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エヴァリンピック
Episode 05 -闘いし者の定め-
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<学校>

桜咲く並木道を歩く生徒達。去年と同じ制服を着ている者に混じり、ピカピカの新しい
制服を来て登校している新入生を見かける四月初めの始業式。そんな中車椅子を押して
登校する少年の姿があった。

「同じクラスになれるかな?」

「大丈夫よ。ママに学校に言っといて貰ったもん。」

「でも・・・同じクラスになれるって決まったわけじゃないだろ?」

「わざわざ違うクラスにする必要もないでしょ。」

共に仕事をしているという理由で、アスカの両親は送り向かいができないらしい。そこ
で車椅子のアスカをシンジに任せるということで、同じクラスにして貰うように願い出
て貰ったのだが、学校からは考慮すると返答があっただけ。

「どう? まだ痛むの?」

「じっとしてたら痛まないけど動かすとね。でも、すぐ松葉杖になるって。」

「そっか。左足は軽症だもんね。」

「右足もちょっとづつリハビリ始めるって。それよりアンタ。クラブ活動は止めんのよ。」

「どうして?」

「うちの学校のクラブって、遊びじゃないの。ダメよあんなんじゃ。」

「そうかもしれないけど、一般のクラブに入るお金ないし。」

「バッカねぇ。アタシが教えるんだから、クラブなんかいらないわよ。」

「でも設備とか。」

「うちの学校のクラブなんて、運動場で剣振ってるだけでしょ? 空地でも一緒よ。」

「そうだね。わかったよ。」

カラカラと車椅子を押して学校に到着すると、新しいクラスが掲示板に張り出されてい
た。同じクラスになれた保証はないので、心配そうな顔つきで2−Aから順に自分の名
前を探す。

「あっ! あった。同じクラスだねっ。」

「当然よっ。それくらいしてくれてもバチは当らないわっ。」

まずは一安心し教室へ向おうとしたが、早速壁にぶち当たった。階段である。車椅子の
人の為に本来ならエレベータなどを設置すべきなのだが、まだまだ学校という所はそう
いう設備が遅れている。

「肩貸しなさいよ。右足は動くから。」

「駄目だよ。お医者さん、まだ立っていいって言ってないんだろ?」

「医者の言うことは大袈裟なのよっ。」

「おんぶするよ。」

「お、おんぶっ? イ、イヤよっ!」

「怪我してんだから、しょうがないだろ。」

「こんなとこでイヤよっ!」

確かに周りにはたくさんの生徒がおり、恥かしいのだろう。ではどうしたらいいだろう
かと思案にくれていると、去年アスカと同じクラスだった女の子達が駈け寄って来てく
れた。

「聞いたわよ。大怪我したんだって?」

「そうなのよ。悪いんだけど、2階まで手伝ってくれない?」

「いいわよ。こっち持つね。」

女の子2人が車椅子の右を持ってくれ、シンジが左を持ち2階まで持ち上げて行く。そ
こで一段落かとおもいきや、教室に荷物を置いた後、またすぐに体育館に行かなければ
ならない。これは毎日が階段の上り下りだけで大事になりそうだ。

「霧島がいたら、気兼ねなく手伝って貰えたのにね。」

「あのコも向こうの学校で頑張ってるかなぁ。」

「応援しなくちゃね。」

「アンタ、人の事より自分がしっかり頑張んなさいよ?」

「わかってるよ。毎日アスカに言われた通り筋トレしてたじゃないか。」

「当然でしょ。」

その後、体育館へ向い始業式の挨拶を聞く。眠たい校長先生の話に始まり、担任の先生
の紹介へと移った。

「2−Aを担任するぅ。葛城ミサトよんっ。この学校へ来たばっかだけど宜しくっ!」

2−Aの担任はやけに元気な先生のようだ。しかもびっくりする程の美人で、男子生徒
がどよめきたつ。

「おいっ! すっげー美人じゃんかよ。」
「あれが俺達の担任かよ。今年はついてるなっ!」
「俺、学校が楽しくなりそうだ。」

思春期真っ只中の男の子達であり、美人な先生を目の前に色めき立つのは仕方ないだろ
う。もっとも、その中にお目当ての男の子のいる女の子は、不機嫌極まりない視線を送
っているが、それに気付く程男の子が成長していないのは否めない。

葛城先生か。
いい先生だといいな。

これまでシンジは教師運がよくなかった。小学校の頃は対面ばかりを気にし、いじめを
見て見ぬ振りをする先生ばかりに当った。中学1年は年老いた老教師で、悪い先生でも
なかったが良いというわけでもなく、イメージとしては灰色という感じの先生だった。

だが、ここにきて初めて活気のありそうな若い先生に当り、これからの学校生活に少な
からず期待してしまう。

「シンジも綺麗な先生で嬉しいんでしょ。」

始業式が終わり車椅子を押していると、首だけ振り返りニヤリといやらしい笑みをアス
カが浮かべた。

「うん。若い先生なんて、初めてだから。」

「すけべっ。」

「ち、ちがうよっ! そんなんじゃないよっ! 元気な先生で良かったってだけでっ!」

「どーだか。」

「ほんとだよっ!!!」

そうこうしているうちにまた階段へとやってきた。周りをちらちら見るが、知り合いの
顔が見当らない。日頃から鍛えているシンジだが、さすがに車椅子ごと1人で持つとな
ると転ぶ可能性もあり危険だ。

「あっ。惣流さんね。手伝うわっ。」

声がすると同時にシンジの反対側に回り車椅子に手を掛けてきたのは、今噂でもちきり
のミサト先生である。

「先生。ありがとうございます。」

「さぁ、いくわよ。せーのっ!」

掛け声と共に2人力を合わせて車椅子を持ち上げる。そんな雰囲気を見ていると、やは
り今迄と違って好感が持てる先生に思える。

「これからは、車椅子を持つ当番決めなくちゃ駄目ね。」

「アスカの為に、そこまでして貰ったらみんなに悪いですよ。」

「あらぁ、碇くん。惣流さんのこと、まるで自分のことみたいに言うのねん。仲がいい
  わねーん。」

子供が新しいおもちゃを見つけた時のような輝く目で2人を見ながら、ニヤニヤと笑み
を浮かべている。

「いや・・・そういうわけじゃ・・・。」

「そ、それは。アタシがシンジに頼んでるからよっ!」

「あっらーん。もう名前で呼び合う仲だったりしてぇぇ。」

「アタシとシンジは、小学校から知ってるからっ。」

「あらー。赤くなっちゃって、かっわいいわねーん。」

「ぐ・・・。」

本当に赤かったかどうかはわからないが、思わずアスカは顔を伏せてしまう。このアス
カをもってして二の句を告げなくするなんて、本当にこれが先生だろうかと、あまりの
カルチャーショックにシンジの中にあった先生像というものが崩壊していく。

教室へ入ると早速2年生最初のホームルームが始まった。無論、教壇に立つのはミサト
先生である。

「今日からこのクラスの担任をすることになったぁーっ! ちょくちょく休むから、そ
  ん時は静かに自習っ! 騒がしくしたら、わたしが学年主任に怒られるからねん。」

「「「わはははははは。」」」

クラスから笑い声が起きる。なんとなくそうは感じていたが、かなり気さくな先生のよ
うである。

「それから、惣流さんが足を怪我してるわ。しばらく当番を決めて車椅子を持ってあげ
  るようにっ! でも、碇くんは惣流さんご指名だから、毎日持ってあげてねん。」

ニヤリとしてシンジに視線を送ってくる。さすがにクラスのみんなの前で、このからか
いはたまらない。

な、なんて言い方するんだよっ!
変な誤解されるじゃないかっ!

「ひゅーひゅー。」
「なんか熱いぞーーっ!」
「エヴァの選手同志、あつあつかぁぁっ?」

ほらぁぁぁ。みてみろよっ!
からかわれてるじゃないかぁぁ。

アスカはアスカでギロリとミサト先生のことを睨んでいる。だが当のミサト先生は、そ
れまでのニヤニヤモードが消え、ちょっと驚いた様子でシンジとアスカのことを見てい
た。

「あなた達。エヴァの選手なの?」

「せんせー、知らないんですかぁ?」
「碇と惣流って言ったら、有名な天敵なんですよ?」

その言葉を聞いて、愕然とするミサト先生。かなりショックを受けた顔で、シンジのこ
とを睨んでくる。

「じゃ、じゃぁ、碇くんが、惣流さんの足を・・・。こんな怪我させちゃったから、罪
  滅ぼしで車椅子持ってるわけ?」

「違いますよっ!!!」

勘違いもはなはだしい。そんな噂が広まってはそれこそたまらないので、大声で否定し
ながら立ち上がって、即座に怪我した理由を説明する。

「試合でアスカが大怪我しちゃったんですっ! だから、ぼくをコーチしてくれること
  になっただけですよっ!」

「そう・・・試合で。」

更に少し顔を暗くしたミサト先生だったが、すぐになにかを振り切るようにいつもの調
子に顔を戻し、シンジとアスカに視線を送ってきた。

「そこから愛が始まったわけねーん。」

「ちがいますよっ!」
「違うわよっ!!!」

この先生は、生徒をからかうことを生き甲斐にでもしているのだろうか。シンジとアス
カは、めいいっぱい大声を上げて否定した。

ホームルームも終わり、今日は始業式なのでまだ昼前だが放課後。ミサト先生のからか
いのせいで、本当のところはどうなのかとかクラスメートが詰め寄ってきたが、適当に
かわして退部届けを出しにクラブへと足を運ぶ。

「ったく。あのミサトって先生。たまんないわよっ!」

「ぼくもあんな先生初めてだよ・・・。絶対みんな変な誤解してるよ。」

「あんなのほっといて、アンタはエヴァのことだけに専念してなさい。」

「うん・・・そうだね。まずは関東大会、頑張らなくちゃ。」

今日のホームルームのことをブチブチ言いながら、退部届けを持って部室へやって来た
までは良かったが、なんとそこにはまたしてもあのミサト先生がいるではないか。

「よっ! 待ってたわよん。ご両人っ! 今日から顧問になった、葛城ミサトよんっ!」

「「げっ!!」」

こんな所まできて、またからかわれてはたまらない。退部届けを出して、さっさと帰っ
てしまいたい。

「あの・・・退部届け出しに来たんですけど。」

そう言いながら退部届けを渡すと、ミサト先生は封筒から中の紙を取り出し、退部の理
由などに目を通す。

「駄目よん。」

ビリビリビリビリビリ。

「わーっ! ちょっとっ!」
「なにすんのよっ!」

目の前で退部届けを破かれてしまい、さすがにシンジもアスカも抗議の声を上げる。

「日本語がなってないわ。字も下手だし。」

「そんなの関係無いじゃないですかっ!」

「碇くんはうちのエヴァ部の期待の星らしいじゃない。退部なんて勿体無いこと許せな
  いわ。」

「アンタっ! そんなの勝手な都合じゃないのっ! シンジ行くわよっ!」

期待の星もなにも、日本人の加持が世界チャンピオンになりエヴァが流行っているから
という理由で入部した者ばかりのクラブだ。関東大会はおろか地区予選でも勝てない、
いやそればかりか試合をすっぽかすような連中しかいない。シンジがずば抜けていると
いうより、周りに問題がある。

「惣流さんが、碇くんを退部させたい理由はわかるわ。じゃ、何処でトレーニングする
  のかしら?」

「神社でも河原でもできるじゃないっ!」

「なら、運動場でもいいでしょ。」

「禄な設備ないじゃない。運動場に拘る必要ないわっ!」

「神社や河原に拘る必要は?」

「・・・・ぐ。」

「ソードなんか外で振り回してたら何があるかわからないでしょ? 学校ならその点保
  護されるじゃない。」

「クラブに縛られた練習なんかしたくないのよっ!」

「よーしっ! わかったっ! 惣流さんのやり方にわたしは口出ししないわっ! それに
  学校なら少ないけど部費で設備もある程度は調達できるでしょ。どう?」

そこまで言われては、さすがのアスカといえど反論するネタがない。また、先生がここ
まで譲歩してくれているのだ。残っても損はないかもしれない。

「わかったわ。そのかわり、絶対口出さないって条件でよっ!」

「ま、あなた達が2人っきりになりたいってのは、わかるけどねん。」

「違うよっ!」
「そんなんじゃないわよっ!!!」

ニヤニヤするミサト先生にまたしても必死で抵抗する2人。やはり、この部に残るのは
間違った選択だったのかもしれない。

「さぁ、シンジっ。練習よっ!」

「まず、何からしようか。」

「最初にアンタ流の練習っての見せてよ。」

なんだかんだとあったものの、結局学校のクラブに残ることになった2人は、運動場の
端でトレーニングを始める。約束通り、ミサト先生は2人には口出しせず他の部員達の
指導に当っている。

何を見せたらいいんだろう?
最近よくやってた奴でいいのかな?

いろいろな訓練を自分なりに考えてやっていたので、見せろと言われても全てをすぐに
は見せられない。そこで最近1番力を入れてやっていた練習を見て貰うことにした。

「ちょっと待ってね。」

「ええ。」

車椅子に乗って睨み付けるような鋭い目をして観察するアスカの前で、シンジは多量の
石をザルの中に入れると、それを木と木の間に張られたゴムの上に乗せ、後ろから引っ
張る形で固定した。シンジの立っている位置から紐を引くと、ロックが外れ石が飛んで
来る仕組みである。

「いくよっ!」

「いいから、早くやんなさいよ。」

ソードを構え紐を引く。と、同時に襲いかかってくる石の群れ。それをソードで打ち返
したり、俊敏に体を動かして避けたりする。

「最初は避けてばかりだったけど、だいぶ打ち返せるようになったんだ。」

「こんなこったろうと思ったわ。」

「なにか、まずいの?」

「ぜっぜんダメっ! 最悪だわっ!」

「・・・・・・そんな。」

ビシっと指差して睨みつけられる。自分なりに一生懸命考えた練習方法なのに、頭ごな
しに全否定である。

「だいたいアンタの考えてることはわかるわっ! アタシにスピードで上回りたかった
  んでしょ?」

「うん。だって、アスカって物凄く速いから。」

「アタシより速いヤツなんて、五万といるわよっ! あの加持リョウジを見てごらんな
  さいよっ! どれだけ速いかっ!」

「そりゃ、世界チャンピオンだもん。」

「スピードは大事。エヴァファイトの命よっ!」

「だから、ぼくもスピードをつけたくて。」

「それがダメなのっ! いーい? なんでスピードが必要か考えてみなさいっ!」

「アスカを見てて・・・速く動かなくちゃって思ったから・・・。」

「アンタバカーーーーっ!!!!? 最低、最悪。目も当てられないわっ!」

ボロクソである。スピードが大事とアスカ自身言っているのに、今のやり方では駄目だ
と言う。もっと効率良く俊敏に動けるようになる方法があるというのだろうか。

「アンタのパパは、こんなことしろって言ったの?」

「ううん。父さんとは走ったり、うさぎ跳びしたりばかりだったから。」

「それでいいのよ・・・。」

「でもそれじゃ、力は付くけどアスカの動きについていけなくて。」

「ずっとアンタ見てて、だいたいわかってたわ。こんな練習してんだろうなって。」

「どういうこと?」

「スピードを身に付けるのは、ものすごーく難しいの。人間ってのはそういう構造なの
  よっ!」

「じゃ、どうすれば?」

「まずは筋トレが基礎。パワーがつけばスピードも出る。近道しようとして、スピード
  を求めると逆に遠回りになるのよ。」

「そっかっ! そうだったんだっ!!!」

アスカの話を聞いているうちに、シンジの目がどんどん輝いてくる。

「それにアンタのやってるのは、反射とか動体視力のスピードの訓練。スピードっての
  は、それだけじゃないわ。」

「もっと他にもやることがあるの?」

「たりまえよっ! スピード1つとっても、他にダッシュ力、スピードの持続力、トッ
  プスピード、いろいろあるの。しかも、エヴァはそれだけじゃない。パワーにテクニ
  ックも必要なのっ!」

目から鱗が落ちる思いがした。これまで自分の範囲内だけで考えて練習してしたが、教
えてくれる人がいるとこんなにも違うものなのかと痛感した。

「わかったっ! うんっ! わかったよっ! で、ぼくは何をすればいいのっ!」

「ま、偉そうに言ってるけど、半分以上はアンタのコーチするからってんで、病院でず
  っと勉強してただけだけどさ。」

「ぼくの為に・・・。」

「でよ? アンタはもう今のパワーで出せるスピードの限界近くまできてるわ。今日か
  ら当分は筋トレ。いいっ!?」

「わかったっ! アスカの言う通りにするよっ!」

「それと・・・あの鈴原だけど。」

トウジの名前が出た途端、シンジは深刻な顔になって見返すが、アスカはさほど気にし
た様子もなく喋り続ける。

「アイツはスピードで攻めるタイプじゃなく、パワーのファイター。アタシのスピード
  もあいつのパワーに勝てなかった・・・。」

「・・・・・・。」

「アイツに勝つには、特にパワーが必要なの。」

「うん。」

「よーし始めるわよっ!」

まずは寝転がり足をベンチに上げて腹筋から始まった。クランチだ。その間、アスカは
バーベルを探しに行ったが、どうもこの学校にはそんな設備はないらしい。

「どう? 終わった?」

「100回、3セット終わったとこ。」

「なんか、バーベルないみたいなのよ。」

「うん、ぼくも見たことない。」

「しゃーない。あたしを肩車しなさい。」

「アスカを?」

「アタシ軽いからあんまり効果ないけどね。我慢なさい。アタシを肩車して、スクワッ
  ト100回3セットよっ!」

言われた通りアスカを肩車し、痛めている右足を気遣いながらスクワットと始める。そ
の間、アスカは何度も注意してきた。

「ゆっくりでいいわよ。ゆっくりよ。速く動かす必要はないわっ!」

言われる通り、無理せずスクワットを同じペースで繰り返すが、それよりせめてスカー
トじゃなくジャージで肩に乗って欲しかったと願うのは贅沢だろうか。

「よーし。100回終わりっ! 休憩よっ!」

「まだいけるよ。」

「リフティングの選手を目指してんじゃないでしょ。ダメよ。インターバルに筋肉を休
  めるの。」

「わかった。じゃぁ、そうするよ。」

「エヴァのファイターは、強固な筋肉じゃなく柔軟性が必要だからね。」

少し休憩して、またアスカを肩車しスクワットを始める。それを3セット繰り返し行っ
た。

「よーし。じゃ、ストレッチよ。背中押してあげるわ。」

アスカはまだ足が動かないので、地面に座り込み体重を掛けて前に足を伸ばして座るシ
ンジの背中を一生懸命押す。

「なんか気持ちいいや。」

「でしょ? 鍛えた後は伸ばしてあげなくちゃ。うんしょ。うんしょ。」

背中を押して貰うととても気持ち良い。その後、休憩がてら水を補給した後、シンジは
トラックを走りに行った。そこへ、ミサト先生が顔を見せる。

「あらぁ、2人とも頑張ってるじゃない。」

「今、トレーニング中。邪魔しないでっ!」

ミサト先生がチャチャを入れてくるが、無視してストップウォッチを眺める。トラック
を走るシンジのラップタイムが遅すぎないか、逆に早過ぎないか計っている。

「ちょっと、足でも見てあげよっかなーって思って。」

「トレーニングに口出ししないって約束でしょっ!」

「惣流さんの足よ。あなたはストップウォッチ見てていいから、足貸してみてなさい。」

「ちょ、ちょっとっ!」

言うが早いかミサト先生は車椅子の足元に座り、両足をぺたぺた触ると、重症だった右
足をマッサージし始めた。

「あなた。きっと、歩けるようになるわ。お医者さんもそう言ってるでしょ?」

「なにしてんのよっ!」

「筋肉を解しておいた方がいいんじゃない?」

痛めた関節に圧力を加えないように、マッサージを始める。それが予想外に手馴れたも
ので非常に上手い。

この先生・・・。
いったい、何者なの?

「あなたも早く歩けるようになった方がコーチしやすいでしょ?」

「そりゃそうだけど。」

「まだ無理はできないけど、ちょっとずつでも足を動かしておくことね。治りが早いわ。」

ミサト先生と言えば現国の教師である。それなのになぜ足の故障に詳しかったり、マッ
サージが上手かったりするのだろうかと、アスカはかなり違和感を覚えるのだった。

「シンジーーっ! 休憩ーーっ!」

「はっ。はっ。はっ。はーーー。」

「今のうちに水、補給しときなさい。頭にも水掛けとくのよ。」

「うん・・・ん? 何してんの?」

「ミサト先生がマッサージしてくれるって。」

「へーー、気持ち良さそうだね。」

「碇くんにはしてあげないわよん。」

「どうしてですか?」

「惣流さんが、やきもちやくからねん。」

「「先生っ!!!」」

2人してまた抗議の声をあげる。この先生は2言目にはからかうことしかできないのだ
ろうか。いい加減、腹が立ってきたシンジとアスカは大声で文句を言うが、ミサト先生
はニヤニヤしているだけだった。

<シンジの家>

そんなトレーニングが数週間続いたある日曜日の夜。アスカは初めてシンジの家へとや
ってきていた。ユイも息子が始めて女の子を夕食に招待するということで、頑張って料
理を作っている。

「お邪魔します。」

「あらあら、狭いとこでごめんなさいね。」

この頃になると、アスカも松葉杖に切り替わっており、シンジに肩を借りながら家の中
へ2本足で入って来る。

「急がなくちゃ。もう始まってるよ。」

「よっく見とくのよっ!」

今回の訪問の目的は夕食がメインではなく、4年に1度開かれるエヴァリンピックの予
選大会第1戦がテレビ中継される為だった。

あの加持さんの試合だ。
ぼくもいつかは・・・絶対っ!

テレビ中継は始まっていたが、まだ加持は登場していない。選手の経歴や、今年はシド
ニーで開かれるエヴァリンピック会場などについて解説者が前座のように長々と説明し
ている。

「パパのこともあるんだろうけど、冷静によっく見るのよっ!」

「わかってるよ。」

「加持さんは、アタシの目標だったの。あのトルネードを見た時は、全身に電気が走っ
  たみたいに感動したわ。」

トルネード。加持の編み出した”突き”の変形技。ソードにスクリューのような回転を
与えると同時に、腰を90度以上捻り体重を乗せる一撃必殺の突き。

『いよいよチャンピオンの入場ですっ! 今年も日本チャンピオンは加持に間違いない
  と言われていますが、いかがでしょうか?』
『間違いないでしょうね。彼の力に及ぶ選手は、まだ世界にはいないでしょう。』

加持が現れるとユイも料理の手を止め、テレビの前に寄って来た。やはりなにかしら思
うところがあるのだろう。

父さん。ぼく、必ずこの人を超えてみせるよ。
アスカと一緒に頑張ってっ。

いよいよ試合が始まった。予想はしていたが、それはあまりにも一方的な展開。相手は
手出しができないまま、コロシアムの端に追い遣られる。

「あっ!!!!」

シンジの目が輝いた。あのトルネードが第1戦目から炸裂し、相手がコロシアムの壁に
激突している。

『でたーーーーっ! トルネードっ!』
『第1戦から見ることができるとは思いませんでしたね。ファンサービスでしょうか。』
『一方的な展開となりました。加持リョウジ。軽く第2戦に足を伸ばしましたっ!』

手を高々と上げられる加持の姿が、テレビ画面に映し出される。以前見た時もその圧倒
的な強さには驚いたが、エヴァのことがわかってきた今、改めて見ると彼の強さをひし
ひしと感じる。

「これが世界よっ! アンタは、ここまでいかなくちゃいけないのっ!」

「うんっ! ぼくも、もっともっと・・・・・・ん? んーーーーーーーーーーーー?」

「あっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!!」

「うわーーーっ! な、なんだーーーーーーーーーーーーーっ!!!!?」

加持の戦いに興奮していたシンジとアスカだったが、突然一転して大きく目を見開く。
もう腰をぬかさんばかりに驚く映像が、画面が切り替わって映し出されたのだ。

『婚約者の葛城ミサトさんも、祝福してますねっ。』
『いやぁ、彼女は教師ということですが、きっと学校でも鼻が高いことでしょう。』

「あ、あ、あれっ! ミサト先生じゃないかぁっ!」

「こ、婚約者ーーーっ!? いったいどーなってんのよーーーーっ!!!! 」

コロシアムのサイドで加持とキスしているミサト先生の姿が全国ネットで映し出されて
おり、シンジとアスカは目をまん丸にしている。

「わかったわっ! アイツはっ! シンジが加持を倒さないように、スパイしにきてたの
  よっ!」

なぜそうなる・・・。アスカのわけのわからない思考はともかく、今日のテレビは世界
チャンピオンの勝利など忘れさせてしまう程、後のおまけが衝撃的なものとなったのだ
った。

その後、みんなで夕食会となったが、ユイの作った料理をアスカは、しかめっ面でじっ
と見ていた。

「あの・・・お口に合わないかしら?」

「いえ・・あの・・・。そんなことないです。美味しいです。」

「ごめんなさいね。アスカちゃんの家のご飯はもっと美味しいんでしょうけど・・・。
  今日は大根の葉っぱだけしかなくて。」

「いえっ! とっても美味しいですっ! あの・・・そうじゃなくて。その・・・。」

「なに?」

「シンジくんのお弁当っ! 明日からアタシが作っていいですかっ!?」

「えっ? そんなことまでして貰っちゃ悪いわ。」

「いいんですっ! アタシも女の子だし、料理のお勉強したいなって思ってたんだけど、
  三日坊主で。えへへへ。でも、シンジくんが食べてくれたら作れるかなって。」

「シンジはどうなの?」

「あんまり美味しくないけど、いいわよねっ!?」

2人の視線がシンジに集中する。断る理由などないが、もし断りたくてもこの状況で断
れるはずもない。

「ぼくは。いいけど。」

「じゃっ、決まりねっ!」

ユイは感謝の篭った目でアスカに視線を送る。

「ありがとう。アスカちゃん。」

成長期の男の子が食べるご飯としては、あまりにも質素な食事であることはわかってい
たが、どうしても肉料理などを毎日作る余裕がなかったのだ。

「シンジっ! まずいなんつったら、コロスわよっ!」

「だいたい覚悟してるから。」

「ぬわんですってーーーーーっ!!!!」

バシっ!

おもいっきりシンジの頭をひっぱたきつつも、既にアスカの頭の中では明日からの料理
のことでいっぱいだった。美味しい料理はあまり作れないかもしれないが、そんなもの
は二の次。今シンジにとって重要なのは、ファイターとして栄養のある食事である。

「あなたは幸せな子ね。シンジ。」

「へ?」

頭に?マークを浮かべたシンジだったが、ユイの優しい笑みに何か感じるものがあった
のかアスカに向き直った。

「アスカ。ありがとう。」

「これはアタシの役目。アンタはアンタのすることがあるでしょっ!」

「うんっ!」

アスカは本気だ。
ぼくはまだ中学生だけど、今頑張らなくちゃいけないんだっ。

そうだ。加持さんはこの道の果てにチャンピオンになったんだ。
父さんもこの道を・・・。

ぼくは、ただコーチと巡り合ったんじゃないんだ。
掛け替えの無い人と巡り合ったのかもしれない。

ぼくはっ!
ぼくはっ! 世界チャンピオンになるっ!!

これを切っ掛けとして、シンジの行動が目に見えて変わったということはなかったが、
また1歩確実に大きな階段を上った瞬間であった。

<学校>

翌日の学校は、やはり大騒ぎとなっていた。ミサト先生が売約済みだったと嘆く男子生
徒もいれば、あの加持リョウジの婚約者が担任の先生だということで、はしゃぐ生徒も
いた。

「ミサト先生っ! 今日も会場に行くんですかっ!?」

「行くわよん。学校が終わったらすぐねん。だから、エヴァ部の人は、ごめんちょ。」

「エヴァリンピック、今年はシドニーですよねっ! 行くんですかっ!?」

「もちっ! 学校も夏休みでしょ。加持が代表になったら行くわよん。」

「加持さんのサイン、貰ってくださーいっ!」

「はいはい。じゃ、授業始めるわよ。雑談はこれでおしまい。」

だがそう簡単に昨日の衝撃はおさまるものではなく、ほとんど授業にならないまま、月
曜の現国の授業は終わりを告げた。

昼休み。

「あの・・・アスカ?」

「なによっ!」

「その。あのね。」

「なによっ!」

「だから・・・。」

「カロリー計算はバッチリよっ!」

「それはそうみたいだけど・・・。」

「食べるのっ!? 食べないのっ!!!?」

「食べます。」

放課後。

ミサト先生は先に帰る為、部室のシンジとアスカ以外の部員達に今日の課題だけを告げ
にやってきた。

「それから碇くん。ちょっと。」

「はい。」

部室から離れ、ミサト先生がシンジを手招きした。後ろからアスカも松葉杖を突いて付
いて行く。

「わたし、知らなかったんだけど・・・。加持と話している時、碇くんの名前を偶然わ
  たしが言ったの。」

「はい。」

「お父さんのこと・・・加持が言ってたわ。」

「そうですか。」

「俺は待ってる。それだけ伝えてくれって。」

初めて神妙な顔でシンジに対面するミサト先生だったが、シンジは笑顔を作ってそれに
答えた。

「あれは試合です。卑怯なことをされて父さんは死んだんじゃないから・・・。加持さ
  んは恨んでません。」

「ごめんなさい。」

「ほんとは、悲しいけど、影で人のことを恨む卑怯な奴だって、父さんに思われたくな
  いから・・・。」

「そう・・・。」

「だから、ぼくっ! 正々堂々と父さんの夢を叶えますっ!」

「そうね。先生も応援してるわ。」

それまで口を挟むべきではないと黙っていたアスカだったが、ようやく一区切りついた
たのを見てとり声を出してきた。

「あら? シンジを応援したら、婚約者を裏切ることになるわよ?」

「うーん・・・それは困るわね。」

「なんですってっ! 婚約者を取って、生徒を裏切るわけねっ!」

「それも・・・心外ね。これは困ったわ。」

「ぼくは・・やっぱり先生は婚約者なんだから、加持さんを応援しなくちゃいけないと
  思うけど。」

「そっか、碇くんには愛しの惣流さんがいるもんねぇ。わたしの出る幕じゃないわねん。」

「そんなんじゃないですっ!!!」
「違うっつってるでしょうがっ!!!」

ゲンドウのことになり、重苦しくなった雰囲気だったが、少し空気が和んだところでそ
ろそろ時間である。ミサト先生は2人に手を振り車で会場へと向った。

加持さんか・・・。
あのトルネードっての、凄かったよな。
ぼくにもできるかな。

ミサト先生が去った後ちょっと試してみたくなり、木陰でソードを持って突きの練習を
始めてみるが、ソードを切り揉みさせるどころかあんなに鋭い突きそのものができない。
スピードもパワーも全然違うのが自分でもわかる。

こう・・・かな?
違うな。
こう?

いろいろやってみるが上手くいかない。そんなことをしているうちに、横からシンジの
ことをいろいろ記録したノートの角でアスカが頭を叩いて来た。

「アンタは何やってんのよっ!」

「いや・・・トルネード。」

「なもんっ! 昨日見て今日できるわけないでしょうがっ!」

「そうなんだ。できないんだ。」

「トルネードの前に、突きそのものがまだまだなのよっ! そんなに突きしたいんなら、
  腕立て100回よっ!」

「ぼくはまだ、そのレベルか・・・。」

「さっさとするっ!」

「はーいっ。」

ソードを置き腕立て伏せを1,2と数えながら始めるシンジを見ながら、アスカは感心
していた。コーチをすると言い出した時、同じ歳の自分の言うことなどをここまで素直
に次から次へと聞くとは思ってなかったのだ。

だが、逆にこうなってくると、自分の一言一言がシンジの将来に大きく影響してくると
言う責任がのしかかってくる。それはまだ中学2年のアスカにとってはとてつもないプ
レッシャーとなってきていた。

「腕立て100回っと・・・。次は背筋ね。」

「100回でいい?」

「それでいいわ。背筋、腹筋と続けてやって。」

シンジがやったこと、それにかかった時間などを細かくメモしていく。毎日体の必要な
筋肉を偏ることなく同じペースでトレーニングする。

5月終わり迄は基礎トレーニング。それを元に、夏の関東大会へ向けて6月から実戦ト
レーニング。それがアスカの計算だったが、それだけではあの鈴原トウジの脚力には勝
てない。関東大会の優勝は当然として、その後何をするかが勝負である。

アスカの寝る間を惜しむシンジのスケジューリングと、トレーニングに付き合う為に必
要な自分のリハビリの毎日は続く。

逆にシンジは夜更かし,不摂生厳禁。アスカは9時までに寝ろと言っているが、赤ん坊
じゃあるまいし、さすがにそれは無理なようだが。

<エヴァリンピック日本代表決定戦会場>

日曜日。シンジとアスカは、ミサト先生に招かれて静岡の全国大会会場までやってきて
いた。

4年に1度開かれるエヴァリンピックの日本代表を決める決定戦。今年は梅雨時に行わ
れたこともあり、雨の中の観客達は傘を持って大勢見に来ていた。

「父さんの試合に来て以来だ。エヴァの試合、生で見に来るの。」

「さっすが、日本代表戦ともなると違うわねぇ。凄い人だわ。」

「よくこんなに人が集るね。」

「ばっかねぇ。チャンピオン争いもかかってるんだから、チケットだけでも普通取れな
  いのよ? ミサトのコネがあるおかげよっ。」

「そうなんだ。凄いや。」

そんなことを話していると、会場全体がわーーーっと沸き上がった。チャンピオンの入
場である。

対するチャレンジャー、青葉の入場の時はさほど湧き上がりはなかった。それだけチャ
ンピオンとは注目されるものなのだろう。

『いよいよエヴァリンピックへ向けての日本代表っ、そして日本チャンピオン決定戦と
  なりました。』
『現チャンピオンの実力は、これまでの闘いでも圧倒的ですが、チャレンジャーはどう
  でしょうか?』
『いや、なかなかあなどれませんよ。彼もこれまで無敗ですし、パワーがあります。』
『さぁ、青葉のパワーが勝るか、加持のトルネードが炸裂するか。いよいよレッドシグ
  ナルが灯りました。』

コロシアムの中央でソードを合わせるファイターの姿を、もうシンジもアスカも固唾を
飲み一言も喋らず見詰める。

あのトルネードが生で見れるんだ。
あの加持さんの闘いだよなっ。
瞬きなんかするもんかっ!

両者が距離を取り戦闘態勢となった。青葉はソードの中程を持ち突撃体制。加持はソー
ドの端を持ち一撃殲滅を狙っているようだ。

グリーンシグナル点灯!

『試合開始!』

予想通り青葉が一気に突撃。

巧みにかわし背中からソードを叩き込む加持。

もろともせず青葉が地面を蹴って再突撃。

予想外に、互いに攻撃を繰り返す攻防戦。いやがおうなしに観客は湧き上がる。

試合開始1分と36秒。

「でたっ!」

シンジが叫ぶ。

加持のトルネードが青葉の肩を捕らえる。

が、左肩の装甲具を吹き飛ばされながらも、無理矢理パワーで地面を蹴り残った右手で
ソードを加持の腹部叩き込む。

凄いっ!
なんて試合だっ!

始めて生で見る日本チャンピオン戦に、シンジの体は震える。

ソードを腹部に叩き込んだ勢いに乗り全体重をかけ攻勢に転じる青葉。

ズガンっ!
ズガンっ!
ズガンっ!

『加持っ! 押されているっ! チャンピオンが押されているっ!』
『今の腹部への一撃は、かなり効いてますよっ!』

この時点。

シンジもアスカも・・・いや、ここで見ている全ての観客,解説者は、加持の勝利をま
だ疑っていなかっただろう。

ズガンっ!
ズガンっ!
ズガンっ!

押され続ける加持。

『チャンピオンっ! 足にきているっ!』

加持、とうとうスリップダウン。

『チャンピオンっ! ピンチっ!』

なんとか起き上がる。

しかし、これまで続いた攻防戦の疲れをモロともしない青葉の猛攻にさらされた。

加持30歳。

パワーではるかに勝るゲンドウを倒した頃、彼は25歳であった。
あれから5年。

エヴァファイターの寿命は長くはない。
かつては無冠の帝王と言われたゲンドウも、年齢には勝てなかった。

その日。チャンピオンは、圧倒的な技術力を持っていながらも、若さの前に敗北した。

シンジもアスカも立ち上がり、茫然自失でコロシアムを眺める。
ただ眺める。

あの絶対無比に思えた加持が。
永遠の目標だと思っていたチャンピオンが。

今は、コロシアムの真中で息耐えた虫のように転がっている。

その自分の目で見ているもの。目の前でまさに起こっている現実。
それが信じられない。

コロシアムの中央で手を高々と上げられ、飛び上がって喜ぶ青葉シゲルの姿。
新しい若きチャンピオンが我が世を桜花する姿。

試合開始の時とは手の平を返したように打って変わり、観客達の声援は皆、青葉に向け
られておる。皆が拍手を青葉に送っている。

「なんで・・・なんでっ! 加持さんが負けたんだよっ!」

シンジが叫ぶ。

「ぼくは加持さんを超えることを目指してきたのにっ!」

今回のことがシンジの心に落とした影は大きい。

光り輝くチャンピオンを目指す者が、その輝きの向こうにあるものを目の当たりにして
しまった。

「ちくしょーっ! ちくしょーっ!」

自分の膝を叩く。

コロシアムでは、のろのろと立ち上がり退場して行く、敗者加持の姿。

その傍らで、観客席から走る1人の女性の姿が見えた。

「ミサト先生!!!」

「シンジっ! アタシ達もっ!」

「うんっ!」

ミサト先生の後を追い、シンジ達も駆け出す。

だが、シンジ達は控え室へは通して貰えなかった。

そして、葛城ミサトも。

婚約者である葛城ミサトにも加持リョウジは会おうとはしなかった。

暗い廊下で泣き崩れるミサト先生に近寄ることができず、遠くからシンジは見詰める。

父の時もそうだった。マナの時も、アスカの時も。そして今、ミサト先生を前にしても、
こんな時かけるべき言葉が出てこない。

人が苦しんでいる時になにもできない無力な自分を噛み締める。

それは、噛めば噛む程苦い味がした。

To Be Continued.
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