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エヴァリンピック
Episode 07 -背負いし物-
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<新世界>

大阪のシンボルとも言える通天閣。その下に広がる下町商店街の新世界は、人通りも激
しくいつも様々な人の足音が聞こえている。

「おどれっ! なにさらしとんねんっ!」

「なんやと、いてこましたろかっ! われっ!」

「ええ度胸やのぉ!ぶっ殺しちゃるっ!」

喧嘩も日常茶飯事。肩が当たった当たらないで、大の大人が商店街の路地の真ん中で大
声を張り上げている。

チリン。チリン。

「わーいっ! ヒカリお姉ちゃんっ、新しい自転車とっても速いよっ!」

その傍ら、後ろから付いて来ている中学生の少女を振り返りつつ、小さい女の子が自転
車に乗っていた。

「ケツの穴から手突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろかいっ!」

「なんやとコラっ! いてもうたんどっ!」

男同士がお互いに利き手で胸倉を掴み、ガンを飛ばし合う。そこへ笑顔いっぱいの女の
子が新しく近所の人から貰った自転車に乗り、嬉しそうに近づいて来る。

「見てるっ? 見てる? ヒカリおねーちゃんっ?」

「あっ! ナツミちゃんっ! そっち行っちゃ駄目っ!」

「おねえちゃーーんっ! 早くぅぅっ!」

「ナツミちゃんっ! 前見てっ! 前ーーーーーっ!」

「おねえちゃーーんっ!」

後から走って自転車を追い掛けて来ていた洞木ヒカリは、すぐ前で青筋を立てて喧嘩し
ているチンピラ達へ突っ込んで行こうとしている鈴原ナツミに向かって叫ぶ。

「ナツミちゃんっ! 止まってーーーーーっ!!!」

「わーーーーいっ! 」

「なめくさっとんかっ! いねやっ!」
「おんどりゃーーーーーっ!」

ドッカーーーーーーーーンっ!!!

交通事故勃発。

自転車からほおり出され、べしゃっと転んでいるナツミと足を押えている2人の男達を
前に、ヒカリは両手で目を覆ってしまう。

「ナツミちゃんっ! 大丈夫っ!?」

「わーーーん。痛いよーーーっ!」

「こっ、このガキっ! なにさらしとんじゃっ!」
「痛いのはこっちじゃっ! おらっ! どうおとしまえつけてくれるんじゃっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

この場合、客観的に見て悪いのはこちらだ。ヒカリはナツミを抱き起こしながら、ペコ
ペコ頭を下げて平謝りする。

「謝って済む思とんかっ!」
「救急車じゃっ! 救急車呼べっ!」
「足の骨にヒビ入ってもうたわっ! 歩けへんがなっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

今まで喧嘩していたチンピラ2人だが、金の匂いのするアクシデントに、いつしか結束
してヒカリを責め始める。

「謝っとらんで、さっさと救急車呼ばんかいっ!」
「はよせんかっ! 足が腐ってまうわっ!」

「許して下さい。病院代払うようなお金は・・・。」

「なんやとっ!」
「このままで済むおもーてへんやろなぁ。ねーちゃんよーっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

ペコペコと頭を下げ続けるヒカリは、数年前に関東から引っ越して来た少女で、今では
この町に溶け込みコロコロとよく動く女の子だとみんなに可愛がられている。

そして今も、彼女の状況を見て取った、すぐ側に店を構えているお好み焼き屋のおばさ
んが、大慌てで助けを呼びに走ってくれたようだ。

「ねーちゃん。世の中は道理っちゅーもんを通さなあかんのやっ。」
「さっさと治療代払って貰おかっ!」

「おねえちゃーん。怖いよぉ。」

「大丈夫。大丈夫だからね。」

小学2年生のナツミにだけは手を出させはしまいと背中で庇いながら、なんとか和解し
て貰おうと頭を下げ続けるが、1度掴んだ金蔓をそう簡単に離す男達でもなく、しつこ
くヒカリを攻め立てて来る。

「ええかげんにさらせやっ!」
「出るとこに出てもええんやぞっ! コラっ!」

威勢良く怒声を上げる男達の声を聞きつけた周りの商店街で働くおじさんやおばさんが
出て来て、遠巻きにニヤニヤしながらその様子を眺め始めた。

「よぉっ! にいちゃんらっ! その勢いで最後まで頑張れよっ!」
「いつ迄、大声出してられるかねぇ。」

そんな物見遊山のおじさんやおばさんの円陣の後から、また別の声が響く。

「おっ! きよったでぇぇっ!」
「よっ! 頭領っ! 大事なナツミちゃんのピンチやでぇっ!」
「いっぱつかましたれやっ! ワハハハハハっ!」

お好み焼き屋のおばさんに呼ばれ、この町のジムでトレーニングをしていた黒いジャー
ジを来た少年が、人込みを選り分け駆け込む。

「うちのナツミがどうもすんまへん。」

事情を聞いたところ、少なくとも悪いのはこちらのようなので、その少年はチンピラ風
の男2人に、まずは素直に頭を下げて謝る。

「頭下げたくらいですまんちゅーとんじゃっ。」
「金持って来たんかいっ!」

「すんまへん。ほやけど、怪我してへんみたいやで?」

「あーん? お前は医者か? 何がわかるんじゃっ!」
「骨が折れとんじゃっ! 骨がぁぁっ!」

「骨なんか折れとったら、ほないな顔してられへん。」

「わからんやっちゃなぁ。」
「なんで、そないなことお前にわかるんじゃっ!」

「ワイは、エヴァの全国チャンプや。ほれくらい見ただけでわかるっ!」

「エヴァぁっ!!? うそこけっ! このガキがっ!」
「なにが全国チャンプや、証拠見せてみーっ! わははははっ!」

「わかったわっ! じっとしとれやっ!」

言うが早いか、黒いジャージの少年は一気に懐に飛び込むと、1人の男の膝の直前まで
キックを叩き込み寸止めした。

「当てとったら、ほんまに折れとったで。」

「・・・・・・ひっ。」

素人でもその身のこなしが普通でないことくらいは見て取ることができる。男達は口元
をひくつかせ数歩後ず去った。

「ほんますんまへんでした。これ、クリーニング代ですわ。これで勘弁してくれまへん
  か?」

ポケットからシワシワになった二千円札を2枚取り出し、男達に1枚づつ握らせる。

「おぅ! まぁ、許しといたるわっ!」
「次からは気ーつけーよっ!」

「ほんますんまへんでしたっ。」

またペコペコと少年は頭を下げ、この場はなんとか収まった。ただ、周りで見ていた見
物人達は、何やら物足りない顔をしている。

「なんや、もう終わりかいな。」
「トウジよっ! 格好良く暴れてくれんと、おもろないでっ。」

「すまんのぉ。大会が近いんや。今、揉め事起こせへんのや。」

「ほや。そろそろ関西大会やったわっ!」
「お前はこの町の誇りやっ! 頑張れよっ!」

「おうっ! まかせといてーなっ!」

事件も穏便に解決し、それぞれの仕事に戻って行くおじさんやおばさん達。商店街の路
地は本来の目的を取り戻し、人が行き交い始める。

「ナツミっ! 気ぃつけなあかんやろがっ!」

「ごめんなさい。お兄ちゃん。」

「鈴原。わたしが付いてたのに、ごめん。」

「ワイの代わりに、いつもナツミの面倒見てもうてすまんのぉ。」

「ううん・・・。」

トウジがジムへ向かって歩き出すと、ヒカリとナツミも後ろにつき自転車を押しながら
付いて行く。

「ヒカリ。もうちょっと待ってくれ。」

「なに?」

「ワイが世界チャンピオンになって、金稼いで2人を幸せにしちゃるっ! こんな貧乏
  な生活、絶対抜け出しちゃるっ!」

「わたしは、貧乏でも・・・。」

「あかんっ! こんな生活から抜け出すんやっ! お前らを絶対幸せにしちゃるっ!」

トウジは商人の息子だった。両親は商売に失敗し、過労のあまり他界したものの、その
商人の根性は根強くトウジに受け継がれている。

そしてトウジも、その商人の根性をエヴァの世界に持ち込み、この世界で頂点を極めよ
うと夢を天高く描いていた。

「ヒカリとナツミの為に、世界チャンピオンになるんやっ!!」

彼もまた、なによりも大切な守るべき者を背負い、全てをエヴァに掛けて夢に向かって
突き進む14歳の少年であった。

<学校>

「アスカっ! 次、ソード2つっ!」

「いっくわよっ!」

場所は違えど同じように地区予選を難無く勝ち抜いたシンジは、目の先に迫る関東大会
目指し最後の調整に入っていた。

「足の動きを最小限にするのよっ!」

「うんっ! いつでもいいよっ!」

両手に自分のソードとシンジのソードを持ったアスカが切り掛かって来る。シンジはそ
れを避けることに徹して5分間通す。アスカが思うように足が動かない為、距離を開け
ないように配慮しながら。

ガンっ!

「つっ!」

「当たる度に仰け反ってたら、連打食らうわよっ!」

「うんっ!」

今回の関東大会で警戒すべきは、去年アスカも手を焼いたパワー重視のファイター和田
アキオ。タイプがシンジと正反対のファイターである為、時の運で圧勝するか完敗する
かの両極端に分かれるだろう。

「アイツの一撃を食らったら、こんなもんじゃないわよっ!」

「わかってるっ。」

「ほらっ! もっと速くっ!」

だがスピードでは圧倒的にシンジが有利。相手の攻撃を全てかわし、勝つ見込みはある。
怖いのはまぐれ当たりの一発。あれだけ体の大きい相手だと、まぐれ当たりでも致命傷
になりかねない。

ガンっ!

「つっ!」

「フェイントに引っかかっててどーすんの!」

「ごめんっ。もう1度っ!」

数日後に迫った大会に向け、新聞配達も休み夜遅くまで訓練を重ねるシンジの体は、既
にアザだらけ。この学校での訓練が終わると、夜の8時まで寺で訓練が待っている。

「あっらぁ、2人とも今日も仲良く・・・」

「邪魔しないでっ!」

「・・・ごめんちょ。」

ミサトがまたちょっかいを掛けに来たが、ピリピリと緊張している雰囲気の中でアスカ
に一喝され、すごすごと退散して行った。

「はいっ! 5分っ。休憩。」

「はぁー。」

5分の間全力を出すというのは想像以上に厳しい。シンジは大きく深呼吸して、地面に
腰を落とし手足の筋肉を伸ばす。

「ほらっ。横なって。ほぐすわよっ。」

「うん。」

シンジをうつ伏せに寝かせ、その上にまたがったアスカは、手足を揉み筋肉をほぐし始
める。

「結局、腕のトレーニングが間に合わなかったわ・・・・。」

「足でカバーするよ。」

「関東大会はそれで行けると思うけど。全国大会迄の大きな課題だわ。」

「後2日でできるとこまで頑張るよ。」

「ううん。明日からは、コンディションを整えなくちゃ。ギリギリまでやってもしゃー
  ないでしょ。」

「そうだね。ところでさ、今日一緒にうちでご飯食べない?」

「別にいいけど。どうして?」

「内職も一段落ついたからって、母さんが。」

「おばさんが? わかったわ。」

「大した物無いけどさ。」

「そんなことないわよ。おばさんの料理って、温かくってとっても美味しいもん。」

インターバルも終わり、またトレーニングを再会した2人は、夜8時まで舞台を学校か
ら寺へ移し訓練を重ねた後、シンジの家へと向かった。

<シンジの家>

8時過ぎになり家へ帰り着くと、時間を見計らいユイが晩御飯の準備をしていた。

「冬月さん、小坊主さん達を雇ってるからびっくりしたよ。」

「アタシも。いきなり挨拶されて誰かと思ったわ。」

先程寺に行ってみると、小学生くらいの男の子が突然挨拶して来たのだ。話によると、
子供のいない冬月もそろそろ歳をとってきた為、後継ぎとなる僧を育てることも兼ねて
小坊主さんを増やし修行させることにしたそうだ。

「はい。お待ちどうさま。ごめんなさいね。大した物なくて。」

「いえっ。おばさんの料理、大好きですっ。」

「そう? ありがとう。」

今日は近くで畑をしているおじさんから貰って来た何種類かの野菜の鍋。一般的に言う
と見栄えのしない質素な料理かもしれないが、1つの鍋をみんなで囲んで食べる夕食は
アスカにとって最高のご馳走に思える。

「ところでアスカちゃん?」

「はい。」

「これ・・・少ないんだけど、今日内職のお給料が入ったから。」

「へ?」

「手伝ってくれた分よ。」

シンジが新聞配達をしている間、ぼーっとしているのも勿体無いので、アスカはずっと
内職を手伝っていた。どうやらその分の給料ということらしい。

「いいです。そんなの。」

「そういうわけにいかないわ。」

「ほんとにそんなのいいですってばっ。」

「ううん。これはアスカちゃんが手伝ってくれた分だから。少なくて申し訳ないけど。」

少し強引に給料の入った茶封筒を手渡そうとしてくるが、これだけはなんとしても受け
取ることができない。

「おばさんっ! お願いやめてっ!」

「アスカちゃん・・・。」

「アタシはシンジとエヴァができたらそれでいいんですっ! こんな悲しいことしない
  でっ! アタシはっ! アタシはっ!」

「ごめんなさい。そうね・・・。」

ユイは自分のしたことの意味を悟った。アスカの家庭の事情はシンジの話や、アスカの
様子からそれとなく気付いている。最初はそのつもりではなかったかもしれないが、い
つしか彼女はここに家族を求めていたのかもしれない。

「ごめんなさいね。わかったわ。」

「いえ・・・アタシ・・・。」

「ねぇ、アスカちゃん?」

「はい。」

「タダ働きの変わりに、これからはたまには晩御飯をご馳走するから、また内職手伝っ
  てくれないかしら?」

「え? あっ、はいっ! それならっ!」

「大した物もない晩御飯よ? それでもいい?」

「そんなことないですっ! おばさんのお料理大好きだからっ。」

「ありがとう。じゃ、みんなで食べましょ。」

その日の夕食は、ユイがゲンドウと出会った頃の話を聞きながら、みんなで夕食を食べ
た。アスカはその話を興味深く、シンジは父親のことを感慨深く聞きながらの楽しい夕
食となった。

<関東大会会場>

今年もまたこの場所に立っている。毎年毎年アスカという大きな目標を目指してこの場
に立って来た。だが、今年からは、そのアスカと共にここに立つ。

「レッドシグナルで攻撃すると退場。グリーンシグナルと同時に戦闘開始。ブラックシ
  グナルが出た場合は即座に静止。ブラックシグナルは審判とセコンドに発動権がある。」

去年と同じ内容の試合に関する説明を聞く。ただ今年からは初めてシンジにもアスカと
いうセコンドがコロシアムの端に付くことになる。アスカにとっては、去年までマナが
立っていた所に今年からは自分が立つことになる。

「しっかり、アタシの声に耳傾けなさいよっ。」

「なんだか、セコンドがぼくにも付くんだって思ったら、嬉しいな。」

「それが普通なのよ。去年までのアンタが異例だったの。・・・っ!???」

「そうだけどさ。やっぱり、嬉しいんだ。」

「ちょっと待ってっ! アンタっ!!!?」

「なに?」

「なにって、こっち向きなさいっ!」

「あっ、いいよっ。」

突然アスカが両手で頬を掴んで、顔を押し付けて来ようとするが、必死で逃げようとす
るシンジ。

「アンタっ! まさかっ!」

背けようとするシンジの顔を力づくで無理やり引っ張り、おでことおでこをくっつける。

「なにするんだよっ!」

「アンタバカーーーっ!? 何考えてんのよっ!」

「・・・・・・。」

「もの凄い熱じゃないっ! なんで早く言わないのよっ!!!」

「そんなに酷くないよ・・・。」

「何処がよっ! どうすんのよっ! もうっ、試合が始まるじゃないのっ!」

昨晩まではなんともなかったが、今朝になって体調が少しおかしいことにシンジ自信も
気付いていた。

「熱出したら、母さんが困るから・・・。」

「なんでよっ!」

「薬って高いから。」

だがシンジはこれまで自分が風邪をひく度に、ユイが無理して高い薬を買ってきてくれ
る為、そういったことは隠す癖がついていた。そして今日も・・・。

「だったら、アタシに言いなさいよっ!」

「ごめん・・・でも、そんなにしんどくないから。」

「試合なんかしたら、一気に熱上がるわよっ! チッ!」

舌鼓を打ち、ギリリと奥歯を噛み締めるアスカ。

「試合。出るの? 出ないのっ?」

「出るに決まってるだろっ!!!」

「よしっ。」

意思確認をしたアスカは、キッと強い視線でシンジを見詰める。

「いーことっ? アタシっ、薬買ってくるっ。出る限りは、アタシが戻ってくる迄に負
  けてたら承知しないわよっ!」

「わかったっ!」

脱兎のごとく控え室を飛び出しアスカが薬を買いに行った後、シンジは1人その部屋の
ベンチに座る。

そうだったんだ。
今のぼくにはアスカがいる。
アスカに相談しなくちゃいけなかったのに・・・。
もうぼくだけの試合じゃないんだ。ぼくだけの夢じゃないんだ。
こんなことで負けるわけにはいかないっ!

コロシアムに入り、頭上に灯るレッドシグナル。これまでトレーニングしてきたように
ソードを中段に構え相手と対峙する。

『碇選手も地区予選1位で上がって来た選手です。どういう試合となるか見物ですね。』
『この第1戦は、両者スピード重視ですので、息も尽かさぬ展開となるでしょう。』

いよいよ試合が始まる。シンジはソードをぐっと握り締め、やや前傾姿勢で相手の選手
をキッと睨んだ。

グリーンシグナルっ!

試合開始っ!

「うぉぉーーっ!!」

一気にダッシュ。コロシアム中央でソードとソードが交わる。

足が重いっ!
ちくしょーっ!

距離を取り相手の側面を狙おうとするが、無論相手もそうはさせじと攻撃してくる。

「ぐっ!」

またソードとソードがぶつかり合う。

「でやぁぁっ!」

相手の腹部目掛け蹴り上げるが、あっさりかわされ体勢を崩す。

マズイっ。

反撃を避け、飛んで数歩後に下がり距離を置く。

こんなに体が動かないなんて・・・。
スピードでアドバンテージがない。

間髪入れない相手の攻撃。

いつしかシンジは防戦一方になっていた。

どうする・・・。
そんなに速くない相手だ。
相手の動きが見えるのに・・・体が・・・。

「!!」

そうだっ!

体は動かなくても、目だけは生きていることに気付く。

『碇選手っ! 壁際まで押し込まれたっ!』
『追い詰められましたねぇ。』
『これを切り抜けるのは至難の業ですが・・・どう出るでしょうか?』

背中を壁に面して立つ所まで下がったシンジは、その目で相手を射抜くように見据える。

来るっ!
ここで決めるっ!

相手の選手も、これまでのシンジの動きを見て、勝てると踏んだのだろう。一気にシン
ジを壁へ押し付けようと攻撃して来た。

エヴァは壁に触れると負ける。故に壁際の攻防にはそうとうのテクニックを必要とする。

来たっ!
渾身の一撃がシンジを襲う。

その攻撃を寸前で避ける。それと同時に体の位置を相手の側面にずらし、腹部にキック
を叩き込む。

「うぉーーーっ!」

体勢が崩れた。

一気に体当たりで壁に押し込む。

壁に激突する相手選手。

「はぁはぁはぁ。」

試合終了。

なんとか第1戦は切り抜けることができた。シンジは、インターバルの時間を控え室の
ベンチシートに横になって体を休める。

動いたからかな。
急にしんどくなってきた。
目の奥が痛い・・・。

少し横になっていればマシになるだろうと思ったものの、それもかなわず第2戦の呼び
出しが掛かる。シンジは重い体を引きずってコロシアムへ足を運ぶ。

ちくしょーっ!
負けるもんかっ!

その後、際どいところで第2戦も勝ち抜くことはできたが、それに伴い無理をしている
せいか朝よりも時間が経つにつれ、熱が上昇していった。立っているだけでフラフラし
そうだ。

「はぁはぁはぁ。」

第3戦もなんとか勝ち抜き、コロシアムから壁伝いに手を付いて控え室へ戻って行くシ
ンジの目に、次の対戦相手となる和田の姿が映った。

「見たぜ。お前も次までだな。」

「負けないよっ。」

「逃げるんじゃねーぞっ! 下手糞。くくくく。」

だが今のシンジの試合を見て勝てることを確信したのか、和田は鼻で笑って自分の控え
室へと戻って行く。

「くそっ!」

ドンと拳で壁を叩く。

ぼくはなんて馬鹿なんだ。
こんな時に熱なんか出すなんて・・・。

動かない自分の体が恨めしい。とにかく今は、少しでも休もうと控え室へノロノロと戻
って行く。

「シンジっ!!!」

そこへ、全身に汗をぐっしょりと掻いたアスカが、小さな紙袋を持って駆け戻って来た。

「どうなのっ!?」

「大丈夫。まだ負けてない。」

「よしっ!」

ひとまず胸を撫で下ろしたアスカは、紙袋を開けるのももどかしいようにビリビリ破いて、
中の小さなビンを取り出すとキャップを開けて差し出した。

「飲むのよっ!」

「うん。」

即効性の解熱剤。シンジは喉を鳴らして、その液状の薬を飲み干す。

「ほら、しっかりっ! すごい熱・・・。」

肩を貸して控え室まで連れ戻ったアスカは、ベンチシートにシンジを寝かせた。

「寝てなさい。時間が来たら起こすから。」

「頼むよ。」

余程疲れていたのだろう。シンジはすぐに寝息をたて始める。ほとんど寝る時間もない
が、ほんの僅かでも寝るとかなり違うはずだ。

そしていよいよ準々決勝。この試合が終われば昼休みが取れるのだが、運悪くここで和
田と当たる。

「シンジ。時間よっ? シンジっ。」

「あっ! 時間はっ!?」

飛び起きるシンジに、アスカは時計を見せる。少し余裕のある時間に起こしてくれたよ
うだ。

「熱下がってきてるけど、まだ高いわ。」

寝ている間に熱を計っていたようだ。そのメモリは38度3分を示していた。」

「いけるよっ!」

元気であることを見せ付けるように勢い良く立ち上がり、プロテクタを装備し始める。
そんな様子を見て取ったアスカは、ソードを取りシンジに手渡した。

「死なばもろともよっ! 行ってらっしゃいっ!」

「負けるもんかっ!! それから・・・。」

「なに?」

「また後でね。」

それだけ言って出て行くシンジ。その言葉は、いつもゲンドウが試合に出る前にユイに
言っていた言葉。最後の試合を除き、必ず帰って来ることをユイに約束していた言葉。

まだ足が重いが、少し寝たせいか、解熱剤がきいたせいか、それとも・・・とにかく、
さっきまでより気合が入るような気がして、シンジはセコンドに付くアスカに見送られ
コロシアムへ入ってくる。

『碇選手の入場です。』
『和田選手。顔に余裕が見られますね。』
『昨年、敗北した惣流選手は、今年この碇選手のセコンドとなっています。和田選手に
  とっては、なんとしても勝ちたいことでしょう。』
『その碇選手。どこ迄この和田選手に食い下がることができるかでしょう。』
『さぁ、レッドシグナルが点灯しましたっ!』

コロシアムの中央でソードを構えて、和田を睨みつける。両手でソードを中段に構え、
今大会の最大の窮地に挑む。

アスカ・・・。

ちらりとセコンドに付くアスカに目を向けると、神に祈るよう風でも心配する風でもな
く。その瞳は、GO!を訴えかけている。

いくよっ!
アスカっ!

グリーンシグナルっ!

本人も気付かぬうちに、シンジの目にいつしかそれまでの3試合とは異なる精気が宿っ
ていた。

試合開始っ!

いきなり速攻をかける。

えっ!?

自分でも驚く。

驚くほど足が動く。体が動く。

熱がっ?
アスカの薬が効いたんだっ!
いけるっ!!

ソードとソードが激しくぶつかり合い、火花を散らす。

「どりゃーっ!」

和田の豪快な一撃が舞い降りてくるが、予想していたよりも遥かに動きが遅かった。

「うぉーーーっ!」

右へ左へ体を左右に振りながら、和田を圧倒的なスピードで翻弄する。

それまでのシンジとはまるで別人のような動きに、会場も解説者も息を飲む。

『い、いきなりどうしたのでしょう? 今迄の戦いは擬態だったのでしょうか?』
『まるで別人のようですね。いや、驚きました。』

1番驚いたのは無論対戦している和田である。しかも、舐めてかかっていた為、その奇
襲のような攻撃に翻弄されてしまい、パニックに陥っていた。

「お前っ! 騙しやがったなっ!」

これ程のスピードのある相手なら、最初から作戦を立てていたものを、勝利を確信して
いた為それもしておらず和田は手も足もでなくなっていく。

「うぉーーーーっ!」

ズガンっ! ズガンっ! ズガンっ!

蜂の大群が襲い掛かってくるかのように、次から次へ攻撃をし掛けてくるシンジに、手
も足も出せず壁際へ追い込まれていく。

「どりゃーーーーっ!」

和田が全体重を掛けソードを振る。

開いたっ!

ズバーーーンっ!

だが難なく体を逸らし避け、懐に飛び込みソードを叩き込む。

「このガキーーっ!」

腹部を押さえながら、立て続けに和田のソードが襲い掛かる。

だがその全てはシンジにかすりさえしなかった。

ズガンっ! ズガンっ! ズガンっ!

一撃は和田に比べ遥かに弱いが、それが雨あられのように降り注ぐ。

「ぐはっ! うぉっ!」

和田は苦痛の叫びを上げ、コロシアムの端へ追い込まれていく。

ズガンっ! ズガンっ! ズガンっ!

いつしか和田はカタツムリが殻に閉じ篭るように、手も足も出せず、ただ両手両足を竦
め防御に徹するしかなくなっていた。

「うぉーーーーーーーーーーーっ!!!」

そして、最後はゲンドウが得意としていたタックルでシンジは相手を壁に押し込み、去
年のアスカも以上の圧勝でこの戦いを制した。

『ま、まるで、惣流選手を思わせるスピードっ! 碇選手の勝利ですっ!』
『これまでの戦いは、優勝候補の和田選手に油断させる為だったんでしょうか?』
『かつての惣流選手は対戦相手の下調べを怠らない選手だったと聞いています。その可
  能性は高いですねっ。』
『碇選手っ! おそらく今の試合で、一気に優勝候補となったのではないでしょうかっ!』

それまでの3戦にはパラパラの拍手しかなかったが、割れんばかりの大歓声の中シンジ
はコロシアムを出て行く。

「アスカの薬効いたよ。」

「午後からまだ試合があるわ。気を抜かないでよ?」

「うん。そうだね。」

「おめでとうの言葉は、その後でねっ!」

その後、決勝戦ではまた熱が少し上がりかけていたものの、難無く相手を下しシンジは
1番高い所に立って2015年の関東大会優勝のトロフィーを手にすることとなった。

初めての表彰台。

シンジは空を見上げながら、その向こうに父親の顔を見る。

父さんっ!
初めて優勝したよっ!

表彰式も終わり、式典が行われていたコロシアムから出て行く。そこにはアスカの姿が
あった。

「おめでとうっ!!」

「ううん。あの表彰台で、父さんに優勝の報告したんだ。そしたら、なんか怒られた気
  がした。」

「なんで?」

「それくらいで喜ぶなって。ははは・・・。」

トロフィーを持ちガッツポーズを作るシンジに、アスカはニコリとして笑顔で返す。そ
う、まだ戦いは終わったのではなく切符を手にしただけ。

春。絶対勝つんだっ!
鈴原トウジにっ!!

<関西大会会場>

ほぼ同時刻、大阪に設置された関西大会のコロシアムでは、関東よりやや遅れて決勝戦
が終わったところだった。

「あかん。あかん。お前じゃ役不足やっ!!」

足をおさえ苦痛に顔を歪める対戦相手を前に、決勝戦で勝利したトウジは手を高々と突
き上げる。

「今年も、ワイが全国チャンプやっ!!」

春に行われる全国大会に向け、シンジはシンジの夢とアスカの夢を背負い、そしてトウ
ジは守る者の幸せを背負い動き出す。

東西竜虎決戦まで後半年・・・。

To Be Continued.
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