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コンフォート17
Episode 09 -アタシに必要なもの-
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<第3新東京市郊外>

昼と異なり少し肌寒い暗い夜道を、フラフラになったアスカを支えながら、シンジはキ
ールに連れられ学校へ向かい歩く。

「ごめん。アタシのせいで。」

「大丈夫? かなりフラフラしてるけど?」

「うん・・・。」

「先生っ。もうちょっとゆっくり歩いて下さい。」

キールの歩くペースが速く、フラつくアスカには付いて行くだけで辛そうなので、声を
掛けてみる。

「なんだぁ? 歩けない程、酒を飲んだのかっ? そんなに飲めるってことは、いつも飲
  んでるんだなっ!?」

「違うよっ!」

「もういいよ。歩ける。大丈夫。」

「でもっ。」

だが容赦なく、もしくは意図してのことか、どんどん2人の前を足早に先へ先へとキー
ルは歩く。

「何モタモタしている。さっさと付いて来いっ。」

「ちょっと待ってって言ってるじゃないですかっ!」

「大丈夫だってば。」

「だって顔が青いよ。」

「これ以上、うだうだ言われたくないじゃん。もうちょっとで学校だしさ。」

いくら言っても聞き入れて貰えそうにもなく、今は歩くしかない。とはいえ、まともに
歩けないアスカはシンジに支えて貰って、なんとかかんとか付いて行くだけで精一杯。

せめてお酒さえ飲んでなかったら、言い訳できたのに。
つまんないことで意地張ったから・・・。

「うっ。」

体をくの字に曲げ、また気分の悪そうな顔で足を止める。

「大丈夫? 休もうか?」

「大丈夫・・・。大丈夫よ。休んだらまた何か・・・。」

「でも無理しちゃ。」

「大丈夫だってば。」

もたもたと歩きだんだん遅れ出すと、またキールは立ち止まり振り返って怒鳴り声を上
げた。

「おいっ、逃げ様なんて考えてるんじゃないだろうな。さっさと来い。」

「歩いてるじゃないですかっ!」

ムッとするシンジ。

「少しづつ離れて逃げようとしてるんじゃないのかぁ? んー? そんなことしたら、職
  員会議どころか、警察に突き出すぞ。」

「くっ!」

そこ迄言われる程悪いことをしたと言うのだろうか。拳を握り締め、シンジは反抗的な
目でキールを睨み返す。

「なんだその目はーっ!? それが教師に対して向ける目かぁっ!」

バーンっ!

手にしていた竹刀で思いっきり肩を叩かれたシンジは、がくりと膝を付いてその場に崩
れる。それと同時に体重を支えて貰っていたアスカもドサリと崩れ落ちた。

「ちくしょーっ!」

「シンジ。やめて。」

「だって・・・。」

「お願い。変なことしたらシンジまで。」

「だって僕達、こんなにされる程悪いことしてないじゃないかっ!」

とうとう我慢しきれなくなり、その怒りを拳に固めてキールに振り翳し立ち上がるが、
アスカがその腕にすがり付いて抑える。

「ダメだってばっ。」

「だってっ!」

「ほう。殴るのか? 殴るんなら殴ってみろっ!」

ニヤリとして、キールが1歩前に出て来る。ここで殴れば、即座に警察に突き出すと言
わんばかりの強気だ。

「本当に警察に連れて行かれるわよっ!」

必死で止めるアスカ。

「殴れないだろう? 殴れないよなぁ。この不良がっ!」

ガス。

「ぐっ!」

また竹刀で思いっきりお腹を突かれ、前のめりに倒れ込む。不条理だと思いつつも、何
もできない自分が情けなく、悔しく、涙が出てきそうになる。

「ちくしょー・・・。」

「わかったらウダウダ言ってないで歩けっ! この不良生徒がっ! わははははは。」

鬼の首を取ったような高笑いをし背中を向けて歩き出したキールの後に続き、シンジは
やるせない気持ちを拳に固め、学校へと歩いて行くしかなかった。

<学校>

夜の暗い校舎というものは、あまり気持ちの良いものではない。キールは生徒指導室で
待つように告げ、職員室へと入って行く。

「気分はどう?」

「うん。座ったらマシ。」

「なんでお酒飲んだくらいで、こんなに酷いことされなきゃいけないんだよ。」

「ごめん。アタシのせいで・・・。」

「違うよっ! そりゃ、お酒飲んじゃ駄目かもしれないけど、あそこまですることない
  じゃないか。」

「・・・ちょっと気分悪い。」

「あっ、大丈夫? うがいしてくる?」

「そうする。」

生徒指導室から出たアスカは、無理に歩いたせいもあり体調のすぐれない顔で、とぼと
ぼと夜の真っ暗な女子トイレへと入る。

どうしてこんなことになっちゃったの?
なにもかもおしまいじゃない。

胃の中の物を戻し個室から出てきたアスカは、電気も付けず暗いトイレの鏡をドンと叩
く。その鏡には廊下から射す僅かな灯りに照らされ、赤くなった自分の顔が映っている。

なんで、顔が赤くなったりすんのよ。
ちくしょーっ!
ちくしょーっ!

バシャバシャと、火照った顔の赤味がかった色を落とそうとするかのように、何度も冷
たい水で洗うが、いくら洗っても前髪が濡れるばかり。

「ふぅーっ!」

それでも、胃の中の物を全て戻した為か、時間がたった為か、もしくは冷たい水で顔を
洗ったてすっきりした為か、とにかく少しづつ頭が冴えてくる。

「負けるもんですかっ!」

頭をブルブルと振り、腕で濡れた前髪の水滴を拭うと、キッと鏡の中の自分を見据える。

「いくわよっ! アスカっ!」

トイレから出て行くと、丁度廊下の向こうからキールがこちらに向かって歩いて来てい
るところだった。

「なんだ? 惣流。何処へ行っていた?」

「トイレくらい行ったっていいでしょっ!」

「逃げ様なんて考えてたんじゃないだろうな。」

「なんで逃げなきゃいけないのよっ。」

「まぁいい。碇と一緒に職員室まで来い。わかったな。」

「フンっ。」

伝えることだけ伝え、職員室へ戻って行くキールから顔を背け、生徒指導室へと入って
行く。

「どう? すっきりした?」

考え事をしていたのだろうか、1人暗い部屋で両手を額の前で組み俯いていたシンジが、
顔を上げる。

「顔洗ったらだいぶマシ。職員室へ来いって。」

「職員室へ? なんでこんなとこで待たされたんだろう?」

「しんないけど、来いってんだから行ってやろうじゃない。」

「うん。」

頭にきて仕方の無いシンジと、アルコールもかなり抜けすっきりしてきたアスカは、臨
戦体勢で職員室へ向かう。

「失礼します・・・あっ。」
「ミサトっ。」

シンジを先頭に職員室へ入ると、そこにはキールと教頭先生、そしてミサトと加持がソ
ファーに座りこちらを見ている。

「君達の保護者の方に御足労願った。こっちへ来たまえ。」

教頭に招かれ職員室へ入ると、シンジはキールの横にアスカは加持と並んで座るミサト
の横へ立つ。

「御覧下さい。どこから見ても惣流君は、お酒を飲んでいるとしか思えませんな。」

「本当に申し訳ございません。」

キールの言葉にわざとらしく深々と頭を下げるミサト。アスカはギリリと奥歯を噛み締
める。

「前々から注意してたんだが、とうとうこういうことが起こったか・・・。」

しれっと身に覚えの無いことを口走り始める加持。

「ちょ、ちょっとっ!!!」

「事が起こってからじゃ遅いのよ。アスカ?」

「アタシがいつアンタ達に注意されたってのよっ!」

加持やミサトのわけのわからない言葉に、さすがにアスカも大声を上げるが、そんなも
のは無視して、2人はあること無いこと喋り出す。

「夜中に帰らないことが何度もありまして、手を焼いていたんです。」

「いつ帰らなかったことがあるんだよっ!」

シンジも、ミサト達のこの言い様に今にも殴り掛からんばかりの勢いでぐいと迫るが、
その手をアスカに押さえられた。

「どーせ、こいつらが何言ったって証拠はないわよっ。」

「何が証拠がないだぁ? その赤い顔がれっきとした証拠だろうがっ! えーーっ!!!」

大声を出して立ち上がったキールが、今まで食べていたらしき丼に乗っかっていたご飯
粒のついた箸で、嫌らしい笑みを浮かべながらアスカの鼻先を突付きぐいと押す。

「なにすんのよっ! 汚いわねっ!」

「なんだっ! それが教師に向かって言う言葉かっ!!!」

「家でもこの調子で、もうこの子達の暴力には手を焼いてるんです。」

やれやれという感じで両手で天を仰ぐミサトに、シンジもアスカもいつキれてもおかし
くない状態になってくる。

「いつ暴力なんか振るったのよっ!!!」
「誰が暴力なんか振るいましたかっ!!!」

「これこれ、ここは職員室だぞ。静かにしたまえ。」

教頭先生が2人の前に立ち、ポンポンと肩を叩きながら言葉を繋げた。

「今回のことは、明日の職員会議でということで・・・。今日は保護者の方も来られて
  いることだから一旦帰りなさい。キール先生もそれでいいですね。」

「ええ。後は明日ですな。ったく、不良生徒の指導も大変ですわ。」

「本当にご迷惑をおかけしました。」

キールにまたしても頭を深く下げ、立ち上がるミサトと加持。

自分達の言うことに対し1つも聞く耳を持って貰えなかったどころか、いわれの無いこ
と迄でっち上げられたシンジとアスカは、拳を固く握り締め奥歯を噛み締めながら職員
室を出て行くのだった。

<ミサトの車>

ルノーの後部座席に乗せられたシンジとアスカは、家へ向かって走り出す車の中で叫び
にも似た声を上げる。

「なんで嘘ばっかり言うんですかっ!」
「アンタ達! やり方が汚いわよっ!」

「おい、いいのか? 保護者の俺達にそんな口きいて。」
「ちゃーんとわたし達の言うこときいてたら、助けてあげてもいいんだけどねーん。」

「嘘言うんじゃないわよっ!」

「あっらぁ? よっぽどドイツに帰りたいのかしらぁ?」

「ぐぐ・・・。」

最も痛いところを突かれ、手も足も出ない状況に追い込まれたアスカは、二の句を告げ
ず口篭もる。

「さって、加持ぃ? 今日は飲み明かすわよん。」

「おぅ、いいな。」

四方八方を塞がれ唇を噛み締めることしかできないシンジとアスカに対して、宴会で酒
を浴びたように陽気な加持とミサトであった。

<コンフォート17マンション>

家に帰り着いたシンジとアスカは、ワイワイとビールを煽って盛り上がるミサトと加持
の横を通り抜けると、歯を磨き寝る支度をして自分達の部屋へ入って行った。

「ちくしょーっ! なんでこーなるんだよっ!!!」

我慢も限界といった感じでシンジがベッドを思いっきり蹴り飛ばすと、シーツがベラリ
と捲れ上がる。

「こんなこと、許せないよっ!」

「アタシが調子に乗り過ぎたから・・・。まさかこんなことになるなんて。」

「もう、そんな問題じゃないだろっ! なんだよっ! 先生やミサトさんのあの態度はっ!
  めちゃくちゃじゃないかっ!」

「みんな、アタシ達をこっから追い出したいのよ。」

「だったら、何してもいいのかよっ! ぼく達の話なんか、一言も聞こうとしなかった
  じゃないかっ!」

「もう、明日に備えて寝ましょ。全ては明日よっ。」

「ちくしょーーっ!」

悔しさを搾り出すような叫びの声はリビングにまで届いていおり、ミサトと加持はビー
ルを飲みながらほくそ笑む。

「俺達の勝ちだな。」

「ほっといても、あと何日かで出て行くわん。」

「これで当分、住む家には困らないってわけだ。しかもタダとはな。」

「アスカだけじゃなくて、なんとかシンジくんも追い出さなくちゃねーん。」

「ま、両方に非があるわけだ。しつけのやり直しってことで、2人とも仙台とドイツに
  追いやろうじゃないか。」

「世の中、上手に生きなくちゃねーん。わははははは。」

ミサトの高笑いが響く中、今日もシンジとアスカは1つの布団に入り、背中を向け合っ
て目を閉じる。

「寝た?」

ゆっくりと寝返りを打ち体をシンジの方へ向けたアスカは、背中を向けているシンジの
肩を軽く抱き締めるようにそっと手を掛ける。

「寝たの?」

「寝てないけど。」

これ迄、あまり聞いたことのない低い声。余程腹が立っているのだろう。そんな気持ち
が、声のトーンから伝わってくる。

「今日で2人で寝るのも最後かな?」

「そうかもしれない。」

「ねぇ。シンジ? あのさ・・・。」

そっと体を寄せるアスカの胸に、シンジの背中の温もりが感じられる。そして、更にア
スカが自分の体を寄せようとした時・・・。

突然シンジが体をぐるりと捻り、アスカと向き合う形になった。目と目が合い、体と体
が正面から重なり合う。

「あっ。」

いきなりのことにびっくりし心臓をドキドキさせながら、口の中で驚き声を出すアスカ。
そのアスカのキャシャな肩を、いつのまにかシンジが両手でしっかり掴み、強い視線で
自分の瞳の中を見据えてくる。

「あ、あの・・・。」

温もりが伝わる布団の中、肌と肌が触れ合う距離から真剣な顔で見詰められ、アスカは
見返すこともできず視線を泳がしていると、シンジが強い口調で口を開いた。

「逃げちゃ駄目だっ!」

「え?」

「このまま負けるもんかっ! 何もできず、ただ言いなりになってやるもんかっ!」

「なに? どうしたのっ?」

この急な行動と、そのセリフがうまく頭の中で結びつかず、いったい何がどうなってい
るのか聞き返すだけで精一杯。

「おやすみっ!」

しかし、結局シンジは言いたいことを言い終わると、また背中を向け眠る体勢に入って
しまった。

いったいなんだったのかすぐに理解できず唖然としていたアスカだったが、その後は何
も言葉を口から出せず、シンジの背中を夜遅く迄ただじっと眺めていた。

<学校>

翌日はくもり空だった。あまり学校へ行きたくはないが、行かなければどうなるかわか
ったものではない。シンジとアスカは意を決して学校へ向かう。

学校へ付き、2人が教室へ入ってしばらくすると、2−Aのクラスに、キールがズカズ
カと入って来た。

「おいっ! お前らっ! もう知っていると思うが、碇と惣流が昨日酒を飲んで如何わし
  いホテルに入っている所を補導されたっ!」

「なっ! くそっ!」
「アイツっ!」

ザワつき始める教室の中心で、シンジとアスカはぎょっとして目を剥きキールを睨み付
ける。

「そのことに関して今朝は職員会議があるっ! よって1時間目は自習っ!」

普段であれば自習を聞くとほとんどの生徒は喜ぶものだが、この時ばかりは皆ざわざわ
とざわつくばかり。

「それから、今後こういったことが無いよう、通学路やゲームセンターなどに、先生が
  生活指導として見回ることになるっ! しばらくデートや寄り道などしたら補導だっ!」

「えーーーーっ!」
「なんだってーーーーっ!!!!」

さすがにこれには、ブーイングの声があちこちから飛び交い始める。それを見越してい
たかのようにキールがニヤリと笑う。

「本当は先生もそこまで規制などしたくないんだっ! まったくお前らも、碇と惣流み
  たいな一部のいかがわしい生徒のせいで迷惑するよな。わはははは。」

ざまあみろという感じで高笑いを浮かべて、キールが立ち去って行く。その後、教室の
クラスメート全員が、敵意の篭った目でシンジとアスカのことを睨みつけて来た。

「アスカ? 本当にお酒飲んだの?」

唇をわなわなとさせながら、友達の最後の絆を辿るように、ヒカリが小さい声で訪ねて
きた。

「ごめん・・・。」

そう答えるしかなっかった。その言葉を聞き、ヒカリは裏切られたという顔で口に手を
当て離れてしまう。

「でもっ! 変なホテルには入ったりしてないわっ! それだけは信じてっ!」
「本当だよ。ぼく達なにもっ。あれは誤解なんだ。」

シンジとアスカは、せめてクラスメートのみんなには真実をわかって貰おうと声を大に
して身の潔白を主張するが、誰も2人の側へ好意的に寄って来る者はない。

「そんなことはどーでもいいんだよ。」
「お前らのせいで、生活指導の監視が厳しくなったじゃないか。」
「学校の帰り、友達の家にも寄れないじゃないっ!」

「だから、それはぼく達を追い込もうとして・・・。」

「お前達の言い訳なんかどーでもいいよ。どーしてくれるんだよ。」
「ちょっと婚約してるからって、調子に乗り過ぎなんじゃないの?」
「関係ない俺達まで巻き込まないでくれよな。」

「・・・・・・ごめん。」

いかなる理由がシンジやアスカにあろうと、クラスメート・・・いやおそらく学校の生
徒全てにしてみれば、今回のことはとばっちりなのである。シンジはただ頭を下げて謝
るばかり。

「ごめん、みんな・・・。」

「シンジっ。シンジは悪くないじゃないっ!」

クラスの真中で謝るシンジの頭を、唯一アスカだけが手に力を込め持ち上げる。そこに
今度はトウジが口を挟んできた。

「なんかムカつくなぁ。あのキールなんとかせーやっ!」

「ぼくのせいで・・・。でも、みんなには迷惑かけないようになんとかするよ。」

「頼むでほんま。キールの奴、前からスカンのやっ!」

「ごめん・・・。」

クラス中から責められ続けているうちに、1時間目開始のチャイムが鳴った。

1時間目は自習ということだが、先生も来ない為クラスメート達はずっとシンジとアス
カのことをヒソヒソと話している。

「シンジ?」

周りからの突き刺さる視線に耐えていたアスカだったが、1時間目の半ばになり何かを
思い立ったのか、席から離れシンジの元へ足を運ぶ。

「あのさ、アタシ考えたんだけど。」

「ちょっと1人にしてくれないかな。」

「そ、そう・・・。」

しかし視線を合わすこともなくまた、追い払われるかのようにまた自分の席に戻って行
く。シンジはシンジで、頭を両手で抱かえて何かを考えているようだ。

こっちを見てもくれない。
アタシがお酒を飲んだせいだもんね。
シンジにしたら、いいとばっちりだもんね。

今、唯一の味方であるはずのシンジすらも視線すら合わしてくれない。アスカ心の中の
イライラ,不安などが、その態度で更に大きくなっていく。

ママも呼び出されるのかなぁ。

南極にいる母親に想いを馳せるアスカ。

ママの夢を壊して。
なにもかも嘘がばれて。
そしてドイツへ帰る。

「はぁ。」

1度溜息を付き、息を大きく吸い込んで無理矢理すっきりした顔を装おうと顔を上げて
みる。

それだけじゃない。
そうよ。たったそれだけのこと。
それだけ・・・シンジと2度と会えなくなる・・・だけ。

もう誰の顔も見たくない。誰の声も聞きたくない。誰にも顔を見られたくない。アスカ
が、机の上にうっぷして両腕で顔を抱かえてると、教室の扉がガラリと動く音がした。

またキールが入って来たのかと、ちらりと教卓の方に目を向けるがそれらしき様子もな
く、また両腕で顔を抱いて机に顔を埋め込む。

こんなに苦しいなんて。
こんなに・・・。

絶対イヤっ!
イヤっ! イヤっ! イヤっ!
ドイツになんか、帰るもんですかっ!!!
意地でも負けないんだからっ!!!

心の中で絶叫するものの、どうすることもできず、机の木に爪をたて心を引き裂かれる
ような想いをしながら1時間目は過ぎ行った。

その頃、職員室では。

「碇っ、なんだ! 今は会議中だぞっ!」

「キール先生は勘違いしてるかもしれないんで、本当のことを言わせて下さいっ!」

そこには先程教室の扉をガラリと開けて、職員室まで走ってきたシンジがなにかを決意
した目で姿を現していた。

「なんだ、本当のことっていうのは。」

「嫌がるアスカに、ぼくが無理矢理お酒を飲ませたんですっ!」

「なにっ!? 本当か? 碇! 自分の言ってる意味がわかってるのかっ!?」

「意味もなにも、本当のことです。」

「だが婚約しとるんだろう。無理矢理飲ませる動機が無い。筋が通らんじゃないか。」

「アスカは結婚するまでキス以上は嫌だって言い張り続けるから、腹が立って無理矢理・・・
  ぼくが無理矢理飲ませたんですっ!」

「ほぉ。そうか。なるほどなぁ。わかった。もういい教室へ戻れ。」

「本当にぼくが!」

「わかったと言っているだろう。」

その証言を聞いたキールは嬉しそうにシンジを職員室から追い出すと、再びまわりの先
生達を前に意気揚揚と話し始める。

「見てごらんなさい。本人があー言っとるんだ。行き過ぎた指導じゃないことがわかっ
  たでしょう。だから最初からああいった生徒はしっかり指導すべきだと言ってたんだ。」

その後、今回の問題に関しては、保護者を交えて話し合うべきだということになり、ミ
サトが再び学校へ呼び出されることになった。

1時間目も終わりに近付いた頃、ガタガタガタと椅子を引く音がアスカの耳に聞こえて
きた。両腕で抱え机にうっぷしていた顔を上げると、シンジがトイレから戻って来たの
か丁度座ろうとしている。

なにさ、すました顔して。
こっちに振り返ろうともしない。

声。
声、掛けて欲しいのに・・・。

シンジの背中を見ていると、背後から誰かが近寄ってくる気配を感じた。なんだろうと
振り返ったところにはレイの姿が。

「消しゴム。自習に必要なもの・・・。」

何を思ったか、机の上に出しておいた消しゴムを2本の指で摘み上げるや否や、クスク
スと笑って廊下へ向かいほおり投げてしまう。

「これであなた。自習できないの。クスクス。」

しかし、今はレイの相手をする気にもなれず、完全に無視してまた視線をシンジの方へ
戻す。

ガーーーーーーーン。

これまでにはなかった無視というアスカの態度。レイは強烈なショックを受けながら、
言葉を発することもできず、泣きそうな顔で自分の席へトボトボと戻って行った。

そして1時間目も終わり、2時間目も引き続き2−Aは自習。他のクラスは、どうやら
授業が再開したようだ。

『2−Aの碇と惣流は、職員室まで来なさい。』

2時間目が始まりしばらくすると、とうとう呼び出しが掛かった。その放送を聞いた2
人は、驚きもせずようやく来たかという感じで教室を並んで出て行く。

「やっぱり、ママ達呼び出されるのかな。アタシ達、あの家から出て行くことになるの
  かな?」

「そんなこと、させるもんか。」

「だって、どうするのよっ!」

「大丈夫だよ。ミサトさん達の思い通りになんてさせるもんか。」

「シンジ・・・。」

廊下を歩きながら、いったいシンジのこの自信は何処から来るのだろうと不思議に思い
つつも、心のどこかで頼りにしてしまう。

職員室へ入ると、応接室へと案内された。そこには担任の先生にキールと教頭、そして
いつ来たのかミサトの姿。

「2人とも、そこに掛けたまえ。」

「「はい。」」

用意されたパイプ椅子に腰を下ろすシンジとアスカに、ミサトやキール達の視線が集中
する。

「保護者の方とも話合ったんだが、やはり婚約しているとはいえ、男子と女子が同じ家
  で暮らすというのがよくなかったんじゃないか? 君達もそうは思わんかね?」

やっぱりそうきたかと、奥歯を噛み締めるアスカ。だが自分にはそれを切り返せる持ち
弾がなく、相手の言うことを黙ってきくしか今は道がない。

やっぱり、ミサトの奴ママを呼ぶわよね。
折角の夢だったのに・・・ママ、ごめんなさい。

実際ミサトは、絶対にどちらの親にも連絡が取れるはずのない立場なのだが、裏の事情
を知らないアスカはドイツへ帰らされる覚悟を決めてシンジに視線を向ける。
すると、そこにはキッと睨み付けるような視線で先生達やミサトを睨み付けるシンジの
姿があった。

シンジ・・・。
なに? どうしたってのよ?

「今回の事の原因は、やはり男の子だからか、碇君にあったようなですしな。どうだ、
  以前の学校へ戻ってみてはどうだ?」

「シンジくんだけですか? アスカも・・・。」

教頭の言葉に不満を持つミサトだったが、即座にその言葉を遮られる。

「いや、惣流君は被害者ですから。問題ないでしょう。」

「・・・・・・。そ、そうですか。」

少し不満そうな顔をするミサトだったが、なにやら少し考えを巡らし言葉を繋げる。

「わ、わたしも、彼には保護者としてやや目に余るところがありましたし、彼だけでも
  転校させて方がいいと思います。」

話をなんとか合わせるミサト。その様子を聞いていたアスカは、いったい今何のことを、
周りの人が話しているのか理解できない。

シンジが帰る?
目に余るって?
え? お酒を飲んだアタシは?

「で、アスカは。やっぱり、このままこの学校に?」

もう1度、しつこくアスカの処分について食い下がろうとするミサト。

「今回、惣流さんは被害者ということで、特にどうこういう問題もないでしょう。」

「そ、そうですね。いろいろご迷惑をお掛けしました。」

頭を下げ謝るミサトを、シンジが微動だにせずじっと見ている。わからない。何がどう
なっているのかわからないが、何かがおかしい。我慢できなくなったアスカは、シンジ
の襟元を両手で掴み大声を張り上げて立ち上がった。

「なによっ! これっ! どうなってんのよっ!」

「ぼく、仙台へ帰るよ。」

「ちょっと待ってよ。なんでアンタが帰んのよっ! どうなってんのよっ! わっかんな
  いじゃないっ!」

絶対におかしい。自分の知らないところで、何かが狂ったとしか思えない。
そして・・・シンジはそのことを知っている。何かをシンジがやったとしか思えない。

「あの・・・アスカにも言いたいことがあります。ぼく達はもういいですか?」

「そうだな。今日は帰って引っ越しの準備でもしなさい。わははははは。」

ご機嫌なキールとミサトに送り出されたシンジは、アスカの手を引いて応接室を出て行
った。

「ちょっとっ! アンタは、みんなわかってんでしょっ!? 説明しなさいよっ! どう
  なってんのよっ!」

「無理矢理お酒を飲ませたって。朝、職員室で言ったんだ。」

「はぁぁぁっ!? アンタ、何言ってんのよっ!」

「あのままじゃ、2人とも追い出されちゃうかもしれないじゃないか! それこそミサ
  トさん達の思う壺だろっ!」

「だからって、なんでアンタがっ! アタシに恩でも売ろうってのっ!?」

「違うよ。アスカは帰るところない。ぼくは孤児院がある。それだけだよ。」

「なにバカなこと言ってんのっ!? あっこはアンタの家だって言ってたでしょーがっ!」

「帰るところの無いアスカを追い出して、ぼくだけ住めるわけないじゃないかっ!」

「アンタだってっ。」

「ぼくは仙台に行くところがあるんだっ! アスカはドイツじゃないかっ!」

「アンタっ! バカっ!!!? なに勝手なこと言ってんのよっ!!!」

アスカの胸に悲しく、切なく、熱い何かが込み上げてきた。もうそれ以上何も言えず、
顔を背けて下駄箱へ向かい走り出す。

シンジの奴っ!

アタシが帰るところないから・・・。
アンタはっ! 優しいよっ!

でもっ!
でもっ!

アタシと一緒にいたいなんて思ってないからっ!
だから、そんなことが平気で言えるんだっ!!!!

アタシはっ!
もう、ダメなのよっ!!!

靴を履き替え、通学路を鞄も持たず走って帰る。まだ午前中の人通りの少ない道を、コ
ンフォート17マンションへ向かって。

<コンフォート17マンション>

アスカが走って行った後、シンジは帰り支度をしアスカの鞄も一緒に持ち、1人でぶら
ぶらとマンションへ帰って来た。

急に帰ったら、孤児院の先生達びっくりするよな。
帰る前に後で電話だけでもしとかなくちゃ。
みんな元気かな。

孤児というわけではなかったが、小さい頃から両親の仕事の都合で預けられていた孤児
院のことを思い出す。

門出を祝って貰ったのに・・・。
こっちに来て何もなかったな。
まぁいいや。荷物の整理しなくちゃ。

アスカと共同で使っている部屋の戸を開け、早めに引っ越しの準備をしてしまおうと中
へ入ると、そこには既にいくつかのバッグが並べられており、先に帰ったアスカがパタ
パタと部屋の中を動いていた。

「何してんの? 荷物纏めてくれたの?」

「アタシのよ。」

「ふーん。どっか行くの?」

「アタシも行くのよっ!」

「何処に?」

「尻拭いして貰って、このアタシが平気で残れると思ってるわけぇ?」

「お尻?」

「尻拭いよっ!」

「何が?」

「アンタバカぁぁっ!?」

話が噛み合わずきょとんとしながら自分の荷物を整理し始めるシンジと、イライラし始
めるアスカ。

「ちょっとどいてくれるかな? 荷物纏めたいんだ。」

「だからっ! アタシもアンタと一緒に、その孤児院ってとこ行くのよっ!」

「何しに?」

「この家出るのよっ! アタシも孤児院で暮らすのっ!」

「は?」

「アタシも孤児院で暮らすって言ってるでしょうがっ!」

「えーーーーーーーーーっ! 何言ってんだよっ!!!」

荷物の整理を始めようとしたシンジだったが、ようやくアスカの言っている意味がわか
り、慌てて大声を出しながら立ち上がる。

「そんなことしたら、ミサトさん達の思う壺じゃないか。」

「別にミサト達に嫌がらせする為に、わざわざここに残ることないでしょ。」

「無理だよ。孤児院なんて、手続きとかも必要だしっ。」

「じゃぁ、アンタも同じじゃない。」

「ぼくは、こないだまでずっといたから、なんとかして貰えるかなぁって・・・。」

「ついでにアタシもなんとかしてくれたらいいじゃん。」

「そこまで先生に迷惑かけれないよ。」

「アタシが迷惑だって言いたいわけぇぇぇぇぇっ!!!!!?」

「だってそうじゃないかっ! だいたい、ここから絶対出て行かないって言ってたのは
  アスカだった癖にっ!」

「シンジだって、ここはぼくの家だって言い張ってたじゃないっ!」

「こんなことになったんだから、しょうがないだろっ。」

「だったら、アタシを追い出せばいいでしょっ!」

「そんなことできるわけないだろっ。」

「それが嫌なら、アタシも一緒に連れて行きなさいよっ!」

「なんでそーなるんだよっ!」

もうシンジにはアスカが何を言っているのか、何がなんだかかわからなくなってきてい
た。

自分だけでも迷惑を掛けるかもしれないのに、アスカまで連れて孤児院に戻ることなど
、少なくともできない。

「ぼくの荷物が整理できないじゃないか。そのバッグどけてよ。」

「アンタと違って、アタシは荷物多いんだからっ。」

「なんでアスカが荷物纏めるんだよっ!!」

「そこどいてよっ! アタシが何しようと勝手でしょうがっ。」

「何したっていいけど、ぼくの邪魔しないでよっ。」

「邪魔してないでしょ! 一緒に付いてくって言ってるだけよ!」

「だからっ!!!」

いったいなんだというのだ。このままだと本当に付いてきそうな雰囲気だ。ミサト達に
最後の挨拶・・・平和的なものではなさそうだが・・・だけでもして出て行こうと思っ
たが、アスカが荷支度を終える前に出発した方がいいかもしれない。

「もう行くから。ミサトさん達に宜しく。」

「待ちなさいよっ! アタシがまだ準備できてないでしょっ!」

「もう行くからねっ!」

「うがっ!」

バッグの取っ手を持とうと手を伸ばした瞬間、アスカがシンジの鞄に両手両足で覆い被
さるように抱き付いた。

「わっ! 何するんだよっ!」

「待ちなさいっ!」

「ぼくのだろ。放してよっ。」

「ダメよっ! この鞄に、アタシはおまけで付いて来るのっ!」

「そんなのいらないよっ!」

「ぬわんですってぇぇぇっ! もういっぺん言ってみないさよっ! い、い、いらないっ
  てどういうことよっ! いらないってっ!!!」

「お願いだから、バッグ放してよぉっ!」

意地でもガンとしてバッグを抱かえて放さず、だんご虫のように丸くなったアスカを前
に、シンジがほとほと困り果てていると、誰からか電話が掛かってきた。

「もう・・・こんな時に。」

ひとまずバッグは置き、リビングへと出て行くシンジ。続いてアスカも、知らないうち
にシンジが出て行ってしまわないか監視しに、リビングへノソノソ出て行く。

「もしもし、碇ですけど。」

『転校するってほんまか?』

電話の相手はトウジからだった。まだ学校の時間なので、職員室の前の電話から掛けて
来ているのだろう。

「うん。やっぱり、アスカと2人で暮らしてるのがいけないんだってことになって。」

『ほならお前、キールに言われるままやんけ。』

「そうかもしれないけど。でも、アスカだけはなんとかしたよ。」

『なんやキールが喜んどるような気がしてスカンなぁ。劇も最初から練習しなおしや。』

「劇か・・・。ごめん。」

『まぁ、劇のことなんかええけどな。ワイはキールがスカンのや・・・』

リビングへ出て来たアスカが、電話するシンジの様子を見ていると、玄関からャイムの
音が聞こえた。

なによ。
今、忙しいのに。

シンジは電話中なので、アスカが玄関へと出て行くと、扉の向こうにはマヤのが立って
いるではないか。

「シンジくんいるかしらぁ?」

「よくもぬけぬけとっ! アンタのせいでっ!」

「昨日、急に帰っちゃって心配したのよぉ? シンジくんはぁ?」

「今、電話中よっ。」

「じゃ、ここで待たせて貰おうかな?」

「待ってもムダよっ」

「あなたにどうしてそんなこと言われなくちゃいけないのかしら?」

「アンタのせいで、シンジは仙台に帰らされるのよっ!!!」

「えっ? ちょっと? どういうこと!?」

「アンタがっ! アンタがっ!!!!」

昨日あったことは全てアンタのせいだと言わんがばかりに、居酒屋で別れた後に何があ
ったかを、怒りの篭った声でマヤに浴びせ掛ける。

「で、でも、それじゃ、あなたが帰ればいいんじゃないのっ?」

「だから、アタシを庇ってシンジがっ!!!」

「どうしてこの子なんか・・・。」

キッとアスカを睨み付けるマヤだったが、今はそんなことをしている場合でないことに
気付きすぐにその視線を、玄関から続く廊下の奥にいるであろうシンジへ向ける。

「シンジくんっ! わたしが帰って来るまで、絶対家出ちゃ駄目よっ! いいわねっ!」

「あっ。マヤさん。今、ちょっと電話を・・・。」

「とにかく、ここで待っててっ! いいわねっ! 家にいるのよっ!」

それだけ家の中へ向って大声で叫ぶと、返事を待たずマヤはマンションから走り出して
行った。

<学校>

丁度昼休み前。まだミサトとキールが職員室で、今後のアスカのことについて話をして
いる。

「失礼します。伊吹マヤと申しますが、キール先生はどちらでしょうか?」

そこへ、思いもかけずマヤが飛び込んで来た。

「なんですかな? わたしがキールですが。」

「あなたがキール先生ですかっ! 無理矢理碇くんを転校させようとしているそうです
  ねっ!」

「無理矢理とは・・・。実は彼は問題を起こしましてな。」

「惣流さんにお酒を飲ませたのはわたしですっ!」

「えっ???」

その言葉に目をぎょっと剥くキールと、突然のマヤの登場にあたふたし始めるミサト。

「昨日、黒木屋という居酒屋に碇くんと惣流さんと行きました。そこでお茶と間違えて
  ウイスキーを手渡してしまったんですっ!」

「いや、しかし・・・碇シンジは、自分が。無理矢理飲ませたと。」

「嫌がる惣流さんに無理矢理飲ませたのなら、服などが濡れてたのを確認したのですか?
  無理矢理飲まそうとしたら、零れて当然でしょうっ!」

「いやしかし・・・。」

「それに、ホテルに入ったことをそのホテルに問い合わせをして確認しましたかっ?
  わたしがあの子達と別れてから約10分後に、先生に補導されたというじゃないです
  かっ! どうやってホテルに入れるんですっ!」

「それは・・・碇が時間を適当に10分と・・・。」

「黒木屋に何時まで碇くん達がいたか聞けば本当だとわかりますっ! ちゃんと調べま
  したかっ!?」

「・・・い、いや。」

「しかも、竹刀でお酒も飲んでもいないシンジくんを何度も叩いたそうですねっ!」

「あ、あれは・・・のろのろ歩いて逃げようと。」

「惣流さんがお酒を飲んで、禄に歩けないのを知ってるのに、付いてこれない速さで歩
  いたんですねっ!」

「そ、そういうわけじゃ。」

「これは、れっきとした体罰ですっ! 新聞社に投書させて頂きますっ!」

「あっ! そ、それだけはっ!」

ぎょっとする先生達。キールも目を剥いたが、それ以上に新聞社の言葉を聞いて教頭先
生と校長先生があたふたと飛び出してきた。

「い、伊吹さん。まぁ、落ち着いて下さい。」

マヤの周りに集まり、冷や汗をハンカチで拭き出す教頭先生と校長先生。ふと見るとい
つのまにか、ミサトの姿はこの職員室から消えていた。

その後、調査不足の上、行き過ぎた生徒指導をビシビシ指摘された学校側は、マヤにと
にかくマスコミには言わないでくれと頭を下げて頼みこみ、シンジやアスカのことも何
も問題はなかったと認めるに至った。

<コンフォート17マンション>

家で待っているように言われたので、外に出ずじっとしていたシンジだったが、それか
らしばらくして掛かってきたマヤの電話に驚いた。

「本当ですかっ?」

『ええ。だからもう転校なんてしなくていいのよ。』

「ありがとうございます。」

『これから困ったことがあったら、お姉さんに相談するのよ? わたし、シンジくんの
  為だったら頑張るんだから? わかった?』

「はい。本当にありがとうございました。あの何もできないですけど、お礼に・・・」

『お礼なんていいわよぉ。わたしとシンジくんの仲じゃない。』

「でも・・・。」

『じゃぁさぁ、今度お買い物に行きたいな。』

「買い物? 荷物くらいならいくらでも持ちますよ。」

『ほんと? じゃ、また連絡するわね。』

「はい。」

なんだか買い物がどうとか言っていたが、ともかくこの家から出て行くことも、また孤
児院の先生達に迷惑を掛けることもなくなり喜び飛び跳ねる。

「マヤさんが、昨日ぼく達と一緒にいたこと、先生に言ってくれたんだって。」

「マヤが? で、どうなったの?」

「誤解が解けたらしいんだ。もう転校しなくていいって。」

「うそっ? あのキールが認めたの?」

「うん。さすがマヤさんだなぁ。」

「むぅぅぅっ。」

シンジがこの家を出て行かなくてよくなったのはいいのだが、マヤが裏で糸を引いたと
いうのがどうにも気にいらない。

「で、マヤの奴。恩着せがましく、無理難題吹っかけてきたんじゃないでしょうねっ!」

「無理難題? そんなことマヤさんがするはずないだろ。」

「ならいいけど。」

ちょっと、マヤに頼ったのが腹立つけど。
でも・・・これでまた一緒に暮らせるんだからいいか。

なにはともあれ、ひとまず一件落着しバッグに詰め込んだ自分達の荷物を、元のタンス
に片付け始める。

その夜。

シンジとアスカがダイニングのテーブルで夕食を食べていると、帰宅したミサトと加持
が、何やら不機嫌そうにコンビニで買ってきたビールと珍味を持って自分達の部屋へと
入って行った。

「今日は大人しく部屋に入って行ったみたいだね。」

「あそこまでしといて、合わせる顔なんかあるわけないわっ。」

「そうだね。ははは。」

なんだかんだ言って、お酒を飲んだところを見つかり迷惑をかけたのはアスカだったの
で、今日はアスカ特製ちょっと焦げたハンバーグを披露する。

「どう? 頑張って、ハンバーグ作ったんだから。」

「これ、焦げてない?」

「アンタバカぁっ? こういう時は、そういうことは言わないもんでしょっ!」

「だって、ほら。ここ黒い・・・」

包丁を持つアスカ。

「あっ。美味しいなぁ。このハンバーグ。そんな気がしてきた。」

「わかれば宜しい。」

「でも、今日ぼくの食事当番だったのに、急にどうして?」

「いいじゃん。」

「別にいいけど。」

「しっかし、アンタもバカねぇ。アタシを追い出すチャンスだったのに。」

無事に事が片付き余裕が出てきたのか、箸の先を口にちょこんと付けながらちょっと冗
談を言ってみる。

「いろいろ考えたけど・・・ドイツ遠いだろ?」

「そりゃ・・・。」

「ぼくなら仙台だしさ。いつでも来れるかなって。」

「それって。」

「あの・・・やっぱり、このハンバーグ苦くない?」

「へ?」

「焦げてる。」

「むーーーーーーっ!!????」

一瞬きょとんとしたアスカだったが、ハンバーグの焦げた所をカリカリと取っているシ
ンジを見て、口をへの字に曲げる。

「なんなら、お焦げ取ってあげましょーかぁぁぁっ!?」

手にした包丁を、ぐいとシンジの顔の前に突き出す。

「あ、やっぱり、美味しいかな。うん。香ばしくて。ははは・・・。」

「2度同じこと言わせないっ!」

「う、うん・・・。美味しいです。」

シンジとの別れを覚悟し、悩み、いろいろあったこの2日。それは、アスカにとって何
が1番必要なのかがわかった2日であった。

To Be Continued.
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