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コンフォート17
Episode 11 -言っちゃった! スキ-
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<学校>

やってきました文化発表会当日。朝からウキウキ気分の生徒もいれば、上手く発表でき
るか気になり、落ち着かない者もいる。

「2−Aは午後からです。昼休みに1度だけ練習しますから、それ迄は自由に行動して
  下さい。」

朝礼でヒカリが今日の予定をクラスメートに伝え、文化発表会の打ち合わせということ
で生徒会の集会へ向かった。

「碇くん? 衣装できたから、合わせてくれる?」

「間に合ったんだ。」

衣装係の女の子達が、シンジを呼ぶ。主役だけあってロミオとジュリエットの衣装作成
には時間が掛かった。特にジュリエットのドレスは大変だったので、優先的に作ったこ
ともあり、ロミオの衣装は昨晩なんとか間に合ったという状況である。

「これなんだけど。着てみてくれない?」

「着てって・・・何処で?」

「早く。早く。」

「だから、何処で着替えるの?」

「ここでよ。」
「わたし達も展示、見に行きたいから、早くしてくれない?」

「ここでって、みんな見てるじゃないか。」

「男の子なんだから、いいでしょ。」

「えーーーーーーーーーっ!!!」

クラスにはまだ女の子達もたくさん残っており、興味あり気にチラチラとシンジの方を
盗み見している子までいる。

「おう。シンジ。はよせーや。」
「待ってんだからな。」

シンジと一緒に展示を見に行く約束をしていたトウジとケンスケが、他人事とばかりに
急かしてくる。尤もトウジのような性格なら、ためらわず着替えそうだが。

「わかったよ。着替えるから、向こう向いててよ。」

「急いでね。」

といいつつ、少しシンジから離れる女子達だが、どうも視線を感じる。ほとんど、初め
て日本へやってきたパンダのカンカン、ランラン状態。

「アンタらねぇっ! シンジが困ってるでしょっ!」

おどおどして着替えるに着替えられないシンジと、クラスの女子達の間に、見るに見か
ねたアスカが助け船を出して入って来た。

「あーぁ。奥様の登場かぁ。」
「つまんなーい。」

ようやく諦めて女子達は教室から出て行く。アスカはやれやれという感じで両手の平を
天に向かって掲げると、背中でシンジを隠し壁となって立つ。

「アタシがこうしてる間に、早く着替えちゃいなさいよ。」

「ありがとう。助かったよ。」

「そう思うんだったら・・・」

と言いつつ何気なくシンジの方へ顔を振ると、着替えている姿。慌てて顔を前に戻す。

ったく。
アタシは、それどころじゃないってのに・・・。
ママが帰って来る・・・どうしよう。

「アスカぁ? なんだか、上手くこのズボン履けないんだけど?」

「もー。なによ。」

「ボタンが止まらないんだ。」

おずおずと振り返ると、上着はちゃんと着ておりズボンも一応履いているのだが、ウエ
ストまわりがやや狭く、腰のボタンが止まらない。

「ちょっと貸してごらんなさいよ。」

「無理だよ。」

「いいから、じっとして。」

シンジの前で腰を下ろしたアスカは、ズボンのウエストを両手で掴み、思いっきり力を
込めぎゅーっと締め上げる。

「く、くるしいっ。」

「我慢なさい。」

「む、無理だよ。苦しいってばっ。」

「うーん・・・固いわねぇ。鈴原ーーーっ! ちょっと手伝って。」

「なんや? はよしてーな。」

「ズボンのボタン、締めてよ。」

「これ止めたらええんやな。」

バトンタッチしたトウジは、アスカとシンジの間に割って入り、中腰になると名一杯力
を入れ、ズボンのウエストを締めに掛かる。

「ト、トウジっ! む、無理っ! 内臓が出るっ!」

「もうちょっとやっ! 我慢せーっ!」

苦しむシンジなど無視。ありったけの力をトウジは振り絞る。その後から中腰で様子を
伺うアスカ・・・その時だった。

ブーーーーーーーー!

「おっ、なんか出たか?」

鼻先でガス爆発が起こり、真後ろにぶっ倒れたアスカは、クラクラしながらヨロヨロと
起き上がった。

「おー。すまんすまん。」

「く、くおのっ! バカトウジっ!!!!!」

ドゲシッ!!!!

お尻をつま先でおもいっきり蹴り上げる。まぁ、この場合、乙女の鼻先で屁をしたトウ
ジに同情の余地はないだろう。

「なに考えてんのよっ!」

ドゲシッ! ドゲシッ! ドゲシッ!

「いたっ! わざとちゃうんやっ! 勘弁してーなっ!」

「やかましーーーっ!」

ドゲシッ! ドゲシッ! ドゲシッ!

「いたいっ! いたいがなっ!」

教室中を逃げ回るトウジと、追い掛け回し尻を蹴り上げるアスカ。もうそろそろ、この
あたりで勘弁してあげてもいいかもしれない。

そんなこんなで朝の衣装合わせも終り、衣装係の女の子に2cm程ウエストを広げて貰
うこととなった。

ずっと、シンジと一緒にいたい。
なんて言ったら、ママ怒るだろうなぁ。

シンジは、トウジ達と他クラスの展示や発表を見に行った。クラスメート達も出払って
誰もいなくなった教室で、1人席に座り頭を抱える。

人の苦労も知らないでっ!
暢気に鈴原達と遊びに行ってっ!

とは言っても、どうシンジに昨日の電話のことを伝えればいいのかわからない。切り出
す勇気も切っ掛けもないまま今に至っている。

やっぱ、好きだって言わなきゃ・・・。
好きって。

「はぁ〜。」

溜息が零れてしまう。告白するにも、シンジの返事を待つにも、あまりに時間が無さす
ぎる。

もっと時間が欲しい。
どうして、こんなに急なのよ。

もっと早くから行動しておけば良かった。あの電話がある前に好きだと言っておけば良
かった。そう思うが今となっては後の祭。

「アスカー? 1人で何してるの?」

焦り、思い悩むアスカの耳に、誰かが呼ぶ声が飛び込んで来た。うっぷしていた顔を上
げると、生徒会に行っていたヒカリがファイル片手に教室へ戻って来ている。

「どうしたの? 1人で。」

「えっと・・・。その・・・。セリフ。劇のセリフ。復習してたの。」

「そんなこと心配してるの? 昼休み、もう1度通すから大丈夫だって。」

「そうだけど・・・。」

「わたしも生徒会行ってたから、1人だし。一緒に他のクラス、見に行こ。」

「うん・・・。」

手を引かれ廊下へ出て行く。展示をしているクラスは賑やかで、人が出たり入ったりし
ているのがわかる。

「碇くん、どうしたの?」

「鈴原達となんか見に行ったみたい。」

「もー、鈴原の奴。こんな日に碇くん取っちゃ駄目じゃない。ねー。」

「あは、あははは。いいのよ。別に。」

「よくないわよっ! 鈴原見つけたら、とっちめてやるんだからっ。」

「相田も一緒よ?」

「どーせ、鈴原が碇くんを連れ出したに決まってるわ。」

「どうして?」

「だいたい、あいつは鈍感なのよ。」

「ふーん。」

「女の子の気持ちなんか、全然わからないんだから。」

「ふーん。」

「なに? え?」

「べつに〜。あっ! あの教室面白そうよ。入ってみましょ。」

2人が入って行ったのは、映画を題材に、映画の歴史や流行の映画などを展示している
教室。

「この映画見たことある?」

「これ・・・知らない。ドイツじゃ、やってなかったんじゃないかしら?」

「わたし、映画館まで行ったんだけどさ。最低だったわ。見ない方がいいわよ?」

「そうなんだ。もうレンタルしてるのかな? そんなこと言われたら、見てみたいかも。」

映画のタイトルは”知らなかったから3”というらしい。どうも、ヒカリには非常にお
気に召さなかった映画のようだ。

「おうっ! 委員長やないか?」

教室に貼ってある映画の解説や感想を順に見ていると、しばらくして声を掛けられた。
先程、噂が出たトウジを先頭にいつものトリオ。

「すーずーはーらー。」

「な、なんや、いきなり恐い顔しよってからに。」

「碇くん、連れ回しちゃ駄目でしょっ。」

「なんでや。好きなもん同士で回って、ええっちゅーたやないか。」

「ちょっとは考えなさいよね。碇くんとは、アスカが回りたいに決まってるでしょ。」

「ほうやったんか?」

頭をポリポリ掻いてシンジに目を向けると、何と答えていいのか困りながらも、とりあ
えず笑って誤魔化している。

「じゃ、碇くん? 後はアスカを宜しくね。」

「う、うん・・・。」

「鈴原っ! アンタっ、邪魔なんだから、さっさと来なさいよっ。」

「ちょっと、引っ張らんといてーな。」

ヒカリにぐいぐい制服の袖を引かれ教室を出て行くトウジ。その姿を見送りながら、ア
スカは握り拳を作って口に当ててみる。

うまいことするわねヒカリの奴・・・。
とにかくアタシも。

「そういうことみたいだから、行きましょ。」

ヒカリの後に続いて、シンジの腕をがっちり抱いて教室を出て行く。そして、後に残っ
たのは。

「お、俺は?」

映画の展示をしている教室で、1人なにをするでもなく立ち尽くすケンスケの姿があっ
た。

2人っきりになったのはいいけど・・・。
どうしよう。

腕を組んで仲睦まじいカップルのように校内を歩いてはいるが、あれからずっと沈黙が
続いている。

好きって言っちゃえばいいのよ。
好きって・・・。
でも、やっぱり、先にママが帰って来るって言った方がいいかな。

「次。体育館で3−Aの劇だろ? 見に行かない?」

「いいけど。」

クラスで文化発表会の練習をしている時、何度か3−Aのことは話題になった。反戦を
テーマにした劇でかなり練習もしており、劇部門の優勝候補のクラス。

「ぼくらは優勝は無理かな。」

「恋愛物は先生の受け悪そうよね。」

「キール先生なんか、とくにそうかもしれないなぁ。」

しかし、今のアスカにとっては最も身近で最大の問題が、その恋愛である。しかも、今
まさに、ロミオとジュリエットのごとくシンジと引き裂かれ様としている現実がある。

体育館。

「なんだか、人多いなぁ?」

「あそこ空いてるわっ。」

さすがに優勝候補のクラスの劇だけあって観客も多い。幕が上がる直前に体育館へ入っ
た2人は、かなり後ろの方の空いている席に並んで座った。

第2次世界大戦を舞台にしたその劇は、反戦がテーマなだけあり、どんどん悲しい展開
を見せていく。

戦火は激しくなり、特攻隊として沖縄へ向かう兄を妹が見送る。そんなクライマックス
シーンを見るアスカ。全く違う状況ではるが、兄と別れる妹に自分をだぶらせてしまう。

引き裂かれてしまってからじゃ遅いのよ。
それ迄に、なんとかしなきゃ。
もう時間がない。それまでに・・・。

劇の中の兄妹は、戦争の時代という大きな大きなものに引き裂かれたが、自分にはまだ
行動する余地が残っているではないか。そんなことを考えている間に、盛大な拍手の中
劇は幕を閉じた。

このまま、なにもせず後悔したくない。
好きだって言わなくちゃ。
ママが帰って来る前にっ!

「アスカ? そろそろご飯食べに戻らなきゃ。」

「えっ? もうそんな時間?」

体育館の時計を見ると、もう12時前。お昼時である。アスカはここが勝負所とばかり
に、意を決してシンジを真正面から見詰める。

「ちょっと、屋上行かない?」

「駄目だよ。急いでご飯食べなくちゃ、練習に間に合わないじゃないか。」

「そうだけど・・・。」

「急ぐよっ。」

あっ!
シンジ・・・。

ようやく決心したアスカだったが、シンジが小走りで教室へ駆け出してしまった為、仕
方なくその後を追い掛けて行くことになってしまう。

教室へ戻ると、さすがに今日は皆大急ぎで昼食を食べている。劇本番前に1度通しで練
習する為、ゆっくり食べている時間が無い。

「ねぇ、シンジ?」

シンジの前に座り、弁当を広げながらアスカが小声で話す。

「もし、ママが・・・」

「ちょっと静かにして。セリフ見直してるんだ。」

だがシンジは、台本片手にセリフを読み直しながらご飯を食べるばかりで、相手にして
くれない。

なによっ! なによっ!
アタシがこんなに悩んでるのにっ!

結局アスカは何も言い出せないまま、劇の最後の練習が始まった。

焦りと不安が募る中、やはり練習でのアスカは散々なものとなった。

「アスカ、落ち着いて。」
「セリフは覚えてるんだもん。焦らなきゃ大丈夫よ。」

「ごめん。本番は頑張るから。」

「ほんと、頑張ってね。」

クラスメートに励まされながら、体育館へ向かう。いよいよ本番なのだが、アスカの気
持ちは全然違う方向へ向いてしまっていた。

早く、アタシの気持ちを伝えなきゃ。
このままドイツへ帰るなんてイヤっ!

体育館の裏へ入り準備を始める大道具係の生徒達。役者はそれぞれ自分の衣装に着替え、
セリフの見直しなどをしている。

レイ達、小道具係は使う順番に道具を並べ、照明係は体育館の上に設置されている照明
器具の所へ上がって行く。

いよいよロミオとジュリエットの幕が上がる。

アタシは、ジュリエットみたいにならないわっ!
シンジと離れたくないっ!

その時、スカートのポケットに入れてあった携帯電話が震えた。こんな時に誰だろうと、
手に取り液晶画面を見ると、メールの着信マークが点灯している。

”今、第2東京市に着いたわ。すぐ行くわね。

                                    アスカちゃんのママより”

「えっ!? ウソっ!!!」

携帯電話を持つ手が小刻みに震える。思っていたよりかなり早い。

今から!?
そんな。そんなのってっ!

第2東京市といえば、目と鼻の先。慌てて辺りをきょろきょろと見ると、舞台へ登る階
段の辺りで、自分より出番の早いシンジはヒカリ達と最後の打ち合わせをしている。

ママが帰って来る。
ママが帰って来るのよっ!
シンジっ!

乱れるアスカの心中を他所に、ロミオとジュリエットの幕が、大勢の観客の前で切って
落とされた。

劇は進み、アスカの出番。

アスカ(ジュリエット)『あぁ、ロミオ様。ロミオ様。どうして、アタシの気持ちに気
                        付いてくれないの?』

先程からセリフを間違えてばかり。舞台裏でヒカリ達は焦りまくっているが、なぜか妙
に感情が篭っており、観客達はどんどんアスカの芝居にのめり込んで行っている。

「アスカっ。」

1シーンの出番が終わり、舞台裏に戻ったアスカをヒカリが呼び止めた。

「アドリブもいいけど、もうちょっと台本通りにしなきゃ、他の人が困るわ。」

「え? 間違ってた?」

「間違ってた?って・・・。気付いてなかったの?」

「ごめん・・・。」

ヒカリと会話をしつつもアスカの心はここにはなく、錯乱状態になっており、シンジの
姿を目で追ってばかり。

ママがもうそこまで来てるのよっ!
シンジっ! お願いっ! アタシを助けてっ!

「アスカ、出番よ。準備。準備。」

「あ、うん。」

「昨日から、なんか変よ? あんまり緊張しないで。」

「ごめん、大丈夫。」

劇は進む。アスカはセリフをあちこち間違えながらも、自分をロミオと引き裂かれてい
くジュリエットの境遇に重ねてしまい、どんどん感情移入していってしまう。

このままドイツへ帰るのはイヤっ。
気持ちが擦れ違ったままなんて。

薬の作用で仮死状態になったジュリエットを演じ、アスカは舞台の真ん中で横たわった
ままロミオを演じるシンジの声を聞く。

ジュリエットは死んでいないことを伝えに行った使いの者と擦れ違ってしまったロミオ
が、ジュリエットと心中しようと毒を飲むシーン。

毒を飲んだロミオが仰向けに倒れる音を合図に、目を覚ますジュリエット。死が2人を
分かつクライマックス。

こんな終わり方イヤっ!
お願いっ。アタシの気持ちを聞いてっ!

ロミオの飲んだ毒を飲もうとするジュリエット。だが、小ビンには毒は残っておらず、
唇に残った毒を求め、口づけしようと近付くジュリエット。

アスカの目の前に、目を閉じるシンジの顔が大きく迫る。

ママが帰って来たのよっ!
アタシを守ってっ!
あの時みたいに、アタシをっ!

好きなのっ! 好きなのよっ!
シンジっ! 好きなのっ!

2人の唇と唇が重なる。

好きっ!!!

一瞬の静寂。

体育館全体の時が刹那止まる。

シンジーーーーーーっ!!!!!

そして、総立ちになる観客。

審査員をしていた教師達は、慌てて体育館裏へ走り出す。

「ア、アスカっ! ちょっとっ!」

目を閉じていたシンジが、驚いて目を開ける。

そこには涙を流してキスをしているアスカの顔。

「幕引いてっ! 早くっ!」

舞台裏も大騒ぎになっていた。

まさかのキスシーンに大慌てになり、急ぎ幕を下ろし始める。

「これにて、ロミオとジュリエットの劇を、終了します。」

ヒカリがマイクで終劇を放送。

それでもまだ、観客の生徒達はザワザワとざわついており、体育館から立ち去る様子も
ない。

「今の、本当にキスしてなかったか?」
「やっぱり、そうだよなっ!」

「あの2人って、婚約者でしょ?」
「わたしもそれ聞いたことある。」
「まさか、劇でしちゃうなんてねぇ。」

そんな生徒達の声が聞える幕の裏では、シンジが泣いているアスカをの肩を両手で持ち、
慌てて抱き起こしている。

「なんてことするんだよ。」

「アタシっ!」

「いくらなんでも、やり過ぎだよっ!」

「だってっ! だってっ!!!」

感情を高ぶらせたアスカは、涙を弾き飛ばせ髪を振り乱し、必死で抱き付いて離そうと
しない。

「もうイヤなのよっ! 偽の婚約者なんか演じるのっ! イヤなのっ!!!」

「アスカっ。ちょっとっ。アスカっ!!!」

「シンジのこと、好きなのよーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「!!!!」

目を見開いたシンジは、咄嗟に何も答えることはできなかった。

ただ・・・今のシンジにわかることは・・・。

自分の胸の中で泣きじゃくるアスカ。

そして、舞台に駆け上がってきたキールが、”偽の婚約者”の言葉を聞きニヤリと笑み
を浮かべているということだけだった。

To Be Continued.
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