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恋のStep A to C
Episode 02 -Step A (初級)-
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<学校>

あと3日。待ちに待った冬休み。いつもならぼくは、夏休み前や冬休み前になると、そ
の長い休みに胸躍らせるんだけど、今回はちょっと違うんだ。

休みのことより、初めて恋人と一緒に過ごすクリスマスが楽しみで仕方がない。去年迄
もアスカと一緒にパーティーしてたけど、それは幼馴染としてだった。でも今年からは
違うんだ。

「いたで。こっちやこっちっ。」

「探したぞ。碇。」

トイレで手を洗って、クリスマスのこと考えてたら、友達のトウジとケンスケがやって
来た。

「ケンスケが、X-B●X3を買いよったんや。」

「えっ!? こないだ出たばっかりじゃないか?」

「あの格闘ゲーム、D.●.A.ZEROも買ったんだけどな。すげーぞ。」

「ほんま、ごっついんやで。どや、シンジも一緒にやらへんか?」

「やりたいやりたいっ!」

さすがケンスケだ。その手の物の入手はいつも1番早い。そりゃ話題のゲームだ。やっ
てみたいよ。

「ほんでや。どーせ冬休み暇やろ? クリスマスイブに、ケンスケの家でゲーム大会っ
  てのはどないや?」

「え・・・。」

それは困る。せっかく初めて彼女と一緒に過ごせるクリスマスだってのに、なんでゲー
ムしてなくちゃいけないんだよ。

「決まりだな。ジュース用意して待ってるよ。」

「食うもんも用意しといてーな。」

「お菓子用意したら、みんなトウジが食べてしまうじゃないか。」

「わははははは。ほないなケチなこと言うなや。」

「ちょ、ちょっと待ってよ。ぼく・・・行けそうにないよ。」

「なんでや? X-B●X3やで?」

なんでって言われても・・・どうしよう。アスカに告白して付き合い出したのは春の終
わり頃。それから今迄の半年以上、ずっとアスカに秘密にするように言われてる。

誤魔化すしかないよな・・・家族パーティーすることにしよう。

「家族でパーティーすることになっててさ、すっぽかしたら父さん怖いし。」

「なんやぁ。ほうなんかぁ。」

「碇のおじさん、怖そうだもんな。残念だったな、碇。」

「ほんとだよ・・・。やりたかったけどさ、父さん怒るとまずいしなぁ。」

おおっ!
父さんのあの顔も役に立つじゃないかっ!
いいぞ、父さんっ!

「ほな、またちゃう日に集まろうや。」

「そうだな。家族パーティーの邪魔しちゃ悪いしな。惣流も来るんだろ?」

「あぐ・・・」

しまった。言葉が不自然に詰まってしまった。いきなり、アスカの名前なんか出さない
でよ。心の中を見透かされたかと思ったじゃないか。焦るな。焦らず、落ち着いて・・・。

「どうだろう? 隣に住んでるから来るかもね。」

よしっ!
自然だ。自然だよな。
慌ててない。いつも通りだ。

「シャンパンで酔って、キスなんかするなよぉ? ははは。」

「ほないなことしたら、あの女のこっちゃから殺されんでっ!」

むっ!

友達でも、アスカのことを『あの女』呼ばわりされると腹が立つ・・・けど、付き合っ
てるの内緒だから、下手なこと言えなくてモドカシイ。くそっ。

「そんなことするわけないだろ。」

でも・・・キスかぁ。付き合い出して半年以上経つのに、まだたまに手を繋ぐだけだも
んな。

キス・・・したいなぁ。
アスカと。

その日、学校が終わると1人モンモンとそんなことを考えながら帰った。最近はアスカ
と帰ってないんだ。朝も起こしにだけは来てくれるけど、その後アスカは1人で出て行
って委員長と2人で行ってる。付き合ってるのがばれると恥ずかしいから仕方無い。

クリスマスイブだよな。
もうすぐ。

クリスマスと言えば、なんとなく気持ちが盛り上がるような気がする。恋人になっても、
なかなか手も握らせてくれないアスカだけど、きっとその日なら・・・やっぱり無理か
なぁ。

キスって、どんなのだろう?
アスカの唇か・・・。

いつも見ているアスカの顔を想像してみると、自然と意識が薄いピンク色の唇に集中し
てしまう。

綺麗だよな。
やわらかいんだろうなぁ。

軽く人差し指を立てて自分の唇に触れて見ると、なんだかザラザラしている感じがする。
アスカの唇はこんなんじゃないんだろうな。

きっともっとやわらかいんだ。
甘い香がして。
ん?
キスってレモンの味って言うよな。
甘くないのかな?

いろいろ想像してみるけど、甘いのか酸っぱいのかさっぱりわからない。試しに、自分
の唇をぺろりと舐めてみたりする。やっぱり、よくわからない。

レモンの味って言うもんな。
やっぱり、ちょっとすっぱいんだ。

ぼくはずっとアスカの唇を思い浮かべて、想像を膨らませながら、いつもの通学路を歩
いて家へと帰って行った。

<シンジの家>

家に帰って鞄を部屋の机の上に置くと、キッチンに行って冷蔵庫を開けた。目当てはも
ちろんレモン。

あったっ。

冷蔵庫に入っている黄色いレモンを1つ手に取って、ドキドキしながら顔の前に近付け
て行く。

どんな感じなんだろう?

そっと手に持ったレモンを唇に近付けキスしてみる。その時、背中の方からガサガサと
いう物音がした。

「あら。シンジ帰ってたの?」

わっ!!!!!

本当に飛び上がってびっくりした。母さん、いつの間に帰って来てたんだよっ! ぼく
は、背中で隠しながら大慌てでレモンを冷蔵庫にしまう。

ばれた?
恥ずかし過ぎるっ!

「ちょっと手伝って頂戴。」

「なにを?」

ふと見ると、いくつものスーパーのビニール袋に野菜なんかがいっぱい入ってて、それ
をテーブルの上に並べてる。

よかった。
ばれてなかったみたいだ。

ここで今何をしてたのかってことが話題になるのを恐れたぼくは、素直に母さんが買っ
てきた食材の収納を手伝って、部屋に戻った。

もぅー。
そーっと帰ってこないでよ。
びっくりして、死ぬかと思ったよ。

コンコンコン。

ベットで寝転がっていると、壁を叩く音が聞こえた。隣のアスカの家の間取りは、うち
と対照になってて、この壁の向こうがアスカの部屋。3回のノックは、今帰ったの合図。

コンコン。

ぼくがその合図に対して2回壁を叩くと、アスカも2回壁を叩き返して来た。2回のノ
ック『コン』『コン』は、『ス』『キ』の2文字を意味する。

付き合い出して半年以上も経つのに、いつもこの音を聞くと顔がにやけてしまう。でも
そのことは恥ずかしいから、アスカには内緒。

アスカもぼくのこと好きだって・・・。

ニヤニヤ。

可愛いなぁ。
アスカ・・・。

アスカとキスかぁ。。

でも、レモンにキスしたけど、味なんかしたっけ?
なんかゴツゴツしてたし。
アスカの唇、あんなんじゃわかんないよ。

父さんや母さんにばれないように机の中に隠してる、夏にアスカと海水浴に行った時に
映した写真を入れているアルバムを出してくる。

ほら、こんなにやわらかそうだ。
胸だって・・・こんなに。

この時、アスカは買ったばかりの水着を持って来た。暑い海で赤と白のストライプのビ
キニを見た時の感動が蘇ってくる。

海の水に、アスカの唇濡れてたっけ。

キスしたい。
キスしたい。
キスしたい!!

アスカが1番アップで写っている写真を1枚アルバムから取り出すと、そっとその写真
に自分の唇を近づけていく。

どんな感じだろう?

ガチャッ。

突然部屋の扉が開いた。

「シンジーーーっ! 宿題しに来たわよっ!」

「うっわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

ガッシャーンっ!!

椅子と一緒に倒れるぼく。その上から、ほおり投げてしまったアルバムから、アスカの
写真がバラバラと落ちてくる。

「いたたたた。」

「なにしてんのよ? びっくりしたわねぇ。」

「びっくりしたのはぼくだよっ! 急に入って来ないでよ!」

打ち付けた頭をさすりながら、急いでアスカの写真を拾い集めて立ち上がろうとする。

「ん? アタシの写真?」

「え、あ。ちょっと。」

「アンタ・・・なんか、えっちなことしてたんじゃないでしょーねぇーっ!」

ジト目で睨んできてるよ。そんなことしてるわけないだろっ。ただ、キスの練習を・・
・って、それも言えないよな。

「違うってば。アルバムの整理してただけだよ。」

「ほんとかしら? 整理してて、なんであんなにびっくりするわけ?」

ヤバイ・・・。
アスカってカンがいいからなぁ。
誤魔化さなくちゃ。

「その・・・丁度、アスカって可愛いなぁって思って見てた時だったから。」

「・・・・・・うっ。バ、バカなこと言ってないで、さっさと宿題するわよっ!」

ププ。照れてるよ・・・。
こういうとこも可愛いんだよなぁ。
怒ると母さんに負けないくらい怖いけど・・・。

母さんは近所でも有名なくらい優しい母さんなんだ。父さんは怖いって有名だけどね。
でも1度母さんが怒ると、その父さんでも腰を抜かす程怖いんだ。ほんとだよ?

ぼくは小さいテーブルを部屋の真ん中に出すと、アスカと体がくっつくくらいの隙間で
並んで座って宿題を広げる。

「ちょとっ! そっち座んなさいよっ!」

だけどアスカは、ピッピッと机の向こうの対面の位置を鉛筆で指し示す。

「なんでだよ。恋人同士だったらさ・・・。」

「甘えないのっ!」

今日も駄目だった。隣に座ることはできそうにないから、ぼくの定席となっている対面
に座ることにする。たまーに、許してくれるんだけどさ。

なんかアスカって。
一生キスさせてくれそうにないよなぁ。

手を繋ぐだけのカップルなんてヤだよ。それも、ほんのたまーにだけ・・・。せめて、
腕を組んでデートして、別れ際にはキスくらいしたいよな。

「ねぇ、喉渇いたんだけど。ジュース無いかしら?」

「母さーんっ! ねぇー、母さんってばぁっ!」

「おばさん、鶏肉忘れたとかって出掛けちゃったわよ?」

「またぁ? もぅっ! ちょっと待ってて。なんでもいいよね?」

「コーヒー以外ならいいわよ。」

確か冷蔵庫にジュースが何本かあったはずだ。・・・そうだ、1本しかないことにしち
ゃおう。そうしたら、1つのジュースを2人で。

ぼくは冷蔵庫にあった残りのジュースを野菜室に隠して、1本だけオレンジジュースを
持って部屋へ戻った。

「オレンジジュースがあったよ。」

「ありがと。」

プルトップを開けて、アスカが缶を口に付ける。オレンジジュースが、口に入って行く。
ぼくも缶ジュースに生まれたら良かった・・・。

「シンジ、いらないの?」

「欲しいけどさ。1本しかなかったから。1本だとさ・・・。」

「そうなの? じゃ、残り飲みなさいよ。」

「えっ!? いいのっ? ほんとにっ!?」

やったっ!!!
作戦大成功だっ!

「コップに入れてきてあげるわ。待ってて。」

「あっ、ちょっとっ。」

「べ〜っ!」

あっかんべをしてアスカが部屋を出て行く。今のって・・・もしかして、ぼくの作戦バ
レてたとか・・・。最悪だ・・・。

「シンジっ! 野菜室にまだオレンジジュースあったから、持ってきてあげたわ。」

「・・・・・・。」

完全に見透かされてる。
駄目だ・・・。

「さっ、宿題するわよ。今日アンタ、単語の発音おかしかったでしょ?」

「おかしかった?」

「先生に当てられた時よ。ここ、ここ。いい、よく聞くのよ?」

丁度今日ぼくが当てられて読まされたページを開いて、アスカが読んでくれている。V
とかFの発音の時、白い歯が唇に当たってかすかに揺れる。

すぐ目の前にあるアスカの唇。
手を伸ばせば届くのに・・・。

今のぼくにはそれがもの凄く遠くにあるように思える。クリスマスイブだ。クリスマス
イブが勝負だっ!

<学校>

次の日の昼休み、ぼくは図書室のテーブルに何冊も小説を積んで読み漁っていた。ぼく
は父さんや母さんの遺伝か影響で数学と理科が得意なんだけど、国語や英語の文系科目
は好きじゃない。そんなぼくが小説を読む理由は。

どっかにキスの味って書いてないかなぁ。
小説なんだから、キスシーンくらいありそうだけど。

「あら? 碇君凄いわね。こんなに小説読むの?」

「ちょっと調べたいことがあって・・・。」

「小説で?」

声を掛けてきたのはミサト先生。こんなに小説を山積にしてたから、目立っちゃったの
かな。

ミサト先生くらいの歳なら、キスくらい経験してるよな。先生美人だもん、加持先生と
噂もあるし。

そうだっ!

「あの・・・ミサト先生。」

「なに?」

「キスって、どんな味ですか?」

「ブッ!!!! あははははははははっ!!!」

なんで、噴出すんだよ? 
酷いよっ!

「へぇ、碇君も、そういうこと興味あるのねん。」

「そういうわけじゃ・・・。」

「なーに? 好きな子でもいるのぉ?」

「その・・・。」

「やっぱり、惣流さんだったりして?」

「違いますよっ!」

「ムキになるとこが怪しいわねんっ。」

「もういいですっ!」

「あらあら、照れちゃってぇ。先生が相談に乗ってあげるわよん。」

「違うって言ってるでしょっ!」

いくつか積んでいた小説の本を元あった棚に戻すと、しつこく纏わりついてくるミサト
先生から逃げるように図書室から出て行く。

先生なんかに聞くんじゃなかったよ。
だいたい、ミサト先生のファーストキスなんて大昔だろうし。
もう忘れてるに違いないよ。

からかわれたから腹を立てて、ブツブツ言いながら教室に戻ったら、アスカが委員長と
机を挟んで楽しそうにお喋りしていた。

『やっぱり、素敵よね。』
『でしょ? アタシも前からそういうの憧れてんだけどさ。』
『映画とかじゃ、よくあるのにね。』

なんの話してんだろ?

『アスカはどうするの? 今年は?』
『アタシは・・・どうだろ。』
『わたしは家族旅行。』
『いいなぁ。旅行かぁ。』
『でもねぇ。クリスマスイブに温泉よ?』
『うーん。それもちょっとねぇ。』

少し離れた所にある自分の席に座って耳を傾けていると、どうやらクリスマスの話をし
ているみたいだ。

なんかに憧れてるって言ってたな。
何にだろ? 気になるよ。

「あっ! シンジっ!」

「えっ、なにっ!?」

まずい。
盗み聞きしてたのばれた?

「ちょっとこっち来て。」

「うん・・・。」

やばい、どうしよう。
殺される・・・。

おどおどしながら委員長とお喋りしているアスカの所へ近付いて行ったんだけど、なん
だか怒っているような雰囲気じゃない。

「冬休み、鈴原ってどっか行くって言ってた?」

「ちょ、ちょっと。アスカってばっ。」

「いいからいいから。ねぇ、鈴原なんか言ってた?」

トウジ?
そんなこと聞いてどーすんだろ?

「ケンスケの家でゲームして遊ぶって言ってたけど。」

「ほらっ。どうせ鈴原もヒマしてんのよ。」

「でも・・・わたし。」

「何言ってんのよ、ヒカリも・・・あっ、シンジ。もういいわよ。」

「・・・・・・うん。」

いったい、なんなんだよ。
まぁいいや。怒られなかったし・・・。

委員長の手をぎゅっと両手で握り締めて、なにか一生懸命語ってる。いいなぁ、委員長。
ぼくもアスカとあんな風に手を握って話ができたらな。

その後ずっとアスカをぼくは見ていた。委員長と話をするその唇にどうしても目が行っ
てしまう。たまに目が合うとアスカがニコリと微笑み掛けてくる。学校だからそれくら
いだけなんだけど、ぼくだけに向けてくれるちょっとした笑顔が嬉しい。

昼休みが終わろうかという時。自分の席に戻って行くアスカが何気なくぼくの席に近づ
いて来て、机の上にノートの切り端に書いた手紙を置いて行った。

なんだろう?

”クリスマスイブ。
  ヒカリんちのパーティーに行ってることにして貰っから、2人で遊びに行けるわよ。
  どっか連れてってっ! 期待してるねっ!”

やたっ!

アスカのおじさん厳しいから、クリスマスイブどうしようかと思ってたけど、これで2
人っきりだっ!

よしっ! よしっ! よしっ! よしっ!
キスが近付いてきたぞっ!!

もうすぐお年玉も入るし、クリスマスプレゼントは有り金はたいて奮発だっ!
今日はアスカが喜ぶプレゼント探しに行かなくちゃっ!

その日の放課後、小遣いを全部ポケットに突っ込んだぼくは、クリスマスプレゼントを
探していろんな店を回った。

<繁華街>

クリスマスイブになった。昼の間は映画を見たり、あちこちの店に入ったりして時間を
過ごしたぼく達。さすがクリスマスイブだけあって、まわりはカップルばっかりだった
けど、アスカと一緒だから全然羨ましいなんて思わない。

「夜になると綺麗ねぇ。」

「クリスマスイブって感じだね。晩御飯どこで食べようか?」

折角のクリスマスイブなんだから、男として奢ってあげるくらいの格好はつけたいんだ
けど、プレゼントに奮発しちゃって2000円程しか小遣いが残ってない。

「あのね。本で見たんだけど、近くに美味しいレストランがあるのよ。」

「うっ・・・。」

「クリスマスだしさ、そこ行ってみない?」

「高いんじゃないの?」

「まっかせなさい! ママからちょっと軍資金貰ったもんっ!」

ぼくとのデートは、おじさんには内緒にしてるみたいだけど、おばさんには正直に言っ
てるようで、よくちょっとしたデート代などを貰ってる。

だけど、今日はぼくが奢ってあげたいな。

「初めてのクリスマスのデートだろ? だからさ、今日はぼくが出したいんだけどさ。」

「へぇー。ご馳走してくれるの?」

「それが・・・。大したのをご馳走できる程小遣い残って無くて・・・。」

「そんなのいいって。それならファーストフードでいいんじゃない?」

「ファミレスくらいなら・・・なんとか。」

「大丈夫?」

「うん。たぶん。」

「じゃ、こうしよ? シンジはアタシにご馳走してよ。その代わり、ママがご飯代くれ
  たからシンジのはアタシが出すわ。」

「うん。わかった。」

ほんとは全部出したかったんだけど、この辺りがぼくの限界みたいだから妥協すること
にして晩御飯を食べに行く。

ファミリーレストランに入ったぼく達は、お互いに気に入ったハンバーグを頼む。いつ
ものように対面に座って腰を落ち着けていると、アスカが肩から下げていた少し大きめ
のバッグをゴソゴソと漁りだした。

プレゼントかな?
渡すなら今だよな。
ぼくも出さなくちゃ。

「あのね。プレゼントがあるの。」

「ぼくも買ったんだ。」

「なに? 見せて?」

「いっせいので、交換しようよ。」

「ダメ。シンジが先っ!」

「・・・いいけど。これなんだ。」

2日前に買う予定だったけどぼくの予算じゃいいのが見つからず、昨日も1日かけて探
し回ったプレゼントをポケットから出す。
足を棒のようにして一生懸命探しはしたんだけど、気に入ってくれるかかなり不安。

「こんなの買うの初めてでさ。でも一生懸命選んだんだ。」

「開けていい?」

ラッピングを開けるアスカの表情を見ているとかなり緊張する。口で嫌だなんて言わな
いだろうけど、箱を開けて中を見た瞬間、嬉しそうな顔をするか、がっかりした顔をす
るか、その表情を見るのが怖い。

そしてアスカが箱を開け、ぼくのプレゼントを覗き込む。

「あっ! シンジ・・・これは駄目だってば。」

ガーーーーーン。

そ、そんな・・・。
あれだけ一生懸命選んだのに、駄目まで言うなんて。

そればかりかプレゼントを受け取ってもくれず、箱ごと突き返して来ているじゃないか。
ぼくはショックのあまり、泣きそうになってくる。

「気に入らなかった?」

「違うってば。こういうのは、シンジがしてくんなくちゃ。」

「ぼくがって・・・あっ!」

こんなの買うのも人にあげるのも初めてだから全然気付かなかったけど、目の前で右手
の薬指を出しているのを見てようやくわかった。

そっか。
そういうことか。

地中深くまで落ち込み掛けたぼくの気持ちだったけど、一気に心の中が晴れ渡り、買っ
てきたシルバーの指輪をアスカの右手の薬指にしてあげる。

「最初は金にしようと思ってたんだけど、びっくりするくらい高くてさ。」

「ううん。とっても、うれしいっ! ありがとっ!」

まじまじと自分の指に嵌った、ぼくが初めてプレゼントした指輪を嬉しそうに光に照ら
して見てくれている。喜んでくれて良かった・・・。

「どう似合う?」

「うん。だって、アスカに1番似合いそうなの選んだんだ。」

「そっかぁ。ねぇ、金ってやっぱ高かった?」

「ちょっと手が出なかった。いつか、お金貯めてプレゼントするよ。」

「ほんと? 約束よっ!」

「うっ・・・でも、すぐに買えそうにないけど・・・。」

「いいのいいの。アタシもそんなにすぐ貰っても困るもん。」

「なんで?」

「まだ14になったとこだしさ。その時まで左手の薬指はあけとくからね。」

うぅぅぅ。なんて嬉しいこと言ってくれるんだ。今のぼくにはまだ右手の薬指が限界だ
けど、いつか必ず左手の薬指に嵌める指輪、買うからね。

「次はアスカだよ。アスカのプレゼントは?」

「あのね・・・。」

それまで右の手を広げて電灯の光を反射させる指輪を嬉しそうに見ていたアスカだった
けど、急にボソボソと口篭ってまた鞄の中を漁り出す。

「これ・・・なんだけどさ。笑わないって約束する?」

「なんで、笑うんだよ?」

「初めて編んだのよ・・・マフラー。でも、失敗しちゃって。」

「うそっ! アスカが編んだのっ!?」

「なによっ!! その言い方ぁっ!! アタシが編み物しちゃ悪いわけぇっ!!?」

『あの・・・イタリアンハンバーグのお客様は・・・。』

「あっ、アタシ・・・。」

大きく口を開けて大声を張り上げたのと同じタイミングで、ウェイトレスさんがハンバ
ーグを運んで来た。アスカは恥ずかしそうにテーブルの前を片付ける。そんな仕草も、
ちょっと可愛いかもしれない。

「アンタのせいで恥しかったじゃないっ。」

「違うんだ。手編みのプレゼントだなんて思ってなかったから、嬉しくってさ。」

「・・・・・・ま、そういうことなら、許してあげるわ。はい、これ。」

リボンを掛けられラッピングの紙に包まれた手編みのマフラーを、鞄からモソモソモソ
と出して来て、恥ずかしそうに両手でぼくに渡してくれた。

「いーい? 笑ったら怒るわよっ。」

「そんなわけないだろ。開けるよ?」

「うん・・・・。」

じっとぼくの顔をアスカが覗き込んで来る。たぶん、さっきのぼくの気持ちと同じで、
どんな反応するか気になるんだろうな。

ラッピングを開けると、中から真っ白なふわふわしたマフラーが姿を現す。とても初め
てだなんて思えないくらいのいい出来だよ。

「ありがとっ! あったかいよ。」

「あのさ。ここ、目が飛んでるでしょ? ちょっと弾力も足りなくなっちゃって・・・。」

「そんな細かいことわかんないや。嬉しいよ。ありがとう。」

いろいろと言い訳みたいなことを言ってるけど、そんなことは本当にどうでもいいんだ。
初めての手編みのマフラーって言うだけで、嬉しくて仕方がなくて、ぼくは早速首に巻
いてみる。

『お待たせしました。和風ハンバーグです。』

ハンバーグとご飯が運ばれて来た。汚しちゃいけないから、マフラーを片付けてテーブ
ルの上をあける。

アスカが編んでくれたマフラーだ。
大事な宝物だな。

お互いの料理も出揃い、ぼく達はハンバーグに集中して食べ出したんだけど、アスカは
時折チラチラと指輪を見て嬉しそうにしている。予想以上に喜んでくれてるみたいだ。

クリスマスの初デート。
ここまでは大成功じゃないか?

ハンバーグを食べながらもアスカに視線を運ぶと、いろんな仕草をしている姿が見えて
くる。

ご飯を食べるアスカ。
ハンバーグをフォークに突き刺し口に運ぶアスカ。
オレンジジュースをストローで飲むアスカ。

その唇の動きが気になって仕方がない。

今日こそはっ!
今日こそはキスするぞっ!

早くご飯を食べてしまって、この店を出よう。そこから帰るまでの1時間くらいが勝負
だっ。ぼくは大急ぎでご飯を食べる。

「もう食べ終っちゃったの? ちょっと待って。」

「ゆっくりでいいよ。」

手編みのマフラーまで一生懸命作ってくれたんだ。アスカだって、嫌ってわけじゃない
はずだ。雰囲気とタイミングが大事だよな。

アスカがそういう気持ちにならないと。
感じのいい場所ってあったかな・・・。

そうだ。クリスマスツリーを見に行こう。年に1度のクリスマスイブだ。きっといい雰
囲気になるに違いない。

ぼくは昼間見た大きなクリスマスツリーを思い出し、そこに勝負を掛けることにした。
きっと夜になったら、ピカピカ光って綺麗なはずだ。

「ごちそうさま。行きましょうか?」

「もういいの?」

「うん。これ、アンタのご飯代。」

「ん? ぼくの分もぼくが払うの?」

「アンタが払った方が格好いいじゃん。ね。」

今日は完全にぼくが払うことができなかったけど、アスカの気遣いもあって、そういう
雰囲気だけ味わったぼく達はクリスマスイブの街へと出て行った。

「まだ、もうちょっと時間あるだろ? 昼見たツリー見に行こうか?」

「わぁ〜! いいわね。きっと綺麗よ?」

よしっ!
アスカも喜んでるっ!

早速さっき貰ったマフラーを首に巻いて、寒い12月の夜の街をアスカと並んで歩き出
す。

「シンジぃ〜。」

えっ!? なんとっ、珍しくアスカから手を繋いで来たぞ。

「手、冷たくなっちゃった。」

「今日は寒いからなぁ。こうしてるとあったかいよ?」

ぎゅっとアスカの手を握り返して歩き出す。手を繋いで歩いたことは、これ迄にも何度
かあったけど、今日はその中でも特別にいい雰囲気じゃないか?

いいっ、いいぞっ!
さすがクリスマスだ。
クリスマスツリーをバックにキスするんだっ!

だけど、いざクリスマスツリーの下まで行ったぼくはがっかりしてしまった。

周りにはぐちゃっと大勢の人だかり。カップルもいれば、走り回る小さな子供まで群が
ってる。

「わぁ、お星様が光ってるわよっ?」

「そうだね。」

「綺麗ねぇ〜。クリスマスツリーって、夢があっていいわね。」

「そうだね。はぁ〜。」

「あっ、見て見てっ! あんなとこに可愛いサンタさんがぶら下がってるっ!」

手を繋いだままツリーのあっちこっちを指差してはしゃいでいるけど、ぼくは期待が大
きく外れどん底の気分。

ツリーをバックに2人だけの静かなファーストキス。

そんな夢のようなシーンは、この場所の何処にもない。もう他に良い場所を探している
時間の余裕もない。9時迄はおばさんがなんとかしてくれるらしいけど、それを超えて
もしおじさんが委員長の家にでも電話なんかしたら大変なことになる。

はぁ〜。
せっかくのクリスマスだったのに・・・。
今日は諦めるしかないよな。
遅くなったらアスカが怒られちゃうし。

「そろそろ帰らなくちゃいけない時間だね。」

「えー? もうそんな時間? なんだか勿体無いわね。」

ほんとだよ。勿体無いよなぁ。
クリスマスイブに2人きりだったのに。
今日こそキスできると思ったのに・・・。

「ねっ! ツリーの前で写真撮ってもらおっ! すみませーんっ!」

使い捨てのカメラを鞄からゴソゴソ出して来たアスカは、通り掛かったカップルに写真
を撮ってくれるように頼んでいる。

キスはできなかったけど・・・。
恋人になって初めてのクリスマスの記念だよな。
この写真は大事にしなくちゃ。

どうやら交渉成立。写真を撮って貰えるようだ。カメラを預けて走り戻って来たアスカ
が、ぼくの手を引っ張ってツリーの前に立つ。

「いいですか?」

「はーいっ!」

カメラを預けたカップルに大きく手を上げたアスカは、その手でぎゅっと抱き付いて腕
を絡めてぴったり寄り添ってきた。

わっ! わっ! わっ!
ウソ? アスカと腕組んでるよっ!

「はい。撮りまーす。」

パシャっ!

「ありがとーっ!」

シャッター音がすると、すぐに腕を離してカメラを返して貰いに走って行ってしまった。
折角腕を組んだのに、もうおしまい?

でも、今日は手を繋いできたのもアスカからだったし、わずか数秒だったけど腕まで組
んできたもんな。こんなにいいムードなのにぃ。

もう時間がない・・・
この人込みさえなんとかなれば。
何処か2人っきりになれる場所ないかな。

「行きましょうか。」

「そうだね。」

「現像したらシンジにもあげるねっ。」

「楽しみだな。」

ここから駅まで真っ直ぐ行ったら30分もかからない。
その間に2人っきりになれる場所って・・・。
繁華街の真ん中にそんなとこないよぉ。

またアスカと手を繋いで歩く。普段なら嬉しいはずなんだけど、2人っきりになれる場
所ばかり探してしまって、そっちに気が回らない。

「今日、楽しかったねわね。」

「思いっきり遊んだって感じだよ。」

「シンジは何が1番楽しかった?」

「このマフラー貰ったことかな。」

「もうっ! 人に見せちゃダメよっ! いっぱい失敗してんだからっ!」

「そんなことないよ。よくできてるじゃないか。」

「ダメダメ。女の子が見たら、一発でわかるのっ。」

「そういうものかなぁ。」

帰る道々で楽しい会話をしながらも、ぼくの意識の90%は2人っきりになれる場所ば
かり探して、きょろきょろしていた。

もうすぐ駅だ。
やっぱり2人っきりになれるとこなんて無かったよ・・・。

道の向こうに駅が見えてきている。後2,3分歩けば着いてしまう距離。ぼくはもうほ
とんど諦めて駅へ向かって歩いていたんだけど、ふと脇道に神社があるのが目に入った。

神社だっ!
そうだっ! 神社があった。
正月じゃないもんな。クリスマスなら神社なんか誰もいないはずだっ!

よしっ!

神社と言ってもビルとビルの間にあるほんとに小さい所だけど、それで十分だ。最後の
大どんでん返しに、ぼくは胸を弾ませる。

「ちょっと、神社寄ってかない?」

「神社ぁっ? 今日、クリスマスよっ?」

ヤバイ。変に思ってるぞ。
キスしたいからなんて言えないし・・・。
えっと・・・えっと。

「まだちょっと時間に余裕あるしさ。このまま帰っちゃうの勿体無くない?」

お願いっ!
これで納得してっ!

「うーん。それもそうね。ちょっと寄って行きましょうか?」

「だろ? あそこなら、他に誰も見てないしさ。」

「・・・・・・。」

ジロっとアスカがぼくを横目で見てきた。

「やっぱ、やーめた。帰りましょ。」

「えっ、えーーーーー? なんでだよっ!」

「だって、あそこ暗そうだもん。」

「そ、そうかもしれないけどさ。でも、このまま帰ったら勿体ないだろ?」」

「今日はいっぱい楽しんだから、もう満足よ。パパにばれないうちに帰んなくちゃ。」

「だって、さっきは行くって・・・。」

「早くっ! 帰るわよっ!」

ガーーーン。

最後の最後で、思いっきり警戒されちゃったよ。
もう駄目だ。
今日はキスなんて無理だっ。

がっかりしたぼくは、その後ちょっと無口気味に電車に乗った。まだ普通の人達が帰る
時間より早い時間だったから、意外と電車の中は空いてて2人並んで座ることができた。

あーぁ・・・。
やっぱり、キスなんてまだまだ先のことなのかなぁ。

アスカとキスしたいなぁ。

ちらりとアスカの方を見ると、電車が動き出して間も無いのにコクリコクリと舟を漕ぎ
出している。今日は1日遊んだから疲れたんだな。少しアスカの頭を引き寄せ、寝やす
いようにぼくの肩に凭れさせてあげる。

キスはできなかったけど、アスカが喜んでくれたし。
幸せそうな寝顔が見れたからいいや・・・。

「ふぁぁぁぁ。」

なんか、ぼくも眠いや・・・。

                        :
                        :
                        :

ピリリリリリリ!

ん?
ここどこだ?

「わっ! アスカっ! 起きてっ!!!!」

「えっ? えっ?」

「降りる駅だっ!」

いつの間にか、ぼくも寝てたみたいだ。気付くと駅に着いていて、発車ベルが鳴ってい
るじゃないか。

ぼくは大慌てで飛び起きると、アスカのカバンを左手でひっ掴み、アスカを右手で引っ
張って、電車の中の人込みをよりわけダッシュ。

『電車が発車します。扉にご注意下さい。』

ピリリリリリリ!

わっ!
ちょっと待ってっ!

間一髪で電車から飛び降りるぼく。だけど右手で引っ張っているアスカが、他のお客さ
んの足に躓いて、電車の中で転びそうになっていた。

「くそっ!!!」

ちょっとアスカの手が痛いかもしれなかったけど、乗り過ごしたら9時に帰り着けなく
なる。ぼくはめい一杯の力でアスカをぐいっと引っ張った。

「キャッ!!!!」

ぼくに覆い被さるようにアスカが引き出される。

後先考えず、全体重を後ろに掛けて引っ張ったぼくは、その勢いとアスカの体重で背中
から倒れていく。

「くっ!」

足を後に出して自分の体を支えようとしたけど、体勢も不安定な上、アスカが突っ込ん
できてて支えきれない。

手を後に突きたいけど、アスカの体がぼくから離れてコンクリートにぶつかっちゃうと
ぼくよりアスカが危ない。アスカを抱きかかえてる手だけは離せない。

どうすることもできず、ぼくは思いっきりホームに背中から転んで、後頭部をぶつけて
しまった。

ゴチっ!

いっ、いたたたたたたたた。

目から火花が出る。自分の体重とアスカの体重が重力に引っ張られて、不安定な体勢で
転んだぼくは、かなりの激痛を後頭部に感じた。

「うっ、うっ、うーーーー。」

ぼくの上に倒れこんできたアスカが慌てて起き上がって、ぼくを抱き起こしてくれてい
る。駅員さんもびっくりして『大丈夫ですか?』と駆け寄って来たけど、あまりの痛さ
にしばらく声が出なかった。

「シンジ? シンジ? 大丈夫?」

「う、うん・・・。」

「大丈夫ですか? お怪我は?」

「あ、すみませんでした。大丈夫ですっ。」

駅員さんに一言ぺこりと謝ったぼくは、注目されていることに気付き、あまりにも恥ず
かしくて、まわりの人の目を気にしながらいそいそとホームを降りて行く。

初めてのクリスマスのデートだったのに。
最後の最後で、物凄く格好悪いよ。
最悪だ・・・。

「ふぅ・・・なんとかおさまってきたよ。」

「ほんと、大丈夫? 病院行った方がいいんじゃない?」

「そこまでじゃないよ。もう痛くないし。」

「でも・・・。」

「それより、早く帰らなくちゃ。9時に間に合わないよ。」

「そうだけど。」

「さ、早く帰ろ。」

「ありがと・・・シンジのおかげで間に合いそう。」

今日はずっといい感じだったのに、最後がこれじゃぁなぁ。記念になるはずのクリスマ
スが、これじゃ笑い話になっちゃうよ。

「シンジ・・・。」

え?

がっかり落ち込んでたぼくだったけど、一瞬にしてその気持ちは吹っ飛んだ。そっと寄
り添って来たアスカが、ぼくに腕を絡めてきたんだ。

いったい、どうしたんだよ?
ぼくが頭打って可愛そうだから?

さっきほんのちょっと腕を組んだけど、腕を組んで歩いたのは初めて。凄く嬉しい。だ
けどなんで?

「好きよ。シンジ。」

両手でぼくの左手を抱き締め、ちょっと体重を預け気味にぴったり寄り添ってくる。い
きなりなんだ? どうしたってんだよ?

これは・・・。
もしかして。

周りを見ると、さっきまでの繁華街とは違って誰もいない。わずかな明かりを灯す街灯
と、ここにはぼく達2人だけ。

もしかしてすっごくいい状況じゃないか?

だけど、だけど、どうする?
どうしたらいいんだ?

突然の出来事に頭の中の整理ができない。そうこうしている間にも、1歩づつマンショ
ンが近付いて来る。

アスカが・・・ぼくの腕に。

ほんの少し顔を振るだけで、アスカの顔が目の前に迫る。数センチ近付いたらキスでき
る距離。

アスカすごく嬉しそうな顔してるよ。
キスしてもいいのかな?
そんなことしたらまた怒るかな?

だんだんと家に近付くと共に、ぼくの歩調は遅くなっていく。それに合わせてアスカも
急かそうとしたりせず、ゆっくり歩調を合わしてくる。

アスカの正面に立ちたい。
前に立てたら、キスできそうなのに・・・。
なんで、アスカは横なんだ。

正面にアスカと面と向かって立ちたいのに、アスカに抱き付かれている左手が邪魔して
体の向きを変えられない。

右手でアスカの左肩を持てたら・・・。

なんとか体勢を変えようと左手をちょっと動かした時、アスカの体にピクリと力が入っ
たのがわかった。

マズイっ!

せっかくの今の雰囲気を壊したくない。ぼくは即座に左手の力を抜く。その後もアスカ
は何も言わず、ぼくの手を離すこともない。

黙ったまま歩き続けるぼく。家に帰り着くのを足が嫌っている。ゆっくりゆっくり歩く。
アスカもそれに付いて来る。

アスカの前に右足を出したい。
正面に出て、アスカの顔を見たい。

一歩足を出すとアスカも同じように歩みを進めて、ぼくの隣につく。また一歩進むとア
スカも・・・。いつまでたってもアスカは横にいる。

次、右足を出す時に。
次こそ。

何度も右足を大きく斜め前に出して体をくるりとアスカへ向けようとするけど、真っ直
ぐ前に出すことしかできない。

近付いて来るぼく達の住むマンション。

曲がり角を曲がる。とうとう立ち並ぶ屋根の向こうに、マンションの屋根が見えてきて
しまった。

アスカとキスしたい。

マンションの頭が見えて焦ったぼくは、思い切って右足をアスカの前に出そうとした。
だけど、左手にアスカが抱き付いてて、その重みがぼくの体の自由を奪う。

ぼくは強引に、アスカの体を振り回すことはできなかった。

中途半端に斜めに出してしまった右足。ぼくは体勢が崩れて、ややアスカに向く感じで
その場に止まってしまう。

失敗した。

ぼくはドキドキしながら気まずそうにアスカの方へ振り向く。

ぼくが変な動きをしたからか、アスカも顔を上げてこっちを見て来た。

暗い道。少し前の街灯の明かりが、ぼくの背中から照りつけてアスカの顔を映し出す。

大好きなアスカの顔。

綺麗な青い瞳。

重なる視線。

互いに見詰め合ったほんの僅かな時間の後、アスカはそっと抱き締めていたぼくの左手
を離す。

アスカ。
アスカ。
アスカ!!

自由になったぼくの体のほんのすぐ目の前で、アスカが黙ったままこっちを見ている。

何も確認したわけじゃないけど、ぼくにはもうわかっていた。ぼくたちはここで初めて
のキスをするんだと。アスカの青い瞳を見ていると、なぜかそう確信した。

キスしたくて一生懸命頑張ってけど、その瞬間が今ここで訪れることは、まるでずっと
前から決まっていたかのように、自然にぼく達をいざなった。

キス・・・。
キスするんだよな。

ぼくがずっと抱いていたのキスへの期待と憧れなんか、どっかに吹っ飛んでしまい、い
ざその瞬間が迫ると怖くて逃げ出してしまいそうになる。

アスカの肩を持とうと、だらんと垂らしていた両手を上げていくと、ぼくの手が小刻み
に震えているのがわかる。

ほんとにいいんだね。
ほんとに・・・。

まるで断崖絶壁から飛び降りる決意をするかのような決断に迫られた気になる。でも、
時間は止まることなく、震えたままの手でアスカの両肩を痛くないようにやさしくそし
てしっかりと掴む。

思った以上に狭くキャシャなアスカの肩が、ぼくの両手の間に納まる。

ずっと開いてぼくのことを見ていた青い瞳。

その瞳がゆっくりと閉じて、顔をぼくに向けるアスカ。

運命の瞬間が迫っていることを悟ったぼくの体が、自分でもわかるくらい震える。

アスカがほんの少し、ぼくに寄って来た。

それに応じるかのように、ぼくはアスカの肩を引き寄せ顔を近づける。

こんなとき男も目を閉じるんだろうか・・・わからないままぼくは目を閉じゆっくりと
唇を近づける。

そして・・・アスカとぼくの唇が。

2人の唇が初めて1つになり触れ合った。




初めてのキス。




アスカも震えてたんだ・・・。

アスカの震える唇が、ぼくの震える唇に伝わってくる。

キスってどんな味がするんだろなんて思ってたけど、そんなこと何もわからなかった。
その瞬間は、そんなことを考える余裕すらなかったのかもしれない。

ただ震える唇と唇が触れ合うキス。

何分経っただろう? どれくらいキスしてただろう?

ぼくはそっとアスカから唇を離す。

目を開くと、アスカはまだ目を閉じたまま。余韻に浸るかのようにじっとして、ぼくに
両肩を支えられている。

とうとうしたんだ。
アスカと・・・アスカとキスしたんだ。

アスカはまだ目を閉じたまま体重をぼくにあずけて動こうとしない。

肩を持ってる手を離さなきゃ・・・何か声を掛けてあげた方がいいのかな・・・。

「好きだよ。アスカ。」

こんな時どんな言葉を言えばいいのか何も思い付かず、ただぼくの今の気持ちをそのま
ま言っただけの、飾りっ気の無い言葉だった。

だけど、その言葉と同時にアスカはまたあの綺麗な青い瞳を開いてくれた。

「帰りましょ。」

「うん・・・。」

その後ぼく達は手を組むことも繋ぐこともなく、残りほんの僅かの距離になっていたマ
ンションまで並んで歩いた。

帰るまでなんの言葉もなかった。唯一交わした言葉は、玄関の前で言った「おやすみ」
の一言だけ。

だけど、言葉なんかなくても、ぼくは幸せ一杯だった。

アスカの何より大切なものを貰った気がして、アスカの愛情を感じられた気がして。

ぼくは部屋に入り1人になって、やっと息が漏れると共に笑顔がこぼれた。

今日は、中学2年のクリスマス。

今日は、ぼくとアスカにとって2つ目の記念日。

今日は、ぼくとアスカが初めてキスした日。

To Be Continued.
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