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エヴァリンピック
Episode 03 -紅き伝説-
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<コロシアム>

いよいよ次が、シンジの第1試合。控え室のベンチに座り、ユイを見上げるその顔には
ありありと緊張の色が浮かんでいる。

「母さん?」

「どうしたの?」

「父さんも、試合前はこんな気持ちだったのかな?」

「そうねぇ。母さんにはそういう所、父さんは見せない人だったわ。でも、心の中では
  今のシンジみたいな気持ちになったこともあるんじゃないかしら?」

「ううん。やっぱり、父さんはこんなにドキドキしなかったと思うよ。」

「どうして?」

「だって、父さんは強いんだもんっ。」

「それは違うんじゃないかしら? 父さんも他の人でも、試合前に緊張することはある
  と思うわ。」

「強いんだから、そんなことないよ。」

「ううん。自分に自惚れる人は、本当に強い人じゃないと思うの。あの加持さんも、さ
  っきの惣流さんも、きっと試合前に笑ったりしてないと思うわ。」

「そっか・・・。そうだよねっ。」

「みんな、そう。だから、シンジも落ち着いて・・・。」

優しい笑みを浮べ、シンジの頬を両手で挟み、ユイは息子のプレッシャーを少しでも和
らげてやろうと声を掛け続ける。

「父さんも、試合前は、こうして母さんと話をしてたの?」

「いいえ。あの人は、会場に入ってからは何も喋らない人だったの。」

「そうなんだ。父さんらしいや。」

「ただ、この控え室を出て行く時、いつも。」

「いつも?」

「いつも・・・。いつも、母さんに『また後でな』って声を掛けてくれたわ。」

ユイはゲンドウのその言葉が好きだった。試合に出て行くゲンドウが好きだった。だが
あの日だけは。あの日だけは、何も言わず黙って出て行った。あの言葉を聞かせてくれ
なかった。

「母さん? 母さん? どうしたの?」

「あぁ、ごめんなさい。さ、そろそろ試合ねっ。頑張るのよ。」

「うんっ! 一生懸命頑張ってくるよっ!」

時間である。

プラグスーツを身に纏ったシンジは、控え室を出るとコロシアムへ向かう廊下を歩く。
ベンチに座っている時は、あんなにドキドキしていたのに、いざコロシアムが近付いて
来るとそんな不安な気持ちはどこかへ吹き飛んでしまったようだ。

暗いコンクリートで覆われた廊下を抜けると、コロシアムに降り注ぐ眩い光がシンジを
包み込む。

これがコロシアムなんだ。
なんて、広いんだろう。

円形に広がるコロシアム。それを取り囲む観客席。頭上にはシグナルがレッドに光って
いる。

『小学生大会、第一回戦も中盤に差し掛かりました。
  小学6年生の音無くんと、小学4年生の初参加、碇くんの試合ですっ。』

審判が2人を中央に寄せ細かい説明をする。何もかもが始めてなので、しっかりその説
明を聞いていたシンジを、大柄な音無はジロリと見下ろす。

「では、ソードを合わせて、ポジションへ戻って下さい。」

試合前には礼儀として、1度ソードをクロスさせる。審判が離れた所で、ソードをカチ
リと合わせる2人。

「けっ! チビがっ。ぶっ殺してやるっ!」

悪態をつきながら見下してくる音無を、シンジも負けじと睨み返し、2人はそれぞれの
ポジションへ移動した。

いよいよシンジの初めての公式試合が始まろうとしている。

観客席から人々の視線が2人に集中する中、いつも音無にカツアゲされている諸星と面
堂の姿があった。

「おいっ、あれ音無のヤツだぜ。やられちまえってんだっ!」

「あぁ。けどよー、あのビンボーが相手じゃ、どーしようもねーなぁ。」

「だれか、音無の奴をこてんぱんにやっつけてくれないかなぁ。」

エヴァの大会を見に来たシンジと同じクラスの2人は、恨みの篭った目でここぞとばか
りに陰口を叩く。

また、別の観客席からも、シンジのことを見詰める2人の少女の目があった。

「あのバカっ! 勝ってアタシの前に出て来たらっ! ただじゃ済まさないわよっ!」

「そんなに心配しなくても、アスカならきっと勝てるわよ。」

「だーれがっ! 心配してるってのよっ! いいから、アンタはあのバカのデータ、ちゃ
  んと取ってっ!」

「わかってるわよ。もー、こういう面倒臭いことは、いーっつもわたしなんだからっ。」

「下調べが大事なのよっ。どんな相手でも、アタシは全力でぶつかるんだからっ!」

圧倒的な力で昨年小学生チャンピオンとなったアスカ。そして今年もチャンピオン候補。
その華麗さに目を奪われてしまいがちだが、彼女の水面下での足掻きは並大抵のもので
はない。

その1つが、このデータ収集。これには彼女の親友が協力してくれている。彼女は決し
てエヴァのファイターではなく、普段はピアノの習い事をしている。

「あっ! アスカっ! あの子、転んでるわよ?」

「つまんないとこ見なくていいから、データ取って。碇シンジも音無もよっ!」

「わかってるってばっ。」

ショートカットで茶色い目が可愛い幼馴染の女の子は、歌手になることを夢見る霧島マ
ナという少女であった。

イエローシグナルっ!

いたたたた。
転んじゃったよ。
やっぱり、緊張してるのかな。

大丈夫。大丈夫だ。
ぼくには父さんがついてるっ!

行くぞっ!

グリーン点灯!
試合開始っ!!!

試合開始と同時にソードを構え近づいてくる音無に、距離を取って相手の出方を慎重に
伺う。

慌てるな。
必ずどこかにチャンスがあるはずだ。

内円に描かれたサークルの内側をぐるぐる回って、相手の動きを見定めようとするが、
音無はぐいぐいとその間を詰め寄り、とうとうサークルぎりぎりまで追い詰めてくる。

「ちょこまか逃げんじゃねーっ! 」

ソードを両手で持ち、一撃必殺とばかりに振り下ろしてくる音無。

遅い?

アスカばかりを目標にしてきたシンジには、極端に遅く感じるそのソードを、体を逸ら
せ逃げ背後へ回り込み、また距離を取る。

「ちっ! 逃げやがったなっ!」

またシンジとの距離を詰め、攻撃を仕掛けて来るが、寸前でかわし背後に回り込む。そ
んなことが何度も繰り返された。

「てめーーーっ! 闘う気あんのかっ! 」

攻撃すれど攻撃すれど逃げ回るシンジに、いい加減音無はイライラし始め、むやみやた
らと力任せにソードをぶん回し追い詰めて来る。

そのパワーは強力だが、攻撃できそうな隙がいくつも見える。

よしっ!
いくぞっ!!!

シンジは、自分で自分を奮い立たせるがごとく、心の中で叫び一気にソードを振り上げ
る。

「やっ!!」

歯を食い縛り、音無のソードを払い上げ一気に懐へ飛び込む。

逃げてばかりいたシンジがいきなり攻撃してきた為、不意を突かれた音無はソードを払
い上げられた衝撃で、両手を左右に大きく広げ、体を開いてしまった。

「たーっ!!!」

間髪入れず自分よりふたまわり程大きい音無の胸を蹴り上げ、更に突っ込む。

バランスを失いよろける音無。

ライン際ギリギリ。

シンジの速攻。

「だーーーーーっ!!」

プラグスーツの力を借り、全力で地面を蹴る。

全体重を掛け体当たりをし、音無に突撃。

「うわぁーーーっ!!!!!!」

音無は、わけがわからないうちに、サークルの外へ2歩、3歩、と出てしまった。

試合終了。

勝者、碇シンジ。

唖然とする音無の前で、シンジの右手が高々と審判に上げられる。

「ちょ、ちょっと待てっ。」

不意を突かれた形となり負けてしまった音無が、抗議の声を上げるが無論聞き入れて貰
えない。

「汚ねーぞっ! 俺を油断させやがってっ!」

「君っ。試合は終わった。退場しなさい。」

納得ができず大声を張り上げるが、警備の人間に叱られ手を引かれてコロシアムから退
場して行く。その姿を観客席から、諸星と面堂が見ていた。

「おいっ! やったぜっ!」

「ざまーみろだっ! ビンボー、やりやがったぜっ!」

「あの野郎の悔しそうな顔、見たかよっ? 」

「なんか、久し振りにスカっとしたなっ!」

「俺もっ! 俺もっ!!!」

いつもカツアゲされていた2人は、音無の負ける姿を見て大はしゃぎしている。だが、
同じように試合を見ていたアスカは、溜息をついていた。

「なにっ? あれ?」

「どうしたの? レベル低かった?」

「っていうかさぁ。何処までが実力で、何処からがラッキーなのか、わっかんないじゃ
  ない。」

「でも、アスカなら大丈夫だって。」

「あったり前でしょっ! アイツだけは、1分でぶっ倒さないと気が済まないのよっ!」

観客席のベンチから勢い良く立ち上がったアスカは、マナの鼻っ柱にビシっと興奮しな
がら人差し指を突き立てる。

「マナっ! 行くわよっ! 二回戦っ!」

「はい。はい。」

あまり効果的な下調べにはならなかったが、ひとまず二回戦の対戦相手の試合を見たア
スカは、次の自分の試合に備える為、控え室へと戻って行く。

同じ頃、一回戦を勝ち抜いたシンジは、ユイの前で拳を握り締め、その瞳を輝かせてい
た。

「勝ったんだっ! 勝ったんだよねっ!」

「シンジの初めての勝利ね。おめでとう。どう? 気分は?」

「嬉しいよっ! すっごく嬉しいんだっ!」

「でもまだ一回戦よ。次も頑張らなくちゃね。」

「うんっ! そうなんだっ! 次、あの子となんだっ! ぼくっ! 頑張るよっ! 頑張っ
  て勝つんだっ!!!」

興奮冷めいらぬ様子で一回戦のことをユイに熱く語っていたシンジは、いよいよ二回戦
へ駒を進めることが実感できたのか対戦票を手に取る。

”惣流・アスカ・ラングレー”

あの少女の名前がそこに書かれている。

いよいよあの子だっ!
あの子と闘えるんだっ!

コロシアムでは一回戦の全カードが終わり、二回戦が始まっている。そろそろ自分の番
だ。シンジとアスカの初めての公式戦がいよいよ幕を開けようとしていた。

レッドシグナル。

シンジがコロシアムに入場すると、既にアスカは入っており、観客に向かって両手を大
きく上げパフォーマンスをしていた。

そんなアスカの目にシンジが入り、キッとこちらを睨んでくる。

「来たわねっ! バカシンジっ!!!!」

ば、ばか?
ばかシンジって・・・。

コロシアムに入るや否や、ソードをビシっと突きつけ、これである。

「いいことっ! アンタを1分以内に倒してあげるわっ!! バカシンジっ!!!!」

しかも、間髪入れず観客全てに聞こえるような声を張り上げ、1分以内KO宣言をぶち
かましているではないか。シンジは言い返すどころか、そのあまりの貫禄に圧倒される
ばかり。

『おーっとっ! 惣流選手っ! いきなり、KO宣言ですっ!』
『これまで、全て1分以内に勝ってきた惣流選手ですからねぇ。 』
『しかし、ここにきて、わざわざ宣言するとは、どういう心境なんでしょうか。』

解説が場内に流れる中、シンジとアスカはコロシアムの中央に寄り審判の指示に従って
ソードをクロスさせる。

「アタシの前に現れたことを後悔させてあげるわっ!!!」

「大丈夫だよ。ぼく、勝つからねっ!」

「ぬ、ぬわんですってーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

いきなり飛び掛ろうとするアスカを審判が取り押える。

「こらこら、反則負けになるぞ。」

「キーーーーーっ! あの、あの、あの、あの、あの、バカっ! バカっ! バカっ!
  ずぇーーーったいっ! 1分以内にぶったおしてやるーーーーーーーーーっ!!!」

もうカンカンに怒ってしまったアスカは、修羅にでもなったかと思うくらい目を吊り上
げシンジを睨みつけて来ている。今にも、その勢いのままかかってきそうな雰囲気だ。

イエローシグナル!

いよいよあの子とだっ!
あれだけ練習したんだっ!
いくぞっ!

グリーン点灯っ!

試合開始っ!

「でぇぇぇりゃーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

あまりにも速かった。グリーン点灯と同時にアスカが目の前に瞬間移動したのではない
かと思うくらい速かった。

ズガーーーーーーーンっ!!!!

ぶっとばされるシンジ。うつ伏たままの状態で地面をズリズリ滑って行き、ぎりぎりサ
ークルの中で止まる。

『碇選手っ! ダウンっ!!!』
『いつにも増して、惣流選手、速いですねぇ。』
『さぁ、碇選手立てるかぁっ?』

ペッ! ペッ! ぺっ!

装甲具の中から口の中迄、土が入って来た。シンジは、目をパチパチさせながら、とに
かくテンカウントされる前に立ち上がる。

び、びっくりした〜。
いきなりダウンしちゃったよ。

パンパンと体の土を払って立ち上がる。

痛みはない。大丈夫だっ。
よしっ!

ソードを握りなおし中央に寄る。この時、時計はまだ3秒が経過したところで止まって
いた。アスカの顔に、勝利を確信する笑みが浮ぶ。

次の一撃で決めてあげるわっ!

アスカの瞳が輝く。

試合再開。

アスカ。ソードを突く。

またもや速攻の突撃。

だが、今度は相手の動きをよく見ていたシンジがそれを避ける。

避けられた?
ウソっ!?

地面を蹴り攻撃をかけるアスカ。

ソードで殴りつける。
同時に、シンジの胸を蹴り上げる。

しかし、それすらシンジがかわす。

またっ!
これは・・・。
ヤバイっ!!!!

ここにきてそれまで余裕を見せていたアスカの顔色が初めて変わった。

負けるとは思えない。だが、1分という制限時間を自ら制限してしまっている。

猶予がないことを悟ったアスカは、圧倒的な力で速攻に次ぐ速攻で猛攻撃。

ぐっ!
な、何なんだよっ! これっ!

雨のように降り注いでくるアスカの攻撃に、シンジは逃げることもままならない状態。

あの石の訓練を生かし必死で逃げるが、3,4回に1回はアスカの攻撃が当ってくる。

クリーンヒットはないものの、押される一方。

このままじゃっ!
くそっ!

ソードを払い、キックを避け、サークルから押し出されないように位置を取ると、回し
蹴が背中に当り倒れそうになる。

ダウンしまいと、なんとか体制を整えるが、その隙をついてソードの嵐。

3発肩に食らい、よろける。

49秒経過。

後がないアスカは、カウンターのリスクを覚悟の上で、攻撃に次ぐ攻撃。体ごとシンジ
にぶち当たり、絨毯爆撃のごとき猛攻。

まずいっ!!!

アスカの突撃に焦るシンジ。このままではサークルの外へ叩き出されてしまう。

地面を蹴り、ライン際ぎりぎりに逃げる。

が、アスカは体制をくずしながらも、体当たりがよけられた不安定な状態からソードを
瞬時に逆手に持ち替え・・・。

「こんちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」

シンジの側頭部に快心の一撃を叩き込んだ。

「ぐはっ!」

試合開始から58秒。シンジにクリティカルヒット。

自分の足を捻り痛めながら、無理矢理叩き出したアスカの無理矢理の、まさに意地の一
撃。

「ぐぐぐ・・・。」

思わぬ所から強烈な一激を後頭部に食らい、コロシアムの中央でぶっ倒れるシンジ。

頭がくらくらする・・・。
立たなくちゃ。

10・・・・9・・・・8・・・・7・・・・。

立たなくちゃ!

4・・・・3・・・・。

「ぐっ!!!!」

よろける足でなんとか立ち上がる。

その姿を見たアスカは、青い瞳と口を開き唖然としていた。

「まだ闘えるか? 碇?」

「はい・・・。」

審判が意思確認をし、試合再開。

「こ、このーーーーーっ!」

1分まで後2秒。アスカの突撃。

「でりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

ソードがシンジの胸を捕らえるが、なんとか踏み止まり耐えきる。

この時点で、1分が経過。

『惣流選手は、ちょっと自惚れてたかもしれませんねぇ。』
『えぇ。下手に、KO宣言などしたから、今回は意識し過ぎて1分を超えてしまいまし
  たね。』

そんな解説が聞こえてくるコロシアムで、アスカは唇を噛み締めシンジの顔をギロリと
睨みつける。

「よくもよくもよくもーーーーーーーっ!!!」

圧倒的なアスカの攻撃が連続する。

シンジは、逃げるのが精一杯。いや、逃げることすらままならない。

ガンっ!

何発かに1度ヒットを食らうが、もうダウンできないシンジは必死で地面を蹴って踏み
止まり、またアスカと対峙する。

そんな闘いが3分以上続いた頃。

だ、駄目だ・・・。
もう足が。

逃げているとはいえ、全く攻撃を食らっていないわけでもなく、更にアスカの猛攻撃か
ら逃げるだけでも、そうとう足にダメージを追う。

やっぱり、あの子は凄いよっ。
また、指の先も触れなかったや・・・。

グラリ。

とうとう足が悲鳴を上げ、ヨロヨロとよろける。限界である。

それをアスカが見逃すはずもない。

瞬時に快心の蹴りが腹部を襲ってくる。

サークルの外へ叩き出される。

シンジ敗北。

試合時間。合計、4分3秒。

全く攻撃できない、一方的にやられた試合であった。

『碇選手。初出場で、これは凄いかもしれませんよ。』
『あの惣流選手をここまで苦しめたのは初めてですね。』
『これは、将来が楽しみですねっ!』

だが、なぜか勝ったアスカでなく、負けたシンジを誉める解説者の声が場内に響く。そ
ればかりか、観客席から盛大な拍手がシンジに向けられ湧き起こった。

「碇っ! よく頑張ったぞっ!」
「よくやったわっ! 碇くんっ!」

そんな中、アスカは拳を握り締め、奥歯を噛み締めてコロシアムに勝者として立っていた。

自力で立つこともままならなくなったシンジを、係りの者が控え室へ連れて行く。

アスカは、シンジに向けソードを突き出し大声で叫んだ。

「いいっ! 来年も出て来なさいよっ! 次こそっ! 絶対っ!
  1分以内に倒してやるっ!!!!!!」

「うん。」

疲れきった顔をしながらも、シンジがニコリと笑う。

「でも、今度はぼくが勝つよ・・・。」

係の人に連れられコロシアムから出て行きながら、シンジが最後に残した言葉に、ただ
でさえ逆立っているアスカの心が爆発し、髪を逆立てて手にしていたソードを何度も何
度も地面に叩き付けるのだった。

控え室に戻ったシンジは、ベンチに横になり氷水に浸したタオルを痛めた所に乗せ、ユ
イの顔を見上げていた。

「負けちゃったよ。母さん。」

「よく頑張ったわ。」

「くやしいね。」

「そうでしょうね。そう思うことは大事。でも、あなたには次があるわ。」

「そうだね。そうなんだ。またあの子と闘えるかと思うと、負けたのに嬉しいんだ。」

「よかったわね。シンジ。」

「うんっ! ぼくっ、頑張るよっ!」

「ほんとに、良かったわね。素敵な友達に、あなたは巡り合ったのよ。」

「友達?」

「そう、友達。大切な友達よ。」

こうして、シンジの初めての大会は二回戦で終わった。

その年の関東小学生チャンピオンは、2年連続で惣流・アスカ・ラングレー。

シンジを除き、全て1分以内で倒しての堂々たる勝利だった。

<第3新東京市郊外>

一緒に帰り道を歩くユイを見上げながら、今日の試合のことをずっとシンジは喋り続け
ていた。

「でねっ。ぼく、あの子が来るのがわかったんだ。」

「そう。」

「だからすぐに逃げたんだけどね。急に頭のこのあたりにガンって。」

「ええ。見てたわ。」

「いったいあの子、あの体勢からどうやって、あんなことできたんだろうね。
  母さん見てたっ?」

「びっくりするくらい、体を捻ってたように見えたわね。」

「へぇ。そうなんだ。へぇ、やっぱり、凄いんだ。あの子っ!!」

「そうね。あの子は、チャンピオンになったんだものね。」

「ぼく、次はチャンピオンになるよっ!」

「父さんも、見ておられるわ。頑張りなさい。」

「うんっ! 頑張るっ!」

賑やかな街から遠のき、シンジは土手の上を元気良く走り出す。

「ぼく! 頑張ってっ! 頑張ってっ! チャンピオンになるんだっ!!!」

シンジは走る。

どこまでもどこまでも。

アスカを目指し、チャンピオンを目指して。




                        ●




「アンタっ! ずぇーーーーったいっ! 来年も出てこないと許さないわよっ!
  次こそはっ! 1分で倒すんだからっ!!!!」

「駄目だよ。次は、ぼくが勝つからさ。」

あれから3年。

エヴァファイト中学生大会が終わった日。

夕日が赤々と照らす土手の上で、同じように大会に出ていたアスカが、帰り道を急ぐシ
ンジを見つけ、声を掛けて来た。

小学4年生 2011年大会。
二回戦シンジxアスカ戦。4分03秒でアスカ勝利。
関東小学生チャンピオン アスカ。

小学5年生 2012年大会。
準々決勝シンジxアスカ戦。3分51秒でアスカ勝利。
関東小学生チャンピオン アスカ。

小学6年生 2013年大会。
一回戦シンジxアスカ戦。5分02秒でアスカ勝利。
関東小学生チャンピオン アスカ。

そして今日の、中学1年生 2014年大会 準決勝。




『惣流選手ダウンっ! あの、惣流選手がダウンしておりますっ!
  その相手は、因縁ともいえる、あの碇選手っ!!』

この大会で、アスカは生まれて初めてのダウンをしていた。アスカの突撃に対し、シン
ジが逃げることなく、繰り出したソードがもろに顎にヒット。回転しながら倒れダウン。

「ち、ちくしょーーーーーーっ!!!」

まだふらつく頭を振りながら、起き上がってくるアスカを前に、シンジがソードを構え
る。

よしっ!
チャンスだっ!

試合再開と同時に、一気に攻撃を仕掛けるシンジ。

だが、攻勢に転じるとまだまだアスカにはその力は遠く及ばなかった。

試合終了。5分53秒。勝者、惣流・アスカ・ラングレー。

そして、アスカは小学生大会から通算5年連続の関東小学生チャンピオンに輝く。
また、これにより、シンジは4年連続アスカに敗北し大会を後にした。

「このアタシから、ダウンを奪うとは、いい度胸だわっ!!!」

「それより、中学生から全国大会があるんだろ? 頑張ってねっ!」

「アンタなんかに言われたかないわよっ!」

「そうだね。アスカなら、大丈夫だねっ!」

「やかましいぃっ! アンタは、来年も出てくりゃーいいのよっ!!!」

勝ちはしたものの、今年も1分以内KOの宣言をして倒せなかったばかりか、ダウンま
で奪われたシンジに、言いたい放題言い放つアスカ。その横から、中学生になりシンジ
と同じクラスになったマナがひょこひょこ出てきた。ちなみに、アスカは隣のクラス。

「ごめんねぇ。シンジくん。いっつもこんなんで。」

この4年間、アスカと戦ってきたシンジを見てきたマナが、ちろりと舌を出す。最近は、
同じクラスになったこともあり、わりと学校で喋ることも多い女の子。

「そうね。ほらぁ、アスカも行かなくちゃいけないんでしょ。急ぎましょ。」

「わーってるわよっ!」

シンジは、学校のエヴァクラブに入っているが、アスカは小学生から引き続きで、私設
の設備の良いクラブに入っている。

マナは、ピアノや歌のレッスンを受ける習い事を中学生になって本格的に始め、あまり
アスカの手伝いはできなくなったが、こういう大会になると必ず一緒に来ている。

「じゃ、シンジくん。頑張って、練習してねっ。」

「アンタっ! どっちの味方なのよっ! さっさと、いらっしゃいっ!」

「はい。はい。」

ズカズカと歩いて行くアスカに付いて、マナはニコニコしながら手を振ってシンジの前
から去って行く。

今年も負けちゃったか。
まだまだ、攻撃力が足りないのかな。

とにかく急ぎ試合の結果をクラブに報告しに行かなければならない。シンジは走って学
校へ向かう。

クラブの顧問の先生は、テニスと掛け持ちでやっているだけで、あまりエヴァファイト
に詳しいわけでもなく、部員と言っても日本人の加持が世界チャンピオンとなりエヴァ
ファイトが流行っている為やっている程度。

シンジにとっては物足りないが、設備の整った私設クラブに入るにはお金がいる為、そ
ういう所には入会できない。

よーしっ!
来年こそは、あの子に勝つんだっ!

新たな課題を自分に課したシンジは、来年の大会を目指して走る。

その中学2年生の2015年大会が、シンジの人生における大きな転機となろうとは、
この時点ではまだ彼自身、知る由もなかった。




                        ●




2015年春。

中学生エヴァファイト 全国大会が開催される日。

今年の全国大会会場は横浜。

春休みということもあり、シンジは朝早くから大急ぎで横浜のコロシアムへと向かって
いた。

「あのぉ。そこの方。すみませんが、道を教えてくれませんかのぉ。」

横浜の駅を降り会場へ続く道を歩いていると、横断歩道を渡ろうとしていたおばあさん
が、声を掛けて来た。

「はい? 何処ですか?」

「この紙に書いてあるんですけど、字が小そうて、ようわからんのじゃ。」

「えっと。ちょっと、見せて下さい。」

「これですじゃ。」

おばあさんから受け取ったその紙に書かれていた住所を見てみたが、よくわからない。

「この辺り、よくわからないんです。交番に行ったらいいと思いますけど?」

「交番は何処ですかのぉ?」

「うーん・・・。」

早くコロシアムに行かなければ、アスカの試合が始まってしまうが、このおばあさんを
ほおって行くわけにも行かない。

「じゃ、一緒に交番に行きましょう。」

「すみませんのぉ。」

「いえ。じゃ、荷物そこまでぼくが持ちます。」

あーぁ。
一回戦には間に合わないかなぁ。
ま、二回戦から見たらいいけど・・・。見たかったな。

内心焦るシンジだったが、おばあさんの荷物を持ってあげると、交番を探しながら街を
うろうろすることになってしまった。

<コロシアム>

会場に到着した時には、アスカの一回戦が始まったところだった。シンジは、急ぎ駆け
足で観客席に飛び込む。

「!!!!!」

だが。コロシアムの状況は、目を疑うものだった。

「ばかなっ!!!!」

シンジは大声を張り上げた。

『惣流選手っ! 32秒で、敗退っ!!!
  関東中学生チャンピオンの惣流・アスカ・ラングレー選手が、足を抑えて苦しんでお
  りますっ!!!』

負けた?
32秒で??
ウソだっ!!

「なんやぁぁぁっ!? 関東のチャンピオンちゅーても、こないなもんかいなぁ。
  あかんあかん。弱すぎるでぇ。」

シンジの目の前で、右足を両手で抑えコロシアムの土の上で苦しむアスカの姿。
その前で、勝利の手を高々と上げる関西弁の黒いプラグスーツを着た男子のファイター。
電光掲示板に輝くは。

”Winner 鈴原トウジ”

『これは、様子がおかしいっ! ドクターが駆け寄ってますっ!!!』
『惣流選手、危険な状態のようですっ!』

まさかっ、怪我をっ!!?
アスカっ!!!

これまで目標としてずっと追いかけてきたアスカが、目の前で苦しんでいる。シンジは
いてもたってもいられず控え室へと向かうが、関係者以外立ち入り禁止で中には入れて
貰えない。

どうなったんだっ。
アスカっ、何があったんだよっ!

あのアスカが声も出せず足を抑えて苦悶の表情を浮かべていたのだ。ただごとではない
だろう。

シンジがその不安な気持ちを現すように、控え室入り口前をうろうろしていると、タン
カに乗せられたアスカが、救急車に運ばれていく様子が見えた。

「あっ、アスカっ!」

「君っ! 近寄っちゃいかんっ!」

「でもっ!」

「下がっていなさいっ!」

警備員に押さえられ、救急車に近づくことができない。

そして。

その時。

シンジは聞いてしまった。


救急車へと向かう医師が看護婦に言っている言葉を。

シンジは聞いてしまった。




『彼女・・・2度と闘えないな。いや、歩くことも難しいかもしれん。』




真っ暗になるシンジの視界。

コロシアムを出て行く救急車。




そんなっ!
そんなっ!
そんなっ!




「アスカーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」




シンジは、その後を走って、ただがむしゃらに走って追い掛けるのだった。




To Be Continued.
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