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エヴァリンピック
Episode 11 -雨打たれ泥に塗れる蕾-
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<高校>

桜咲く季節。やっとの思いで入学した高校の校舎を、新しい制服を着たシンジは見上げ
ていた。

中学3年生という辛い1年間は、中学2年生の担任であり部活の顧問であったミサト先
生の一言から始まった。

「全国大会で4位だったでしょ? 私立きらめき高校に、3年間エヴァ部に入る条件で
  推薦入学できそうなんだけど、どうする?」

入学試験も簡単になり、学費も大幅免除。あまり勉強もできず、家の事情もあるシンジ
にとっては願っても無い話だった。

私立きらめき高校と言えば、第3新東京市でもトップクラスのエヴァ部に力を入れてい
る高校だということもあり、シンジはその場で即答OKした・・・のだが。

私立きらめき高校の学力レベルは、推薦入学で試験が簡単になってもなお、シンジの学
力を遥かに超えており、中学3年の1年を勉強、勉強にひたすら費やすこととなった。

「アンタっ! 分数くらい、いい加減覚えなさいよっ!」

「ごめん・・・。」

「さ、三角形の面積くらい出せないでどーすんのよっ!」

「えっと・・・上底+下底・・・。」

「三角形のどこに上底があんのよっ!! とんがってるでしょうがっ!!!」

「ごめん・・・。」

シンジの猛勉強は果てることなく続いた。その結果、中学3年は碌にエヴァの訓練がで
きない有様で、関東大会には出たものの全国大会への切符は手に入れられなかった。

今回の高校入学の話を蹴ってまで全国大会に出る程、シンジを燃え上がらせなかった原
因はもう1つあった。
あの中2の全国大会の後、トウジが妹をヒカリに預けてコーチと共に日本を離れ、修行
の旅に出てしまったのだ。

どうやらシンジとの闘いが切っ掛けのようだが、なんにせよ彼が再び日本に戻って来る
のは数年先になるらしい。

そして・・・。

「今日から高校生ねっ!」

「中3の間トレーニングできなかったから、取り戻さなくちゃっ!」

「トレーニングできなかったねぇ。ふーん。」

「なんだよ?」

「知ってんのよぉ? アタシに隠れて鈴原のローキックの練習してたでしょ。」

「うっ・・・なんで知ってるのさ。」

「受験間際だってのに、夜中コソコソ加持さんのトルネードの練習したり。」

「げっ・・・。」

「ま、アンタの場合、勉強ばっかじゃストレス溜まるだろうから、知らない振りしとい
  てあげたんだけどさ。合格できたことだし、いいけどね。」

さすがコーチ兼家庭教師と言うべきか、ともかく自分のことをどうしてここまで見てい
るんだろうと、シンジは少し怖くなってきた。

「これからエヴァ部へ入部しに行こうと思うんだけど、アスカはどうする?」

「女子エヴァ部に入ろうかとも思ったんだけど、男子エヴァ部のマネージャしようかと
  思うの。」

「ほんと? アスカがいてくれると心強いな。」

「ただ、ここのエヴァ部大きいでしょ? たぶん中学の時みたいに、シンジにだけって
  のは無理だと思うけどね。」

「そんなこと気にしなくてもいいんじゃない?」

「女子部に入るより、傍でアンタの様子ずっと見てられるしね。」

「じゃ、一緒に入部しに行こうか。」

早速2人は入部手続きをしにエヴァ部へと向かう。さすがに第3新東京市でもトップク
ラスを誇るだけ力を入れているクラブであり、専用のコロシアムが設けられ部員も数十
人という規模だ。

「碇シンジです。入部しに着ました。」

「惣流・アスカ・ラングレーです。マネージャになりたいんですけど。」

コロシアムに入った2人が挨拶をすると、その中央でソードを交えていた2人の先輩が
駆け寄って来た。1人は耳が隠れるくらいの髪の長さで甘いマスクのスリムな男子部員。
もう1人は、相撲取りのような大きな体系をしている。

「おっ。マネージャか? 今年のマネージャは質がいいなぁ。俺が部長の新見だ、頑張
  ってくれよ。」

ルックスの良い顔立ちをニコリと微笑ませた新見は、嬉しそうに頬を緩ませアスカを見
ている。

「俺は有山だ。副部長やってるから、わからないことがあったらなんでも聞いてくれ。
  で、名前なんだっけ?」

新見の後ろで、腕を組んでいた大きな体の有山もアスカのことを見ながら、口元に笑み
を浮べている。

「惣流です。」

「ぼくは碇です。」

「ん? 碇?」

アスカには優しそうな笑みを浮べて接していた先輩達だったが、シンジが名前を名乗っ
た途端、険しい顔でこちらを見てきた。

「お前が碇かっ!?」
「推薦入学らしいな。噂は聞いてるぜ。」

噂とは何のことだろう? きょとんとした顔で、シンジは部長と副部長の2人の先輩を
見る。

「全国大会で何位か知らんが、お前みたいな奴いらねーのによ。」

「どうしてですかっ!」

「お前みたいな奴が来て、大会に出られなくなったらどーするんだよっ。」
「エヴァのソード振り回して、ゲームセンターで金を巻き上げてるそうじゃねーか!」

「なっ!? そ、そんなことしてませんっ!!」

シンジにとっては寝耳に水である。とにかく抗議するが、先輩達は最初から敵意に満ち
た目で見下ろして来ている。

「それはっ! シンジの名前を勝手に誰かがっ!」

今の噂にアスカは心当たりがあった。同じ中学に行っていた諸星と面堂達の不良グルー
プが、以前シンジの名前を語っているという噂を耳にしたことがあった。

「あっ、惣流さんの入部は大歓迎だからね。おい有山っ、俺は惣流さんを部室に案内す
  るから、あと頼んだぜ。」

「おいっ。またかよ。ずるいなぁ。」

「さ、惣流さん。こっちに来てくれるかな?」

馴れ馴れしく肩を抱いてくる新見の手を振り払い、アスカは更に抗議を重ねる。

「だから、シンジはそんなことしてないって言ってるでしょっ!」

「なんだ? 碇とは同じ学校だったのか?」

「そうよっ!」

「とにかく部室に案内するよ。碇をやめさせたりしないから、惣流さんが心配すること
  ないって。」

「ほんとでしょうねっ! 入部させないとか言ったら、ただじゃ済まさないわよっ!」

「なんでそんなにコイツのことを・・・。」

少し新見はキッとシンジのことを睨みつけたが、すぐにまたアスカに向き直り笑顔を作
って優しく話し掛ける。

「そんなことするはずないだろ? 部長の俺が言うんだ。大丈夫。大丈夫だから、惣流
  さんは説明聞いてくれるかな?」

「ほんとでしょうねっ!」

「ほんと、ほんと。さ、こっちに来て。」

部長の新見はしきりにアスカを誘い、部室の方へ連れて行く。残ったシンジは、目の前
の有山と面と向かう格好で立つ。

「ぼく、本当にそんなことしてませんっ!」

「学校の推薦だから、俺達が止めさせたりできねーんだよっ。チッ、みんな迷惑してん
  のによっ!」

「だから、ぼくはっ!」

「部員にはしてやるが試合に出れるなんて思うなよっ。幽霊部員にでもなっちまえっ!」

副部長の有山は、大きな体を揺すりソードをブンブン振って空気を切りながら、コロシ
アムの中央に戻って行く。クラブに入ったばかりだというのに、両手両足をもがれたよ
うな気持ちになり、愕然としてその場に立ち尽くす。

試合に出れない・・・。

あらぬ疑いを掛けられたことよりも、罵られたことよりも、試合に出して貰えないこと
が1番辛い。去年1年この学校に入る為に勉強した結果がこれである。エヴァ部に入る
ことを前提とした推薦入学で入った為、クラブを止めることもできない。

ちくしょーっ!
なんでだよっ!

推薦入学でかなり入学金が安くなっているとはいえ、それでもシンジの家にとっては大
きなお金をユイが頑張って払ってくれたのだ。学校ごとやめてしまいたくなるが、その
想いは無になどできない。

何も悪いことしてないのにっ!
こんな馬鹿な話ってあるかよっ!

次々入って来る新入部員は、先輩達の指導の元筋トレを始めているのに対し、シンジだ
け誰からも相手にして貰えずぽつりと立っていると、1人の女の子がコロシアムの中に
入って来た。

「あのぉ。マネージャ希望なんですけど・・・。」

眼鏡を掛けた髪の長いその女の子の姿を見つけるや、男子部員が入って来ても全て有山
に任せていた新見が、走って駆け寄って来た。その後から有山も付いて来る。

「おいっ、有山。早くもマネージャ2人目だぜ。今年は景気がいいなぁ。」

「新見。お前、惣流さん狙いじゃねーのかよ。」

「煩い。煩い。あの、名前はなんていうのかな?」

「山岸マユミです。よろしくお願いします。」

「山岸さんかぁ。俺は部長の新見だ。」

アスカの時と同じく、甘いマスクを綻ばせややトーンの高い優しい声を出し、新見がニ
コリと微笑み掛ける。

「あそこにいる女の子も今日入ったマネージャなんだ。今俺がマネージャの仕事を説明
  してるから、一緒に聞いてくれるかな?」

「はい。」

こっちを見ているアスカの元へ、猫撫で声を出しながら新見がマユミの肩を押して行こ
うとした時、ふとシンジの目が彼女と合ってしまった。

「あら? あっ!」

突然マユミが目を輝かせたかと思うと、たったったっとシンジの前へ駆け寄り両手をぎ
ゅっと握ってきた。

「碇シンジくんですねっ!」

「そ、そうだけど・・・。」

「去年の全国大会の試合見てましたっ! もう私、鈴原くんとの試合に感動しちゃって。
  ずっと碇くんに憧れてたんですっ!」

「えっ・・・あ、そ、そう・・・。」

「碇くんの試合見て、エヴァのマネージャになろうって決めたんですよ。」

「そう・・・。」

「碇くんもこの学校だったなんて。もちろんエヴァ部ですよねっ。」

「うん・・・一応。」

「一緒に頑張りましょうねっ。わたし一生懸命応援しますからっ。」

手を握り締めて嬉しそうに微笑むマユミを前に、どうしていいのかわからずシンジが戸
惑っていると、部長の新見が大声を上げて2人の間に割って入って来た。

「試合に出れねー補欠が、マネージャと話するんじゃねーよっ!」

「あっ、ご、ごめんなさい。」

シンジよりもマユミがびっくりして飛んで離れる。新見はそんな彼女の様子を見て、慌
てて顔に笑顔を作る。

「あっ、山岸さんに言ったんじゃないからね。さ、説明するから向こうへ行こうか。」

「は、はい。」

新見と有山はマユミを伴い笑顔で話をしながら、部室の方へ歩いて行く。そんな様子を
アスカは睨み付けるように部室前からじっと見詰めていた。

「おいっ! 碇っ! クラブ活動してーんなら、今日からお前はコロシアムの地ならしを
  させてやるっ! あのローラー掛けとけっ!」

部室へ向かって歩いて行っていた有山が、振り向き様にそう言い放ち、指でコンクリー
トでできたかなり重量のありそうな地ならし用の人力ローラーを指差す。

「おおっ! それいいぜっ!」

「だろ?」

新見もポンと手を叩き、ケラケラと笑っている。

「俺はマネージャと話があるから、あと部員の面倒頼むわ。さ、惣流さん、山岸さん部
  室に入ろうか。」

「また、俺そんなのかよ。」

有山はぶーぶー文句を言いながらも、巨体を揺さぶってシンジ以外の新入部員の指導へ戻
る。1人残されたシンジは、ぽつぽつと歩いてローラーへ近付いて行く。

今日中に・・・。
コロシアム全部。

愕然としてコンクリートでできたローラーと広いコロシアムを眺めたシンジは、両手を
ぎゅっと握り締め奥歯を思いっきり噛み締める。

これくらいっ!
絶対負けるもんかっ!

ここ全部をやるとなると少しでも早く始めなければならない。シンジはローラーに手を
掛けると、全身に力を入れて重いローラーを引っ張り始める。

「ぐぐぐぐぐ。」

軸となる鉄パイプがどうやら錆びているようで、引くとギギギという嫌な音をたて回り
始める。本来のローラーの重量に加え、錆びている為の摩擦が加わりかなり重さだ。

ただの誤解だ。
一生懸命やってたらわかってくれるさ。

コロシアムの中央では先輩達がソードを交え実践訓練をしている。その周りで筋トレを
している新入部員達の近くまでローラーを転がして行く。

「すみません。地ならししたいんですけど。」

「馬鹿かっ! お前っ! 練習してるとこにそんなもん持ってくんなよ。」
「邪魔なんだよっ! 他をやれ、他を!」

「すみません・・・。」

コロシアム全部をやれと言われても、中央部分は部員達が練習をしているので通ること
ができない。仕方なく外周から地面をならして行く。

1時間程が経過した。

もう外周は一通り終わってしまったが、中央の大きな面積の所がほとんど手付かずで残
っている。中央では練習をしているので地ならしもできなくなり、重いローラーを外周
2周分引っ張って疲れきったシンジが休んでいると、新見が部員達を集めだした。

「おーいっ! マネージャが、麦茶を入れてくれたぞっ。集合っ!」

部長の号令に汗をいっぱい流した男子エヴァ部の連中が集まって行く。シンジもようや
く水分が補給できると近寄って行くが。

「なにしてんだ碇っ! 今の間に、中央を地ならしするんだよっ!」

「ぐ・・・。」

明らかに他の部員と差別される自分の扱いに、悔しくて喉の奥で声を出す。そんな中、
アスカは何も言わずにこっちを見ていた。

「頑張って下さいねっ!」

その時、冷たい麦茶を入れたコップを両手に持ち、マユミがシンジの元へ走って来てく
れた。

「どうぞ。」

「え・・・で、でも。」

「はい、お茶飲んで下さい。」

「ありがとう。」

差し出されたお茶を受け取ると、マユミの笑顔を前に乾いた喉に流し込んで行く。だが、
それが新見を激怒させた。

「おいっ! 碇っ! 誰が茶を飲めっつったっ!!」

「すみません。」

「さっさとローラ掛けろっ! 全部終わるまで帰るなよっ!!」

誰から見ても怒り狂ったようにシンジに怒声を浴びせ掛けていた新見だったが、すぐに
声色を一転させマユミを呼び寄せる。

「山岸さん? いろいろ用事があるから、俺の傍にいててくれないかな?」

どうも新見は、マユミがシンジに好意的なのが気に入らなくて仕方ないようだ。その怒
りをマユミにはぶつけられない為、全てをシンジに叩きつけてくる。

「酷いですね。あの先輩。」

「早く戻って。お茶ありがとう。」

ヒソヒソと話しながら、まだ半分くらいしか飲んでいない麦茶の入ったコップをマユミ
に手渡し、シンジはまたローラーを引き始める。

「私は碇くんの味方ですから。」

部長に呼ばれたマユミは、それだけ言い残し急いで新見の元へ戻って行った。それを切
っ掛けとして、部員達がコロシアムに戻って来る。

「おいっ。お前邪魔なんだよっ。」

「さっさと、それどっか持って消えろっ!」

コロシアムの中央でモタモタしていたシンジのローラーを、新見と有山がガンガンと蹴
り飛ばしてくる。2年生の先輩はそうでもないが、新見と有山の影響もあってか3年生
の先輩達は必要以上にシンジに悪態をついてくる。

それからまた1時間程が経過した。

後半のトレーニングをこなした部員達は、下校時間になり帰り支度を始める。

「1年のマネージャ、女子部に紹介してから一緒に帰るから、あと頼んだぜ。」

「えー、俺も帰りてーよ。」

「じゃーな。」

なんだかんだと理由を付けて、新見はアスカとマユミの背中を馴れ馴れしく押しながら、
女子エヴァ部の方へ消えて行く。

「またかよぉ。しゃーねーなー。」

ブツブツ言いながら有山が帰り支度を終えた新入部員を呼び寄せる。

「明日からもお前らは基礎トレーニングだ。俺に付いて来いよっ!」

「「「はいっ。」」」

今日入ったばかりの何人かの新入部員達が、声を合わせて副部長である有山に気合を入
れて返事をする。

「碇はこれから地ならしを毎日しろっ! 嫌なら来なくていいけどなっ!」

「・・・はい。」

ようやくみんなの練習も終わり、コロシアムの中央部分にローラーを掛け始めたシンジ
は俯き加減に返事をした。

こんなことくらいで、やめたりするもんか。
ちくしょーっ! ちくしょーっ!

フェンス越しにコロシアムの向こうに見えるグラウンドから、サッカー部,野球部,ラ
グビー部、次々と部活をしている生徒達がいなくなって行く。コロシアムの証明も消さ
れ、だんだんと暗くなってきた夕暮れの中、1人ローラーを引っ張り続ける。

あと少し。
もうちょっとだ。

誰もグラウンドにいなくなってから2時間程が経過した頃、ようやく終わりが見えて来
た。ギリギリ音を立てる錆びたローラーを引っ張って、最後に残った1ラインを進む。

「終わったーっ!」

やっとの思いでコロシアム全ての地ならしを終えた時には、既に日はとっぷりと暮れて
いた。シンジはバタリとコロシアムの中央に倒れ込む。

「ふぅぅぅ、疲れた。」

誰もいないコロシアムでしばらく倒れたまま息を整える。無論もう周りには1人の生徒
もいない。いつも一緒に帰っていたアスカも、新見と先に帰ってしまった。

ポツポツ。

空から涙のような雨が降って来た。冷たい雫が顔に当たる。

雨だ・・・。
傘持って来てないよ。

急いで帰らなくちゃ。

シンジは1人部室で体操服から制服に着替えると、折角持って来たのに全く役に立たな
かった前から使っているプラグスーツやプロテクタを背負い学校を出て行く。

どんどん雨が酷くなってくる。

部室の傍に、花咲かすこともできない蕾は雨に打たれ、泥まみれになって地面に寝そべ
っていた。

ぼくみたいだな・・・。

蕾を横目で見ながら、カバンを頭の上に乗せもう暗くなってしまった道を、駆け足で校
門から出て行く。

ん?

校門の前で傘を持って立っている人影が見えた。

「遅いじゃないのよ。」

「あれ? 帰ったんじゃなかったの?」

アスカだった。まだ制服のまま、カバンを両手で足の前に持ち、電柱に凭れ掛かってこ
っちを見ている。

「つまんない打ち合わせとやらを喫茶店で長々されてさ、やんなっちゃったわよ。」

「そうだったんだ。」

「ったく、アンタ。遅かったわねぇ。」

「コロシアム全部やってたから。」

「それにしても、おそーいっ!」

「ごめん・・・。」

「ねぇ、お腹減っちゃったしさ、帰りにラーメン食べて帰りましょうか。」

「日向さんとこ?」

「モチ。安くしてくれるしさ。」

今日のクラブのことで、アスカも気を使ってくれたのかもしれない。トレーニングがで
きずイライラしていたシンジだったが、喋りながら何か食べれば少しはすっきりするか
もしれないと、アスカと一緒に日向のラーメン屋へ向かうことにした。

<ラーメン屋>

日向のラーメン屋へ行くと、相変わらず客も多く繁盛しており、その中にはマヤの姿が
あった。

「こんばんは。マヤさんも来てたんですね。」

「ええ。近くまで来たものだから。」

「青葉さんの様子はどうですか?」

「この間の防衛戦も上手く行ったし、最近はいい調子よ。」

日本チャンプ青葉のことを嬉しそうに話すマヤのことを、顔に出さないようにしている
ようだが、辛そうな様子でチラチラ見ながら日向がラーメンを作っている。

「日向さん。味噌ラーメンお願いします。」

「アタシ、チャーシューメンね。」

「今日から2人共高校生だな。今日はお祝いに奢ってやるよ。」

「やったっ! さっすがぁ。」

「いつもすみません、日向さん。」

シンジとアスカは、4人掛けのテーブルに1人で座っていたマヤに招かれ、相席で座る
ことになった。

「2人共きらめき高校に行ったのよね。どう?」

「それが・・・先輩達とあまり上手く行ってなくて。」

「あらあら、初日から?」

「ソードとか持たして貰えそうにないし。」

「1年だもん、最初は仕方ないわよ。」

「それはそうなんだけど。なんだかぼく嫌われてるみたいで・・・。」

「上手く行かない時なんていくらでもあるわよ? その度にイライラしてたら、キリな
  いんじゃない?」

青葉のことでマヤもいろいろ苦労をしてきたのだろう。確かにその通りなのだとは思う。
だが、だからと言ってそう簡単にすぐに笑顔になれる程、まだ人間ができていない。

「おまち。なんだ? クラブ上手くいってないのか?」

日向が味噌ラーメンとチャーシューメンを運んで来た。湯気に乗ってラーメンの香りが
鼻を刺激し美味しそうだ。

「はい。ちょっと・・。」

「気の合わない先輩でもいたか?」

「その・・・エヴァの練習をさせて貰えなくて。折角クラブに入ったのに。」

「ねぇねぇ、日向さん? 木曜ってお店お休みよね?」

運ばれて来たチャーシューメンを、一口ズズズとすすったアスカが、愛想よく笑って話
に割り込んで来る。

「木曜さ。学校終わってから、簡単にシンジの相手して貰えないかしら?」

「あぁ、そうだな。シンジくんもイライラ解消になるかな。」

「本当ですかっ!?」

中2の頃から、この店には何度も来て日向とエヴァのことで話をしていたが、ソードを
交えて貰えるなど初めてのことである。シンジは興奮し目を輝かせ立ち上がった。

「俺はいいよ? お手柔らかに頼むな。」

「こちらこそ宜しくお願いします。」

学校のクラブは思っていたものと全然違い、エヴァのトレーニングが全然できそうにな
くイライラしていたシンジだったが、今度の木曜には日向と対戦できることとなり、落
ち込んでいた気分を少しばかり立ち直らせて帰宅するのだった。

<アメリカ>

ここはアメリカにある音楽事務所。

先日発売したセカンドアルバムが全米ヒットチャート3位に入り込んだマナは、勢い付
く事務所に後押しされ、早くもサードアルバムを企画していたのだが。

「サードアルバムには、わたしが作った曲を入れたいんですけど。」

「この間のやつか? あんなの駄目だ駄目だ。」

「どうしてですかっ?」

こちらに来て音楽の勉強をしているうちに、マナには絶対音感があることがわかった。
それに加え、作詞や作曲の勉強もし自分の歌いたい歌というものが出てきていた。

「自分のキャラ性を考えろ。売れるわけが無いだろ。」

「あの曲歌いたいんですっ。」

「君はジャパニーズの可愛い感じが受けてるんだ。あんなアップテンポな曲は駄目だ。
  イメージぶち壊しだ。」

「わたしはっ。わたしのハートを届けたいんですっ! みんなにわたしの想いを聴いて
  欲しいんですっ!」

「売れなきゃ意味がないんだよっ。つまらないこと言ってないで、さっさとプロモの撮
  影に行って来いっ!」

「でもっ。お願いしますっ!」

「俺は忙しいんだ。君ばかりに構ってられないんだっ! さっさと行けっ!」

「でもっ!」

「行けっ!!!!」

「はい・・・。」

マナの所属する事務所は、彼女の作る曲も絶対音感を持つ歌唱力も評価はしていなかっ
た。事務所が評価したのは、日本人特有のおぼこい顔立ちと、可愛いキャラ性。それを
前面に押し出し、アイドルとして売り出したのだ。

せっかく夢だったデビューをしたのに。
3位なんて凄いの取ったのに・・・全然嬉しくないのね。

アイドルとしての商品価値を大きく評価された代わりに、アーティストとしての価値を
完全に切り捨てられたマナは、空ろな目で事務所の車に乗り、歯車のごとくプロモーシ
ョン映像を撮影する仕事をするのだった。

<通学路>

入学式の日からシンジは毎日、毎日、ローラー掛けと草むしりばかりやらされていた。
こんなことなら、クラブになど顔を出さず自分で練習をしたいが、入学の条件となって
いるのでそうもいかない。

ほとんどクラブが嫌になっていたシンジだったが、今日は少し違った。部活の後、日向
と練習試合ができるのだ。

今日も新見が打ち合わせがあると言って、アスカと2人で先に帰ってしまった後、シン
ジは大急ぎでローラーをコロシアム全体に掛け終え、学校を後にしていた。

「あっ、碇くん。」

「ん?」

呼び止められ振り返ると、そこにはマユミの姿があった。学校の前で立っていた所を見
ると、どうやら自分を待っていてくれたようだ。

「山岸さん・・・どうしたの?」

「今から帰るんですか?」

「そうだけど。」

「ねぇねぇ。一緒に帰りませんか?」

「あの・・・今日はエヴァの対戦の約束があってさ。急ぐんだ。」

「えっ? そうなんですか? 私も見に行っていいですか?」

「いいけど・・・ただの練習だよ?」

「いいですいいです。碇くんの試合、また見てみたいから。」

「ならいいけど・・・。」

思いがけずマユミと一緒に帰ることになったシンジは、2人並んで学校を後にする。部
活中は、マユミがシンジに声を掛けると新見が気に入らない顔で怒声を浴びせ掛けて来
るが、今は誰も他にいないので周りを気にせずマユミが話し掛けてくる。

「先輩達、どうしてあんな酷いことばかりするんでしょうね。」

「先輩達も誤解してるだけなんだ。」

「それにしても、碇くんにだけあれはないです。」

「きっと、そのうちわかってくれるよ。ただ、エヴァの練習ができないのが・・・。」

「私も早く碇くんが練習できるように、応援しますね。」

一生懸命励ましてくれるマユミだったが、いくら励まされても憂鬱な心は癒えないまま、
シンジは日向と約束した場所へ向かって行った。

<コロシアム>

昔アスカが通っていたエヴァクラブは、今では運営者が田舎へ帰ってしまった為、予約
すれば一般人が安価で使えるコロシアムとして活用されている。

約束では、ここで日向と練習試合をすることになった為、待ち合わせの時間に間に合う
ように急ぎ足でやってくると、既に日向とそしてアスカも来ていた。

「アスカ、打ち合わせがあったんじゃ?」

「家の用事があるっ言って、さっさと帰ってきたわ。」

「そうなんだ。」

「打ち合わせどころか、全然関係ない趣味とか聞いて来てさ。やんなっちゃう。それよ
  り、なんでマユミが?」

「碇くんが練習試合するって聞いたから、見せて貰いに来たんです。」

「ふ〜ん。仲のお良ろしいことで。」

「そんなんじゃないよ。」

慌てて否定するシンジに対し、マユミは頬に手を当てて恥ずかしそうにしている。

「じゃぁ、始めようか。アスカちゃんが、今日は人も少ないから試合形式でやったらと
  言うんだが、大丈夫か?」

「もちろん構いませんよ。」

「そうか。よし、俺もいい練習になるかな。宜しく頼むよ。」

「こちらこそ。宜しくお願いします。」

試合形式とは言ってもアスカがシグナルと審判代わりをするという、簡易的な形で練習
試合をすることになった。

シンジも日向も、更衣室でプラグスーツに着替え、プロテクタを付けコロシアム中央に
出て来る。

「お願いします。日向さん。」

「こちらこそ、お手柔らかに頼むよ。」

シンジと日向は中央により、礼儀としてソードを交える。アスカはその傍で審判を勤め、
マユミは隅のベンチで2人を見守ることとなった。

「ファイっ!」

アスカの声を切っ掛けに練習試合が始まった。

プロ目指してる人だもんな。
直撃を食らわないように足使って行こう。

シンジは得意の足の速さと俊敏さを使って、日向に襲い掛かって行く。日向のパワーは
よく知らないが、直撃を食らわないようにフットワークを巧みに使えば勝てるかもしれ
ない。

今だっ!

距離を計算しながら左右に体を動かしソードの射程距離に飛び込んで行く。日向はこち
らの動きを一生懸命目で追っているという感じで、あまり足を使って来ない。

ガスっ!!

シンジの一撃が日向の胸に入る。

のけぞった日向が、足を後ろに付いて倒れまいと耐える。

「なかなか、やるじゃないか。シンジくん。」

「行きますよっ!」

互いに体勢を立て直し面と向かうシンジと日向。

「がんばれーーーっ! 碇くんっ!」

外野からは、マユミの応援してくる黄色い声援が聞こえてくる。

日向さん、見掛けによらずパワータイプかな?
あまり動かないけど・・・。
とにかく1撃だけには注意しなくちゃ。

また先程と同じように、日向との距離を詰め攻撃を仕掛けていく。

日向はまたこちらの動きを見ているだけで、あまり動こうとはしない。やはりパワー重
視タイプで、1撃を狙っているのだろうか。

大丈夫だ。
あのスピードなら交わせるっ!

シンジは一気に距離を詰め、いつ日向がソードやキックを繰り出して来ても逃げれる体
勢を整えながら攻撃を仕掛けた。

が・・・。

射程距離に入った瞬間だった。日向がシンジ以上の足裁きで、瞬時に距離を詰めて来た
かと思うと、ソードではなく拳をボディーに減り込ませてきたのだ。

「うぐっ!!!」

強烈な一撃だった。思いっきり仰け反り後ろに数歩飛ばされる。

だが日向は、倒れる隙すら与えてくれずかなりのスピードで迫り来ると、更にボディー
へのパンチを連打。

「うぐっ! ぐっ。ぐはっ!!!」

耐え切れず、その場でお腹を押さえ、前のめりで顔から倒れる。

倒れた時に口のどこかが切れたのか、唇が血に染まる。

「キャーーーーッ! 碇くんっ!!!」

もがくシンジを目の当たりにしたマユミが、目を覆い駆け寄ろうとしたが、アスカに止
められる。

「シンジっ! まだダウン1よっ!」

「うぐ・・・。」

「惣流さんっ! 碇くんが怪我してますっ!」

叫ぶマユミを無視するアスカの目に、腹部を両手で押さえ、苦痛に顔を歪めて立ち上が
ってくるシンジが映る。

「行けるよっ。」

ダウンした為、ふらふらと中央に寄って行くシンジ。日向も中央により仕切りなおし。
試合再開。

日向は何も言わずシンジのことを貫くように見ている。

さすがだ。
プロだ。これがプロなんだっ!

思い返せば、以前1度プロの飯を食った男とやりあったことがあった。加持リョウジ、
かつての日本チャンプ。

加持の一撃を食らった時はこんなものではなかった。加持はプラグスーツの補助も無い
状態から拳を打ったにも関わらず、一発で反吐を吐き立ち上がれなくなった。

そして今、シンジの目の前には、日向が立ちはだかっている。プロ試験に合格できない
で悩んでいる彼で、このレベルなのだ。

「いくぞっ!!」

シンジは声を出し気合を入れて、今度は一気に攻め込まずジリジリと距離を詰めて行く。

スピードではかなわない。パワーでも、テクニックでもかなわない。シンジは、いちか
ばちかのフェイントによる奇襲に掛けた。

序所に距離が詰まり、ソードの射程があと少しと言う時。

日向が一気に攻め込んで来た。

「くっ!」

一瞬左に体を振る。フェイント。

日向もそれに合わせて、左に攻撃を仕掛けてくる。

それを見てとったシンジは、即座に右に体重を移動させソードを構える。

が。

もうその時には、日向も体重を逆に移動して来ており、正面で拳を振り上げていた。

ズガッ!

なす術もなかった。

ボディーに減り込む日向の拳。

「ぐはっ!!!」

シンジは、ソードをカラリと地面に落としてその場に蹲る。

「いやーーーっ! 碇くんっ! 碇くんっ!」

マユミがあまりの出来事に騒いでいるが、それをアスカが押さえつけ、カウントを取り
始める。

「10・・・9・・・8・・・」

「惣流さんっ! 何してるんですかっ! 碇くんが心配じゃないんですかっ!」

だが、アスカは冷淡な目のままシンジを見下ろし、マユミを無視してカウントを取り続
ける。

「5・・・4・・・」

シンジは苦痛に顔を歪めながら、足を震えさせなんとか立ち上がろうと体を起こす。

「碇くんっ! もういい。立たないでっ。」

マユミが叫ぶ。

「ぐ・・・。まだいける・・・。」

なんとか立ち上がろうするシンジ。

だが。

「ぐふっ!」

足が言うことをきかず再びガクリと膝を落とし地面のキスをした。

「2・・・1・・・0。」

練習試合は終わった。

「大丈夫だったか? シンジくん?」

先程の顔とは打って変わり、心配そうな顔で日向が近付いて来る。それと同時にアスカ
とマユミも駆け寄って来た。

「碇くんっ! 碇くん、大丈夫っ!」

「うっ・・・うっ・・・。」

「酷い・・・。」

まだお腹を押さえて苦しむシンジの頭を、マユミは膝の上に頭を乗せ涙を流しそうな顔
で一生懸命に介抱する。

「どう? シンジ?」

そんなシンジを、アスカは立ったまま見下ろす。

「今のアンタに効く、最高の特効薬よっ!」

そして、アスカはニッと笑った。

「す、凄いよアスカ。凄かったんだ。さすがプロだよ。」

苦痛に顔を歪めながらも、アスカにニコリとシンジは微笑み返す。

「ははは。俺なんて、プロにもなれない奴さ。大したことないよ。」

「パワーが全然違うんだよっ! 違うんだよっ、アスカっ!」

興奮して声をしきりに発するシンジ。

「日向さんパンチしか使わなかったんだっ! なのにっ! そうだっ! ぼく、もっとも
  っと基礎トレーニングしなきゃっ!」

「やってるじゃん。毎日死ぬ程。」

「あっ!!」

はっとしたシンジは、マユミの膝から頭を起こし瞳を輝かせてアスカを見上げる。

シンジとアスカはそれ以上言葉を交わさず、互いに笑顔で見詰め合う。そんな2人をき
ょとんと交互に見るマユミ。




クラブは止めれない。練習はさせて貰えず、酷い仕打ちを受け続ける。そんな雨にうち
つけら地べたを這いずり泥まみれになっている自分。

だがそのうちつけてくる雨を、誰も見えない暗い地面の中で必死で吸い上げる蕾。




いつしか雲が去り眩しい太陽が見えた時、吸い上げた水を体いっぱいに含んだ蕾は・・・。


                                天高く太陽目掛け花開く。

To Be Continued.
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