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エヴァリンピック
Episode 01 -闇そして光-
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エヴァリンピック。それは、プラグスーツにシンクロすることにより人間の持つ能力を
強化し、特殊装甲を身に纏い、刃の無いソードを手に闘う現代の過酷なスポーツ。

チャンピオンという栄華,名声,莫大な財産を手にする一握りの者の影には、泥に塗れ
た無数のファイターが屍のごとく消え行く世界。

この物語は、勝てば光、負ければ闇、そんな世界に夢と希望を求めた少年の物語である。

<第3新東京市>

夜が明けきらぬ冬の朝、早起きなスズメ達が騒ぎ出す頃、今にも潰れそうな古い長屋の
引き戸が開く。

「行くぞ。」

「うんっ。」

継ぎ接ぎだらけの練習着に身を包んだ、髭面の父親と幼さがまだその顔に残る男の子は、
最初はゆっくりそして徐々にスピードを上げ走り出す。

「今日は、寺まで行くぞ。」

「お寺かっ! 久し振りだね。父さんっ!」

父に付いてランニングするその男の子の名を碇シンジ。エヴァのファイターを夢見る9
歳の少年は、寺へと続く長い石段をまるで太陽が山から昇るように勢い良く駆け上がる。

「シンジ。太腿を上げろ。」

「はっ! はっ! うんっ! 父さんっ!」

この階段を駆け上がるといつも息が切れ辛くなるが、父、碇ゲンドウの指示の元、精一
杯太腿を上げ走る。

「はっ! はっ! はっ!」

後少し。

「はっ! はっ! はっ!」

穴のあいた古びたスニーカーで、石段の1つ1つを踏み締め駆けて行く。朝日の眩い光
に目を細め見上げると、目の前にはいつも追い掛けている父の大きな背中。この世で、
1番尊敬し、1番好きな父の大きな大きな背中。

「はっ! はっ! はっ! やったーーーっ!」

ようやく石段を登り切った。振り返ると、賑やかな第3新東京市の街と、その側にひっ
そりと忘れ去られたように佇む、シンジの住む古びた旧町が見える。

「よくやったな。シンジ。」

「はぁ。はぁ。今日も天気がいいねっ。」

「あぁ。」

父と共に、両手を広げ朝の空気を胸一杯に吸っていると、小さい頃からよく知っている
寺の住職が、木の盆に冷たいお茶を入れた湯のみを2つ乗せてやって来た。

「よく来たな。碇。茶でも飲むか。」

「いつも、すみません。先生。」

この住職の冬月のことを、昔から先生と呼んでいるゲンドウは、境内の端に少し腰を掛
けシンジと共に茶を飲む。冬月は竹箒を手にその横へ座った。

「シンジ。」

目配せをし、シンジの名を呼ぶ。

「剣術の練習をしてきなさい。」

「うんっ!」

父に言われ、茶を一気に飲み干し、持って来た小さ目の木の刀を持ち、広い場所へ素振
りの練習をしに行く。そんな息子の姿を優しい眼差しで見送ったゲンドウは、真剣な面
持ちで冬月に振り返った。

「先生・・・。」

「試合に出るそうじゃな。」

「ええ。最後のチャンスだと思ってます。」

「腰はいいのか?」

「ここ数年、痛んだことはありません。」

「じゃが・・・もうお主も35じゃ。」

「まだ行けます。」

「シンジくんもおるじゃろうに。」

「えぇ。いつもユイには苦労をかけてます。」

「そう思うんじゃったら・・・。」

「見せておきたいんですよ。私の・・・父の戦う姿を。」

「じゃが・・・。」

10年前。碇ゲンドウと言えば、エヴァリンピックの最有力チャンピオン候補とされた
男だった。

日本代表を選抜するプロの選手権。圧倒的な力で準々決勝まで勝ち進んだゲンドウであ
ったが、その彼を悲劇が襲った。ゲンドウを恐れた対戦相手がヤクザを使い、控え室に
いたゲンドウを襲ったのだ。

その事件は明るみとなり、対戦相手は逮捕されることとなったが、その時、銃で腰を撃
たれたゲンドウは、エヴァファイターとして再起不能となった。

「シンジ。行くぞ。」

「うんっ! 母さんが心配するもんねっ!」

朝日が大きな丸い顔を山間から出し切った朝焼けの中、シンジは、またいつも見る父の
大きな背中を追って石段を駆け下り、長屋へと帰って行く。

質素だが温かいユイの作った朝ご飯が待っている、家族で食べる美味しい朝ご飯が待っ
ている大好きな家へ。

<学校>

父とエヴァの訓練をする時間は楽しいが、学校は嫌いだった。教室へ入ると、いつもの
ように自分の席はみんなと少し離され孤立している。

「おっ。なんか臭せーと思ったら、ビンボーが来やがったぜっ。」
「風呂入れっつーの。」
「あー、くちゃいくちゃい。」

無論、ゲンドウと風呂には入っているが、あまりにもみすぼらしい服装をしている為、
毎日がこうだ。だが、今日はそれだけでは済まなかった。

「お前のおやじ、今度のエヴァの試合出るんだってなっ!」
「武器買う金あんのー?」
「どっかで、汚い棒でも拾ってくるんだぜ。」
「1秒で負けちまうな。」

「なんだとっ! 父さんの悪口言うなっ!」

「なんだぁ? ビンボーっ! やんのかっ!」
「調子乗ってたら、半殺しにすんぞっ!」

「きゃーっ! 臭いから、こっちこないでっ!」
「もう。こんな子ほっとけばいいのに。」

拳を振り上げて迫るシンジを、取り囲むように威嚇する男の子達と、鼻を摘んで逃げる
女の子達。

「ちくしょーっ! 父さんはっ! 父さんはっ!」

怒に拳をブルブル震わせ高々と突き上げていたシンジだったが、目に涙を溜めて落書き
があちこちにされている自分の席に座る。

『闘いはコロシアムの中でするものだ。』

ゲンドウは常々硬く喧嘩を禁じていた。それは控え室で自分が襲われたことに対する怒
りと、シンジにそんな卑怯者になって欲しくないという願いが込められている。

シンジは硬く父の言葉を守り、どんなにいじめられても父,母にはそのことを告げず我
慢に我慢を重ねる日々を送っていた。

父さんの悪口言うなんてっ!
ぼく、悔しいよっ。

きっと勝つよねっ!
父さんはっ! 世界1強いんだもんねっ!

拳を握り締めて机に座るシンジは、勝利した父が審判に高々を手を上げられる所を思い
浮かべ、胸を膨らますのだった。

放課後。

学校から帰ろうとシンジが校舎から出て行くと、そこには今朝、教室でからかってきた
少年達が待ち伏せしていた。

「おめー。朝、生意気だったよなー。」
「ビンボーの癖によ。」

また難癖をつけてくる。いつものことなので無視して通り過ぎようとしたが、擦れ違い
様に1人の男の子に足を引っ掛けられ、転ばされる。

「いたっ。なにするんだよっ。」

「なんだよ。その目はっ!」
「ビンボーがっ! 生意気なんだよっ!」

起き上がろうとするシンジを次から次へ蹴り飛ばしてくる男の子達。その側で女の子は
鼻を摘んで遠巻きに見ている。

「なんか、あの子蹴ったら、埃臭いわ。」
「汚いのよねぇ。」

先生の目の届かない校舎の影で、シンジは抵抗せず亀のように蹲ってひたすらその暴力
に耐え続ける。

「おいっ。なんか飽きてこねーか?」
「あぁ。コイツ弱虫だしよー。全然、抵抗もできねーでやんの。」
「ゴミ袋でも蹴ってた方が、まだおもろいぜ。」
「コイツの方が、靴汚れるんじゃねーかっ?」
「わははははは。」

大笑いしながら去って行くクラスの男の子達。シンジは、彼らがいなくなった後、あち
こち痛めた体を起こし、よろよろと立ち上がった。

どうしよう。
服、破れてる・・・。

この服は近所のおばさんから、使わなくなったからと、ユイがお古で貰って来てくれた
ばかりの物だ。破いてしまったら、きっと母さんが悲しむだろう。

シンジは服についた砂をパサパサと何度も何度も丁寧に払うと、破れた所を隠すように
鞄を持って家へ帰って行くのだった。

<シンジの家>

シンジの家は、六畳一間に小さい台所とトイレ,風呂が付いている。家に帰り着くと、
ユイが夕食の支度をしていたので、シンジはコソコソと裁縫道具を取り出しすぐさまト
イレへと入って行った。

「あら? シンジ? 帰って来たの?」

「うんっ。おしっこ我慢できないんだっ。」

急ぎトイレへ駆け込んだシンジは、慣れない手つきで服の破れた所を縫い合わせる。服
を脱いで自分の体を見ると、蹴られた場所が赤くなったり青くなったりしている。

今日は父さんとお風呂入れないや。
試合が近いもんね。

ちょっとでもゲンドウに心配を掛けたくないシンジは、そんなことを考えながら縫い物
を続けるのだった。

                        :
                        :
                        :

1週間が過ぎた夕方、シンジが学校から帰って来ると、いつも夜遅くまで仕事をしてい
るゲンドウが既に帰って来ており、夕食の準備も整っていた。

「わぁぁぁっ! 凄いご馳走だっ!」

目をキラキラと輝かせるシンジを、ユイが笑顔で手招きする。

「さぁ。晩ご飯にしましょ。」

「凄いやっ! 明日、父さん試合だもんねっ!」

「あぁ。」

「元気つけなくちゃねっ!」

「あぁ。」

「そうだっ! ぼくのカツ、父さんにあげるよっ! 元気つけなくちゃ。」

「それは、お前のだ。」

「だってっ!」

「いいから食え。太りすぎては、闘えん。」

「じゃぁ、明日、父さんが勝った後に食べたらいいよっ! ぼく置いとくからっ!」

そんなやりとりを見ていたユイは、たまりかねてシンジに声を掛ける。

「シンジ? その時は、またご馳走を用意しますよ。いいから食べなさい。」

「うんっ! そうだねっ! そうだよねっ! いただきまーすっ!」

その晩、縁起をかついでユイが用意したカツ丼のご馳走を前に、家族は3人で楽しく夕
食の時を過ごした。

明日、試合に勝った時のことを笑顔で喋り続けるシンジ。興奮して父の勝利を喋り続け
るシンジ。そんな息子の姿を、ゲンドウは夕食の間ずっと見詰め続けているのだった。

<コロシアム>

翌日、エヴァリンピック予選の第3試合にゲンドウは出ることになっていた。

観客席からユイと共に、父の登場を心待ちに待つシンジは、目を輝かせてコロシアムを
見ている。

「あなた・・・。」

はしゃぐシンジを膝に乗せ、ユイは両手を組み合わせると祈るように目を閉じる。

第3試合開始を示すシグナルが、レッドに点灯すると同時に両サイドからファイターが
入場。

「母さんっ! 父さんだっ! 父さんだよっ!!!」

エヴァのプラグスーツに身を包み、装甲を纏ったゲンドウが現れた。

興奮したシンジは大喜びで振り返りユイを見上げる。

「ほらっ! 父さんだっ! 見てっ! 母さんっ! 格好いいよっ!」

「シンジ。母さんはいいから、父さんをしっかり見ておきなさい。」

「はいっ!」

対する相手は、かつてのゲンドウを思わせるような、今まさに無敗の優勝候補、加持リ
ョウジ。現在、24歳のファイターで、全盛期のゲンドウとほぼ同年齢である。

『さぁ。今回の予選は、歴史に名を残す好カードですっ!
  無冠の帝王と言われた、あの碇ゲンドウと、
  日本チャンピオン加持リョウジの対決ですっ!』

『しかし、碇ゲンドウですが・・・。
  この歳での復帰はかなり難しいという声もありますが?』

『あの時、負傷した腰の怪我も気になりますね。』

放送のスピーカーから流れるてくる解説を聞いたシンジは、拳を握り締め奥歯をぎゅっ
と食い縛る。

父さんは強いんだっ!
負けるもんかっ!!!

『いよいよ、第3試合が始まりますっ!』

レッドシグナル。

イエロシグナル。

グリーン点灯!

『試合開始っ!』

試合開始と同時に突進し、猛攻撃をしかけるゲンドウ。

そのスピードとパワーは、全ての解説陣の予想を裏切り、現チャンピオンの加持すら押
す勢いを見せる。

「父さん頑張れっ!!!
  そこだっ! カウンダーだっ!!!!」

両手を右へ左へ大きく振り、シンジは声が枯れるまでゲンドウを応援する。

「父さんっ! 父さんっ! 父さんっ!!!!」

だが時間が経つに連れ、若い加持のパワーにはかなわずゲンドウの息がきれ始める。

「父さんっ! そこだっ! 
  父さんっ! 父さんっ!!!!!! がんばれっ!!!!!!」

その時ゲンドウの体は、端から見ているものにはわからない爆弾が今にも爆発しそうに
なっていた。激しい闘いが、腰の古傷を痛み出させていた。

シンジ・・・。

ゲンドウの目に、観客席で必死に応援する息子の姿が映る。

腰の痛みが激しくなり、もう残された時間が少ないことを悟ったゲンドウは、一気に勝
負に出る。

「ぬおーーーーっ!!!」

ソードを加持に向かって一気に突き出す。

加持はそれを払い除け、カウンターの体制に入ろうとしたが、ゲンドウは突進する速度
を緩めず全身で体当たりを敢行。

壁際ギリギリの攻防。エヴァのルールは、壁に体が触れるか倒れてテンカウントされる
と負け。

このまま押し出されと壁に衝突する。さすがのチャンピオン加持も焦り、いちかばちか
の賭けに出た。

柔道の要領でゲンドウの体重を利用し、加持はその巨体を投げ飛ばす。

叩き付けられるゲンドウ。

壁に正面から・・・。

激突。

試合は終わった。

「母さんっ! 父さん、負けたのっ?」

振り返ってユイに叫ぶシンジ。

「違うよねっ! 負けたりしてないよねっ!!!」

だがシンジを抱いていたユイは、咄嗟に立ち上がりシンジを椅子に座らせると、観客席
を駆け下りていく。

「あなたっ! あなたっ!!」

騒然となるコロシアム。

その後、ユイは観客席に戻って来なかった。

係りの人に家へ連れて帰られる途中、シンジは勝ち負けよりももっと大事な失ったよう
な。なんとも言い知れ不安と恐怖が、心を闇で閉ざしていた。

そして・・・その夜。

シンジは初めて、狭い家で1人で寝た。

寝れなかった。

どうしても寝れなかった。

嫌な朝日が家の中に差し込める。

そして。

その日。

その日になって初めて・・・。

頭部強打により父が死んだことをシンジは知った。

<シンジの家>

葬式が行われる碇家で、シンジはキッと小さな眼を見開いて、動かなくなった父を見て
いた。

「可愛そうにねぇ。シンジくん。」
「困ったことがあったら、いつでもワシに言うといい。」

先程から訪れた人達が口々に、可愛そうに、可愛そうに、と声を掛けてくるが、シンジ
は一言も喋らず、ただ父をじっと見詰め続ける。

「この度は・・・。」

そこへ、あの加持リョウジが喪服を着て訪れる。

「よくもまぁ。」
「何を考えるんだ。あの男はっ!」

周りにいたゲンドウをよく知る人々は、ユイを気遣い罵りの言葉を浴びせながら、彼を
睨み付けるが、ユイは冷静に迎え入れた。

「ようこそ、いらっしゃいました。」

「申し訳ありません。」

「あの人はこういう世界の人でした。気になさらないで下さい。」

加持は深々と頭を下げユイに謝罪すると、動かなくなったゲンドウの横に座っているシ
ンジの元へ歩み寄る。

「お父さんを・・・すまないことをした。」

それまでじっとゲンドウばかり見ていたシンジは、この時初めて顔を上げキッと加持を
睨み上げる。

「父さんは・・・。」

「なんだ? シンジくん。」

全てを受け止めるような目でシンジを見る加持。

「父さんは、いつもコロシアムの外で戦っちゃ駄目だって言ってた。」

「そうか・・・。」

「だからっ! だから、ぼくはっ!」

ぎゅっと拳を握り締めるシンジの姿を見ていると、怒りと悲しみをこらえている幼い少
年の姿が加持の瞳に映し出される。

「わかった。待っている。俺はコロシアムで。」

それ以上言葉掛けず立ち上がる加持。

「ったく、”可愛そうに”の一言くらい言えんのか。」
「常識知らずなっ!」

罵倒と浴びせ掛ける人々の中を、加持は去って行く。

下手な言葉などいらない。

コロシアムで待っていることが、自分にできる最大限のことであり、この少年に対する
礼儀なのだと、加持は判断したのかもしれない。

父さんっ!

シンジはまた、ゲンドウの顔を見詰める。

ぼく、頑張るよっ。
父さんのプラグスーツにシンクロするんだっ!
父さんの装甲付けてっ!

ぼくっ! きっとやるよっ!

父さんの夢っ! ぼくがきっとっ!!!

シンジは涙を流さなかった。その黒い瞳が潤んでも、それを一生懸命否定するかのよう
に袖で拭って、何度も拭って、決して頬には涙を伝わさずゲンドウを泣かずに見送るの
だった。

<寺>

あの戦いでゲンドウが死んでから、1年が経った。

小学校4年生になった今も、シンジは毎朝この寺まで早朝ランニングに来ては、剣術の
稽古をしている。

一通りの稽古が終わると、住職の冬月が冷たいお茶を出してくれるので、それを飲んで
帰るのが毎日繰り返される日課。

だが、今日はいつもと少し違う日となった。それは、あまりにも突然に駆けられた一声
から始まった。

「なーに、それぇ? それでも、ソードの稽古のつもりーっ!?」

「ん?」

聞き慣れぬ声に振り返ると、そこには赤味掛かった金髪を風に靡かせる青い瞳の少女が、
踏ん反り返ってこちらを見ている。

「誰?」

「アンタ、剣道でもやってるわけぇ?」

「違うよ。エヴァのファイターになるんだ。」

「ばっかじゃないの? そーんな練習、いくらしたって無駄無駄ぁ。やるだけ無駄って
  もんよっ!」

「なんでだよっ。」

「これだから、素人はねー。」

「素人じゃないよ。」

「ハンっ! そーんな練習してるのを、素人ってのよっ!」

「違うって言ってるだろっ!」

「ま、興味あるんなら、第弐小のエヴァクラブに来てみるのねっ!」

「なにそれ?」

「アンタの無力さってもんが、よーくわかるわっ!」

「無力って・・・どういうことだよ。」

「じゃ、アタシ急ぐからっ!」

言いたい放題言い放ち、同じ歳くらいの少女は寺の階段をランニングしながら駆け下り
て行く。

なに今の?
外人さんかな?
エヴァクラブってなんだろう?

なんのことだかよくわからないまま、シンジはいつもの練習を終え、冬月が入れてくれ
たお茶を境内の端に座り飲み喉を潤す。

「冬月さん。エヴァクラブって知ってますか?」

「あぁ。子供達が集って、エヴァの練習をする倶楽部のことだ。この街にもいくつかあ
  るな。」

「エヴァの練習? そんなとこがあるんですかっ!?」

「あぁ。ちょっと、月謝が高いようだがな。」

「お金・・・いるんですか。」

父が死んだ後、頑張って働いているユイに、これ以上苦労はさせたくない。さすがに自
分がそこで練習したいなど言えそうにない。

「ぼく・・・学校に行ってきますっ。」

「あぁ。気をつけてな。」

シンジは住職の冬月に手を振って、寺の階段を駆け下りて行った。

<第3新東京市>

その日学校へ行っている間、ずっと朝出会ったあの女の子が言っていた、エヴァクラブ
というのが気になって仕方がなかったシンジは、放課後になり隣の小学校の近くまでや
って来ていた。

このあたりが弐小だよな。
エヴァクラブって何処だろ?

第弐小学校の近くにあるようなことを言っていたので、シンジはその周りをきょろきょ
ろしながら歩いてみる。

あっ。あれかなっ?

フェンスで囲まれた敷地に、簡単なコロシアムのようなものがあり、そこで小学生くら
いの子供達が、エヴァの練習らしきものをしているのが目に止まった。

ある子はシンジがやっているような筋肉トレーニングをし、またある子はソードとソー
ドを交えて練習している。中でも1番目を引いたのは、コロシアムであたかも試合さな
がらに模擬戦をしている子供達であった。

「すごいやっ!」

フェンスを両手で鷲掴みにし、その様子を食い入るように見詰める。自分もあのコロシ
アムで、プラグスーツにシンクロして誰かと戦ってみたいという思いが込み上げて来る。

「あら、アンタ。」

目を輝かせて練習する子供達の様子を見詰めるシンジの耳に、今朝の女の子の声が飛び
込んで来た。

「あっきれたー。ほんとに、来たのね。バッカじゃないのー?」

「うんっ! 凄いなぁ。ぼくもあんなとこで戦ってみたいよ。」

「やめときなさい。アンタみたいなの、すぐやられるわ。」

「そんなことないよっ! ずっと父さんと練習してきたんだっ!」

「父さんだか、なんだか知らないけど。弱い癖に生意気言うんじゃないわよっ。」

「そんなことないよっ! 一生懸命練習してるんだっ。」

「一生懸命ぇ? はーん。無駄なことしてんのねっ!」

相手にそんなつもりはないのかもしれないが、なんとなく父との思い出を馬鹿にされた
気がして、カチンとくる。

「君よりは強いよっ!」

「ぬ、ぬわんですってーーーーーっ! アタシよりですってぇぇぇぇっ!!!
  もういっぺん、言ってみなさいよっ!」

「君よりは強いって言ったんだよっ!」

ムカムカムカムカ。

彼女の名前を惣流・アスカ・ラングレー。少年少女エヴァ選手権で優勝したこのクラブ
のエースである彼女は、やや短気なところもあり、額に青筋を浮かべて目を吊り上げる。

「アンタの無力さを教えてあげるわっ! 入ってらっしゃいよっ!」

「いいよっ!」

アスカに導かれ、エヴァクラブのグラウンドに入って行く。少女は早速コーチらしき人
と話を始め、模擬戦の準備を始めた。

コロシアムの中だもん。
闘ってもいいよねっ! 父さんっ!

通常のスポーツは、男子と女子は区別されることが多いが、エヴァのにおいてはプラグ
スーツにシンクロすることにより、筋力の差などがなくなる為、男女の区別はない。

ここがコロシアムかっ!

小学生用の小さい物とはいえ、初めてその場に立ち、また初めて本物のプラグスーツと
装甲を身に付ける。

凄いやっ!
これがプラグスーツなんだっ!

顔を上げると、装甲をつけた真っ赤なプラグスーツに身を包んだ少女がこちらを青い瞳
で睨み付けている。

「アスカちゃん? あの子シンクロするの初めてみたいよ? 手加減してあげてね。」

「いいのよっ! このアタシに喧嘩売ったらどーなるか、思い知らせてやるわっ!」

「でも、アスカちゃん、チャンピオンなんだし・・・。」

「フンっ! アタシはいつも全力勝負なのよっ!」

回りの女の子達が必死でアスカを宥めようとしているが、聞く耳を持たず着々と準備を
進めるアスカ。その間、シンジはどうすればいいのかわからずモタモタしながら、プラ
グスーツを着させて貰い、シンクロの仕方や試合の方法などの説明を聞いていた。

通常、壁に当たると負けとなるエヴァファイトだが、小中学生のルールは危険を避ける
為、コロシアムの内枠に引いてある円陣から出た時点で負けという特別ルールがあり、
また、ダウンは3回したら負けとなるということだ。

「じゃ、いいね。あそこに青い光が点灯したら、試合開始だよ。」

「はい。」

「じゃ、試合始めるよっ。」

このクラブの子供達が利用している練習用のプラグスーツを身に付けたシンジと、真っ
赤な自分専用のプラグスーツを纏ったアスカが中央に寄り対峙する。

レッドシグナル。

イエローシグナル。

グリーン点灯!

ズガンッ! ズガンっ! ズガーーンっ!

試合が始まったと思った瞬間、目にも止まらぬ速さでアスカのソードの猛攻撃。

シンジは、ものの3秒で地面とキスをしダウン。

「なーにっ? もうおしまいっ? あっけないのねっ。」

「くっ、くそっ!!!」

なんとか起き上がり、ソードを振り上げ突進するがさらりとかわされてしまう。

体勢が崩れたところを背後から、背中を思いっきり蹴り上げられる。

ガンっ!

「ぐはっ!!」

「ほらほらほらぁ。もう、ギブアップぅっ!?」

「ちくしょーっ!!!」

背中の激痛に堪えながら、ソードをを振り上げたが、瞬きする間もなく赤い光が飛び込
んで来た。

ズガンっ! ズガンっ! ズガンっ!

アスカの剣に、シンジの剣が弾き飛ぶ。

「ぐはっ!!!!」

腹部に襲い掛かるアスカの膝。

「がふっ! げふっ!!!」

前のめりに倒れるシンジ。

「あらぁ。逃げることもできないのぉ? 駄目ねぇ。」

片足の膝を、蹴り上げたままの状態で止め、ニヤリと笑って倒れるシンジをアスカが見
下す。

「げほっ! げほっ! げほっ!」

ゲロを吐きながら、シンジが必死でお腹を押さえて立ち上がってくる。

「まだやんの? 案外しつこい子っ! ねぇ!!!!!」

ズガンっ! ズガンっ! ズガンっ!

武器を失ったシンジに、アスカが最後のトドメをさしにくる。

ソードの連打。

肩から腰まで、倒れる間もなく何発も打ちのめされる。

ぐらつく足。

ガッ!

左足を前に出し、倒れることを防ぐシンジだが、もうフラフラである。

「けっこう、頑張ったじゃん。もうおしまい?」

「ゲホッ! ゲホッ!」

ぼく諦めないよっ!
父さんっ。

「ゲホッ! ゲホッ!」

ゲホゲホむせ返りながら、フラフラと立ち上がりアスカにまた掛かって行く。

「アンタねぇ・・・。」

アスカの回し蹴が、また腹部に決まる。

くの字の折れ曲がるシンジの体。

そこに、更にソードが背中を襲う。

「ガハッ!!!!」

倒れたら負ける。

気力で左足を前に出し、踏みとどまる。

「ちくしょーーーっ!!!」

気力を振り絞ってアスカに向かう。

「アンタっ! いいかげんにしてよっ! このバカっ!!!!」

渾身の力を込めてアスカに突進するが、その顔面をソードが捉える。

ぶっ!!!

鼻血を出すシンジ。

口から血がにじみ出る。

それでも倒れず、フラフラとアスカににじり寄る。

「なんなのよっ! アンタはーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

猛ダッシュを掛けるアスカ。

彼女のトゥキックがシンジを襲う。

「倒れろっ! 倒れろっ! 倒れろーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

胸から顔まで何発も蹴り上げられる。

「倒れなさいってのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

間髪入れず、腹へ、腰へ、背中へ、ソードの連打。

「起き上がってくるなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

あまりのラッシュに、シンジは気を失い地面に倒れこんだ。

「はぁはぁはぁはぁはぁ・・・。」

そんなシンジを見下ろすアスカ。

シンジは、指先1つアスカに触れることができず、反吐を吐き散らして敗北した。

「アスカちゃん。ちょっと、やりすぎよ。」
「そうよ。なにもここまで。」

一緒に練習している女の子達が、顔を青くして近寄ってくる。

「コイツがギブアップしないからよっ! ハンッ! 弱い癖にっ! はぁはぁはぁっ!」

息を切らすアスカの側に近づいて来たコーチは、シンジの手当てを子供達にいいつけ、
アスカの肩をポンと叩く。

「どうだった?」

「ハンっ! てんで、相手になんないわっ!」

「そうか?」

「1発も攻撃できないでやんのっ。」

「そうだな。だが、惣流相手に3分以上戦った子を始めて見たぞ。」

「フンっ! しつこいだけよっ!」

「惣流? 1度も焦らなかったか?」

「・・・・・・。」

「次の小学生大会が楽しみだな。うははははは。」

「・・・・・・。」

笑いながら去って行くコーチと医務室へ運ばれるシンジという少年の間に立ち、アスカ
はギリリと奥歯を噛み締めた。

「大会なんかに出てきたら、今度こそ1分以内で叩きのめしてやるわっ!」

アスカは医務室へ運ばれて行くシンジをキッと睨み付けるのだった。

<シンジの家>

その日いつもより遅くなって帰宅したシンジを見たユイは、びっくりして目を見開き、
内職道具をほおり投げ玄関へ走り出て来た。

「シンジっ! どうしたのっ! シンジっ!!」

顔はあちこちが腫れ、手も足も痣だらけのシンジ。だが、瞳を輝かせ笑顔で母親を見上
げる。

「ぼくっ! コロシアムで戦ったよっ。」

「えっ?」

「エヴァクラブってのがあってねっ! そこで闘わせて貰ったんだ。」

「シンジ?」

「同じ小学生でも、強い子がいっぱいいるんだっ。
  ぼく、もっと練習するよっ!」

「ごめんなさいね。クラブに通わせてあげれればいいんだけど・・・。」

「違うよっ。そんなこといいんだ。
  ぼく、明日から新聞配達するよっ。」

「どうして? シンジに働いて貰わなくても、母さん・・・。」

「ううん。エヴァの小学生大会が7月にあるんだってっ!
  それに出るお金、自分で稼ぎたいんだっ!」

「シンジ・・・。」

「ぼくっ! もっともっと練習してっ!
  どうしても戦ってみたい子がいるんだっ!!!」

こんなに瞳を輝かせたシンジをユイが見たのは、ゲンドウの死後初めてのことだった。




この日が碇シンジにとっての、本当の意味でのスタートとなったのかもしれない。

父の背中を追い掛けていた幼かった日々に別れを告げ、新たな目標に向かって走り始め
た日。

惣流・アスカ・ラングレーという、生まれて初めてのライバルであり、運命的な出会い
となった少女に向かって。

シンジは、光輝く太陽に向かって、その一歩を踏み出した。

To Be Continued.
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