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エヴァリンピック
Episode 17 -プロの道-
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<学校>

退学したシンジには関係の無いことだが、学校に残ったアスカそしてマユミ、ケンスケ
達学生には共通して同じ問題に直面する時期となった。進路である。

「惣流さん、進学しないんですか?」

「ええ。アタシの学生生活は今年まで。」

「だって、勉強できるのに。ご両親は、それでいいと?」

「ま、自分の人生だしね。自分で決めるわ。」

無論、まだこのことは両親には言ってはいない。だがおそらくかなりモメるだろう。そ
れでも、今年1年の準備期間中は養って貰う必要がある。上手く誤魔化しつつ、切り抜
けなければ。

「マユミは、大学行くのよね?」

「ううん。看護学校に行くことにしました。」

「看護婦さんになるの? びっくり。」

「エヴァ部に入って、わたしはそういう仕事が似合ってる気がしてきて。」

「アンタ優しいもんね。」

「看護婦さんになれたら病院教えますね。もしなにかあったら、来て下さい。」

「ええ。シンジのバカがやっつけられて怪我したら、行くからよろしくっ!」

「そういえば、碇くんは元気ですか?」

「シンジ? シンジは・・・今ちょっとね。」

教室の窓から空を眺めるアスカの顔には愁いの色が見える。いよいよプロの道に乗り出
すべく、プロ試験合格を目指すシンジの前に大きな壁が立ちはだかっている為だった。

<某エヴァジム>

プロのエヴァファイターは必ずジムに所属しスポンサーを担いで戦う必要がある。つま
り、プロ試験を受ける為にはジムに所属しなければならないのだが。

「うちは月5万だな。」

「5万・・・ですか。」

「どうするんだ?」

「なんとか、もう少し安くならないですか?」

「ならねーよ。」

「ぼく、頑張りますからっ。」

「頑張ろうが、頑張るまいが、5万は5万なんだよっ!」

「そこをなんとか。」

「ならねーっつってんだよっ!」

ジムの入り口で対応に出てきた男が、ウダウダ言うシンジにだんだんと嫌気が刺してき
たのか、苛立ち混じりに大声をあげる。

「5万は5万だっ! 入るのか!? 入らないのか!?」

「いえ、失礼しました。」

「ケッ。なんだよ、ひやかしかよ!」

「すみませんでした。」

ぺこりとお辞儀をしてスゴスゴとエヴァジムを後に歩いて行く。月5万の月謝はまだ安い
方で、日向に紹介されたチャンピオン青葉が所属するジムなど、目が飛び出そうな月謝を
取る。

そんなお金ないよ。
どうしよう。

月謝を払い、エヴァ用品を買って行かなければ、プロとしてエヴァを続けることができな
い。しかし、そんな余裕はシンジの生活にはなかった。

プロか・・・。

アマチュアの頃は強くなればそれで良かった。だがプロの世界は、その前に必ず金の話が
動く。

頑張って、もう少し安いジムを探してみるか。

なにはさておき、まずはプロ試験を受けられなければ、話にならない。設備などはどうで
も良かった。とにかくジムに所属すること。シンジはまた別のジムに足を運んだ。

<シンジの家>

住めば都とはよく言ったもんだ。3畳半のいくら掃除してもとても綺麗とは言えない、
木造のボロ屋でも、自分の家だという実感が最近湧いてきた。そんな自分の部屋へ廊下
から入ろうとした時、背中から声を掛けられた。

「おぅ! 碇っ!」

「こんばんはっ。」

「ジム決まったかっ。」

「いえ・・・。」

声をかけてきたのは、同じアパートに住む刺青入りの職業をしている男だ。この近辺は、
そういった職業の男を多く見かける。

「気合が足らねーんじゃねーか。」

「そうかもしれないですね。ははは。」

「なんだったら、ワシが話つけたってもええぞ。」

ニンマリと笑ってシンジに迫って来る。そんなことされては暴力沙汰になりかねない、
それどころか話が纏まったら、仲介料とかで大金を恐喝されそうで余計に恐い。

「い、いえ。いいですよ。ははは。」

「てめー、人の親切を断るっちゅーんか!!! おんどれっ!!!」

「そうじゃないですよ。夢は自分の力で掴みたいんで。」

「偉いっ! お前は偉いっ!」

はぁ、この人と喋り出すと疲れるんだよな。
喜怒哀楽の変化が激しすぎるんだよ。

もう半ば嫌になってきているシンジは、なんとか切りの良いとこで話を止めて、自分の
部屋に入りたいところだ。

そこへ、思わぬ声が建物の外から聞こえてきた。

「シンジーーーっ? いるーーー?」

アスカ!?

びっくりして部屋に飛び込み外を除くと、こちらを見上げてアスカが立っているじゃな
いか。

「おい、碇、女か?」

「いえ・・・ちょっと、ぼく用事が。」

「おいおい、ここへ連れてこいや。」

「外で話をするんで。」

「ワシが挨拶したるって言ってんだ。連れて来いっ!」

「いいです。」

「いい女じゃねーか。腰が良く回りそうだぜぇ。」

「やめて下さい。」

アスカをいやらしい細めた目で見下ろし、舌なめずりする刺青の男に嫌悪感を感じざる
をえない。

「どうだ、抱いたことくらいあんだろ? いい声で鳴くのか? えぇ?」

「やめて下さい。」

「ワシの店で働かしてみねーか? いい金になるぜぇ。ヒヒヒ。」

「ヤメロッ!」

ビッ!

目を吊り上げ怒りも露に、拳を握り締めパンチを繰り出し、その男の髪先をかすめ空を
音を立てて切る。

かすめさせただけとは言え、シンジの渾身の一撃。

髪先が風に揺れ、男の言葉が止まった。

「じゃ、また後で。」

言葉を無くしたその男を置き、シンジは急ぎ下でウロウロしているアスカの元へ走り出
して行った。

「あっ、シンジーっ。」

「来ちゃ駄目だって言っただろっ!」

「ちょっと話がしたくて。」

「駄目だっ! このあたりは危ないんだっ!」

「シンジだって、住んでるじゃん。」

「ぼくは男だからいいんだっ。何かあったらどうすんだよっ!!」

「そんなヤツらに負けないってば。」

「ナイフとか、下手したら銃とか持ってる奴らがいるかもしれないとこなんだ。頼むか
  ら来ないでくれ。」

「・・・・・・心配させちゃった?」

「あぁ。」

「ゴメン。」

「とにかくどっか違うとこ行こう。」

「うん。」

怒られてシュンとしたかのように俯き加減に歩き出すアスカだったが、その表情はどこ
となく嬉しそうにも見えた。

<公園>

シンジの暮らす所から少し歩き、明るい町並みの中にある公園に来て、2人は本題に入
り話始めた。

「いろいろ回ったけど、無理だった。」

「いくらくらいいるの?」

「月謝だけで、一番安いとこで5万。その他に、エヴァの用品とか買うってなったら。」

「アンタの収入とアタシのバイト、合わせても厳しいわね。」

「でも、ジムに入らないとプロ試験受けれないよ。どうしたらいいんだよ。」

ベンチに座り、シンジは両手で頭を抱え込み途方に暮れて項垂れる。しかしアスカは、
ニヤリと笑みを浮かべシンジの背中をポポンと叩いて来た。

「いい案があるんだけど?」

「ほ、ほんと?」

「働かずして、がっぽり儲かる方法が。」

「働かずに?」

働かずに儲かるなんて甘い話、ほんの少し前に同じような話をされたばかりだ。シンジ
の頭の中に、さっきの刺青の男の猥褻な話が蘇る。

「駄目だっ!」

「な、なにがよ?」

「そんな店で働いちゃ駄目だっ!!」

「アンタねぇーーっ!!!」

アスカが少し怒ったような、半ば呆れたような顔でジロリと睨みつけて来る。シンジは
まだ必死で『駄目だ。駄目だ。』を繰り返すばかり。

「何考えてんのよ。バカじゃないのっ!!」

「へ? 違うの?」

「あたりまえでしょうがっ!!!」

「じゃ、じゃぁ。」

「さっき、アンタんとこの日向さんと話したんだけどさ。」

「うちの店行ったの?」

「ええ。先にスポンサー探すのよっ。」

「先に??」

「そ。力のある選手には、珍しいことじゃないそうよ。」

「先に・・・か。でも、ぼくなんかのスポンサーなんかになってくれるかな。」

「去年の全国大会、優勝したのを最大限に利用すれば。日向さんも、その看板だけで絶
  対にスポンサーはつくって言ってくれたわ。」

「そっか。そんな手があるのか。」

月謝があまりにも高く途方に暮れていたシンジだったが、なんとか将来への道が開けて
来た気がしたのだった。

<時田ジム>

スポンサーは驚くほどあっけなく決まり、しかも予想外のスポンサー料を払ってくれた。
それは『相田工業』、あの高校時代の親友、ケンスケの父が運営するエヴァ用品のメー
カーだ。

そして今シンジは、日向の薦めでこの高値の花だと思っていた時田ジムの一員となった。
チャンピオン青葉シゲルが所属するジムで、部員数も多く活気盛んだ。

「碇シンジですっ! 宜しくお願いしますっ!」

「頑張れよ。」

スパーリングをしていたチャンピオンが、軽く声をかけてくれた。端のベンチでは、マ
ヤがその姿を遠巻きに見ている。

設備もかなり良いジムで、正直こんな綺麗なジムで今まで練習したことのないシンジに、
逆に落ち着かない場所だ。

「碇。プロ試験の日取りが決まった。」

入部の時に1度だけ会ったオーナーの時田が、書類を持って近付いて来た。

「はい。」

「あまり日取りが無いが、頑張れよ。」

「はいっ!」

「すまんが、今はお前に力をかける余裕はない。もうすぐ、エヴァリンピックでな。」

「エヴァリンピック・・・・。」

4年に1度の世界規模のエヴァファイト。無論、日本チャンピオンの青葉が日本代表で
出場するのだろう。

「頑張ってくださいっ! 青葉さんっ!!」

その大勝負の前には、今からプロテストを受けようなどという程度の自分に構う余裕が
無いのも仕方がないことだ。

「これが、トレーニングスケジュールだ。しばらく、このスケジュールで、トレーニン
  グするように。」

「はい。」

時田に貰ったトレーニングメニューは、基本に習ったエヴァのトレーニングが整然と並
んでおり、それをシンジは順にこなして行く。

なんだこれ?
凄いや。

バーベルもただ鉄の塊の輪が両端についた棒を上げるのではなく、機械についている棒
を上げるのだ。棒の重さはパネルで好きな負荷を設定できる。

こんな機械があるんだ。
便利だなぁ。

自分の体力に合わせ負荷を調整したシンジは、軽く汗が流れるまでそのバーベルで腕の
筋肉のトレーニングをする。

続いてランニングだが、床が動くのだ。昔母親とデパートに行った時に見たような、動
く歩道のような機械が置いてあり、速度まで調整できる。さらに、機械を体に取り付け
走った距離や心拍などいろいろなデータが取れるようになっている。

これも凄いなぁ。
楽しくなってくるな。

早速走ってみると、走った距離などがデジタルメーターとして表示される。ずっと同じ
所にいるのに、足踏みしている感覚はなく本当に走っているようで不思議な感じがする。

もう少し速くしてみようかな。

スイッチを操作すると、足元のベルトの速度がやや上がった。そのスピードに合わせて
ランニングをする。

これくらいがいいや。
いい感じだ。

自分のペースに合わせてスピードを変えながら、ランニングを終わらせた。その後も、
時田のスケジュール通りにメニューをこなしていくうちに、シンジは重大なことに気が
ついた。

ぼくのトレーナーは?

青葉には専属のコーチやマネージャがついている。その他の選手にも、皆が皆、専属と
いうわけではないが、コーチやマネージャがおり自分にも試合などがあればつくだろう。
しかしそれは全てこのジムに働く人なのだ。

アスカ・・・。
アスカと訓練できない。

ここまで自分を導いてくれたのはアスカだ。だがプロになる為に入る必要のあるジムに
入ると、もうアスカと共に同じ道を歩くことができないのではないか。

シンジはトレーニングルームでソードを振りながら、思いもかけない暗雲が眼前に垂れ
込め途方に暮れるのだった。

<公園>

「アンタバカーーーっ!!?」

第一声はそこから始まった。アスカと一緒にトレーニングができなくなることについて、
話をした結果だ。

「なんで、馬鹿なんだよ。」

「アンタはアタシがいなきゃ、訓練もできないっつーわけ?」

「そうじゃないけど。でも、やっぱり。」

「プロのトレーナーとマネージャがついてくれるんだから、問題無いでしょっ!」

「でも、やっぱりアスカじゃなきゃ。」

「あまったれるなっ!!!」

思いもかけずアスカは、ドンと胸を押し突き放してきた。軽く後ろによろけながら、驚
きの表情でアスカを見返す。

「アスカ・・・。」

「せっかくジムに入れたのよ。やれるとこまで頑張んなさいっ!」

「だけど・・・アスカは・・・。」

「なにがあってもアンタは前に進むのっ! もうアンタにとって、アタシとの特訓の日
  々は過去の存在。」

「そんなっ!」

「これからは、時田ジムの道を行きなさい。」

「そんなのイヤだっ! なんで、そんなこと言うんだよっ!」

「大丈夫。アタシは、その道の先で待ってるわ。」

「へ?」

「これからアタシは、プロのコーチの元で修行することにしたの。」

それは初耳の話だ。びっくりして、目を見開いてしまう。

「そんなの聞いてないよ。」

「今日決めたんだもん。」

「ウソ・・・学校は?」

「ははーん。やめるわ。」

「な、なんでっ!!」

「行っててもあんまり意味無いしね。」

というアスカだったが、実は進学しないということで、両親と大喧嘩になったのだ。そ
の結果、進学しないのであれば学費も食費も出さないと両親が言い出した。そこで、早
い話、家出だ。

ミサト先生の紹介で、昔加持のいたジムの有能な女性コーチに弟子入りすることにした。
ほぼ給料は無いが、食費くらいはなんとかなる。住む場所は、当面ミサトの家に居候さ
せて貰うことになった。

「そうだったんだ。でも、突然なんで?」

「ジムに入ったら、アンタと訓練できないなんて、あったりまえじゃん。その間に、ア
  タシはアタシの力を磨くのよ。それに、正直最近自分の力不足に悩んでたし・・・。」

「前から、一緒に訓練できなくなるって、気付いてたの?」

「あたりまえでしょ。」

「そうだったのか・・・。」

「しばらく、お互いの道を歩きましょ。」

「わかった。」

「だけど、アンタが必要とした時。アタシはいつでもアンタの後ろにいることだけは忘
  れないで。」

「よしっ! ぼくはプロ試験合格を頑張るよっ!」

「再び同じ道を歩き出す時まで、頑張りましょ!」

「頑張ろう!!」

長く続いてきた2人の二人三脚に、ここで一旦終止符が打たれ、それぞれがそれぞれの
道を歩き出すこととなった。

シンジもアスカも、再び自分達が同じ道を歩くのはいつの日のことか・・・不安な気持
ちを抱きながらも、その日が来ることを信じて。

しかし、シンジがアスカを必要とする日は、2人の予想外に早く来ることとなる。

<ソウル>

2019年。ソウルが燃えた。

エヴァリンピックがソウルで開催されたのだ。

日本代表は、無論時田ジムが誇る日本チャンピオン青葉シゲル。前回のエヴァリンピッ
クでの一回戦敗退の汚名を晴らすべく、全身全霊を込めてこの大会に挑む。

この時ばかりは、シンジも自分のプロ試験のことなど忘れて、同じジムのメンバーとし
青葉の為に水を運んだり、タオルを運んだり下働きとして必死だ。

アスカ・・・エヴァリンピックだっ!
エヴァリンピックの会場が目の前にあるんだっ!!

アスカはジムのメンバーではない為、無論日本にいる。初めて飛行機に乗り、海外に出、
そしてシンジは初めてエヴァリンピックの会場を目の当たりにした。

歓声が湧き上がるコロシアム。
煮え滾る興奮の渦。

まさに烈火の渦中にその身を投じたような興奮を覚え、自分の大会ではないにしろ、シ
ンジの血は沸騰寸前。

エヴァリンピックだっ!!!
これが、エヴァリンピックだっ!!!

自然と握る拳に力が入る。コロシアムを見上げただけで、フルフルと興奮で肩が震えて
くる。

「青葉さんっ! 頑張って下さいっ!」

「あぁ。全力で挑むさ。」

そんな声をかけるのはシンジだけでなく、同じジムのメンバーすべて。いや、日本から
来ている全ての国民が、これから戦いが始まろうとする青葉の勇士を称えていた。

青葉のコーチが、いろいろと作戦を耳打している。
どうやら相手は、ついこの間代表になったばかりの、若手ファイターらしい。

まずは第一戦が、凄い相手じゃなくて良かったな。
がんばれ、青葉さんっ!!

廊下を潜りコロシアムに出ると、そこは歓声の渦の中。日本人もたくさんいるようで、
日の丸の旗が多々見える。

プロテクタに身を包んだ青葉が、先頭を歩く。その横でマヤが心配そうにいろいろ話し
掛けている。

いよいよ試合開始。

2019年、エヴァリンピック 日本 第一戦。

コロシアムの中央に立ち、青葉と相手選手がソードを交わす。

レッドシグナルが点灯し、グリーンシグナルへ。

試合開始!

青葉は4年前の屈辱を晴らすべく、この4年で血の滲むような特訓を繰り返した。スポ
ーツ誌などもそれを報じており、今回の期待は高い。

現に4年の間、日本のチャンピオンを守り通しているその実力は、嘘ではない。

だが・・・。

青葉にとって最大の悲劇は、この初戦の相手だった。

ついこの間、代表になったばかりの若手ファイター。

その対戦相手は・・・ドイツ代表。

『イライザ、猛攻!!! 青葉、手が出ないっ!!!』

悲痛な日本解説者の叫びが飛ぶ。

な、なんだっ!!!
あのファイターはっ!!!

シンジは見開いた目が閉じれなくなっていた。
強烈な速度とパワー。

今までシンジが見た、どんなファイターとも、そのレベルが違う。
いや、唯一比較しうるとすれば、現役時代の加持くらいなものだろうか。

雷に何度も射抜かれるかのごとく、ソードの雨を浴びる青葉。

手も足も出ない。

なぶり殺しとは、このことか。

余裕の高笑いを浮かべるイライザ。

ふらつきダウンしそうになる青葉に、容赦ないソードを突き上げの連打。

ガッ、ガガガガガガ!!!!!

「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーほほほほほほほほほほほほ。
  このわたくしの前に出てきたことを、あの世で後悔なさるがいいわ。」

速くも足にき始めた青葉の喉元に、容赦無く無数にソードを突き入れる。

ズガガガガガガッッ!!!

「死ぬがよろしいですわ。」

ヒビの入る青葉のプロテクタ。どれほどの破壊力のあるハイテクソードを相手は使って
いるのだろうか。

「グハッ!」

血を吐き、その場にダウンする青葉。

それはもはや闘いではなかった。逃げ惑う鼠を追い詰めた猫が、その爪で弄び殴り殺し
ていく様にも似ていた。

「まーだ1分しかたってございませんことよ。早く立ち上がってくださいませんこと?
  三途の川をご覧にいれて差し上げますわっ!」

ゴールドのプロテクタに身を纏い、倒れた青葉に足の裏を見せ罵声を浴びせ掛ける。

「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーほほほほほほほほほほ。
  無様に、このわたくしの足元に這いずりなさいな。」

ダウンした青葉の顔を、足で踏みつけ捻るイライザ。審判が、慌てて2人を引き離す。

あ、アイツっ!
許せないっ!
絶対に許せないっ!!!

あまりの無礼な振る舞いに、シンジはコロシアムの脇で拳を握り締め、床に叩きつけて
いた。

ちくしょーっ!
ちくしょーっ!
ちくしょーっ!

まるで自分のことのように悔しがり、怒りに足を震わせる。ファイターとして、喩え戦
う相手だとしても、あそこまで愚弄してよいわけがない。

ゆらゆらと立ち上がる青葉。

試合再開。

と、同時に弱まった喉元にイライザの殺意すら感じられる容赦の無い猛攻が、浴びせ掛
けられた。

ズガッ! ズガガガ、ガガガ!

怒りを露にイライザを見るシンジだったが、それとは別に武者震いする自分を感じてい
た。

こんなにレベルが高いのかっ!

その動きはとにかく速く、重く、なによりもソードを取り回すテクニックが桁違いだ。

「青葉さんっ! 防御だっ! 防御っ!!」

シンジが必死で声をかける。無論言われるまでも、青葉も防御しているのだが、あまり
にも巧みなソードさばきにその全てが弾きとばされ、いまやサウンドバッグとなり果て
ていた。

ズガガガガッ! ズガガガガッ! ズガガガガッ!

「お子様の戯言ですわね。
  おーーーーーーーーーーーーーーーーーーほほほほほほほほほほほほ。」

ズガガガガッ! ズガガガガッ! ズガガガガッ!

青葉、一歩も動けない。

全身に食らう、イライザの猛攻。

既に意識すら朦朧としているようで、体が痙攣し始める。

「無様に舞って死ぬが宜しいですわ。」

フラフラになり立っていることすらあやうい青葉に、執拗に繰り返されるイライザの地
獄の絨毯爆撃。

ズガガガガッ! ズガガガガッ! ズガガガガッ!

もうそれは、悪魔の所業という他、喩える術がなく。
観客すら目を背ける有り様。

ズシャという音と共に、とうとうその場に崩れ落ちる青葉。

青葉ダウン!

白目を剥き、泡を吹き、その場で気絶してのダウンだった。

青葉、第一回戦敗北。

日本のエヴァリンピックは、2回連続、1回線で終わりを告げた。

勝利者となったイライザは、プロテクタの頭部を脱ぎ、ゴージャスな金髪をエヴァリン
ピックの会場となったソウルの風に靡かせる。

精悍で気品溢れるその容姿と美貌。エレガントとはまさに彼女の為にある言葉かもしれ
ない。その優雅で美しい容姿は、奥に潜む悪魔の牙のベール。

「世界チャンピオンは、このわたくしのものですわっ!
  おーーーーーーーーーーーーーーーーーーほほほほほほほほほほほほ。」

第一回戦の勝利者宣言で、とんでもないことを世界の前で言い放つイライザ。勝利者イ
ンタビューをした報道陣の方が驚いたくらいだ。

そして、イライザの予告とおり、2019年エヴァリンピックはドイツ国旗一色の大会
となる。

どの国の選手も、イライザを前に手も足も出せなかった。イライザは、最初から最後ま
で余裕の高笑いを浮かべたまま、貪欲にそして当然のごとく優勝トロフィーを手にする
のだった。

もうその無敵のイライザのターゲットは、常に2023年のエヴァリンピックに向けら
れていた。次はこうは簡単にいかないことを、彼女自身がよく知っている。

あのアメリカのマジシャンが現れることとなる、その大会こそが彼女の本当の意味での
エヴァリンピック本番であった。




一方、初戦で敗退した青葉は、会場に設立されている病院に担ぎ込まれていた。喉から
肩にかけて怪我などが酷く、即手術が行われた。

「シゲル・・・。」

天に祈りを捧げるようにマヤが両手を合わせ目を閉じる。シンジは何もすることができ
ず、手術中のランプを見上げるばかり。

必死で戦う青葉さんの顔を踏みつけて笑うなんて。
許さないっ!!!

あのイライザは、ぼくがっ!
ぼくが倒してやるっ!

いずれ、資格と力をつけて、ぼくがっ!

その後、青葉は治療の為しばらくソウルに残ることになったが、シンジ達は先に日本へ
帰ることになったのだった。

<ミサトのマンション>

数ヶ月後、秋の涼しい風が拭く中、今日はミサトの家に集まりミサト、加持、アスカ、
そして主役たるシンジがお祝いパーティーをしていた。

「シンちゃん、おめでとーーーっ!」
「シンジくん、よくやったな。」
「シンジっ! おめでとーっ!!!」

パンパンパンっ! クラッカーが鳴り、紙テープが部屋を舞う。

今、人気のエヴァファイトで申込者も多く、結構順番を待たされたが、ようやく今日プ
ロ試験を受けることができた。

そして、一発合格。

プロのライセンスをようやく手に入れることができたのだ。
これで、プロの選手に試合を挑む権利を得たこととなる。

ライセンスカードを高々と上げ、みんなに微笑みかけるシンジ。

「ありがとーっ!!!」

「これで、シンジくんも立派なプロファイターだ。チャンピオンを目指せよ。」

「はいっ!」

加持に応援され、勢いも一層だ。今加持は、エヴァのチャンプになり手に入れた大金で、
以前やっていた消費者金融会社の事業を拡大し、結構良い生活をしているらしい。また
ミサトとは今年中に結婚するらしい。

「ミサトさん、結婚式には呼んでくださいね。」

「あっらん。嬉しいこと言ってくれるじゃない。」

「そりゃぁ、そうですよ。」

「わたしより、あなた達の出産パーティーが先だったら、びっくりしちゃうわよん。大
  丈夫?」

「「ブッ!!」」

ジュースを飲んでいたシンジとアスカが、見事にユニゾンして噴出してしまった。

「な、なにわけわかんないこと言ってるんですかっ!!!!」

「ケラケラケラケラ。赤くなっちゃって、かーわいーんだからぁ。
  そういうとこは、中学生の頃から成長してないのねん。」

「先生も、そういうからかい癖は、成長してないんですね・・・。」

ブツブツ文句などを言ってみる。しかし、このメンバーで集まると、なんだか懐かしい
香りがしてくる。あの中学生の頃、トウジと闘い、負け、それを乗り越えたあの季節の。

昔を懐かしみながら、フォークでケーキを口に運びつつ身を乗り出してテレビのスイッ
チを入れた。

丁度スポーツニュースをやっているチャンネルがあったので、そこにチャンネルを合わ
せる。

エヴァのことをやっていた。

新人戦の模様のようだ。

そのニュースを見た途端、シンジの全身の毛がザワッと逆立った。

アスカはその青い瞳を、大きく見開いた。

テレビの中で、新人戦に勝利した男が、報道陣の1つのマイクを手にし叫んでいた。

大声で、自信に満ち溢れた声で。

叫んでいた。

『ワイがチャンピオンやっ!!! 青葉シゲルっ! かかってこんかいっ!!!』

帰って来た。

とうとう帰って来た。

何をするにも意識して来ざるをえなかった存在。

イライザとは別の意味で、避けては通れない、闘わなければならないライバル。

「トウジだっ!!!!」

がっちり腕を組み、一気に血を滾らせ立ち上がるシンジとアスカ。

既に2人は臨戦体制だった。

目を一層輝かせ、宝物がまるで目の前にあるかのような顔でテレビを食い入るように見
詰める。

自分はやっとプロ試験にうかったばかり。相手は、新人戦を見事に圧勝し、少し気が早
いかもしれないが、チャンピオンに宣戦布告までしている。

少し出遅れている。
だが、すぐにおいついてやる。

出て来た!
アイツがっ!

トウジが出て来たっ!!!!

ブラウン管の中で不敵な笑みを浮かべ、チャンピオンに宣戦布告を繰り返すトウジ。

まるで故郷の旧友にでもあったような目で、また同時に、どうしても決着をつけなけれ
ばならない好敵手を見る目で、シンジがブラウン管を見詰めるのだった。

To Be Continued.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
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