------------------------------------------------------------------------------
恋のStep A to C
Episode 04 -Step B-
------------------------------------------------------------------------------

<学校>

中学3年の秋が深まる季節。体育祭も終わって、そろそろみんなも受験が目前に迫って
来たことを実感して焦り出してきている。

「どうだった?」

「英語をもうちょっと頑張らないと安全圏じゃないって。」

進路相談が終わって職員室から出て来たぼくを、アスカが廊下で待っててくれた。英語
を頑張んなくちゃいけないのはわかってるけど、苦手な物は仕方ないじゃないか。憂鬱
だよなぁ。

「国語と社会は?」

「ボーダーぎりぎり。数学で英語を挽回しても、際どいとこだって。」

「だから、あれだけ英語を頑張んなさいって言ってたのにっ。」

「やってたよ・・・。」

「ウソばっかり。今日から受験までデートは無しね。」

「えーーーーっ!」

「なにが『えーー』よっ! アタシだって、シンジと志望校行きたいんだからっ! 頑張
  ってよねっ!」

「・・・・・・ごめん。」

散々発破を掛けられながら、憂鬱な顔で教室に向かって廊下を歩く。2学期の始まった
初日にぼくとアスカの仲はみんなにばれてしまって、今ではもう隠したりしていない。

あの時は大変だった・・・・。

                        :
                        :
                        :

3年生の2学期初日だった。

ぼくはいつもの通りアスカとは別々に、トウジやケンスケと学校へやって来た。トウジ
はA組に、ぼくとケンスケはB組に入って行く。

「おっ! 来たな碇っ!」

「ん? なんだぁ?」

あまり親しくないクラスメートの男子が、鬼の首を取ったような笑みを浮かべて、机の
間をジグザグに走り近付いて来た。ソイツと仲の良い男子も、一緒にワラワラと寄って
来る。

「俺、見ちまったんだよなぁ。」
「なぁなぁ、碇。本当かよ?」

「だから、なにが?」

「誤魔化すなよ。惣流と海行ってただろ?」

「うっ・・・。」

咄嗟にマズイっ!と思ったぼくは、顔を強張らせて視線をクラスの中に彷徨わせると、
今の男子の言葉を聞いて、アスカもギョっとこっちを見てる。

「アスカの家って隣だから、家族同士で行っただけだよ。」

親同士仲のいい付き合いをしてるのは嘘じゃないし、おかしくないよな。

「嘘つけ。そんな感じじゃなかったぞっ。」

「本当だってばっ。」

わかってる、そんな雰囲気じゃなかったのは。だけど、ここはなんとしてもシラを切り
通すしかない。

「嘘つくんじゃねーよっ。」

「だから本当だよっ。」

「ほぉ〜。」

周りに集まって来たクラスメートの男子達が、ニヤリといやらしい目で見てくる。ぼく
は物凄く嫌な予感がした。

「俺見ちまったんだよなぁ。キスしてるとこ。」

うっ!
そこまで見られてた?
まずいぞ、これは・・・。かなりマズイ。

「なぁ。どうなんだよ。付き合ってるのかっ?」
「ヒューヒュー。暑いねぇ。よー、なんかこの辺暑くねーかっ!?」
「あんなとこでもキスしてんだから、ここでもぶちゅーってしてみろよ。」

コッ、コイツっ!
アスカの前でなんてこと言うんだっ!

今の一言には、さすがにぼくも頭にきて殴り掛かりたい気持ちになり、拳に力を入れた
んだけど・・・ここからが大変だった。ぼくより早く机を飛び越えてアスカが割って入
って来たんだ。

「なーにぃ? モテナイ男のひがみーっ!?
  そんなだから、彼女の1人もできないのよっ!」

「なんだとっ!」

「『なんだと』ですってーっ!? ハンっ!! こいつらと付き合いたいコ誰かいるーっ!?」

クラスの女子にアスカが問い掛けると同時に、なんだか女子がみんな連帯し始めて・・・。
「やだー」とか「気持ちわるーい」とか「さいてー」とか、ざわざわとクラス中でその
男子達に冷たい視線を送り、一丸となって罵り始めた。

「何だとっ!」

なんとか反抗しようと彼らもしているが、女子の騒ぎ立てる声にその言葉すら打ち消さ
れてしまう。

「猿の方がマシよねぇっ!」
「近くに行くのもイヤって感じぃ?」

そして、アスカのトドメの一撃が最後に発せられた。

「わかったーっ! 彼女もできないクセにっ! 羨ましいからって僻むんじゃないわよっ!
  2度とアタシやシンジに近付かないでっ! 反吐が出るわっ!!!!」

ぼくをからかってきた男子達は、最初は言い返そうとしていたが、とうとう何も言えな
くなってブツブツ仲間内で愚痴みたいなことを言いながら席へ戻って行った。

しかも追い討ちを掛けるように、その後も女子達は一致団結してアイツらのことを白い
目で見ている。さっきはムカっとしたぼくだけど、いくらなんでも可愛そうになってき
て・・・それと同時に思った。

女子が団結すると怖いなぁ。
敵に回しちゃいけないよな。
うちでも母さんの方が強いし・・・。

ん?

駄目だ駄目だ。
ぼくは父さんみたいに、尻に敷かれないことにしてるんだ。
頑張らなくちゃっ。

でも、本当の問題はその後だったんだ。学校の帰り道、トウジやケンスケといつものよ
うに帰っている時だった。

「トウジ、聞いてくれよ。コイツ、俺達の友情を裏切って、惣流と付き合ってたんだぜ。」

「お、おぉ・・・さよか。」

「裏切りもんに何か言ってやれよ。」

「うっ・・・いや、ワイは・・・。」

「なんだよトウジ、碇だけ抜け駆けしてたんだぜ?」

「ま、まぁ、ええやないか・・・。」

トウジも委員長と付き合ってるから、ぼくのことを責められないんだろう。かといって、
その秘密を打ち明けると委員長を裏切ることになるから、困り果てていた。

それから10月も終わろうかという今日まで、ケンスケがぼくのことをからかおうとす
る度に、トウジはぼくにもケンスケにも付くことができずしどろもどろしている。

頑張れよトウジ。
委員長のためだ。

                        :
                        :
                        :

あれ以来ぼくとアスカは、誰にからかわれることもなく、学校でも公認のカップルにな
った。みんなも、体育祭があったりして忙しかったし、受験がどんどん迫って来るから、
人のことをからかってるどころじゃないのかもしれない。

はぁ、受験かぁ。
試験なんかせずにみんなで同じ高校に行けたらいいのに。

「アンタっ! 人の話聞いてんのっ!? 今日からみっちり英語の勉強よっ!」

「うん・・・聞いてるよ。」

「毎日50問だからねっ!」

「えーーーっ! そんなに無理だよっ。」

「できなきゃ、お別れのキスもナシっ!」

「やるよ・・・。」

なんだか、うまーく飴と鞭を使い分けられてるような気がするけど・・・アスカと一緒
の高校に行く為だ。頑張るしかないか。

<アスカの家>

家に帰ると、今日はアスカの部屋で勉強会。まずは得意な数学の宿題を片付けるところ
から始める。数学だけ1教科単独の点数では、総合学年トップのアスカにも負けたこと
がない。

「うーん・・・ねぇ、シンジぃ? 公式どれ使うんだっけ。」

「駄目だよ。公式なんかに頼ってるから、ややこしくなるんだよ。」

「いいじゃん。その為の公式なんだから。」

「公式なんか使わなくても考えたらわかるんだよ。ここはね、こうだから・・・ほらで
  きるだろ? 駄目だなぁ、アスカはぁ。 ん?」

うわっ! 調子に乗り過ぎたっ!
アスカが睨んでるよっ!

「さすが数学では無敵のシンジ様。ご丁寧にありがとうっ。さっ! 英語するわよっ!」

「う、う、うん・・・。」

それから1時間後。

「なんでこんなのもわかんないのよっ!!!」

「ご、ごめん。」

「何度言ったらわかんのよっ!!!」

「ごめん。」

「アンタバカぁぁっ!!!?」

もう許してよ。
さっきのは言い過ぎたよ。
そんなに怒らないでよ・・・。

際限無く続くアスカのスパルタ教育に、ぼくは今にもぶっ倒れそうになっていた。お願
いだからぼくに優しくしてよ・・・。

でも、最近アスカのおかげで苦手な文系がわかるようになってきた。期末テストでは結
構いいとこ狙えるかも・・・。

「さっ、ちょっと休憩しましょっ。喉が痛くなってきたわ。」

「はぁ〜。やっと休憩だぁ〜。」

「ジュース持って来るわね。」

ジュースを取りにアスカが部屋から出て行ったのを見計らって、ぼくは疲れた体を絨毯
の上にゴロリと横にした。

見慣れたアスカの部屋の天井、ベッド、本棚。机の上には、おじさんと一緒に撮った写
真が飾ってある。でも、その写真の裏には、初めてデートした時にツリーの前で取って
貰った写真が隠されているんだ。

そろそろおじさんにちゃんと言わなくちゃいけないな。
いつまでもコソコソしてるの嫌だもんな。

でもおばさんは、言わなくていいって言っている。なんでだろ? 実はおじさん、知っ
てて見て見ない振りしてるのかな・・・なんかそんな気がするなぁ。

本棚にはたくさん小説が並んでる。ぼくの部屋はマンガばっかりだから大違いだ。その
横が洋服箪笥。1番上が下着・・・こないだ開けたのがばれて殺されそうになった。

パタパタパタっとアスカの足音が近付いてくる。
ちょっと待てよ? このままちょっと位置をずらしたら・・・。

ぼくは寝転がったまま、ズルズルズルと仰向けで背中を絨毯に引き摺って部屋の戸の真
下まで移動する

よし!
アスカが入ってきたら見えるかも・・・。

パタパタパタ。

きたきた。
きたぞーーっ!

ガチャ。

ゴーーーーーーンっ!

「いたーーーーーーーーっ!」

扉は内開きだった。開いた扉がぼくの頭を直撃する。

「きゃっ!」

ドンガラガッシャーン。

開くはずの扉がぼくの頭に当たって開かず止まってしまったから、お盆にジュースを入
れたコップを乗せて来ていたアスカが転んでしまい・・・ガラスのコップとジュースが
2つ、ぼくの顔目掛けて落ちてきた。

ゴインっ! ゴインっ!

「いたいっ! いたいっ!!!!」

扉で頭を打たれ、落ちてきたコップに顔を殴られ、あげくの果てにオレンジジュースで
びしょびしょ。
それに輪を掛けて、アスカが物凄い顔で睨んで見下ろしている・・・今日は最悪の日だ。

「くぉのっ! バカシンジっ! アンタそんなとこで何してたのよっ!」

「あ、あの・・・ちょっと寝転んで休憩を・・・。」

「ウソおっしゃいっ! やることなすことアンタって奴はぁぁぁっ!!」

痛い思いして怒られて散々だ。
そりゃ・・・悪いのはぼくだけど・・・。

「ちょっとそこのいてよっ! あーぁ、ジュース零れちゃったじゃないっ!」

「ごめん・・・。」

「あーん、まだ新しい絨毯なのにぃ。アンタさっさと服着替えなさいよっ。アタシのポ
  ロシャツ貸してあげるから・・・。」

「うん・・・どこだっけ?」

やめとけば良かったんだけど、ついつい1番上の引き出しに手を掛けてしまった。その
途端、後ろからエアコンのリモコンが後頭部目掛けて飛んで来る。

ゴチ!

「いたっ!!!!」

「下から3段目でしょっ!」

「そうだった・・・。」

素直にポロシャツに着替えて、勉強道具が広げられている小さなテーブルの前に座る。
アスカは何度も大人しく座ってるように釘をさして、ぼくの濡れた服と空になったコッ
プを持って部屋を出て行った。

失敗しちゃったよ。
扉が内開きだったのがいけなかったんだ・・・。

お腹減ってきたな。
なんか食べたいな。

「アスカーーー!? お腹減ったんだけどっ!」

ダイニングで何かゴソゴソしているアスカに、聞こえるように少し大きな声で部屋から
呼び掛ける。

「もっ! アンタはぁっ! 洗濯したら、なんか持ってくから大人しくしてんのよっ!」

「うん・・・。」

しばらく待っていると、入れ直したジュース2杯とチャーハンを1つ持って来てくれた。
お菓子か何かだと思っていたのに、わざわざ作ってくれたんだ。なんだか嬉しいな。

「さっさと食べちゃってよね。勉強残ってんだからっ。」

「アスカは食べないの?」

「間食はスタイルの敵よ。」

「ふーん。アスカでもそんなこと気にするんだ。」

「当然よ。アンタは最近よく食べるわね。」

「こないだの身体測定で7センチ伸びてた。」

「やっぱり? 最近、背伸びしなきゃ届かないなって思ってたのよねぇ。」

「父さんがあれだから、もうちょっとは伸びると思うよ?」

「残念ねぇ。届かなくなったら、キスできなくなるわ。」

「屈むから大丈夫だよっ! 大丈夫だってっ!!」

「冗談よ。あははははは。何ムキになってんのよ。」

「だって・・・。」

アスカが今身長が160センチちょっと。クォーターにしては小さい方かな。ぼくが1
68センチだったから、釣り合いを考えたらあと少し欲しいな。

「よしっ! あと5センチ頑張るぞっ!」

「アンタが頑張んのは勉強でしょっ! 食べ終わったんなら、やるわよっ!」

「はぁー、また勉強か・・・。」

その後、また憂鬱な勉強の時間が続いて、約束通りぼくは英語を50問解かされること
になった。

「ふぅ、やっと終わったぁ。もう8時だよ。」

「よく頑張ったじゃん。また明日もやるわよ。」

「うげぇぇぇ。」

「わかってきたら、だんだん早くできるようになるって。」

「そりゃそうだろうけど・・・。じゃ、そろそろ帰るから。」

乾燥機に掛けて貰った自分の服に着替え直して、アスカと一緒に玄関へ出て行く。もち
ろん最後はお別れのキス。約束通り50問解いたし問題ないよな。

「おやすみ。アスカ。」

「うん・・・。」

抱き寄せようと肩に手を掛けると、アスカも目を閉じてぼくにその身を任せる・・・そ
の時だった。ガチャガチャと玄関の鍵が開く音がしたのは・・・。

わっ!

慌ててアスカの肩を手から離す。

アスカもびっくりして、ささと髪なんかを直し平静を装う。

ほぼそれと同時に、扉が開いておじさんとおばさんが姿を現した。

そんなぁぁ〜。
これじゃキスできないよぉ。

「あらぁ、シンジくん。来てたの?」

「はい。もう帰るとこです。」

おばさんはいつも愛想がいい。だけどやっぱりおじさんは、ぼくのことを睨んでいる。
苦手なんだよなぁ、アスカのおじさん。小さい頃は、あんなに優しいおじさんだったの
に・・・。

「勉強しに来てたのか?」

「はい。」

「そうか。」

それだけ言うと、おじさんはムスっとして家の中へ入って行った。いつも、特に嫌なこ
とを言うわけじゃないんだけど、威圧感が凄くある・・・ぼくの父さんよりマシなんだ
ろうけど。

「じゃ、お邪魔しました。」

「また遊びにいらっしゃいね。」

「はいっ。」

「おやすみっ。シンジっ!」

「おやすみ。アスカ。」

アスカの家を出て、ぼくは隣の自分の家へ戻った。どうやら父さんも母さんも帰ってる
みたいだ。

<シンジの家>

なんでこんな時に・・・。
ちゃんと50問やったのにぃぃ!

キスできなかったことを神様に文句言いながら、電気のついているダイニングへ入って
行くと、父さんは相変わらず新聞を読んでて、母さんが晩御飯をテーブルに並べていた。

「げっ!」

またチャーハンだ・・・。
さっき食べたとこなのに。

「あら、シンジおかえり。ご飯できてるわよ。」

「うん・・・。」

ほんとに今日はついてない日だよ。なにもチャーハンじゃなくてもいいのに・・・と思
いながら、他に並んでいる春巻やサラダと一緒に2度目のチャーハンを食べる。

やっぱり、アスカの方が美味しいや。

別に味がどうこうじゃないんだけど、ぼくは改めてそう思った。アスカの手料理に勝て
る料理なんかないんだって。

翌朝。

「起きなさいっ! バカシンジっ!」

「う、うーん。」

目覚ましアスカが鳴っている。もうそんな時間か・・・。まだ眠いんだってば。

「すぐ起きたら、昨日の約束守ってあげようと思ったんだけどなぁ。」

なんだよ、昨日の約束って・・・。
ん? 昨日の?

「あっ!」

ぼくは、あることに思い至ってガバっと上体を起こした。布団を捲るとアスカが怒るか
ら、それはできない。

「おはよ。シンジ。」

ちゅっ。

やったーっ!
おはようのキスなんて初めてだよっ!

部屋からアスカが出て行くと、ぼくは制服に着替え始める。いつもより15分も早い目
覚めで、珍しく朝の時間にかなり余裕がある。

早起きして気分のいいぼくは、着替えもてきぱき済ませてリビングへ出て行く。いつも
のように父さんは新聞片手にコーヒーを飲んでて、母さんはパタパタと忙しそうに動き
ながら、アスカと話をしている。

「今日は早いのね。」

「ぼくだって早く起きる時くらいあるよ。」

「アタシが起こしたんでしょっ。」

「そうだけど・・・。」

紅茶を飲んでいるアスカの横に座ってトーストを齧る。ゆっくり朝ご飯を食べるのもい
いな。よし、明日からは毎日早起きしよう。そしたら、またしてくれるかな?

「シンジ・・・今日はしないのか?」

「なにが?」

ニヤリ。

「あっ! 父さんっ!!!」

父さんの言っている意味がわかって焦ったのなんの。

絶対仕返ししてやるっ!
絶対仕返ししてやるっ!
絶対仕返ししてやるっ!

「なにをしないの?」

「アスカは関係ないよ。ははは。」

まさかアスカに、あんなとこを見られてたなんて言えるわけないよ。せっかく早起きし
てゆっくり朝ご飯を食べてたんだけど、これ以上父さんの前にいると何を言われるかわ
からないから、さっさと出掛けることにした。

「「行ってきまーす。」」

今日は走らなくてもいいから、アスカと並んでぼちぼち歩く。周りを見ると通勤してい
るおじさんや、自転車で通学している高校生のお姉さん達が通り過ぎて行った。

<通学路>

「なんで宿題忘れんのよっ!」

珍しく家を早く出ることができたのに、通学途中で宿題をやったノートを忘れたことに
気付いて取りに帰る羽目になってしまった。結局、今日もダッシュで登校。

「忘れたんだから、仕方ないじゃないか・・・。」

「アンタバカぁぁっ!?」

散々文句言ってるけど、わざわざ一緒に取りに帰ってくれるから、アスカも優しいとこ
あるんだよ。

「なんとか間に合いそうだわ。ラストスパートよっ!」

「うんっ。」

『初日から遅刻じゃ、超ヤバイって感じだよねぇっ、キャーーーーっ!』

なんか、どっからか女の子の声が聞こえた・・・と思ったら。

「んっ? わーーーーーーーっ!!!!」

ドカーーーーーーーン。

いたたたたたたた。
ん? 白?

「キャッ!」

強烈な痛みから復活したぼくの目に最初に飛び込んできたのは白い▽だった。すぐにス
カートの中に隠されたけど。

視線を上げて行くと、見慣れない制服を着た同じ歳くらいの青い髪の女の子。

「急いでたんだぁ。ごめんねぇぇっ!」

その元気な女の子は大急ぎで立ち上がると、また物凄い勢いで走って行ってしまった。
いったいなんだったんだ? まぁいいけど・・・。

「むむむむーーー。」

「あれ? アスカどうしたの?」

「知らないっ!」

あの子が走って行った後、アスカもダッシュで走り出す。そうだ、遅刻寸前だったんだ。

「待ってよーっ!」

ぼくも慌てて立ち上がって、アスカの後を追い掛けて学校へダッシュした。

<学校>

「それでどうなんだよ? 見たのかよっ?」

「チラっとだけ。」

「朝からついてるなぁ。お前っ!」

席が前のケンスケと今朝見た女の子の話をしていると、後ろから突き刺すような視線を
感じた。ちらりと振り向くとアスカが物凄い顔で睨んでるよ。

ヤバイ・・・。
でも、わざとじゃないんだってば。
見えちゃったもんは仕方無いだろ。

とにかく当分この話題には触れない方が身の為かもしれない。ぼくは今朝の出来事の記
憶は堅く自分の中に封印することに決めた。

そして、チャイムがなり加持先生が入って来る。

「転校生が来てるぞ。受験前で大変な時だが、仲良くしてやってくれ。」

「みなさん、よろしく。綾波レイでーすっ。」

な、なんだってーーーっ!

その時ぼくは自分の目を疑うと同時に、天を呪いたくなった。封印するはずの今朝の出
来事の張本人が目の前に立っているんだもん。

どうしようといった顔でまじまじとその女の子を見ていると、パチリと視線が合ってし
まった。どうやら向こうも気付いたようで、ぼくを見てニコリとしている。

ヤバイ。
これはマジでヤバイ。

「そうだな。綾波の席だが、慣れないことも多いだろうから先生の前がいいだろうな。
  相田、席変わってやれ。」

「ラッキーっ!」

喜ぶケンスケ・・・はいいけど、それって・・・ということは。

えーーーー。
ちょっと待ってよっ!

うちのクラスは出席番号順の席順になってる。苗字が『あ』から始まるケンスケが1番
で教卓のすぐ前。そこから逃げられてケンスケは喜んでいるけど、ってことは綾波がぼ
くの前に来るじゃないかっ!

そんなことになったら・・・。

恐る恐る振り返ってみると、やっぱりそこには物凄い顔でこっちを睨んでいるアスカの
姿があった。

ぼくのせいじゃないだろ?
そんな顔しないでよ。

それから、その日の授業中は胃が痛くなりそうだった。

「ねぇ。ちょっとノート見せてくれない?」

「いいけど。」

「まだドリル貰ってないの。写すから貸して。」

「いいけど。」

「ねぇねぇ。これってどうやるんだっけ?」

「これは、2Xを外に出してさ・・・。」

「すごーい。碇くんって、数学得意なんだぁ。」

そうやって綾波に話し掛けられる度に、恐る恐るアスカの方へ振り返ってしまう。結果
は案の定・・・怖い目。

お願いだ。綾波。
隣に女子がいるじゃないか。
ぼくに話し掛けてこないでよっ。

かといって、まだ転校初日で教材も揃っていない綾波の頼みを断ることもできず、ぼく
は針の筵に座った心地で午前中の授業を受け続けた。

昼休み。

「あの・・・アスカ? 今日は屋上で食べようか?」

「あーら? カワイイあのコと食べれば?」

「アスカぁぁぁぁ。」

ブッスーと膨れるアスカを前に、しどろもどろになりながらも、なんとかご機嫌を取ろ
うとする。そんなこと言われたって、ぼく何も悪いことしてないのに・・・。

「とにかく屋上行こうよ。急がないとお昼終わっちゃうしさ。」

「アタシっ。1人で食べるっ!」

「ねぇ。お願いだからさ。そうだ、今日ハンバーグがあるんだ。あげるからさ。」

「物で吊るなんて、サイテイッ!」

「いや、だからそうじゃなくて。はぁ〜。」

もうっ!
ぼくにどうしろってんだよっ!
今朝はあんなにいい感じだったのに。
どうしてこうなるんだよぉ。

「碇くーん?」

その時、綾波がまたぼくの方に手を振って駆け寄って来た。お願いだ。もうぼくに話し
掛けないでよっ。

「パン買いに行きたいんだけど何処?」

「えっとね・・・」

答えてあげようとしたら、即座にアスカが口を挟んできた。

「向こうの校舎の2階よっ! シンジッ! さっさと屋上行くわよっ!」

ダンと机に手を突いて立ち上がったアスカは、投げ捨てるように綾波に購買の場所を言
うと、ぼくの耳を引っ張って教室を出て屋上へ向かった。

「ほら。ハンバーグだよ。」

「フンっ!」

ハンバーグをアスカのお弁当に入れてあげるけど、まだ機嫌が直りそうにない。なんだ
か物凄く胃が痛い。

「なによ。パンツ覗き魔!」

「わざとじゃないだろっ!」

「わざとに決まってるわっ。スケベっ!」

「違うって言ってるだろ。どうやったら、わざとあんなことできるんだよ。」

「アタシのだって、覗こうとしたクセにっ!」

「それは・・・。」

そりゃ、アスカのスカートの中は1度や2度・・・10度や20度かも・・・覗こうと
したことはあるけど、それとこれは関係ないだろっ。

「なにさ。デレデレしちゃって。」

「デレデレなんかしてないだろっ。」

「してたっ!!!」

「してないってばっ。」

「してたしてたっ! アタシ教室帰るっ!!!」

「あっ、待ってよっ。」

「付いて来ないでよねっ!」

かなりご機嫌斜めだ。アスカは食べ終わった弁当箱を手早くハンカチに包み、スタスタ
と教室へ戻って行ってしまう。

困ったなぁ。
どうやって謝ったらいいんだよ。
って・・・ぼく何も悪いことしてないのにっ!
どうしろってんだよっ!

結局その日はアスカと話をすることができず、放課後も先に帰られてしまい、ぼくは1
人で家へ向かうことになった。

<アスカの家>

家に帰り着いたぼくは、このままじゃいけないと思って、なにはさておきまず最初にア
スカの家に行った。

「なにしに来たのよ。」

「話がしたくて。」

「またパンツ覗きに来たんでしょっ。」

「そんなわけないだろっ。」

「フンっ!」

「とにかく、家に入れてよ。」

「さっさと入んなさいよっ!」

玄関の中へ招き入れられる。なんとか機嫌を取らないといけない。どうしよう。

そうだ。
ぼくが本当に好きなのはアスカだけだって態度で示せば。
キスしたら機嫌治るかな?

もうそれしかないと思ったぼくは、靴を脱いで廊下に入った所でアスカの肩を抱き寄せ、
そのまま唇と唇を重ねてみた。

「いやっ!!!」

だけど、返って来たのは思いの他、強い拒絶だった。

ぼくは何がなんだかわからないまま、ドンと胸を押されてヨロヨロとよろけながら廊下
の壁に背中をぶつける。

「キスで誤魔化そうなんてサイテーっ!」

「そ、そういうつもりじゃ・・・。」

「じゃ、なんなのよっ。今のは。」

「ちょっと待ってよっ。誤魔化すも何も、ぼくなにか悪いことした?」

「なにさ。パンツ覗いたクセにっ!」

「覗いたんじゃないって言ってるじゃないかっ!」

「アタシのだって、覗こうとしたじゃないっ!」

「それはしたけどっ。アスカ以外の女の子の下着なんか興味なんてないよっ!」

「ウソウソっ!!」

「嘘じゃないよっ!」

「転校生にデレデレしてたクセにっ!」

「してないだろっ!」

水掛け論ここに極まりといった感じで、昼と同じ言い合いの繰り返しになってしまう。

「出てってよっ。アンタがいたら、何されるかわかんないわっ!」

「なんでそうなるんだよっ。」

「無理やりキスしたクセにっ!」

「いや、だからそれは・・・。」

「出てってっ! 出てってったら、出てってっ!」

「もういいよっ!」

何も悪いことなんかしてないのに、さすがにここまで言われるとカチンとくる。ぼくは
頭に血を上らせてしまい、大声を出し玄関の扉をバンと閉めて自分の家へ帰った。

<シンジの家>

部屋に入ったぼくは、イライラした気持ちのままゲームをやっていた。いくらなんでも
あれはないと思う。

なんだよっ。
頭ごなしにデレデレしてたとかスケベだとかっ。
だいたいアスカはいつも自分勝手なんだよっ!

格闘ゲームをやっても気持ちが苛立っているせいか、やられてばっかりで面白くない。
だけど、RPGなんかを落ち着いてやろうという気持ちにもなれない。

あー! またやられたっ!
イライラするなぁっ!

何度目かのリプレイを繰り返した頃、玄関でチャイムの鳴る音がした。ぼくは直ぐにゲ
ームのポーズボタンを押して玄関に出て行く。

フン。今更来たってっ。
でも、謝ってくれたら許してもいいけど・・・。

「今、開けるよ。」

まだ顔は険しいままだったけど、内心アスカの方から来てくれたんだから仲直りできる
かもしれないと期待して扉を開けた。でも、そこに立っていたのは予想を裏切りケンス
ケだった。

「よっ。すげー、ゲームが手に入ったんだっ。」

「ケンスケか・・・。」

「なんだよ。その顔はぁ。」

たぶんあからさまにがっかりした顔をしてたんだろう。ケンスケが少し不満そうな顔を
返して来る。

「なんでもないよ。上がってよ。」

「とにかく、ちょっと見てみろよ。ほんとスゲーんだって。」

「うん。」

部屋に入ると、ケンスケは早速ぼくのノートPCで持って来たソフトを起動し始めた。

「どんなゲームなの?」

「苦労したんだぜ。実写版なんだ。」

「実写版? って・・・ちょ、ちょっと。わっ!!!」

画面に映し出されたのはえっちなゲームで、しかもアニメ絵じゃなく本当の女の人の裸
だった。

「どうだ? 凄いだろう? やっと手に入れたんだぜ。」

18歳未満販売禁止のソフトを買うには、免許書なんかを見せなくちゃいけないから、
未成年は簡単に手にいれることができない。ぼくもこんなの見るのは初めてだ。

「ケ、ケンスケ。声出てるじゃないか。」

「当たり前じゃないか?」

「ちょ、ちょっと。ボリューム小さくしてよ。」

「そうだな。」

アニメ絵のえっちなゲームは、この間ケンスケに見せて貰ったけど、実写版は初めてだ。
ぼくは食い入るようにその画面を見詰めてしまう。

「次。次押してみてよ。」

「ちょっと待てよ。」

興味津々でのめり込んでいってしまう。でも、女の人の裸ってもっともっと綺麗な物だ
と思ってたんだけどな・・・いや、アスカはきっともっともっと綺麗に違いない。

「この次だ。こっからが凄いんだぜ。」

「そ、そうなの?」

「いくぞっ。ボリュームちょっと大きくするぞっ。」

「うん・・・。」

ケンスケの期待させるその言葉に、ぼくは唾を飲み込む。

「いくぞ。」

「うん・・・。」

ケンスケがゲーム中で集めたアイテムを駆使して、次のステージへ進むべくマウスを操
作した。どんな画面が出て来るのか、視線を画面に固定するぼく。その時だった。

ガラっ。

突然、部屋の扉が開いた。

「シンジー? やっぱり、アタシが・・・。」

「げっ! アスカっ!」
「げっ! 惣流っ!」

ぎょっとして振り返ったぼく達の視線の先には、目を見開いてぼくたちのことを・・・
いやぼく達の後に映し出されているPCの映像を睨んでいるアスカの姿。

そこには、えっちなゲームが次のステージへ進み、女の人の裸が映画モードで上映され
音声もガンガン流れていた。

「エッチ! チカン! ヘンタイ! しんじらんなーーーいッ!」

バンっ!

思いっきり扉を閉めてアスカが飛び出して行く。

「い、碇。すまないな。俺、帰るわ・・・。」

ケンスケはソフトをそそくさと抜き取り、逃げるように大急ぎで帰って行く。

「ちょっとっ! ケンスケっ!」

「じゃーなっ。」

「待ってよっ! そりゃないよっ!」

脱兎のごとくケンスケは帰ってしまい、早くもその姿はぼくの家からは消え去っていた。

そんなぁぁぁ。
そりゃ、ぼくも一生懸命見てたけど。

あぁぁ。どうしようっ・・・。

ただでさえアスカとの仲がヤバイ雰囲気になっていたのに、今ので余計に拗れてしまっ
た。ぼくは部屋にどさりと腰を落として途方に暮れる。

謝りに行ったら許してくれるかな?
でも・・・あんなとこ見られたら合わせる顔ないよ。
はぁ〜困ったなぁ。

よりによって、アスカ以外の女の子の下着なんか興味無いなんて言った直後に、下着ど
ころか裸を見てたんだもんな・・・絶対怒ってるよな。

やっぱり、謝ろう。
そうするしかないよな。

ぼくは何を言われても仕方がないという覚悟で、アスカの家へまた向かった。

<アスカの家>

ピンポンピンポン。

「アスカぁ!」

ピンポンピンポン。

「アスカぁ。お願いだから話聞いてよ。」

チャイムを何度鳴らしてみても、出てきてくれる様子はない。それでもぼくは、なんと
かして話を聞いて貰おうとしつこくチャイムを鳴らし続ける。

ピンポンピンポン。

「アスカぁ!」

ピンポンピンポン。

「アスカってばぁ!」

「なによっ! ウッサイわねっ! 近所まで聞こえるでしょっ!」

ようやく扉が開いた。かなり怒っているけど、それは仕方ないよな。とにかく話だけで
も聞いて欲しかったぼくは、少し強引に玄関の中へ入って行く。

「ちょっとっ! 勝手に入って来ないでよっ! ヘンタイっ!」

「ごめん。ぼくが悪かった。」

「当たり前でしょっ!」

「もう見ない。あんなの絶対。」

さっき仲直りのつもりでキスをしてかなり怒られたから、今度は極力アスカの体に触れ
ないようにしてひたすら謝る。

「やっぱり、アンタは女の子だったら誰でもいいのよっ!」

「違う。そんなわけないだろっ。」

「ウソおっしゃい。さっきだって、そんなこと言ってっ! 舌の根も乾かないうちにっ!」

「あれはっ。ほんとごめんっ!」

「もうアンタなんか信じらんないっ! 出てってっ!!」

「だからごめん。許してよ。」

「アンタなんかどうやって信じろってのよっ!」

「だから・・・。」

「信用も愛情も、なんもないじゃないっ!」

「ぐっ。」

「アタシだって同じように見てたんでしょっ!!」

なんとか許して貰おうと謝りに来たぼくだったけど、今のは我慢の限界を超えていた。
よりによってアスカのことをそんな風に見てると思われた悔しさに、拳を握り締めてつ
い大きな声を出してしまう。

「なんでそうなるんだよっ!」

「そうじゃないっ! 昨日だってスカートの中覗こうとしたクセにっ!」

「好きなんだからしょうがないだろっ!」

「じゃ、さっきのはなによっ!」

「謝りに来ただろっ! 愛情が無いなんて言わないでよっ!」

「・・・・・・。」

「ぼくだって男なんだから、ケンスケがあんなの持ってきたら見ちゃうよっ!」

「でもっ! でもっ!」

「アスカへの愛情とは関係ないだろっ! そんなこと言わないでよっ!」

「・・・・・・でも。でもっ! イヤなのっ!」

「だからっ・・・。」

「イヤなのっ!!」

続けて大きな声を出そうとしたぼくだったけど、ふと見るといつの間にかアスカの目に
涙が湧き上がっているのが見えた。つい熱くなってしまってたけど、その涙を前に冷静
さを取り戻してくる。

「イヤなのっ!!」

「ごめん・・・ぼく。」

「アタシ、イヤなのっ! 他のコと仲良くしたりしたら。」

「ぼくはただ・・・綾波に足りない教科書を貸してただけじゃないか。」

「わかってるわよ。わかってるけど、イヤなのっ!!」

「・・・・・・。」

アスカって頭がいいのに、どうして感情的になると理屈が通じなくなるんだろう。いく
ら筋道立てて話をしようとしても、聞く耳を持ってくれない。

まいったなぁ。
こうなると・・・大変なんだよなぁ。

とにかくこうなってしまうと、何を言ってもイヤ、イヤ、イヤしか言わなくなるから、
感情の高ぶりが引くのを待つしかない。かといって、このままアスカを1人でほおって
おくなどもっての他、そんなことをすれば大変なことになる。

「とにかく部屋に入っていいかな。」

「・・・・・・。」

「アスカも一度座ろうよ。」

このまま玄関にずっと立っているより、座った方がいいだろうと、少し強引にアスカを
部屋に連れて行ってベッドに腰を掛けさせ、ぼくはその横に座る。

「もうあんなゲームしないからさ。」

アスカは青い瞳に涙を溜めて黙っている。

「あんなゲームとかしちゃ嫌だったんだよね。」

俯いてじっと黙ったままだけど、ここは根気が必要だ。粘り強く優しく話し掛け続ける。

「他の女の子と話もしないよ。」

下ばかり向いているアスカの顔を覗き込みながら、1人で喋り続ける。

そんなぼく1人だけの言葉がいつまでもいつまでも続いて行く。

どんなにぼくが、これからはこうするよ・・・とか、こんなことしてごめんね・・・と
か言っても、なかなか反応が返って来ない。

まいったなぁ。
今回はご機嫌が治るのにかなり時間が掛かりそうだ。

どれくらい時間が経っただろう。少なくとも1時間は裕に1人で喋り続けている。

同じ体勢でずっと座っていたから、足が痺れてきた。

少し足を組み替えて、またアスカに喋り掛ける。同じことばかりの繰り返し。

「だからさ。もうあんなゲームしないから。」

相変わらず黙ったままアスカは下を見ている。

「ケンスケが持って来た時、断れば良かったんだよね。ごめんね。」

まだまだ時間が掛かりそうだ。目を全然合わせようとしないで、たまに鼻をスンスンと
すすっている。

何かアスカが喋り出せる切っ掛けがあればいいんだけど・・・。

どうしようかなぁ。

時間は流れて、更に1時間が経過した。また足を組みなおして、根気強く喋り続ける。

「ね。信じてよ。もう他の女の子と話とかしないからさ。」

フルフルとアスカが首を横に振った。

反応が返って来たっ!

でも、ここは焦らないで同じ調子で話を進める。

「なんで? 嫌なんだろ?」

「だって、そんなこと無理だもん・・・。」

「そうだけど・・・。」

「うそつき。」

「だから・・・仲良く話したりしないってことだよ。」

またじっと黙っている。納得してくれたのかな?

「ぼくだって、話がしたくて、綾波と話してたんじゃないだろ?」

「イヤなの・・・。」

「だから、これからはできるだけ話しないからさ。」

また黙ってしまった。マズイ・・・なんとかしなくちゃ。

「喉渇かない?」

フルフルと首を横に振っている。うーん・・・。

こういうとき、女の子はいったい何を考えているのか、ぼくにはさっぱりわからなくな
るよ。

「じゃぁさ。アスカはどうしたらいいと思う?」

なかなかぼくの言うことは聞いてくれないから、逆に聞き返してみたんだけど、今度は
布団に潜り込んでしまった。

こんもりとした布団の下で丸くなっている。

どうするんだよぉ。
綾波にケンスケ・・・問題だけ起こして、今頃何してんだよぉ。
・・・あのゲームは、ぼくも見てたんだけどさぁ。
はぁ〜、困ったなぁ。

アスカが頭まで布団に潜り込んでしまったから、話し掛けることもできなくなってしま
った。1人ベッドに座る沈黙の時間がゆっくりゆっくり流れて行く。

まさか、寝ちゃったんじゃないだろうなぁ。
おじさん帰って来たらどうするんだよ。

「そうだ。ねぇ、アスカ? 勉強教えてよ。」

とにかく仲直りしたいぼくは、なんでもいいからアスカが喋ってくれる切っ掛けを作ろ
うと、やぶれかぶれで何でも言ってみる。

「頑張って勉強して、アスカと同じ高校行くからさ。」

「シンジ・・・。」

アスカの声。反応が返ってきた。このまま上手く仲直りさせてくれ。

「英語教えてよ。アスカ得意だろ?」

「シンジ・・・。」

「ん?」

「こっちきて。」

「なに?」

手だけ布団から出したアスカが、ぼくのズボンのベルトを引っ張る。なんだろう?と、
ベッドの上に足を乗せ布団の中を覗き込むと、潜り込んで布団を閉じ隠れてしまう。

「シンジもお布団入ろ。」

「へ? なんで?」

「いいから。シンジも。」

キスするのかなぁ? ぼくは言われるがまま、こんもり丸くなっているアスカの隣に横
になると、布団を掛けてきてくれた。

「どうしたの?」

「シンジ、ごめんね。」

ん? なんだか声のトーンが変わっている。ようやく仲直りできそうだ。どうやら謝る
のが照れ臭かったから、布団の中にぼくを呼んだみたいだ。

「でも、やっぱりイヤなの。」

「わかったよ。もう見ないよ。あんなゲーム。」

「約束だからね。」

この約束守れるかなぁ。かなり不安だったけど、とにかく努力することにしよう。

「うん。約束だ。」

「好き・・・。」

やっと機嫌が直ったみたいで、アスカがぼくの腕の中に入って来た。両手両足を引っ込
めて寄って来たアスカを優しく抱き締めてあげる。ほんと良かったよ。これでようやく
仲直りだ。

ん?
ちょっとマテ・・・。

「アスカ?」

「じっとしてて。」

「だってっ。ちょっとっ!」

「布団めくっちゃダメっ。」

慌てて立ち上がろうとしたんだけど、アスカに服の胸の部分を引っ張られてその場に止
まる・・・と言うか固まってしまう・・・だってアスカっ!

服きてないよっ!

「アタシ、まだこれで精一杯なの。」

「う、うん・・・。」

声が上擦ってしまう。ぼくの腕はアスカの背中に回わされていて抱き締める格好になっ
ているんだけど・・・。

手の平からは、直接肌の温もりと柔らかさが伝わってくる。だけどその肌の柔らかさと
は反対に、ぼくの手は石のように固まってしまってピクリとも動かすことができない。

アスカもぼくの腕の中で身動き1つぜずじっとしている。アスカの息がぼくの首を刺激
する。

ぼくの服の胸の所をぎゅっと握り締めている手の力の入り方から、アスカもかなり緊張
しているのがわかる。

アスカの裸が目の前にある。

布団の中で暗くて見えないけど、目の前どころか、ぼくの胸の中に・・・。

これまで何度も想像した。お風呂に入っているアスカや、着替えているアスカを。

近くにあるのに、遥か彼方にあるように感じていた。神秘のベールに包まれていて、ぼ
くにとって何よりも掛け替えの無いそれを、今両手で抱き締めている。

今なら何度もそうしたいと思っていたものが、全て手の届くところにある。
いや、全てが手の中にある。

手を動かせば、何処にでもそれは届くだろう。

だけど・・・。

「もういいよ。アスカ。」

ぼくは背中に回した手を動かすことができなかった。

「シンジ?」

「もうあんなゲーム見ないからさ。だから無理しなくていいよ。」

アスカは黙ってぼくの胸の中でじっとしている。

ぼくはその背中を抱き締めたまま言葉だけ続ける。

「心の準備ができるまで待つからさ。」

「シンジぃ〜。」

それまで両手両足を縮めて腕の中に納まっていたアスカが、ぼくの背中に両手を回して
抱き付いてきた。

胸が直接ぼくを刺激する。

アスカの体温が肌から直接伝わってくる。

「シンジ、好き。好き。好き。」

アスカの顔が目の前に迫り、ぼくの唇に息がかかる。

唇と唇を合わせ、布団の中で抱き合ったままキスをするぼく達。

長いキス。

長いキスの後、唇が触れるくらいのわずかな距離をアスカが少し開ける。

「いいよ。シンジ。」

「!」

直ぐに返事はできなかった。

正直、この瞬間ぼくの心の中で葛藤があった。

一瞬の時間だったんだろうけど、天使の大群と悪魔の大群が大決戦をしたくらいの葛藤
があった。

だけど・・・。

「こんな形じゃないから。」

「?」

「もっとアスカは大事にしたいから。」

心の中の葛藤を理性で捻じ伏せるぼく。

「だから、服着なよ。」

「シンジぃ。好き。好きよ、シンジ。」

だけどアスカはぼくに抱き付いたまま動こうとはせず、また長い長いキスをした。

どれくらい時間が経っただろうか。

結局、それ以上ぼく達の間にはなにもなかった。

ただ長いキスを終え、布団の中で服を着たアスカとぼくが外に出た時には、2人とも汗
でぐっしょりになっていた。

<学校>

翌日。

「ねぇ。碇くん? まだ数学のドリル無いの。貸して。」

「い、いいけど・・・。」

ちらりと恐々アスカの方に振り返るぼく。やはりそこにはブスーーとしたアスカの顔が。

どうしろってんだよっ!
受験前なのに、勉強が手につかないよっ!
誰かぼくを助けてよっ!

こうしてこの拷問は中学3年が終わるまで続き、ぼくは何度も何度も拗ねたアスカのご
機嫌をとることになってしまった。

もちろん、あの日のような美味しい出来事は、その後2度と起こらなかったけど。

To Be Continued.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system