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エヴァリンピック
Episode 13 -未来広がり夢追える季節-
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<シンジの家>

夏休みも終わりに近付いた蒸し暑い夜、シンジは次々と夕食が並んでいくテーブルの横
で腕立て伏せをしながら台所に目を向けていた。

「103・・・104・・・105・・・。」

「おばさん、今日も遅いわね。」

「108・・・109・・・うん、仕事が忙しいのかなぁ・・・113・・・。」

今日はアスカが夕食の準備をしに来ている。中学の頃もよく一緒にご飯を食べたりした
が、高校になりアスカがシンジの家でご飯を食べることが多くなったような気がする。

「おばさん、最近疲れてるみたいだし、大丈夫かしら。」

「パート3つと、内職だもんなぁ。ぼく・・・もうちょっとバイト増やそうかな。」

「おばさんが、駄目って言ってるんでしょ?」

「うん・・・高校生なんだから新聞配達しか許さないって・・・母さん、以外と頭が古
  いんだよな。ぼくがバイトしたら、ちょっとでも楽になるのにさ。」

噂をすればなんとやら、シンジとアスカが丁度そんな話をしていると、玄関の開く音が
しユイが姿を現す。

「ごめんなさいねぇ。遅くなっちゃって。」

「おかえりなさーい。今、丁度ご飯できたとこなんですよ。」

「ほんと、ごめんなさいね。でも、アスカちゃん?」

「はい?」

「あのね、アスカちゃんが来てくれると嬉しいんだけど、ここ数日ずっとでしょ? お
  うちの方とか心配されてない?」

「あっ、それなら大丈夫です。パパもママも、帰りが遅いし。」

パタパタパタとユイに向かって手を振り、愛想笑いを浮かべ笑顔で返す。

「娘が1人で家にいるより、安心だとか言ってます。アタシ、信用ないんですよねぇ。
  アハハ。」

「そう? それならいいけど・・・。」

帰宅したユイはパートに行っている弁当屋の制服を脱ぎ、部屋着に着替えると簡単に内
職の準備をした後、食卓に腰をおろす。

「おばさんも揃ったし、ご飯食べましょうか。」

「お腹ぺこぺこだよぉ。いっただっきまーすっ!!」

「美味しそうな料理ね。いただきます。」

ご飯、味噌汁がそれぞれの前にあり、テーブルの真中に置かれた大きな皿にもやし炒め
が乗っている。質素だが3人揃っての楽しい夕食。

「ねぇ、アスカ? ぼくのプラグスーツ、なんか調子悪いんだ。シンクロが不安定で。
  明日スポーツ用品店に行きたいんだけど、暇かな?」

「明日はねぇ。エヴァ部のレギュラーメンバーと、全国大会に向けての打ち合わせがあ
  るから、ちょっと無理だわ。」

「そっか・・・。」

「関東大会でうちの部、凄い成績だったじゃない。相田んとこのプロテクタのおかげも
  あるけど。みんな全国大会目指して、盛り上がっちゃってるから。」

「いいよいいよ。それなら、ぼくだけで行ってくるよ。」

「どこが調子悪いの?」

「シンクロの時、ATフィールドがたまに出ちゃってさ、顔とかに当たったら痛くて。」

「早めに直して貰った方がいいわね。それは。」

「うん。明日行ってくるよ。」

シンジとアスカが話をすると、すぐにエヴァのことになる。そんな2人を、ユイは微笑
ましそうに眺めながら、楽しい夕食のひと時を過すのだった。

<アスカの家>

同日、午後9時過ぎ。シンジに自宅のマンションまで送って貰ったアスカは、憂鬱そう
な顔で扉を開け家の中へ入って行く。

「あら、アスカさん。こんな時間まで遊び歩いて、いい身分だこと。」

「エヴァの打ち合わせしてただけよっ。」

「あなたの養育費もタダじゃないのよ。勉強して、お金稼げるようになってほしいんだ
  けどね。あなたに投資してるこっちのことも考えて欲しいわ。」

「フンっ!!」

「なーに、その顔。うちが嫌なら、いつでも出て行ってくれて結構よ。あなたの生活費
  が、どれだけ負担になってるか。」

こごととも思えないことを言う母親のことを、父親は見てみぬ振りをし新聞を読むだけ。
アスカは自分の部屋に飛び込むと、バンと大きな音を立てて扉を閉めた。

早くこんな家出ていきたいな・・・。
でも今、高校やめちゃったらシンジが困るし。
あと、2年とちょっと・・・シンジが卒業するまで・・・。

アタシがアイツを、世界一にしてみせるっ!

その後アスカは、明日のクラブの打ち合わせなどそっちのけで、これからのシンジのト
レーニングスケジュールを、何度も何度も見直して組み立てるのだった。

<第3新東京市>

翌日、シンジは1人でプラグスーツを手に、市内のスポーツ用品店へ向かっていた。電
気系のトラブルなら修理に時間は掛かるだろうが、しばらく試合の予定もないので問題
ないだろう。それよりも問題となるのは・・・。

修理代、高いかなぁ。
こないだ余ったバイト代、全部母さんに生活費の足しに渡しちゃったし。
まずいよなぁ。

貯金箱を潰し、有り金全部詰め込んで来た財布の中を見ても1万円もない。修理代が1
万円以上かかるようなら、来月のバイト代が入るまで修理は無理だ。

神様っ!
どうか、電気系トラブルじゃないですようにっ!

両手を合わせ、いざスポーツ用品店のある繁華街に足を踏み入れようとした時、人通り
の多い道の向こうでなにやら騒ぎになっているのが目に入った。

なんだろう?

特に興味があるわけでもなかったが、通り道の騒ぎということもあり、シンジはちらち
らその人ごみを横目で見ながら通り過ぎる。

「!? あっ!」

そこには、胸倉を掴まれる中年男性と、その周りを取り囲むチンピラらしき人の群れ。
周りを行き交う人は遠巻きに見ているだけ。

「おんどりゃっ! なめとったら、酷い目みるぞっ!」

「すみません。すみません。」

「なにが、すみませんじゃっ! コラぁっ!」

ただそれだけなら、何処にでもまれに見る光景。警察でも呼んであげれば済みそうなも
のなのだが、そのチンピラの真中にいる、白いスーツに赤いシャツ、黒いネクタイをつ
けた人物にシンジは見覚えがあった。

「か、加持さんっ! 何してるんですかっ!!!」

エヴァファイトの訓練は喧嘩するためのものではない。ずっとシンジが守ってきた父の
教え。だが今、目の前でかつての世界チャンプが、その桁違いの力を背に恐喝まがいの
ことをしている。

「加持さんっ!!!」

「なんじゃ、貴様っ!!」

駆け寄ったシンジの前を、加持の取り巻きのようなガラの悪いチンピラ風の男達が塞い
で来る。

「どういうことですかっ!!!」

「久しぶりだな。」

「こんなことして、恥かしくないんですかっ!!!」

「おんどれっ! この方を誰だと思っとるんじゃっ!」

「いや、かまわん。知り合いだ。」

「そ、そうですか・・・。」

シンジを叩き出そうとしていたチンピラだったが、加持の一声に大人しくなり、丁寧に
道を開ける。

「加持さんっ! なんで、こんなことしてるんですかっ!」

「おいおい。俺が何か悪いことでもしたようなこと言わないでくれないか?」

「してるじゃないですかっ!」

「この人は、俺の会社から借りた金を返してくれなくてね。借金を踏み倒して、逃げら
  れたんだ。そりゃぁ、怒って当然だろう?」

「えっ!? でも・・・そんな・・・でもっ!!」

勢いよく加持に迫ったシンジだったが、その事情を聞き次の言葉が繋がらない。納得で
きないものもあるが、反論することができない。

「でも、酷いじゃないですかっ!」

それだけ言うのが精一杯だった。

「借金を返さず、逃げて、こんなところで遊んでる人間の方が酷いと思うがな。」

「・・・・・・。」

「ほぉ、いい体になったな。かなり、トレーニングしていると見える。」

「ごまかさないでくださいっ! そんなこと今は、関係ないでしょっ!」

「ごまかしてるわけじゃないさ。」

加持とそんな遣り取りをしている間に、いつしか先程の中年の男性は周りを囲んでいた
チンピラ風の男達に何処かへ連れて行かれてしまった。

「葛城先生とは、どうなってるんですかっ!?」

「おいおい、シンジ君。それこそ、関係無いんじゃないか?」

「教えてくださいっ!」

「終わったさ。彼女とは。」

「嘘だっ!」

「さて、そろそろ行くか。」

「逃げないでくださいっ!」

「今、仕事中なんでな。」

「そんなっ。そんな、ヤクザみたいな仕事やめてくださいっ!」

「これも、合法的な立派な仕事さ。」

「加持さんっ!」

「じゃぁな。」

「加持さんっ!」

必死で食い下がろうとするシンジだったが、加持はもう何も言葉を発さず背中を向けて
煙草に火をつけ咥えると、人込みの中へ消えて行った。

煙草なんか・・・。
エヴァファイトは、もう忘れちゃったのかよっ!!

今、加持のやっていることは正しいのか間違っているのか判断ができなかったものの、
シンジは釈然としないものを感じながら、イライラした気持ちで再びスポーツ用品店に
向かうのだった。

<スポーツ用品店>

「電気系トラブルですね。修理に2万以上はしますが。」

「えっ!!」

スポーツ店へやってきたシンジは、今度はプラグスーツの修理代を聞き、目の前が真っ
暗になっていた。

「あの・・・すみません。また今度でいいです。」

「そうですか。またのご来店、お待ちしております。」

ぺこりと頭を下げるスポーツ用品店の店員を背に、がっかりしながら店を出て行く。1
万円でも厳しいのに、2万円以上となると今のお金では論外だ。

来月のバイト代が入るまで我慢するしかないか。
2万か・・・辛いなぁ。

関東大会でそのハイテク技術で圧倒的なパフォーマンスを見せた、相田工業の最新式プ
ロテクタを付ける先輩達に比べ、かたや自分は古いプラグスーツも修理できない。

装備も力のうちか・・・。
そりゃ、そうかもしれないけど。

レギュラー選抜試合の時、2年の上杉が言っていたことを思い出す。いくら実力があっ
ても装備が悪ければ・・・つまり金がなければ勝てない。

スポンサーありきのプロの世界では常識とも言える、そういうべたべたした理想と現実
の差を、ほんの少し襖の隙間から垣間見た気がした日であった。

まだ昼か・・・。
走って帰ろうかな。

そう思い立ち先程加持と出会った繁華街に出て行こうとした時、シンジの頭にミサトの
顔が浮かび上がった。

そうだ。久しぶりに葛城先生に会いに行こう。
よしっ!

加持はもうミサトとは終わったと言っていたが、とても信じられなかったシンジは、そ
の真相を確めるべくミサトの家へと向かうのだった。

<ミサトのマンション>

中学卒業の時、中学のエヴァ部のお別れ会をした後、ミサトのマンションの前まで来た
ことがあった。その時の記憶を頼りに再びここへ足を運んだはいいが、何号室なのかが
わからない。

何処だろう?
違うなぁ。

仕方がないので、1件1件、1階から順に表札を見て歩いて行く。まれに、表札の出て
ない家もあるが、ひとまず最上階まで探しながら上がってみることにする。

もっと上の方かな?
なんか、葛城先生って高い所が好きそうだし、きっとそうだ。

なぜミサトが高いところが好きだと思ったかは謎だが、ともかくシンジは駆け足で階段
を登り次の階へ。

ない・・・違う・・・あっ。

”葛城”

ようやく”葛城”という表札を見付けることができた。絶対に1番高いところだと思っ
ていたが、そうでもないようだ。

いるかな? 先生。

玄関の前に立ってチャイムを押し、しばらく待つ。すると家の中から、タタタと廊下を
歩く音・・・がするはずだったのだが、なぜかガサゴソガサゴソ、ガラガラなどという
音を出しながら人が近付いて来る気配を感じた。

「はーい。どなた?」

「碇ですっ! 中学の頃、エヴァ部だった。」

「えっ!? 碇くんっ!!?」

久しぶりに突然現れた為か、かなりびっくりしているようだ。またなにやら扉の向こう
でわけのわからないガシャガシャという音がしたかと思うと、ガラリと扉が開いた。

「あーっ! 碇くーん。ひっさしぶりぃっ!」

「わ、わっ!!!」

最初の衝撃は、ミサトの姿だった。いきなり大きな胸を揺らし、ノーブラ+キャミソー
ル姿での登場だ。

「か、か、葛城先生・・・服、服着て下さい。」

「やーねぇ。キャミだってば。下着じゃないわよ。ケラケラケラ。」

「で、でも・・・。」

必死に両手で顔を覆いながらも、指の隙間から見てしまうのは、まぁシンジとて思春期
の男の子だ、仕方ないだろう。それはともかく、どっちにしろ目のやり場に困る。

「惣流さんも、キャミくらい着てるでしょぉ?」

「そ、そんなの知りませんよっ!」

「またまたぁ。」

「だいたい、なんでアスカの名前が出てくるんですかっ!」

「やーねぇ。碇くんったら、赤くなっちゃってん。コノコノ。」

「なってませんっ!」

「惣流さんのこと考えたからかしらん?」

「違いますってばっ!!」

もうこの時点で、どうしてここに来てしまったのか・・・と、自分の軽率な行動に猛烈
を後悔し始める。

「せっかく来たんだし、さ、さ、上がって。上がって。」

「は、はい・・・って、なんですかこれっ!?」

「ちょーっち、ちらかってるけどねん。」

「・・・・・・。」

自分の家より遥かに広く綺麗なマンション・・・のはずが、床一面に広がるゴミの山。
あの古い我が家の方が、足の踏み場は遥かにたくさんあり、遥かに綺麗に思える。

よく、こんな人が教師になれたな・・・。
前から思ってたけど。

とにかくそろりそろりと、ゴミの山の隙間をに足場を作り、石を飛んで小川を渡るよう
にぴょんぴょんぴょんと、リビングまで入って行く。

「そのへんの、適当にのけて座っててねーん。」

「はい・・・わっ!!」

言われるがまま適当に手でのけようとした床に転がっていたものは、パンツと巨大なブ
ラジャーだった。

「あらぁ? ブラはどこかいなぁ?」

「そ、そ、そこです・・・。」

視線を意識的に逸らしあらぬ方を向きながら、今自分が移動させたパンツと巨大なブラ
ジャーを、人差し指をプルプルさせて指差す。

「ほんと。こんなとこに。」

着替え出すミサト。

「ちょ、ちょっとっ! こんなとこでつけないで下さいっ!」

「やーねぇ。服脱がないから大丈夫よん。」

ブラジャーをキャミソールのお腹のあたりから突っ込み、器用に手をゴソゴソさせて胸
につけている。

「脱いだりしたら、惣流さんに嫉妬されちゃうもんねぇ。」

「だから、なんでアスカの名前が出るんですかっ!!」

もう嫌である。ここへ来てわずか数分で、エヴァファイト以上にぐったりと疲れた気が
する。ほんとに、もう帰りたい。

「うーん。ビールしかないわねぇ。ビールでいいかしらん?」

「いいわけないでしょっ! 先生がそんなこと言っていいんですかっ!」

「だって、もう碇くんの先生じゃないわよん。」

「そうじゃなくて・・・。」

「じゃ、水ねっ。」

ドッカとビアジョッキ大に溢れんばかりに水道水を入れて、テーブルの上に出してくれ
る。どうやらこの家には、ビールか水しかないようだ。

「先生っ! このジョッキ、口紅ついてますよっ!」

「間接キスぅ? べつに碇くんとならいいわよん。ケラケラケラ。」

「だから・・・。」

これ以上、下手なことを言うとからかわれるネタを作るだけのような気がしたシンジは、
その口紅のついた部分を指で拭いて水を口に含む。

「ふーん。」

そんなシンジの様子を、またチシャ猫のような目でニヤニヤとミサトが眺めている。

「なんですか。」

「偉いなーって思って。」

「何がですか?」

「間接キスなんかしたら、惣流さんに怒られるものねん。偉い。偉い。」

「違うって言ってるでしょっ!」

このままでは身が持たない。耐えられない。早速だが、シンジは本題に入ってしまうこ
とにする。

「あの・・・さっき、加持さんに会いました・・・。」

「あら、そう。アイツ、元気にしてた?」

思っていたより明るいミサトの反応に、本当に別れてしまったのかと、シンジの心に暗
雲が立ち込める。

「元気でしたけど・・・なんか、変な仕事してて。」

「やーねぇ。そんなとこ見られたの?」

知ってるんだ・・・。
加持さんのしてること。

ミサトは、グビグビとエビチュを煽りながら、あくまでも明るく返してくる。だが、そ
のミサトの明るさが、全て真実だとは限らないことくらい、もうシンジにもわかる。

「あの・・・。」

「なに?」

「別れたって、本当ですか? もし、そうならぼく・・・。」

「別れてないわよ・・・わたしは。」

「じゃっ!!」

「でも・・・今はいいの。」

「それじゃ、先生が・・・。」

「やーねぇ。ませたこと言わないの。子供のくせに。」

グビ。

一気にエビチュを煽り喉に通したミサトは、シンジの髪をくしゃっと掴んできた。

「なーに? もしかして碇くーん。先生のこと、狙ってたりするぅ?」

「違いますってばっ!!!」

「ケラケラケラ。惣流さんが、よっぽど怖いのねん。」

「だから、なんでアスカなんですかっ!!!」

相変わらず明るさの絶えないミサトの笑顔。だが、先程自分の髪を掴んだ時のミサトは、
どことなくもの悲しげな顔をしていた・・・シンジにはそう思えた。

<シンジの家>

その夜シンジは、部活から帰って来たアスカに、加持のこととミサトのことを話した。
ミサトのブラジャーが巨大だったことなどを省いて。

「先生も辛いとこねぇ。」

「ぼく、もう1度加持さんに会ってみたいんだ。」

「やめときなさいよ。人の恋路に首つっこむなんて、趣味悪いわよ。」

「でも。なんか、嫌なんだ。」

「ったく。いつから、そんなおせっかいになったのよ。」

「とにかく、もう1度会いたいんだよ。」

呆れた顔でアスカは天を仰ぐ。見掛けによらず、こういう言い方をし始めたらシンジは
意外と頑固なことを知っている。

「しゃーないわね。明日からしばらく、第3新東京市までロードワークする?」

「うんっ! どうしても話がしたいんだっ。」

「ったく、頑固なんだから・・・。」

「だけど、何処にいるのかわからなくてさ。」

「金貸ししてるんでしょ? 借金したい人が辿り付くとこにいるんだから、そんなに難
  しくない気がするけど・・・。」

「そうだねっ。探してみるよっ。」

「でも、今度の土曜は、駄目よ。」

「なんで?」

「ふふーーーん。」

勿体振ったように目を細めシンジのことを見ながら、ニヤニヤ嫌らしい笑みを浮かべる
ものの、そこから先を話してくれない。

「知りたい?」

「そんなこと言われたら、気になるじゃないか。」

「ふふーーーん。」

「もーーーっ! 教えてよっ!!」

「あのねぇぇぇ・・・。」

「ふんふん。」

「やっぱ、やめよっかなぁ。」

「わーーーーっ。気になるじゃないかっ。」

ニヤっとアスカが笑い、顔を目の前まで近づけ・・・そして、笑顔いっぱい大きな声で。

「マナが帰ってくるんだってぇぇぇっ!!!!」

「えーーーーーーーーーーーっ!!! ほ、ほんとっ!!!?」

それまで、加持とミサトのことで胃を痛めていたシンジだったが、久しぶりのマナ帰国
の報を聞き、思わず満面の笑みを浮かべる。

「どう? 嬉しいでしょ?」

「そりゃ、そうだよ。」

「コノコノっ。」

肘でシンジのわき腹をコツコツをアスカがコツいてくる。

「どう? 初恋の君に再会できる気分は。」

「そ、そんなんじゃないよっ!!!」

「それとも、振られた腹いせに、アンタのこと殺しに来るんだったりしてぇ。」

「げっ!!! だ、だから、あれは振ったんじゃなくて、あの頃はエヴァしか考えられ
  なくて。」

「ふーーん。じゃ、今ならマナのことも考えれたりしてぇ。コノコノ。」

「だめだめ。まずはチャンピオンだっ! 父さんの夢を頑張んなくちゃっ!」

ガッツポーズを取り、ゲンドウの位牌を見詰めるシンジを、アスカは呆れた顔で溜息を
つき、眺めることしかできなかった。

「ほんとバカなんだから。・・・・・・アタシも一緒か。」

<空港>

いよいよマナ帰国の日。空港へやって来てみると、お忍びでの帰国だと聞いていたにも
関わらず、そこは報道陣やファンの群衆でごったがえし。

「うわっ。凄いや。」

「へぇー。なんだか芸能人って感じねぇ。」

「だって、そうなんだろ?」

「そうだけど・・・マナがねぇ。なんだか実感湧かなくって。」

ワイドショーのレポーターやファンの群れに挟まれ、旧友の帰国を今か今かと待つ。飛
行機は既に着陸しているはずなのに、なかなか彼女の姿が現れない。

「日本語覚えてるよね? ぼく・・・英語喋れないよ。」

「あたりまえでしょうがっ。」

「そうだよねっ。よかった。」

乗客がパラパラと顔を見せ始める。シンジ達もそうだが、その他の群衆の視線が集中す
る中、ようやくマネージャーらしき人物に付き添われマナが姿を現す。

「あっ!」

つばの大きな白いハットにサングラス姿のマナを見つけて、パァーと笑顔になったシン
ジは。

「霧島っ! こっちこっちっ! ぼくだよ。ぼくシンジ・・・むがががが。」

大声を上げて手を振るシンジの口を両手で押さえつけるアスカと、びっくりして顔を逸
らすマナ。周りのレポータやファンの視線がシンジとアスカに集中する。

「アンタバカーーーーっ!!!?」

「なにするんだよっ。ほら、霧島がっ。」

「こっち、いらっしゃいっ!!!」

久し振りのマナとの再会も束の間、シンジはプンプン怒るアスカに引き摺られてその場
を立ち去って行く。

「な、なにするんだよ。せっかく霧島が帰って来たのに。」

「なに考えてんのよっ! 相手は国際的有名人なのよっ! 芸能レポーターの前でっ!」

「有名になっても、霧島は霧島じゃないか。」

「アンタバカーっ!? あんなとこで話し掛けたら、アンタはいったいなんなんだって
  いうことになるじゃないのっ! スキャンダルになったら、どーすんのよっ!」

「あっ・・・。そういうことは、先に言っといてよ。」

「言わなくても、普通わかるでしょうがっ。」

空港の隅で涙目になるまで説教をくらいまくっているところへ、アスカの携帯電話が音
を奏でる。

「きたきた。」

シンジを前に目を吊り上げていたアスカだったが、突然声色を変え嬉しそうな声で電話
に出て機嫌よく喋り出す。

「あっ、アタシぃ。さっきはごめんねぇ。
  ううん、大丈夫。うん、今から行くね。」

相手はマナのようだ。簡単に話し終えると、アスカは電話を切りシンジの方に向き直る。

「行くわよっ!」

自分にはまた怒った声だ・・・。こんなに怒られる程、悪いことをしただろうかと、シ
ンジはしょんぼりしながら、アスカの後について行くのだった。

<車>

先程の電話で聞いた場所まで行く。ブロンドの女性が1人立っており、彼女に案内され
るがまま車に乗り込むと、そこにはサングラスをとった素顔のマナの姿が。

「アスカぁぁ。ひっさしぶりぃぃ。」

「わーーー。マナぁぁ。」

久し振りの再会を喜び抱き合う2人の後で、シンジは車のシートに座り声を掛けるタイ
ミングを伺いながらも、いつ声を掛けていいのかわからずモジモジしている。

「あ、あの・・・。」

「いつもメールありがとねぇ。アスカのメール楽しみにしてるんだよぉ。」
「ううん。マナこそ、忙しいんじゃないのぉ?」

走り出す車。声を掛けたいが、2人の少女の盛り上がりの輪に入って行くことができず、
口の中でモゴモゴしてしまう。

「ほらっ、シンジもなんとか言いなさいよっ! ぼけぼけーっとしてんだからっ。」

喋りたかったのに、輪に入れてくれなかったんじゃないかと思いつつも、ようやく喋れ
る機会が訪れた。

「久し振り・・・。」

「アンタねぇ。もうちょっと、気のきいたこと言えないわけぇ?」

バンとアスカに背中を叩かれ、咳込んでしまう。

「いっつもこんななのよぉ。ごめんねぇ。」

「久し振りね。碇くんも頑張ってるみたいね。いつもアスカのメールに、碇くん頑張っ
  てるよーって、書いてあるよ?」

「そんなの書いてないでしょっ!」

「毎日書いてくるじゃなーい。」

「へんなこと言わないでよーっ!」

「あははははは。」

やはり駄目だ。全然話に入っていけない。だが、キャイキャイはしゃぎながら、楽しそ
うにするアスカとマナの姿を前に、シンジも自然と顔が綻んでくる。

いいな・・・。
親友がいるって。

幼い頃から、貧乏だ貧乏だと苛められ続け、友達というものに縁が薄かったシンジは、
羨ましそうに2人の姿を見詰めるのだった。

<ホテル>

実家に帰ると芸能レポーターが押し寄せると懸念したマネージャーの配慮から、今日は
ホテルで両親と待ち合わせすることになっている。

更に両親と再会する前に少しの時間の都合を付け、アスカ達と話をする時間が用意して
あった。

「じゃ、ご両親が到着されたら連絡するから、それまでお友達とゆっくりしてなさい。」

「はい。ありがとうございます。」

久し振りの旧友との再会ということで、マネージャーは気を使いホテルの部屋から席を
外してくれた。今この部屋は、あの頃楽しく話しをしたマナ、アスカそしてシンジの3
人だけの空間。

「マナぁ。今や押しも押されぬ国際スターじゃないっ。やった!って感じねっ。」
「霧島が夢にを実現したんだもん。ぼくも頑張らなくちゃ!」

「・・・・・・。」

「ねぇねぇ。大勢のファンの前に立って歌うって、どんな気分っ?」

「・・・・・・。」

だが、先程まであんなに明るかったマナだったが、マネージャーがいなくなった途端、
虚ろな目で俯き床を見るばかり。

「ん? どうしたの? マナ」

「あのね・・・実は、今日はお父さんやお母さんに会いに来たんじゃないの。」

「へ? なんなの?」

「アスカ・・・あなたに会いたかったの。」

「ア、アタシぃ?」

「それから、碇くんにも・・・。マネージャには、両親に会いたいって言ってあるけど。」

そのトーンの低い重苦しい声に、それまでの再会に喜んでいた明るい空気は消え失せ、
重苦しい雰囲気が漂い出す。

「どうしちゃったの? なにかあったの?」

「アスカや碇くん、日本で頑張ってるから・・・わたしも頑張んなくちゃって、思って
  一生懸命やってたんだけど・・・。」

「なにっ!? なにがあったのっ!? ねぇっ! マナっ!!」

俯いたまま元気なくボソボソ声を出すマナ。明らかに様子がおかしい。もう笑顔など完
全にどこかへ吹き飛んでしまったアスカは、マナの両肩をがっちり掴み、その体を前後
に揺する。

「わたし、今の事務所やめようかなって・・・。」

「な、なんでっ? なんでよっ! アンタの夢だったじゃないっ!!」

黙ったままマナが首を横に振る。

「歌手になりたいって言ってたじゃないっ! どうしたのよっ! なんなのよっ!?」

「こんなの。こんなのが、わたしの夢なんかじゃないっ!」

マナの夢・・・自分の心を自分で作ったメロディーと詩に乗せ、たくさんたくさんの人
に聞いて貰い共感して欲しい。

それが・・・マナの夢。

だが現実は、CDの売上優先。利益至上主義の世界。

売れそうな流行の曲に、売れそうな歌詞を付け、目を引く衣装に流行の振り付け。そん
なものを全てセッティングされた上で、完全管理の元に作られた自分を演じる。

今歌っているのは霧島マナではなく、MANA KIRISHIMAという作られた役
を演じるわたし。

最初の頃は新人だから、まだ駆け出しだからと思っていたが、この業界に入って3年目。

自分は企業の踊り子であることがだんだん感じられてくると同時に、自分で作る曲や歌
は全てを受け入れられず、彼女の精神が限界に達しようとしていた。

「折角ここまできたんじゃない。それも、マナの頑張りなんじゃない?」

「今のままじゃ歌いたい歌は歌えない。」

「でも、今まで頑張来たんでしょ? CDだって売れてるんでしょ?」

「今の事務所やめちゃったら、もうこんなにCD売れないと思うけど・・・。」

「CDが売れてこそなんじゃないの?」

「いくらCDが売れても、その中にわたしはいないっ!」

「・・・・・・。」

「わたしの心は、まだ誰にも伝わってないのっ! 欠片すらも伝わってないのっ!」

「・・・・・・。」

「ねぇ、アスカなら、アスカならどうする?」

「アタシなら・・・。」

目を細め、マナから目を逸らし・・・アスカは考える。

「アタシなら・・・。」

アスカとて、人に悟れる程の人生経験は積んでいない。だが、もし自分だったら・・・
どうするだろうか。

「アタシなら・・・。」

「やめちゃいなよ。」

その時。2人の横からシンジの声が横切った。深刻な顔をしていたマナとアスカは、そ
の声の主、シンジの方に顔を振る。

「アンタ、そんなに簡単に決めれるもんじゃないでしょ。」

「夢を追い続けなきゃ。」

「やめちゃったら、またCD出せるかどうかわかんないじゃない。」

「霧島の夢は違うんだ。CDが売りたいんじゃないんだろ?」

「アンタねぇ。そんな簡単に決めれることじゃないのよっ!」




「やめて・・・アスカ。」

あっさりと言ってのけるシンジに苛立ち叱りつけるアスカの肩を、マナはポンポンと叩
いてシンジの前に歩み寄る。

「そうだよね。わたしの夢は、CDを売ってお金儲けすることじゃないんだもん。」

「ちょ、ちょっとマナっ!? コイツは、バカのひとつ覚えみたいにチャンピオンしか
  言えないヤツなのよっ? わかってんの?」

「じゃ、アスカ?」

「なによ。」

「もし、凄いお金積まれて、碇くんにエヴァをやめろって言われたらどうする?」

「それとこれとは・・・。」

「世界チャンピオンの賞金以上のお金よ?」

「・・・・・・。」

「どうする?」

「わかった。そうだよねっ!」

「うん。そんなことされたら、きっとアスカなら・・・。」

「その場で踏みつけてやるわっ! だって、アタシ達にはっ!
  お金で買えない、夢と未来があるんだもんっ!」

「くすくす。」

「あはははは。」

「ありがと。今すぐってわけにはいかないけど、なんか吹っ切れた感じ。」

シンジとアスカの手を握り、マナはニコリと微笑んだ。今日、日本に来て初めて見せる
心からの微笑みを。

「3人の約束だもんねっ! 夢を追い続けようってっ!」

「だーれもCD買わなくなったって、アタシがいっぱい買ってあげるわよっ!」

「何言ってんだよ。霧島のCDなら売れるに決まってるだろ。」

「ま、アンタのチャンピオンよりは、有望かもね。」

「あら いつもアスカのメールには、シンジは絶対チャンピオンになるって書いてあっ
  たような?」

「わーーーっ! そんなこと書いてないでしょっ!!」

「よしっ! 3人で約束だっ!」

拳を作り右手を上げるシンジ。それに習って、アスカもマナも右手を上げる。

「夢を追い掛けるんだっ!!」

シンジが叫ぶ。

「与えられた夢なんていらないっ!!」

マナが続き、右手の拳を高々と上げる。

「夢はこの手で掴むものっ!!」

最後にアスカが大きく拳を上げ、3人並んで天を見る。

むやみにそろばんを弾くのは、大人になってからいいじゃないか。
あらゆるもので自分を飾るのは、自分を見付ける努力をしてから。

今はそれができるから。今しかそれはできないから。今こそそれをする時だから。

15,16歳、彼、彼女達は、自分を探しに突き進む。
自分の夢を求めて舞い上がる。

夢は大きく両手を広げた未来の先の先にある。

高校1年の夏の終わり。少年少女の瞳には輝ける夢と未来が映し出されていた。

To Be Continued.
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