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コンフォート17
Episode 10 -ヤバ〜っ!-
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<コンフォート17マンション>

朝、目覚める。ぼやけた視界いっぱいに広がるシンジの背中・・・そう、背中。その背
中を見ると、いつの頃からか悲しくなるようになった。

このベッドの、この布団の中、一緒に寝ることになった頃、朝の目覚めと同時に見えた
のは、朝の光が差し込める淡い光に照らされた部屋の景色だった。

背中合わせで寝ていたはずなのに、知らないうちに、いつしか気付けば、シンジの方を
向いて寝ている自分がいた。

そのことに気付いたのは、いつから?
いつからだったかな。
忘れちゃった。

でも、はっきりわかる。
今は、自分の気持ちがはっきりわかる。

好き。

まだ寝ているシンジ・・・の背中。アスカはそっと、身を寄せ2つの手の平をシンジの
背中にあてがい、頬を寄せる。

好き。

トクトクトク、という心の音が聞こえてくる。2人の距離はそんな距離。肌の温もりを
感じるそんな距離。

でも・・・。

必ずシンジは背中を向けて眠る。

狭いベッドの上で必ず2人の間に隙間を開けて眠る。

女の子であるアタシに対する思い遣り・・・なんだろう。

それが、辛く、苦しく、切なくて。

「ん・・・。」

どれくらい肌を寄せていただろうか。子守唄のような心の音色に耳を傾けていると、シ
ンジがわずかに体を動かし息を漏らす。

ビクッ!

慌てて背中を向け寝た振り。自分の心臓がドキドキ震え、一気に体が緊張。目をぎゅっ
と閉じながらも、気付いてないかと、耳はシンジにアンテナ全開。

「・・・・・・。」

緊張。

「・・・・・・。」

沈黙。

「・・・・・・。」

静寂。

どうやら気付かれてないようだ。シンジの寝息が、かすかに聞こえてくる。

好き。

もう1度、彼の温もりを感じたくて・・・。起こさないように、布団を揺すらないよう
に、すこーしづつ、すこーしづつ、足を寄せ、腰を寄せ・・・。

そして背中と背中がくっつこうとした時。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃ♪

目覚し時計の軽やかで美しい音色が、そろそろ起きろと、ベッドからリフトオフする時
間のお知らせ。

「んーーーーー。ふあぁぁっ!!!」

うーんとのびをして活動を開始するシンジの横で、大慌てで寝返り、背中を向け、体を
カチコチに硬くし、小さく丸まって、寝たふりを決め込む。

「おはよう。アスカ? そろそろ起きなくちゃ。朝だよ?」

「う、うん。あ、そうね。ふぁぁぁ、よく寝たぁぁ。」

ちょっとわざとらしいが、今起きたことにする。横目でちらりとシンジを見ると、寝起
きのボサっとした頭をポリポリ掻いている。そんな誰も知らない彼の姿を知っている。

さぁ、起きなくちゃ。

見られても恥かしくない程度に、手櫛で簡単に髪を整え、衣服の乱れを直し、布団から
体を抜き出す。

「着替えるから、あっち向いてなさいよっ!」

「わかってるよ。」

心の内とは裏腹に、必ず毎朝そんなことを言って着替え始める。着替えの途中、後から
抱き締められたらきっと抵抗できない・・・案外びっくりしてビンタしてしまうかもし
れない。

こうして今日も2人の1日は、劇の舞台が幕を開けるように始まろうとしていた。

<学校>

学校で歩く時は、腕を組んで歩く。その腕を両手で抱き締め体を寄せると、温もりが伝
わって来る。

好き。

でも、体の触れ合いはもういらない。心の触れ合いが欲しい。この気持ちが伝わって欲
しい。そんなことを願うように、できることは体をくっつけることだけ。

昼休み。

「ねぇ、たまには中庭でお弁当食べましょ。」

「なんでだよ。みんなに見られるじゃないか。」

「天気がいいからよ。気分良さそうじゃない。」

「やだよ。また冷やかされるし。」

つまらない。非常につまらない。アスカはぶーっ!と膨れて、弁当を机の上に出そうと
しているシンジの手を、強引に引っ張って立ち上がる。

「ちゃんと、婚約者だってのをアピールしなくちゃダメでしょーがっ!」

「ちょっとっ! 痛いじゃないかっ!」

「さっさと来ないからでしょっ! お昼休み終わっちゃうじゃないっ!」

左手に弁当箱をぶらさげ、右手で強引にぐいぐいと引っ張って行くアスカの後を、シン
ジは不満たらたらで、中庭まで付いて出て行く。

「さっ。食べるのよ。」

少し機嫌を直しながら芝生に腰を下ろしたアスカは、スカートの上に弁当を広げつつ、
横に座るシンジの方へうんしょこうんしょこ、お尻,体,お尻,体と尺取虫のように寄
っていく。

「暑いから、あんまり引っ付かないでよ。」

「婚約者が離れて食べてたらおかしいでしょ。」

「誰もそんなこと気にしないよ・・・。」

「アンタばかーっ!!!? わかってないっ! アンタはなんもわかってないわっ!!」

大声を張り上げシンジをビシっと指差す。

「こういうちょっとしたことが、結構目を引くのよっ! 見てごらんなさいっ!」

運動場へ行こうとしているのか、中庭を通っている生徒達の方に向かって、大きく手を
広げる。

「ほらっ! みんな、こっち見てるじゃないっ!!!」

アスカが騒ぐからだよ・・・。
恥かしいなぁ。

そう思うシンジだったが、これ以上刺激して更に大声を出されたら余計に恥かしいので、
おとなしく弁当を食べることにするのだった。

放課後。

文化発表会2日前となり劇の練習も大詰め。大道具や小道具担当のクラスメートは、も
うほとんどの作業が終わり、劇を観客代わりに見て、あそこが悪い、あそこはこうした
方が良いなど意見を出し合っている。

アスカ(ジュリエット)「この毒薬でお命を・・・。」

横たわるロミオ役のシンジを前に、毒の入っていた小瓶を天高く上げ共に死のうと口に
付ける。最後のシーンである。

アスカ(ジュリエット)『一滴も残しておいて下さらないなんて。そうだっ! 口付けを。』

毒を求め、死んだロミオに口付けするシーン。少し角度を付け、あたかもキスをしてい
るように見せる。

アスカ(ジュリエット)『まだ温かい・・・。そ、そんなっ! そんなのってっ!』

毒は唇には残っていなかった。その唇が温かく、まだ死んで間もないことがわかり、泣
き崩れるジュリエット。そこへ追っ手の男達の声が聞こえて来る。

ジュリエット(アスカ)『はっ!』

傍らに落ちていた短剣に気付く。最後の大詰め。クライマックスだけに、真剣な表情で
見ていたクラスメート達だったが・・・その時、ふいにみんなが騒ぎ始めた。

「アスカっ! 危ないっ!」

「えっ?」

舞台の後に立てられていた、墓地の建物を表現するレイの描いた衝立が倒れてきた。

「きゃーーーーっ!」

悲鳴を上げて逃げ出すアスカ。

「わーーーーーっ!」

死んでいたシンジも、大慌てで起き上がりあたふたと逃げ出す。このままでは、本当に
死んでしまう。

どったーーーーーーーん。

2人が逃げたその場所へ、倒れるてくる衝立。その後には、なぜかニコニコしているレ
イの姿があった。

クスクス。
これであなたは練習できないの。

満足気な笑みを浮べるレイだったが、衝立を倒したのがレイだとわかり、次々とクラス
メート達が舞台の方へと駆け寄って来た。

「綾波さんっ! 何してるのよっ!」
「せっかく作ったのに、壊れちゃったじゃないっ!」
「文化発表会まで、あと2日よっ!?」
「おいっ! お前っ! 責任持って直せよっ!!!」
「どーすんだよ。これよーっ!」

みんなが怒っている姿を目の前にし、唖然とするレイ。こんなに大勢の人から、ここ迄
真剣に怒られたことがなく、もう何をどうしていいのかわからない。

「わ、私は・・・。」

「大事な練習の時に何してるのよっ!」
「おいっ! こんな奴、抜きで練習やろうぜっ!」
「最低だわっ!」

次々と罵声を浴びせ掛けられたレイは、顔を青くして何も言い返すことができず、とぼ
とぼと体育館から出て行った。

体育館から出たレイは、いったいなぜこんなことになってしまったのかわからず、困惑
しながら歩いていると、背後から声が聞こえた。

「ちょっとっ! アンタっ!」

よく知っている聞き慣れた声。はっと顔をあげると、ジュリエットの衣装を来たアスカ
が、体育館から走り出して来ている。

キッと、アスカを見上げるレイ。

「あなたのせい・・・。」

「なにがよっ。」

「みんな怒ってたわ。」

「あったりまえでしょうがっ。」

「みんな、あなたの味方なのね。」

「アンタねぇ・・・。」

悲しそうに睨んでくるレイを、諭すように見詰める。

「まったくぅ・・・。みんなに迷惑かけちゃダメじゃない。」

「アスカのせい・・・。」

「今回のは、ダメよっ。アタシだけじゃなくて、みんなが困るでしょーが。」

「・・・・・・。」

「ほら、そんな顔しないの。」

「・・・・・・。」

「さぁ、みんなに謝りに行くわよ。」

「・・・・・・。」

「アンタも、イヤでしょ? このままじゃ、イヤでしょ?」

「・・・・・・。」

「謝りに行きましょ。」

「・・・・・・。」

「何してんのよ。仕返しするんならねっ! アタシにだけにしなさいよっ!」

「アスカ・・・許さない。」

「わかったから、ね。わかったから。でも、みんなは関係ないじゃん。」

コクリと頷くレイ。

「でしょ? じゃぁ、みんなに謝れるでしょ。さっ、来なさいよ。」

レイは再びコクリと頷き、アスカに付いて体育館に入って行った。

体育館を占有できる時間も限られているので、再度劇の練習のやり直しをしようとして
いるクラスメート達を前に、アスカはレイを連れて再び舞台に上った。

「みんなっ、聞いて。レイも悪気なかったのよっ!」

レイの手を引き現れたアスカが大声で叫ぶ。クラスメートの皆は、作業の手を止め視線
を舞台の上に集中させる。

「この衝立、責任持って修理するって言ってるしさ。許してあげてくんないっ!?」

そこまで言うとレイに向き直り、くいくいと舞台の前に押し出す。

「・・・・・・。」

「ほら、レイ。黙ってないでっ。」

ついついとレイを肘でこつく。

「ご、ごめんなさい。」

おずおずとした感じで、レイが頭を下げて謝った。

クラス中が静まり返って、その姿を見ている。そこにアスカが更に助け舟を出した。

「だいたいこの衝立の絵だって、レイがいたからこんな凄い絵が描けたんだからさ。許
  してあげて。」

「まぁ、謝ったんならいいけどな。」
「文化発表会にちゃんと間に合わせてくれるんなら・・・。ね。」
「こんなふうに謝られちゃね・・・。」

さすがに頭を下げて謝っている相手に、追い討ちをかけようという者もなく、どうやら
この場は治まりそうだ。アスカはレイを連れて、体育館の裏へと出て行った。

「良かったじゃん。」

「あなたに謝ったんじゃないわ・・・。」

「わかってるわよ。そのかわり、今度から注意すんのよ。」

コクリと頷くレイ。

「でも、アスカには復讐するわ。」

「はいはい。」

やれやれという感じでニコリと笑い、アスカは体育館の中へ劇の練習をしに戻って行く。
その背中を見送るレイの姿が、舞台の幕の裏にあった。

<コンフォート17マンション>

あの後、衝立の修繕を手伝った為、少し遅くなってアスカは帰宅した。アスカに絵の具
を付け意地悪しようとして、それがレイの服にべっちゃり付いてしまったので、今頃ま
たブツブツ言いながら洗濯でもしていることだろう。

そんなことより問題は、先に帰ったはずのシンジが家にいないことだ。近頃、四六時中
一緒にいるので、何処へ行ったかわからないと不安でたまらない。

まさか。。
また上に・・・。

嫌な予感がしたアスカは、急いで1つ上の階のマヤの家へと駆け上がり、チャイムを押
してみるが反応はない。どうやら、ここには来てないようだ。

違うか・・・・。

念の為もう1度チャイムを押してみるが、やはり反応はない。いないものは仕方ないの
で、ひとまず自分の家へと帰る。

イライライラ。
イライライラ。
イライライラ。

いつまで待っても・・・30分も経ってないが・・・シンジは帰って来ない。気を紛ら
わそうとテレビをつけてみるが、彼女の意識は違う方を向いており上の空。

あっ、鈴原んちに行ったのかも。
そうよっ。
たぶんそーだわ。

近頃、シンジとトウジが休み時間に話をしている所をちょくちょく目にする。おそらく
今日はアスカが側におらずフリーだったので誘われたのだろう。さっそく電話してみる。

「あ、もしもし。アタシ、惣流ですけど・・・・・・・・・・・・」

見当違いだった。トウジは家にいたがシンジはおらず、話によると寄り道せず真っ直ぐ
家に帰ったらしい。

あのバカ・・・。
ドコ行ったのよ。

もうこれ以上思い当たる所がない。またリビングのクッションに腰を下ろし、テレビに
目を向ける。コマーシャルが流れ、夕方のバラエティー番組が始まり、しばらく見てい
ると・・・。

「ん?」

シンジらしき声が玄関の方から微かに聞こえて来る。

これだけ待たされたのだ。出迎えするのもシャクなので、クッションに座ったまま耳を
傾けていると、なにやら女性の声も聞こえる。

マヤだっ!
あの女ぁっ!!

眉を吊り上げ玄関に飛び出し、そーっと扉を少しだけ開け覗くと、マヤと一緒に玄関先
に立ったシンジが、買い物袋を片手にぶら下げ楽しそうに話をしているではないか。

「どうしてぇ? お茶だけでも飲みにいらっしゃい?」

「今日、ぼく食事当番なんですよ。」

「買い物に付き合ってくれたお礼がしたいなあ。荷物持って貰ったし。」

「これは、この間のお礼ですから。約束だったし。」

そう言いながら、買い物袋をマヤに手渡している。どうやら、転校騒ぎの時のお礼とい
うことで買い物に付き合った・・・そんなとこだろう。だが、それを口実に、マヤがシ
ンジを連れ込もうとしているのはみえみえ。

諦めて帰るのよっ!
シンジは、もうアンタんちには行かないって約束したもんねっ!

今ここでしゃしゃり出て行っても良いが、この調子だとシンジ自ら断りそうな雰囲気で、
そうなればざまみろだ。アスカはしばらくドアの隙間から様子を伺うことにする。

「ねぇ。ちょっとだけ。」

「ご飯の用意があるんで・・・すみません。」

「ほんと、いい子ちゃんなんだからぁ。」

「そんな・・・。」

「しょうがないなぁ。じゃぁ、そのかわり、今度の日曜デートしましょ?」

「デ、デート? ですか?」

顔を赤くするシンジ。恥かしそうである。
顔を赤くするアスカ。念の為解説するが、恥かしいのでない。怒っているのだ。

あ、あ、あンの女ぁぁっ!
ぬわにを、ぬけぬけとっ!
ずーずーしいにも程があるわっ!!!!
バシっと断んのよっ! シンジっ! バシっとっ!

「あの・・・デートって・・・そんな・・・。」

「やだぁ。そんなに意識しなくってもいいわよ。じゃ、約束ね。」

「はい・・・。」

は、は、『はい』ぃぃぃっ!!!?
『はい』ですってぇぇぇっ!!!?
シンジの奴ーーーっ!!!!
ぬ、ぬわにが、『はい』よーーーっ!!!!

玄関の扉を蹴破りたかったが、逆にこうなってはしまっては、今出て行くと勝ち誇った
マヤに決定打を打ち込まれかねない。

怒りに震える手で玄関のドアのノブを握り締め、頭の上からにょきにょきにょきと角を
生やす。

「じゃぁ、楽しみにしてるからね。約束よ。」

ちゅっ。

シンジのおでこに軽くキス。更に、マヤは扉の隙間から覗いているアスカの方に視線を
向け、勝ち誇ったような笑みを浮べて自分の家へと階段を駆け上がって行った。

あ、あ、あンの女ぁぁぁっ!
知ってたのねーーーっ!!!
殺してやるっ! 殺してやるっ! 殺してやるっ!

地団駄を踏みながら、活火山が大噴火を起こしマグマを撒き散らすかのように、怒りを
大爆発させる。

そこへ、マヤとの話を終えたシンジが、のこのこと玄関の扉を開けて入って来た。その
瞬間シンジの目に飛び込んできたのは、鬼か、死神か。

「わーーーっ! ア、アスカっ! な、なにしてんだよっ!?」

「ウルサイっ! このバカっ!」

「なんだよ、いきなり。びっくりしたなぁ。」

「そこで誰といたのよっ!」

「誰って、マヤさん・・・。」

「なんで、マヤなんかと一緒にいんのよっ!」

「買い物に行く約束したからだよ。ご飯作るから、ちょっと、そこどいてよ。」

「アタシも、日曜どっか行くっ!!」

「ふーん。気をつけてね。」

「な、な、なんですってーーーーーっ! なんでマヤなんかと約束すんのよっ!!!」

「ぼくの勝手じゃないか。お互いのこと干渉しないって約束だろ?」

「くぉのっ! バカシンジっ!!! バカバカバカっ!!!」

「なんなんだよ。ご飯作るから、そこどいてよ。」

「もうご飯なんかいらないっ!!!!」

ダッと部屋に駆け込んでしまうアスカ。残されたシンジは、わけもわからず怒鳴り散ら
されてしまったので、不機嫌そうにダイニングへと入って行く。

なんだよ。
いきなり、バカバカって。腹立つなぁ。

綾波となんかあったみたいだし・・・。
きっと、八つ当たりしてんだな。
たまんないよ。

そんなことを考えながら、ご飯の準備をする。その頃アスカは、自分の部屋で布団に潜
り込んでいた。

お互い干渉しないなんて・・・。
あんなこと決めるんじゃなかった!

アスカは何も食べずに眠った。無理したわけではない。胸が苦しくて、食べたいとも思
わなかった。

その夜。久し振りに背中合わせにして、シンジと眠った。

<学校>

次の日は、文化発表会の前日ということもあり、、午後からみんなで最後の総仕上げに
かかることになっていた。

午前中の授業が終わり、まずは昼食を食べることになるのだが、アスカはシンジから離
れて弁当を広げている。

「珍しいのぉ。今日は1人やんか。シンジ。」

「うん・・・。」

「なんや? 夫婦喧嘩でもしたんか?」

「そういうわけじゃないけど・・・。」

「昨日、惣流から電話あったで。嫁はんほったらかして、1人で遊びに行ってたんやろ?」

「そんなんじゃ・・・ないよ。」

下手なことをいうと、偽装婚約のボロが出そうなので、適当に話をはぐらかしながら弁
当を広げる。

なんだよっ。
怪しまれないようにしろって言った癖に。
こんなことしたら、余計怪しまれるじゃないか。

言っていることとやっていることが、その時の気分によってバラバラのアスカに腹が立
つ。昨日もレイとの喧嘩のことで八つ当たりされたと思っているので、シンジはシンジ
でイライラしていた。

はぁー。
たまには、気晴らしにどっか遊びに行きたいな。
文化発表会があるから無理だけど・・・。
日曜、マヤさんが遊びに連れて行ってくれるし・・・いいや。

その日の劇の練習は、主役の2人の息が全く合わず、明日の本番が危ぶまれる散々の状
態だった。

<コンフォート17マンション>

学校を出てからずっと、家に帰ってもまだ2人は一言も口をきいていない。

今日の食事当番はアスカ。ミサト達がまだ帰宅していない為、ダイニングテーブルに無
言で2人分の料理を並べて行く。

なんなんだよ。いったい。
昨日からずっと・・。
綾波と何があったかしらないけど、ぼくに八つ当たりしないでほしいよ。

早く食べちゃって、お風呂入ろっと。
ミサトさん達が帰ってきたら、またややこしいしな。

アスカが用意したミートスパゲッティーを急ぎ気味に口へ掻き込む。そんなシンジを、
気付かれないようにチラチラ見ながら、アスカも同じものを食べていた。

シンジのバカっ!
シンジのバカっ!
シンジのバカっ!
なんで気付いてくれないのよっ!

とはいえ、これまで仲が良かったのは表面上だけ。こうなってしまうと、出会いに始ま
り、今までの自分の態度が悔やまれる。シンジが自分のことを好きになってくれる自信
が、まったく無い。

こんなに好きにさせたくせにっ!
好きにさせるだけさせといてっ!
後は知らんふりぃーっ!?

最低なヤツっ!
最低なヤツっ!
最低なヤツっ!
最低なヤツっ!

やるせなさ、不安、後悔などが、持って行き場のない怒りに変わり、その全ての根源と
なっているシンジに対し、ブツブツと心の中で文句をぶつけてしまう。

プルルルルルルル。

その時だった。

碇家の電話が鳴り響いた。

ほとんど食べ終わっていたシンジが、椅子を立ち電話を取りに行く。

「もしもし。碇ですけど・・・」

シンジの声が聞こえてくるダイニングでアスカは、マヤからなんじゃないだろうかと聞
き耳をたてる。すると、シンジが電話の子機を持ってダイニングへ入って来た。

「アスカ。電話。」

「アタシに? 誰よ。」

「アスカの母さん。」

「えっ!!!!」

慌てて受話器を取り電話に出ると、その向こうからキョウコの声が・・・。

『アスカちゃん、元気だったぁ? もうママは心配で心配で、およよよよ。』

「ママーーっ!! どうして連絡、全然くれなかったのーっ!?」

『ごめんなさいねぇ。やっと、ちょっとだけ連絡できるようになったの。シンジくんと
  一緒に暮すことになっちゃったの?』

「そうよっ! 大変なんだからっ!」

『やっぱり・・・。うーん、ママ1度帰るわ。』

「えっ!!!!!」

『あっ、切れるわ。とにかくすぐ帰るから。シンジくんにも宜し・・・』プツ。

「あっ! ちょっとママぁっ!???」

ツーツーツー。

「ママっ!? ママってばっ!!!」

ツーツーツー。

電話は切れてしまい、もう何も言葉は返ってこない。アスカは電話の子機をテーブルの
上に置き、愕然としてシンジの顔を見詰める。

「どう? ぼく達の今の状況、伝えてくれた?」

「・・・・・・。」

「やっと、この変な生活も、なんとかなるかな。」

「・・・・・・。」

シンジの言葉に返事ができる精神的な余裕は無っかった。キョウコが帰って来る。今の
生活の終り・・・ドイツへ帰ることを意味しているかもしれない。

それはシンジとの別れ。

頭の中で、全く何もかも整理がつかず、パニック状態。

「ねぇ、アスカ? ちゃんと言ってくれたんだろ?」

「ウルサイっ! ウルサイっ! ウルサイっ! 電話が切れちゃったから、何も言えなか
  ったわよっ!」

「えーーーー。そんなぁ。」

もう何もかも、どうしていいのかわからない。頭を両腕で抱え、ダイニングテーブルに
うっぷしてしまう。

ママが帰ってくる・・・。
どうしよーっ。

キョウコが返ってくる。それを、今シンジに伝えていいものか。そんなことより、残さ
れた時間が限られた今、自分の気持ちをシンジに伝えることが先決ではないか。

混乱を極めるアスカ。

結論が出ないまま・・・。

ロミオとジュリエットの幕が切って落とされようとしていた。

To Be Continued.
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