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エヴァリンピック
Episode 02 -小学生大会-
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<第3新東京市>

まだ夜が明け切らぬ薄暗い道、朝霧の中を肩から新聞を下げた小学生が、必要以上に速
いペースで駆け抜ける。

「はっ! はっ! はっ!」

息を切らしながら、ユイに紹介して貰った新聞社の新聞を、地図を確認しながら配って
行く。

「はっ! はっ! はっ!」

眩い朝日の光がこの街を照らす。今日もシンジの前に広がる世界が、明るく光り始めた。

今日も天気だね。
頑張らなくちゃっ!

残り僅かになった新聞を肩から下げ、マンションの階段を登る。

いっちにっ!
いっちにっ!
太腿を上げるんだっ!

父が教えてくれた走り方。トレーニングの仕方。ずっとそれを守り続け、太腿を上げ階
段を高く高く駆け上がって行く。

「はっ! はっ! はっ!」

1件1件、契約している家のポストに新聞を入れながらマンションの廊下を走り、この
階の最後の家へ差し掛かった。

他と同じように、その家のポストに新聞を投げ入れようとした時、ゆっくりと扉が開く。

「あっ! おはようございますっ! 新聞です・・・・あ、あっれーーー?」

「あーーーっ! アンタっ! こんなとこで何してんのよっ!」

「ここ、君の家? ぼく、新聞配達してるんだけど・・・。」

扉を開けて出て来たのは、あの赤い髪の女の子。トレーニングスーツを来た、アスカだ
った。

足を止めないようにトントントンと足踏みをしながら、シンジは驚いた目をくりくりと
丸くする。

「なんでアンタが、うちに新聞持ってくんのよっ!」

「エヴァの小学生大会に出るんだっ! 参加するのにお金いるから。」

「アンタばかーーっ!? マジで出るつもりーー?」

「うんっ! 凄く楽しみなんだっ! ぼくっ!」

「ハンっ。アンタなんか、出るだけ無駄よっ。やめときなさいよねっ!」

「そんなことないよっ。次は君に勝つよ。」

「ぬ、ぬわんですってーーーーーーっ!!!!!」

「まだ新聞配らなくちゃいけないからっ。じゃっ!」

思いっきり目と眉を吊り上げ、睨みつけて来るアスカに笑顔で手を振りながら、シンジ
は残りの新聞を配りに走り出す。

「大会になんか、出て来てご覧なさいっ! ぜーーったいっ、1分以内で叩きのめして
  やるわっ!!!」

誰もいなくなった廊下。残されたアスカは、怒も露に朝早くから大声で叫ぶのだった。

<学校>

4年生になった今も、シンジの机はみんなから少し離れた所に孤独に佇む。その席に鞄
を駆け、1時間目の体育の準備をしていると先生が入って来た。

「今日はフォークダンスをしましょう。運動場に出たら、背の順で並んでおくように。」

子供達に指示を出して先生が教室から出て行くと、すぐに1人の女の子が嫌そうな不満
の声を上げた。

「なんで背の順なのよー。やだなぁ。」
「三宅さん、可愛そう。」
「早く、背が高くなりたいなぁ。いーっつも碇の横なんだもん。」

この三宅という少女は、シンジと同じ背の順で前から5番目。それが故、なにかという
とペアを組まされることが多い。

「ちょっとぉ。碇ーっ!」

教室の隅で着替えるシンジに、1人の背の高い女の子が罵るように怒鳴りつけてくる。

「今日、体育休みなさいよっ。」

「勝手に休んだら、先生に怒られるよ。」

「お腹痛いって言えばいいでしょ。」

「お腹痛くないよ?」

「まったく。三宅さんの気持ちも考えてあげてよ。あなたなんかと一緒にフォークダン
  スしたら笑い者でしょ? 可愛そうだと思わないのっ!?」

「ごめん・・・。」

「そう思うんなら、休みなさいよ。」

「そうだ。そうだ。碇と手繋いだら、貧乏菌がうつっちまうぜっ。」
「貧乏菌だっ。貧乏菌ーーーっ。」
「「「びーんぼーきんっ! びーんぼーきんっ! びーんぼーきんっ!」」」

いつの間にか、女子も男子も混ざり手拍子しながらシンジの回りを取り囲んでくる。そ
れでも無視して着替えようとすると、4年生にしては背の高い諸星という男の子が、体
操服をひょいと取り上げた。

「あっ! 帰してよっ!」

「なんだこれっ? 体操服になんか縫ってあるぞ?」
「ほんとだっ。きったねーーーっ。」

シンジの体操服は、近所の人から貰ったお下がりの更にお下がりである為、布が薄くな
っており、裏から四角い布を縫い付け補強してある。

「お願いだよっ。帰してよっ。」

「ほらよっ。返してやるよっ。」

片手に高々と体操服を持ち上げてた諸星が、シンジの前にそれをぶらりと垂らした。シ
ンジは手を伸ばし、取り返そうとするが。

「うっそだよーーっ。」

「あっ!」

ビリッ。

シンジが服の端を持つと同時に、ひょいとそれを持ち上げる諸星。両端を引っ張られた
体操服は、布が既に弱くなっていたこともあり大きく裂けてしまった。

「破けてやんのっ。」
「わはははは。」
「行こうぜ。行こうぜっ。」

「三宅さん、良かったわねっ。」
「これで、碇の奴しばらく体育できないわっ。」
「あの子と同じボールに触るの嫌だったのよねー。汚そうだし。」

口々にそんなことを言い、笑いながら子供達が教室から出て行った後、シンジは破れた
体操服を両手で拾い上げる。

どうしよう・・・母さん忙しいのに。
自分で縫えるよな。これくらい。
うんっ! 今日、帰ったらやってみよう。

破れてしまった物を、今ウジウジと考えても仕方ない。シンジはズボンだけ体操服に着
替えると、上の服はそのままで運動場へ出て行った。

「碇くん? 体操服はどうしたの?」

先生がシンジと見つけると、上だけ私服という奇妙な格好の為、声を掛けて来る。

「忘れました。」

「忘れ物は駄目でしょ。次からちゃんと持って来ないと駄目ですよっ!」

「はい。ごめんなさい。」

「今日は、その格好でいいから。背の順で並びなさい。」

背の順で並ぶ位置へ入った所を、ジロリと隣に並ぶ三宅という女の子が睨んで来た。

「どうして休まなかったのよっ!」

「だって、お腹痛くなかったから。」

「はぁー。もうっ! 最低なヤツっ!」

三宅が、おもむろに嫌そうな顔をしていると、今度は周りにいた男の子達が、ヒソヒソ
と噂をし始めた。

「碇っ? おめー、三宅のことが好きなんじゃないのか?」
「だから、フォークダンス踊りたいんだよなっ!」

「もうっ! やめてよっ!」

からかい出す男子を前に、シンジも嫌な顔をしたが、真っ先に声を出したのは三宅だっ
た。

「おいっ! 碇っ。正直に言ってみろよ。」
「好きなんだろっ。」

「なんでそんなこと言うのよーーーーっ!」

とうとう泣き出してしまう三宅。隣に並んでいた女の子が泣いてしまったので、シンジ
がおろおろしていると、先生が列の中に入って来る。

「どうしたの? 三宅さん?」

「はーいっ! 先生っ!」

シンジの後にいた男の子が、手を上げて大声を出す。

「碇くんが、三宅さんの足を蹴ったんでーすっ!」

「碇くん? そんなことしたの?」

「し、してませんっ! ぼくっ、そんなこと。」

「嘘つけっ! 俺見たぜっ。」
「わたしもっ! 碇くんが、三宅さん蹴ってましたっ!」

「してないよっ!」

必死で否定するシンジだが、先生は先に泣いている三宅に近づき、腰を屈めて事情を聞
き始める。

「どうなの? 三宅さん。」

「本当です。碇くんが蹴りました。」

「そ、そんなっ!!!」

謂れの無い罪である。必死で弁解しようとするが、周りの子供達も泣いている三宅も、
みんながみんなシンジが蹴ったと言い張り信用して貰えない。

「碇くんっ! 女の子にそんなことしちゃ駄目でしょっ!」

「だからっ! ぼく、してませんっ!」

「嘘をつくのは、卑怯者のすることよっ!」

「!!!」

ひ、卑怯者っ?
父さんが1番嫌ってる卑怯者・・・。

「ぼくは、卑怯者じゃないですっ!!!」

「嘘をつくのは、卑怯物よっ。罰として、今日は見学してなさいっ。」

ちくしょーっ!
なんでだよっ!
なんで、ぼくが卑怯者なんだよっ!

もうこんな所から逃げ出したいと思うシンジだったが、拳を握り締め我慢し運動場の端
へ独り向かう。

逃げるもんかっ! 逃げちゃいけないんだっ!
逃げるのは、卑怯者のすることだっ!
ぼくは卑怯者じゃないっ!
そうだよねっ! 父さんっ!!!

その時間、シンジは鉄棒の後で三角座りをし、楽しそうにフォークダンスを踊るクラス
のみんなを見学するのだった。

学校も終わり、今日も友達のいないシンジは1人ぼっちで鞄を背負い学校を出て行く。
周りには、仲の良い友達と一緒に帰って行く子供達。

「プラモ買ったんだ。見に来いよ。」
「ほんとかよ。今度は何買ったんだ?」
「いいから、来いよ。変形するんだっ。」

「ねぇ。ビデオ借りたのよ。見に来ない?」
「うん。行くっ! みんなで行きましょ。」

ゲンドウが生きている頃は、父が友達の代わりもしてくれた。だが、今は本当に1人ぼ
っち。友達が欲しいと思うこともあるが、なかなかシンジにはできなかった。

友達か・・・。
父さんには、母さんと冬月さんがいた。
父さん、言ってたよね。
沢山の友達がいるより、本当の友達が1人いる方がいいって。
ぼくにもそんな友達できるといいな。

1人でいいから親友が欲しいと願い、学校をランニングして帰って行く。この子供の時
代を懐かしく思い返す頃、いったいシンジはどのような人生を歩んでいるのだろうか。

それはまだ、光り輝く父の夢の向こうにある世界。小学生のシンジには無限の可能性の
先にある世界だった。

<第3新東京市>

放課後、学校の近くのゲームセンターで、シンジと同じクラスの2人の男の子がゲーム
をしていた。1人は今日シンジの体操服を破いた諸星。もう1人は、身長は平均的な男
の子で面堂と言う。

「おいっ。諸星っ。新しいのが入ってるぞっ。」

「ほんとだっ! 次、やろうぜっ。」

「俺、小遣い貰ったとこなんだっ。今日は、いっぱいできるよっ。」

2人は両替した50円玉をいくつか握り締め、新しく入ったゲーム機の人だかりに混じ
る。

「よぉ。お前ら。久し振りだなっ。」

「あっ。」
「う・・・。」

自分の番を待っていると、人だかりの中にいたひときわ背の高い男の子が、声を掛けて
来た。

「どうする?」
「行こうよ。」

顔を見合わせる諸星と面堂。声を掛けて来た男の子は、彼らの学校ではやんちゃで有名
な6年生で音無と言い、これまで何度も2人はカツアゲされている。

「何処行くんだ。おめーら。」

「ちょっと今日、用事が・・・。」

「いいから、ちょっと金貸せよ。」

「お金持ってないし・・・。」

50円玉をポケットに隠し、なんとか逃げようとする諸星だが、そうはさせじと音無が
2人の腕を捻り上げる。6年生と4年生では、ただでさえ体格が違うというのに、相手
同年代の子よりも体が大きく力があり、2人掛かりでも対抗できない。

「ちょっと借りるだけだろがっ。出さねーと、ぶっ殺すぞっ!」

「どうする?」
「仕方ないよ・・・。」

結局、2人は小遣いをみんな巻き上げられ、ゲームセンターから泣く泣く出て行くこと
になった。ゲームセンターに入ったことが、親や学校の先生にばれると、それこそ怒ら
れる為、カツアゲされてもいつも泣き寝入りするしかなかった。




夕刊の配達をしながら、シンジは街を走っていた。破れた体操服もわりと上手く縫うこ
とができたので、後は大会に向けて練習だ。

どうしてだろう。
なんで、ぼくの攻撃は届かなかったんだろう?

ここ数日、あの日以来、アスカとの闘いを思い返してはそのことを考えている。あの時、
アスカの攻撃は面白いように当たるのに、自分の攻撃は掠りもしなかった。それがどう
してなのか、ずっと考え続けているがわからない。

何がいけないんだろう?
どうやったら、勝てるんだろう?
まだ、力が弱いのかなぁ。

背の高さも同じくらい。手の長さも足の長さもさほど変わらない。なのに、アスカの攻
撃だけが当たる。

せっかく、闘ったんだ。
よく思い出すんだ。
あの子のことを・・・。

あの時、殴られ腫らした目で見た風景。アスカの動き。その1つ1つを、記憶の糸をた
ぐりよせ、一生懸命思い出しながら、新聞を配り街を走る。

「あら。かわいい新聞屋さんねぇ。ご苦労様。」

「はいっ! また明日も来ますっ! おばさんっ!」

「気をつけてね。」

新聞を配りに行った家のおばさんが声を掛けてくれる。小学生の新聞配達が珍しくもあ
り、可愛くも見えるのだろう。

おかしい・・・。
なんでだよっ。

何度思い返しても、自分のソードは届いていない。それなのに、アスカのソードは、確
実にヒットしてくる。長さが違うんじゃないかと、疑いたくなる。

やっぱり、力が弱いから。
だよなぁ・・・そうなのかなぁ?

もしゲンドウがいれば、一言でシンジが悩んでいることを教えてくれただろう。だが、
今のシンジには相談できる相手が誰1人としていなかった。たとえそれが、基本的な簡
単な悩みでも、その全てを自分で考え答えを見つけ出すとなると難しい。

父さんの教えてくれた通り練習してるのに。
毎日、走ってる。
素振りの練習もしてる。なのに・・・。

全ての夕刊を配り終えたシンジは、土手から河原へと降り、キラキラ夕日を照り返す流
れる川を見て考える。

あの子とぼく。
何が違うんだろう?

その時ふいに頭に何かが当った。そのあまりの痛みに、何事かと頭を押さえながら振り
返ると、同じクラスの諸星と面堂がこっちを向いてニヤニヤしている。

「そんなとこで何してんだっ! このビンボーがっ!」
「おめーはいいよなっ! なーんも取られるもんねーもんなっ!」

シンジには、訳のわからないことを言いながら、次々と石を投げてくる。シンジは、両
手で頭を押さえて後へ後へ下がって行く。

くそっ!
ぼくがなんで、逃げなきゃいけないんだっ!

悪いこともしていないのに、石を投げられ頭を抱え逃げなければいけないことに腹が立
つ。

「やめてよっ! 痛いじゃないかっ!」

先程、6年生の音無に小遣いをカツアゲされたことを逆恨みし、目につく石を次から次
へ投げてくる。

「石投げてんだっ! いてーの当たり前だぜっ! わははははっ!」
「おーっ! どんどん当たるじゃねーかっ!」
「逃げることもできねーのかぁ? このビンボーがっ!」

ぼくは、悪くないんだっ!
逃げたら負けだっ! 卑怯者だっ!

え?

ふとシンジの頭に先日コロシアムで闘った時、アスカが言ったセリフが急に浮かんでくる。

「あらぁ。逃げることもできないのぉ?」

逃げること。
逃げる・・・。

ただ自分が弱いからそんなことを言われたのだろうと、ほとんど気にも止めていなかっ
た彼女の一言。

逃げる・・・。
そうだっ! 逃げるんだっ!

次々と飛んでくる石を前に、シンジは目を見開きその動きを睨み付ける。

逃げるんだっ!
そうだっ! 闘いは相手がいるんだっ。
素振りだけじゃ駄目だったんだっ!

状態を逸らしたり、横へ動いたりして、シンジは逃げる。目を見開き、何処に石が飛ん
でくるかをしっかり見定め、逃げる。

逃げることは弱虫なんかじゃないんだ。
あの子は、ぼくの攻撃からうまく逃げてたっ!
だから、当たらなかったんだっ!

次から次へ飛んでくる石が、顔や体に当るが、なんとかその全てを避けようと体を動か
す。

まだシンジには漠然としかわかっていなかった。だがこれが、いずれゲンドウが徹底的
に教え込もうとしていた、ディフェンスの重要性に気付いた瞬間だった。

「もっとっ! もっと石を投げてよっ!」

どんどん2人の男の子との距離を詰め、元気に手を上げて声を張り上げるシンジを前に、
諸星と面堂は顔を見合わせた。

「もっと、速くっ。石投げてよっ!」

そうだっ!
攻撃するだけじゃ駄目だっ!
逃げる練習をしなきゃっ!

おかしなことを言うシンジを相手にするのが気味悪くなり、諸星と面堂はいろいろ悪口
を残し去って行ってしまった。

「あっ! そうだっ、新聞・・・。」

2人がいなくなり我に返ったシンジは、全て配り終わったとはいえ、新聞配達の途中だ
ったことを思い出し、新聞屋へ帰って行くのだった。

<寺>

次の日からシンジは、寺の大きな木にたくさんの紐を吊るし、その先に石をくくりつけ
て、木刀でそれを次から次へと叩き始めた。

叩いた石は次々とシンジに襲い掛かってくる。それを避けたり、または叩き返したりす
ることにより、石を対戦相手の代わりにしてトレーニングを始めた。

もっと石の動きをよくみなきゃっ!
体に当っちゃ駄目だっ!

あまりにも多くの石を吊るしたので、その全てを避けるのは至難の技だった。飛んでく
る石を体のあちこちにぶつけ血を流しながら、全ての石をよけることができるようにな
るまで毎日毎日練習を繰り返した。

<シンジの家>

今日はちょっとしたイベントがあった。シンジはできるだけ急ぎ夕刊の配達を終えると、
ランニングもそこそこに家へ帰って来る。

シンジは帰って来ると、早速テレビを付けた。

『さぁ、今年8月に開かれるエヴァリンピック出場権を掛けた闘いですねぇ。
  加持リョウジが有利と言われてますが、いかがでしょうか?』
『しかし、対戦者にはなにやら秘密兵器があると聞きます。油断はできませんよっ!』
『おっとっ! レッドシグナルが点灯し、両者が入場してきますっ!』

テレビ画面の向こうに、あの時ゲンドウと闘った加持の姿が映し出される。その登場の
仕方はいかにもチャンピオン。威風堂々という言葉が相応しい。

あの人だ・・・。
父さんが闘った、あの人だっ!

試合前だというのに、余裕の笑みを見せ手を上げて観客にパフォーマンスをする加持。
それに続き、挑戦者が入場して来る。

『いよいよ始まりますっ! 両者がコロシアムに並び、ソードを合わせますっ!』
『加持には、余裕がありますね。』
『チャンピオンの風格ですねぇ。おっと、イエローが灯ったっ!
  グリーンっ! 試合開始っ!!!』

よく見ておくんだ。
あの人の闘い方を・・・。
ぼくは、大きくなったらあの人と闘うんだっ!

ゲンドウとの闘いの時は、父を応援するがあまり、冷静に加持を見ることなどできなか
った。また、1度もコロシアムで闘ったことのなかったシンジには、見るべき点がわか
っていなかった。だが今は違う。加持の動き1つ1つ見逃さないように、瞬きすること
も惜しんで食い入るように見る。

「シンジ? ご飯ができましたよ。」

「ちょっと待って。お願い。」

「そうね。よく見ておきなさい。」

「うんっ。」

その試合は一方的な加持の優勢勝ちで決まった。この年の8月、加持はエヴァリンピッ
クで世界チャンピオンの栄光を手にいれることになるが、それは小学生大会が終わった
後の話である。

強い・・・。
想像以上だっ。

試合があまりにも早く終わった為、解説者が今回の闘いのリプレイを見ながら解説を始
める。

『ここですねっ? 光ったのは。』
『ええ。挑戦者の秘密兵器とは、これですね。』
『ATフィールドですか。』

ATフィールド。プラグスーツにシンクロして闘うエヴァの闘いであるが、その副産物
として赤いバリアのようなものを生み出すことができることがわかっている。

『秘密兵器というから、何かと思っていましたが・・・。』
『ATフィールドを試合に使うというのは、奇抜ですが。ちょっと無理がありましたね。』

しかし、ATフィールドを発生させるには極度の精神集中が必要であるにも関わらず、
バリアとして有効なのは、ほんの一瞬。とても実戦で実用できるものではなかった。

「母さんっ! 母さんっ! ATフィールドって何?」

「うーん。母さんもよく知らないけど、そういうこともできるって父さんが昔言ってら
  したわ。でも、闘いには使えないって。」

「ふーん。そうなんだ・・・。」

父さんが使えないって言うんだから、駄目なんだな。
それより・・・加持さん。
なんて強いんだ。

金のベルトと金のトロフィーを持ち、記者団にもみくちゃにされながら手を高々とあげ
る加持の映像を目に焼き付けるシンジであった。

<寺>

数日が経った。

今日も朝刊の配達が終わり、石を相手に朝の練習をシンジがしていると、久しぶりに聞
く声が耳に入って来た。

「あーら、アンタ。またこんなとこで練習してんの。バッカねぇ。」

「お寺の冬月さんに、ここを使わせて貰ってるんだ。」

「なーに? 木にいろいろぶら下げてぇ? 七夕もクリスマスもマダよっ。」

「違うよ。この石を叩いて練習してるんだ。」

「相変わらず、無駄なことしてんのねぇ。」

「結構難しいんだよ? でも、だいぶ上手くなってきたんだ。」

「上手くって・・・ったく、ちょっと貸してごらんなさいよっ。」

「いいよ。君もやってみる? いい練習になるんだ。」

シンジはニコニコして木刀を渡す。それを受け取ったアスカは、木の下に立つと一気に
ぶら下がっている石を木刀で次々と打ち上げる。

弧を描き降り注いでくる石の群。

スカンっ! スカンっ! スカンっ!

その姿を見たシンジは目を疑った。

見事にほとんどを打ち返しているではないか。

更に、打ち返さなかった石がアスカを狙うが、見事に全てギリギリでかわしている。

1つたりとも、アスカの体には掠りもしない。

「す、すごい・・・。」

「はぁ〜。どーおっ!? こーんな練習じゃ、無駄ってのがわかったでしょっ!
  こーんなの、赤ちゃんでも、できるわよ。バッカじゃないのーっ!?」

「・・・・・・。」

カランと木刀を地面に投げると、シンジをビシっと指差すアスカ。

「わかったら、大会なんか出るの諦めなさいよねっ!!!」

それだけ言い残し、アスカは走って寺から去って行った。残されたシンジは、地面に投
げられた木刀を拾い上げ、階段を駆け下りて行く彼女の後姿を見送る。

やっぱり、あの子は凄い・・・。

駄目だっ!
こんな練習じゃ、あの子に勝てない。
でも・・・どうしたらいいんだ。

ようやく、石を相手に練習するという一筋の光明を見出したと思ったシンジだったが、
また闇の中へ落ちて行く気分になる。

その日から学校へ行っても、新聞配達をしている時でも、どうしたらいいのか考える日々
が続いた。

まずは、木にぶら下げる石の量を増やすことにしてみた。

毎日毎日、石の量を増やして行く。

だが・・・思った程効果が出ている感じはせず、大会の日が近づくに連れて、焦りばか
りが増して行った。

<第3新東京市>

夕暮れ時、今日もシンジは配達を終え、新聞屋へ戻って来ていた。

「ごくろうだったな。シンジくん。いつも早いねぇ。」

「はいっ。走ってるからっ。」

「よー。坊主。なんで、自転車使わねーんだ? たくさん配った方が給料いっぱい貰え
  るぞ?」

おやじさんと話をしていると、自転車で新聞を配り終えた高校生のお兄さんが帰って来
て、シンジの頭をわしゃわしゃと撫でてくる。

「いいんです。走りたいんですっ。」

「そうかぁ? 俺はクラブ活動だけで、走るのはいいけどな。」

「陸上部なんですよねっ! 格好いいなぁ?」

「そんないいもんじゃないさ。」

クラブ活動かぁ。
中学生になったら、学校にエヴァのクラブがあるんだよな。
早く、中学生になりたいなぁ。

無論学校のクラブは、習い事ではないのでお金はいらない。シンジは中学生になるのを
今から楽しみにしている。

「ぼく、そろそろ帰るねっ! 母さんが心配するからっ。」

「あぁ、気をつけてな。」

おやじさんに手を振り、もう暗くなった道を家へ向かって走って帰る。この辺りは、ま
だ街灯があるが、シンジの家の周りは旧町の為、夜になると真っ暗になる。

「はっ! はっ! はっ!」

ランニングをして家へ帰り始めると、すぐに汗が滲み出てくる。

そろそろ暑くなってきたなぁ。
大会までもうすぐだっ!
頑張らなくちゃっ!

蒸し暑く、暗い夜道を走る。だんだん道が暗くなり、視界が悪くなってくる。

「わっ!!!!!」

不意にシンジの目の前に、何かが飛んで来た。

パチンっ!

鼻っ柱に勢い良く当ったのは、暗闇を飛んで来たカナブン。シンジに当り、地面に落ち
てひっくり返り足をばたつかせている。

「いたたたたたた。気をつけなくちゃ駄目じゃないか。」

足元でひっくり返っているカナブンを指で掴み、月の出ていない空へ向かって投げ放つ
と、何処へともなっく飛んで行った。

びっくりしたなぁ。
急に出て来るんだもん。
暗くて見えなかったから、避けきれないよ。

「!!」

はっとして、あたりを見渡すシンジ。夜とはなんと視界が悪いのだろう。

「そうだっ!!!!」

パッと顔を明るくしたシンジは、大急ぎで家へ帰りユイと楽しい夕食を食べた後、寺へ
と走り出したのだった。

<寺>

石がたくさんぶらさがった木。その前に木刀を持って立つ。この闇の中なら、石がぎり
ぎりに迫って来るまでわからない。

これだっ!!!
これで、避けられるようになるんだっ!

石の数を最初の頃吊るしてたくらいに戻し、木刀で一気に叩き始める。

バシバシバシバシバシっ!

暗闇の中から突然視界に現れた石が次々と襲い掛かってくる。石の数を増やすより、か
なり難しく、しっかり目を開けていなければどこから飛んでくるのかわからない。

バシバシバシバシバシっ!

最近では、ほとんどの石を避けられるようになってきたシンジだったが、さすがに夜と
なるとそう簡単には避けきれず、顔や肩に次々と石が当る。

これを全部避けるんだっ!
そうしたら、あの子に勝てるかもっ!

その日からシンジは朝の練習は筋力のトレーニングのみにし、石を相手にする練習は毎
晩ここへ来てやるようにした。

<シンジの家>

夜の練習を始めて10日程が過ぎた頃、シンジは練習には行かず、ユイの内職の手伝い
をしていた。

あんなんじゃ駄目だ。
もっと・・・。
もっとなにかしなくちゃ、あの子には勝てない・・・。

ジャンパーのボタン付けを手伝いながら、大会迄に残された時間に何をすればいいのか
考える。

石を大きくすれば・・・。
だめだ。重くなるだけだ。

最初は夜のトレーニングは効果的に思えたが、ここ数日その殆どを打ち返し、避けるこ
とができるようになってしまい、物足りなさを感じ始めていた。

「シンジ? 次、これをジャンパーに通してくれるかしら?」

「わかったっ。すぐするね。」

「後ちょっとだから、お願いするわね。」

ユイに言われたことを一生懸命やりながらも、シンジの頭の中はトレーニングのことで
一杯になっていた。

もっと早くっ!
もっと早く逃げなきゃっ!
打ち返さなきゃっ!

パチンっ!

余計なことを考えていた為か、ゴム通しからゴムが外れシンジの手に跳ね返って来てし
まう。

「いたたたたたた・・・。」

「あら、大丈夫シンジ?」

「うん。ちょっとゴムが。・・・・・・。」

!!!!

はっ!と顔をユイに向かって上げるシンジ。

「母さんっ! このゴム、余りはないのっ!?」

「ええ。たくさんあるけど? どうしたの?」

「ぼく、欲しいんだっ! いらないのでいいからっ! お願いっ!」

「いいけど。こんなのどうするの?」

「くれるんだねっ! 本当にくれるんだねっ!」

「ええ。もうこの内職も終わりだから、余ったのは全部あげるわよ。」

「ありがとーっ! 母さんっ!!!!」

大会迄、後2週間。その翌日からシンジの最後のトレーニングが始まった。

<寺>

月明かりの下、木によじ登ったシンジは、石のついた最後のゴムを枝にくくりつけ終わ
ると、ストンと地面に飛び降りた。

木を見上げると、ゴムにぶら下げられたたくさんの石が、びよんびよんとシンジの前で
跳ねている。

「よしっ!!」

木刀を握り締め、キッと目を見開く。

カンカンカンカンっ!

目の前にぶら下がる石を次から次へと叩く。

ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!

「うわっ!!!!」

跳ね返ってきた石のスピードは、紐で吊るしていた時とは比べ物にならなかった。突然
目の前に現れた石が次々とシンジを襲う。

更に、紐と違いゴムは長さが変化する為、狙いがそう簡単に定まらないばかりか、弧を
描くのではなく、ほとんど直線で跳ね返ってくる。

あちこちから血を流し、その場に倒れ込んでしまったシンジだったが、キラキラと目を
輝かせると、喜び勇んで勢い良く跳ね起きた。

すごいやっ!
これを避けれるようになったらっ!

「よしっ! いくぞっ!」

カンカンカンカンっ!

石を思いっきり叩く。

ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!

すぐさまその石の群れは、一直線にシンジに襲い掛かってくる。

倒れては起き上がり、また石を叩く。

あと2週間の間に、この石を全て避けられるようになることを目指し、その日からシン
ジは夜遅くまでトレーニングを続けるのだった。

<エヴァ小学生大会会場>

7月の太陽が照り付ける暑い日。

セミが煩く騒ぐ中、シンジはユイに付き添って貰い、エヴァファイト小学生大会関東会
場へ来ていた。

「母さんっ! 見てっ! ぼくの名前だよっ!」

対戦票を見るとトーナメント戦の形式になっており、ちゃんと自分の名前も描いてある。

「わっ! コロシアムだっ! 母さんっ! コロシアムがあるよっ!」

「頑張るのよ。シンジ。」

「うんっ! ぼく、父さんみたいに闘うんだっ!」

観客席に立っていたシンジは、1人コロシアムへ駆け寄ると身を乗り出してこれから自
分が闘う場所を見詰める。

「コロシアム、コロシアムって煩いわねぇっ! 会場なんだから、コロシアムがあって
  あったりまえでしょうがっ!」

また背後から不意に声を掛けられた。いつも怒りながらも、なにかと言うと声を掛けて
くるあの少女の声だ。

「あっ。君はっ。天気が良くなってよかったねっ!」

思った通り、その声の主はアスカだった。彼女は、やや不機嫌そうな顔で近づいて来る。

「アンタバカぁ? 天気の心配するんなら、せいぜい怪我しないように注意するのねっ!」

「えっと・・・。あっ、君とは2回戦で当たるんだっ! 今度は勝つからねっ!」

「ア、ア、ア、アンタというヤツはーーーーっ!!!」

握り拳をフルフル震わせ、アスカの額に青筋を浮ぶ。

「いっつもいっつも、二言目には勝つ勝つってっ! また、痛い目に合うだけってのが、
  わっかんないわけぇぇっ!!?」

「大丈夫だよっ。今度は、絶対君に勝つんだっ! 楽しみだねっ!」

「よく言たわっ! せーぜー、1回戦でやられることを祈るのね。」

「どうしてさ? そんなこと祈らないよ?」

「フンッ! 2回戦で、アタシの前に出てきたら、1分以内に2度と立ち上がれなくし
  てやるわっ!!!」

ビシっとシンジを指差して言い放ったアスカは、いつものように不機嫌そうな顔でその
場を立ち去って行く。

「あの子とは、2回戦か。うーん、1回戦は誰だろう?」

対戦票に再び目を落として1回戦の相手を見ると。音無という6年生の男の子の名前が
書かれていた。

<コロシアム>

いよいよ1回戦が始まる。

レッドシグナルが灯る中、シンジより順番が先だったアスカがコロシアムに入ってくる。
シンジのレンタルプラグスーツとは違い、真っ赤な自分を主張するようなプラグスーツ
に身を纏っている。

『さぁ、第3新東京市の小学生大会が始まります。』
『この地区の小学生は、大阪と並びレベルが高いと言われてますから、楽しみですね。』

小学生大会は、地区の中で閉じられている。全国大会があるのは、中学生からとなり、
レベルもグンと跳ね上がる。

『第1回戦の最初のファイターは、昨年のチャンピオン、惣流・アスカ・ラングレーが
  出てますが・・・どうでしょうか?』
『去年、彼女は運良く大柄のファイターとは当たりませんでしたが、いきなり小学校6
  年生の大きな男の子です。どうでしょうねぇ。』

関東の地方テレビ局の解説者が解説する中、アスカと対戦相手の男の子はコロシアムの
中央で1度ソードを交え、それぞれのポジションについた。

イエローシグナル!

グリーン点灯!

試合開始っ!

2人の闘いをシンジは観客席から見ていた。

体重差を利用し、アスカをねじ伏せようとする対戦相手。だが、全く体格の差も、リー
チの差もアスカの前には無意味だった。

即効で、猛攻撃を仕掛けるアスカ。

「すっ、スゴイっ!!」

思わずシンジが声を漏らす。

「でいやぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

アスカの声がコロシアムに響き渡り。

流星のごとく、ソードが相手を装甲具の上から叩きのめす。

1発も打ち返すことができず、ソードとキックの連打を食らった対戦相手は、あっとい
う間にコロシアムの中に引かれたサークルから弾き出されてしまった。

『圧倒的ですっ! 惣流選手っ! またしても1分以内に勝利っ!』
『これは、本物ですねぇ。』
『ええ。全戦全勝。それも、全て1分以内とは。4年生とは思えません。』

解説が観客席に聞こえ、皆が喝采を浴びせ掛ける中、シンジも目を輝かせて拍手をして
いた。

すごいっ!
やっぱり、すごいやっ! あの子っ!

でも・・・ぼくだってっ!
こないだとは違うんだっ!
見えたんだっ! あの子のソードが見えたんだっ!!!

シンジが観客席から見るコロシアムで、勝利の手を高々と上げるアスカ。この時のアス
カをシンジは生涯忘れられないことになる。

試合が終わりアスカがコロシアムから去った後、シンジも観客席を後にする。

アスカとの闘いの前に、まずは音無との1回戦がある。

頑張るよっ!
ぼくっ! 必ず勝つからねっ!

父さんっ!!!!

初めての公式戦が目前に迫る中、シンジは父の姿を思い浮かべていた。

To Be Continued.
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