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恋のStep A to C
Episode 03 -Step A (上級)-
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<通学路>

中学3年生の春。ぼくはドキドキしながら、桜咲く並木道を学校へ向かって歩いていた。
今日から新学年で心機一転・・・という気分になるはずなんだけど、不安で仕方のない
ことがある。

1年は別で、2年は一緒。
3クラスあるから確立は・・・あぁ、考えないようにしよう。

そう。新学年ということはクラス替えがあって、アスカとまた同じクラスになれるかど
うか不安。

いくら考えても不安になるだけだから、気分を変え周りに目を向けてみると新入生らし
き生徒がパラパラと歩いていて、その中にいつもつるんでいるトウジとケンスケを見つ
けた。

トウジやケンスケとも同じクラスになりたいな。
2年のクラスって良かったのに、なんでクラス替えなんかあるんだよ。

「おはよーっ。」

手を軽く上げながら近付いて行くと、アイツらも気付いたようでこっちに向かって来た。

「トウジ、ケンスケ、久し振りだね。春休み何してたの?」

「俺はゲームを7本もクリアしたぜ。」

「なんや? ずっとゲームしてたんかいな?」

「だって、シンジやトウジ、連絡してもいつも留守だったじゃないか。」

「ほ、ほうか? おかしいのぉ?」

「お前らこそ、何してたんだ?」

やばい・・・。
宿題もなかったし、毎日アスカと遊んでたからなぁ。
何してたことにしよう。

「父さんとよく出掛けてたからじゃないかな。」

「おかしいなぁ。おまえのおやじさん、電話した時、居たぞ?」

ゲッ!
父さん、余計なこと言ってないだろうなぁっ。

「なんか言ってた?」

「それがな、『碇君何処に行ったんですか』って聞いたら、よくわからないこと言うん
  だよ。」

よくわからないって・・・。
父さん何言ったんだよっ!

「な、何て言ったの?」

「いやな。『問題無い』とか・・・なんのことだ?」

「・・・・・・。」

それだけは、ぼくにもわからないんだ。

でも、どうやらアスカと遊びに行ってるなんて言わなかったようだ。父さんにしては上
出来かもしれないな。

そろそろ学校が見えてきた。ぼく達は、ケンスケが新しく買ったゲームの話を聞きなが
ら、中学3年になって初めて校門を潜った。

<学校>

学校に着くと校舎の前に人だかり。みんなやっぱり最初に気になるのは新しいクラスみ
たいで、壁に張り出されているクラス発表の紙を見上げている。

お願いだ神様。
アスカと同じクラスにしてくれっ!

ぼくは意識して極力女子の方に目がいかないようにしながら、自分の名前を探す。まず
は自分のクラスからだ。

A組・・・・ない。
B組・・・あった。

「イカリ」だから出席番号が早くてすぐに見つかる。ケンスケも一緒だ。ぼくの上にあ
る。トウジは・・・ない。

はぁーあ、トウジとは別々か。
よしっ、問題はアスカだっ!

ドキドキ。

惣流・・・惣流・・・。

ドキドキ。

惣流・・・ソ、ソ、ソ・・・。

「シンジーっ! またおんなじクラスねっ!」

「えっ!?」

振り返ると、そこには委員長と一緒にアスカが立っていた。

え?
一緒のクラスなの?

ゆっくり1人1人の女子の名前をドキドキしながら見て行ってたぼくだけど、一緒と聞
いて急ぎさらさらと目を通すと確かにアスカの名前があった。

良かった・・・。
同じクラスだったんだ。

それなら自分で見つけて喜びたかったな。

「でも、トウジとは別々になっちゃったんだ。」

「いいのいいの。」

「なんでさ?」

「だって、ヒカリもAだもんねぇー。」

「やめてよ。アスカ。」

「なーに、赤くなってんのよっ。」

「もー、やめてってば。」

アスカはなにか委員長と戯れ出した。とにかくまたアスカと同じクラスだったから最大
の問題は解決だ。

あとは先生だよなぁ。
お願いだから嫌な先生に当たらないで欲しいよ。

ぼくは他の生徒に比べて先生の好き嫌いは無い方なんだけど、どうしても馴染めない先
生がいる。理科の赤木先生だ。あの先生は生活指導もしてるから、ぼくだけじゃなくみ
んな凄く怖がってる。

去年は男子に人気のミサト先生が担任で、日向先生が副担任だった。他に男子に人気が
高いのは伊吹先生なんだけど、加持先生も面白くて好きだ。

誰でもいいや。
とにかく赤木先生以外だったら・・・。

その後、体育館に集まっていつもの長い冬月校長の話も聞き終わり足が痛くなってきた
頃、いよいよ担任の先生の発表が始まった。

『3−Aを担任することになった赤木です。今年は受験もあるので改造人間になったつ
  もりで・・・・・・』

うわっ! 赤木先生、Aだっ!
可愛そうにトウジ・・・。
でもぼくは助かったな。

『B組を担任することになった加持です。まぁ、受験もあるが気楽にスイカでも作りな
  がら・・・・・・』

やった。
加持先生だ。副担任は伊吹先生か。
いいぞいいぞ。今年も面白いクラスになりそうだ。

去年の担任だったミサト先生はC組の担任になり、3年のクラス発表は終わった。喜ん
でいるB,C組とは対象的にA組は静かだ。赤木先生だもんなぁ。

始業式も終わり、ぼくは教室で加持先生の話を聞いてトウジ達と一緒に帰る。帰り道、
トウジはやっぱり赤木先生のことをブツブツ言ってた。

トウジの言うように、ぼくもあの先生は生活指導やってる癖に、なんで自分は金髪で厚
化粧なのか理解できない。

<シンジの家>

家に帰って今日貰った教科書や春休み中に用意しておいた新しいノートを整理して机に
並べる。お腹減ったな・・・。

明日の時間割の用意も終わって、ダイニングに出て行く。母さんは仕事だけど、今日は
弁当がないから、昼ご飯の用意をしてくれてるはず。

あれ? 無い・・・。
ん?

”お米炊くの忘れてたから、これで何か食べて頂戴。”

1枚の置き手紙と一緒に、テーブルの上に1000円札が置かれている。やったっ!
臨時収入だ。ラッキーだな、これは。

そうだ。
ファーストフードなら1000円で2人いけるよな。

早速その1000円札をポケットに入れると、隣のアスカの家へ向かい、チャイムを鳴
らす。

『はーい。』

「ぼく。ぼく。」

扉を開けてアスカが顔を出す。

「今ご飯食べてんのよ。アンタもう食べたの?」

「えーー、もう食べちゃってるの? 母さんがご飯代くれたから、どっか食べに行こう
  と思ったのに。」

「そうなの? そうだ、うちでいっしょに食べない? そしたらお小遣いになるじゃん。」

「じゃ、かわりにこの1000円で、DVD借りて見ようか。」

「いいじゃんいいじゃん。さ、上がって。」

招き入れられたぼくは、昔から通い慣れたアスカの家に入って行く。左右対称とはいえ
同じ作りの家だけど、うちとはかなり雰囲気が違う。子供が息子と娘の違いもあるんだ
ろうけど、きっと1番の差はお洒落なアスカのおじさんと、あのうちの父さんの差に違
いない。

ん?
風呂場の前になんか干してある。
もしかしてっ! アスカのっ!

「焼きソバ作るから、先これ食べ・・・ちょとっ! アンタっ!!!」

「あっ、いや・・・。」

「テーブルはこっちでしょうがっ!」

「そうだったね。ははは。」

「ったく。油断もスキもないんだから。」

ぼくを押し退け風呂場の方へ入って行ったアスカは、さっさと干してあった白い布切れ
を片付けてる。あーぁ、もうちょっとだったのに。

「できるまでの間、アタシが食べてたオムライスの半分、オ・ト・ナ・シ・ク食べてな
  さい!」

「うん・・・。」

今までアスカが食べてたオムライスの半分を、新しいお皿を1枚出して分けてくれる。
前は自分の食べてた物は、まずくれなかったけど最近はそうでもない。

「これ、アスカが作ったの?」

「ううん。ママ。アタシの手作りは、この焼きソバができるまでお楽しみ。」

「うん。アスカも料理、上手くなったね。」

「なったねって、どういう意味ぃ?」

「だって・・・。」

付き合い出してからまだ1年もたたないぼく達だけど、アスカの手料理を食べてきた歴
史はかなり長い。でも、手料理とはいっても小学校の頃のあれは・・・。

でも、いいんだ。
ぼくのモルモット生活があったからこそ、今のアスカがいるんだから。
ほんとに美味しくなったよ。アスカの料理。

焼き飯を食べながら目を上げると、おばさんのエプロンをして焼きソバをジュージュー
やってるアスカの後姿が見える。テーブルで待つぼく。なんかいいな、父さんと母さん
みたいだ。

そうだっ。
新聞でも読んでみよう。

ぼくは父さんの真似をして、ソファーに置いてあった新聞を手にすると、ダイニングの
椅子に座って広げてみた。

全然面白くないや。
父さん、なんでこんなの毎日読んでんだろ?
母さんに毎朝怒られてまで読みたいものかなぁ。

「アンタ、なに読んでんのよ? 早く食べちゃってよ。」

「あ、ごめん。」

なんかほんとに父さんと母さんみたいだ。
夫婦って、こういうのかなぁ。

ん? なんで怒られたら夫婦みたいなんだ? 駄目だ駄目だ。ぼくは父さんみたいに、尻
には敷かれないって決めてるんだからっ!

全然面白くない新聞をテーブルに置いて、またオムライスを食べていると、湯気の立つ
できたばかりの焼きソバを2つ、アスカがテーブルに並べた。

「食べていい?」

「いいわよ。ソース、足りなかったらそっちにあるから。」

「いただきまーす。」

やっぱり美味しいや。
今日は、臨時収入も入るし。
アスカと同じクラスになれたし。
赤木先生じゃなかったし。

いい日だなぁ。

「アンタ高校どこ受けんの?」

「ん? 考えてないけど・・・みんなと同じとこ。」

「アタシ、もう1つ上の公立目指すわよ。アンタも頑張ってよ。」

「えーーー。そんなに頑張んなくても。」

「数学と理科はアタシより成績いいでしょ? 頑張ってよ。」

「うーん。じゃ、頑張らなくても大丈夫かな。ははは。」

「英語がめちゃめちゃでしょっ! 今のままじゃ無理っ!」

「アスカだって数学が苦手じゃないか。」

「それでも余裕で平均点以上はあんのっ。アンタの英語は余裕で平均点の遥か下でしょ
  っ。英語だけじゃなく、国語も社会もダメじゃんっ。」

「うっ・・・。」

「スキな科目ばっかやってるから、偏るのよっ。」

そうなんだよなぁ。苦手科目の無いアスカと、理系と文系で成績が両極端のぼくじゃ、
5教科の平均点で比べると天地の差があるんだよなぁ。

アスカは全科目90点前後取るから、総合でいつも学年トップ。
ぼくは数学と理科はたいてい100点だけど、残り科目が赤点ギリギリ。

「今年1年はみっちり勉強ねっ。えっちなことばっか考えてないでっ。」

「そんなこと考えてないだろっ!」

「さっき、ふらふらーっと何処行こうとしてたんでしたっけぇーっ?」

「・・・・・・ごめん。」

はぁ、受験かぁ。
3年になったばかりなのに、プレッシャー掛けないでよ。
なんで使いもしない外国の言葉なんか・・・。

とは言ってもアスカと同じ学校に行きたいし、ぼくのせいでアスカに学校のレベルを落
として貰うなんて絶対嫌だ。頑張るしかないよな。

「ふぅ。ごちそうさま。美味しかったよ。」

「片付けたら、どっか行きましょ。お皿洗うまでちょっと待ってて。」

「お茶、1杯欲しいな。」

「もっ! コップ洗う前に言いなさいよねっ!」

ブツブツ言われながら、洗い終わったコップにまたお茶を入れて貰った。それを飲み終
わった頃洗い物も終わったようで、ぼく達は軍資金の1000円を持って近くの河原ま
で自転車に乗り桜を見に行った。

<河原>

満開に咲く桜並木の間を抜ける川辺の散歩道を、手を繋いで歩くぼく達。
風が吹く度、ヒラヒラと花びらが雪のように舞い降りる。

「綺麗ねぇ。家で食べないで、お弁当持って来たら良かったわ。」

「ほんとだよ。気付かなかった。」

「日曜日まで桜あるかしら。雨降らなきゃいいけど。お弁当持って来たいな。」

「こんなに咲いてるんだもん。きっと残って・・・あっ、ケムシっ!」

歩くアスカの足元にケムシが日向ぼっこしてるのを発見したぼくは、指をさして大声を
上げる。

「きゃーーーっ!」

びっくりして道を飛びのき、アスカが抱きついてくる。やわらかい胸が腕に当たって・・・。
ケムシくん。よくやったっ!

「びっくりしたぁ。やっぱりお弁当はダメね。こんなとこじゃ食べれないわ。」

「そんなことないと思うけど・・・。」

「ダメダメっ。ほら、あっちも。あっちにもっ。」

よくよく注意して見ると、桜の木の下にケムシがあちこちに見える。それ以降、アスカ
は道の真ん中を歩いて端には近付こうとしなくなった。

駄目じゃないか、ケムシくん。
もっと頑張ってくれなくちゃ。

今日は平日だけど桜効果のおかげで、おじいさんやおばあさん,カップルに子供達、た
くさんの人がこの散歩道に来ている。

「川の方に行ってみない?」

「えーー、だってあっち草がいっぱいだもん。ケムシいそう・・・。」

「ケムシって桜の木にしかいないんじゃないの?」

なんて口ではいいながらも、またさっきみたいなハプニングを期待していないといった
ら嘘になる。今度はもっとムニュっと・・・。

「あっ、あっちは砂になってるわ。向こうから行きましょ。」

「そ、そうだね。」

砂か・・・。
砂にはケムシいないよ。

ちょっとがっかりしながら、アスカに手を引かれて並木道を歩いて行く。その時、前か
らこっちに向かって歩いて来る2人と目が合った。固まるぼくとアスカ。

「ト、トウジ・・。」

向こうもこっちを見て一瞬固まったみたいだったけど、慌てて委員長と繋いでいた手を
離した。ぼくも今更ながらアスカと慌てて手を離す。

「な、何してるの、トウジは。こんなとこで?」

何してるもなにも無いと自分でも思ったけど、そんな言葉しか出てこない。

「シンジこそなにしとんや。」

「ちょっと・・・桜でも見にさ。ははは。」

「ワイもや。ははは。」

互いに顔を赤くして、どうでもいいような言葉を交わす。『手を繋いでいた』とか『デ
ートしてるのか?』とか、そういったことはぼくもトウジも口にしない。

「ヒカリも桜見に来たの? 綺麗ね。」

「そうなの。桜ってすぐ散っちゃうから。今のうちに見とかなくちゃいけないでしょ。」

「そうなのよねぇ。だから綺麗なのよねぇ。」

アスカの方も似たようなもんで、委員長とどーでもいいような桜の話で、その場を繕っ
ている。

ばれたかな。
ばれたよな・・・。

頑張って今まで秘密にしてきたのに。

「ヒカリ、向こう行くの? ケムシいっぱいいたから気をつけてね。」

「そう? うん、わかった。アスカは向こうよね。」

「そうなの。あはは。」

「そうなんだ。あはは。」

「そうなのよ。じゃ、じゃぁ、また明日ね。」

「うん。明日・・・。」

どうやらアスカと委員長の話も終わったようで笑いながら手を振っている。ぼくもそれ
に合わせてちょっと手を上げトウジに別れを言った。

「また明日。」

「ほやな。」

2組のペアは互いに背中を向けて、それぞれが今通ってきた道を入れ替わりに反対方向
へ歩き出す。これは・・・明日顔を合わせるのが気まずいぞ。クラスが別々になってて
助かった。

「やっぱり、ばれたわよね・・・。」

「びっくりしたよ。まさかトウジと委員長がなんて。」

「ヒカリが鈴原のこと好きだってのはさ。知ってたんだけどさ。ヒカリのヤツぅ。いつ
  の間に。秘密にしてたわねっ!」

「トウジもだよ。そんなそぶり全然無かったのに。親友に隠し事はよくないよ。」

「でも、ヒカリも秘密にしてるみたいだし、アタシ達のこと言い振らしたりはしないと
  思うわ。」

「トウジも委員長もそんなことしないって。」

「そうよね。あーぁ、とうとうバレちゃった。」

まぁなぁー。こうやって毎週のようにデートしてたら、いずれはこういう日が来るとは
思ってたけど、まさかトウジと出くわすなんて。さすがにびっくりした。

でも、ということは。
残るはケンスケだけか・・・。
あいついい奴だから、ケンスケのことを、好きな子もいそうなんだけどなぁ。
そうだよな、きっといるよな。
アスカ、知ってるかな?

「委員長がトウジのこと好きなの知ってたんだろ?」

「いつの間に付き合い出したのか、知らなかったけどね。」

「じゃーさ、ケンスケのこと好きな子って知らない?」

「・・・・・え。」

「なんだよその顔。」

何も聞かなくても今の顔を見ただけで、そんな子は聞いたことないっていうような表情
してる。

「だって、アイツいい奴だよ。」

「うーん。知らないわねぇ。逆にさ、相田って好きな子いないの?」

「うーん。テニス部の■■さんがいいって言ってたな。」

「ウソーー!? ウソーー!? そうなのー!?」

「あと、ブラスバンド部のOOさんだろ? 去年同じクラスだった◇◇さんに、そーそ
  ー、バトン部の後輩の☆☆さんと、それから△△さんに、□□さんに・・・・・・」

「もういいっ! 聞いたアタシがバカだったわっ!」

「なんでだよ。」

「アンタねぇ・・・そんなこと言ってるうちは、彼女なんかできるわけないでしょっ。」

「だってさ。」

「無理無理。本当に好きな子ができたら協力してあげてもいいけど、当分無理そうねっ。」

「うん・・・。」

ケンスケ・・・そういうことだ。
そろそろ本当に好きな子作れよ。

ぼく達は河原で少し遊んだ後、レンタルDVDショップでアスカの好きそうなDVDを
借りて、夕日の中をマンションへ帰って行った。

<コンフォート17マンション>

自転車を駐輪所に並べて止めたぼく達は、レンタルして来たDVDを持ってエレベータ
へ向かう。

「あーっ! な、なんでぇ?」

なんの前触れもなく、アスカがぼくを引っ張ってマンションの壁の影に駆け込んで行く。
何事だ?

「パパがいたわ。エレベータの前に。なんでこんなに早いのよ?」

「嘘・・・。また睨まれるとこだったよ。」

「今日はDVD見れそうにないわねぇ・・・2泊にしとけば良かったぁ。」

「アスカが持って帰ればいいよ。」

「ダメよ。アンタの名前でレンタルしてるじゃない。パパが見たら煩いんだから。」

「ぼくもそうとう嫌われたなぁ。」

「ママは味方だから大丈夫、大丈夫。うーん。じゃ、アタシ先に帰るわね。時間ずらし
  て上がってらっしゃい。」

「わかったよ。」

「ちゃんと勉強すんのよっ。」

「あっ、うん・・・。はぁ、勉強かぁ〜。」

「一緒の高校行くんだからねっ!」

チュッ。

マンションの壁の影で、アスカはぼくに軽くお別れのキスをすると、エレベータへ向か
って走って行った。

初めてキスした時の緊張が嘘のように、この頃はデートの後いつも別れ際にキスをして
いる。

毎回毎回デートが終わる度に、これが恋人なんだなぁと実感できて嬉しくなってくる。
アスカの唇っていつもやわらかいんだよなぁ。

さ、そろそろぼくも帰ろうかな。

「よくやったな。シンジ。」

「うっわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

ぼくは、腰が抜けそうになって、その場に座り込んだ・・・というよりほとんど倒れこ
んだ状態になった。目の前に立っているのは、髭面のでかい人相の悪い人。

な、なんで父さんがここにっ!?

あっ!

アスカのおじさんが帰って来てるってことは、父さんが帰って来ててもおかしくなかっ
たんだっ!

アスカのおじさんは父さんの右腕らしく、同じネルフっていう会社かなんかわからない
とこで働いててよく一緒に帰ってくる。

「なにしてんだよっ! そんなとこでっ!」

ニヤリ。

父さんは何も言わずにエレベータへ向かって歩いて行く。なんなんだよ、あの最後のニ
ヤリとした顔はぁ!?

最悪だよ。

キスしてるとこ見られたよなぁ。
あっ、マズイっ!

「父さんっ! 今のことは誰にも言っちゃ駄目だよっ!」

慌てて追い掛ける。だけど父さんは、振り向きざまに。

ニヤリ。

ムカつく・・・。かなりムカつく。

「ぼくの話聞いてるのっ!? アスカのおじさんに言っちゃ駄目だからねっ!」

「肩揉み1時間で手を打とう。」

「えーーーーっ! なんでそうなるのさっ!」

「揉め。揉まないなら言う。」

「ぐぐぐ・・・わかったよ。」

「フッ。」

ニヤリ。

子供を脅迫する父さんなんて最低だーーーっ!
ちくしょーーーっ!!!

その後ぼくは、1時間どころか1時間30分以上、肩と腰を揉まされ、手を真っ赤にし
て自分の部屋に戻った。

母さんに言い付けてやるっ!
母さんに言い付けてやるっ!
母さんに言い付けてやるっ!
母さんに言い付けてやるっ!

ブツブツ言いながら、しばらく父さんの顔なんか見たくないから、部屋に篭りノートP
CにレンタルしてきたDVDを入れて、寝転びながら見始めた。

アスカが喜ぶと思ってこれにしたのに。
あんまり恋愛物って好きじゃないんだよなぁ。

昔と比べて今はアスカという彼女がいるから、多少は興味も出て来たけど、それでもや
っぱりわざわざ見たいとは思わない。

アスカの方が可愛いしね。
なんちゃって・・・。

2時間程あるその洋画を流すように見て行く。ただ眺めてストーリーを追っかけてる程
度だったんだけど、最後の最後にぼくの目は画面に釘付けになった。

これ・・・ちょ、ちょっとっ。
うわっ!

アメリカ映画によくあるハッピーエンドの物語。愛し合っていた2人の思いが互いに通
じ、抱き合ってキスするありがちなラストシーン。

だけど、そのキスシーンが強烈だった。

し、舌が・・・。
これが本当のキスなのかっ!!!?

なんだか今までぼくがしてきたキスはなんだったんだろうと思える程、そのキスシーン
は衝撃的だった。ぼくは何度も何度も巻き戻してそのシーンを見てしまう。

す・す・す・凄い。
凄すぎる。

その日ぼくは夢にまでこのキスシーンを見てしまった。ただそこに出てきたのは、映画
に登場したヒーローとヒロインではなく、ぼくとアスカだった。

<学校>

次の日の朝ぼくは廊下でトウジと顔を合わせたけど、お互い軽く挨拶を交わしただけで、
やっぱり気まずい雰囲気の中、それぞれの教室へ入って行った。

なんか話しずらいよなぁ。
やだなぁ、こういうの。

「遅いぞシンジ。またゲーム買ったんだ。」

「あっ、ケンスケ。おはよう。」

「おうっ! 格闘ゲームなんだけどさ。出てくる女の子のキャラが可愛いんだ。俺、惚
  れちまうぜっ!」

ケンスケは平和だなぁ。

ケンスケと軽く話をした後、自分の席について視線をアスカに向けると、新しいクラス
の女の子と打ち解けて楽しそうに話をしている。

どんな感じなんだろう?
あのキス・・・。

女の子同士でキャイキャイ盛り上がってるアスカの口から、たまに顔を覗かせるピンク
色の小さな舌。

「・・・・・・。」

見てるだけであのシーンを思い出して顔が熱くなってくる。

駄目だ。
ぼくには刺激が強すぎるよ。
あんなことできっこないよ。

あの映画はアスカに見せれないな。
恥ずかし過ぎるよ。
早めに返してしまおう。

今から思うとあそこでおじさんが帰って来て助かった。あんなの2人で見てたら、その
場がどれほど気まずくなっていただろう。

おじさんに感謝だな。
でも、父さんは帰って来なくて良かったんだっ!

昨日、散々腰を揉まされてまだ指が痛い。絶対いつか母さんに仕返しして貰うんだっ。
父さんは母さんだけには頭が上がらないからな。男は尻に敷かれちゃ駄目だっ! ぼく
は、あんな風にはならないぞっ!

とにかく、今日まで午前中授業だ。昼からアスカが一緒に見ようなんて言い出したら恥
ずかしいから、帰ったらすぐに返しに行かなきゃ。

音楽の時間。

音楽室で伊吹先生がピアノを弾き、その伴奏に合わせてみんなで歌を歌う中、ぼくはア
スカの方にチラチラと視線を運ぶ。そこには大きく口を開けて歌を歌うアスカの顔と、
たまにチロチロ見え隠れする舌の先が見える。

どうしよう。
アスカを見るたびに顔が熱くなるよ。

駄目だ駄目だと思いつつも、ついつい振り向いてしまう。だけどそれと同時に歌も終わ
りアスカは口を閉じてしまった。

「碇君? 歌ってる最中はきょろきょろしないようにっ。」

「あっ・・・はい。」

伊吹先生に注意され、みんなに笑われてしまう。ちらりとアスカの方を見ると、呆れた
顔でこっちを見ていた。

音楽の時間も終わり廊下を教室へ移動する途中、アスカが怒った顔で近付いて来る。

「アンタなにしてんのよっ。こっちばっかり見てたでしょ。何見てたのっ!?」

「何って・・・。」

どうしよう。
舌を見てたなんていったら、叩かれるよ。
怒られないように、なんとかして誤魔化さなきゃ。

「そのぉ・・・。」

「その、なによ?」

「アスカが可愛くてさ・・・。」

「なっ!!!」

ぼくがボソっと言うと、のけぞってアスカは引いてしまった。

「しらないっ! バカっ!」

女の子の群れの中へ消えて行っちゃった。なんとかばれずに済んだな。助かったよ。ア
スカ怒ったら怖いもんなぁ。

でも、どうしよう。
今度からキスする度に、あのシーンを思い浮かべちゃうよ。絶対。

その後の授業中もアスカのことを見てはキスシーンのことを思い出してしまい、受験を
頑張らなきゃいけないというのに、まったく勉強に身が入らない1日を過ごした。

<シンジの家>

今日まで午前中授業だから昼迄で帰って来たぼくは、計画通りDVDを急いで返しに行
った後、今日はちゃんと母さんが用意してくれていた昼ご飯を食べていた。

ピンポーン。

「シンジーー。」

もうご飯を食べ終わったのかな。アスカが遊びに来たみたいだ。ぼくはご飯を中断して、
玄関まで迎えに行く。

「まだご飯中なんだ。」

「まだ食べてんの? 早くしてよ。昨日の映画見るんだから。」

「あれ・・・さ。もう返しちゃったんだ。」

「えーーーーーーーっ!? なんでー? もう? ウソーっ!」

「うん・・・。」

「まだ今日1日あったじゃんっ! なんで返したのよーっ!」

「だってアスカ、来るって言ってなかったし。」

「そりゃ、言ってなかったけど。毎日来てるからわかるでしょうがっ! バカ、バカ、
  バカ、バカ、バカっ!」

「ごめんね。」

「アンタだけ見てずるいじゃないっ!」

「ぼ、ぼくも見てないよっ! あんなの見てるわけないだろっ!」

「なに、必死になってんのよっ。」

「あ、いや・・・。」

「もういいっ! ったくっ! 早くご飯たべちゃってよ。宿題しちゃいましょ。」

「うん。後ちょっとだから。」

アスカはぼくの部屋でゲームをして待ってると言う。その間に大急ぎでご飯を食べてし
まうことにした。

「おまたせ。お茶持ってきたよ。」

「早いじゃん。さ、宿題しちゃうわよ。」

「初日から宿題出さなくてもいいのになぁ。」

「ちょっとじゃない。すぐ終わるわよ。」

ちょっとって言っても1番嫌いな英語だ。受験までに、この苦手科目をなんとかしなく
ちゃいけないんだけどさ。

「違う違う。そこはwhatじゃなくてwhich。」

「あっ、そっか。」

「ほんとにわかってんの?」

「うん・・・。」

「こっちは?」

「who・・・かな?」

「違うってば。whomよ。」

「あ、そっか。」

だってぼく日本人なんだから、英語はわからないんだもん。でも、頑張らなきゃアスカ
と同じ高校に行けないんだよな。頑張ろ・・・。

昔から、単語とか漢字とか年号とか、丸暗記するのが苦手なんだよなぁ。

「だから違うってばっ。アンタねぇっ! 参考書の関係代名詞んとこ開きなさいっ!」

「ごめん・・・。」

また間違ったみたいで、アスカがぼくの横に寄って来て参考書と教科書を交互にシャー
ペンで指して、解説をしながら丁寧に教えてくれる。

アスカの吐息が首元に当たる。
ぼくの視線は教科書の上じゃなく、アスカの口元に釘付けになって・・・。

いつしかアスカの両肩を持って、その体を引き寄せていた。

「ちょっとっ、勉強中でしょっ!」

「アスカ・・・・。」

強引にキスするのは嫌だから、じっとアスカを見詰めてOK?の確認をすると、そっと
目を閉じてくれた。

重なる唇と唇。

どんな感じなんだろう? あのキス。

ぼくはアスカの反応を全身で伺いながら、ゆっくりと自分の口を開いて舌をアスカの唇
に当ててみた。

「!!」

とっさにぼくから離れるアスカ。

しまったっ!

ぼくは怒られるのを覚悟して、その場にうなだれる。

「はいっ! もうおしまい! ちゃんと勉強すんのよっ!」

「え? あ、うん・・・。」

意外だった。
怒らなかった。

でも、完全に拒絶された。

その後ぼくはおとなしく勉強をし、少しアスカとゲームで遊んだ後、今日はキスするこ
ともなく、まだ日の高いうちにアスカと別れた。

アスカがいなくなった部屋で、母さんの帰りを待ちながらぼくは1人自己嫌悪に似た物
を感じていた。

アスカ嫌がってたよな。
何も言わなかったけど・・・。

もうやめよう。
あのキスのことは忘れよう。

だけど1度見てしまった物をそう簡単に忘れられるような都合のいい作りにぼくの頭は
なってなくて、忘れようとすればする程あのキスのことを考えてしまう。

なんで、暗記科目は覚えれないのに、キスのことは忘れられないんだよ・・・。

あの映画のキスとぼくのキスの違い・・・。なんだか自分達がいるのは子供の世界で、
あそこには大人の世界がある。そんな気がする。

駄目だっ! 駄目だっ!
忘れるんだっ!

アスカが嫌がってたじゃないかっ!

もう1時間も2時間も堂々巡りを繰り返している。まるでメビウスの輪の中に迷い込ん
だように、ぼくは思考のループを彷徨い続ける。

母さん遅いな。
なんで、こんな日に限って遅いんだよ・・・。

1人でいるから考えてしまうんだ。母さんが帰って来てご飯を食べ出したら気が紛れる
かもしれないのに。

いつしか外は夜になってしまっていて、あれから電灯もつけていないぼくの部屋は、完
全に暗闇に包まれていた。

ピンポーン。

やっと帰ってきたよ。
遅いなぁ。

勝手知ったる自分の家なので、そのまま電気もつけず母さんを迎えに玄関まで出て行く。
そして玄関の扉を開けたんだけど、そこに立っていたのは・・・。

「アスカ?」

「なーに? 真っ暗じゃない。」

「えっ? あ、あぁ。電気つけ忘れてたよ。」

「忘れてたって・・・アンタねぇ。」

「あの・・・さっきはごめん。」

特にアスカは怒っている様子はなかったけど、なんだか謝らなければならない気がして
とにかく謝る。

「あ、うん・・・とにかく電気つけてよ。」

「うん・・・。こんな時間にどうしたの?」

「今日遅くなるからって、ママから電話があったの。」

「そうなの? じゃ、ぼくの母さん達も・・・。」

「ええ。遅くなるって。だからご飯作って来てあげたわよ。」

「そうだったんだ。どうりで母さん遅いはずだよ。」

ぼくはアスカを招き入れ、玄関から順に電気をつけてダイニング迄入って行く。

「ジャジャーン。アタシの特性カレーよっ!」

「わっ、カレーだっ。 やったっ!」

持って来た鍋をダイニングテーブルの上に置き、蓋を開けると美味しそうなカレーが中
に入っていた。何処かの誰かが食べてるらしい殺人カレーなんかじゃない。

「ご飯あるでしょ? おばさんがそう言ってたわ。」

「そうなの? ちょっと待って。うん、あるみたいだ。」

「いっぱい食べる?」

「うんっ。大盛だ。」

「オッケー。いっぱい作ってきたんだからっ。」

ぼくの前に大盛カレーを出してくれた後、自分のカレーをその横に並べる。

ん? 横?
いつも前に座るのに。
どうしたんだ?

「DVD借りて来たの。見ましょ。」

「そうなんだ。うん。」

そういうことか。テレビに2人で向かう為には、並んで座らなくちゃいけない配置にな
っている。アスカがリビングにあるプラズマテレビに接続されたDVDデッキにディス
クをセットして横に座る。

「あっ!」

だけど、ぼくはそのDVDのオープニング部分を見て、それまで口に運んでいたカレー
のスプーンを止めてしまった。

あの映画だ。

どうしよう。
あんなキスシーン。アスカと一緒に見たら恥ずかしいよ。
さっき、あんなことしたの、この映画を見たからだってバレちゃうよ。

アスカは映画に集中してカレーを食べている。だけどぼくは再生時間を示すデジタルの
数字にばかり気が行ってしまい、あのキスシーンが映し出される瞬間をビクビクして構
えて待つばかり。折角のアスカのカレーの味もわからない。

「もう食べ終わったよ? そろそろ帰った方が・・・」

「アタシまだ食べてるもん。」

「そう・・・。」

アスカは帰る様子もない。

もうすぐだ。
あんなシーン見たら、映画見なかったって嘘、バレちゃうよ。
お願いだ。もう見ないでよ。

だけど映像は時間と共に流れ、とうとう最後のハッピーエンドのシーン。アスカはもう
カレーを全部食べ終わってるけど、帰る気配もなくじっと映画を見続けている。

次のシーンだ。
ぼくが映画見たから、あんなことしたってバレちゃう・・・。
もう駄目だ。見ないで!

とうとうぼくは恥ずかしさのあまりたまらず、リモコンでDVDの再生を止めてしまっ
た。ブルースクリーンになるプラズマテレビ。最後の最後で止めてしまったから、きっ
とアスカは怒るだろうと思って、言い訳を考えながら振り向いたんだけど・・・。

アスカは黙ってブルースクリーンを見たまま。

「やっぱりこの映画。昨日見たんでしょ。アンタ。」

「え? な、なんでさっ?」

「さっきアタシ、この映画全部見たもん。家で。」

「えーーーっ!」

「あんなキスシーンだから止めたんでしょ。」

バレてた・・・。

恥ずかしさのあまり俯いてしまう。

「ごめん。実は・・・その。」

穴があれば入りたいような恥ずかしさでいっぱいのぼくの横で、アスカは立ち上がると
洗面所へ入っていった。

やっぱりアスカ怒ってるよ・・・。
どうしたら許してくれるだろう。

青い画面になったテレビの電源をリモコンで切り、どうやって謝ったらいいのかも思い
つかず、ダイニングの椅子に座ってただ怒られた子供のように俯き続ける。

「シンジも歯磨いてきて。」

「え? 歯?」

「いいから。」

戻って来たアスカが突然そんなことを言ってきた。ぼくは何がなんだかわからないまま、
歯を磨きに行ったんだけど、ふとあることに気がつく。

もしかして・・・キス?
そんなはずないよな。
でも、じゃぁどうして・・・。

いったいどうして歯を磨いているのか、はっきりわからないながらも、ぼくはいつもよ
り念入りに歯を磨く。

よく嗽をしてダイニングに戻ると、食べ終わったお皿を洗い終わり、持って来たカレー
の入った鍋に蓋をしながらアスカが待っていた。

「それじゃ、アタシ帰るね。」

「え。そ、そう。」

やぱりどこかでキスのことを期待していたんだろう。ぼくはその言葉にがっかりしなが
らも、見送ろうとアスカに近付く。

だけど、アスカはその場を動こうとせず、じっと立ったままぼくをその場で待っていた。

「さっき、お別れしないで帰っちゃったから・・・さ。」

ちょっとっ?
まさか、それって・・・。

ぼくの前で静かに目を閉じるアスカ。いつもデートの後などにしているお別れのキスと
同じ光景。

だけど・・・。
これって。

何処までのキスのことを言っているのかわからないまま、ぼくはアスカの肩を抱き寄せ、
いつものように唇と唇を重ねる。だけどぼくはキスしながら、その後のことを頭の中で
グルグルと考えていた。

どうしよう・・・。
いいのかな。

でもアスカの嫌がることはもうしたくないし。

考えてるうちにぼくの唇がピクリと震えるように動いてしまった。だけどアスカは、動
こうとせず目を閉じたまま唇を重ねている。

さっき歯を磨いたってことは・・・。
いいのかな?
いいのかな?
いいんだよな。

アスカが嫌がったたらいつでもやめれるように、どこからでもすぐに引き返せるように、
ゆっくりとゆっくりと自分の唇を開き舌を出してみた。

恐る恐る探るように・・・。

やわらかいアスカの唇に触れた。

アスカは昼みたいに反応せずじっとしている。

ぼくの舌がアスカの唇に密着する。

それと同時に、ゆっくりとぼくの舌を招き入れるように・・・。

アスカの唇が開くのがわかった。

いいんだね?

ダイニングに灯る電灯の下。重なる二つの影。

いつもみたいにぼくがアスカの肩を持ってするキスではなく、互いに互いの背中に手を
回し抱き締め合い、ぼくはいつまでもアスカの温もりを感じていた。




アスカが帰った後、ぼくは誰もいないこの家で一人布団に入っていた。

今日、父さんも母さんも徹夜で帰ってこれないらしい。

この家にひとりぼっちのぼく。でも、嬉しくて仕方のない夜。

映画のようなキスができたこと、そしてそれ以上に、初めてアスカの方から行動に出て
くれたことに。アスカの気持ちが嬉しくて仕方がない。

なんだか、ぼくへの愛を感じたようなそんな暖かい気持ちの中で幸せに包まれる。

あれから水を一適も飲んでいない。

もう歯も磨いてたから、その必要もない。

ぼくはそのまま幸せに包まれながら眠りについた。




翌朝。

まだ母さん達は帰って来ていなかった。仕事が大変みたいだ。

朝ごはんは食器棚にあるパンを食べるように電話がかかってきたけど、ぼくは何も食べ
ずに学校へ行った。




あのキスの後。ぼくが始めて口にした物は。

母さんの代わりに作って来てくれた・・・

愛情の篭ったアスカのお弁当だった。

To Be Continued.
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