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エヴァリンピック
Episode 09 -ローキックのトウジ-
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<神社>

2学期も終業式となった。最近のシンジは新聞配達のアルバイトと、年が明けるともう
目の前の全国大会に向けたトレーニングに明け暮れる毎日を送っている。

関東大会では運良く問題にならなかったが、致命的だった腕力不足も2学期の間に基礎
トレーニングを繰り返し、そろそろ克服してきただろうかという頃。

「基礎トレーニングはもういいわっ! そろそろ鈴原対策よっ!」

「鈴原対策???」

胸を張り腕立て伏せをしていると、アスカがなぜか自信満々という感じで胸を張り見下
ろし、何の前触れもなく言ったその聞き慣れない言葉に、疑問符を頭に浮かべ素っ頓狂
な声で返してしまう。

「正直。まだアンタの力だと、正攻法で当たったら難しい相手だわ。絶対勝てないとは
  言わないけど、勝てる見込みはかなり少ないわ。」

「中学生全国チャンプだもんなぁ。やっぱり強いんだね。」

「強いわ。このアタシをアイツはっ! しかも、弱いとか言ってくれたしっ!
  ム、ム、ムカツクわねーーーっ! あのバカっ!!!!」

去年の全国大会を思い出したのか、地団駄踏んで悔しがっている。その気持ちはわかる
が、ここは和尚さんが好意で練習に貸してくれているのだから、小坊主さん達の邪魔に
なるような大声は出さないで欲しい。

「わかったから、落ち着いて。ぼくも頑張るから。」

「頑張るだけじゃ無理よッ! まだアンタの力じゃ。」

「じゃぁ、どうしろってんだよ。」

「心配いらないわ。このアタシが編み出したとっておきがあるんだからっ。」

「なにそれ?」

「まずは論より証拠! 明日から冬休みよっ! 大阪に偵察に行きましょっ!」

「はぁっ!?」

「アンタのバイト代とアタシの小遣いで、今夜のバスで出発よっ!」

「そ、そんなぁっ! いきなり・・・。」

いつもながらアスカは唐突で強引。わけがわからないまま、強引に決められた大阪偵察
旅行が突然始まったのだった。

<大阪>

時を同じくして、ここ大阪の新世界では、去年の中学生全国チャンピオンである鈴原ト
ウジも、春の全国大会に向けてトレーニングにラストスパートを掛け出そうとしていた。

「トウジっ! 右だっ! 右っ!」

「おうっ!」

「次、左っ!!」

プロテクタの上から更に何重も皮を巻き防御したコーチの足目掛け、ローキックを叩き
込む。獲物を捕らえた野獣のように、逃げるコーチの足の関節にトウキックがめり込む。

このコーチは、無論営利目的でジムを開いているが、トウジに掛ける熱はそうとうなも
のだった。散財しても自らの手で世界チャンピオンを作り出すというのが夢であり、ま
さにトウジはコーチにとっての希望であった。

「狙いが甘いぞっ。」

「これでどやっ!」

トウジの強さの秘密は、プロテクタとプロテクタの隙間・・・関節に叩き込む強力なロ
ーキック。剣術やパンチなどの技術はそこそこに、トレーニングの重点をここに集中さ
せている。

「膝はもうええっ! アキレスを狙うんやっ!」

「おうっ!」

コーチの指導の下、アキレス腱にローキックを叩き込む。去年の全国大会、ソードで切
り掛かったアスカだったがアキレスを狙われた。足を狙われふらついたところへ、次々
襲い掛かるローキックになすすべなく倒れたのだ。

「鈴原ぁっ! もうお昼よ。お弁当にしたら?」

「もうちょい待ってくれや。」

「お茶入れとくね。」

妹のナツミと一緒にジムへやってきたのは、いつも弁当を作ってきてくれる洞木ヒカリ。
彼女はベンチに弁当を広げながら、トウジのスパーリングの様子を眺める。

「今日はナツミちゃんの好きなミートボールよ?」

「ほんと? 早くたべたーいっ。」

「お茶入れてくれるかな? お兄ちゃんが終わるまで、もうちょっと待ちましょうね。」

「うんっ。」

コップにお茶も入り弁当も食べる準備が整った頃、トウジもスパーリングを終え昼ご飯
を食べに近寄って来た。

「どう? 今年は?」

「まかしとけや。俺に敵はおらんっ!」

「ならいいけど・・・。でも、あんまり無理しないでね。」

「世の中、力や。金やっ! ワイはもっと強なって、でっかい旗を上げるんやっ!」

商売に失敗した両親のことを思い浮かべ、トウジは自分なりの方法でその無念を晴らす
と心に誓う。

「わたしも応援してるからね。さ、お弁当食べましょ。」

「今日も、ごっつ美味そうやのぉ。」

ヒカリが作って来たおにぎりをむんずと掴み、次々たいらげていく。そんなトウジを頼
もし気に、またいとおし気に眺めながら、お茶の入ったコップをヒカリは差し出してあ
げるのだった。

翌日。冬休み初日のクリスマスイブ。

新聞配達で溜めたお金とアスカのお小遣いをはたき、シンジはアスカと一緒に大阪へト
ウジの様子を見に来ていた。

「アイツがトレーニングしてるとこ見れたらいいんだけど。」

「そんなの見せてくれるかなぁ?」

「マナはいつもアタシの対戦相手、コソコソ探って来てくれてたわよ? 」

「霧島が?」

「なんかあのコ、そういうスパイみたいなこと好きだったのよねぇ。」

「なんかイメージと違うなぁ。もっと可愛い感じだったのに。」

「なーにぃ? 逃がした魚は大きかったって、後悔してるんでしょ?」

「そんなんじゃないよ。」

「どーだか。」

そう言えば、あれからマナから連絡が全然無いが、アメリカで上手くやっているのだろ
うか?

「霧島から連絡とか来る?」

「うん。メールのやり取りしてるから。」

「アメリカなんか行って、困ったりしてない。」

「なんかあのコ、もうすぐデビューできるかもしれないって。」

「ほっ、ほんとっ!?」

「まだ内緒よ? はっきりしてないんだから。」

「へぇ。そうなんだぁ。霧島も夢に向かって歩いてるんだ。ぼくも頑張らなくちゃっ!」

マナはマナで一生懸命夢を追い掛け、一歩一歩近付いている。自分も頑張らなければな
らないと勇気を奮い立たせたシンジは、まずはこの春の一戦の階段を上るべくトウジの
ジムを探して新世界の町を歩いて行く。

「あれじゃないかな? コロシアムみたいだけど?」

「あれよあれ。行ってみましょ。」

トウジのジムは、昔アスカが通っていたエヴァのクラブと比べるとかなり狭く、ゴミゴ
ミとした感じの場所だった。

「あのコもファイターかな? 聞いてみましょうか?」

「正面から行くの?」

「隠れて行くのは、アタシの性に合わないのよ。」

ジムの前で小さい女の子と遊んでいるおさげの少女にアスカが近付いて行く。その少女
も、シンジ達が近付いて来たことに気付いたのか顔を上げてこちらに向き直った。

「あなた、ここの人?」

「ううん。わたしは、見学に来てるだけなんだけど。」

「ふーん。じゃぁ、アタシ達も見学していいかな?」

「ジムに入りたいの? なら・・・。」

「違うの。違うの。ただ練習がどんなのか見たいだけ。」

「うーん。ねぇ、鈴原ぁぁっ!」

どうしていいのかわからなくなった少女は、ジムの端でキックの練習をしていたトウジ
に声を掛け走って行く。アスカもシンジも、いきなりトウジの名前が出て来た為、ジム
の外で緊張気味に中を見ていると、しばらくしてその少女にタオルで汗を拭いて貰いな
がら黒いジャージ姿で出て来た。

「お前らか? 見学したいっちゅーんは・・・お、お前は!」

「去年はよくもやってくれたわねっ!」

「なんや? 敵情偵察ちゅーわけかい。」

「そんなとこね。」

「ほやけど、今年お前は関東代表ちごたんちゃうんか。」

「今年は、このシンジよっ!」

背中を押され一歩前に押し出されたシンジと、トウジの視線が一直線に正面から交わる。

「お前か。」

「今年は優勝させないからね。」

「なんや? ワイに勝つつもりか?」

「ぼくは勝つよ。」

「よーゆうたなぁ。コソコソ偵察にくるヤツが。」

「なにっ!?」

「かまへんわっ。ワイはコソコソ隠れたりせーへん。見たいだけ見て行けやっ!」

「わかった。見させてもらうよ。」

「まぁ、せいぜいビビって棄権せんよーにな。」

険悪な雰囲気の中トウジはジムの中へ戻り、その後をヒカリに案内されてシンジとアス
カも入って行く。

「ごめんなさいね。鈴原いつもあぁなの。」

「いいわよ。見せて貰いに来たのこっちだから。」

「お茶でも入れましょうか。わたし洞木ヒカリって言うの。」

「アタシは惣流・アスカ・ラングレー。よろしくね。」

「あなたもエヴァのファイターなの?」

「去年まではね。今年から引退してコイツのコーチしてるけどさ。」

さすがにトウジにやられて引退したとはこの子には言えない。トウジとは険悪な雰囲気
だったが、ヒカリとは和やかな雰囲気で話しながらジムへ入りベンチに腰を下ろす。

そんな中、シンジはトウジの練習風景をじっと見ていた。

アスカの言ってた意味がわかったよ。
あんな蹴り見たことない。

ドスドスドスと音を立てながら、布を巻いた地面に刺さる木を蹴り続けている。その重
いローキックは、とても真似できそうにない。昔、アスカの戦い方を見た時に似た戦慄
を覚える。

あの蹴りをどうやって防ぐんだ?
これはそう簡単には・・・。

「アスカ・・・あの鈴原、言うだけのことはあるよ。」

「どう? アイツがどんなヤツかわかった?」

「凄い・・・。」

シンジは驚愕する。この衝撃は初めてアスカのそれを見た時と、ほぼ同じくらいの驚き
だった。

「鈴原ぁ、お弁当の準備できたわよぉっ。」

「おぉ、ちょい待ってくれや。」

シンジが声のした方に目を向けると、先程のヒカリと言う女の子がお弁当を広げていた。

「凄い・・・。」

シンジは驚愕する。この衝撃は初めてアスカのそれを見た時と、ほぼ同じくらいの驚き
だった。

「お弁当がっ! 真緑じゃないっ!」

「わるかったわねっ!!!」

それはともかく自分達もお腹が減ってくる時間だ。今日はアスカの特製弁当など持って
来ていないので、何処かで何か買って食べなければならない。

「ぼく達も何か買いに行こうか。」

「せっかく大阪まで来たんだから、お好み焼きが食べたいわ。」

「お店で食べるの? 安いとこあるかなぁ。」

ベンチを立ちジムを出て行こうとする2人。そこへ練習を終えたトウジが近付いて来た。
その手にはプラグスーツとプロテクタが持たれている。

「軽く手合わせでもしたるわ。」

「ぼくと?」

「ほや。わざわざ大阪まで来たんや。もてなしたるわい。」

ここで逃げたくはない。戦ってみたい。だが今ここで戦ってもいいのだろうか。シンジ
は判断を仰ぐようにアスカを見る。

だが、アスカは黙ったまま何も言わずこっちを見ているだけ。判断は全てシンジに任せ
るということだろう。

「なんや? 怖いんかい?」

「なにっ!? いいよ。やるよっ!」

「よう言うた。ほんじゃ、こっち来いや。」

「いいよ。」

更衣室で着替え、借りたプラグスーツのパーソナルパターンを自分に合うように簡単に
調整しシンクロスタート。プロテクタを嵌めコロシアムへ出て行く。微調整までしっか
りしている自分のプラグスーツに比べ違和感があるが、練習試合程度なら支障は無いだ
ろう。

ぼくだって、今迄ずっと訓練して来たんだ。
負けるもんかっ!

目の前には黒いプロテクタを付けたトウジがソードを構え立っている。同じジムの生徒
がトウジの合図でシグナルをレッドに灯す。

「身の程をしれや。」

「そっちこそっ。」

睨み合うシンジとトウジ。

ソードの切っ先が互い向く。

グリーン点灯。

「うぉーーーーっ!!!」

下手な小細工など必要無い。シンジはいつもの得意な中段の構えから、自分のスピード
を生かし、一気にトウジの懐へ飛び込んで行く。得意のパターンだ。

「来いやっ!」

迎え撃つトウジ。

シンジのソードがトウジのチェストを捕らえる。

が、トウジはそれを避けようともせず、あのローキックをシンジの足に叩き込んでくる。

「ぐわっ!」

足を掬われシンジダウン。

「くそっ!」

即座に起き上がり、今度はローキックを警戒し間合いを取る。

容赦なく迫り来るトウジ。距離が詰まる。

「でやーーーーーっ!」

キックを止めようとシンジがソードで足を攻撃。

「なめとんかいっ!」

シンジのソードと、トウジの足のプロテクタが、火花を散らす。

ガキンっ!

「あっ!」

はじき飛ばされるシンジのソード。

無防備になったシンジにトウジが迫る・・・その時だった。

「こらッ! トウジっ! 何しとんやっ!」

「あっ、コーチ。ちょっとスパーリングしてんねや。」

「勝手なことをするなっ! 部外者に怪我でもさせたら、出場停止だぞっ!」

「すんまへん・・・。」

昼食を食べ終わりジムに戻って来たコーチの怒声が響き、試合は終わった。

コロシアムに残ったのは、ソードを弾き飛ばされ痺れた手がジンジン痛むシンジの姿だ
った。

<お好み焼屋>

新世界から少し歩き、難波のお好み焼き屋で2人は昼食を食べていた。テーブル席中央
にある鉄板で焼かれるお好み焼を、拳を握り締め無言でシンジは見詰める。

負けた・・・。
完全に力で押された。

水の入ったコップに目を向けると、歪んだ自分の顔が揺れている。その水を一気に飲み
干すシンジの前で、アスカが2枚のお好み焼をひっくり返している。

強過ぎる。
勝てる気がしない。
勝てる気が・・・。

今回のような力で捻じ伏せられるような負け方をしたのは、シンジにとって初めての経
験だった。その衝撃が心を押し潰して行く。

「焼けたわよっ。」

「うん・・・・。」

「ほらぁ、早く食べなきゃ焦げちゃうわよ?」

お好み焼を小さく切り小皿に入れて差し出してくれるが、うつろな目でそれを受け取り
食べようとはせずただ眺めるばかり。

「なーに辛気臭い顔してんのよ? 早く食べましょ。」

「なんだか、食べる気がしないんだ。」

「アンタさぁ?」

呆れた顔でアスカは、弄んでいた割り箸の先で鼻の頭をツンツンと突付いてくる。

「やめてよ・・・。」

「さっきのスパーリングのこと気にしてんでしょ?」

「だって・・・。」

「どうだった? 鈴原は?」

「強過ぎるよ。勝てそうにないよ。」

「おかしなこというわねぇ?」

「どうしてだよ? アスカも見てたじゃないか?」

「アンタは勝つんでしょっ!?」

「なんでそんなこと言えるんだよっ?」

「『ぼくは絶対勝つっ!』んでしょ?」

「だから、なんでそんなことが・・・。」

「それがアンタのいつものセリフじゃん。アタシに負けて、負けて、負けまくってた頃、
  それでもアンタそう言ってたじゃん。」

ニコリと笑うアスカ。

「どんなことがあってもさ。バカみたいに上ばっかり見て、掌一杯に広げてお日様に手
  を伸ばしてるのがアンタでしょ?」

「・・・・・・。」

「その空の上から、お父さんが見てるんでしょっ?」

「!!!」

はっと顔を上げるシンジ。これまでも、負けて、いじめられて、苦しいことがどんなに
あっても、涙を笑顔と希望に変え父を目指して歩いて来たのだ。

父さん・・・。
そうだよ。ぼくは父さんと同じ夢を。
ごめん、父さん。

「まだ時間はあるんだ。そうだねっ! 絶対勝たなきゃっ!」

「そうよ。アンタは何の根拠もなく、いっつもそう言ってアタシをムカつかせたのよ。」

「そんなぁ。だって、アスカが今そう・・・。」

「でも、今回はアタシがアンタのバックにいるわっ!」

「なにそれ?」

「根拠があるってことよっ!」

パクリとお好み焼を咥え込んだアスカは、口からキャベツをはみ出させてニッと笑い親
指を立てる。

「アンタはただアイツのローキックにやられて攻撃できなかっただけ。スピードとソー
  ドではアンタが上よっ!」

「でも、そのローキックが・・・。あれじゃ攻撃できないよ。」

「そこでよっ! 目には目をっ! キックにはキックで対抗するのっ! そして、アタシ
  のとっておきっ!」

「だから、それって何なの?」

「二点同時荷重攻撃よっ!」

<学校>

2月。3学期も半ばとなり、いよいよ全国大会に向けて二点同時荷重攻撃の特訓も山場
となってきた。

二点同時荷重攻撃。ローキックをローキックで迎撃することにより関節への攻撃を防御
しつつ、ソードで相手の顎をピンポイント攻撃し関節以上に耐久力の弱い脳と首に過負
荷を与える。この二点を同時攻撃するという作戦だ。

ローキック同士がぶつかり合い、相手がバランスを失った一瞬が狙いだが、こちらもバ
ランスを取るのが困難な状況から、顎という狭いポイントをソードの切っ先で叩かなけ
ればならない為、訓練には困難を極めていた。

「こんなんでヨロヨロしてんじゃないわよっ!」

「くそっ! もう1回頼むよっ!」

怪我が完治したとはいえ無理な運動ができないアスカは、木のバットでシンジの足を狙
う。

最初の頃に比べ、この2ヶ月でかなりバランスをとりつつソードを切り出せるようにな
ってきたが、顎という狭いポイントを確実にヒットさせるのは至難の業だった。

「なにしてんのよっ! 鈴原のキックはこんなもんじゃないわよっ!」

「もうちょっとなのにっ!」

不安定な位置から切り出すソードの先端が微妙にずれてしまい、うまく顎を芯で捕らえ
ることができない。

体重の移動をもっと流れるように・・・。
変なところに力が入ってるから。

ぼくに勝つ道はこれしかないんだっ。

「はぁ。はぁ。はぁ。」

襲い掛かってくる木のバットを蹴り上げ、上体を前後左右に逸らせて逃げるアスカの顎
を狙う。昨日もその前も、ずっとずっと、今年に入ってからこんな訓練をしてきた。

体中傷だらけにし、どんなに頑張ってもなかなか効果が上がらず苦しむ毎日。

だが、もうシンジの頭の中には、顎を捉えるソードの切っ先の軌跡は描かれていた。目
には逃げるアスカの顎と、ソードの先の軌跡がはっきりと見えていた。

手は頂上に掛かっている。

そう思い出してから1週間くらいたった今日・・・。

次の瞬間だった。

ガスっ!

「うっ!」

そのソードの切っ先が、アスカの顎を芯で捉える。プロテクタをしているとはいえ、脳
と首が強い衝撃に襲われ、その場にもんどりうってアスカが倒れる。

「あっ! アスカっ!」

「くぅぅぅ、キいたじゃないの。やったじゃんっ!」

「できたっ! できたんだっ!」

「感覚を忘れないうちに、どんどん行くわよっ!」

「アスカ・・・大丈夫?」

「あったりまえよっ! っていいたいけど・・・首がきついからサポータまくわ。」

その後、シンジが完璧に二点同時荷重攻撃の感覚をマスターするまで、暗い運動場の隅
で特訓は続いた。

2人が帰ったのは、用務員のおじさんに見つかり追い出された22時以降のことだった。

<帰り道>

怒られて急ぎ学校から出て来た2人は、暗い夜道を肩を並べて歩く。

「サマになってきたんじゃない?」

「なんかコツがわかった気がする。・・・首大丈夫?」

「へーきへーき。アンタ手加減してたでしょ。」

「そりゃ・・・。」

「どう? 鈴原に勝てそう?」

「ここまで来たんだ。勝たなきゃっ!」

「ハハッ。やっぱアンタ、バカね。」

「なんでさ。」

「バカのひとつ覚えみたいに、『勝つ』『勝つ』ってさ。」

夜空の下、アスカは昔を懐かしむように遠い目で幾千幾万の星を眺める。あの時、シン
ジと初めて出会った時、こうして2人で肩を並べ歩いている自分が、この星の群れの下
を通ろうとは夢にも思ってなかった。

「アンタさぁ。なんで、そんなに勝てるって思えるわけ?」

「だってっ! 勝ちたいんだっ!」

「はぁ?」

「勝ちたいから、勝つんだよっ!」

「ほんと、バカね。」

「だって、いつだって父さんが見てるんだ。勝ったとこを父さんに見て欲しいんだ。」

2人して星空を見上げて歩く夜の道。1歩、1歩足を踏み出し歩いていると、ふいに道
の段差に足をとられてしまう。

「キャッ!」

シンジはなんとか踏み外さなかったが、横から足をとられたアスカが倒れ込んでくる。

「あっ。大丈夫っ?」

アスカを両手で受け止めると、思ったよりキャシャな体が自分の胸に飛び込んで来る。

「つまづいちゃった。」

背中に腕を回し胸に顔を埋めて抱きついて来るアスカ。視線を自分の胸に落とすと、青
い瞳もこちらを見上げて来る。

「足、怪我しなかった?」

「うん。」

胸にまだ抱きついたままコクリと頷く。

「ほんとに大丈夫? ちょっと見てみようか? 足。」

「えっ!?」

だが次の瞬間、慌てて胸の中から飛びのいたアスカは、自分の足を隠すようにジリジリ
と後ずさりし始めた。

「どうしたのさ? ちょっと見せてよ。」

「いいのよッ! なんでもないからっ!」

「念の為だよ。」

「いいって言ってんでしょっ!」

妙に右足を不自然に隠そうとしている。その仕草が不自然に思えたシンジは、アスカの
手首をやや強引に掴み体を引き寄せる。

「隠し事してない?」

「・・・・・・。」

アスカが目を逸らす。

「見せて。」

「・・・・・・うん。あのね。あの・・・ほんのちょっとだけなんだけどさ。」

左足で立ち靴と靴下を脱いだアスカの足首を見て、シンジは顔を青くした。去年の全国
大会で痛めた足首が赤く腫れているではないか。

「これって・・・今のでじゃないよね。」

「でも、大したことないわよ?」

「そんなわけないだろっ! なんで言わないんだよっ!」

「大会まで後少しじゃないっ! 誰がアンタの相手できんのよっ!」

「だからってっ!」

「オネガイ。」

「もう、駄目だよっ!」

「アタシもアンタと走ってんのっ! 勝ちたいのっ!」

「・・・・・・。」

「あと少し・・・好きなようにさせて。」

「わかった。」

重い声を出しシンジが頷く。

「その代わり隠したりしないで、痛いならそう言って欲しい。サポータもしっかりつけ
  て。止めたりしないから・・・。」

「うん。」

「一緒に優勝しようっ! 優勝するんだっ!」

「あったりまえじゃんっ! 2人で1番大きいトロフィー貰うんだからっ!!」

まだまだ手探りで走っている2人だったが、その瞳は夜空に輝く星々すらもかなわない
程、高く高く夜空を見上げ輝いていた。

<シンジの家>

春休みの大会が後数日と迫った頃。朝の新聞配達も終わったシンジが、家の中でスクワ
ットをし暇潰ししていると、開け放していた玄関からアスカが大慌てで飛び込んできた。

「シンジっ! シンジっ! テレビ、テレビっ!」

「なに? どうしたの?」

「テレビつけてっ!」

なんだろうとテレビをつけチャンネルを合わせてみると、そこに映し出されたのは霧島
マナの姿だった。

”全米デビュー! 日本期待の新人!”

と、タイトル打たれたその番組では、記者団を前に笑顔で手を小さく振り、挨拶をして
いるマナの姿が映っている。

「マナのヤツぅぅっ! ひとっことも言ってなかったのよぉっ!? ただ、今日のこの時
  間にテレビ見てってメール来てたから、なんだろうと思ったらぁぁっ!」

「び、びっくりしたなぁ。」

「親友のアタシに内緒にしてるなんてっ! 文句言ってやんなくちゃっ!」

ブツブツ言うアスカの前でテレビの映像は流れて行き、番組も終了近くなった頃、記者
団の1人がマナに対して質問をした。

『霧島さん。日本のどなたかに伝えたい気持ちはありますか?』

『はいっ! わたしの親友に。』

『友達ですか?』

『はい。そのコ達に一言いいですか?』

『どうぞ。お願いします。』

大きく息を吸い込み、マナはブラウン管の向こうからこちらを見詰める。

『わたしは1歩進みました。次はあなた達の番っ! 夢に向かって頑張ってっ!』

そしてカメラのシャッタの嵐の中、番組は終了した。

あれは間違いなく自分達へのメッセージ。アスカとシンジは、しばし無言でコマーシャ
ルの流れるテレビを見ていたが、どちらからともなく顔を見合わせた。

「アスカっ! やろうっ!」

「先越されたけど、今度はアタシ達だってっ!」

「全国大会だっ!」

「優勝するわよっ!!!」

ガッチリ手に手を取り、夢へ向って足を踏み出そうと瞳を輝かす。

それは、中学生全国大会を目前に控えた、春風の吹く暖かい日のことだった。

To Be Continued.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
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