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恋のStep A to C
Episode 01 -Prologue-
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<学校>

ぼくには幼馴染がいる。小さい頃から隣に住んでる青い瞳が可愛い惣流・アスカ・ラン
グレーっていう女の子。

「ねぇねぇ。新しい鞄、買いに行くんだけど、一緒に来てくれない?」

「いいけど、すぐ選んでよ?」

「だーいじょうぶ。もう買うの決めてるから、今日は時間かかんないって。」

「学校終わってすぐ行くの?」

「家帰ってからじゃ、めんどいじゃん。」

「わかったよ。」

小学校の頃から何かあるといつも一緒に行動している。友達のトウジやケンスケに言わ
せると、中2にもなって男子と女子の幼馴染がこんなに仲がいいのは異常だそうだ。

2人で買い物か・・・・。
今日こそチャンスかもな。

いつからか、ぼくはアスカのことを女の子として意識し始めるようになった。幼馴染と
してじゃなく、彼女と彼氏という立場で接したい。

きっと、大丈夫さ。
こんなに仲がいじゃないか。

トウジやケンスケが言うように、ぼくとアスカは仲が良い方だと思う。どんな女の子だ
って、いくら幼馴染でも嫌いな男子と遊びに行ったり、買い物に行ったりしないはずだ。

だけど・・・。

だからこそ告白なんかしてしまってたら、今の関係が全て崩れてしまう可能性もある。
それが、ぼくを今まで躊躇させていて、告白に踏み切れないでいた原因なんだけど。

「ん?」

自分の机に座り周りに目を向けると、さっきまで2人で買い物に行く話をしていた為か、
嫉妬したような目でぼくのことを睨んでいるクラスメートの男子が何人かいる。

ぼくの欲目を差し引いて見てもアスカは可愛いと思う。だから、狙っている男子が少な
くない。このままぼくがはっきりしない態度でいて、もし先に他の男子が告白したら・
・・そしてアスカがOKして、その男子と一緒に肩を並べて歩くとこなんか想像したら。

ぼくは考えただけで、胸が締め付けられそうになってくる。

よしっ!
今日こそ。
今日こそ、ぼく達の関係を前進させるんだっ!

今迄も何度か告白しようと挑戦したことはあったんだけど、どうしても最後の一歩が踏
み出せなかったり、邪魔が入ったりしてそれには至らなかった。

でも、今日こそはっ。ぼくは強く決心し、その日の放課後を待った。

<繁華街>

約束通り、ぼくはアスカと一緒に鞄を買いに来た。どうやらこの先のデパートに、お気
に入りの鞄があるらしい。

「やっと、ママを説き伏せてお金貰ったのっ。」

「学校に必要な物だからね。」

「でしょー? なのにママったら、『まだ今の使えるでしょ』とか『鞄なんていくつも
  いらないでしょ』とか言ってさ。やんなっちゃう。」

「いいじゃないか。もう、鞄代出して貰えたんだろ?」

「うんっ!」

少し屈んで、下からぼくの顔を見上げるように覗き込みながら、よほど新しい鞄が嬉し
いのかニコっと笑って返事をしてくる。

か、かわいい・・・。
やっぱりアスカは可愛いよなぁ。

今から告白しようと考えているからかな。いつも以上に、アスカを女の子として意識し
てしまう。

顔が赤くなってたら恥ずかしいな。見られないように、ちょっとそっぽを向いて誤魔化
すように話題をそらす。

「あんなとこに、ハンバーガーショップができてるよ?」

「ほんとだ。後で食べに行きましょうか?」

「え・・・月末だから、もう小遣いが。」

「だーいじょうぶ。『どうせシンジくんも一緒なんでしょ? ご飯、一緒に食べてきな
  さい』って、パパに内緒でご飯代くれたの。」

「へぇ。なんか得しちゃったな。」

おばさんとは昔から今でも仲良くしている。だけどおじさんは、昔は優しかったのに、
最近ぼくを見ると嫌な目で見てくるんだ。女の子の父さんってのは、そんなものなのか
なぁ。

まぁ、うちの父さんは・・・。昔も今もずっと人相悪いから、人のこと言えないけど。
参観とか懇談がある度に、先生びびってるもん・・・。

「シンジっ! 早くぅっ! 急がないとなくなっちゃうっ!」

「そんなに急がなくても、すぐになくなんないってば。」

「なくなったら、日本中探して貰うわよっ!」

「げっ! 急ごう・・・。」

エレベーターを待つ時間もおしいのか、アスカは階段を駆け上がり始めた。ぼくも後に
続いて駆け上がる。

んっ!

視線を上げると、階段を走るアスカのスカートがふわっと揺れ、太股の辺りまでチラリ
と見えた。

もうちょっとっ。
あと少しっ!

少し歩調を緩めアスカと距離をとって、体勢を低くして走ったりしてみる。

ふわっ。

またスカートがふわっと上がり生足が見えた。だけど、どうしても太股より上が見えな
い。なんでこの階段、もっと角度ついてないんだよっ。腹が立ってくる。

「シンジっ! アンタ、何してんのよっ!」

「えっ、あ、いやっ!!」

屈みながら上を見上げて、変な体勢で走ってたら、上からアスカが睨みつけてきた。ヤ
バイ! 殺される・・・。

「急いでって言ってるでしょっ!」

「ご、ごめん。疲れてきてさ。今行くよっ!」

ほっ。
ばれてなかった。

駄目だ駄目だ。
告白しなきゃいけないのに、スカートの中覗いてたなんてバレたら大変だ。

ぼくは自分を戒めて、足を回転させると急いでアスカに追い付き、鞄売り場のコーナー
に入って行く。

「シンジ、どうしようっ!」

「えっ!!!」

まさか鞄が売り切れてたの?
折角、告白しようと思ってるのにっ!
日本中、旅するのヤだよぉ。

「新しいの入ってるの。前無かったのに。」

なんだ。
売り切れてたんじゃないんだ。

「でも、買おうと思ってたのあるんだろ?」

「うん・・・でも、これもかわいいし。」

「じゃ、これにしたら?」

「前見てたのも可愛いのよねぇ。」

ちょっと待ってよ・・・。
このモードに入ると、もの凄く長くなる。
今日はこんなとこでゆっくりしてる時間ないんだよっ。

「うーん。どっちがいいかなぁ。困ったなぁ。」

何度も、両方の鞄を肩から交互に掛けて悩んでる。どっちも大して変わらないんだから、
早くしてよ。

「あっ。これってリュックにもなるわ。」

今度は、新しく入った方の鞄をリュックのように背中に背負っている。

おっ!
絶対こっちがいいっ!

小学校でランドセルを背負っていた頃は何とも思わなかったけど、今こんなのを背負う
と、胸のラインが強調されてとってもいいっ。

アスカも成長してるんだなぁ。
こんなに育ってくれて、ぼくは嬉しいよ。
ん? まてよ。

アスカは今悩んでいる。そこで『こっちがいい』って言ったらどうするかな? ぼくが
言った方に決めたら脈ありかも。

告白前に、ちょっと試しのジャブだ。

「こっちの新しい方が絶対アスカに似合うと思うけど。」

「そう? じゃー、こっちにしようかなぁ。」

おおっ!
ぼくの言葉が決め手になったぞ。
これって、ぼくの好みに合わせたいってことだよなっ。

今日の告白に拍車を掛けるような反応に喜んでいる間に、アスカは前に決めていた鞄を
元へ戻しに行く。その時、店員さんが声を掛けてきた。

「あら、その鞄ですか? とっても良くお似合いですよ。」

「え? そ、そう? うーん・・・やっぱ、こっちにしようかなぁ。」

えっ!?
ぼくの好みより店員さんの言葉を優先する?
それ程、ぼくの好みに拘ってない?

がっかりだ。でも、どっちにしても、やっぱりリュックになる方がいいに決まっている。
アスカの決意が揺るがないうちに、新しく入ったリュックになる鞄を持って近付く。

「こっちの方が可愛いと思うよ?」

「こちらもいいですね。新商品ですから、お勧めですよ。」

「じゃぁ、こっちの新しいのにしようかな。」

結局そのまま新しく入った鞄を買うことになった。なんだか、ぼくの言葉に影響力があ
ったのか無かったのかわからなかったけど、少なくとも胸のラインはぼくのものになっ
て良かった。必ずリュックタイプにして、背負うように薦めなくちゃ。

「じゃ、シンジ。これよろしく。」

「はいはい。」

荷物持ちをさせられるのはいつものことだけど、今日はこの後に告白が控えている。少
しでも好印象を与えようと、いつもみたいにブチブチ言わず、愛想良く鞄を受け取って
歩き出す。

「ちょっと早いけど、何か食べに行きましょうか?」

「さっきのファーストフード?」

「違うとこでもいいわよ? 今日は懐が暖かいしね。」

ブラウスの胸ポケットに入っている小さい財布を、ピッピッと親指で指差す。財布なん
かより、その胸の膨らみにぼくの視線は・・・。

やわらかそうだなぁ。
今日の告白に成功したら・・・。
あぁ、早くアスカを抱きしめてみたいよぉ。

そのぼくの視線に違和感があったのか、アスカがジッとこっちを見てきた。駄目だ駄目
だ。今日は余計なことを考えないで、告白だけに集中しなくちゃ。

「ねぇ、どーすんのよ。早く決めてよ。何が食べたいの?」

「えっと・・・。」

まてよ?
もう勝負は始まってるんだ。
やっぱり、雰囲気のいいとこに行って気持ちを盛り上げないと。
ファーストフードじゃ駄目だよな。

返事をアスカが待っている。雰囲気の良さそうな店を、あれこれ思い浮かべようとする
けど、そういうとこって良く知らないんだよな。

「アスカは、何処がいい?」

「さっきのとこでいいんじゃない? アンタ、ハンバーガー好きじゃん。」

なんでそうなるんだよ。アスカなら雰囲気の良さそうな店、知ってるんじゃないの?
頼っちゃ駄目ってことだな。自分でなんとか考えなくちゃ。

イタリア料理・・・油ぎった口で告白はちょっとなぁ。
和食・・・・・・・気分が盛り上がるより落ち着いてしまいそうだ。
エスニック・・・・これは告白した先にとっておこう。
中華・・・・・・・好きだけど雰囲気がいいって感じじゃないもんな。
フランス料理・・・ん? いいんじゃないか? これだっ!

「フランス料理が食べたいな。」

「アンタねぇ。奢りだからって、そんな高いとこ言わないでよっ!」

ガーン! し、しまった!
悪い印象を与えたみたいだっ。

ちがうんだっ。そういう意味じゃなかったんだっ。どうしよう、なんとかしてフォロー
しなくちゃっ! こんなとこで喧嘩はマズ過ぎるっ!

「あ、ごめん。そうだね。やっぱり、ハンバーガーかな?」

「最初から、そー言えばいいのよっ。行くわよっ!」

「う、うん・・・。」

はぁー。喧嘩にはならずに済んだけど、結局ハンバーガーになっちゃった。仕方ない。
この後を頑張ろう。

ぼく達は来る時に見たファーストフードショップに入って行く。オープンしたばかりで
店の中も綺麗だ。これなら雰囲気も悪くないと自分を納得させとこう。

「ぼくが買って来てあげるよ。座ってて。」

「いいわよ。アタシがお金持ってるし。」

「いいから。いいから。アスカは座ってて。何にする?」

「そう? じゃ、フィッシュバーガーセット。これ財布ね。」

「わかったよ。オレンジジュースでいいよね。」

「うん。あっちで待ってるわ。」

「すぐ行くよ。」

財布を預かって、店のお姉さんにフィッシュバーガーセットをオレンジジュースで頼む。
ぼくは何にしようかなぁ。

こういう時は同じのがいいのかな?
あっ、でも。
違うの頼んだら、アスカが『ちょっと食べさせて』とかって。
そ、そしたら、間接キス?
よしっ! それしかないっ!

アスカが好きそうなのは・・・、ぼくはてりやきバーガーセットを頼むことにした。

ハンバーガーはちょっと時間が掛かるみたいで番号札を預けられ、先に出てきたジュー
スとポテトだけトレイに乗せて、アスカの座ってる所へ入って行く。

「お待たせ。てりやきバーガーセットにしたよ。アスカ好きだろ?」

「えーーーーっ! フィッシュバーガーって言ったじゃないっ! 何聞いてたのよっ!」

「あっ、アスカのはフィッシュバーガーだよ。ぼくのが、てりやき。」

「はぁ? アンタが何頼んでもアタシに関係ないでしょ。紛らわしいこと言わないでっ。」

「ご、ごめん・・・。」

おつりの入った財布をアスカに渡して、俯き加減にジュースを飲み始める。今のはちょ
っと失敗したなぁ。

ポテトを摘んだりして時間を潰しているうちに、ハンバーガーが運ばれて来た。ちょっ
とでも点数稼ぎしとかなくちゃ。

「こっちがアスカのだね。開けてあげるよ。」

「いいわよっ。自分でするから。お腹減ってるんだから、早く貸してよ。」

「そ、そう・・・はは。そうだよね。」

ハンバーガーの包みを開けてあげようと思ったのに、そのままむんずと取られてしまっ
た。どうも何をしても上手くいかない。今日は告白には向かない日なのかなぁ。

パクパクパク。

うん。このてりやきバーガー結構美味しいよ。間接キス・・・アスカ食べてくれないか
なぁ。

「このてりやきバーガー美味しいよ?」

「そ。良かったじゃん。」

「・・・良かったんだ。うん、良かった。」

駄目だ。ぜんぜんそんな感じじゃない。アスカ、自分のフィッシュバーガーしか見てな
いよ。間接キスはもういいや。告白に専念しよう。

「綺麗だね。」

ぼくは、アスカを見ているのか、できたばかりの店内を見ているのか、視線の先がよく
わからないようなとこを見ながら、ちょっとジャブを打ってみた。

これで、どんな反応するか伺おう。うーん、我ながら名案だっ。

「へ? え!? あっ、あぁ。この店ね。そりゃ、できたばかりだもんっ。」

おぉっ!?
なんか反応があったぞっ?
これはいけるかもっ。

ジャブだっ! もう1回ジャブだっ! ジャブジャブだっ!

「・・・・・・。」

駄目だ。
次のジャブを思いつかないよ・・・。

ズズズと音をたてながら、アスカがオレンジジュースを飲み干している。まだフィッシ
ュバーガー残ってるよな。おかわりいるのかな。サービスだ。サービスで点数稼ぎだ。

「オレンジジュース買ってこようか?」

「へ? いいわよ。あんまり飲んだら、トイレ近くなっちゃうもん。」

トイレ? それはまずい。告白しようとしたとき、トイレとか言い出されたら雰囲気ま
る潰れだもんな。ジュースはもう駄目だ。ぼくも、あまり飲まないでおこう。

「あれ? マヨネーズついてるよ?」

ふと前を見ると、ブラウスの首の下の辺りにフィッシュバーガーのマヨネーズがついて
いた。

「えっ? どこどこ?」

「ここ。」

自分のワイシャツの同じ位置を人差し指で指差して教えてあげると、アスカはブラウス
をぎゅっと引っ張ってむくっと俯く。

「あっ、ほんとだーっ。」

うわっ!
見えそうだっ。

引っ張ったブラウスのボタンとボタンの間から、中が見えそうじゃないか。ぼくは、少
しづつ顔の位置をずらして、視線の角度を変えてみる。だけど、ボタンとボタンの間隔
が狭くて、世の中そうは甘くない。

「ねぇ。どう? とれたかしら?」

「え? あ、うん。大丈夫。」

「いつ、ついちゃったんだろ?」

あぁー、見えなかった・・・。違う違うっ。だから、そんなこと考えてる場合じゃない
んだってば。ジャブだ。ジャブを考えないと。

「ふぅー。お腹いっぱい。シンジは?」

「ぼくも。」

「じゃ、片付けてくるわね。」

「いいよいいよ。ぼくが片付けてくるから。アスカは待ってて。」

「えっ? そう? ありがと。」

点数稼ぎ。点数稼ぎ。アスカには休んでて貰って、ぼくは食べ終わった物をそそくさと
片付けに行く。

「終わったよ。さ、行こうか。」

「うん・・・。あのさ、シンジ?」

「なに?」

「なんか今日。妙に優しくない?」

ギクッ!!!

「な、な、なんでさ? いつもと一緒じゃないか。」

「そう? そんな気がするんだけど・・・。アンタ、なんか隠し事してない?」

ギクギクっ!!!

マズ過ぎる。今は告白に、タイミングも場所も悪い。アスカってカンがいいから、なん
とか上手く誤魔化さなきゃっ!

ファーストフードの店を出て行きながら、ぼくはしどろもどろに言い訳してみた。

「その・・・あのね。近くにカップルがいたんだけど。男の人が片付けてたからさ。そ
  ういうもんかなぁって思っただけだよ。」

「カ、カップルぅ!?」

なんだ? この反応は? あっ。今の言い方って、取り様によったら結構意味深だったか
もしれない。アスカ・・・なんか意識してる?

「・・・・・・。」

この沈黙はなに?
ぼくのことを意識してる?
それとも、そういう風に見られるのが迷惑?

「ご飯も食べたし、荷物重いでしょ? そろそろ帰りましょうか?」

「えっ・・・帰る?」

なんで帰るなんて言い出すんだよ。
やっぱり、ぼくと一緒にいて誤解されるのが嫌なの?
よしっ。一か八かだっ!

「まだ、時間も早いし、もうちょっとブラブラしない?」

「荷物重いでしょ?」

うーーーー。
そんなに帰りたいの?
ぼくと一緒にいるのが嫌なの?
くそっ! 負けるもんかっ!

「大丈夫だよ。これくらい、ただの鞄だし。」

「・・・・・・。そう・・・なら、もうちょっと遊んでく?」

「そうだよ。まだ時間あるじゃないか。」

誘いに乗って来た?
うーーん・・・何を考えてるんだろう?
嫌ってわけじゃないのかな。
とにかく、もうちょっと時間ができた。
その間に雰囲気のいいとこに行こう。

「池のある公園あるだろ? 行ってみようか?」

「公園っ!? なんで公園なのっ? な、なんでっ!?」

「なんでって・・・。」

なんでって言われても、告白するからなんて言えないじゃないか。どうしよう。これは
困った。

「嫌ならいいけど・・・。」

「ううん。嫌ってわけじゃ・・・。」

「じゃ、行ってみよ。夜、ライトアップされて綺麗だし。」

「ライトアップされて綺麗・・・? シンジ・・・。」

「え? 何?」

「・・・ううん。行くんでしょ? 行きましょ。」

なんか、変に雰囲気が気まずくないか? やっぱり今日は告白に向かない日なのかなぁ。
まぁいいや。公園まで行ってから、アスカの様子を見てから決めよう。

ぼくとアスカは、賑やかな繁華街の道を歩いて、池のある公園に向かった。あそこなら、
雰囲気はばっちりだと思うんだけど。今日こそは、ちゃんと告白できるかなぁ。

『いやーん、こんなとこでちゅーしちゃ。みんな見てるぅ。』
『いいじゃないか。ほら、あいつらなんか羨ましそうに見てるぜ。』
『あーん。』

その時、ぼくとアスカの方を指差して、高校生くらいのカップルが目の前でキスを始めた。
どうしようと思いながら、アスカの方に振り向くと顔を赤くして俯いてしまっている。

いつもなら、『バッカじゃないの』とか言ってるのに、今日は妙にしおらしい。やっぱ
りアスカ・・・なんか意識してる?

これは・・・いい方に取っていいのか?
それともヤバイ状態?

「ねぇ。シンジ? やっぱり今日は・・・。」

「なに?」

「ううん。なんでもない。早く行こ。」

「う、うん。」

なんだ?
何が言いたかったんだ?
帰りたいの?

ぼく、強引にアスカを公園に連れて行ってるのかな。それならマズイぞ? 仕方ない。
アスカが帰りやすくなる口実を作ってみよう。これで駄目なら、今日は諦めよう。

「今日、見たいテレビとかあったっけ?」

「無い・・・。早く行こ。」

「そう・・・。」

なんだぁ? さっき帰りたそうにしてたんじゃなかったのか? わかんない。ほんとにわ
かんないよ。アスカ、何考えてるんだよっ。

<公園>

とうとう公園に付いてしまった。夕日の赤い日差しが西の山に隠れる頃、この公園はカ
ップルで溢れるらしい。

「あっ! 噴水できてるわよっ!」

久し振りに公園に来たら、いつの間にか噴水が入口の所にできていた。昔は母さん達が
買い物してる時、アスカと2人でよくここで遊んで待ってたっけ。最近あまり来なくな
ったから全然しらなかったよ。

「ほらっ。とっても綺麗っ!」

「危ないよ?」

噴水に駆け寄ったアスカは、コンクリートでできたその淵の上にぴょんと飛び乗って、
平均台を歩くように歩き出す。

「だーいじょうぶだって。シンジよりバランスいいんだからっ! ほらほらほら。」

「駄目だってば。」

なに、はしゃいでんだよ。もし間違って噴水の方に落ちでもしたら、告白どころじゃな
くなってしまう。ぼくはハラハラしながら、アスカの横を歩き出す。

「危ないから、やめようってば。」

「ほらほら、飛び跳ねたって・・・キャッ!」

「わっ! 危ないっ!」

言わんこっちゃない。アスカが飛び跳ねた瞬間、体が噴水の方へ向かってぐらりと傾く。
ぼくは、大慌てで倒れて行くアスカを抱き止める。

「もうっ。危ないなぁっ。」

びっくりして目を見開きながら、アスカがぼくの胸に納まってしっかりと抱きついてき
た。

や、やわらかい。

腕の中でアスカを抱きしめると凄く柔らい。顔にフサフサと触れる長い髪のいい香りが
する。

む、胸が・・・。
胸が当たってるよ・・・。
こんなに成長して、ぼくは嬉しいよ。

「ご、ごめん・・・。」

噴水の淵から下ろしてあげると、アスカはパッと体を離してそっぽを向く。そんなこと
より、さっきの子供みたいにはしゃぐアスカといい、なんか素直に謝るアスカといい、
なんか今日はおかしいよ。

「大丈夫? 池の方に行こうか。」

「うん。」

このまま黙っていると沈黙が続きそうだったから、そそくさと池の方へ歩き出す。アス
カもぼくの横に付いて来ている。

恋人って言ったら、普通寄り添って歩くよな。
もうちょっと近付いてみよう。

2人平行に並んで歩くその間の距離を、ぼくは少し詰めてみる。だけど、どんなに寄っ
て行ってもその距離が縮まらない。

なんで逃げるんだよ。
やっぱり、ぼくと並んで歩くの嫌なのかなぁ?
でも帰ろうともしないし。
とにかく、池まで行ってみよう。

ぼくは距離を詰めるのを諦めて、そのままの平行状態で公園へ向かって行く。アスカも
さっきから何も喋らず、大人しくぼくに付いて来る。いつも賑やかなアスカが、黙って
大人しく・・・変な雰囲気だ。

「あのさ、アスカ?」

「な、なにっ!? なにっ!?」

「あの・・・月が出てるよ。」

「え? あっ、ほんと! 満月ねっ!」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

もしかして、なんか警戒してる?
まずいぞ・・・これは・・・。
今日は焦って告白しない方がいいかも・・・。

しばらく林の間に敷かれたジャリ道を歩いて行くと、ライトアップされた大きな木が畔
にある、広い池に辿り着いた。その周りにはベンチがいくつもあり、先客の恋人達が既
に良い場所を陣取っている。

「こんな時間・・・」

「な、なにっ!?」

「その・・・こんな時間に、ここ来たの初めてだなって思って。」

「そ、そうね。そう・・・。」

「うん・・・。どっか座ろうか?」

「そ、そうよっ! 足疲れたわっ!」

「そうだね。どっか空いてないかなぁ。」

今日はずっと歩いてばっかりだったもんなぁ。アスカだって、足も疲れるよなぁ。でも
椅子空いてないよ。

池の周りを歩きながら、公園の中をぐるぐる見渡していると、1つ林の中にベンチがあ
るのを見つけた。

「あっ、あそこ空いてるよ?」

「・・・・・・。」

1つ開いてるベンチを指差してみたんだけど。あれ? アスカ、なんか黙ってベンチを見
たまま・・・。

「他のとこない?」

「だって・・・他のとこって。」

「あそこ、暗いし・・・。」

「あ、うん。」

確かにその椅子のある所は、ライトアップの光も月の明かりも届かず、闇の中に閉ざさ
れていた。

大失敗だ・・・。
もしかして、ぼくが変なこと考えてるって勘違いしたんじゃ・・・。
駄目だっ。
明るいとこ探さなくちゃ。

明るい場所を探して池の周り回っていると、半周程した所にベンチじゃないけど座れそ
うな大きな石があるの見つけた。半分が池に浸かっている石で明るい場所だ。

「あそこ、座ろうか?」

「うん・・・。」

アスカを座りやすそうな平らな所に座らせてあげ、ぼくは少しゴツゴツした隣の場所に
腰掛ける。肩の高さはほとんど同じで、2人の距離はほんの僅か。

月明かりのさす池の畔で、肩を並べて座る2人。うん。シチュエーションは完璧じゃな
いか?

言うなら今だっ!
いや、座ったばかりだし・・・。
ちょっと、落ち着いてからの方がいいかな?

だけど、ぼくの心臓は落ち着くどころか、時間が経つに連れドキドキと早鐘のように暴
れ出す。アスカはさっきから黙って池を見詰めてるばかりで、何も喋ろうとしない。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

どんな顔してるんだろう?

少し屈んで顔を覗き込もうとしたら、スッと顔を背けられてしまった。なんでだ? 何
か嫌なことでもした?

偶然かな?
偶然だよな。
偶然だ。偶然だ。

明るい場所って言っても、夜だから暗くてアスカの様子がよくわからない。今のが偶然
なのかどうか探る意味で、ジリジリとにじり寄って少し距離を詰めて見る。

すると、アスカもジリジリと距離を開けて遠ざかってしまった。

逃げた?
避けられてる?

だ、駄目だっ!
なんだか告白できそうにない雰囲気だっ!

焦ると碌なことないもんな。
今日は、諦めよう。
仕方ないよな・・・。

ぼくは石の上から腰を浮かして、アスカの方に振り向くと、告白を断念して帰る体勢に
入った。

「帰ろうか・・・。」

「えっ!えーーーっ!!!?」

「へ?」

「か、帰るのっ!?」

「あ・・・・いや。」

そのアスカの反応に、ぼくはまた腰を石の上に落ち着かせ座り込む。なんだ今の態度は?
もしかして、もっと2人でここにいたいの? いや、足が痛いって言ってたから、まだ
歩きたくないだけかも。

あーーー! なにもかもわかんないよっ!
だれか、アスカの心の中を覗かせてよっ!

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

また沈黙が続く。その静かな時の流れの間も、ぼくの心臓はドキドキ煩く低音を奏でる。

やっぱり、言おう。告白しよう。
その為にここに来たんだ。
言わなきゃ駄目だっ!
言わなきゃ駄目だっ!
言わなきゃ駄目だっ!

ぼくは、飛び出しそうになる心臓をねじ伏せる。

拳を握り締め、ぎゅっと噛み締めていた口をそっと開く。

よしっ! 

告白だっ!

「あの・・・」
「あっ、お魚っ!・・・えっ!?」

ぼくが口を開くと同時に、池でチャポンと鯉かなんかの魚が跳ねて、それを指差して言
葉を遮るアスカ。互いに視線が一直線にぶつかり、気まずそうに固まる。

「さ、魚。魚だね。はは。ほんとだ。跳ねたね。」

「うん・・・。」

またアスカは俯いてしまい。口を閉ざしてしまった。

もしかして、今のは・・・。
ぼくの告白を阻止しようとしたんじゃっ!
あぁ、せっかく言えると思ったのにっ!
もう駄目だ。
きっと駄目なんだ。

告白できそうになっていた力が、どんどん無くなっていくような気がしてきて、ぼくは
がっくりと項垂れ足元に広がる池に視線を落とす。

そこには、ぼくの好きなアスカの影がうっすらと月明かりに映され、ぼんやりと池の水
の動きに合わせて揺れている。

そうだよな。
無理して告白なんかして、もし駄目だったら。
せっかく今、仲がいい幼馴染なのに・・・。
この関係を壊すくらいなら言わない方が。
そうだよ。今のままでいいじゃないか。

テンションがどんどん下がってきて、今やぼくはどうやってここから帰ることを切り出
そうかと、そのタイミングばかり考えるようになっていた。

もうだいぶ休んだし。
アスカも足の疲れ取れたかな?

あんまり遅くなると怒られるし。
アスカのおじさん、厳しいもんな。
そうだ。そろそろ帰ろう・・・。

告白を諦めたぼくは、がっかりしながらまた石から腰を浮かせようとした。

その時。

さっきまでぼくと距離を開けて座っていたアスカが、今度はジリジリとぼくの方へ寄っ
て来た。

え?

顔を上げてアスカの方に振り向くと、顔はやっぱりぼくにぎりぎり見えない角度で背け
たまま。でも、2人の距離はあと少しでくっつきそうな所まで近付いている。

どういうことだ?
どう見ても、アスカから寄って来たよな。ぼくの方に。

これは・・・。
でも、顔はあっち向いたままだし。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。

試しにほんの僅か、ぼくからアスカの方へにじり寄ってみる。だけど、今度は逃げよう
としないでじっとしている。

これはもしかして、告白しても・・・。

少しまた力が沸いてきたぼくは、アスカの方に視線を固定する。すると、さっき迄アス
カがぼくから離れて座っていた場所の石が、トゲトゲしていることに気付いた。

もしかして、お尻が痛くて戻って来ただけ?
いや、でも最初座ったとこよりぼくに近付いてるよな。

しばらくアスカの行動を考えて悩む。でも、痛いだけなら立ち上がってもいいよな。ぼ
くの方に寄って来なくても・・・ってことは。

大丈夫だっ!
言うぞっ!
告白するんだっ!

決意も新たに、ぼくは自分自身に力を入れる意味で、石の上にべたっと置いていた手で
握り拳を作ろうとしたんだけど、その時ほんの少し、小指がアスカが石の上に置いてい
た手の指に触れてしまった。

ビクッ!

その途端、アスカがビクっとして手を引っ込める。

なんでだっ?
指がちょっと触れただけじゃないか。

やっぱり、近付いて来たのは座り憎かっただけ?
ちょっと指が触れただけで、そんなに嫌?

告白しようとして、アスカの方に振り向いていたぼくだったけど、また怖くなってきて
視線を池の中へ落としてしまう。

もうこの緊張に耐え切れないよ。
駄目だ。
ぼくには告白なんて無理なんだ。
怖いよ。怖すぎるよ・・・。

アスカ・・・ぼくはどうしたら・・・。

ん?

アスカ?

池の中を覗いて、俯いていたぼくがそっと視線を気になるアスカの方へ少し振ると、そ
こには綺麗な白い足が見えた。

そして・・・。
その時ぼくは始めて知った。

アスカの足が小刻みに震えていることに。

ぼくは・・・。
ぼくは。

なにしてんだよ、ぼくは!

アスカが可愛そうじゃないか!

これなら振られた方がマシだよっ!

ぼくは、ありったけの勇気の欠片を、両手を大きく広げて掻き集める。

顔を力いっぱいに上げて、大好きなアスカを命一杯の想いで見詰める。

飛び出しそうなほど高鳴る心臓。

全身の血が沸騰してしまったんじゃないかと思えるくらい、ドクドクと流れている。




ありったけの想いを込めて。

アスカへの気持ちを込めて。




喉の奥に出掛かっている言葉。

ぼくの想いが詰まった言葉。

そのなかなか出てこない言葉に、勇気の塊をぶつけて精一杯の力で押し出す。




その時・・・。

ぼくの気配を察したのか、それまで顔を隠していたアスカがこっちに振り向いた。

月の光に照らされた青い綺麗な瞳が、ぼくの瞳に映し出される。

そして、アスカの青い瞳の中にぼくがいる。




今だっ。

今言わなきゃっ!

重い、重い、ぼくの想い。
大きな、大きな、ぼくの想い。

喉の奥に引っ掛かってなかなか出てこなかった、ぼくのなにより重く大きな想いが、
勇気の塊の力に負けてその姿を現した。




「好きだ。アスカ。」




それまで不安気に、ぼくのことを見ていた青く澄んだ瞳。

その瞳から透き通る涙がこぼれてくる。




「シンジーーーー・・・。」

ぼくの胸にその顔を埋めるアスカ。

ぼくは、そっと背中に手を回して優しく抱き締める。

アスカは何も言わず、ただぼくの胸に顔を埋めて、両手でワイシャツをぎゅっと引っ張
り皺を寄せているだけ。

あ、あの・・・。これはOK?
どうなの?

その仕草を見ていると、OKのように思えるんだけど・・・。アスカははっきりとした
ことを何も言わず、ただぼくの胸にぴったり顔をくっつけてじっとしているだけ。

涙がぼくの胸を濡らす。

ぼくのこと好き?
それとも、もしかしてぼく・・・泣かせた?

どっちなんだよ。
これじゃ、蛇の生殺しだよ。
助けてよっ!

でも、もしOKだとしたら。これは・・・今とてもいい雰囲気だ。無理に返事を聞き出
そうとして、今のこの状況を壊したくない。

だけど・・・。
あーーーー、どっちなんだよっ。

「シンジ・・・ドキドキ言ってる。」

「だって・・・。」

アスカがぼくの胸に耳を付けている。
鼓動が早くなってるのを聞かれた・・・恥ずかしいじゃないか。

「ほら、ドキドキ。」

「あ、あのさ。」

「なに?」

「あの・・・。アスカのこと好き・・・なんだけど・・・。」

「うん。」

いや、そうじゃなくて。
返事は?

「だから・・・。」

「石の上で3年待たされるかと思ったわよっ!」

「へ?」

「返事聞きたい?」

「うん・・・。」

「あれだけアタシを待たせたバツ。返事はアタシを捕まえたら言ってあげる!」

「はっ!?」

「捕まえるまで、OKはおあずけよっ!!」

そう言って、石の上から飛び降りたアスカは、いつものアスカらしくなり、池の周りを
元気一杯に走り出した。

そ、それって・・・。
それってっ!!!

やったっ!
やったーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

月明かりが照らす池のある公園を走って逃げるアスカを、ぼくは力一杯走って追い掛ける。

「まてっ!」

「きゃーーーーーっ!」

「まてまてっ!」

周りでいい雰囲気になっているカップルが、みんな迷惑そうにぼく達を見ているけど、
この追い掛けっこだけはやめられないんだ。

「逃がすもんかっ!」

絶対逃がしたりするもんか。

だって、世界で1番可愛い妖精を、ぼくはこの手で捕まえたんだから・・・。

To Be Continued.
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