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エヴァリンピック
Episode 12 -夕日の沈む先-
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<高校>

エヴァファイト高校生関東大会予選を控えた6月。部長の新見より今年のレギュラーメ
ンバーについて一言があった。今レギュラーを選抜しており基本的に3年生中心でいく
方針だということだ。

ぼくも出場したい。
高校生のみんなと闘ってみたいっ!
どうしても出たいんだ!

「先輩っ。ぼくも大会に出たいです!」

出場などできないだろうから、最初から自分には関係の無い話だと耳を傾けているだけ
の1年生の輪の中でただ1人、三角座りをしていたシンジが手を上げて自分の気持ちを
素直に部長に言ってみる。

その途端、1年の仲間達は無論のこと、2年や3年の先輩の視線が集中してくる。

「あぁー?」

部員の前に立ち話をしていた部長の新見が、目をいやらしく細め、見下すような視線で
睨んできた。

「1年がふざけたこと抜かすな。」
「中坊大会で4位になったくらいで天狗になってんじゃねー。」

新見に続いて副部長の有山も罵倒してくる。それに合わせ、3年の部員の中でドッと嘲
笑する笑い声が沸き起こった。

「お前が出たって、クソの役にも立たねーよ。」
「わははははは。」

「ぼくが出たら、優勝してみせますっ。」

「なんだとてめーっ!」
「バカか? コイツ。」
「お前には草むしりが似合いなんだよっ。」
「わはははは。そこまで言っちゃ、可哀想だぜ。いくら、本当のことでもさ。」
「そうか? わはははは。」

「でも、優勝する自信があるんですっ。」

「やかましいっ、誰かコイツを追い出せっ。」
「調子に乗るんじゃねーよ!」
「あほっ。」

部長と副部長の声を皮切りに、シンジのことを笑っていた3年の先輩達が、怒ったよう
な顔つきでシンジの腕を掴みエヴァ部のコロシアムから引き摺り出そうとする。

「本当ですっ! 本当に優勝しますっ!」

「お前、頭おかしいんじゃねーか?」
「こいつ、草むしりしすぎで、お脳がイかれたんだぜ。」
「脳みそまで、雑草ってか。」

「大会に出して下さいっ!」

「おらっ! とっとと帰りやがれっ!」
「2度と来なくていいぞっ!」

叫ぶ声も空しく響き、その日シンジは部活もできぬままエヴァ部を追い出されてしまっ
た。もっとも、部活とは言えグラウンドにローラーを掛けるか草むしり、そうでなけれ
ば先輩のプロテクタやプラグスーツの洗濯ばかりする毎日なのだが。

<寺>

早い時間に学校を出ることになってしまったシンジは、その足でランニングをし、学校
の鞄を持ったまま寺へと走って来た。

学校では基礎体力作りをしているが、部活の後はいつもここに来て本格的な訓練をして
いる。今日はいつもよりちょっと時間が早いが。

大会に出たいっ。
出たいよっ、父さん。

出場しなきゃ、どんなに頑張ったって優勝できないじゃないかっ。

寺の敷地の一角に冬月にお願いして作らせて貰った杭に向かい、イライラする頭のモヤ
モヤを振り払うかのように何度もソードで切り付ける。

「おや、珍しい時間にいるじゃないか。」

「あっ、冬月さん。」

「うーん。剣のことはよくわからんが、心が荒れているように見えるな。」

「はい・・・。」

振り向くとそこにはここの住職である冬月の姿があり、弟子となった小坊主達がその傍
らからペコペコと頭を下げ挨拶してきた。小学生低学年前後が多く見受けられる。

「昔、中国に丁度今のお前と・・・っと、別に説教を聞きに来たわけではなかったな。
  いかんな。弟子を持つと説教臭くなってしまう。」

「いえ。」

「まぁいい。気の済むまでここを使いなさい。」

「ありがとうございます。」

小坊主達と去って行く冬月に、丁寧に頭を下げて挨拶したシンジは、また夕日を背に浴
びながら一心不乱にソードを杭目掛けて振り下ろす。

どうすればっ。
どうすれば大会に出られるんだ。

どれくらいそうしていただろう。汗が地面に小さな池を作る頃になり、部活を終えたア
スカが寺の階段を駆け上がって来た。なにやら凄い剣幕だ。

「あっ。もう部活終わったの?」

「アンタバカーーーーっ!!!?」

あっという間に目の前まで走って来たアスカは、それまで杭目掛けて振っていたソード
をぐいと掴み取り、目を吊り上げて顔を近付け睨んで来る。

「な、なんだよ。」

「あんなこと言ったら、あのバカ先輩達じゃなくてもカチンと来るに決まってるでしょ
  うがっ!」

「どうしてさ。ぼく、大会に出たくて。」

「みんな一生懸命頑張ってんのよ。なのに、軽々しく、優勝、優勝ってっ。」

「だって優勝したいんだから、仕方ないじゃないか。」

「はぁ〜。」

このバカには付き合ってられないという感じで両手の平を空に向け、アスカは大きく天
を仰ぐ。

「アンタのその根拠の無い『勝つ』『次は勝つ』ってのに、昔アタシはどんだけイラつ
  かされたことか。」

「だって・・・闘ったら勝ちたいじゃないか。」

「はぁ〜。ったく、アンタは・・・もういいわ。とにかく、部活ではあんまりそういう
  ことは言わないように。いーい?」

「うん・・・。」

「それより今日アンタ、筋トレ、碌にしてないでしょ?」

「追い出されちゃったから。」

「じゃ、今日はいつもお世話になってるこのお寺の草むしりでもしましょうか。」

「えっ! ここの?」

学校とは違い、この寺の草となると途方も無い数である。周りを見渡すと無限に広がる
雑草林。

「見えてる雑草、全部抜くわよっ。モチっ! うさぎ跳びでね。」

「ふぁぁ。こりゃ大変だよ・・・よーーし、日が暮れる前に急がなくちゃっ!」

最近シンジは部活で草むしりを命じられるとうさぎ跳びをしながら抜いている。ローラ
を掛けろと言われると、あらん限りの力で走ってみたり、体重をかけず片手の腕力だけ
で肘を曲げたり伸ばしたりし、ローラを引いたりしている。

全てはアスカが新見に出した案だ。新見はそのアスカの案を笑いながら拍手喝采で受け
入れ、毎日ひぃひぃ言いながらローラーを片手で掛けるシンジを見て喜んでいる。

「ほらほら、もっと飛んでっ! サボんじゃないっ!」

「うんっ! はっ、はっ。」

「そんなこっちゃ、全国どころか関東でだって優勝できないわよっ!」

「はっ。はっ。左。右。左。右。」

左右にジャンプしながら、ぴょんぴょん飛んで草を抜いて行く。瑞から見ればなんとも
間抜けで滑稽な格好だ。新見が喜ぶのも無理はない。
だが、どうせ技術的な訓練を碌にさせて貰えないなら、今こそ基礎体力を徹底的に鍛え
てやる。それが今年前半のアスカの方針だった。

それに加え・・・アスカには1つ大きな不安材料があった。今年のレギュラーに唯一2
年生で選ばれそうな、過去にボクシングをやっていた上杉だ。新見、有山は眼中にない
が彼は凡人ではない。優勝するには、その上杉に対抗できるスタミナが必要となる。

「はーい。やめぇっ。」

「はぁぁぁぁ。」

べたりとお尻を地面に落とし、シンジは大きく深呼吸しながら体を曲げてストレッチを
始める。

「ねぇ、シンジ?」

「ん?」

「今年は諦めなさい。無理して退部になったら、学校にいれなくなるでしょ?」

「・・・・・・。」

「バネは飛び上がる前に、体をめいいっぱい低くするでしょ?」

「いやだっ! 去年も我慢したのに、もう我慢できないよっ!」

「これは我慢じゃないわ。」

夕日が沈みかけた山のてっぺんを、ビシっとアスカは指差す。その見渡した中で1番高
い山に、シンジも一緒に目を向ける。

「アンタが目指すのはこの街全てを見下ろす山の頂上っ!?」

「当たり前じゃないか。どうせなら1番高い山だよ。」

「違うわっ! もっと、もっとウエがあるはずよっ!」」

「何処?」

「あの沈んで行く太陽よっ!」

「なんだよそれ。沈んじゃ意味ないじゃないか。」

頭に?マークを浮かべるシンジを前に、アスカは遥か遠くを見つめる目で真っ赤に染ま
った太陽を見つめる。

そして、くるりと振り返ってニコリと微笑み掛けて来た。

「よっしっ! ラーメン食べに行きましょ?」

「日向さんとこ?」

「モチっ! タダだもんっ! 今日も奢って貰うわよ!」

今日のトレーニングも終えたシンジは、最後にアスカをおんぶし2つの鞄を手に持って
寺の階段を全力で駆け下りて行くのだった。

<学校>

翌日の昼休み、シンジは高校になってできた最近仲良くしている友達と、エヴァの話を
していた。

「へぇ、そうなんだ。」

「俺も、うちのエヴァ部に貢献できて嬉しいよ。」

「そのプロテクタって、そんなに凄いの?」

「あぁ。おやじの相田工業が新開発したショック吸収特殊装甲でさ、今後のエヴァの主
  流にしてみせるって言ってたぜ。」

目を輝かせて熱心にプロテクタの解説をしているのは、相田ケンスケ。彼はメカニック
が好きで、エヴァのメカニズムを毎日のように勉強している。
まだ小さい町工場の跡取息子だが、いずれは父の夢を引き継ぎ世界一のエヴァ用品メー
カー会社にするのが夢ということだ。

道は違えど、エヴァに掛ける情熱と父の夢を継ぐんだという思い入れに、いつしか2人
はよく話をするようになっていた。

「この薄い装甲を何重にも重ね合わせるっての、俺の案も入ってるんだぜ?」

「へぇ、凄いじゃないか。」

「これでシンジ達も楽に勝てるさ。」

なんでもその新しいエヴァのプロテクタが、正式にこの学校のエヴァ部のレギュラーメ
ンバー用に、いくつか導入されることになったらしい。

「でも、今年・・・ぼくレギュラーになれそうにないんだ。」

「え? そうなのか?」

「だから、そのプロテクタ使うのは来年かなぁ。」

「そうかぁ、残念だな。よしっ、お前がレギュラーになる時までに、もっともっといい
  のを研究しといてやるよっ!」

「うんっ。楽しみにしてるよっ。」

こうして学校で友達と仲良く話をすることは、高校になってシンジが始めて体験したこ
とだった。

小学校から中学校の最初の頃までは貧乏だということで苛められ続けた。中学2年から
アスカとエヴァのトレーニングをし始めた頃になると、そういうこともなくなってきた
が、特定の友達はできなかった。そんなシンジに、ようやく初めての友達ができたのだ。

放課後。

クラブ活動の時間になり、今日もシンジはエヴァ部に赴いていた。いつもなら、ローラ
ー掛けしかさせて貰えなくとも、着替え終わると真っ先に部室からコロシアムに出て行
くシンジだったが、今日はなにやらモゾモゾと部室で鞄の中を弄っている。

まずい・・・。
アスカに見つかったら。また・・・。

アスカとは違うクラスなので、授業の時間中はあまり気にしていなかったが、この部室
では顔を合わすことになる。シンジは必死で今日の数学の小テストの結果を隠していた。

それもそのはず4点である。無論、100点満点でだ。アスカに見つかったら大変なこ
とになるのが目に見えている。

よし。
完璧だ。

鞄の裏にある破れた隙間にぐいぐいとテストの結果を押し込んだシンジは、得意顔でコ
ロシアムに出て行こうと振り返った。

「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「へぇぇぇ。アンタ、隠すの上手くなったじゃん。」

隠すことに必死で全然気付かなかった。なんと真後ろに、じっと鞄の中を覗き込んでい
るアスカの顔があったではないか。

「もうすぐ中間テストよっ! どーするつもりよっ!」

「あの・・・。」

「退部どーのこーのより、進級できずに退学になる方が深刻じゃないのっ!!」

「ごめん・・・。」

「丁度、今日アンタん家行くから、おばさんに報告ねっ!」

「わーーーっ! それだけはっ。」

「ダメよ。徹底的に落第だけは阻止するからねっ!」

「・・・・・・しくしく。」

とにかくシンジは勉強が嫌いだった。どんな無敵のエヴァファイターよりも、生涯で
”勉強”以上に彼の強敵となった存在はないだろう。

さぁこれから部活だというのに、目の前で両手を腰に当てて仁王立ちしながらお説教し
てくるアスカを前にがっくりとめげていると、今度はマユミが入って来た。

「あっ、碇くん。よかったぁ。」

「ん?」

「あの・・・。あのね。」

「どうしたの?」

「その・・・これ。」

後ろ手に隠していたラッピングされている小箱を、マユミが両手で差し出してくる。一
瞬、現状が把握できず戸惑ったものの、その小箱の意味が理解でき笑顔で受け取る。

「お誕生日おめでとう。」

「ありがとう。嬉しいな。」

「じゃ、じゃぁ、わたし、やらなくちゃいけないことあるから。」

プレゼントをシンジが受け取ったのを確認すると、マユミは赤らめた顔を隠すように振
り返り、大慌てで部室を飛び出して行く。そんな様子を、アスカは目を細めいやらしい
笑みを浮かべながら斜めに見ていた。

「良かったわね。素敵なプレゼント。」

「うん・・・友達からプレゼント貰ったのなんて、初めてだ。」

「あら、アタシも毎年あげてるじゃん。」

「母さんとアスカからは貰ってるけどさ。」

「さてと。今日は草むしりしろっつわれてんでしょっ。」

「うん。またうさぎ跳びしながら、頑張るよ。」

「今日は、アタシからもアンタの弱点を鍛える誕生日プレゼント用意してるから、楽し
  みにしてなさいっ。」

「うん。ありがとう。」

マユミに続いてアスカが振り返り部室を出て行った後、シンジも体操服に着替えて言い
つけられていた草むしりをしにコロシアムの端へと向かう。すると、新見が背中から声
を掛けてきた。

「おいっ。碇。犬の糞があったからちゃんと掃除しとけよ。」

「はい。」

「ねぇ、先輩。うさぎ跳び見んのも飽きてきたからさ、逆立ちでもさせたら?」

素直に返事をして草むしりに行こうとすると、新見の横に立っていたアスカがそんなこ
とを提案し始めた。

「逆立ち? わはははは。逆立ちしながら草むしりかっ! おもしれーっ! おい碇っ!
  惣流さんが見たいってよっ! 逆立ちしながらやれっ!」

「はい・・・。」

「わははは、碇の奴、顔が青くなってやがるぜっ。」

逆立ちしてひーひー言いながら草むしりをしているシンジの姿を想像したのだろう。新
見は大笑いしながら、名案を出したアスカの肩を馴れ馴れしくポンポンと叩く。

アスカの誕生日プレゼントって、このことだったんだ。
ぼくの弱点・・・腕力だ。
腕力を鍛えろってことだな。よーし、頑張るぞっ!

3年を中心とした先輩達が大笑いする中、シンジは何度も転びながら逆立ちをしながら
草むしりを続ける。

そんな姿を笑わずに見ていたのはアスカの他に、心配そうに見守るマユミと、真剣な目
で睨んでいる2年の上杉だった。

<シンジの家>

その夜、シンジの家ではささやかな誕生日パーティーが開かれていた。テーブルの上に
置かれた小さなケーキと、いつもより少し贅沢な料理を囲み、アスカとユイが誕生日の
歌を歌ってくれる。

「「ハッピバースデー シンジ〜♪」」

電灯の消えた暗い部屋に灯る暖かな16本の蝋燭の灯りが、小さなケーキの上で所狭し
と輝き暖色で照らしている。

「「ハッピバースデー ディア シンジ〜♪ ハッピバ〜スデ〜〜 トゥ ユー♪」」

パチパチパチ。

2人の拍手が狭い部屋に鳴り響く中、息を大きく吸い込み一気に蝋燭の火を吹き消すと、
あたりが静寂と暗闇に包まれる。

ぼくも今日で16か。
あと2年・・・。
高校卒業したら、プロ試験を受けるんだっ!

パチリというスイッチの入る音がし、部屋を電灯の明かりが映し出す。用意してあった
小さな包丁で、ユイがケーキを4等分に切り分けていく。

「これが、父さんのだねっ。」

「ええ。そうね。」

4つに切り分けられたケーキの中で、1番大きなイチゴが乗っていた物を、昔ゲンドウ
が使っていた皿の上に乗せて、シンジは1番に仏壇の前に運ぶ。

父さん、もうちょっとだよ。
もうちょっとで父さんが歩いた道を歩き出すからっ!
ぼく、必ずプロになるよっ!

両手を合わせ天国にいる父に、16になった今の気持ちと決意を届ける。この先いくつ
の障壁があろうと、光り輝く父の歩いた道に辿り着いてみせると誓いながら。

「母さんからのプレゼントはこれよ。」

「わぁ。ありがとう。なんだろう?」

嬉しいな。
母さんとアスカと・・・。

シンジは幸せというものを感じながら受け取ったプレゼントのリボンを解き、包装紙を
開けると中からは新しいソードが現れた。

嬉しそうにそれを右手に取って、狭い部屋の中で軽く振ってみる。中学から使っていた
ものより少し軽く剛性も高く感じる。

「凄いや! 欲しかったんだ、新しいソード。」

「だいぶ痛んでたものね。」

「でも・・・こんな高いの。いいの?」

「シンジがそんなこと気にしなくていいのよ。」

「へぇ、いいソードじゃん。ねぇ、ねぇ、マユミは何くれたの?」

「山岸さん? これ。サポーターくれたんだ。」

「わぁ、丁寧に刺繍してある。すごーい。」

昼に部室で貰ったプレゼントのサポーターには、”Fight S.Ikari”の文
字が丁寧に刺繍されていた。そのサポーターを腕に嵌めるシンジを見たユイは、困った
顔で視線をアスカに移す。

「もう、シンジったら。ねぇ、アスカちゃん。」

「えっ!? べつに・・・ほらっ! シンジっ! アタシからのプレゼントよっ!」

続いてアスカも慌てて自分のプレゼントを、学校に持って行っているスポーツバッグか
ら取り出し、やや大きめの袋に入っている重量感あるそれを、ドサっとシンジの胸に押
し付ける。

「えっ? 逆立ちがプレゼントじゃなかったの?」

「は? あー、あれ? なわけないでしょ。ちゃんと、プレゼント用意してるわよ。」

「そうだったんだ。ありがとう・・・なんだろう。」

そのずっしりと重い感覚を手に、シンジはまた腕力を鍛える物か何かだろうと想像しな
がら、ワクワクして袋の口を開けてみると。

「げっ!」

「今日から1日1枚づつすんのよっ!」

「そんなぁぁぁぁっ!」

「おばさんっ! 今日、シンジったらテストで4点とったんですよっ!」

「わーーーっ!言わないでよっ!」

慌てて言葉を遮るが後の祭り。折角の誕生日だというのに、シンジは2人に睨まれなが
ら、泣きそうな顔でアスカから貰ったプレゼントを眺める。それは、毎日1枚づつする
ことを約束させられた、5教科の問題集と参考書の山であった。

<学校>

翌週の月曜日、シンジとアスカが部活に顔を出すと、部員がコロシアムの中央に集まり、
ざわざわと円陣を作っている。

なんだろう?
何かあったのかな。

「よし。惣流さんも来たことだし、発表しようか。」

アスカがやって来たのを見た新見が、勿体振って口を開き始める。どうやらレギュラー
メンバーの発表をするらしい。

「まず、新しいプロテクタをこの相田くんが寄付してくれたっ。今から発表するレギュ
  ラーメンバーで使わせて貰うことになるっ。」

新しいプロテクタを前に、それを提供した地元町工場の社長の息子であるケンスケを部
長が紹介し、部員に拍手を求める。

「おやじからの伝言です。これは最新技術を使ったプロテクタです。エヴァファイトの
  有り方を変える程の防御力があるはずです。ぜひ、これを着て優勝して下さいっ!」

「これだけの寄付を貰って全国大会に行けなければ、相田くんのお父さんに申し訳ない。
  レギュラーになったみんなは、なんとしても頑張ってくれっ!」

「「「おーーーっ!!!」」」

「次にレギュラーを発表する。」

ケンスケへの礼に続き、新見が今年のレギュラーを発表した。やはりそれは予想通り、
2年の上杉以外、全て3年生で固めた陣営となっている。

「残りのメンバーはサポートを頼む。それから惣流さんは、これから俺が忙しくなるか
  らいろいろと手伝って貰うけど、宜しくね。」

顔立ちの良いマスクでニコリと微笑み掛けながら、新見が肩にさり気なく手を回してく
るが、さらりとアスカはそれをかわしてコクリと頷いた。

レギュラー陣営も決まり、夏の関東大会に向けて一層の盛り上がる見せる、列強と言わ
れるこの学校の部員達。その時、何の前触れもなくシンジの声が部員達の間に響く。

「先輩っ! ぼくも大会に出たいですっ!」

「またお前かっ!」
「いい加減にしろよなぁ。うっとうしい。」

「頑張りますから、大会に出させて下さいっ!」

なんとかして大会に出ようと一生懸命主張するシンジだったが、部長の新見と副部長の
有山を始めとして、上杉以外のレギュラー陣の皆が馬鹿にしたような笑い声を上げる。

「まだ、寝言言ってんのか?」
「バカか? おまえ。」
「中坊の大会とレベルが違うんだ。調子に乗るなっ。」

「でもっ! ぼく、必ず優勝しますからっ!」

「またそれか。このバカ。」
「スリーピーなこと抜かしてんじゃねー。」
「お前は、ローラーでも掛けてろっ!」

何を言っても聞く耳すら持ってくれず、新しい最新式のプロテクタを手に新見や有山は
シンジの言葉など蝿の飛ぶ音のように無視して、その場を離れていく・・・そこに別の
方向から声が響いた。

「部長。レギュラーはどうやって決めたんですか?」

上杉だった。この強豪エヴァ部においても更に実力が抜きん出ている2年の選手で、次
期部長の座は間違いないとされている。

「日頃の練習の成果を見て決めたんだ。文句あるか。」

「碇のことはともかく、みんな自分がレギュラーになりたいはずです。試合で決めたら
  納得すると思いますけど。」

「部員全員でか? そんなかったるいことやってられるか。時間が掛かって仕方ねぇよ。」

「1ダウンしたら負けでいいじゃないですか。それに、勝つ自信のある部員だけ参加す
  ればいいことですし。」

「ふーむ・・・しかしなぁ。」

面倒なことを言い出した上杉を前に渋い顔をする新見。とはいえ、彼はその実力も伴っ
て部員からそれなりの信頼を得ているので、簡単に意見を無視することができない。

そんな様子を見ていたアスカの目が、ここぞとばかりにキラリと青く光る。

「アタシもその方がいいと思います。どうせ、部長が強いって見せつけるだけでしょ?」

「それはそうだけどな。」

「アタシも早く部長が試合してるとこ見てみたいなぁ。」

「そうか? うーん、まぁ上杉の言うことも尤もだな。試合で決めるか。」

「わーい。」

あからさまに手を上げてアスカは喜びながらも、心の中ではしてやったりとほくそ笑む。
かなり難しいだろうと思っていたシンジの試合参加が俄然近くなったのだ。

そして、レギュラー決定試合が早速行われることとなった。結局、その試合に参加する
と自己申告したのは、今選ばれているレギュラー陣に加え2年と3年から数名、それに
加え1年からはシンジ1人だけだった。

だが・・・。

この試合は不公正極まりない状況で始まることとなった。現レギュラーには新しい最新
式のプロテクタが割り当てられているのに対し、その他のメンバーはそれまで使ってい
た旧式のプロテクタをつけての試合となったのだ。

それでもシンジには勝算があった。

ここで勝てば試合に出れるっ!
試合に出れるんだっ!

部長はテクニックはあるけど、スタミナがない。
走らせればっ!

これまでの部活を見てきたシンジは、新見のことをそう分析していた。この絶対に勝た
なければならない試合、シンジは作戦を立てながら自分の古いプロテクタを付ける。

「よしっ! いくぞっ!」

気合を入れて視線をアスカの方に向けると、ニッと笑って答えてくれた。そのかすかな
笑みを見ただけで、勝てるんだという気持ちが湧いてくる。彼女の笑みは、根拠はない
がなぜか安心感を与えてくれる。

そしてプロテクタも付け終わり、自分の番を待とうとコロシアム中央にシンジが近づい
て行った時だった。新見が声を掛けてくる。

「碇っ! おまえの相手は上杉だっ!」

「えっ!?」

その新見から出た予想外の言葉に驚いて目を見開く。上杉が対戦相手になるなど、考え
てもいなかった。

それは・・・。

ふとアスカの方に目を向けるとアスカも驚いた顔をしており、先程の笑みなど消え失せ
俯き加減に親指の爪を噛んで考え事をしているようだった。

上杉先輩相手に・・・。
プロテクタのハンデはキツイ。

ハンデ無く闘っても、勝てるかどうかわからない相手だ。シンジは下唇を噛み締めなが
ら打開策を考えるが、全国大会でも優勝候補とされる程の上杉相手ではこれぞという良
案が思いつかない。

まともに当たると厳しい。
どうしよう・・・。
まずは、プロテクタのハンデをなんとかしなくちゃ。

試合までの残された短い時間。焦って作戦を考えているところへ、相撲取りのような大
きな体を揺すり有山が近づいて来た。

「あれだけ偉そうなこと言ったんだ。勝てるよなぁ?」

「・・・・・・。」

「おいおい、どうしたんだ? えぇ?」

「はい。頑張ります。」

「あっらぁ? 優勝とか言ってたじゃねーのぉ? 怖気付いちゃったのぉ? わはははは。」

「・・・・・・。」

渋い顔をするシンジが余程おかしかったのか、ざまぁ見ろという感じで高笑いを浮かべ
有山が去って行く。

上杉先輩は、元ボクサーだ。
プロテクタも最新式・・・とにかく接近戦を避けて当たれば・・・。

有山に言われなくとも、全国大会に出るにはまずこの試合に勝ってレギュラーメンバー
にエントリーしなければならない。シンジは残された僅かな時間で必死に作戦を考える。

先輩はパワー重視の接近戦型。
1発が怖い。
距離をあけて・・・ソードで・・・。

スピードでなら勝つ自信がある。こういう時、遠距離攻撃で翻弄する作戦を考えれば打
開策があるのかもしれないが、距離が開く分1発の打撃が弱くなる・・・そこにプロテ
クタのハンデが効いてしまう。

くそっ。

どう考えてもプロテクタの性能差を埋めることができない。頭を抱えて悩むが良い案が
浮かばず混沌の中をシンジが彷徨っていると、その目の端に何かが動いた。

ん?

顔を上げて視線を向けると、アスカである。なんだろうと、彼女の方に目を向けると、
手の平で自分の喉を切るようなジェスチャーをしていた。

首??
首っ!!

シンジは、はっと目を見開いてコロシアムの中央に目を向けると、新しいプロテクタを
纏った上杉の姿が目に入る。彼の身に付けている新しいプロテクタは、稼動範囲の大き
い喉の部分が特殊装甲で覆われていない。

わかったっ!

誕生日にユイに貰ったソードを、天高く突き上げる。

やるぞっ!
勝って試合に出るんだっ!

幾人かのレギュラー志望の3年や2年の部員が次々に試合を行っていく。1ダウンで負
けというルールの為すぐに決着がつき、やはり元レギュラー陣がことごとく勝利してい
た。プロテクタのハンデがあるとはいえ、新見の人選は全くの検討外れでもないようだ。

いよいよシンジの順番となる。シンジと上杉がコロシアム中央に寄って行く。

「碇くん、がんばれーっ!」

新しいソード片手に試合に備えるシンジに、マユミが声援を飛ばしてくる。なにかとい
うとシンジを応援するマユミを、新見は面白くないといった顔をしながらシンジを中央
に呼び寄せる。

「ったく、時間の無駄だ。さっさと終わらせてくれよ。」

新見は不機嫌そうにわざらしく嫌味ったらしい口調で言いながら、選手2人を中央に寄
せ自分はコロシアムの端へ戻って行く。

エヴァ部で初めての試合が上杉先輩か。
それはそれで、良かったかな。
よし。頑張るんだっ!!

グリーンシグナルが灯るのを待つ上杉の姿を見ていたシンジは、視線を巡らせぐるりと
コロシアム全体を見回す。すると、マユミのように応援の言葉は発さないものの、アス
カがぐっと握り拳をこっちに向かって突き立てた。

うんっ。

シンジも拳を握りアスカに返す。

頭上にレッドシグナルが灯り。

緊張が全身を貫く。

大会出場権を掛けた戦い。

1度、強く目を閉じ・・・。

そして・・・見開き、相手を見据える。

1ダウンがこの試合の全て。

一瞬の静寂。



グリーン点灯!

試合開始!



「うぉぉぉーーーーーっ!!」

間髪入れずソードを真横に構え速攻。



元アマチュアボクサーの上杉はあまりソードは使わない。

パンチの射程距離にシンジが入る間合いを計る。



横に飛び左へ体を揺すり、ソードを振り上げる。

上杉の首を目掛け振り下ろす。



ガンっ!



ボクサーの動体視力は伊達ではない。

紙一重でそのソードを肩で受ける上杉。

肩のプロテクタが、そのショックを大幅に吸収する。



まずいっ!



距離が縮まった。

後ろに飛び逃げようとするが、上杉のパンチが敵機をロックオンしたミサイルのように
シンジを襲う。



ガスっ!!!



両手でガードしたものの、その重いパンチがシンジの体を数歩後ろに下がらせる。



手がしびれる。

ミスったっ!



ソードを使う分、こちらの方がリーチが長い。

それを最大限に生かし、攻撃したらすぐに引かなければならなかった。



「でやーーーーーっ!!!」



まずは体を攻撃し相手を仰け反らせてから首と狙う作戦に切り替える。

反撃する体勢を整わせてはならない。



体勢を整えなおし、シンジはソードを振り上げ今度は上杉の胸を狙いに行く。



フェイントだっ!



頭を狙うかのように見せかけ、ソードを振り上げ突撃する。

上杉は先程のこともある為、両手を顔の前に上げ防御体勢に入った。

胸が開く。



ひっかかったっ!



シンジはそのままソードを下ろし、やや突きに似た格好で上杉の胸に突き立てる。



ガスッ!!!



モロに上杉にヒットするソード。

だが・・・。

そのショックのほとんどをプロテクタが吸収。



なっ!!



予想以上に上杉のダメージは少なく、射程距離に入ったシンジに対しすぐに反撃体勢に
移り。

ソードを切り込んだ不安定な状態のシンジの顔面に、上杉のパンチが減り込んだ。



「ぐはっ!!!」



地面に叩きつけられる。



くそっ!!!



右足を前に出し、ぎりぎりの所で膝をつかずに耐える。

ダウンは許されない。



「うわーーーーーーーーーーーっ!!!」



よろけたまま、ソードを振り上げパンチを出し体勢を崩していた上杉の顎を狙う。

トウジ戦で特訓した。

このピンポイント攻撃のヒット率には自信がある。

顎を叩き上げれば、首が開くはずだ!



ガンっ!



そのシンジの攻撃を体を持って防御する上杉。

またしても、プロテクタがシンジの攻撃を吸収する。



しまったっ!!!



攻撃の失敗は、相手にチャンスを与える。

体を大きく開いてしまったシンジの前に、上杉が入り込んで来る。

防御体勢を取ることも、体重を移動することもできない。

上杉のパンチをモロに食らった。



ガスっ!



体を仰け反らせ、後に弾き飛ばされる。



「ちくしょーーーーーっ!!!」



ソードを回転させ地面に突き立て転倒をなんとか防ぐ。

ここぞとばかりに突進してくる上杉。

万全の体制など取っていられない。

そのまま攻撃体勢にシンジも入ろうとする。



「うおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



上段,中段からの応戦は無理。

ソードを振り上げる僅かな時間が無い。

下段から渾身の力を込め切り上げる。



上杉のパンチがシンジの顔面を狙う。

シンジのソードが上杉のボディーを捕らえる。



ズガーン。



互いにクリーンヒット。

殴り飛ばされるシンジ。

プロテクタに守られた上杉にダメージはほとんどない。



地面に頭から叩きつけられ・・・。

シンジダウン。


後に大企業となる相田工業の技術力を、最初に世間に知らしめたのはこの試合だったと、
将来に社長となったケンスケの語り草になる非公式な試合が終わりを告げた。

そして、この単なる高校の練習試合が、エヴァファイトの有り方をそのものを覆してし
まった天才ファイターが、その名を世界に轟かせる数年後までの期間に沸き起こること
となる、エヴァファイトのハイテク技術戦争の幕開けともなる草分け的戦いとなった。



試合終了。



モロに顔面にパンチを食らい、口から流れる血を手で拭いながら立ち上がろうとするシ
ンジの前に、上杉が近寄ってくる。

「鎧の差も実力のうちだ。悪く思うなよ。」

それだけ言い残し、コロシアムから離れて行く上杉の後姿を見ながら、シンジは奥歯を
強く噛み締める。

負けた・・・。
もう、試合には出れない。

地についてしまった自分の手を恨めしそうに睨みながら、自分もコロシアムをヨロヨロ
と出て行く。そんなシンジに今度はケンスケが近付いて来た。

「すまん、まさかこんなことになるなんて・・・。」

「ケンスケのせいじゃないよ。」

「同じ条件だったら、おまえが勝ってたよっ。絶対。」

「違うよ。ぼくが弱かったんだ。じゃ・・・。」

コロシアムから離れるシンジの姿を、申し訳なさそうにケンスケは見送ることしかでき
なかった。

「わははははは。碇の奴、な〜にが優勝だ?」
「馬鹿なんだよ。馬鹿。ば〜か。」
「これで、身の程がわかっただろうよっ!」

3年の部員達の嘲笑する声が聞こえてくる。中には2年の部員も3年生に紛れて、大笑
いしている者もいる。



そんな中アスカはコロシアムの壁に凭れ、今日も山の向こうに落ちて行く夕日の姿を無
言で眺めていた。



お山の大将に笑われ足元に落ち行く太陽は・・・。



明日、何処にいるのだろうか。

To Be Continued.
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