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エヴァリンピック
Episode 14 -輝ける朝日のごとく-
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<学校>

春、今年も桜咲く並木道を、シンジとアスカは通学してくる。今日から、高校2年生と
なった2人。周りに目を向けると、まだ似合わない新しい制服を着た1年生が登校して
来ている。

「去年、アタシ達もあんな感じだったのかな?」

「たぶん、ぼく。もっと緊張してたかも。」

「ウソばっか。エヴァ部に入るって、張り切ってたくせに。」

「そうだっけ・・・。」

下駄箱で靴を上履きに履き替え、新しい教室に向う。アスカは進学クラスに入り、シン
ジは普通科。今年も別々のクラス。

「よぉっ! 碇っ!」

「おはよう。」

去年同じクラスだった、父親がエヴァ用品メーカーである相田工業社長の息子、ケンス
ケが声を掛けて来る。学校で唯一仲の良い友達のケンスケは、アスカと同じ進学クラス
になったようだ。

「惣流、俺と同じクラスだな。」

「みたいね。」

「ずるいよ。2人だけ同じクラスなんて・・・。」

「アンタが勉強しないからでしょ。ま、留年しなかっただけ、頑張ったけどさ。」

「ほんとだよ。3学期は、追試ばっかりで大変だったよ・・・。」

進学クラスは問題外としても、2年に進級できただけで大した成果であり、相当努力し
たことが伺える。無論、努力したのはシンジではなく、家庭教師アスカだが。

2年生の教室が並ぶ2階まで一緒に階段を上り、シンジは2人と別れて自分の教室へと
入って行く。

ぼくの席は、と。

周りを見渡すと知った顔も見かけるが、ケンスケとアスカ以外にあまり話をしたことの
ない彼にとって、全員が初対面にも似た状況。

”碇シンジ”と書かれた紙が張ってある机を見つけた。鞄を机の横に掛け、パイプ椅子
に腰掛ける。

2年生か。
よしっ! 今年こそ頑張るぞっ!
今年は、大会に出るんだっ!

まだ授業も始まる前から、早くもシンジは机の横に置いた、去年の誕生日に母に貰った
ソードを眺めて気合を入れるのだった。

<エヴァ部コロシアム>

放課後、去年度の全国大会で優勝した上杉が、新しく部長となった新生エヴァ部のコロ
シアムに入って行く。

上杉の実力もさることながら、相田工業が提供してくれたハイテクプロテクタが大きな
効果を発揮し、このクラブの部員のほとんどが上位にランクインするという快挙を成し
得たのだ。

その結果は、相田工業の狙った宣伝効果にもフィードバックし、プロの事務所からの引
き合いが見る見る増え、この1年で町工場の有限会社から株式会社へと変貌していた。

今日からローラーを2つ引いてみようかな。

いつも使っている地ならし用のローラーとは別に、もう1つ余っているローラーを転が
して来たシンジは、それぞれを片手で1つづつ持ち引き始める。

・・・うーん。
あんまり、意味ないかなぁ。

思った程、しんどくなかった。なんだかこれでは訓練にならないような気がして、2つ
のローラーの前で腕組みし、どうしたものかと考えていると、新たに部長になった上杉
から集合の合図が掛かる。

「全員集合してくれ。」

思い思いに軽く体を動かしていた者も、ストレッチをしていた者も、部長の前に集まっ
て行く。無論、シンジも一旦ローラーを置き集合する。

「今日から新しく部長になった、3年の上杉だ。俺は、3年だろうが1年だろうが関係
  なく、実力重視でレギュラーを選ぶからそのつもりで。」

「「「はいっ。」」」

「それから、早くも進入部員が2人来ている。自己紹介をして貰おう。」

新しく入って来た1年の進入部員が2名、緊張しながらシンジ達の前で自己紹介をする。
この学校のエヴァ部は大きい上、去年の全国大会の快挙が拍車をかけ、これから続々入
部者が増えていくことだろう。

話も終わったし、ローラー引こうかな。
うーん。どうやって引いたら、効果あるんだろう?
アスカに聞いてみよう。

部長の話も終わったので、2つのローラーをゴロゴロ転がし、マネージャの仕事をして
いるアスカの元に向うと、上杉が声を掛けてきた。

「碇っ! 惣流っ! ちょっと来いっ!」

「あ、はい・・・。」
「はい?」

部長に呼ばれ、シンジとアスカが並んで立つ。

「碇。お前はレギュラーだ。」

「は?」

「大会に出て貰う。」

「へ? は、はいっ!!!」

思いがけない新部長の言葉に、一瞬は唖然としたシンジだったが、笑顔を一面に浮かべ
大きく返事をする。

「他のことはしなくていい。大会で勝てるように、トレーニングしてくれ。」

「好きに練習していいんですかっ?」

「惣流をお前選任にするから、協力してやってくれ。」

「え? ほ、ほんとにっ?」

「あぁ。俺も新見のヤツのやり方は、ムカついてたんだ。部長になって好きにやれるさ。
  惣流もマネージャの仕事はしなくていい。碇を勝てる選手にしてくれ。」

「はいっ!!」

「2年連続優勝を取る為には手段は選ばよ。お前以外のレギュラーには、そいつらに合
  ったトレーニングをするが、お前にはこれがベストじゃないか?」

「「ありがとうございます。」」

シンジも、アスカも、手に手を取って笑顔で部長に答えた。1年間、学校ではまともな
トレーニングもできず不満もあったが、今年からはこの設備の充実した学校で好きに訓
練ができるのだ。

「アスカっ! なにしようっ!? まず、なにからしようっ!!?」

「えっとねぇ。」

「なに? なにしたらいい?」

「ちょっと待ってよ。」

「素振り? うさぎ跳び? スクワット? なに?」

「ヤカマシイっ!!!! マテっつってるでしょうがっ!!!!!」

「ごめん・・・。」

興奮するシンジの頭をグリグリ押さえて、アスカは鞄から取り出した生徒手帳をめくる。
中にはシンジに関するデータがぎっしり書き込まれている。

「まずは、鉄アレイからしましょ。」

「わかったっ!」

シンジは早速コロシアムの端にあった、15kgの鉄アレイを2つ手にして駆け戻って
きたが、アスカは首を横に振る。

「違う違う。1.5キロのあるでしょ? それ2つでいいわ。」

「1.5? 軽すぎるよ。」

「いいから。」

「うん・・・わかった。」

言われるがまま、15kgの鉄アレイを元の位置に返し、軽い1.5kgの鉄アレイを
2つ両手に持ってくる。

「はい、それ持ったままで、この場で足踏みしながら走るように手を振って。」

「うん。楽勝だけど?」

鉄アレイを両手に持ち、その場に止まったまま走るような感じで手足を動かす。

「なにしてんのよっ! もっと速くよっ!」

「う、うん・・・。」

めいいっぱい両手を動かし、鉄アレイを振る。

「ダメダメっ! もっとよっ! もっと、速くっ!」

「え・・・うん。」

ブンブンと両手を振る。

「遅いっ! 速くっ!! 速くっ!! 速くっ!!」

「うんっ!」

軽い鉄アレイなので舐めてかかっていたが、なんだか思っていたよりかなりキツイ。

「遅いっつってんのよっ! もっと、もっと速く振りなさいっ!!」

「で、でもっ! これで限界だよっ!」

「じゃ、鉄アレイ置いて、同じことしてみて。」

「うん。」

鉄アレイを足元に置き、何も持たずに手を振る。当然、鉄アレイを持っている時より、
両手が速く動く。

「これでいい?」

「そ。今と同じ速さで動かせるまで、鉄アレイを持ってやるのよっ!」

「それは・・・。」

一瞬、驚いた顔をしたシンジだったが、アスカの意図を理解したのかパッと顔を明るく
綻ばせた。

「わかったっ! 頑張るよっ!!」

「1年間の基礎トレーニングで、パワーはもう十分なのよ。それを基礎にして、速度ア
  ップするわよっ!!」

「うんっ!!」

そんな訓練を5分間隔で休みを入れ、水分補給をしながら1時間程続けた後、今度はソ
ードを使った訓練に移る。

「1年、2人借りてきたわ。」

「よろしく。」

シンジがぺこりとお辞儀をすると、1年の部員も同じようにぺこりと挨拶した。前には
2人の1年の部員とアスカがソードを持って立っている。

「1発でも入れられたらアンタの負け。いいわねっ!」

「え・・・。」

「あたりまえでしょっ。」

「わかった。」

3:1の模擬試合。シンジは攻撃はせず、ただ防御に徹すれば良いとのことだが、1発
入れられれば負け。

「行くわよっ!!!」

3人掛かりで迫って来る。シンジも必死にソードを振り応戦するが2分と持たず、アス
カのソードがチェストにヒットする。

「アンタの負けっ。」

「くそ・・・。」

「どうだった?」

「アスカのソード、見えてたのに。防御できなかった。くやしいよ。」

「ソードの切り替えしが、アンタは遅いのよ。もっと速くソードを動かすのっ。」

「もう1度やってみる。」

再び3:1の模擬試合開始。だが、また2分と立たずにアスカにやられる。

「なんでだよっ! ちくしょーっ!」

「ソードの振りが大きすぎるからよ。最小限の動きで対応なさいっ。もっと速くっ!
  もっと速く動かすのよっ!」

「わかったっ。」

こうして初日の部活は終わった。これまでスピードに自信のあったシンジには、今日の
アスカのトレーニングはショックだった。

「ぼくに足りないのは、パワーだって思ってたのに・・・スピードもまだまだなんだ。」

「今のアンタでも、試合に出れば勝てる見込みはあるわ。」

「うん・・・。」

「だけど、それは鈴原が今いないから。もっと頑張らなきゃ、アイツには勝てないわ。」

「そうだっ! トウジが日本に帰ってくるまでに、ぼくはっ!!」

「アンタはアイツのパワーには、体系からして勝てない。対抗するには、スピードとテ
  クニックを磨くのよっ!」

「よーしっ! 明日からも、頑張るんだっ!!」

「アタシだってっ!! 一緒に頑張ろっ!!」

「新しい部長のお陰だね。」

「上杉先輩、いいヤツじゃんっ!」

これまで学校では基礎トレーニングにひたすら徹する1年を送ってきたシンジだったが、
今日、世界を明るく照りつける朝日の光を浴びた、そんな感じがしたのだった。

<第3新東京市>

シンジは学校が終わると夕刊の配達をしていた。前まではランニングも兼ねて走って配
達していたのだが、少しでも家計の助けになればと今では自転車を使いより多くの地域
までたくさんの新聞を配達している。

母さん毎日しんどそうだもんな。
免許取って単車使ったらもっと配れるのに・・・。

だが校則で禁止されている為か、ユイは絶対にバイクの免許を取りに行くことを認めて
はくれなかった。

よしっ!
早く配っちゃって、お寺に行こ。

今日アスカに言われたことを、お寺の端に作ったトレーニング場で復習すべく自転車を
漕ぐ足に力を入れる。その時、今通り過ぎた路地の向こうに、見たことのある人物が目
に入った気がした。

今の人っ!
まさかっ!

去年の夏から探し続けていたが、結局半年以上会うことのなかった人物、加持である。
シンジは自転車をその場に止め、走って先程の路地に戻る。

やっぱりっ!

「加・・・」

声を掛けようとしたシンジだったが、その言葉を喉の奥に飲み込んでしまう。そこには
加持だけでなく、目を吊り上げている葛城先生と、加持の後に見知らぬ女性がいた。

「何を言ってるんだ。お前と俺は、もう関係ないだろ?」

「いつまで、意固地になってるつもりよっ! ただ逃げてるだけじゃないっ!」

「俺の勝ち取った賞金で、会社を作り金を貸しているだけだ。」

「そんなこと言ってんじゃないっ! 今の加持くんの目は卑屈になってる目よっ!」

「そんなこと、お前にわからないんじゃないか?」

「わかるわよっ! あの頃の目と全然違うじゃないっ!」

「歳をとったのさ。」

「違うっ! 違うっ!」

「もう行くぞ。じゃぁな。」

加持は見知らぬ女性の肩を抱き、ミサトに背を向ける。

「その女だって、あんたの金目的なだけじゃないっ! 今のあんたから、チャンピオン
  の賞金取ったら、何が残るってのっ!」

「お前に俺は似合わない。誰か他の奴を見つけてくれ。」

「また、逃げるわけっ!? 卑怯者っ!」

「俺は世界チャンプだぞ。」

卑怯者と言う言葉に反応し、眉間に皺を寄せる加持。

「過去の栄光に縋ってるだけじゃないっ!」

「なんだと。今でも俺が復帰すれば・・・」



「復帰したらなんなんですかっ!!!」

2人の遣り取りを聞いていたシンジが、会話に割って入った。まわりに目を向けられな
くなっていた加持も葛城先生も、シンジの存在に気付く。あのいつも明るい葛城先生で
すら、まずい所を見られたと目を泳がせる。

「今の加持さんじゃ、チャンピオンなんかになれませんっ!」

「フッ。エヴァリンピックで初戦敗退するようなチャンピオンよりマシさ。」

「青葉チャンプの方が、今の加持さんよりずっと強いですっ!」

「なんだと? じゃぁ、俺に負けたお前の親父はどうなんだ。」

「くっ!!!」

シンジの目が一気に吊り上る。シンジにとって、ゲンドウに対する侮辱的な言葉だけは
許せない言葉だった。一気に感情が吹き上がる。

「ぼくと勝負しろっ!!」

「フッ。相手にならんさ。」

「じゃぁ、勝負してみろっ! そして、ぼくが勝ったら、葛城先生の言うことを聞けっ!」

「俺が勝ったらどうする?」

「なんだって、言うこと聞くよっ!!」

「やめなさいっ! 碇くんっ!」

驚いて葛城先生が止めに入ってくるが、父のことをあんな風に言われて後に引けるわけ
がない。

「ほぉ。いいだろう。その言葉忘れるなよ。」

「明日だ。明日朝、朝日が出たら第2小学校近くのコロシアムで勝負だっ!!」

「いいだろう。負けた時のことを、考えておくんだな。」

「また、逃げるなよっ!!」

語尾の強い口調でそれだけ言い残し、シンジは荒い息で新聞配達の自転車の所へ戻って
行った。

その後、どこをどう新聞を配ったかなど覚えていない。頭にあったのは、明日絶対に加
持に勝つんだという一念だけだった。

<シンジの家>

「アンタ・・・負けるわ。」

家に帰り今日の出来事を話した途端、ご飯を作っていたアスカがぼそっと呟いた。必ず
応援してくれるだろうと思っていたアスカの口から、信じられない言葉を。

「相手が世界チャンプだってっ! あんな加持さんに負けないよっ!」

「ちょっと、アンタのパパの前で自分の顔、鏡で見てみなさいよっ!」

「なんだよっ。」

何を言っているのだろうと思いつつ、仏壇の前に座ったシンジは、手鏡に自分の顔を映
し出す。

「どう? 今のアンタ、パパに見せれる顔してる?」

「・・・・・・。」

「試合じゃないわ。喧嘩よ。それは・・・。」

「喧嘩・・・。」

「違うっ?」

「喧嘩・・・。」

「アンタのパパに、試合に行ってきますって、ちゃんと報告できる?」

「・・・・・・。」

まじまじと手鏡に映る自分の顔を覗き込んだ後、しばらく黙ったまま目を閉じ1人の世
界に入る。

エヴァは喧嘩する為にあるんじゃない。
明日の試合はいったい・・・なんなんだ。

元世界チャンプとの勝負・・・いや。
加持さんとの勝負。

なんでだ・・・。

相手が世界チャンプじゃなく、普通の人なら。
試合なんてしない。

加持さんだから。

そうか・・・。
ぼく、加持さんと試合がしたかったんだ。

父さんのことを、葛城先生のことを、その理由にしちゃったんだ。

ごめん・・・父さん。

でも、でも、ぼく、加持さんとやってみたいんだ。
加持さんは、ぼくにとっての1つの壁なんだ。
これを乗り越えたいんだ。

いいよね? やってもいいよね? 父さん?

ゆっくりと目を開くシンジ。これが喧嘩なのか、試合なのか、父は答えてはくれなかっ
た。それでも・・・。

「ごめん。でも、ぼく・・・加持さんと試合したいんだ。」

「試合ね。」

「うん。」

「試合なら止めないわ。」

「試合をしに行くんだ。」

「わかった。」

「加持さんと試合をしたいんだ。」

「試合をするからには、やるからには、勝つのよっ!」

「うんっ! 勝つっ!」

「よしっ!」

最初はシンジのことを見下すように見ていたアスカだったが、今度はその青い瞳を大き
く開き、ニコリと微笑みかけてきた。

「はっきり言って、世界チャンプだった頃の加持選手の実力だったら、手も足も出ない
  わ。」

「うん。」

「だけど、引退してエヴァから遠ざかってる。まず考えられる弱点は、スタミナ。そし
  てスピード・・・でも、はっきり言って未知数が多すぎるわね。」

「いいよ。ぼくの持ってる力を出し切って、やってみるよっ。」

「どっちみち、トレーニングする時間もないから、それしかないわ。胸を借りるつもり
  くらいで体当たりでいきなさいっ。」

「そうするよっ!!」

その日シンジは、いつもより早めに眠りについた。明日はあの元世界チャンプ、加持と
の試合。

シンジにとって加持は、父とはまた違った意味で、子供の頃に大きな影響を与えた目標
であり壁だった。その加持と、試合ができる。

父さんが戦った加持選手とぼくも戦うよっ。
父さんに見せても恥かしくない試合するからっ!

見ててね。父さんっ!

その日、シンジは加持と父が戦った時の夢を見た。試合に出て行く父が、幼いシンジに
微笑み掛けている夢だった。

<コロシアム>

翌朝、朝日が昇る前にシンジは第2小学校裏のコロシアムに来ていた。プラグスーツを
付け、プロテクタを付け、体をほぐしはじめる。

「なんだか、緊張してきたよ。」

「当たって砕けろくらいのつもりでやりましょ。」

「ううん。闘うからには勝ちたい!」

「ったく。じゃ、やっぱり逃げ回ってスタミナの消費を待つのが得策ね。」

「それは嫌だ。」

「そう言うと思ったわ。もう1つ、策があるわ。」

「なに? なに?」

「いちかばちか。防御を捨てて攻撃にひたすら徹する。急速に相手はスタミナを失うわ。」

「それは・・・。」

「ええ。相手の技量が上回れば、イチコロでこっちがやられるわね。」

「・・・・・・。」

全盛時代の加持が相手なら、奇跡がおきようと勝てないことくらい百も承知している。
問題は加持が現役から引退し数年たった今、どのくらい衰えを見せているかだが。

「テクニックじゃ勝てないから、どこかで力押しするしかないのよ。」

「わかった。やってみる。」

「あっらぁーん。何か悪巧みぃ?」

ビクッ!

頭を突き合わせて試合の作戦を立てていたシンジとアスカの背後から、聞き覚えのある
声が聞こえた。言わずと知れた葛城先生だ。

「おじゃまだったかしらーん。」

「敵はあっちいってよね。」

「敵じゃないわよ? 今日は碇くんを応援しに来たんだから。痛い目にあって現実を見
  た方があいつには、いいもんね。」

にこりとアスカに葛城先生が微笑み掛けて来る。それでもアスカは、スパイを見るよう
な目つきで警戒しながら、シンジを引っ張って距離をとった。

「30を超えた女はしたたかだからね。信じるんじゃないわよっ。」

「失礼しちゃうわねぇっ! まだピチピチよん。」

「スカートのウェストがでしょ?」

「言うようになったじゃないの。負けそうだわ。」

たわいのないことを言い合いする女性達の横で立つシンジの顔が朝日に照らされ、その
瞳には宿敵であり目標であった人物の影が浮かび上がってくる。

来た!

かつて見た世界最強の勇者を示すプラグスーツとプロテクタを纏い、威風堂々たるその
姿を加持が現す。

「待たせた。」

「いえ。」

「シグナルはいらんだろう。」

「はい。」

「始めるか。」

「はい。」

一層緊張した表情をするシンジに対し、余裕とも取れる薄ら笑みを浮かべた加持が、コ
ロシアム中央に立つ。

「惣流さん? あなた達には、感謝しなければいけないわね。」

「へ?」

めったに聞けない真面目な声で、視線は加持に固定したまま静かにアスカの横に立つミ
サトが語り始めた。

「たぶん、彼。今日、ここへは来ないと思ってた。だからわたしは、2人に謝りに来た
  の。なのに・・・。」

「なのに?」

「あんな、彼の目・・・久し振りに見たわ。」

中央で睨み合うシンジと加持。欲目もあるのか、まだまだ加持に比べてシンジは小物に
見える。

だが、加持に負けないくらい真剣な目で相手を見据え、ソードを握る手に力を込めるシ
ンジ。

「いつでもいいぞ。」

「はい! いきますっ!」

ググとソードを握る。

得意とする中段ではなく上段。

攻撃に徹する構え。

地を蹴りその身を打ち放つ。




試合開始!




「でやーーーーーーーーーーっ!!!」

シンジ、気合と共に怒声を放ち太刀を振る。

加持、難なくソードで払いのける。



シンジ、弾かれたソードを下段から振り上げ、加持を狙う。

が、それより早く加持の一撃。シンジの肩を捕らえる。



シンジ、防御放棄。

加持のソードを正面から浴びつつも、更に攻撃。

「うぉーーっ!!!」

体勢を崩しつつ攻撃の一手!!!



加持、体重移動で回避。

攻撃した直後のソードを持ち替えシンジのソードを弾く。



さすがだ!
世界が違う。



まさかあの体勢から回避されるとは思ってもいなかったシンジは、驚きに目を見開くが、
時をあけず、更に攻撃!!! 攻撃!!! 攻撃!!!



「はっ! はっ!」

瑞から見ていると、やけくそになった子供が両手を振り回して大人に掛かっていってい
るようにも取れるシンジの攻撃。

その全てを加持は回避し続ける。



ソードを振り下ろす。

加持がソードを弾く。



シンジ、打ち返された反動を利用し、回し蹴り。

それをも加持は回避。

逆に肘打ちがシンジの背中を襲う。



前のめりに倒れそうになるシンジ。

足を踏ん張りソードを突く。



またしても回避される。

まだ1激も、加持へのまともなヒットがない。

比べ、シンジは直撃を5度くらっている。



だが。



『勝てる!』



この時点でシンジは確信していた。

確かに技術では加持には及ばない、だが、あの世界の頂点に君臨していた頃の、世界チ
ャンピオンだった頃の、キレとパワーが加持からは見られなくなっていた。



「でやっ! はっ!」

シンジのパンチが加持を襲う。

シンジのソードの雨が降り注ぐ。

その全てを加持はテクニックで回避し、シンジを攻撃してくる。



まだシンジの一撃は加持には届いていない。

打たれる一方。

だが、シンジの若さとパワーが、圧倒的に加持を押し始めていた。



打たれても、打たれても、それでもシンジは攻撃の手を休めない。

体の数箇所が痛む。

痣があちこちにできているだろう。

その痛みを無視し、ひたすら突撃を繰り返す。



何度目となるだろうか、加持の足がシンジの腹部に減り込んだ。

歯を食いしばり地を蹴り、がむしゃらに突進!



攻撃!!

突進!!

突撃!!

「このーーーーっ!!!」



ヒット!!!

「ぐっ!」

加持のうめき声が轟く。

とうとう、シンジのソードが、加持の胸を捕らえた。



初めてのヒット。

加持の足がよろける。



「うぉぉーーーーーーーーーっ!!!」

一気に接近し、よろけた足に蹴りを叩き込む。

あとずさる加持。



ソードを振り上げる。

地を蹴り、一気にシンジが勝負に出る。

持てる限りの全ての力を集中させる。

シンジのソードが加持に襲い掛かる。



『行ける!』



シンジは勝利を確信した。

体勢を崩した加持の喉元に、シンジが切り込む。



その瞬間。

その瞬間だった。

シンジはまるで暗闇の中に叩き込まれたかのような錯覚を覚えた。



「ぐはっ!!!」

シンジが呻く。

つま先から、脳天まで突き抜けるような痛みを伴う衝撃が、シンジの体を襲う。



「ぐっ!!」

真後ろに仰け反るシンジの体。



これが・・・。



最後にシンジが見たものは・・・。

錐揉み状に回転しながら襲い掛かってくる加持のソードだった。



これが、トルネードか!!!



背中から地面に倒れて行くシンジ。



「くっ!!!」

地面に叩き付けられるシンジの体。



「うぉぉぉーーーっ!!!」

ソードが突き立てられた額から流れる血が、視界を赤く染める。

だが。

まだ彼の目は死んではいなかった。



地に膝をつきながら、まるでバネが跳ね上がるかのように。

そう・・・まるで不死鳥が舞い上がるかのように。

シンジ、不屈の精神で、加持に再突撃。



「うぉぉぉーーーーっ!!!!」



シンジのソードが加持を捉える。



加持、ソードで防御。

が、もう体力の限界だった。



弾き飛ばされる加持のソード。

「でりゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

シンジ、自ら流す額の血を飛び散らせ、ソードを縦一文字に振り下ろす。



ズガンっ!!!

地面にぶつかる加持の体。

鈍い音が響く。



加持が、あの加持が、目の前に倒れた。

「はぁ。はぁ。はぁ。」

息も荒く・・・倒れた加持を見下ろすシンジ。

荒れた息を吐くシンジの前で、バッタリと横たわる加持。

「はぁ。はぁ。はぁ。」

ソードを持つ疲れきった腕をだらりと垂らし、加持を見下ろすシンジ。

「はぁ。はぁ。はぁ。」



そして・・・王者は倒れた。

加持は。両手を地につき、立ち上がってはこなかった。



試合終了。



終わった・・・。

痛む体で天を仰ぐ。

父さん・・・。
勝った。勝ったよ・・・。

ぼく、勝ったよっ!

シンジはフラフラになりながらも、ガシャリと音をたててプロテクタをはずす。横に近
付いて来たアスカが、その地面に落ちたプロテクタを拾い集める。

プラグスーツだけの姿となったシンジは、ミサトに抱き起こされている加持の元にヨロ
ヨロと近付いて行った。

「加持さん・・・ありがとうございました。」

深々と頭を下げ、礼をする。

そんなシンジに加持は、ぎこちない笑顔で言葉数少なく答えた。

「俺も・・・俺も、碇ゲンドウに勝った頃は若かった・・・。」

「はい。」

「若さとはいいものだな。」

「はい。」

「世界を狙える男になれ。これからは、君の時代だ。」

「はいっ!!!」

それ以上、シンジも加持も語らなかった。

ミサトの肩を借りて去って行く加持の姿を、朝日の中見送るシンジの胸には、これで良
かったんだという想いが沸いていた。

「アスカ?」

「ん?」

朝日を傷ついた体に浴びながら、プロテクタを手に横に並んで立つアスカに語り掛ける。

「エヴァリンピックに行きたいんだっ!」

「アタシもっ!」

「ぼく、絶対に行ってみせるっ!」

「一緒に行くわよっ!」

「世界を狙える男になるっ!」

「狙うだけじゃないわ。世界の頂点に立つのよっ!」

「ぼくはっ・・・。」

いつしか太陽はその姿を現し、眩いばかりの陽射しを2人に浴びせ掛けていた。



いよいよ太陽は登り始めた。

輝き煌く光を放つ、大きな大きな太陽が。



どこまでも、どこまでも。

世界の頂点を目指して。

To Be Continued.
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