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エヴァリンピック
Episode 04 -少年少女、夢高らかに-
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<病院>

アスカの運ばれた病院に駆けつけたシンジが見たものは、どんよりと赤く光る手術中の
ランプと、その前に設置されたいかにも病院らしいベンチシートに頭を垂れて座るマナ
の姿だった。

「霧島?」

「・・・・・・・・シンジ・・・くん?」

生きる力を無くしたような顔で俯いて座っていたのだろう。幽霊を思わせるような顔を
上げたマナだったが、シンジが視界に入るや突然涙を溢れさせ怯えた子猫のように体を
震わせて駆け寄って来る。

「シンジくんっ! アスカがっ!」

「霧島っ! 何があったのさっ! 霧島っ!」

「アスカがっ! アスカの足がっ!」

状況がわからず、両手でキャシャな肩をゆさゆさと揺すって問いただすが、マナは泣き
咽ぶばかり。

「何があったのか教えてよっ! ねぇっ! 霧島っ!」

「ひっく、アスカがっ! アスカがっ!」

とても話ができるような状態ではない。胸に顔を埋め泣くマナの体をベンチに座らせる
と、自分はその前で中腰に立つ。

「ひっく。ひっく。」

しばらくそのまま落ち着くのを待っていると、マナは手の甲で溢れ出る涙を何度も何度
も拭いながら少しづつ冷静さを取り戻し始めた。

「大丈夫?」

「ごめん・・・わたし・・・。」

「あの、何があったのか聞きたいんだけど。」

「アスカ、大丈夫だよねっ。」

「あんなにエヴァでも強かったアスカじゃないか。足の怪我にだって勝つよ。」

「そうだよね・・・。」

「あの・・・何があったのか・・・。」

「・・・あんまり覚えてないの。」

「見てなかったの?」

「ううん。見てた。いつもならデータ取りしてあげてるんだけど、あんなアスカ見たの
  初めてだったから、もうどうしていいのかわかんなくなっちゃって。」

「あんなって?」

「あの鈴原って子が足ばかり狙ってきて、気付いたらアスカが倒れてて。」

「足を?」

「ごめん、よく覚えてない。でも、そんな風に見えた。」

「・・・足を。」

手術中のランプが消えた。話をしていたマナは、慌てて立ち上がり一言も発さず祈るよ
うに両手を胸の前で組み、手術室の扉が開くのをじっと待っている。

シンジも少し後の方で、おそらくマナと同じような気持ちで待つ。

「アスカっ!!」

扉が開きアスカが運ばれて来ると同時に、マナが駆け寄った。その後から、シンジも腫
れ物に触るように静かに近付く。

「どう? 痛くない?」

「ごめんね。アンタも大事な時なのに。」

「なに言ってんのよ。」

マナと話をしながら廊下を運ばれていたアスカの視界にシンジが入り、互いの視線が一
直線に交わる。

「あの。大丈夫・・・かな?」

「アンタっ! なんでアンタがいんのよっ!」

「試合見に行ったら・・・その。」

「なによっ!? アンタ、アタシを笑いに来たわけっ!?」

「ちが・・・」

「ハンっ! どーせ、これで来年は自分が優勝できるって喜んでるんでしょっ!」

「そんなわけないじゃないか!」

「残念だったわねっ! こんな怪我すぐ治してやるわっ! アンタなんかっ!」

「ぼくはただっ!」

「見ないでよっ! あっち行ってよっ! どっか行ってよっ!」

予想外にアスカがヒステリックになったので、間に立っていたマナはあたふたしながら
シンジの所へ駆け寄る。

「ごめんっ。アスカちょっと興奮してるみたいなのっ。今日は帰って。」

「でも・・。」

こんな状態のアスカをおいて自分だけ帰るのが嫌だったシンジは、少し抵抗してみよう
とするが追い討ちを掛ける言葉が飛んでくる。

「帰れっ! アンタなんか帰れっ! どっか行ってっ!」

「あのコ。今、普通じゃないから。お願い。今日は帰って。」

「・・・・わかった。」

「ごめん。」

「また、来るから。」

最後に笑顔でそう言ったシンジだったが、背中から”2度と来るな”というアスカの声
が廊下に響き渡っていた。

<シンジの家>

家に帰り着いたシンジは、小さな仏壇の前で手を合わせ、天国にいる父に語り掛けてい
た。

ぼく・・・。
父さんが戦った試合ずっと覚えてるよ。

あの時、必死で父さんを応援してたんだ。
父さんがんばれっ! 父さん勝ってっ!って。
今さ、同じ気持ちなんだ。
あのコの足が治って欲しいんだ。

父さんの試合、ぼくは見てるだけだった。
何もできなかった。
でもあのコには何かできることがあると思うんだ。
父さん・・・ぼくどうしたらいいんだろう。

これまでもエヴァの大会前など、自分に迷いが生じた時や追い詰められた時、いつもこ
こで父に問い掛けていた。無論ゲンドウが答えるはずもないのだが、こうして語り掛け
ているうちに自分の気持ちに整理がつき落ち着いてくる。

こんな時、父ならどうするだろうか。
こんな時、父ならなんと答えてくれるだろうか。

それがシンジにとっての聖書であり、進むべき方向の道標となっていた。

そうだね。
ぼく、明日もお見舞いに行くよ。
なにもできないかもしれないけど。
なにもしないよりはいいよね。

その時、仏壇の前で目を閉じ座っていたシンジの耳に、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
誰だろうと、立ち上がり玄関まで出て行く。

「はい。どなたですか?」

「あの・・・霧島です。」

「霧島? ちょっと待って。」

急ぎ玄関の扉を開くと、そこには病院で会った時と同じ格好をしたマナが、両手をスカ
ートの前で組んで立っていた。

「さっきはごめん。あのコ取り乱しちゃって。」

「いいよ。あんな大怪我したんだから、仕方ないよ。あの・・・アスカは?」

「おばさんが来たから、邪魔しちゃ駄目かなって思って帰って来たの。」

「そっか。おばさん来たんだ・・・よかったね。あっ、お茶飲む?」

「いいの? うん。」

「じゃ、上がって。お茶入れて来るね。」

「お邪魔します。」

ちゃぶ台に座るマナの後で、1番綺麗なコップと自分のコップにお茶を入れる。よくよ
く考えると、女の子がこの家に入るのは初めてであり、お世辞にも綺麗な家ではないの
で、嫌がってないかちらちらと様子を見るが、さほどそういう感じはないようだ。

「お茶。暖かいので良かった?」

「うん。ありがとう。」

「あのさ・・・。」

マナにお茶を出し、自分もお茶を持ち対面する状態でちゃぶ台に座ったシンジは、早速
気になっていることを切り出した。

「どうなの? その・・・アスカの足。」

「あのコね、エヴァリンピックでワールドチャンプになることが夢だったの。」

「え? あ、うん。」

「わたしは歌手。あのコはチャンピオン。一緒に夢を叶えようねって小さい頃からの約
  束だったの。」

「そうなんだ。」

「わたしね。この間、アメリカのオーディションに受かったの。」

「えっ!! そうなのっ!? 凄いじゃないかっ!」

「・・・でね。今日アスカが全国大会でチャンピオンになったら、一緒にお祝いしよう
  ねって言ってたのに・・・。」

「・・・・・・。」

視線を落とすマナになんと言葉を掛けていいのか、すぐに思いつかない。更にアスカの
足がどうなったのかという問いに対する答えが返って来ないので、心配ばかりが募って
くる。

「アスカが退院したら。その時、またお祝いすれば・・・。」

なんとか言葉を探し出し声を掛けてみるが、マナは首を左右に振った。

「もう・・・歩けないかもしれないの・・・。」

静かに話し出したマナだったが、その瞳に涙が浮かび。

「アスカっ! もう歩けないかもしれないってっ!!!」

堰を切ったように大声を出した。シンジは、何も言葉が出なかった。何か言わなければ
いけないと思うが、あまりにもその衝撃が強く言葉にならなかった。

「そのこと。アスカは知らないの?」

「・・・うん。」

「お医者さんも、歩こうとする気持ちがなくなると恐いから言わない方がいいって・・・。」

「そう・・・。で、でも、ってことはまた歩けるかもしれないってことなんじゃ・・。」

「それはわからないんだけど・・・でもっ! でもっ! エヴァのファイトは一生無理だ
  ってっ!」

「・・・・・・。」

「ううん。それだけじゃない。陸上とか、サッカーとか。足を激しく使うスポーツはも
  う・・・。」

お茶の入った湯のみを割れんばかりの力で握り締め、とうとうマナは次から次へと涙を
流す。

「アスカの夢が・・・アスカの夢が・・・。わたし・・・。」

「・・・・・・。」

こんな時に言葉が1つも出てこない。なんと自分は無力なんだろうと、シンジは奥歯を
噛み締める。

「それなのに、わたしだけオーディションに受かって・・・。駄目だよね。」

「霧島?」

「わたしだけ・・・駄目だよね。わたしだけ夢を叶えちゃ駄目だよね。」

「そんなことないよっ!」

「だってっ! アスカはっ!」

「そんなこと考えちゃ駄目だよっ! おかしいよっ!」

「だって、アスカはチャンピオンになれないんだよっ!」

「だったら、霧島はアスカの分まで夢を叶えたらいいじゃないかっ!」

「わたしだけ夢を叶えるなんてできないよっ。アスカはっ! アスカは今苦しんでるん
  だよっ!」

「もし霧島が歌えなくなった時、アスカがチャンピオンの夢を捨てるって言ったら、ど
  う思うんだよっ!」

「・・・・・・それは。」

「そんなのおかしいよっ! 霧島は、夢に向って走り続けなくちゃっ! アスカの分まで
  頑張らなくちゃっ!」

「・・・・・・シンジくん。」

「ぼくの父さんは、夢を叶えられずに死んじゃったんだ。だからぼくは、父さんの分ま
  で夢を叶えるんだっ! 霧島だってっ!」

「ごめん。そうだよね。夢を捨てたりしたら、アスカのことだから口もきいてくれなく
  なるよね。」

「あのアスカのことだから、きっとぶっとばされるんじゃないかな? ははは。」

「あのコが怪我しちゃって、それで・・・わたし・・・。そうだよね。」

「何があっても諦めちゃいけないんだ。夢に向って頑張らなくちゃ。」

微笑みながら語り掛けると、ようやく少しマナの顔にも笑顔がほんのり戻ってきたよう
だ。

「シンジくんは、夢に向っていっつも一直線だもんね。」

「そうかな?」

「そうだよ。いっつも直球勝負なんだもん。びっくりするよ。アスカにこってんぱんに
  やられてばかりなのに、それでも頑張るんだから。」

「・・・・・・そこまで言わなくても。」

「ははは。アスカはね。いっつもシンジくんのこと、相手にするだけ無駄とか言ってた
  けど、わたしは凄いなぁって思ってたんだよ?」

「ぼくが?」

「うん。闘ってる時のシンジくん、かっこいいよ。」

「はは・・・負けてばっかりだけどね。」

「ううん。アスカが言ってた。アイツはバカだって。」

「アスカらしいや。」

「わたしにはよくわかんないけど・・・でも、アスカは何かわかってるわよ。」

「なにを?」

「うーん、あのコあまりそういうこと言わないから、わたしにはわかんない。でも・・・
  きっとなにか・・・。」

「うーん・・・ぼくにもよくわかんないや。」

「わかんない同士だね。」

「2人いてもアスカにはかなわないや。」

2人は湯飲みを持ってお茶をすする。最後まで飲み終えたマナは、ゆっくりと立ち上が
り手荷物を持った。

「じゃ、そろそろ帰るね。千羽鶴折ろうと思うの。」

「そっか。きっと喜ぶよ。」

「シンジくんも、また病院行ってあげて。もうあんなこと、言わないと思うから。」

「明日も行くよ。」

玄関を出てマナを見送る頃には、もう夕方になっていた。今日は中学生全国大会の優勝
戦まで見るつもりだったので、新聞配達はお休み。

「今日はありがとう。またシンジくんの家、遊びに来てもいいかな?」

「べつに・・・いいけど。」

「ほんとっ!? じゃ、帰るねっ! さよならっ!」

走り出すマナの後ろ姿を見ながら、明日はちゃんとアスカをお見舞いできたらいいなと
思うシンジであった。

<病院>

翌日新聞配達を終えたシンジは、さっそく病院へ足を運ぶ。その朝刊のスポーツ欄には、
全国大会の優勝者、鈴原トウジの写真が載っていた。

アイツ、優勝したんだ。
みてろっ! 来年は絶対ぼくが勝ってやるっ!

トウジが笑顔で写っている新聞をアスカに見られたくないので、貰った新聞をゴミ箱に
捨て病院の中へ入って行く。

少しは落ち着いたかな。
怪我がいい方向に向ってたらいいな。

一晩でそうそう変化がないだろうとも思うが、もしかしたら良い報せが聞けるのではな
いかと、わずかな期待を胸に病室の前に立つ。

まだ寝ているかもしれないので、注意しながら個室の扉をコンコンと叩くと、中から返
事が返ってきた。

「はいっ。どうぞ。」

それはアスカではなくマナの声。もう来てるんだと思いながら中へ入ると、千羽鶴が掛
けられた窓の下に、足を吊られてベッドに横になるアスカと、その横に置かれたパイプ
椅子に座るマナの姿があった。

「ほら、シンジくんが来てくれたわよ。」

「なにしに来たのよっ!!」

「せっかく来てくれたのにっ! アスカ! ご、ごめんね、シンジくん。座って。」

パタパタと立ち上がり、今まで自分が座っていたパイプ椅子にシンジを招くと、マナは
ベッドの横に中腰になりアスカの顔を覗く。

「折角お見舞いに来てくれたんだから、そんなこと言わないで。」

「コイツは、2度とアタシが闘えないか確認しに来てるだけよっ!!!」

「アスカっ!!! ごめん、こんなはずじゃなかったんだけど・・・。」

アスカに大声を出しながら、その一方でマナは焦ってシンジに謝り続ける。シンジは話
を変えようと、作り笑いを浮かべながら窓に視線を移した。

「いいよ。もう、千羽鶴できたんだね。」

「へへへ。まだ300ちょっとなの。できたとこまで持って来ちゃった。1/3でも早
  く効果でたらいいなって思って。」

「うん。きっと出るよっ。」

「アンタっ! なにしに来たのよっ! 用がないんなら、さっさと帰ればっ!?」

「アスカっ! なんで、そんなこと言うのよっ!」

「あの・・・ぼく今日は帰ろうかな。」

「ごめん。まだちょっとアスカ、落ち着いてないみたい。わたしが来てって言ったのに・・・。
  ごめんね。」

実際まだ落ち着いてないのだろう。シンジは、このまま自分がここにいると療養に逆効
果かもしれないと思い、病室を後にする。その間もマナはずっと謝りっぱなし。

「また明日も来るよ。」

「うん。お願いね。ほんとに今日はごめんね。じゃ。」

扉が閉められ、そこから立ち去ろうとした時、病室の中からアスカの叫咽び泣く声が聞
えて来た。

『ちくしょーーっ! ちくしょーーーーっ!!!』

何かアスカの為にできることをしたい。そう思うだけで、何もできない自分がここにい
る。無力な自分がここにいる。

シンジは拳を握り奥歯を噛み締めて病室を後にするのだった。

<河原>

次の日。朝刊の新聞配達を終えたシンジは、ふと河原に咲いている綺麗な花をみつけた。

そっか。花だ。
病室って、殺風景だもんな。

思い立つと同時に河原に駆け下りると、見た感じ綺麗そうな花を選んで摘んでんでいく。
草を掻き分け、アスカに似合いそうな花を探していると水溜りの向こうに綺麗な花を見
付けた。

あっ。
あそこに綺麗なのが。
届くかな。

生えている草に掴まり体重を支えて、うーんと体を伸ばすと花に手が届いた。あと少し
で、なんとか手が届きそうだ。

もうちょっとだ。
よしっ!

手が掛かった。力を入れて花を摘もうとしたまでは良かったが、勢い余って体制を崩し
てしまう。

「わっ!」

水溜まりにはまらないように、慌てて近くの草を掴むが、その草の葉は運悪く鋭い刃の
ようなものだった。

「ったっ!」

手の平を少し切ってしまったが、目当ての花も摘むことができた。シンジは切ってしま
った手の平を舐めつつ、いくつか摘んだ花束を握って病院へ向くのだった。

<病院>

河原に咲いていた花をお見舞い代わりに手に握り、もう片方の手で病室の扉を叩くと、
今日もマナの返事が帰って来る。毎日、朝早くから来ているようだ。

「具合、どうかな。今日は花を・・・」

病室に入り摘んで来た花を差し出そうとしたシンジの目に、花瓶一杯の花束が目に入る。
自分の摘んできた片手で握れる程度の物とは雲泥の差の豪華な花束。

「アンタ、また何しに来たのよっ!」

「あの・・・花。いらないよね。」

豪華な花束と比較すると、なんともみずぼらしいそれを恥かしそうに背中に隠そうとす
る。

「わぁ、ありがとーシンジくん。花瓶どっかなかったっけっ?」

「あんなの花瓶に入れたら水没するわよ。牛乳ビンにでもさしとけばっ。」

「アスカっ!! もぅっ! ごめんシンジくん。花瓶今無いから、コップに入れとくね。」

「ごめん・・・。」

ガラスのコップを持つと、シンジが持って来た花を持って病室からマナが飛び出して行
く。残ったのはシンジとアスカ。初めて2人っきりになる。

「あの・・・具合はどうかな?」

「何が言いたいのよっ!!!」

「なにがって、痛んだりしないかなと思って・・・。」

「しらじらしいわねっ!」

「なにが? やっぱり、痛いの?」

「ウルサイっ!」

「・・・・・・ごめん。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「あのさ、早く良くなって・・・。」

「なんですってっ! 良くなってですってっ!!!?」

「え、あ、うん。」

「よくそんなことが言えるわねっ!」

「なんで?」

「アンタも知ってんでしょっ! 知ってて言ってんでしょうがっ!」

「だから、何のこと?」

「みんな隠してるけど、アタシは知ってんのよっ! もう歩けないことぐらいっ!」

「!!!」

「邪魔なアタシがいなくなって、アンタは気持ちいいでしょっ! なに余裕見せてんの
  よっ!」

「そんなんじゃないよっ! きっと頑張ればまたっ!」

「アタシの何処に”また”があんのよっ! もうアタシは闘えないのよっ! 医者が見離
  したのよっ!」

「歩けないって決まったわけじゃないだろっ!」

「闘えない足なんか歩けないのと同じよっ! こんな足っ! こんな足っ!」

枕で自分の足を殴り付け始めるアスカを、シンジは驚いて止めに入る。

「何してんだよっ!」

「アタシはチャンピオンになるのが夢だったのよっ! もう闘えないじゃないっ! こん
  な足じゃっ! もうおしまいよっ!」

「だからって、そんなことして何になるんだよっ!」

「アンタなんかにアタシの気持ちなんてわかんないわよっ! 自分はエヴァのファイト
  ができるくせにっ! 余裕見せてんじゃないわよっ!」

「あぁっ! わかんないよっ! わかりたくもないよっ!」

「だったら、出て行きなさいよっ! 2度と来るなっ!」

手近にあった物を投げ付けながら怒鳴り散らすアスカを前に、シンジは一歩も引かず更
に距離を詰める。

「ファイトができなくなったくらいなんだよっ! 世界が終るみたいな顔してっ!」

「アタシにとっては、エヴァが全てだったのよっ! 」

「エヴァじゃなかったら、何もできないっていうのかよっ!」

「まだ闘えるアンタに、何がわかるってのよっ! エヴァがなくなったら、誰も見てく
  れないのよっ!」

「父さんが死んで、どうしていいかわからない時にアスカに会ったんだっ! アスカは
  ぼくの目標だったんだっ!」

「っなこと、知らないわよっ!」

「アスカみたいになりたいって思ってたのにっ! ちょっとなんかあったら、すぐ挫折
  する奴だったのかよっ! がっかりだよっ!」

「アンタが勝手にそう思ってただけでしょっ! アンタの理想を押し付けないでっ!」

「そんなこと言うなよっ! これくらいで挫折するなよっ!」

「ウルサイっ! ウルサイっ! 足が動かないのになにができるってのよっ! もう何も
  できないじゃないっ!」

「今のアスカは頑張ることから逃げ出そうとしてるよっ! 歩けるように頑張ればいい
  じゃないかっ! 走れるように頑張ればいいじゃないかっ!」

「歩けるアンタなんかにっ! アンタなんかにっ! 出てけっ! 出てけっ! 出てけっ!
  出てけーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

手につくありとあらゆるものを次から次へとアスカが投げてくる。それに当たりながら
必死で堪えていたシンジだったが、丁度そこへマナが水を満たしたコップに花を入れて
戻って来た。

「キャーーーっ! アスカっ! シンジくんっ! どうしたのっ!」

「マナっ! こいつを追い出してっ! 2度と顔なんか見たくないっ!!!」

「ちょっとっ! アスカっ! シンジくん、何があったの!」

「ごめん・・・今日は帰るよっ!」

「2度と来るなっ! 」

ベッドの横に置かれているキャビネットの中の物まで取り出し、投げようとしているア
スカをマナは止めると、一方で出て行くシンジを急ぎ追い掛ける。

「シンジくんっ! 待ってっ!」

「ごめん・・・ぼく余計なこと言っちゃったかもしれない。」

「余計なことって?」

「ごめんっ!」

なにがなんだかわからず唖然と見送るマナを残し、シンジは脇目も振らず走って病院か
ら飛び出して行った。

<第3新東京市郊外>

頭が冷えてきたシンジは、今日アスカに言ってしまったことを後悔しながら、自分の家
に向って歩いていた。

アスカ、怪我してるのに・・・。
なんであんなこと言っちゃったんだろう。
力付けてあげようと思って行ったのに。

こんなところで挫けないで欲しい。頑張ってまた立ち上がって欲しい。そういう思いが
苛立ちになりいつの間にかあんなことに・・・シンジは悩む。

今、言うことじゃなかったんだ。
怪我してるアスカに言うことじゃなかったんだ。
なんであんな酷いこと。

1人になり冷静になるにつれて、自分があまりにも酷いことを次々言ってしまったよう
な気がしてならない。

『アンタの理想を押し付けないでっ!』

病室でのアスカの言葉が脳裏を過ぎる度、自分が勝手に理想にし、その理想をアスカに
押し付けようとしていたと思う。

アスカみたいになりたいって思ってた。
ぼくにとってアスカは・・・。
だけど、勝手に目標にしてただけなんだ。
ぼくの理想を押し付けちゃ駄目だったんだ。

後悔ばかりしながら歩いているうちに、昼過ぎ頃家へ帰り着いてしまった。夕刊の配達
まではまだかなり時間があり春休みで学校もない為、シンジはトレーニングスーツに着
替えると気持ちの整理をつける意味もあり、いつもの境内へ剣術の訓練に出掛けるのだ
った。

<病院>

翌日、シンジは昨日のことを謝ろうと心に決めて病院へ朝から来ていた。

「ごめん。会いたくないって。」

「そう・・・。」

「いったい、昨日何があったの? アスカ、話してくれなくて。」

「ぼくが悪かったんだ。ごめん。また明日謝りにくるよ。」

廊下でマナと簡単な言葉だけ交わし病院を後にする。その翌日も更に次の日も、朝から
シンジは病院に訪れたが、アスカは会おうとはしてくれなかった。

そして5日目。

ユイの内職が追い込みになっていた為、午前中はその手伝いがあり、病院には昼から来
ることになった。

今日もいつものように病室の扉を叩こうとしたが、シンジの耳に聞きなれない女の人の
声が飛び込んで来る。

「エヴァのチャンピオンになれると思ったから、今まで高いクラブ代も出してあげてた
  のに、とんだ見当違いの投資だったわ。」

「ごめんなさい。ママ。ごめんなさい。」

不意に耳に飛び込んで来た”投資”という言葉に、自分の耳を疑う。しかも話している
相手は母親のようだ。

「わたしはいつでもあなたの母親をやめることができるんですよ。」

シンジは扉をノックをせず、すぐにその場から離れた。聞いてはいけない話のように思
え、それ以上その場にいてはいけない気がした。

そりゃ、チャンピオンになったら、凄いお金が入るんだろうけど。
娘をそんなことの為に・・・。

シンジの家は貧乏だったが、ユイからそんなことを言われたこともなかったし、まだ子
供だからかもしれないが、自分自身お金儲など考えてはいなかった。

アスカはずっと追い詰められてたんだ。
小さい頃からずっと。

そんなこと知らなずにぼくは、あんなこと言ってしまった。
最低だ。ぼくって。

いつもなら会って貰えないお見舞いに病院へ行った後は、訓練をしに境内へ向うシンジ
だったが、今日だけは自分がなんだか嫌になってしまいそんな気分にはなれなかった。

「おらっ! 気をつけろっ!!」

下ばかり見てぼーっと歩いていると、前から走って来た自転車に当たりそうになった。
シンジはぺこりと頭だけ下げ、無気力に謝るとまた歩き始める。

謝りたい。
アスカに一言だけでも。
でも・・・会ってくれないよな。もう・・・。

何処を歩いたか覚えていない。夕方近くまで街をふらふら歩き回ったシンジは、その後
夕刊の配達だけして家へ帰った。その日の夕刊配達は、これ迄で1番配達先の家の間違
い件数が多い日となった。

<シンジの家>

夜になりユイと食べる食事。楽しいはずの食事も、今日は話のはずまない夕食となった。
そんな息子の心情を感じとってか、ユイも物静かに食事を終わり後片づけを始める。

「シンジ、電話よ?」

「ぼく?」

「ええ。女の子からだけど?」

霧島か・・・。

食べ終わった夕食の食器を運んでいたシンジは、それを流し台に置き電話に出る。もし
かしたらアスカが良い方向へ向かったのではないかと、少しの期待を込めて。

「もしもし。」

「シンジねっ! 今から来るのよっ!」

「えっ!?」

マナではなかった。電話で話をするのは初めてだが、相手の声がアスカに思える。

「あの・・・アスカ?」

「そうよっ! 病院まですぐ来なさいっつってんのよっ! 来れないのっ!?」

「会ってくれるのっ!?」

「来るのっ!? 来ないのっ!!?」

「行くよっ! 走って行くよっ!」

「すぐ来んのよっ!」

ガチャン。

電話が切れた。シンジはユイに行き先の病院だけ告げ、めいいっぱい足を動かして駅3
つ向こうの病院まで走って行った。

<病院>

普段から走り慣れているはずだったが、体力の限界までスピードを上げて走って来た為、
病院に付いた頃には息は上がっており、体はぐっしょりと汗で濡れていた。

なんだろう?
とにかく、謝りに行かなくちゃっ!

足を止めることなく病院の中へ駆け込むと、病室の前でいつものように軽くノックをす
る。

「あの・・・ぼくだけど。」

「入んなさいよ。」

「うん。」

中へ入ると足はもう吊っておらず、病院のベッドで横たわっているアスカが1人でこっ
ちを見ている。

「遅かったわね。」

「ごめん。これでも、一生懸命走ってきたんだ。」

「アンタバカ? あっから走ってここまで来たわけっ?」

「電車代なくて・・・はは。」

「・・・まぁいいわ。こないだは、言いたい放題言ってくれたわねっ!」

「ごめん・・・そのことを謝りたくて。」

「あの後3日くらい、ハラワタが煮え繰り返りそうだったわっ!」

「ごめん。ぼく、アスカのこと何もわかってなくて・・・。」

「でもっ! アンタの言うことも0.001%くらいは、正しいことがあるかもしれな
  いって思い出したのよっ。」

足はまだ動かせないようだが、手をベッドに突き上半身を起こして、こっちを見返して
くる。

そんなアスカを見て、シンジは”はっ”とした。

アスカの瞳は、数日前にここで会った時のようなものではなかった。

以前のあの、あのアスカの輝きが戻っているように思えた。

「アンタの言うように、アタシはここで立ち止まっちゃいけないのよっ。」

「そうだよ。頑張って歩けるようにならなくちゃっ!」

「ハンっ! 歩けるぅぅ? そんなの当然よっ! アタシの夢はチャンピオンよっ!」

「はは、そうだね。ぼくもアスカに負けないように頑張らなくちゃっ!」

「アンタバカぁ? アタシはもう闘えないわ・・・。」

「でも・・・。」

「今日さ、チャンピオンが無理なら、医者か弁護士にでもなれるように勉強しろって言
  うヤツがいたのよ。フンっ! もうイヤっ! まっぴらごめんよっ!」

昼にこの病室の前で聞いた会話を思い出したシンジは、あの後そんなことを言われたの
かと憤りすら覚える。

「誰に言われたからじゃない。アタシはエヴァが好きっ! 今日、はっきりとアタシの
  中でそれがわかったわっ!」

「そうだよっ! 夢は自分の為にあるんだよ。人の為なんかじゃないんだっ! 人に認め
  て貰う為なんかにあるんじゃないんだっ!」

「アンタ・・・。」

まるで自分と両親との関係を知っているかのようなシンジの言葉に、一瞬驚いた顔にな
ったアスカだったが、見開いた目が少しづつ細くなりやがて笑顔に変わる。

「そう・・・自分の為。そうだったのよね。見失いかけてたわ。」

「そうさ。アスカの夢は、アスカだけの為にあるんだっ!」

「でも、もうアタシはチャンピオンにはなれない。」

「そんなことないよっ!」

「ううん。アタシの足はもう・・・でもっ! 夢は追うわっ!」

「どういうこと?」

「ギブアンドテイク!」

「へ?」

「このままじゃ、アンタもチャンピオンにはなれないわっ!」

「そんなことないよっ! ぼくだってっ。」

「アンタを1分以内に倒す為に、ずっとアンタを研究してたアタシが言うのよ。間違い
  ないわっ。アンタはチャンピオンになれないわっ!!」

「そ、そんな・・・。そこまで言わなくても・・・。」

「このままじゃね。」

ニコリと笑うアスカ。

「そしてアタシも無理・・・。だけど、どう? アタシとペア組まないっ?」

「ペア?」

「あの時、クラブのコロシアムで戦ってからの腐れ縁ってやつかもね。どう? アタシ
  には足が無い。アンタには、コーチがなくて苦しんでるんじゃないのっ!?」

図星である。小学校の頃から独学での限界をひしひしと感じていたシンジに、それは切
実な問題だった。

「でも・・・どうしてぼくを? ぼくを選んだの?」

「やっぱ、腐れ縁なのかしらねぇ。今日、コーチになろうって思いついた時、真っ先に
  相手はアンタしか思い浮かばなかったのよっ! 
  小学校の頃から、腹の立つことことばかり言ってくれたアンタが・・・なぜかねぇ。」

「ほんとにコーチしてくれるんだねっ!」

「そのかわりチャンピオンになるのよっ! それと、アタシのは並大抵じゃないわっ!」

「いいよっ! 厳しい方がいいよっ!」

「厳しいのはあたりまえでしょっ! お茶くみ、肩揉みサービスもして貰うんだからっ!」

「・・・・・・なんかそれって・・・厳しいとかと違うような。」

「関東チャンプのアタシがコーチしてやるってのよっ! 文句あるわけぇーっ!」

「はは。それでいいや。」

「よしっ!」

「うんっ!」

2人は始めて右手で握手をした。

その後、これからのスケジュールについて話し合った。シンジはこれからしばらくは基
礎トレーニングに勤しみ、アスカは退院する迄にスケジュールを組み立てるということ
となった。

翌日、新聞配達を終えたシンジは、面会時間の前から病室でアスカと話し込んでいた。
9時になり、面会時間が始まると同時に入って来たマナが、2人の姿を見てどれほど驚
いたかは想像に容易い。

「へぇ。アスカがコーチするんだ。」

「そうよっ! 形は変わっても、アタシはエヴァのチャンプを目指すのよっ!」

「でも・・・アスカのおばさんは・・・。」

「アタシのママは、天国に行ったキョウコママしかいないわっ!」

いつものアスカらしさが戻って来たのを見て取ったマナは、その言葉に嬉しそうに微笑
む。

「そっか。シンジくんとアスカかぁ。ほんとに夢が叶いそうね。」

「あったりまえじゃん。アタシがコーチしてあげるんだからっ!」

「ぼくも頑張るよっ!」

2人が意気統合して話す様子を嬉しそうにマナが眺めていると、シンジはパイプ椅子を
立ち上がり病室を出て行こうとする。

「どうしたの?」

「ちょっと、水を飲みに・・・。」

「わたしも行くっ! ジュース買いに行こっ。」

その後に続いてベッドに腰を下ろしていたマナも、病室から出て行く。そんな2人の姿
をアスカはベッドの上から見ていた。

「シンジくん?」

「ん?」

「1年の間、同じクラスで楽しかった。」

「アスカとなら、もっと良かったのにね。」

「ううん。シンジくんと同じクラスになれて、良かったなって。」

「そんなこと言ったら、またアスカに怒られるよ? どっちの味方なんだっ!?って。」

「ははは・・・来年も一緒のクラスが良かったんだけど。」

「もしかしたら、また一緒のクラスになれるかもしれないじゃないか。今度は、アスカ
  も一緒かもしれないよ?」

ジュースの自動販売機に到着する。シンジはお金がないので水にすると言ったが、マナ
が1つ買ってくれた。

「もうすぐわたし、アメリカ行くんだ。」

「えっ!!!!!?」

突然である。カップのジュースが零れるかと思うくらいびっくりして、体を捻りマナの
方に振り向く。

「オーディション受かったって、こないだ言ったでしょ? 向こうのプロダクションの
  人がね、歌の勉強しながらこっちの学校に通ったらどうだって・・・。」

「凄いじゃないかっ!!」

「そうなんだけどさ。そうなんだけど・・・。」

「凄いよっ! すごいよ霧島っ!!」

「ちょっとね。」

「アスカのこと?」

「ううん。アスカは、絶対行くべきだって言ってくれた。」

「じゃぁ?」

「シンジ・・・くん。なの。」

「ぼくが? なに?」

「・・・えっと。急がないとアスカが怒るわね!」

「う、うん。」

突然マナが走り出したので、シンジは何が言いたかったんだろうと思いつつも、慌てて
追い掛け病室へ戻るのだった。

昼になり病室に昼食が運ばれて来る。それを切っ掛けにそろそろトレーニングに行かな
ければならないシンジは、帰ることにした。

「いーい? アタシの言った筋トレしとくのよっ!」

「うん。わかった。じゃ、また明日。」

「シンジくん、待って。わたしも帰る。」

「そうなの?」

「一緒に帰ろ。」

シンジが出て行くとマナも一緒に飛び出してくる。肩を並べて病院から出て行く2人。
そんな姿をアスカは、病室の窓からずっと見ているのだった。

そんな日々が数日続き、いよいよ春休みも明日で最後となった日、とうとうアスカの退
院が決まった。まだ車椅子の生活を続けなければならないが、家へ帰れるのだ。

知らせを聞き、手放しで喜ぶシンジだったが、マナは複雑な表情でシンジを見ていた。

「あと1日早かったら、アンタを見送りに行けたのに・・・。」

「ううん。また手紙出すっ。アメリカと日本なんて、今時近所みたいなものでしょ?」

「そうだけど・・・あーぁ、マナがいなくなると寂しいなぁ。」

「わたしも・・・アメリカなんかでやっていけるかしら?」

「なに言ってんのよっ! 頑張んのよっ! 世界一のアーティストにならなくちゃっ!」

「あはは、夢は大きくだもんねっ!」

「あの・・・霧島? 明日、アメリカ行くの?」

「うん。朝8時12分の飛行機で。」

シンジが口を開いた途端、それまでの和やかなマナの表情に陰りがさす。

「見送りに行くね。その時間なら、アスカの退院に間に合うよっ。」

「・・・・・・うん。」

そしてその日も昼ご飯時になり、シンジは帰ろうとする。それに付いて、今日もマナが
出て来た。

「いいの? アスカと一緒にいなくて。最後なんだろ?」

「後でまた戻る。わたしもお昼ご飯食べに、一回帰ろっかなって。てへへ。」

「そっか。そうだね。」

「シンジくん? 明日、見送りに来て・・・くれるの?」

「うん。必ず行くよ。」

「・・・・・・そう。」

ランニングして帰るシンジと違い、マナは電車で帰る為、駅の改札で別れを告げる。

「あのっ! シンジくんっ!?」

改札に入った突端、マナが振り返り呼び掛けてきた。

「わたし、シンジくんが好きっ! 小学校の頃から好きだったのっ!」

「えっ!!!??」

突然のことに心臓が飛び出そうになる。

「もし、OKしてくれるなら、明日見送りに来てっ! 8時12分、サンフランシスコ
  行きっ!」

「ちょ、ちょっと・・・。」

「待ってるっ! わたしっ! 待ってるからっ!」

それだけ言ってマナは駅のホームに駆け上がって行った。残されたシンジは、ランニン
グして帰るつもりだったのだが、家まで歩いて帰ることしかできなかった。

<空港>

マナは朝早くからずっと空港で待っていた。シンジが来るのを待っていた。

シンジくん・・・。
来てくれないのかな。

時計を見るともう搭乗ぎりぎりの時間になっている。

「マナちゃん、そろそろ行きましょうか。」

「うん・・・。」

一緒にアメリカへ渡る母親に手を引かれながら、振り返り振り返りシンジが来ないか見
返す。

・・・・・・シンジくん。

もう限界である。マナが諦めてコンコースに入ろうとした時。

「霧島ーーーっ!!!」

「えっ!? う、うそっ! シンジくんっ!?」

母親の手を振り切り振り返ると、シンジが走って来ているではないか。マナの顔に笑顔
が浮かび駈け寄ろうとしたが、シンジはその前で頭を下げた。

「ごめん。」

「えっ・・・。」

「ここにぼくは来ちゃいけなかったんだけど・・・どうしても一言だけ言いたくて。」

「シンジくん・・・。そ、そっか。ううん。来てくれて嬉しいっ! 」

「ごめん・・・。今は、エヴァのことしか考えられないんだ。」

「いいよ。来てくれただけで、嬉しいもん。」

涙をうっすら浮かべながらも、マナは笑顔を見せる。

「あのさ。」

「うん。」

「ぼくとアスカも夢を追い掛けて頑張るっ! 霧島もアメリカで頑張って欲しいんだっ! 」

言葉を詰まらせるマナ。次の言葉が出てこない。

”ぼくとアスカ”か・・・。
そっか。

「ぼく応援してるからっ! 歌手のチャンピオンになってねっ!」

とうとう、マナの瞳からポロポロと涙が幾粒も零れる。

「あ・・・ご、ごめん。」

「ううん。嬉しくて、応援してくれて嬉しくて。気にしないで。」

「・・・・・・うん。頑張ってねっ! 何があっても夢を追い掛けてねっ!」

「うん。じゃ、そろそろ行かなくちゃ。」

涙を手で拭いながら、シンジに手を振りコンコースにマナは入って行った。

がんばってっ! アスカっ!
がんばってっ! シンジくんっ!!
そして・・・さよなら、わたしの初恋。

飛行機が飛び立つ。初恋を日本において、空いっぱいに膨らむ大きな夢に向かって。

飛行機は大空高く飛び立って行った。

<病院>

マナの飛行機を見送った後、シンジは病院へ来ていた。いよいよアスカの退院である。

「遅かったわね。」

「空港、行ってたんだ。」

「行ったんだ・・・。」

いつもより言葉数の少ないアスカは、てきぱきと帰り支度を進める。もういつでも帰れ
るように着替えまで終わっている。

「うん・・・本当は行っちゃいけなかったんだけど、どうしても”頑張れ”って言いた
  くて。」

「へ? ちょ、ちょっとっ! なにそれ?」

「だから、頑張れって。」

「アンタっ! マナを振りに行ったわけっ!?」

「振りにって・・・そんな。ただぼくは、今はアスカと一緒にエヴァの訓練をすること
  しか考えられないから・・・。」

「そんなこと言ったのっ!?」

「うん・・・。」

「アンタバカーーーーっ!!!!?」

「えっ? だって、あの・・・。でも”頑張れ”って言ったら、喜んでくれたよ。」

「そりゃアンタには笑顔見せるわよっ! ・・・・・・アンタってひっどいヤツねぇっ!」

「な、なんでだよっ。」

呆れたとしかいいようのない顔で天を仰ぐアスカ。怒っているのか、病室へ入ってきた
時の口数の少なさは何処へやら、怒濤のごとく責め立ててくる。

「ぜーーったい、マナ。すっごく傷ついてるわっ!」

「えっ!? な、なんでっ!?」

「アンタが顔みせた時、どう思ったと思うのよっ! 天にも上る気持ちだったはずよっ!
  そこから一気にズドンじゃないのっ!」

「・・・・・・そんなつもりじゃ。」

「一生、恨まれるわねっ!」

「えーーーーっ!! ・・・ど、どうしよう。」

その時、アスカの携帯電話が音を奏でた。電話を取ると、どうやらメールが届いたよう
だ。そのメールを読みながらニコリと笑みを浮かべるアスカ。

「マナからだったわ。」

「えっ!? やっぱり、怒ってるって?」

「カンカンよっ! 鬼のように怒ってるわっ! 来日したら、アンタを刺し殺すってっ!
  アメリカで銃も調達しとくってさっ!」

「ど、ど、ど、ど、どうしよーーーっ!!!」

「ちょっと、こっち来て。」

アスカが手招きする。なんだろうと近寄ってみると。

「ん?」

バッシーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!!!

マナならともかく、エヴァファイトで鍛えたアスカの渾身の平手がシンジの頬をヒット
する。

「い、いったーーーーーっ!!!!!!!」

「これは、親友を傷つけられたアタシの分よっ!」

「い、いたいよ・・・。」

「それから、次っ! マナの分っ!」

もう1度アスカが手を上げる。思わずシンジは身構えてしまったが、その手は人差し指
を立てて突き上げられた。

その指が天高く、TOPを示す。

「チャンピオンになったら、許してあげるってさ。」

「びっくりしたぁぁぁ。うんっ! ぼく達の夢、チャンピオンを目指すんだっ!」

「でも、アンタ勿体ないことしたわねぇ。マナって、かーいいのに。」

「だって・・・今はアスカと一緒にエヴァの訓練することしか考えられなくて・・・。」

「そっか。」

言葉数少なく答えたアスカは、また携帯に視線を落とす。それから先、長いメールを笑
みを浮べながら読んでいたが、何が書いてあったかは教えてはくれなかった。

ただ、距離は離れてもこの2人はいつまでも親友なんだなと、そう思わせるような顔を
していた。

                        :
                        :
                        :

そしていよいよ退院。家族は迎えに来てくれなかったので、シンジがアスカの乗る車椅
子を押して病院を出て行く。

空は晴天。突き抜けるような青い空に、真っ赤な太陽が眩しい。

「さっさと押しなさいっ!」

「うんっ!」

「いくわよーーーっ!」

「夢を叶えるんだっ!!」

シンジとアスカは、太陽の光を体いっぱいに浴びながら走り出す。

最初の目標は、中学2年全国大会!

そして、その先には遥かなる夢が大空に広がる。

エヴァリンピックの舞台を目指し、世界チャンピオンを目指し、大きな夢を目指し。



                           グリーンシグナル点灯っ!


                            二人三脚足並み合わせ!


                                 戦闘開始!!


To Be Continued.
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