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エヴァリンピック
Episode 18 -Rei Ayanami-
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<時田ジム>

数日後に新人戦を控えたシンジは、黙々とコーチに言われたメニューをこなし、トレー
ニングに励んでいた。

初めてのプロのコロシアムだ!

勝ちたい。
絶対に勝ってやる!

相手の情報を収集、分析した結果、相対的にはシンジの実力はかなり高く、通過点程度
の相手でしかないことは誰の目にも明らかだった。

だがそれでも試合となれば、なにが起こるかわからない為、もちろん全力でトレーニン
グに励み、鍛錬を怠るわけにはいかないことは常である。それに加え、初めてのプロと
しての試合に緊張、不安が重なり、精神的にトレーニングしていなければ落ち着かない。

「碇、次、スパーリングするか。」

「はい。誰が、相手してくれますか?」

「北野、相手してやれ。」

「うっす。」

先輩の北野選手が相手をしてくれることになる。彼は青葉シゲルのスパーリング相手を
する程の力がある男だ。

シンジの実力はこのジムでは既に相当なもので、早くも内心では次期チャンピオン候補
と皆に思われるようにまでなってはいたのだが、現役チャンピオンの青葉がいる手前、
それを明確に言葉にするものはいなかった。

逆に青葉は、自暴自棄になりマヤを困らせる程、最悪な状態となっていた。2回エヴァ
リンピックに日本代表として出場し、その両大会において1回線敗退を世界にさらした
為、『1回戦チャンピオン』などと、日本の恥と言わんばかりにスポーツ新聞に当たり
前のように書かれるようになっていた。

プロテクタを纏ったシンジと北野が、広いコロシアムで向き合う。

グリーンシグナルがともり、スパーリングが始まる。

「攻めろっ! 攻めろっ! 碇っ!!」

コーチの島田が激を飛ばし、それに従い北野を攻め続ける。

「北野さんっ! キック重視で来て下さいっ!」

「キックか? よし。」

北野のキックがシンジを襲う。それを交わしながら、攻撃をするシンジだったが、どう
しても物足りないものを感じざるをえなかった。

トウジのキックはこんなもんじゃない。

カミソリのように鋭く。

鉄球のように重く。

抉り込んで来る。

「コーチ。お願いがあるんですけど。」

スパーリングが終わり、シンジはコーチの島田に話をしに行く。

「キック力のある選手とスパーしたいんです。」

「どうしてだ? 今度の対戦相手は、そんなにキックは・・・」

「トウジです。トウジがもうすぐ上がってくるんです。」

「あぁ、今、青葉に試合を申し込んで来てる新人か。」

「はい。」

「新人でチャンピオンに挑戦とは、身の程知らずなヤツだ。」

「トウジにはそれだけ力があるんです!」

「そんな試合、こっちが受けるわけないだろ。新人がいきなりチャンピオン戦だと?
  馬鹿にするにも程があるってんだ。」

憤慨したように立ち去って行く島田。シンジのスパーリングの話は、いつの間にか忘れ
さられてしまったようだ。

こんなマニュアル通りの訓練してたら、トウジに負ける。
なんとかしないと・・・。

どうしてもトウジを意識してしまうが、目の先にあるのは新人戦だ。まずはこれをクリ
アしなければ先はない。

シンジは訓練を重ね、新人戦に望むのだった。

<コロシアム>

本日の第3新東京市のコロシアムでは、5戦が行われるスケジュールになっていた。そ
の前座とも言うべき第一試合目が、シンジの新人戦。対戦相手は骨川という選手。

トウジに遅れること3ヶ月近く。ようやくの新人戦。

その間にもトウジはもう1試合こなし、次の試合も近々行われるらしい。そして、マス
コミの前に立つ度に、報道陣の前で青葉を挑発している。

会場入りし、控え室に向かって歩く。

いよいよプロのコロシアムで戦えるんだ。
父さんが戦った。
父さんの背中を見続けた、このコロシアムで!

ゲンドウとユイの写真をお守り代わりに持ち、ここまでこれたことに対して感謝しなが
ら、天を仰ぎ見る。

見ていて。
父さんっ!

廊下を抜け、自分の控え室が見えて来る。父のこうやって、控え室に入って行っていた
光景が、幼い頃の記憶に蘇ってくる。

行ってくるよ。父さん、母さんっ!
ぼくも。父さんの戦ったこのコロシアムに立つ!

と、その時だった。

「誰や思たら、腰抜けチャンピオンジムの一同やないかぁ。」

聞き慣れた声。

トウジだ。控え室の前で背中を扉につき、持たれてふてぶてしい態度でこちらを見てい。
どうやら自分達が来るのを待っていたようだ。

驚いてジムの人達が、トウジを追い払いにかかる。

「貴様っ! こんなとこで何をしているっ!!」

「なんで、試合受けへんねやぁ? あぁ? 一回戦チャンピオンの腰抜けやからかぁ?」

「追い払えっ!」
「邪魔だっ! 何処かへ行けっ!」

「まぁええ・・・。おい!」

トウジが一直線にこっちを睨みつけて来た。シンジも同軸視線上で睨み返す。

まるで火花が散るかのように、視線と視線がぶつかり合う。

ガッとトウジが更に鋭く睨みつけて来る。

それに応じるかのようにシンジもトウジをギンと睨み返す。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

無言。沈黙。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

2人の挨拶は終わった。

「相変わらずやのうぉ。お前は。わははははは。」

それだけ言い残して、トウジは控え室の前からいなくなってしまった。シンジは自分の
控え室に入って行く。

トウジはなにしに現れたんだろう?
青葉さんのこと、文句を言いにかな?

それともぼくに会いに?
ぼくの試合見て研究するつもりだろうか。

わからないけど。

とにかく。今日、ぼくは勝つ!
こんなとこで躓いてなんていられない。

見たければ見るがいい。
研究したければすればいい。

それでも、ぼくは全力で戦う。
そして、絶対勝つ!!

時田ジムのセコンドと共に、コロシアムに入って行く。

眩しく神々しい世界に入った気分になる。

たくさんの観客が、ぐるりとシンジの立つコロシアムを取り巻いている。

この中のどこかにトウジがいるのだろうか。

ぐるりと見渡すと、その正面に身を乗り出してこちらを見ている青い瞳があった。

アスカ!

プロの道、一歩踏み出すよ。
見ていてくれ!

アスカは何か自分に大声で何か叫んでいるようだが、ざわつく観客席の声に打ち消され
よく聞こえない。

だがたとえ声が聞こえなくとも、アスカの想いは伝わって来る。
アスカの心は、自分と共にある。

いくぞっ!
アスカっ!!!

ぐっと胸の前で拳を握りガッツポーズ見せつけると、アスカもニッと笑って胸の前で拳
を握った。

アスカがこんな表情をする時は必勝の構え。

勝てるっ!!

アスカの笑顔。それ以上に、自信になるものがあるであろうか。」
シンジの心に圧倒的な自身が、アスカによって植え付けられる。

コロシアムの中央でソードとソードを合わせる。

レッドシグナル点灯。

シンジと骨川、それぞれのポジションにつく。

ターゲット ロックオン!

シンジが戦闘モードに入った。

グリーンシグナル点灯!

試合開始っ!

ダッと、試合開始と同時に地を蹴り、骨川の射程距離内に飛び込む。

先制攻撃!

ソードを振り下ろしてくる骨川。

なんなくそれをソードで交わし、ローキック。

これまでのシンジの闘い方とは全く違う。

下手に相手の過去資料を研究していた骨川は、想定外のシンジの動きに戸惑う。

動きが鈍ったところへローキックの直撃。

よろけた骨川に、更なるローキックの嵐。

右!

左!

右!

左!

左右の足を交互に狙う。

とうとう立っていることができなくなった骨川。

その場に崩れ落ちる。

ダウン。

カウントが始まるが、大きなダメージではなくすぐに起き上がってくる。

観客席をぐるりと見渡すが、トウジがどこにいるのかわからない。

下手なローキックだと笑われたかな。

それでもシンジは、この勝負、徹底的にローキックで相手の足を攻め続ける。

時間とともに足にくる骨川。

根本的にシンジと骨川では力の差がありすぎたことに加え、意外な戦法に対応する術を
知らず、あっという間に2度のダウンを奪われ10カウントで骨川は負けた。

勝ったっ!
勝ったよっ! 父さんっ!

アスカを見ると、腕を突き出し親指を立て、笑顔で祝福している。

圧倒的力の差を見せ付け、新人戦を勝利で飾るシンジ。

記者達はトウジに続いて、期待の新人現ると大騒ぎとなっている。

コロシアムの中央で、勝利宣言を受けながら、シンジは握りこぶし天高く掲げる。これ
がシンジのトウジに対する宣戦布告。

同時刻、トウジは観客席からじっと今の試合を見ていた。

あのあほが。
ワイのキックは、こないなもんやと嘲笑ってやがるわ。
なめくさりよって。

このワイに勝負叩きつけてきくさりやがった。
ええ度胸や。

日本一かけた、でっかい花火を打ち上げたろやないけっ!!

シンジに見えたかどうかはわからないが、トウジも観客席で拳を高々と上げ、シンジの
宣戦布告に答えるのだった。

<時田ジム>

時田という男は、あまりエヴァファイトそのものには明るい男ではなく、どちらかとい
うと経営者的ビジネスマンである。

エヴァファイトに生きがいを見出してジムを開いたわけではなく、最近、急激に成長し
たこの市場に金の匂いを嗅ぎつけ参入したのだ。
彼にとってこのジムは、多数ある自分の商社の中の1つのビジネス組織にしか過ぎず、
まれに派手なエヴァファイトを、自社の宣伝活動に利用することもあった。

シンジは今日も島田コーチのメニューに従いトレーニングを重ねる。

だが、シンジにとってそのトレーニングは、なにか物足りないものを感じざるをえない。

この先いくつかの試合スケジュールが組まれてはいるものの、シンジにとってはターゲ
ットは、トウジしか見えていなかった。

キックが得意な相手と練習がしたい。

ぼくももっと足を鍛えなくちゃ。
フットワークだ。フットワークをもっと。

いろいろ考えるのだが、トウジとの試合の話など自分には無い為、そんな話をしても聞
いて貰えない。それどころか、トウジはシンジではなく今このジムの青葉に猛烈な挑戦
を叩きつけてきている状態だ。トウジの名前を聞くと、青葉選手のマネージャなど関係
者の方がピリピリしている。

「コーチ。靴に入れる重しかなんかないですか?」

「そんなものない。黙って、ランニングを続けろ。」

「もう少し、足を鍛えたくて。」

「なら、ランニングマシンのスピードを上げたらどうだ?」

「そうなんですが・・・。」

コーチに言われるがまま、少しベルトのスピードを上げてみる。無論その分、早く走ら
なければならなくなるため、足に負荷はかかる。

これではトウジに勝てない・・・。

シンジは不安で仕方がない。

「コーチっ。ぼく、トウジに勝ちたいんですっ! もっと、それには足を鍛えなくちゃ
  ならないんだっ!」

「何度も言ってるが、鈴原は先に青葉との試合を求めている。お前と試合が実現すると
  しても、ずっと後だ。そんな先のことより、次の試合に目を向けろ。」

「しかし・・・。」

コーチの言うこともわからないではないが、トウジ以外の何も見えていないシンジには、
ストレスが溜まっていく。

そんなシンジが、その目をトウジ以外の人物に向ける、いや向けざるをえないシンジの
人生をも揺るがしかねない大事件が起きたのは、それから数週間後、2020年に入っ
たばかりの頃となる。

<コンサート会場>

2020年正月、シンジは生まれて初めて本格的なコンサートというものに、アスカと
一緒に来ていた。

「凄い人だ。」

「そりゃそうよ。」

長蛇の列を並び、ゆっくり歩いて会場に入って行く。あまりの人の多さに入場するだけ
でもそうとう時間がかかっている。

「あそこが会場だ。ぼく達は・・・。」

チケットを見て、自分達の並ぶ場所へ移動する。会場とはいっても野外会場なので、太
陽が照りつける中を並び続けて、ようやく夕方になりこの状態だ。

もうすぐコンサートが始まる。

「「「「ウワァァーーーーーーーーーッ!!!!!」」」」
「「「「キャーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」」

近くで男性、女性関わらず、悲鳴にも似た叫び声が上がった。何事かとかと目を向ける。

ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

巨大なトレーラーが、何台も会場のスタッフ施設場所に、エンジン音をたて入って行っ
ている。

「凄いなぁ。あれに乗ってるんだな。」

「やるじゃん。」

そう・・・今夜、第3新東京市で最も動員数の多い野外会場をさらに拡張し、世界的ア
ーティストのコンサートが行われる。

「チケット取るだけで、何日も徹夜したらしいよ。」

「当然よっ! 誰のライブだと思ってんのっ!」

まるで自分のことのように、誇らし気に胸を張るアスカ。

ようやく席についたシンジとアスカは、音楽関係者ですら取れないであろう、最前列の
ド真中に2つ並べてVIP席を陣取り、座ってコンサート開始を待つ。

動因人数20万!

全米HITチャートにいくつもの曲を数週連続で1位に輝かせた、天才アーティストが
日本では今日始めてその声を奏でる。




            "Mana Kirishima 1st Japan Tour 2020"




そう、あのマナが戻ってきたのだ!

大きな、大きな、夢と、希望と、未来を、自分の力でがっちり掴み!

霧島マナが、スーパーアーティストとなって帰って来た!!




バーーーーーンという花火が打ちあがり、スモークの中から飛び出すマナ。

ファンの声が、天と地を揺るがさんばかりに轟く。

妖精の調べ。夢の旋律。希望の鼓動。

全曲、マナが作詞、作曲した、心を乗せたビート。

コンサートが始まる。

マナの心が、会場全体に染み渡る。

会場は興奮の坩堝と化す。

全ての人が、マナの声と共に叫び、

                              飛び、

                                  そして歌う。

エレキ片手に、マナがステージを舞いつづける。




シンジもアスカも、涙を流さずにそのコンサートを見ることができなかった。

苦労して、努力して、掴み取ったその夢を奏でるマナの顔は、自信に満ち溢れていた。

そしてなにものも適わない、力強さと美しさがマナにはあった。




マナ、おめでとう。

1曲、1曲終わる度に、シンジとアスカは、心から拍手を送った。

1時間30分のコンサート。

その間、マナは天使が光臨したかのように、光り輝き続けた。

世界の中心で光輝き続けた。

「「「「アンコール!!!!」」」」

「「「「アンコール!!!!」」」」

「「「「アンコール!!!!」」」」

アンコールの声援にこたえ、マナが飛び出してくる。

再び、会場は熱気と、興奮の渦に包まれる。

20万の観衆が全員、マナの最後の曲に酔いしれる。

共感し、興奮し、感動し、震え、そして泣く。

最後の曲が、終わった。

深々とステージの上で頭を下げるマナ。

「みんなっ! ありがとーっ!!!!」

歓声が上がる。

「ここまでこれたのも、みんなのおかげっ!!!!」

その瞬間、マナの視線が、アスカとシンジの視線と重なった。

「おめでとうっ! マナっ!!!」

シンジが拳を握り、笑顔で答える。

「最高よっ! マナっ!!!」

アスカが涙顔で腕を高々を突き上げる。

「あなたたちがいたから、ここまでこれた。
  ほんとにありがとう・・・。」

じっと2人を見て涙ぐんでいたマナは、そこまで言うとまたその視線を観衆全員に戻す。

「みんな、ありがとうございましたーっ!!!」

バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!

花火が上がり、会場がブラックアウト。

まるで夏祭りが終わるかのように、大きな大きな花火と共に、マナの初めての日本ツア
ーは、マナの夢を響き渡らせ、こうして終わった。




その夜、シンジやアスカと会うことを願ったマナだったが、メディアに注目されており
身動きがとれなかった。

そんなマナから、アスカに電話が夜中にあった。

いろいろ喋ったが、最後に、次はシンジとアスカが舞台に上りマナが観客となる約束を、
2人の間で交わした。

<時田ジム>

トウジとの試合のことばかり考えているシンジが、あいも変わらずフットワークのトレ
ーニングしていると、予想もしていなかった試合の話が時田からあった。

アメリカの新人ファイターと、新人同士のチャリティー試合をするというのだ。

目的はチャリティーを利用した、時田が運営するいくつもの商社の宣伝活動。

そんな裏の事情があるとはいえ、少なくともこの試合の収益は恵まれない子供に寄付さ
れるチェリティー試合。シンジが断るわけがなく、進んで協力することとなった。

「いいですねっ! ぼく、やりますよ。」

「まぁ、試合は本番さながらに行われるが、あくまでも対戦成績に関係無いチャリティ
  ーだ。気楽に行ってくれ。」

「はい。」

自分の試合で、恵まれない子供に寄付金が送られるのかと思うと、苦労して育ったシン
ジには嬉しくて仕方が無い。

そうか、エヴァにはこういう試合もあるんだ。
父さん、すばらしいね。エヴァはっ!

まだこの時、シンジはチャリティー試合のことを気軽に考えていた。

あまり、チャリティー試合のことは眼中になく、まだトウジとの闘いをどう戦うかが、
シンジの最大の関心事であった。

まだ、この時点では・・・。

<アメリカ>

ほぼ同じ頃、アメリカではやけに報道陣と観客の多い、新人戦が開始されてようとして
いた。

通常新人戦といえば、シンジやトウジ達の時のように、いくつかある試合の中の最初に
行われるいわゆる前座的闘い。

だがこの新人戦は、雰囲気が全く異なっており、まるでチャンピオン戦のような騒ぎと
なっていた。

さらに、変わっていることと言えば、2019年 エヴァリンピック 世界チャンピオン
であるドイツのイライザが、お忍びで人知れずその試合を見る為にわざわざアメリカま
で出向いて来ていたこと。

そう・・・この新人戦は、エヴァリンピック界そのものを揺るがす、歴史的な意味を持
つことになることを、誰もが知っていた。

「とうとう出て来ましたわね。アメリカのマジシャン・・・。」

いつになく真剣な目つきでコロシアム中央を睨みつけ、爪を噛むイライザ。彼女にして
は珍しくかなり緊張しているように思われる。

そのイライザの瞳の中にはオレンジ色のプロテクタに身を包んだ、赤い瞳の女性ファイ
ターが映し出される。

学生時代の彼女を知る者は、彼女のことをマジシャン、またの名を魔女と呼び恐れ、恐
怖する。

昨年、2019年 ソウル エヴァリンピックでは、全てを思うが侭にしたイライザ。
だが、もし彼女があの大会に出ていれば・・・。

そう・・・、本当の世界一を決めるエヴァリンピックは次。

後に伝説の大会と言われる歴史にその名を刻むこととなる・・・。


2023年 アトランタ エヴァリンピック。


そして、そのエヴァリンピックに向け、ここに最強の戦士が、遂にその赤き瞳を開く。




                        アメリカのマジシャン




                            Rei Ayanami




レッドシグナル点灯。

観客も報道陣もレイに注目する中、その試合は静かに始まろうとしていた。

グリーンシグナル点灯!

試合開始。

相手選手が突進してきているにもかかわらず、魔女は微動だにせず静止している。

ソードを振り上げ切りかかって来る敵。

その瞬間だった。

わずか瞬きしたその瞬間、全ては終わった。

突進してきた相手のプロテクタと、プロテクタのほんのわずかな隙間から、レイのソー
ドが生身の肉体にぐいと食い込んでいたのだ。

ほんの一瞬開いた僅かのプロテクタの隙間。
針の穴を通すような、そのソードの精度。

相手の体重を最大限に利用したコンピュータで力学を計算したかのようなカウンター。
そのソードは、見事に生身のみぞおちにえぐり込まれていた。

3秒。

10カウントを待たず、泡を吹き倒れた相手にドクターストップ。

わずか3秒、試合終了。




レイの瞳が無感情のまま冷たく赤く光る。




レイはプロとしての初陣を、汗一つかかず、1歩も動かず、僅かに腰を落とし、右腕だ
けを約1メートル動かしたのみで勝利を掴む。

まるであらかじめ作られたシナリオ通りとでも言うかのように。




イライザは下唇を噛みながら、観客が総立ちになる会場を後にする。その顔は、青ざめ
てすら見て取れる。

レイと闘った者は知っている。彼女の周りには魔法陣でもあるかのような錯覚に囚われる。
コロシアムに立った時点で、自分は魔法陣の虜。
少しでも動こうものなら、あっという間に魔法の餌食となる。

「あのマジシャン・・・必ずわたくしが、この手で。
  世界のNo.1は、このわたくしですわっ!」

苛立たしそうにゴージャスな金髪を書き上げながら、イライザは吊り上げた瞳を光らせ
るのだった。










ここは、アメリカ シリコンバレー Akagi研究所。またの名をAkagiジム。

世界的科学者の権威、Naoko Akagi、Ritsuko Akagi親子が、モニターを眺め流れる
数字を追い掛けている。

2人の科学者の前には、巨大な世界最高峰のコンピューター。

MAGI。

どんなスーパーコンピューターをもってしてもかなわない、カスパー、バルタザール、
メルキオールの3台からなる、超最新鋭巨大コンピューター。

その能力をフルに使って1秒も休むことなく計算しているのは、1人の少女のデータ。

「上腕筋  10%縮小。
  右膝関節、3度回転。
  体重移動、左に8%。

  予測攻撃:ソードの90度振り下ろし、82%
            ソード正面付き、10%
            その他、ソードの攻撃 7%
            ソード以外の攻撃 1%」

バーチャルリアリティ空間に映し出された映像を元に、機械が喋るかのように瞬時に分
析結果を返すレイ。

「後ろに3センチ背筋をスウェード、
  3秒の後に13度の角度で、ソードを1メートル12センチ切り上げる。
  カウンタ100%ヒット率、98%
  カウンタ50%ダメージ率 2%
  カウンタ失敗 0.0001%」

『よろしい。今のパターンをあなたの意識に覚えさせるには、あと23回繰り返します。
  続けなさい。』

「はい。
  後ろに3センチ背筋をスウェード、3秒の後に13度の角度で・・・
  後ろに3センチ背筋をスウェード、3秒の後に13度の角度で・・・
  後ろに3センチ背筋をスウェード、3秒の後に13度の角度で・・・
                            :
                            :                                   」

まるで精密機械のように全く同じ軌跡を辿らせ、ソードを23回切り出すレイ。

『腹筋を3.293%鍛えます。今日から3日、腹筋317回を連続で繰り返します。』

「はい。
  1
  2
  3
  4
  :
  :
  : 」

レイが腹筋を繰り返す度、腹筋力の上昇するインジケーターが0.0001%単位で上
昇し、グラフが目標値に向かい延びて行く。

体中にコードや電極をつけ、あらゆるデータをMAGIに取りながら、バーチャル空間
でトレーニングを繰り返す。

レイの体の情報が、全て数値とグラフ化され、ありとあらゆるモニタに映し出される。




                                ここは、現代の魔女館。




                                    Akagi研究所。




To Be Continued.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
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