------------------------------------------------------------------------------
エヴァリンピック
Episode 10 -桜並木で手に手を取って-
------------------------------------------------------------------------------

<中学生全国大会会場>

ここ第3新東京市で開催されるエヴァファイト中学生全国大会会場に、シンジとアスカ
は朝早くから来ていた。会場の最寄の駅で部活の顧問であるミサト先生と待ち合わせを
していたのだが、約束の時間を遥かに超えても姿を現さず2人で来ることとなった。

アスカにとっては2度目の会場入り、シンジにとっては選手として始めて訪れるこの地。

「去年、アタシは優勝を疑わずここに来た。」

遠い目で1年前のことを振り返り、誰に言うでもなく語り掛けるように静かにアスカが
喋りだす。

「だけど負けた。」

顔を上げ会場を見ながら、何の前振りも無しに話し始めたアスカをシンジは見詰める。

「試合なんてそんなものかもしんない。でも、今年もアタシはまた優勝を疑わずにここ
  に立ってる。」

それまで、遠くを見ていたアスカの視線が自分を貫く。

「ぼくは・・・ぼく達は、1年頑張ってきたんだ。勝たなきゃ、勝つんだ!」

「行こう、シンジ。アンタのお父さんも見てくれてるはずよ。」

「行こうっ!」

選手用の通路に繋がる入り口に向き直り、ゲートに2人並んで足を踏み出す。

できる限りのことはしたっ。
見ててねっ! 父さんっ!
行ってくるよっ!

ゲートを潜った2人の前に通路が続く。その先にあるコロシアムという舞台が、今日訪
れたエヴァファイター達を、シンジとアスカを両手を広げて迎えている。

「勝つわよっ! シンジっ!」

「優勝だっ!!! 」

どちらからともなく足が速くなり、2人は通路の中へ駆け込んで行く。この瞬間を、時
遅しと待ちかねていたかのように。

控え室が近付いてくる。さすがに全国大会だけのことはあり、廊下で行き違うファイタ
ー達は、皆自信のある顔をしているように見える。

「よぉ。きよったな。」

「鈴原・・・。」

自分達に用意されている控え室へ入ろうとした時、こちらを見つけたトウジが声を掛け
てきた。全国チャンプの余裕だろうか、まだジャージ姿でリラックスしているようだ。

「お前とは準決勝で当たんで。それまで負けんなや。」

「ぼくは優勝するつもりだよ。」

「でかく出よったな。まぁええ。せいぜい頑張れや。」

それだけ言ってトウジは自分の控え室へ入って行く。その後から付いて来ていたヒカリ
という女の子も、ペコリと頭を下げてお辞儀をし後に付いて控え室へ入って行った。

「3回戦目さえ注意すれば、準決勝まで行けるわ。大丈夫!」

「まずは3回戦の大神か・・・そして鈴原だ。」

大神とは1年上の中3の選手で、剣道で優勝した経歴がある。その力を生かし、エヴァ
の大会にも出てきた選手だ。

他の分野からエヴァへ転向してくる選手がいる。特に中学で剣道や柔道をやっていた者
が、高校進学時に流行りのエヴァへ来ることが多い。中学より遥かに高校はエヴァが盛
んで、転向選手が多く高校生大会は激戦となる。

控え室に入ったシンジは、軽く柔軟体操などをし、筋肉と緊張を解していく。

「アンタのプラグスーツもだいぶ痛んで来たわねぇ。ちゃんとシンクロできんの?」

「ぼくのシンクロ率だと、40%はパワーアップしてるはずだけど?」

「でも、そろそろ買い替え時期よね。」

「こないだ大阪行って、お金使っちゃったから。」

エヴァのファイトはプラグスーツにシンクロすることで、擬似的に筋力をアップして戦
う。

男性のシンクロ率はそのままだが、女性用プラグスーツはX1.5倍に設定されており、
これによって男女関わり無く対戦可能となる仕組みとなっている。ある意味、アスカの
ように体重の軽さを生かすと、女性が有利となる場合もある。

「アタシのプラグスーツ、男のコ用に設定して来たら貸してあげれたのに、気付かなか
  ったわ。」

「やだよ。女の子用じゃないか。」

「シンクロ率を設定したら、ルール違反じゃないわ。」

「違うよ。デザインが嫌だよ。」

アスカのプラグスーツは腰がくびれていて胸が出ている。どこからどう見ても、女性用
だとわかるスーツを着て、観客が見ているコロシアムになど出れるはずもない。そんな
ことをしたら、次の日からオカマファイターシンちゃんのあだ名がつくに違いない。

「へぇ。アンタでもそんなこと気にするんだ。」

「するに決まってるだろ。」

これ以上変なことをアスカが言い出す前に、シンジはいそいそと自分の白と青でカラー
リングされた男性用のプラグスーツに着替えだす。さっさとプロテクタまで付けてしま
おう。

「ちょっと待って。」

「あんまりこっち来ないでよっ。着替えてんだから。」

「いいから。」

「良くないよ。」

「足にテーピングしとくのよ。鈴原戦の前に足痛めたらダメでしょ。じっとして。」

パンツ1枚で恥ずかしがるシンジのことなど無視して、アスカは足にテーピングを巻き
始める。プラグスーツの中にプロテクタなどを入れることはルール違反だが、包帯やテ
ーピングは許されている。

「も、もういいから。あっち行ってよ。恥ずかしいよ。」

「ったく、いつもはアタシのこと女だなんて思ってもない癖にっ。」

ブツブツ言いながら脛にテーピングを巻き終わったアスカは、なんだか不機嫌そうにシ
ンジが着ようとしていたプラグスーツとプロテクタを無造作に手渡す。

「そんなことないよ。一応スカート履いてるし。」

「一応とは何よっ! 一応ってっ!」

「そ、そういう意味じゃなくて・・・。でも、ここまで来れたのもアスカのおかげだよ。
  コーチしてくれてありがとう。」

「あったりまえじゃん。アンタとは運命共同体だもん。これからもずっとね。」

「これからもいろいろ教えてね。」

「はぁ〜。」

アスカは控え室の隅で溜息をつきながら、シンジの脱いだ服を持って来たバッグに詰め
込むのだった。

                        :
                        :
                        :

エヴァファイトが始まった。

順当に勝ち進んで行くシンジ。

予選の全3戦と、準々決勝,準決勝,決勝の、計6回勝ち抜きで優勝となる。今シンジ
は2回戦を終わった所だった。

”Winner 碇シンジ”

2回戦終了。頭上に輝く電光掲示板にシンジの名前が勝者として大きく表示されている。

よしっ。
ここまでは予定通りだ。
最初の強敵は次か・・・。

拍手の中コロシアムから出て行く。観客席に目を向けると、同じ学校の生徒が旗を振っ
て応援してくれている。

だが勝利したシンジも、セコンドの位置で迎えるアスカの顔にも、勝利の喜びはなく緊
張の色がありありと出ていた。

「次の大神。距離を詰めて行くわよ。」

「それしかないか・・・。」

「あっちのコロシアムで戦ってるの見てたけど、予想以上に強いわ。」

全国大会前、鈴原に対する対策はできる限りやってきたが、大神対策は不完全で時間切
れとなった。

剣術ではシンジに勝つ見込みはなく距離を開ければやられる。距離を詰めるしかないの
だが、やすやすと懐に飛び込める相手でもなく苦戦を強いられることは間違いない。

「エヴァは”面”の1撃で勝敗が決まらないってのが、こっちの強みよ。食らい付いて
  行けばどこかにチャンスがあるはず。」

「父さんに習ってみようと思うんだ。」

「難しいけど、それしかないわ・・・やっぱ。」

相手にソードの自由を与えず懐に飛び込む。2人の出した作戦は、ゲンドウが得意とし
たタックルなどの体を当てて行く作戦。だがそれも、体重のあったゲンドウだから効果
があった技であり、軽いシンジにどこまでできるか不安が残る。

「壁に押し出すのは難しいな・・・。父さんみたいに力ないし。」

「アンタはアンタのやり方でやればいいじゃん。」

「ここで負けるわけにはいかないんだ。絶対勝ってみせるっ!」

廊下を歩き控え室に戻って行く。その途中、2回戦に勝利し湧き上がる選手もいれば、
涙ながらに帰り支度をして去っていく選手もいる。

ぼくはまだ負けない。
次も勝ってここを通るんだっ!

「アスカっ。絶対優勝しようっ!」

「あたりまえよっ!」

互いに手をぎゅっと握り締め勝利を誓う。そんな2人に、廊下を歩く人込みの間からあ
る人物が近付いて来た。

「あっらぁ。こんなとこでも、仲がいいのねん。」

「あっ! ミサト先生!」
「アンタっ! 朝何してたのよっ! 駅でずっと待ってたんだからねっ!」

「ごめんちょ。昨日、前祝いで飲みすぎてねん。ちょっち寝坊しちったのよ。」

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

2人にとって運命の日とでも形容すべき、今日という重大な日に寝坊するとは、しかも
顧問が・・・シンジもアスカも文句の声すら出せず開いた口が塞がらない。

「ちょーっち様子見に来たんだけど、その様子じゃお邪魔だったかしらん?」

ミサト先生の視線の先にあるのは、2人で握り合った手。慌ててシンジもアスカも手を
離す。

「何言ってんですかっ!」
「3回戦の作戦で忙しいんだから、変なこと言ってないであっち行ってよねっ。」

「あっらぁ? いいのかしらん? 大神くんの致命的な欠陥を教えに来てあげたんだけど
  ねん?」

「なんだって?」
「なによそれっ!?」

「実は・・・でも、あっち行ってって言われたから、やっぱやーめた。」

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

それでも担任の教師でありクラブの顧問かと、シンジもアスカもジト目でミサト先生を
睨みつける。呆れ果ててもう言葉も出ない。

「わーったわよ。そんな顔しないの。で、彼なんだけどねん。・・・」

                        :
                        :
                        :

第3試合。シンジはコロシアムに立ち、セコンドにアスカが待機している。目の前には
ソードを上段に構える大神の姿。

確かにそうだ。
アイツの方が剣術は遥かに上だけど。

ミサト先生の出した作戦とは、あまりにもバカバカしい程単純ものだった。だがこれま
で大神を相手にした選手は、そのバカバカしい作戦に誰も気付かずやられたのだ。

ちょっと視点を変えるだけで、相手が小さく見える。
奥が深いな。エヴァは・・・。

レッドシグナルが頭上に点灯し、いよいよ試合が始まろうとしている。気をつけなけれ
ばならないのは、大神の最初のソードによる一撃。それさえ回避すれば、ミサト先生の
作戦で余裕で勝てる。

グリーン点灯っ!

試合開始っ!

それと同時に得意のソードで切り掛かってくる大神。

上段からの一太刀。

シンジはソードでそれを受けず、頭をずらし肩で受けた。

「とったっ!」

肩で受け止めたソードの切っ先を左手でぐいと掴む。

「いくぞっ!!」

相手は剣道のチャンピオン。だが、剣道では絶対ありえない状況下で、シンジが猛攻を
仕掛ける。ソードの先を手で持ち接近戦の猛攻。

大神は、最強にして唯一の武器であるソードを押さえられ、なすすべもなくシンジの猛
攻にさらされる。

「うおーーーっ!」

シンジの蹴りが腹部に入る。。

体をくの字に折り曲げ大神1度目のダウン。

「剣を持つなんて汚いぞっ!」

「これはエヴァだからね。」

その後もソードしか攻撃手段の無い大神は、ことごとく剣先を押さえられ、3ダウンで
シンジの前にあえなく敗北した。

”Winner 碇シンジ”

頭上に輝く、シンジ勝利の掲示板。大神はシンジを睨みつけつつ、男泣きに泣いてコロ
シアムを敗者として後にした。

たぶん、アイツ。
今日は悔しくて寝れないんだろうな。

来年は、間違いなく強敵になる。
あの剣の腕に接近戦技が加わったら脅威だ・・・。

今年はミサトの言葉に助けられたが、それは相手に今後の課題を教えたことにもなる。
来年はこうはいかないだろう。

試合は進み次は準々決勝。その前に昼時となり、軽くシンジとアスカは昼食を食べるこ
とにする。昼休みの間に消化できる程度の食事でなければ、試合で吐いてしまう為、選
手は本当に軽いものしか口にしない。食べない選手も半数はいる。

シンジはアスカが持って来たゼリーだけ口にし、ベンチに横たわって休憩していた。そ
のベンチに頬杖を付き、アスカが上から覗き込んで来る。

「1年でここまでこれるなんて、アタシ正直思ってなかった。」

「アスカのおかげだよ。」

「もしさ。もし・・・。」

「ん?」

「優勝できたらさ。」

「絶対するよ。」

「うん・・・その時は・・・。」

「なに?」

「・・・・・・。」

「ん?」

「なんでもない。足、マッサージしてあげよっか。」

「?」

昼休みの残り時間、アスカにマッサージして貰いながら、シンジは2つ先の準決勝で当
たるトウジ戦のことを考えていた。

やれるだけのことはやったけど。
あのローキックは強烈だ。

キック同士のぶつかり合い・・・。
何度も食い止めることはできない。
短期決戦しかないよな。

シンジの人生でひとつの大きなターニングポイントとなる中学2年のこの時期が今終わ
ろうとしている。その締め括りと言っても過言ではないトウジ戦が、いよいよ幕を開け
ようとしていた。

準々決勝、シンジもトウジも順当に勝ち進む。いよいよ運命の準決勝の舞台に向かい、
シンジは控え室からコロシアムに向け廊下を歩く。

「いよいよだっ!」

「ここまで来たら自分を信じてっ!」

シンジの手を両手でぎゅっと握り、キッと見詰めて暗示を掛けるかのように、アスカは
叫びにも似た声を上げる。

「アンタは勝てるっ! 絶対勝てるっ!」

声を出す度に握ってくるアスカの手に力が入る。

「勝てるっ! 絶対勝てるのよっ!!」

「アスカの為に、頑張ってくるよっ!」

「シンジ・・・。」

それまで力強く声を出していたアスカの声のトーンが一瞬下がる。

「ううん、自分の夢に向かって頑張んのよっ!」

「ぼくの夢はアスカの夢だろ? 一緒じゃないか。」

「そうだったわね・・・うんっ! 夢に向かって、勝つわよっ! 勝てるっ!
  アンタは勝てるっ!!!」

「行ってくるっ! 絶対勝つからっ! アスカ・・・またねっ!」

「優勝よっ!!!」

競技場の端でアスカと別れ、コロシアムの中央へ飛び出して行く。準決勝からは競技場
で1つの試合しか同時に行われず、自然と観客席からの喝采がシンジに集中する。

ミサトさんや、クラスのみんなも来てくれてる。
アスカがぼくを見ているっ!
そしてっ! 父さんもっ!

振り返るとセコンドでアスカは両手に力を込めてこっちをキッと吊り上った青い瞳で睨
み付けている。きっと自分のことのように、全身に力を入れているのだろう。

今、この時の為に頑張ってきたっ!
鈴原トウジと戦うためにっ!

不思議と緊張や恐れはなかった。ただ、やっと戦えるという思いが沸々と湧き上がって
くると同時に、全身に力が漲るように感じる。

シンジの前にやや遅れて、去年の全国チャンピオン、鈴原トウジがセコンドにジムのコ
ーチを付けて現れた。

『2014年中学生チャンピオン、鈴原トウジの入場ですっ!』

さすがに去年のチャンピオンだけあり、喝采もシンジの時のそれより一際大きい。

2人は中央に寄りソードを交わらせ定位置まで戻る。

レッドシグナルが頭上に点灯。

「シンジ。去年のままやったら拍子抜けやで。」

「勝つさ。トウジの全てを見せて貰ったからね。」

「あれで全てや思とんか。」

「なにっ!」

2人の視線がコロシアム中央で衝突する。

『関東大会では、碇選手もかなりの成績を上げていますが、いかがでしょうか?』
『あの鈴原にどこまで食い下がれるかが見ものですね。』
『さぁ、いよいよ準決勝ですっ!』

グリーンシグナル点灯っ!

試合開始っ!

シンジ速攻。

トウジも一気に距離を詰めてくる。

最初から正面激突。

だがトウジ得意のローキックが来ず、ソードとソードが中央でぶつかり合う。

「噂通りのスピードやのぉ。」

「ローキックはどうしたんだよっ!」

予想していたローキック同士のぶつかり合いにはならず、それからしばらくはソード同
士が激しく火花を散らす展開となった。

こうなると、腕力もありスピードでは遥かに勝るシンジが圧倒的に有利となる。ジリジ
リとトウジを押していく形になるが、距離を詰めるとローキックが待っている為なかな
か致命打が出せない。

狙ってる・・・。
こっちから打って出るか。待つか・・・。

「なにビビっとんやっ!」

「くっ!」

どうする?
挑発してるのか?

なかなか攻め込めない焦りがシンジの心の中を渦巻く。打って出たい。攻撃したい。

『シンジっ! 回り込むのよっ!!』

そうかっ!

アスカの声に従い、トウジの側面へ回り込もうとステップを踏む。

だが、トウジがやすやすといいポジションを与えてくれるはずもなく、互いに渦のよう
に回り始める。

攻め込んだところを狙ってるのは間違い無い。
でも、スピードではぼくが上だっ!

更に円を描きながらソードをぶつけ合う。

この角度だと関節狙いはしにくいっ!
二点同時荷重攻撃があるんだっ!
行くなら今だっ!

シンジは円を描きながらトウジの左側面から突っ込んだ。

「こいっ!」

構えるトウジ。

勢いをつけ射程内に飛び込む。

「おんどりゃーーっ!!!」

トウジのローキックがシンジの足を狙う。

「うぉーーーーーっ!!!」

同時にローキックをローキックで迎え撃つ。

火花を散らす互いの足のプロテクタ。

重いっ!

訓練していたアスカの蹴りとは比べ物にならない程重い蹴り。

後ろに押し返される。

バランスが崩れる体。

今だっ!

ソードを下から切り上げる。

二点同時荷重攻撃。

ソードの切っ先が、前のめりの体勢でローキックを出しているトウジの顎を芯で捉えた。

「ぐはっ!!」

頭を思いっきり振られ、斜め後ろへよろめくトウジ。

シンジも予想以上の衝撃に、ふらふらと後ろへ後退する。

なんてキックだっ!
足が痺れる・・・。

だがトウジも顎を狙われかなり首や脳に負担がかかったのか、頭を振り首を押さえてダ
メージを回復している。

『こ、これはっ! 碇選手・・・今のはまぐれでしょうかっ!?』
『いえ、あきらかに狙ってましたね。これは、予想以上の展開になりますよ。』
『あんなことが、狙ってできるものなのでしょうか。大変なことになってきましたっ!』

湧き上がる客席。自然とシンジの学校の生徒がいる応援席の旗が、勢い付いて振られ始
め、声援も大きく大きくなっていく。

どっちが先に倒れるかだっ!
いくぞっ!

間を置かず痺れる足で飛び込む。

トウジもこちらが動いたのを読み取りソードを構え攻撃態勢に入る。

「今のは効いたでっ! シンジっ!」

「次で決めるっ!!」

「ほやけどなぁぁっ!!!」

再び互いのキックの射程に入る。

右足を蹴り出すシンジ。

だがトウジの動きが先程とは違った。

ソードを下段に構えて飛び込んできたのだ。

「なにっ!!」

シンジが目を剥く。

トウジが、ソードをプロテクタの脛の部分に突き刺した。

ソードが刺さったプロテクタ。ソードの重量と硬度を加えたローキックが、シンジのロ
ーキックを迎撃する。

ガツンっ!!!

激痛が足から脳天まで突き抜ける。

「このーーーーーーーーっ!!!!」

足が千切れそうになるが、死に物狂いにソードで切り上げるシンジ。

体の回転の勢いを加え、ソードの切っ先がトウジの顎をヒット。

ぶつかり合った両者が、弾き出されるかのように吹き飛び、両者ダウン。

さすがに2度にわたる首への負担は大きく、トウジは苦悶の表情で首を押さえその場に
蹲る。

同時にシンジもあまりの衝撃に、ダウンしたまま麻痺した足を押さえる。

あ、あんなキックが許されるのかっ!
足がっ!
ぐぐぐ・・・。

審判は反則判定を出していない。ルール規定範囲内のようだ。

またあんなの食らったら・・・。
次の一撃で決めないとっ!

両者ダウン共に1回。

後2回のダウンで負けとなる。

互いにダウンした為、1度審判に立ち上がらされ意思確認がされる。無論2人ともリタ
イヤはしない。

『これは、強烈なぶつかり合いになりましたっ!』
『いやぁ、さすがは鈴原選手ですね。碇選手にも驚きましたが、簡単にはいきません。』
『おっと、試合が再開されるようです。』

中央に歩み寄り試合再開。

次こそKO取らないと。
長引いたら足が・・・。

速攻を掛けようにも、足が麻痺して思うように動かないが、無理やり動かし一撃必殺を
狙って挑む。

『シンジっ! 防御よっ! もうキックはダメっ!!!』

アスカが叫ぶ声が聞こえる。

防御と言うが、どう防御しろというのだ。

ソードなど間違いなく弾き飛ばされる。ソードがなくなればもう二点同時荷重攻撃もで
きない・・・それは負けを意味する。

最後の一撃に掛けて飛び込むシンジ。

かなり首が苦しそうではあるが、トウジも守りの体勢に入るつもりはないようで、一気
にトドメをさすべく突進してくる。

「うぉーーーーーーーーーーっ!!!」

ズガーーーンっ!!!

シンジの怒声と共に激突するローキック同士のぶつかり合い。

同時に繰り出すシンジのソード。二点同時荷重攻撃。

「ぐはっ!」

トウジが仰け反る。

ズザザザザ・・・。

吹き飛ばされるシンジ。

シンジダウン。

トウジもその場に頭を押さえ蹲りダウン。

ぐぐぐ。
足が・・・。

膝から下が無くなったように感覚がなく、全身に激痛が走る。

ヨロヨロと顔を上げる。

自分の足に目を向けると、プラグスーツに亀裂が入りプロテクタの隙間からLCLと血
が混じり滲み出ている。

トウジはっ!

ヨロヨロと立ち上がりながら視線を前方へ向けると、四つん這いになりながら頭を振っ
て立ち上がれずに苦しんでいるトウジの姿があった。

このまま10カウントになればシンジの勝ち。

                            :
                         シックス
                            :
                         ファイブ
                            :

審判の数えるカウントがダウンしていく。

まだトウジはふらついている。

余程、首と脳へのダメージが大きいのだろう。

                            :
                          フォー
                            :
                          スリー
                            :

「ぐっ!!」

だが、無理やり頭を振って立ち上がって来る。

「効いたでぇ。次で決着みたいやのぉ。」

「ぼくも、もう限界だ・・・。次で決めるっ!」

審判の指示により再びコロシアムの中央に寄り睨み合う。

意思確認が行われ試合再開。

最後の一撃だっ!
行くぞっ!
トウジっ!

足から血が滴り落ちまともに動かない。

グリーンシグナル点灯っ!

ぼくの足・・・。
あと1回耐えてくれっ!!
もう1度だけっ!

『シンジっ! 防御なさいっ! シンジっ! シンジっ!!!!!』

アスカの叫びが聞こえてくる。が、防御なんてできるはずがない。

アスカ・・・あのキックは防御なんてできないっ!
勝つならこの1撃に掛けるしかないんだっ!

『シンジッ! シンジーーーーーッ!!!!』

絶叫するアスカの声を振り切り。

感覚のなくなった足でダッシュ。

最後の勝負だっ!

同時に首の痛みに苦悶の表情を浮べたトウジも、速攻を掛けてくる。

勝負ダッ!
トウジッ!!!

その次の瞬間・・・だった。

ズバンっ!!!!

突然体の自由が奪われた。

暗い。周りが暗い。

体が動かない。

なんだっ!!!!!????

周りにまるで大きな風船がいくつも出て来たかのように、エアバックのごとく地面から
一瞬のうちに飛び出したそれは、シンジの体をやわらかく包み込む。

何が起こったんだっ!????

その風船を両手で押し退けようと力を込めると、それはだんだんとしぼんでいき視界が
鮮明になってきた。

そして・・・次にシンジが目にした物は、頭上に輝く電光掲示板の文字。

”Winner 鈴原トウジ”

「な、なんでだっ!? なんでだよっ!!!!」

わけがわからない。

何ごとかとアスカの方へ振り返ると、涙を溜めて顔を逸らし俯いており、その手に握ら
れていたものは・・・。

ブラックシグナルのスイッチっ!

「ま、まさかっ!!!」

『ブラックシグナルですっ! 碇選手、ブラックシグナルでリタイヤですっ!』
『ブラックシグナルとは、選手の体が危険と判断した場合に、セコンドと審判が出せる
  試合中止シグナルですね。』
『これは、まさかの展開ですねぇ。』

愕然とするシンジ。

「な、なんでっ!? ナンデダッ!!!」

痛む足を引き摺り、セコンドに立つアスカの元へ掛け戻る。

「アンタの足がもたないわっ!」

「だからってっ! なんの為に今迄っ!!!」

「エヴァリンピックの為よっ! 中学生全国大会の為じゃないっ!」

「そうだけど、そうだけどっ!!!」

「これが世界の舞台ならっ! エヴァリンピックなら止めやしないわっ! でもっ!
  アタシみたいに、こんなとこで潰れちゃダメなのっ! アンタはっ!」

「そ、そんなのって・・・。ちくしょーーーーーーーっ!!!!!」

膝をコロシアムに落とし、両手で地面を殴り付ける。

その後ろでは、勝者となったトウジが怒りに体を震わせ睨み付けて来ている。

「なめとんかっ!!!! ワ、ワイはっ! お情けの勝利かいっ!!!!」

「トウジっ!!!」

振り返るシンジをトウジの視線が貫く。

「次あれ食ろたらあかんか思とったっ! やのにっ! こんなんでワイの勝ちかいっ!!
  なめとんかっ!!!!」

殴り掛からんばかりの勢いで向かってくるトウジを、審判団が押さえつけている。

「ぼくはっ!!」

キッとアスカに振り返るシンジ。

「ぼくはっ! 最後まで戦いたかったんだっ!!」

もうシンジには何がなんだかわからなかった。今自分は、悔しいのか怒っているのか、
それすらもわからなかった。ただ、体の奥底から押さえきれない感情が噴出して来る
だけ。

「ちくしょーーーーっ!!!」

シンジはもう誰とも目を合わせようとはせず、傷ついた足を引き摺りコロシアムを飛び
出して行く。

2015年中学生大会準決勝A組。碇シンジ。
リタイアにより敗北。3位決定戦に出場決定。

コロシアムを駆け出して行くシンジを、アスカは何も言わずただ奥歯を噛み締め見送る
のだった。

<会場前>

傷ついた足でシンジは会場の近くにあるベンチに座っていた。応援席から出て来た同じ
学校の生徒達が、その姿を見つけ慰めの言葉を掛けて来たりもするが、返事をする気に
もなれない。

そんな中にミサト先生もいたが、シンジに声を掛けようとする生徒を引き止め何も言わ
ずに去って行った。敗者に言葉はいらない、誰よりも身を持って彼女は知っていた。

足の痛みよりも心が痛くて立ち上がれそうにない。

なんでっ!
なんで、ここまで頑張ってきたのにっ!

試合に負けたのなら諦めもつく。が、最後の最後でリタイヤでは我慢も納得もできない。

アスカだって絶対勝とうって言ってたのにっ!
なんでっ!

あのまま戦っていたら勝てたかもしれなかった。トウジはかなり疲労していた。十分に
勝因はあった。

なのにっ!

こんなに悔しい思いをしたのは始めてだった。かつてアスカに負けた時よりも悔しい。
涙が出る程悔しい。

ちくしょーっ!
ちくしょーっ!

「ちくしょーーーーーーーーっ!!!!!!!」

声を大にして、ベンチを殴り付ける。

足を見ると今でも血が次から次へ滲み出している。

最後まで戦いたかったんだっ!
最後までっ!!!

傷ついた自分の足が恨めしい。怪我をした自分の足が情けない。

「うわぁーーーーーーぁぁあああああああああああっ!!!!」

痛む足を力いっぱい掴みシンジは絶叫した。

「うわあああああっ!!!! うわあああああっ!!!! うわあああああっ!!!!」

声が枯れるまで、意味もなく叫び続けた。

控え室では・・・。

アスカが独り両手を床についていた。

「もうちょっとだったのにっ! もうちょっとで勝てたのにっ!!」

涙が次から次へ溢れ、床に水溜りを作る。

「あぁするしか、アタシにはシンジを守れなかったっ!! ちくしょーーーっ!!」

手が痛くなるくらい床を殴り付けるアスカ。

「勝ちたかったっ! 勝ちたかったのにっ!」

だがアスカには、勝つ以上に大きな使命があった。シンジをエヴァリンピックの舞台に
立たせること。ここで潰すわけにはいかないのだ。

「アタシの作戦ミスだっ!」

二点同時荷重攻撃。肉を切らせて骨を断つつもりが、こっちの被害の方が大きかった。
何度も何度も床を叩きつけるアスカ。

シンジは何処へ行ったのかわからない。ここにいるのは自分独り。

だが、準決勝で負けた者には、3位決定戦が残されている。

「準備しなくちゃ・・・。」

涙を拭き立ち上がるアスカ。

シンジは足を傷つかせている。次の試合に間に合うように、応急処置の準備をしなけれ
ばならない。

「くっ・・・。」

腕で涙を拭いながら、消毒液や包帯、サポータを取り出す。

急がなくちゃ。

「ぐっ・・・。」

涙が次から次へ溢れてくる。

決勝が終われば、すぐに3位決定戦。

シンジのいない部屋で独り準備を進めるアスカ。

急がなくちゃ。
アイツが戻ってくる前に。
アイツは、必ず戻ってくるから・・・。

アスカが3位決定戦の準備を始めている頃、ベンチに座っていたシンジは、両手で頭を
抱え込み蹲っていた。

・・・悔しいよっ!
父さんっ!

「悔しいんだよっ!!!!!!!!」

散々流した涙で、プロテクタが濡れている。

ぼくは負けてたんだっ!
あの時はもう負けてたんだっ!

アスカがシグナルを押さなきゃいけなくなった時点で・・・ぼくはもうっ!

少しづつ少しづつ冷静になってくる。

あのスイッチを押したアスカの指は、きっと自分の足の何倍痛かったことだろうか。

「ちくしょーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」

ぐっと顔を上げ空を見上げるシンジ。

今年は負けたけどっ!
次はもっと強くなるよっ!
強くなるからっ! 父さんっ!!!

痛めた足でゆっくりゆっくり立ち上がる。

時計を見ると、そろそろ3位決定戦が始まる時間になっていた。

行かなきゃ・・・。
アスカが待ってる。

ズルズルズルと足を引き摺り歩き出す。

こんなところで、立ち止まったりするもんかっ!

通路を通り、控え室へ向かい歩く。足を痛めても、一歩でも前へ進む。進み続ける。

扉を開けると、視界に控え室の狭い空間が広がる。そこには、足の応急処置の準備をし
たアスカの姿があった。

「3位を取りに行く。」

シンジが重い声を出す。

消毒液を持ち近づいてくるアスカ。目が赤く腫れている。

「最後の試合。勝とう、絶対勝とうっ。」

「アタシはアンタと一緒に最後まで戦うわ。」

ベンチに座るシンジ。足を消毒し包帯を巻き出すアスカ。2人の間には、あまり言葉は
なかった。

やはり悔しい。

悔しくて悔しくて仕方がない。

それでも、前へ、なにがなんでも前へ。

放送で決勝が終わった知らせが入る。

優勝はやはりトウジだった。

続いて準決勝で負けた者2名に、3位決定戦へ出場するようにと放送が入る。

めいいっぱいテープングをし、痛み止めの薬を塗りシンジは出場した。

だが、足がやられていることを知っている相手は、そこに攻撃を集中してきた。

2015年、中学生全国大会は終わった。

シンジ、4位。

表彰台にぎりぎり手が届かず、中学2年という時代にシンジは幕を降ろした。

<会場近くの並木道>

痛めた足を引き摺り、重いプロテクタを背負ってシンジはアスカと帰って行く。

「負けたよ・・・。」

「負けたわね。」

「悔しいよ・・・。」

「悔しいね。」

唇を噛み締め前だけを見て歩く2人。

絶対に下を見ないように、前だけを見て傷ついた足で、なお歩き続ける。

「ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

叫ぶシンジ。

「こんちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

アスカも叫ぶ。

「来年は優勝するぞーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「来年は1番おっきいトロフィー貰うわよっ!!!」

悔しさを振り切るかのように、思いっきり大声を張り上げる。

「行こうアスカっ!!!」

拳を握り突き出すシンジ。

その手を取り空を見上げるアスカ。

「来年は優勝よっ!!!」

「優勝だっ!!!」

今年の悔しさをバネにし、遥か前方に見える夢目掛け、また2人は歩き出す。

桜並木で手に手を取って。

To Be Continued.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system