる? まるでアスカを鬼畜でも見るかのような目で睨みつけるマヤ。

「いいわ。今日はその分もわたしが出してあげる。ならシンジくんもいいでしょ?」

「いいんですか?」

「大丈夫。お姉さんにみんな任せなさい。」

「でも・・・。」

「いいからいいから。さ、行きましょ。」

ここで貸しを作っておけば、またなんだかんだと理由をつけて、食事にでも誘えるだろ
うとほくそえむマヤであった。

<居酒屋>

マヤが案内した所は、ちょっとお洒落な今風のサイバーな居酒屋であった。メニューの
料金が全て16進数で示してあり、なんとなく安く思えてしまう。

「さ、シンジくん座って。」

「はい。」

「じゃ、アスカちゃんも、そっちに。」

「なっ! なんでよっ!」

ちゃっかりシンジの隣に座りながら、自分の対面の椅子を指差すマヤに、もう不機嫌全
開のアスカ。

「アンタがこっち座りなさいよっ!」

「もう座っちゃったから、いいでしょ?」

「よくないわよっ!」

「もうー大声だしちゃ駄目だよ。座るとこなんか、何処でもいいだろ?」

困った顔をするシンジの目の先には、自分に注目している他の客達の視線。アスカはし
ぶしぶマヤに言われた席に座る。

「さぁ、好きなの頼んで。」

「はい。すみません。」

「フンっ!」

前回お酒で酷い目にあったシンジは、今度は間違えてお酒を飲まないように注意して注
文を頼む。

一方アスカは、マヤの動き1つ1つに神経を尖らせ、怪しい動きをしたら速射砲で対抗
できる準備をしていた。


ちくしょーっ!
この女っ! シンジにまたお酒飲ませたら、ただじゃすまないんだからっ!


折角シンジくんとご飯食べに来たのに・・・。
邪魔なおまけが鬱陶しいわね。
ん? あ、このお箸の模様、かっわい。持って帰ろっと。


こうなったら、コイツの奢りだしっ!
高いのばっか頼んでやるっ!


シンジくん、ご飯ものばっかり見てる。
なんて、かわいいのかしら?


ウニ? ん? 高いけど、なんだろう?
まぁいいや、頼んじゃえ。


あら? あそこに座ってる女の子のスカートかわいいわね。
今度、シンジくんに履かせてみたいなぁ。


イクラ? わっかんないわねぇ。日本の食べ物って・・・。
まぁいいや、高いからこれもっ!


そうだっ! こんどシンジくんにお化粧してあげよっと。
あぁ〜、想像しただけで、かわいいわぁ〜。


イカの塩辛?
これもついでに・・・。


メニューを目の前に置き眺めているアスカとマヤの横で、シンジは絶体絶命のピンチに
陥っていた。

どうしよう・・・。
お茶漬けと、雑炊。
難しすぎる選択だよな・・・どうしよう・・・。

結局、こういう時優柔不断なシンジは、店の人が注文を聞きにきた時もどちらにするか
決まっておらず、両方頼むことになった。

そして宴もたけなわ。

「イクラをお持ちしました。」

「・・・・・・。」

また変なのが・・・。
この店はゲテモノの店なの?

アスカの前に並ぶのは見たことも無い、ウニ,キモ,塩辛・・・どれも臭くて食べられ
ない。そして、更にイクラが出てくる。

なによ。この虫の卵みたいなの。
気持ち悪い・・・。

「はーい。シンジくぅん? これ美味しいわよぉ。」

「い、いいです。自分で食べますから。」

「落ちる落ちる。早く食べて。」

「あっ。」

慌ててマヤが箸に摘んで差し出したサイコロステーキをシンジが食べると、アスカの目
が、また1ミリ吊り上る。

「シンジっ!」

「なに?」

「えっと・・・・・・。」

と自分もなにかをシンジに差し出そうとするが、触るのもおぞましいゲテモノしか目の
前には並んでいない。断念。

「ねぇ、シンジくん? ちょっとこれ飲んでみる? 美味しいわよ?」

「お酒は・・・ちょっと。」

「アルコールも少ないし大丈夫だって。」

今度は自分の飲んでいたカクテルを差し出すマヤ。だが、さすがにこればかりは怖くて
飲めない。

「なんだか、ぼくってお酒弱いみたいなんで。いいです。」

「そう・・・残念ねぇ。」

「あ、ちょっとトイレ行ってきますね。」

シンジはよほどお酒が嫌になったのか、逃げるようにトイレへと駆け込んで行った。

「あなたみたいな子供と一緒に住んでたら、シンジくんお酒も飲めなくなるわね。」

ムッ!

「やっぱり、シンジくんには、年上の女の人が似合ってる。そう思わない?」

「思わないわよっ!」

「ま、子供にはわからないかもねぇ。」

「もう、十分大人よっ!」

「お酒も飲めないくせに。フン。」

「ぬわんですってーーーーーーっ!」

「あなたが、お酒飲むなって言ったに決まってるわ。味もわからない子供のくせに。」

「よく言ったわっ! わかったわよっ! 飲んでやろうじゃないのよっ!」

その時、別の席の客が注文した物を運んでいたウェイトレスの持つ盆の上から、お酒を
バッと手にして一気に飲み干すアスカ。

「あっ! お客様っ!」

「お金払えばいいんでしょーがっ! 付けときなさいよっ!」

ゴキュゴキュゴキュ。

困った顔をしながら注文書を付けるウェイトレスの前で、一気にお酒をアスカが飲み干
す。

「無理しちゃって。」

「無理なんかしてないわよっ!」

「美味しかった?」

「あったりまえれしょーっがっ! あ、あれ?」

勢い良く立ち上がったはずが、急にフラっとくるアスカ。

「でも、よく飲んだわねぇ。ウイスキーをコップ1杯のストレートよ? それ?」

「あ、あれ??? 天井が・・・。」

「そのまま寝てたら? わたし、シンジくんと帰るし。1人で帰れるでしょ?」

「ちょ、ちょっと・・・。」

そこへ、シンジがトイレから帰ってきた。

「あっ、シンジくんおかえりぃ。」

「ひんじぃ。目、目がぁ。」

「ん? アスカどうしたの?」

「ねぇ、シンジくん? こっちも美味しいわよ。一緒に食べましょ?」

「ちょっと待って下さい。アスカがなんか変ですよ?」

「ひんじぃ。お酒のんじゃって・・・なんか目が回るのぉ。」

「えーーーーーーーーーーーっ! トイレ行ってる間に? どんだけ飲んだの?」

「なんか、ウイスキーコップ1杯飲んだみたいなのぉ。」

「なんだってーーっ! マヤさんっ! どうして止めてくれなかったんですかっ!」

「ごめんなさい。止めたんだけど、わたしの手を振り払って・・・。その子が無理矢理。」

「そ、そうなんですか。すみません・・・でも、ちょっとまずいんでぼく達帰ります。」

「えっ? ま、まだいいじゃない。ね、ね。」

「ぼくもこんな経験あるんで、早く寝かした方がいいと思いますから・・・。お金はち
  ゃんと。」

「はぁ〜。」

失敗したと後悔するマヤだが、ここで強引に押しては悪印象を与えかねないので、今回
は引き下がることにする。

「お金はいいわ。彼女をちゃんと連れて帰ってあげてね。わたしも心配だし。」

「本当にすみません・・・。」

フラフラするアスカの脇に肩を通して、店を出て行くシンジ。残ったマヤは、今回の失
敗を大きく反省していた。

絶対、あんな娘なんかに負けるもんですかっ!

その日は、女性1人とはいえとても声をかける男性など現れないような怖い顔で、閉店
まで飲み明かしたマヤであった。

<商店街>

まだこの辺りに詳しくないシンジは、アスカを連れて標識などを見ながらに駅へと向か
って歩いていた。

「シンジぃぃ。ごめんねぇ。飲んじゃったの。ひっく。」

「もぅ〜。自分がぼくにあれだけ言ってたくせに・・・。」

「シンジぃぃ。」

ガバっとシンジに抱きつくアスカ。

「ちょっとぉ。歩けないよ。」

「シンジぃってばぁ。」

更にがばっと抱きついて、べたべたしてくるアスカ。

「もう、なんかこの辺り、雰囲気怪しいから、早く歩いてっ!」

いつのまにか、周りは風俗関係ばかりの店が並んでいる。やばい雰囲気なので、さっさ
と明るいところまで抜け出したい。

「シンジぃぃ、気持ち悪い・・・。」

「えーーー。ちょ、ちょっと待って。」

とにかく人気の少ない店の塀の影に入り、アスカの背中を摩る。

「どう? マシになった?」

「う、うん・・・ごめん。だいぶすっきりした。」

「早く帰ろう。」

そして、2人がその店の影から出ると。

「おいっ! お前らっ!」

「わっ!」

シンジが目を見開き見上げたところにいた人物とは、生活指導のワッペンを付けたキー
ルの姿。

「何してるんだぁ? こんな時間にこんな所でぇ?」

「ちょっと、休憩してただけですっ。」

お酒を飲んでるアスカを背中に隠し、ごまかそうとしたシンジだったが、キールはニヤ
リと笑みを浮かべた。

「ほぉ。休憩か。こんなところでなぁっ! えぇっ!」

キールがいやらしい笑みを浮かべて見上げた方向・・・今自分達が出てきた店の看板を
見ると、そこはラブホテル。

「こ、これはっ! 違うんですっ!」

「なにが違うんだぁぁ? おいっ、惣流もこっちへ・・・ん? 臭いな。」

「アスカは関係ないじゃないかっ!」

「惣流っ! こっちへ来いっ!」

「やめろっ! アスカに触るなっ!」

「どけっ! 碇っ!」

「キャッ!」

しかし無理やりアスカを引き寄せるキール。そこには、顔を真っ赤にして酔っ払ったア
スカの姿が。

「やめろだぁ? 碇? 偉そうに。あーん? そりゃぁ、こんなとこ教師に見られたらま
  ずいもんなぁ。」

「だ、だから、これはっ!」

「お前らっ! 今から学校まで来いっ!!! 校長や先生方も交え、明日にでも緊急会議
  だっ! 覚悟しておけっ!!!」

顔を真っ青にしたシンジとアスカは、キールと共に生活指導に当たっていた教師達に連
れて行かれるのだった。

To Be Continued.
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