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エヴァリンピック
Episode 06 -すべてをかけて 〜Asuka I〜-
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<アスカの家>

予想外のチャンピオン敗退に、少なからずショックを受けたアタシは、言葉数も少なく
シンジと別れて家へと帰って来た。

テーブルには何処かの店からデバった玉子丼が1つ置かれており、両親の姿はない。た
ぶん今日も2人で外食だろう。

まさかあの加持選手が・・・。
ショックよね。実際。

4年に1度のエヴァリンピック。今年もまた加持選手が世界チャンプなんだろうと思っ
てたから、余計に今日の試合の衝撃は大きい。

シンジ・・・かなり落ち込んでたけど。
でも今はそれどころじゃないわよねっ!
もうすぐ地区予選が始まるもん。

真っ暗な家の中、唯一蛍光灯の灯るダイニングで1人冷めた玉子丼を急ぎ頬張りながら、
赤いシステム手帳を取り出す。中学生からは地区予選があるから、スケジュールがいっ
ぱい。

昨日は小魚とバナナだったから・・・えっと。

食べ物の栄養素なんかをメモした手帳と、冷蔵庫の中を見比べる。カルシュウムとカリ
ウム,ビタミンは大丈夫だけど、鉄分が不足気味かな。

手帳にはお弁当の献立表も書いてる。って言っても、普通の献立表と違って、栄養素の
一覧みたいにも見えるけど。

鉄か・・・レバー無いわねぇ。
あっ、ほうれん草があるじゃん。

冷蔵庫の野菜室からほうれん草を一束掴み、ブチブチちぎりながらお弁当箱に捻り込む。
明日はほうれん草のサラダね。

あとは・・・炭水化物とカルシウムってとこかな。

もう1つのお弁当箱に、ご飯を詰めちりめんをご飯粒が見えなくなるまで大量にまぶす。
ビタミンAが足りないから、ほうれん草の上に玉子焼きを明日焼いて乗せよう。

最初、このお弁当を見てシンジの奴引いてた。お弁当箱開けたら、一面ほうれん草だっ
たの。真緑のお弁当・・・ははは。

ほうれん草は便利なのよ。鉄とマグネシウムとビタミンCが一気に取れる。それに加え
てもう1つのお弁当箱や水筒に、お魚,牛乳,バナナなんかを入れたら栄養バランス完璧。

そりゃぁ、美味しいお弁当食べたいわよね。わかってるわよ。
時間できたら、お料理の勉強もするから。
もうちょっとの間、我慢してね。シンジ。

お弁当の下準備を終わらせたアタシは、玉子丼の残りを大急ぎで掻き込んで部屋に入っ
た。ノートパソコンを起動してトレーニングメニューを映し出す。

やっぱまずいわねぇ。
腕力の伸びが・・・。

シンジとトレーニングを始ることになって、アタシはまっ先に大殿筋,大腿四頭筋をタ
ーゲットにした。スクワットが主ね。それにプラスして腹筋と背筋を鍛えたの。

おかげで足腰はかなり強くなったし、走る速さはかなり伸びたんだけど・・・腕力をお
ろそかにしてたのが、今になって響いてきた。思っていたより、腕力の伸びが遅い。

腕力鍛える時間がないよぉ・・・。
地区予選近いし。

関東大会までの課題は、実戦訓練,スピードアップのトレーニング,腕力強化の3つ。
まんべんなくするか、どれかに重点を絞るか。時間の制約があるから、作戦を立てなく
ちゃ。

アイツ、スピードはそこそこあるから。
スピードアップを後回しにするか・・・。

スピードアップは軽い運動を高速で繰り返すけど、筋力アップは重いバーベルを持って
ゆっくり動かすから同時にできない。

表計算ソフトに記録された、シンジのデータをプチプチクリックしながら、頭を痛める。
やっぱり基礎は筋力アップよね。

特に握力が弱い。
明日から、試合までボールを握らせようかな。

四六時中ボールを握っているだけでも、かなり訓練になるはず。早速、朝から晩までボ
ールをシンジに持たせることを、手帳に書き込む。

筋トレは、腕立てとベントオーバー・ロウに主力を切り替えて・・・。
そろそろ実戦訓練始めなきゃ。

ちらりと右足に視線を運ぶ。自由のきかない足が恨めしい。アタシはもどかしそうに立
ち上がって、トントンと体重を掛けないように足踏みしてみる。

これくらいなら、もう大丈夫なんだけどね。
衝撃が強いと・・・。

奥歯をぎゅっと噛み締めて、おもいきってジャンプして右足で着地してみる。

「ッツ!」

やっぱりかなり痛い。お医者さんは、階段の上り下りくらいなら、時期に痛みはなくな
るって言ってるけど、そんなの待ってられない。

せめて、自転車に乗りたい。
朝のロードワークにも付き合って、シンジのペースコントロールしたい。

もどかしい右足の筋肉を伸ばしたり、片足で立ってみたり、医者に言われているリハビ
リメニューをこなしていく。

もっと、すぐに治る方法ってないのかしら?
少々きつくてもいいのに・・・。

この間、自転車に乗ってみた。乗れないことはないんだけど、右足を思いっきり地面に
つくと痛くて体が支えられなかった。まだ危なくて乗れない。

大会が近いんだ。
早く治さなくちゃっ。早く。

医者に言われている倍の量でリハビリをこなすと、もう夜中の12時。寝る前に今日の
大会を予約録画していたビデオをチェックする。

この選手、小柄なよね。
シンジに役に立つとこないかな?

シンジは中学生選手の平均よりやや小柄で細身。そういう選手は、体重の軽さを生かし
てスピードを主力にテクニックをからめるのが一般的。アタシは同じような特長を持つ
プロの選手の戦い方を、ビデオで巻き戻したり早送りしたりしてチェックしていく。

さすがプロだわ。
ここでカウンター出るとはねぇ・・・。

日本代表選手権で早々に敗北したファイターでも、やっぱりプロの飯を食っているだけ
のことはあって、中学生の自分達とはレベルが違う。

ふむ・・・。

「いち、に、さん。・・・ふむふむ。」

プロの選手の動きをアタシもソードを持って真似してみる。使えそうなテクニックかど
うか調べてシンジに教えなくちゃ。どんなに凄いテクニックでも、シンジにできない技
じゃ意味ないしね。

2つのTV局で3時間放送された試合。合計6時間を今日中に全部チェックはできそう
にないから、適当なところで区切りをつけて寝ることにした。今日も2時過ぎちゃって
る。早く寝なくちゃ。

よーしっ!
明日から実戦訓練よっ!

手帳に絵を書いてメモしたプロの選手の技を見ながら、静かな家の中でアタシは1人眠
りについた。

<学校>

翌日の学校は、加持選手のこととミサトのことで朝から話題が持ちきり。その話題の中
心になってるミサトは、休暇を取り今日は学校に来ないらしい。

「シンジっ! アンタっ、何時に寝たのよ!?」

「・・・・・・1時くらい。」

「アンタバカーっ!? 9時には寝なさいって言ってるでしょうがっ!」

「寝ようとしたんだけど・・・。その・・・ショックで。」

「ったく。1時ねっ。今日はちゃんと寝るのよっ! 起きたのはっ!?」

「いつもと一緒。4時くらい。新聞配達して、ロードワークしたよ。」

「3時間しか寝てないじゃないのっ! ったくっ!」

ブツブツ言いながら、システム手帳にシンジの就寝,起床時間をメモし席につく。勉強
はサボレない。成績が下がったら、アイツ・・・両親のことね・・・から何を言われる
かわからないから。シンジのコーチをやめろなんて言われる隙を与えたくない。

昼休み。

さっそくお弁当をシンジに手渡す。始めの頃は引いていたけど、最近は嫌な顔をしない
で食べてくれる。

そのうち、美味しい料理勉強するからさ。
関東大会までは、時間ないの。我慢してね。

「よぉ。よくそんな弁当食えるなぁ。」
「いくら愛妻弁当でも、俺なら食えねぇぞ。」

ブチっ! クラスの男子だ。頭にきた。

「そんなことないよ。おいしいよ。」

シンジがアタシを気遣って明らかにお世辞めいたこと言ってくれたけど、ここで黙って
いられるようなアタシじゃない。

ズシャッ!

シンジの机の横に掛けられてるソードを抜き取り、ムカつくバカ共の喉元に突き立てて
やる。

「アンタらくらい、怪我してても10秒よっ!」

「行こうぜ。行こうぜ。」
「くわばらくわばら。エヴァファイターは荒っぽいからよぉ。」

捨てセリフを残して去って行く。まぁいい。今度ふざけたこと言ったら、一激でKOし
てやるっ!

「駄目だよ。コロシアムじゃないとこで、ソードなんか振ったら。」

「それは、アンタの信念でしょ。アタシは違うわっ!」

「ごめん・・・。」

「ううん。それはそれで正しいわ。選手が暴力沙汰起こしたら試合出れなくなるもん。」

そんなことより、なんだかいつもよりシンジが暗く思える。やっぱり、加持選手のこと
が尾を引いてるのかな。

放課後。

待ちに待ったクラブ活動の時間がやってきた。シンジがダンベル・ショルダー・プレス
を3セットしている間に、アタシは野球部の部長の所へやってきていた。

「エヴァ部だけど、ボール1つくれないかしら?」

「先生に許可貰ったらいいけど、何に使うんだ?」

「ずっと握らせて腕力鍛えるのよ。」

「それなら、ソフトボールの方がいいんじゃないか? 大きいしな。」

ん? それもそうね。
気付かなかった。

野球部の3年の部長にお礼を言って、今度はソフトボール部にボールを貰いにやってく
る。丁度顧問の先生もいたから好都合。

「学校の外で使うんでしょ?」

「部活に使うんだから、いいじゃん。」

「学校の外に常時持ち出すってのは、許可できないわね。」

「ボール1つくらい、いいじゃない。」

「1つとか、2つとかそういう問題じゃないでしょ? 駄目なものは駄目です。」

「あー、そうですかっ! わかったわよっ!」

ムカッ! ったく! なんで学校の先生ってのは、こう頭の固いヤツが多いのかしら。も
ういいわよ。自分で買うからっ。アタシはかなり機嫌を悪くして運動場に戻って行く。

「終った?」

「うん。3セットとも。」

「今日からそろそろソードを交えましょうか。」

「交えるって、誰と?」

「誰って、アタシに決まってるじゃん。」

「えーー? だって・・・。」

「大丈夫よ。受けるくらい。」

長年使ってきた赤いソードを取り出して構えてみる。プロテクタは付けてないけど、な
んだかこれを持つとしっくりして、引き締まる感じがする。

「アンタ、中段が好きだったわよね。まずは中段でいらっしゃいよ。」

「大丈夫?」

「誰にそんな口きいてるわけぇ? アンタはアタシに勝ったことがないのよっ!」

「う・・・そうだけど。」

「わかったら、いらっしゃいっ!」

エヴァはパンチ,キック,掴み技,投げ技などもあって、ソードをほとんど使わないフ
ァイターもいるから、剣道みたいに型が決まっていない。
でもこれまで戦った経験から、シンジはソードでの攻撃を中心に中段に構えるのが好き
みたいに思えた。

「さっ、いらっしゃいっ!」

「うん。いくよ。」

3メートル程離れた位置から、ソードで切りかかってきた。

スカーーーーンっ!

でも、全然ダメ。振り下ろしてきたシンジのソードを、思いっきり払い上げ空高くに飛
ばしてやった。なめてんじゃないわよっ。

「なに手加減してんのよっ! そんなんじゃ練習になんないわっ!」

「でも・・・。」

「真剣にいらっしゃいっ!」

足を怪我してるから? プロテクタを付けてないから? ここがコロシアムじゃないから?
シンジの奴、手抜いてるの見え見え。

まだプロテクタを付けようと思ったら、プラグスーツ着なくちゃいけないから、足が痛
くて無理なのよ。

「じゃ、いくよっ!」

「ええ。いつでもいいわよ。」

カンっ! カンっ! カンっ!

さっきよりだいぶマシになった。アタシもソードを駆使して受ける。・・・けど、関東
大会で戦った時とは、シンジの動きが雲泥の差。

「もっと真剣にやんなさいっ! 手加減してたら、アンタの何処が良くて何処が悪いの
  かわかんないでしょっ!」

「・・・・・・。」

「なにしてんのよっ! さっさといらっしゃいよっ!」

「ごめん。今日は無理みたいだ。」

ところがシンジは俯いてしまって、ソードを鞘にしまい始めた。

「なんでよ。体調悪いのっ?」

「ぼく、何の為にエヴァの選手になりたいのかわからなくなってきて・・・。」

「なに言ってんのよっ! アンタ、お父さんの・・・。」

言葉が詰まってしまう。お父さんを倒した相手、加持選手を倒す。それがシンジのこれ
までの最終目標だった。それが・・・。

「そんなことで、くよくよするんじゃないわよっ!」

「ごめん・・・でも今日は無理だ。」

「やる気あんのっ!!!?」

「帰るよ。1人で考えたいんだ。」

「シンジ・・・。」

ソードや荷物を持ち背中を向けて帰って行く。そりゃ、昨日の日本代表決定戦はショッ
クだったけど、そんなことでいちいち立ち止まってどうすんのよっ!

「シンジのバカーーーーーーっ!!!!」

アタシは影が落ちたようなシンジの背中に、運動場で部活をしているみんなに聞えるく
らいの大声で叫んでいた。

<アスカの家>

あんなことくらいでやる気をなくすなんて!
アイツにとって、エヴァってその程度なのっ!!

イライラしながら家に帰ったアタシは、むんずと受話器を取って1番の親友に電話を掛
けていた。

「あっ! もしもし。アタシぃ。アスカ。最近どうかな?」

『もぉぉ。今、何時だと思ってんのよぉ。ふぁぁぁぁ。』

しまったっ!
時差のことを忘れてた。

ものすごーーーく眠そうな声で電話に出てきたのは、幼馴染でもあり1番の親友の霧島
マナ。

「ごめん、ごめん。もう夜だった?」

『おもいっきり夜中よっ。』

「うーん、起こしちゃって悪いから、話し相手になってあげるわっ。」

『なってくれなくていいっ。もう寝かせて。』

「あのさぁ。シンジのヤツがねっ。」

『わたしの話聞いてるっ? 眠いってばっ。』

「いいからいいから。」

『よくなーーーい。』

「目標にしてた世界チャンプの加持選手が負けたくらいでさぁ。」

ちょっと強引だけど、無理矢理愚痴を聞いて貰う。たまには早起きして、親友の悩みく
らい聞いてもバチは当らないわよね。

『ねぇ。アスカが希望を見失った時、シンジくんに助けて貰ったじゃない。でしょ?』

「アタシの時は、進むべき道がなくなったからよ。アイツは世界チャンピオンを目指し
  てるのに、ウダウダ言ってんのよっ!」

『あのさ、2小の近くのエヴァクラブ。あそこの先生に相談してみたら?』

「だってアタシ、あそこもうやめちゃったし。」

『遊びに行く気持ちで行ったらいいんじゃない? ファイターとしてじゃなくてさ、コ
  ーチの先輩として、先生にいろいろ聞けるかもね。』

「それは・・・そうね。」

『じゃ、おやすみぃぃ。ぐぅぅぅ。』

「寝るなぁーっ!」

『ぐぅぅ。』

マナのヤツ、受話器持ったまま寝てしまったみたい。まぁいいわ。久し振りにエヴァク
ラブに行ってみるのも悪くないわね。

アタシは電話を切ると、なつかしのエヴァクラブへ顔見せって感じで出掛けて行った。

<エヴァクラブ>

みんなの声が聞こえてくるコロシアム。小学生大会も中学生大会も近いから、気合が入
ってるわね。

「みんなぁぁっ! ひさしぶりぃっ!」

大きく手を振って声を上げると、みんながこっちを振り向いて手を振ってくれる。中に
は駆け寄って来てくれる仲の良かった子達もいる。

「おい、惣流。怪我大丈夫なのか?」
「ほんとに、もう試合出ないの?」
「あの碇くんのコーチになったんですって?」

怒涛のごとく押し寄せる質問責めに、いちいち答えるのも面倒だったから、適当にかい
摘んで返事をしながらクラブの中に入って行く。

「先生っ! 久し振りっ!」

「おっ。もう足もいいみたいだな。」

「ええ。松葉杖無しで歩けるくらいになったわ。」

「話には聞いてたが、元気な姿を見て安心したよ。最近はどうしてるんだ?」

「碇シンジっていたでしょ?」

「指導してるってのは本当なのか?」

「うん。でもさ・・・。」

かつての先生にこれまでのいきさつを簡単に説明しながら、折角これからだというのに
シンジが帰ってしまったことの愚痴も聞いて貰った。

「そうだなぁ。惣流は覚えているか?」

だけど先生はアタシの話を聞いていたのかいなかったのか、全然違う昔話を始めたの。

「お前が小学校3年の時だ。初めて関東大会で優勝したよな。」

「ええ。もちろん覚えてるわよ。」

「3年生で優勝だ。お前は飛び上がって喜んでたな。」

「そりゃそうよ。」

そうあの時アタシは、小学校5年や6年の体の大きな力のある男の子達を、スピードで
翻弄して優勝した。あの大会が、アタシがスピード重視ファイターに進むことを決定付
けたのよね。

『優勝っ! 惣流・アスカ・ラングレーっ!』

賞状とトロフィーを1番高い台の上に立って受け取った時の感動。歯を食い縛って泣き
そうになるのを堪えてたっけ。

『ママーっ! 優勝したよっ! ママーっ!』

家にトロフィーを高々と上げて走って帰った。

『見てっ! ママーっ!』

小学生大会。アタシの晴れの舞台の日。ママはきっと優勝を喜んでくれると思って、一
生懸命走って帰った。

「・・・・・・ママ。パパ。」

だけどママもパパも、”旅行に行って来る。”ってメモとお金をテーブルに残して、家
にはいなかった。

「次の日から、お前は何も手につかなかったな。」

「そんなことないわよ。アタシ休まず練習してたもん。」

「まだ3年生だ。自分ではそう思ってるつもりでも、まるっきりやる気がなくなってい
  るのは、先生にはわかったぞ。」

「・・・・・・。」

「お前の家のことも少しは知ってる。先生な、あまりにお前が可愛そうでな。」

ちょっと苦笑いをしてベンチに座ると、先生はアタシを見上げてきた。

「1人の生徒を贔屓したらいけないんだろうが、ついな。大会から2日後、一緒にご飯
  食べに行ったの覚えているか?」

「あったりまえよ。楽しかったもんっ。」

大会から2日後だったか3日後だったのかまではっきり覚えてないけど、先生はアタシ
をご飯に連れて行ってくれた。

『3年で優勝なんて凄いなぁっ! 惣流っ! なんでも食えっ! お祝いだっ! なんでも
  いいぞっ!」

『なんでもいいの? ケーキでも?』

『あぁ。デザートでもジュースでも、好きなのをいっぱい食えっ!』

『ほんとにっ! わーーーーいっ!』

『お前が一生懸命努力したのが実ったんだ。もう先生は、嬉しくて仕方ないよっ!』

『ほんとに、嬉しいの?』

『あぁ! だから、こうして一緒にご飯食べに来てるじゃないかっ! 今日は、優勝パー
  ティーだっ!』

今からよくよく考えると、あの時の先生はちょっと大袈裟だったかもしれない。それが、
先生の思い遣りだったんだろう。

「先生。アタシに気を使ってくれたのね。」

「実際、教え子が優勝したんだ。ま、ちょっと大袈裟だったかもしれんが、嬉しくない
  なんてことはないさ。」

「ありがと。先生。」

「あの次の日から、またお前は一生懸命練習し始めたんだ。」

「そりゃ、頑張ったら喜んでくれる人がいたら・・・やっぱさ。」

「小学校3年の頃のお前の心には、それが必要だったのさ。」

「え?」

「技術は、本屋で売ってるエヴァの本でもできる。だがコーチっては、教科書の延長じ
  ゃないぞ。」

「教科書・・・。」

「コーチも人だ。選手も人だ。本には無いものがあるはずだ。だろう?」

たぶんその時のアタシの顔は愕然としていただろう。シンジだって、365日24時間
いつだって、やる気一杯ってわけにはいかないんだ。

選手が悩んだ時、立ち止まった時、心の面でも支えてあげれてこそ、コーチなんじゃな
いだろうか。アタシはそう思った。

『1人で考えたいんだ。』

シンジの言葉が蘇る。アイツはSOS信号をいくつも出してた。なのにアタシが頼り無
いから・・・悩みを1人で背負い込んでしまったんだ。

「よくわかった・・・。先生ありがとう。」

「まだ、あと1年はここにいる。いつでも来い。」

「1年? どういうこと?」

「いや、北海道でおやじが牧場をやってるんだが、腰を痛めたらしくてな。故郷に戻ら
  なくちゃならなくなってな。」

「うそ・・・。」

「加持選手も負けた。おそらく今年、世界チャンピオンを日本はとれないだろう。エヴ
  ァの人気も落ちる。潮時かもな。」

「・・・・・・そう。」

「今から思えば、お前が連戦連勝で優勝してくれてた頃が、俺のクラブの黄金期になっ
  た。ほんと、ありがとうな。惣流。」

そうか。ここでも1つの時代が終ろうとしてたんだ。アタシをエヴァの道に導いてくれ
たクラブのコロシアムを、思い出を脳裏に浮べながら見詰める。

「じゃ、ここはどうなるの?」

「土地の持ち主は、しばらく公園にすると言ってた。だから当分そのままさ。そのうち
  ビルでも立つかもしれんがな。」

「そっか。コロシアムはしばらく残るんだ。」

今年の大会は間違いないけど、来年の大会までこのクラブがあるかどうかはわからない
らしい。

もしかしたら、最後になるかもしれない今年の小学生と中学生大会。アタシはみんなを
激励しながらも、シンジのライバルになる旧友に勝利宣言をしてクラブを後にした。

<学校>

次の日、シンジは学校を休んでた。休むなら休むって言いなさいよね。お弁当作って来
たのに、どーすんのよっ。

まぁいいわ。お肉はアタシが食べて、あとの野菜は鶏さんに食べて貰おっと。

「おい、惣流。」

「なに?」

「隣のクラスの面堂って奴知ってるか?」

「知らないけど?」

同じクラスの男子が話し掛けて来た。今あんまり人と話とかしたい気分じゃないんだけ
ど、簡単に受け答えだけしておく。

「アイツさ。こないだゲーセンで喧嘩したらしいんだ。」

「ふーん。」

「その時さ、『俺は碇の友達だっ。碇に仕返しさせるぞっ!』とか言ってたらしいぞ。」

「なんですってっ!!!」

この校区の近くじゃ、エヴァファイトである程度の成績を上げてるアタシやシンジは、
それなりに有名。だからって、そんなことに名前を使われちゃたまらない。

「わかった。用心しとく。」

「エヴァって、暴力事件起こしたら出場停止だろ? 気をつけろよ。」

「面堂ってヤツねっ! わかったわ。」

尤もシンジはコロシアムの外じゃソードを振らないって徹底してるから大丈夫だろうけど。
いざとなったらアタシのソードの錆にしてくれるわっ。アタシには出場停止なんて、も
う関係ないもんねっ!

学校生活も終わり、放課後。

シンジがいないけど、様子を見るだけでも部活に出てみた。うちの部はダメね。ミサト
がいないのをいいことに、みんなだべって話し込んでる。

「アンタらっ! 練習しなくていいのっ!?」

アタシの一喝に1年はびっくりして立ち上がったけど、2年と3年は面倒臭そうに重い
腰を上げるっていう感じ。

今年もシンジ以外の部員は、関東大会以前に地区予選落ちだわ。こりゃ。

そういや、去年アタシが関東大会に出た時、シンジ以外に1人手こずったパワー系ファ
イターがいた。この1年でどこまで伸びたか調査しとかなくちゃ。

「アスカっ。」

「えっ?」

突然後から声を掛けられびっくりして振り返ると、今日は休んでるはずのシンジが体操
服に着替えて立っている。

「アンタ。なんで?」

「昨日はごめん。今日さ、父さんのお墓参りに行ったんだ。」

「お墓参り? 学校休んで?」

「うん。お墓の前で1日考えてみた。父さんに話し掛けながら。」

「・・・・・・そう。」

「ぼくは加持さんに仇討ちするのが目的じゃなかったんだよね。
  そうなんだっ! 父さんの夢をっ! チャンピオンを掴むんだっ!」

シンジの瞳にまた輝きが戻っている。その目を見ると、アタシは嬉しくもあったけど寂
しくもあった。

「ぼくはこんなとこで立ち止まってちゃいけないんだっ! ほんと昨日はごめん。どう
  かしてたよっ。」

結局シンジは、自分の力で立ち塞がる壁を乗り越えてしまった。アタシはなんの力にも
なれなかった。

「また、教えてくれるかな? やっぱり・・・怒ってる?」

「あったり前よっ! 怒ってるわよっ!」

「ごめん。」

「そうよっ! アンタが悪いのよっ!」

「ぼくが悪かったよ。」

「アンタが休んだから、今日のお弁当、にわとりのエサになったじゃないのっ!」

「もう休まないようにするよ。」

「違うわっ! 休むなら連絡なさい。アタシも一緒にお墓行くから。」

「アスカも?」

「そうよ。アンタと一緒に、アタシもお父さんに相談してあげる。」

「アスカ・・・。うんっ! 今後一緒に行ってよっ。」

「よーしっ! 練習よっ!」

チャンピオンを目指すなんて並大抵のことじゃない。その道にはいろいろな壁があるだ
ろう。挫けそうになるような大きな壁が。

でも、シンジには雑草のような不屈のバネがある。そのバネをアタシがサポートするこ
とができれば・・・そうなれるように頑張ろう。

「よっ! みんなっ! 一生懸命、練習さぼってるわねーん。」

「ぬっ!!!?」

またまた突然声がしてびっくりした。だけど、今度はシンジの時と違って、どんな顔を
して会えばいいのか困ってしまう。

「ミサト先生・・・あの・・・。」

シンジもどう声を掛ければいいのかわからず困ってるみたい。そりゃ・・・あんな泣き
崩れてるとこみた後じゃ・・・アタシも。

「心配掛けたわねん。2人には、恥かしいとこ見られちゃったかしら?」

「いえ・・・あの。」

「加持さんは、どーなったのよ?」

「加持ね・・・。まだ会ってくれないのよ。」

日曜の試合の時も、加持選手は婚約者のミサトにすら会おうとしなかった。たぶんミサ
トは、加持選手が負けたことよりそれがショックだったんだろう。

「今、彼はどん底をのた打ち回ってると思う。優しい言葉なんて意味がないわ。」

「だけどっ。」

「先生思うの。チャンピオンってのはほんの一瞬だけ光り輝くように咲く花。命が短い
  から価値があるんだって。」

アタシ達、生徒の前だから明るく振舞おうとしてるけど、やっぱりどこか寂しそうな影
がある。だけどシンジと一緒で、この2日に何かをミサトも悟ったんだろうって気がす
る。そんな顔をしている。

「そのチャンピオンという輝きに遠く及ばない選手がいる中、加持はチャンピオンとし
  て輝いた。きっとアイツにもそれがわかる時がくるわ。」

今年のエヴァリンピックは、もう1度世界チャンプになれると思ってたんだろう。たぶ
ん4年後の次のエヴァリンピックなら、加持選手もこんなにショックは受けなかったと
思う。

「今年・・・そして次のエヴァリンピックででも勝ててたら、シンジくんがプロになれ
  るまで待っていられたけど・・・。約束破ってしまって、ごめんなさいね。」

「いえ。それでもぼくはチャンピオンを目指します。父さんの夢をっ!」

シンジとアタシを交互に見てやさしく微笑んでくれる。この先生でも、こんな優しい顔
ができるんだとちょっと見直した。

「そっか。愛しの惣流さんが応援してくれてるもんね。頑張らなきゃっ。」

優しい顔はニヤリとした笑みの準備体操だった。

「関係で無いじゃないですかっ!」
「なんでそーなんのよっ!」

ちょっとでも見直そうとしたアタシがバカだった。やっぱりこの先生は、アタシ達をか
らかって面白がることしか考えてないっ!

<商店街>

部活も終わり、シンジが夕刊配達を終えるのをおばさんの内職を手伝いながら待って、
アタシ達は商店街にソフトボールを買いに来ていた。

「こっちの方がいいわね。」

「へぇ、ゴムなんだ。」

朝から晩まで握っている物だから、ハンドグリップみたいなのはどうかと思って、ボー
ルにしようと思ったんだけど、ゴムでできたボールを見付けた。これはいい。

「これにしましょ。今日からこれ握ってなさい。」

「結構高いね。」

ポケットから小銭をじゃらじゃら出してきているが、シンジにそんな余裕がないことは
よく知ってる。

「アタシの小遣いで買うからいいわよ。」

「悪いよ。」

「アンタがチャンピオンになるのが、アタシの夢でしょ? 自分の夢にお小遣い使って、
  どこが悪いのよ。」

「そうだけど・・・。」

「お小遣いだけは、アイツら結構くれるしね。」

腕力を鍛えるゴムボールを手に取りレジへ向う。その時アタシの目にスポーツ用らしき
レインコートが目に入った。

「あれも買うわよ。」

「いいよ。勿体無いから。」

「雨の日のロードワークどうすんの?」

「汗掻くから、濡れても一緒だもん。」

「アンタバカっ? いっつもそんなことしてるんでしょっ。ダメよ。これも買うのっ!」

レジでお金を払うと、紙袋に纏めて入れてくれた。早速ゴムボールを袋から出すと、シ
ンジに握らせる。

「ごめん。ぼくも新聞配達頑張るから。」

「そんなの頑張るくらいなら、トレーニング頑張んなさいよ。」

「でも・・・。」

「アタシはやりたくてもリハビリしかできないのっ。アンタはアンタのすることだけ考
  えてたらいいのっ!」

「ありがとう。うん、頑張るよっ。」

シンジと並んでスーパーの中を歩く。ここのスーパーは大きくて、いろんな専門店が入
ってるから見てるだけでも楽しい。

「ついでに、明日のお弁当の材料買うから、付き合いなさいよ。」

「うん。」

「何が食べたい?」

「任せるよ。なんでもいいから・・・。」

「悪かったわね。碌な料理作れなくて。」

「そんなこと言ってないだろ?」

クラスの男子に貶されたのが、まだちょっと悔しい。みてなさいっ。そのうち、びっく
りするくらい美味しいお弁当作ってやるんだからっ。

「最近、お肉が少なかったわよね。お肉にしようか。」

「焼いてよ?」

「それくらいわかってるわよっ。」

持って貰ったカゴに必要なものを入れていく。アタシは学校の制服のままだから、ちょ
っと存在が浮いてるかも。

「こんなもんね。さっ、帰るわよ。」

「結構重いよ? アスカ、鞄も持ってるし。」

「大丈夫よ。」

「家まで一緒に行くよ。また足痛めたらいけないだろ?」

「大丈夫だってば。」

シンジが持っていたスーパーのビニール袋をひったくり、スーパーから出た所で目が点
になった。

「あっ・・・。」

いつの間にか外は雨。さっきまで晴れてたから、傘なんか持って来てないわよ。

「丁度レインコート買ったじゃないか。これ着なよ。」

さっき買ったレインコートをスポーツ用品店のビニール袋から取り出し、アタシに手渡
そうとしている。コイツは何ふざけたことを言っているんだろう?

「アンタバカぁっ!? アンタが着るのよっ!」

「駄目だよ。アスカが濡れちゃうじゃないか。」

「アタシは濡れたってどってことないわよっ。」

「風邪ひいちゃうよ。」

「だからっ! アタシが風邪ひいてもいいけど、アンタが風邪ひいたらどーなんのよっ!」

「だけど・・・。」

シンジはアタシの宝物。なにがあっても守らなければいけない、大事な大事なアタシの
夢。風邪なんかひかすもんですか。

「やっぱり駄目だよ。」

「ったく。じゃーね。アンタが自分の子供をだっこしてたとするじゃん。」

「うーーーん。子供? なんか実感わかないよ。」

「・・・・・・なんでもいいわよ。アンタの絶対傷つけたくない大事な物ってあるでし
  ょ? CDとかなんでもいいわ。」

「うーん。父さんかな。」

「・・・・・・もうちょっと違う物になさいよ。まぁいいわ。」

他にコイツにはないんだろうか。あんまり位牌を例にとって話をしたくなかったけど、
とにかく話を進める。

「アンタがお父さんを持って自転車乗ってたとするでしょ?」

「うん。」

「で、転んじゃった。どうする? お父さんをほおり出して、自分の体を守る?」

「そんなの、怪我してでも父さんを守るよ。」

「それと一緒だって言いたかったのよっ! アタシは風邪ひいても、アンタにはひいて
  欲しくないのっ!」

「・・・・・・。」

「アンタはアタシの全てなのよ。夢なのよ。」

「・・・・・・。」

黙り込んでしまうシンジ。やっとわかってくれたようだから、アタシはレインコートを
シンジに着せようとした。

「でもっ。ぼくもアスカがいてのぼくなんだ。」

だけどシンジは、着せようとしていたレインコートを奪うと、アタシにガバっと無理矢
理着せてきた。そればかりか・・・。

「ちょ、ちょっとっ!」

「走ったら、汗掻くから一緒だってっ。」

そればかりか、コイツはレインコートを着たアタシをおぶって走り出したのよ。こんな
町中で恥かしいったらありゃしない。

「ったく。なに考えてんだか。」

アタシはそっぽを向いてそれだけ言うと、シンジの背中で揺られ続ける。

「はっ! はっ! はっ!」

息を切らして走るシンジの鼓動が、体を通じて伝わって来る。

シンジ・・・・。

すべてをかけて。アタシのすべてかけてシンジをチャンピオンにしてみせる。

アタシの夢。

アタシの希望。

シンジは・・・アタシのすべて。

背中で揺られながら、アタシはレインコートの前ボタンを外すと、気付かれないように
そっと肩に掛けた。大切な肩が冷えないように・・・。

To Be Continued.
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