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恋のStep A to C
Episode 05 -Step C-
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<海岸沿いの町>

冷たい風が潮の香りを乗せて鼻をくすぐる。高校1年は同じクラスだったけど、ぼくは
理系にアスカは文系進んだから、2年になってクラスは別々になった。

高校2年の1月。受験まではまだ余裕があるし、新入生というわけでもなく、1番高校
生活を充実している時かもしれない。

勉強も得意の理系に絞ったから、英語だけもうちょっと努力がいるけど、概ね好調だ。

それに・・・なにより・・・。

「シンジ? ソフト食べない?」

「寒いのに?」

「それが美味しいのよ。」

強い冬の海風に靡く赤い髪が、ふわりとぼくの頬を撫でる。視線を下ろすと、乱れた髪
を左手で押さえながら、右手でぼくにぶら下がっている最愛の人のくったくの無い視線
が、今1番興味があるらしいソフトクリームに注がれている。

中2くらいまでは同じ背丈だったけど、今では178センチまで伸びた。だけどアスカ
はあの頃のままで肩くらい。

「ぼくいいよ。寒いから。」

「えーー、なんでぇっ!」

「だから・・・寒いって。」

「一緒に食べるのよっ!」

「・・・・・・わかったよ。」

アスカの身長はぼくより低いけど、腰はぼくの方が低いな・・・なんだか最近、もしか
したらぼくも父さんみたいに尻に敷かれちゃうかもしれないと思い出した。

「どう? 美味しいでしょ?」

「うん・・・美味しいけど。」

「けど、なによ?」

2人してソフトクリームを食べながら、海岸沿いの町を歩く。この辺りの夏は海水浴や
サーフィンをしに来る人が多いんだろうけど、こんな寒い季節には人通りも少ない。

「だって、やっぱり寒いよ。」

「ほらほら、あったかいわよ?」

腕を絡めていたアスカがぴったり寄ってくる。暖かい体、中学3年の時に1度だけ裸の
アスカを抱き締めたことがある・・・でもあれっきりあんなことは2度となかった。

アスカと付き合いだして4年。ぼく達は17歳の高2になった。

そして・・・昨日。

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<シンジの家>

珍しく夕方早くに父さんと母さんが帰って来て、部屋でゲームに夢中になってたぼくは
リビングに呼び出された。

「なに? 今、忙しいんだけど。」

「はい、これ。お小遣いね。」

「小遣い? なんで?」

この間、毎月貰ってる小遣いを貰った所なのに、いったいどうしたんだろう? お小遣
いくれたの忘れてるのかな?

まぁいいや。
余計なこと言って貰えなくなったら嫌だもんな。

ぼくは母さんが渡してくれたお小遣いの入っている封筒の中を覗くと、なんとびっくり
2万円!

「えっ!?」

ニヤリと笑う父さん。

「どうだ。シンジ。十分だろう。」

「う、うん。ありがとうっ!」

お年玉より多いじゃないか。いったい何があったんだろう? 宝くじでも当たったのか
な? なんてツイてるんだ。今日は。

「明日から母さんと2泊3日でハワイへ行く。」

「へ? 旅行?」

「それで何か食べろ。」

「な、なんだってーーーっ!!! ぼ、ぼくはっ!?」

「フッ。」

ムカッ!

なにが『フッ。』だっ! 自分達だけハワイに行って、ぼくだけおいてくつもりかっ!?
酷いじゃないかっ!!

「ごめんなさいね。定員が4人だったのよ。」

「4人って、じゃぁ、ぼくも行けるじゃないかっ。」

「惣流さんのご夫婦と一緒に行くことになっちゃってね。」

「アスカのおじさんや、おばさんと?」

「そうなの。もうあなた達も高校生だし、2泊くらい大丈夫でしょ?」

その時だった。隣から物凄い声が聞こえてきた。

『ぬわんですってーーーーーっ!!』

アスカが騒いでいる。理由は・・・言わずもがなだろう。

「晩御飯は、アスカちゃんにお願いして貰うことにしてるから。」

「なんでだよ。ぼくだって、ハワイに・・・ん?」

ちょっと待てよ?
ってことは、アスカと2人っきり?
一晩中?

そ、それってっ!!

中3以来進展しない2人の仲に最近イライラしていたぼくは、ハワイと2人っきりの夜
を天秤に掛け、迷わずこの大きなチャンスに飛びついてしまった。

「そうだねっ! 旅行楽しんでおいでよ。ぼくなら大丈夫だからさ。」

その後、ぼくは部屋に戻るとゲームなんかすぐに電源を切ってしまい、明日から始まる
2人っきりの生活に胸をときめかせていた。

2人っきりってことは。
アスカがご飯作りに来てくれてさ。
一緒にご飯食べて・・・。

『ごちそうさま。美味しかったよ?』
『ありがと。』

食べた後の食器を片付けるアスカ。

『シンジぃ?』
『ん?』

キスするぼく達。

『じゃ、おやすみ。シンジ。』
『うん。おやすみ。』

そしてアスカが帰って行く。

「・・・・・・。」

これじゃ、いつもと同じじゃないかーーーーっ!!!
駄目だ。駄目だ。そんなんじゃ駄目だ。

アスカと一緒に泊まりたい・・・・・・うーん、どうやったらアスカと一緒に泊まれる
だろう?

『ねぇ。父さん達もいないしさ、泊まっていきなよ。』
『やーよっ。スケベっ!』

・・・・・・ってなるよなぁ。絶対。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。

その夜ぼくは、何時間も掛け夜も遅くまで明日からのことを一生懸命考えた。そして、
翌日の朝。

「それじゃぁ、行ってくるわね。シンジ、アスカちゃん。留守を頼んだわよ。」

「大丈夫だよ。行ってらっしゃい。」

旅行バッグを持った母さん達に手を振り送り出した後、ぼくはアスカと自分の家の中へ
入って行く。

「ねぇ、今日土曜日だしさ。母さん達もいないから、どこか遠くに遊びに行ってみない?」

「遠くって、何処よ?」

「海とか見に行きたくない?」

「海? いいじゃんっ! 冬の海ってのも、綺麗なんじゃない?」

「うーん。でも帰りが遅くなっちゃうかも。」

そのままぼくは、海の旅館か何処かに泊まって帰りたかった。でもいきなりそんなこと
言うと駄目だろうから、微妙にアスカにお伺いを立ててみる。

「パパもママもいないから、平気だって。」

「そうだね。ははは。」

よしっ。
まず掴みはOKだ。

「よしっ! じゃ、急いで準備しようっ!」

「ちょっと待ってて、アタシも着替えてくるねっ!」

「終わったら、うちに来て。」

「わかったわっ。」

アスカが家に帰った後、ぼくはリュックに歯ブラシとか下着とかを入れ始める。さすが
に女の子の下着は持ってないけど、アスカ用に使い捨て歯ブラシやタオルも一緒に入れ
る。

完璧だ。
準備万端っ!

今日こそっ! 今日こそはっ!

こうして、勢い込んで準備をしアスカと海へやって来た。

そして今ぼくは、アスカと2人でソフトクリームを舐めながら海辺の町を歩いている。

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<海岸沿いの町>

もう昼時も過ぎて、かなりお腹が空いてきた。何処か近くに安いお店ないかなぁ。昼は
うどん屋か丼屋でいいよな。

「どこか、ご飯食べに入ろうか?」

「折角、海に来たんだから。お刺身とか食べましょ? 新鮮なやつ。」

「え・・・昼からそんな高いのはやめようよ。」

「だーいじょうぶ。ママから3万も貰ったから。」

な、なんでぼくは2万で、アスカは3万なんだーーーーーっ!
ケチったなっ!

いや、そんなことはどうでもいいんだ。
ここであんまりお金を使い過ぎて、旅館に泊まれなくなったら大変だ。
お昼はなんとしても、ケチらなくちゃ。

「まだ明日もあるしさ。最初から使い過ぎちゃ駄目だよ。」

「3万もあるんだから、すぐなくなんないわよ。」

「そうだけど・・・。」

旅館なんかに泊まったら、1人1万くらいはいるよなぁ。
ここで贅沢したら、ぼくのお金なくなっちゃうよ。
うーん・・・。

「あっ、あそこなんかいいんじゃない?」

アスカが指差したのは、いかにも高そうな生簀料理の店。あんな所に入ったら、すぐに
1万くらいなくなりそうだよ。

「駄目だ。駄目だよ。アスカっ!」

「なんでよ。ママ達だけハワイなんか行ったのよっ? ちょっとくらいアタシ達だって、
  美味しいの食べたいじゃない。」

「でも、駄目なんだよ。」

「だから、なんでよっ!」

「・・・・・・うーん。」

旅館に一緒に泊まりたいことを隠そうとするあまり、碌な言い訳が出てこない。でも、
なにがなんでも阻止しなくちゃ。

「ぼく、うどんが食べたいな。」

「うどん?」

「だからさ。お願い。」

「いいけど。で、どこにあんのよ? おうどん屋さん。」

「えっと・・・うーん。」

右を見ても、左を見ても、うどん屋らしき建物なんか何処にも無く、丼屋が1件だけ目
に入った。

しまった。
丼が食べたいって言っときゃ良かった。

1度うどんを食べたいと言ってしまったから、今更後戻りもできず、ぼくはアスカを連
れて目を皿のようにしてうどん屋を探す。

「ねぇ。何処にあんの? おうどん屋さんなんて、ないわよ?」

「おかしいなぁ。そうだ、駅前に行ってみようよ?」

きっと駅前だったら、うどん屋くらいあるだろう。夏になったら、海水浴客で賑わう駅
だ。絶対あるはずだっ。

ぼく達の家の最寄の駅から3時間掛けて電車に揺られここまでやってきた。確か、さっ
き降りた駅の近くに、食堂街みたいなのがあったような気がする。

「あったよ。ほら、あそこ。」

「うーん。アタシ何にしよっかな。」

駅前のうどん屋の前に立ち、ショーケースに並ぶメニューを眺める。観光地のせいか、
ちょっと値段が高いけど、生簀料理に比べたら遥かにマシだろう。

「鍋焼きうどんなんか美味しそうじゃない?」

「アタシ、ざる蕎麦にしようかな?」

「なんでこの寒いのに、ソフトクリームとかざる蕎麦なんだよ。」

「だって・・・なんだか食べたいんだもん。」

「やめときなよ。温かいのにしようよ。」

「じゃ、やっぱりお魚がいい。」

「ざる蕎麦でいいよ。」

店に入ると、ぼくは温かい鍋焼きうどん、アスカはこの寒いのにざる蕎麦を頼んだ。冬
っていったら、鍋焼きうどんなのに・・・。

「ふぅーふぅー。」

しばらくして運ばれてきたあつあつの鍋焼きうどんに、息を掛けながら食べ始めるぼく
の前でアスカはざる蕎麦を食べている。

なんだか見ているだけで寒そうだ。
少し鍋焼きうどんあげようかな。

「ちょっと食べる?」

「あ、うん。卵のところがいい。」

「ほら、あったまるよ。」

温かいスープと一緒にうどんと卵をお椀に入れてあげると、アスカもフーフー息を掛け
ながら食べ出した。

やっぱり、鍋焼きうどんにしとけば良かっただろ?
仕方ないなぁ。交換してあげようかな。


「鍋焼きうどん食べなよ。ぼくが、そのざる蕎麦食べてあげるから。」

「なんですってっ! そんなこと言って、アタシのざる蕎麦狙ってるんでしょっ!」

「違うよっ! ほら、こっちの方が温かいだろ?」

「ざる蕎麦が欲しいって言ったらあげるのに。なんで素直にざる蕎麦が良かったって言
  えないわけ?」

「別に、欲しいわけじゃないよ。」

「そ。ならいいじゃん。」

アスカが返してきたお椀に、ぼくは自分で頼んだ鍋焼きうどんを入れて食べる。前では
ズルズルとざる蕎麦をすする音が聞こえてくる。

なんだか・・・美味しそうかもしれない。
ぼくもざる蕎麦にすれば良かったかな。

「寒いだろ? 半分づつ交換しようか?」

「ほらほら、ざる蕎麦が欲しいんでしょ。」

「そんなことないよ。ただ、アスカが寒そうだから。」

「寒くないもん。」

これみよがしに、ズルズルとざる蕎麦をすすっている。食べたい。食べたい。なんだか、
物凄く食べたくなってきた。

そーっと湯飲みの間から箸を伸ばして、アスカのざる蕎麦を狙う。
フフフ。もう少しで、これはぼくのものだ。

「アンタ! なにしてんのよっ!」

「えっ!」

視線を上げると、アスカが忍び足で近付くぼくの箸の先を睨んでいる・・・ばれてた。

「ったく、欲しいんなら欲しいって言いなさいよねっ! ほら、あげるわよ。」

「うん・・・ちょっとだけ食べてみたくなって。」

「素直にそう言やいいでしょ。」

蕎麦とツユを前に出してくれた。やっと食べれるよ。ぼくは、ツユの中にわさびを入れ
て食べ始める。

「あっ! あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「ど、どうしたんだよっ!?」

「わさびっ!!!」

「あっ、ごめん・・・。」

「どうしてくれんのよっ! 食べれないじゃないっ!」

ついいつもの癖でわさびを入れてしまったざる蕎麦のツユを困った顔で覗き込む。あま
りアスカは辛いのが好きじゃないから、これじゃ後が食べれないよな。

「もう1つざる蕎麦頼みなよ。これぼくが食べるから。」

「いいわよっ。もうっ。そのかわり、鍋焼きうどんはアタシのよっ!」

「うん・・・ごめん。」

結局、交換することになっちゃった。半分づつ、鍋焼きうどんとざる蕎麦が食べれたか
ら、まぁいいか。

ご飯も食べ終わった昼下がり。

ケーブルカーに乗って、ぼく達は海の見える小高い丘へと上ることにした。海も見に行
きたいけど、やっぱりそういうのは夕日の時間がいいよな。

「ねぇ、見て。ハイキングコースがあるみたいよ?」

「1周で1時間か。行ってみようか?」

「景色が綺麗なんだって。いこいこ。」

丘の上のケーブルカーの駅に、短いハイキングコースの地図があった。まだ3時過ぎだ
し、回って帰ってきたら調度いい時間になりそうだ。

「細い道だな。大丈夫?」

「まっかせなさいっ。」

「ほんと?」

ハイキングコースっていうから、緩やかな山道が続いているんだと思ってたのに、岩が
ゴツゴツしてて思ったよりかなり険しい。足場が悪いからアスカが心配だ。

なんだか危なっかしいなぁ。
転んで怪我とかしたら大変だよ。

「手貸して、引っ張ってあげるから。」

「いいわよ。これくらい平気。平気。」

「危ないよ。」

「なによっ。これくらいの道、アタシに歩けないとでも思ってるわけっ?」

・・・なんでこんなつまんないとこで、変な対抗意識を燃やすんだよ。さっきから何度
も足が滑りそうになってるじゃないか、あっ、ほらまた。

「ハイキングコースなんだしさ、手くらい繋いで歩こうよ。もうすぐ、景色の綺麗な所
  だしさ。」

「む? それもそうね。いいわよ。」

なんとか納得してくれたみたいだ。とにかくアスカが転ばないように、しっかり引っ張
らなくちゃ。

手を繋いでハイキングコースを歩いて行くと、地図にあった展望台にやって来た。海が
一望できて綺麗なとこだ。

「海が見えるよ。太平洋だ。」

「わぁ、ほんとぉ。アメリカ西海岸が見えるわ。」

「見えるわけないだろ・・・。」

「見て見て。お船がいっぱーい。」

輝かせるその瞳と同じ色の海をじっと眺めるアスカの肩を、優しく包み込むように抱く
と、アスカも身を寄せ凭れて来る。

「綺麗ねぇ。」

「そうだね。」

うっとりした感じで、体重を預けてくるアスカの肩を引き寄せる。

「アスカ・・・。」

アスカも身を任せ目を閉じぼくの手の中で体を委ねる。

唇と唇が近付く。

「いやぁぁぁ、このハイキングコースは厳しいのぉ。」
「ほんにのぉっ。」
「ここが、綺麗な展望台じゃて。」

なんだ? なんだ? なんだ???

慌てて目を開けると、いつの間にかおじいさんやおばあさんが周りに群がって来ていた。
ぼくとアスカは大慌てで体を離す。

「よぉ、兄ちゃん達もハイキングかいのぉ。」

「まぁ、そうですけど。」

「ほうかほうか。この展望台の景色は絶品じゃ。」

「そうですね・・・。」

「ほれ見ろ。あれが海じゃ。」

言われなくても海くらいわかるよ。なんなんだよ、このおじいさんやおばあさん達は。
折角いい雰囲気だったのに。

「行こうか。」

「そうね。」

「下りになってきたから、気をつけて。」

展望台までは上りが多かったから、そこから戻るコースは下りが多くて、更に道幅が狭
くゴツゴツしてる。

「結構、キツイわね。」

「この辺り、濡れてるから注意してよ。」

「なんでアンタ、そんな大きなリュック背負ってんのよ。」

「・・・えっと。」

「そんなの背負ってなかったら、おんぶして貰うのにっ。」

なんでって言われても、まさかお泊りセットを持って来たなんてまだ言えるわけもない
から、適当に言葉を詰まらせてお茶を濁す。

「大丈夫だよ。ほら、手貸して。」

「うん・・・ちゃんと持ってよ。」

ぼくが先に下に降りてアスカに手を差し出してあげる。岩場が結構険しくなってきたか
ら、怖いみたいでおずおずとぼくの手を握ってくる。

「あははは。」

「なによっ。」

「アスカも可愛いとこあるなと思って。」

「こんなことで可愛いって言われても、嬉しくないわよっ。」

バカにされたと思ったのか、ちょっと膨れながらぼくの手を握ってぴょんと岩場を飛び
降りて来た。

「よっと。」

アスカを胸で受け止めてあげて、足場の良さそうな所に下ろしてあげる。ここを越える
と後はわりとなだらかみたいだ。

「あれ? あっちにもケーブルカーあるよ?」

「さっき乗って来たのとは違うわよねぇ。」

「どこに下りるんだろう?」

この丘に登る時に乗って来たものとはまた別のケーブルカーを見つけたぼく達は、興味
が沸いて駅に駆け寄って行く。

「反対に降りれるみたいね。」

「これで降りてみようか?」

「帰れるかしら?」

「ほら、電車の駅までバスが出てるよ。」

ケーブルカーの駅の上にある地図を見ると、こっちのケーブルカーで海辺の町まで降り
ても、電車の駅まではバスが出ていると書かれている。

「いろんなとこ見てみたいし。降りてみようよ。」

「いいんじゃない? 行ってみましょ。」

「綺麗なとこだといいね。」

最初の予定とは変わってしまったけど、丘を登ってきた斜面と反対方向から降りて行く
ことにした。

ケーブルカーで町まで降り、ぼく達は海沿いを歩く。

「ねぇ。ボート乗り場があるわよ?」

「乗ってみようか?」

「乗ろ乗ろ。あの島まで行けるって。」

すぐ近くに小さな島が見える。どうやらあそこまでボートで行けるみたいだ。早速アス
カと並んで座ってボートを漕ぎ出す。

このまま島に着いたらボートが流されて・・・。
あの島で2人っきり。
ってのもいいよなぁ。

ありえそうにもない妄想をしながら、オールを一緒に漕ぎ出す。池では何度か乗ったこ
とがあるけど、海は波があるから思ったより漕ぎ辛い。

ん?

オールを両手で持って漕いでいると、ぐるりと回した腕の左の肘が左に座るアスカの胸
に当たった。ぷにっ。

これは・・・事故だ。
そうだ事故だよな。

再びオールを漕いで腕を回すと、また肘がぷにっと当たってしまう。

事故だ。
うんうん。

またまたオールを漕ぐぼく。目標をセンターに入れて、ぐるり・・・。

ぷにっ。

「いいかげんにしなさいっ!」

ドゲシッ!

「わ、わざとじゃないんだよぉっ。」

叩かれたほっぺたを押さえながら、振り向くと・・・とても怖い顔でぼくのことを睨ん
でいる。

「わざとじゃなかったのは、最初だけでしょっ!」

ばれてた。

「・・・ごめん。」

「ったく、すぐ調子に乗るんだからっ!」

いろいろあったけど、無事に島に着いたんだけど、そこにも係のおじさんがいてボート
を止めてくれた。

あーぁ、これじゃボートが流れないな・・・。

ボートに乗った時は、島が邪魔してわからなかったけど、島の向こうを見ると橋が掛か
っているのが見える。

なんだ・・・。
ボートが流れても、帰れちゃうんだ。

元々期待してなかったからいいや。ぼくは夕焼けに染まる小さな島をアスカと一緒に歩
き出す。

「島の反対側に行ってみようか?」

「砂浜とかあるかしら?」

「ぼくも初めて来たから・・・とにかく行こう。」

小さな島を歩いていると、他にもカップルをパラパラと見かけた。全然知らなかったけ
ど、夏なんかはカップルだらけになるデートスポットなのかな。

「結構遠いなぁ。島の端。」

「思ったより大きいのかしら?」

土産物屋が左右に立ち並ぶ石畳の道を歩く。きっと夏だと開いてるんだろうけど、みん
なシャッターが下りて閉まっている。

「今、どの辺りだろう?」

「店で周りが見えないから・・・どれくらい歩いたのかしら?」

「海の音もしないなぁ。」

「まっすぐ歩いて来たんだから、そのうち海見えるわよ。」

そろそろ夜だ。だんだんと暗くなってくる。夕日も沈んでいき、昼でも寒かった海風が
より一層冷たくなってくる。

「キャッ!」

突然アスカが悲鳴を上げたかと思うと、両腕でぼくの体にしがみ付いてきた。

「びっくりしたなぁ。大丈夫?」

「ちょっと、踏み外しちゃって。」

「暗くなってきたから気をつけなくちゃ。」

「うん・・・ほんと暗いのね。この辺。」

ところどころの店の電気がパラパラとついているけど、街灯というものがほとんどない。
道には時折段差や階段があって、またアスカが足を踏み外しちゃいけないから、ぼくは
アスカの肩をしっかりと抱き締めて歩き出す。

暗くなってきたなぁ。
今、何時だろう?

携帯電話の時計をチラリと見ると、もう7時過ぎ。夏ならまだ明るいんだろうけど、1
月だもんな。暗くもなるわけだ。

ん?
ちょっと待てよ。
バスの時間って何時までだろう?

ここまで来るのに1時間くらいかかったよな。とすると、橋を渡って帰ったら、今すぐ
帰っても8時過ぎるよな。

帰るつもりないのかなぁ。
アスカも・・・。

ちらりとアスカの顔に視線を降ろすと、ぼくの腕にしがみ付いてもくもくと石畳の道を
歩き続けている。

時間のこと忘れてるのかな?
それとも、アスカも一緒にここで泊まるつもり?

ぼくは・・・。
アスカと一緒に泊まりたい。

そうだ。ちょっと様子をみてみよう。

ぼくは携帯電話をポケットに戻すと、何気なさを装って自然に声を掛けてみた。

「暗いと思ったら、もう7時過ぎてたよ。」

「時間経つのって早いわね。」

「そうだね。」

もう7時なのに、帰ろうとする気配はない・・・。
やっぱり、一緒に泊まるつもり?

時間を聞いて慌てて帰ろうとし始めたらどうしようかと思ってたけど、全然気にする様
子もなく、アスカは海に向かって歩いている。

よしっ!
バスに間に合わなかったから、仕方なく旅館に泊まる作戦だっ!

こうなったら、ここで時間潰さなくちゃな。
バスの動いてない時間になってから戻ろう。

ここのバス、何時まで動いてるんだろう?
9時以降に帰れば大丈夫かな。
できれば、10時が安全かも・・・。

よくわからないけど、ちょっとでも時間をこの島で潰して帰ろうと、ぼくは少し歩調を
ゆっくりにして歩き始めた。

「なんか、海の音しない?」

「そう? そうかな。」

えーーー、もう島の反対に着いちゃったの?
早いよ。早すぎるよ。

「あっ! トイレだっ。ぼく、ちょっとトイレに行ってくるよ。」

「あら、ほんと。じゃ、アタシも行こうかな。出口で待っててね。」

「わかったよ。」

まずは、トイレで2分でも時間を稼がなくちゃ。
いや、3分だ。3分、ここで時間を潰そう。

特にトイレに行きたかったわけじゃないけど、ゆっくり目にトイレを済ませ手を洗って
出てきた。

何分経ったかな?

時計を見ると、まだ1分ちょっとしか経ってない。駄目じゃないか。でも、アスカがい
つも遅いから、まぁいいか。

耳を澄ますと、本当に海の音が聞こえてくる。海を見ながら、どれくらい時間を潰せる
かなぁ。アスカが帰りたいって言うまで海にいよう・・・。

「お待たせぇ。さ、行こうか。」

「早かったね。」

「そう? いつも通りだけど。」

暗い道をまた歩き出す。さっきまでより潮の香りが強くなってきたような気がする。も
う海は目の前なんだろう。

「あっ! シンジっ! 海よっ!」

「ほんとだ。わぁ、綺麗だな。」

店と店の間を抜けたぼく達の視界に、突然見渡す限りの海の景色が広がり、右の方には
どこかの街の明かりが水平線から繋がって真っ直ぐに伸びていた。

「海岸だっ。行くわよっ。早くぅっ。」

「そんなに慌てないでよ。」

アスカに引っ張られて、石の階段を下りて行くと、足が砂にめり込む感じがした。砂浜
に降りたみたいだ。

今迄は周りに店とか木があって風を防いでいてくれたけど、砂浜に下りると海風が直接
顔に当たってきて、ぼくの髪もアスカの髪もバサバサと乱される。

「キャッ。凄い風ぇ。」

「さすがに寒いな。」

「水も冷たいかな。触ってみよ。」

「走っちゃ危ないよ。」

はしゃいでしまったアスカは、ぼくに振り向きながら砂浜を走って行く。また転びやし
ないかとひやひやしながら追い掛ける。

「冷たーい。」

「そりゃ、冬の海だからね。」

「シンジも触ってみてよ。」

海に指の先を浸して喜んでいるアスカの後から、ぼくも海の水を触ってみようと手を伸
ばすと、波がザザザと足に迫ってきて慌てて逃げる。

「難しいな。」

「ドジねぇ。ほらほら、今がチャンスよ。」

どうしてもぼくの指を海に浸したいみたいだ。ぼくはタイミングを見計らって、指を水
に浸けてみる。

「ほんとだ。冷たいよ。」

「でしょ。あははは。」

バサバサと靡く髪を手で押さえながら、嬉しそうに笑うアスカの笑顔が、綺麗な月の光
に映し出される。

可愛いな。

ぼくは純粋にそう思った。

「石投げてみましょーよ。」

「石? あるかな?」

「あるわよ。」

暗い海岸で石をアスカが探す。ぼくも一緒に探してみると、あまり大きくないけど角が
削られて丸くなった石がいくつか転がっていた。

「どっちが遠くまで飛ぶか勝負よっ。」

「いくらなんでも、アスカに負けたりしないよ。」

「言ってくれるわねぇ。じゃ、アタシから行くわよっ! えいっ!」

上体を逸らして、アスカが思いっきり石をほおり投げる。だけど、その石は、丸いカー
ブを描いて波打ち際までしか飛ばなかった。

ちゃぽん。

「あれぇ? あんだけぇ?」

「全然駄目じゃないか。」

「じゃぁ、アンタが投げてみなさいよ。遠くまで飛ぶんでしょうねっ。」

「アスカよりは飛ぶよ。」

「あぁぁっ。そんなこと言って、アタシより飛ばなかったら、なにして貰おっかなぁ。」

なんかそんなこと言ってるけど、どう間違えても波打ち際までしか飛ばないアスカには
負けないだろう。

ぼくは近くにあった、手頃な大きさの石を持つと、思いっきり振り被って海に投げつけ
る。その石は、ビュッと音を立てて暗闇の中へ消えて行く。

「あれ? 何処行ったんだろう?」

「ブブー。アンタの負けね。」

「なんでだよっ。」

「どこに落ちたのかわかんないから、ファールよっ。」

「そ、そんなぁぁ。」

「帰り、ジュース奢ってね。」

「・・・・・・しくしく。」

そんなのありだろうか。この暗闇じゃ、波打ち際ならともかく、どこまで飛んだかなん
て普通見えないよ・・・。

なんだかしてやられた気分になりながらも、砂浜の上でぼくの腕に抱き付いてくる小悪
魔を愛おし気に見下ろす。

「ちょっと座りましょ。」

「スカート汚れるよ?」

「大丈夫よ。」

言うが早いか、アスカはまずぼくを砂浜の上に座られ、その膝の上に腰を下ろした。確
かにこれだと汚れるのはぼくのお尻だけだな。

「夜の海って寒いわね。」

「こうしたらあったかいよ。」

膝の上に座るアスカを、ぼくのジャンパーで包み込みながら、両手でしっかり抱き締め
る。

潮風が吹き付けてくるけど、アスカを抱き締めているから、ぼくの体はぽかぽかしてく
る。

「あったかぁーい。」

「だろ?」

「ねぇ、でも手が冷たいわよ?」

冷えた手をぴたりとぼくの頬につけてくる。ほんとだ、冷たい。

「じゃぁ、これでどう?」

アスカを抱き締めながら、両手でアスカの両手を挟んであげる。さすがに顔に当たる風
だけはどうしようもないけど、ほとんどアスカを包み込むような形になる。

何分くらい経ったんだろう?
携帯の時計を見てみたいけど、こんないい雰囲気なのに、今手を動かしたくない。

このままずっと、こうやってアスカを抱き締めていたいな・・・。

ぼくの目の前でアスカも海を見ている。アスカの髪が風に揺れて、ぼくの鼻を刺激する。

こっち向いたらいいのに。

ずっと海ばかり見ているアスカ。ぼくは、そっと頬をアスカの頬にくっつけてみた。

「冷たいよ? アスカの頬。」

「なんでアンタのほっぺって温かいの?」

「後にいるからかな。風が当たらないんだ。きっと。」

頬と頬をくっつけて、じっと夜の海を見詰める。真っ暗な海の景色、特にそこに何があ
るっていうわけじゃないけど、ただじっと2人で見詰める。

「何か、光ったわよ。」

「船かな?」

「もうちょっと明るかったけど。」

「どこ?」

「うーん、さっき光ったんだけどなぁ。」

海の向こうの方には、赤く点滅している船らしき光はあるけど、それ以外なにも光るも
のなんてない。

「見間違いじゃないの?」

「そんなことないわよ。さっき、ピカって。むーー、信じてないでしょ。」

「だって、どこも光ってないじゃないか。」

そう言った時だった。海が一瞬ピカっと光った。

「なんだ?」

「なんだろう?」

よくわからない。船でも飛行機でもなく、どこかからか海に光を当てている。そんな感
じの光だった。

それより、今何時なんだろう?
アスカ・・・全然帰ろうとする気配ないけど。

今日はアスカも・・・やっぱり。
そうだよな。帰るつもりなら、そろそろ帰らないと間に合わないよな。

アスカは相変わらず、ぼくに凭れかかって海を眺めている。もうどれくらい海をずっと
見てるだろう?

何もない、ただ暗いだけの景色。

でも、波の音が心地よい。
アスカの温かさが心地よい。

ちょっと強めにアスカを抱き締めると、口から息を漏らす音がくっつけている頬を伝わ
って感じられる。

アスカ・・・。
            アスカ・・・。
                        アスカ・・・。

突然、愛おしさが込み上げてきたぼくは、更にぎゅっとアスカを強く抱き締めてしまう。

「痛い・・・。」

「あっ、ごめん。」

「どうしたの?」

「なんでもないよ。」

急に可愛くなったなんて、恥ずかしくて言えそうにない。ぼくは頬をくっつけたまま、
視線を海に振り向ける。

海の向こうに映る街の明かり。その右手に見える明かりが消えるまでここにいたい。そ
して、寝静まったあの街にアスカと一緒に泊まりたい。

可愛くて可愛くて仕方のない彼女・・・アスカを大事に大事に包み込む。

幸せに浸るぼく。

その時だった。

「さってと。そろそろ行きましょうか?」

「へ?」

突然立ち上がるアスカ。

「最終のバスに間に合わなくなるわ。」

ガーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!

「22:15って、書いてあったから、そろそろ行かなくちゃね。」

そ、そんなぁ・・・。
アスカはしっかり帰りの時間を計算してたのかぁぁっ!!!

「急ぎましょ。」

「う、うん・・・。」

ぼくはもう、がっかりしてヨロヨロとその場を立ち上がった。

そりゃそうだよな。アスカって、そういうとこしっかりしてるもんな・・・。

来る時に比べ、おもむろに口数が減ってしまうぼく。もうほとんど、この街に泊まれる
に違いないと思ってただけに、このショックは大きい。

せっかく、パンツ持って来たのに。
歯ブラシもタオルも2人分持って来たのに・・・。

また石畳の元来た道を戻って行くぼく達。その足取りはかなり重い。帰りたくない。帰
りたくない。帰りたくない。

しばらく歩くと、自動販売機が見えてきた。

そうだ。

「ジュース買おうか。」

「あっ、そうだ。アンタにジュース奢って貰わなくちゃ。」

「いいよ。」

ここでジュースを飲んだら時間が潰れるかも。そしたら、最終のバスに間に合わなくな
って・・・。

まずは自動販売機にアスカの分のお金を入れる。アスカは温かい紅茶を買った。ぼくも
温かいのがいいな。

お金を入れて、ホットコーヒーを買うと、自動販売機の近くにあった石の上に座って、
アスカが紅茶を飲んでいる。その横にぼくも腰を下ろしてコーヒーを飲む。

あれ?
急いでたんじゃなかったのかな?
ゆっくり紅茶なんか飲んでるよ。

とにかく、ここで時間が潰れたら、最終のバスに間に合わなくなるかもしれない。ぼく
はチビチビとコーヒーを飲む。

「寒いと、缶の紅茶も温かくって美味しいわね。」

「今日は特別寒いからなぁ。」

「海の近くだからじゃない?」

「そうかな。」

ゆっくり飲んだつもりだったけど、缶コーヒーは量が少ないからすぐになくなってしま
った。アスカの紅茶はまだ残ってる。

このままアスカがのんびりしてたら、本当に帰れなくなるかも。
後、最終バスまで何分だろう?

時間が気になるけど、携帯の時計なんかみたら、逆にアスカを急かしてるみたいになる
から我慢して見ないようにする。

「ねぇ。残り飲んで。もうお腹ちゃぷちゃぷ。」

「いいよ。ちょっと待ってね。」

残りの紅茶をぼくに差し出してきた。まだ半分近く残ってる。ぼくはそれを、少しゆっ
くり目に喉に通していく。

だけど、じきにその紅茶もなくなって。

「飲み終わった? ゴミ箱に捨ててくるね。」

「うん。」

自動販売機の傍に置かれているゴミ箱へ走って行くアスカを、立って見守る。すると、
調度アスカが缶をゴミ箱に捨てようとした時、突然傍の背の低い木がガサガサと揺れた。

「キャーーーーーッ!!!」

突然のことにアスカは、悲鳴を上げて腰を抜かしてしまう。

「どうしたのっ!?」

慌てて駆け寄ると、なんのことはない、猫が茂みに隠れていたようだ。

「なんだ。猫じゃないか。」

「もうぅ。びっくりしたじゃない。」

「怖がりだなぁ。」

「だってぇ、こんな真っ暗なんだもん。」

ぼくの手に掴まって立ち上がってきたアスカが、頬を膨らまして文句を言っている。そ
ういえば、アスカはお化けとか嫌いだったよな・・・ちょっといたずら心が沸いて来る。

「そうそう。確かこの辺って、化け猫が出るらしいよ。」

「そんな話しないでっ!」

「エニャンゲリオンっていう青と白の化け猫で、人を襲うらしいんだ。」

「いやーーーっ! や、やめてって言ってるでしょっ!!!!」

とかなんとかいいつつ、ぼくの手にぎゅーっとしがみ付いて来る。可愛そうだから、こ
のくらいでやめてあげよう。

「ウソウソ。」

「もっ! 早く行くわよっ!」

「あっ、ちょっと待って。」

ぼくの手を引っ張って、急ぎ足でスタスタ歩き始めてしまった。あぁ〜、折角時間を稼
ごうと思ったのに・・・余計なことしちゃったよ。

元来た道を更に戻って行くと、来る時には気付かなかったけど、分かれ道になっていた。
標識を見ると、左がボート乗り場で、右が橋って書いてある。

さすがに、もうボートは動いてないよな。
そうだっ。
ボート乗り場へ行って、ボートが無いから橋へ引き返したら・・・。
うん。絶対、間に合わないぞ。

名案を閃いたぼくは、有無を言わさずボート乗り場の方へアスカを引っ張る。

「ちょっと待って。どっち行くの?」

うっ。
気付いてる?

「どっちって、こっちから来なかったっけ?」

とにかくとぼけてみる。

「もうボートなんて動いてないわよ。橋から帰りましょ。」

「あ、そういえば。そうかもね。危なく間違えるところだったよ。」

とほほほほほ・・・。
さすがアスカだ。

しぶしぶぼくはアスカと一緒に橋の方へ歩いて行く。どうだろう? バスに間に合う時
間なのかなぁ。今何時だろう?

「見て、灯台よっ。」

「さっきの海で見たのって、灯台の光だったんだ。」

「そっか。あの光だったのね。」

灯台が見えて間も無く帰り道を示す橋が見えてきた。もうバス停まですぐそこだ。それ
と同時に、橋の手前にトイレが見える。

「あの・・・。ちょっとトイレ行きたいんだけど。」

「アタシも、アタシも。行きましょ。」

「そうだね。」

よし、このトイレで5分は時間を潰すぞっ!
そしたら・・・今何時だろう?

トイレに入ったぼくは、さっきから気になっていた時間を見ようと、携帯電話を取り出
す。

”22:05”

バス停までは、ここから5分かかるかどうか・・・。

際どい。

ギリギリ間に合いそうじゃないか。

のんびりのんびりトイレを済ませ、出てみると”22:07”。まだアスカは出てきて
ない。どんなにぼくが時間を稼いでも、アスカの方が遅いから同じことか・・・。

”22:08”

アスカが手を洗って出てきた。残り7分・・・間に合っちゃいそうだよ。

ぼくはがっかりして、携帯電話をポケットに入れる。

「急ぎましょ。」

「そうだね・・・はぁ〜。」

もう駄目だ。結局、今回もアスカと一緒に泊まることはできなかった。父さんも母さん
もいないし、滅多にないチャンスだったのにぃ。

案の定、ぼくとアスカがバス亭に着くと、待っていたかのように、最終バスが停まって
いた。

「良かったぁ。間に合ったわねっ。」

「そうだね。」

「大急ぎでトイレ済ませたわよ。焦ったぁ。」

「ぼくも、アスカが遅いから、どうしようかと思ったよ・・・。」

心にもないことを言っているよ。
ぼく・・・。

仕方ないや・・・アスカが帰りたいんなら帰ろう。
こういうことは、慌てたって駄目だもんな。

ぼく達はバスに乗って、電車の駅に向かう。でも、よく考えたら泊まることばっかり考
えてて気付かなかったけど、晩御飯がまだだった。お腹減ったなぁ。

「ご飯どうしようか?」

「帰ったら、もうスーパー閉まってるわね。コンビニでなんか買いましょ。」

「それしかないか・・・。」

「今日は楽しかったわね。今度は夏に来たいわ。」

「景色も綺麗だったし、泳ぎに来ようか。」

「パパ達とも一緒に来よ。綺麗なとこ見つけたって、教えてあげなくちゃ。」

「・・・・・・。」

おじさん達とも一緒か・・・あまり期待できそうにないなぁ。
それよりも、父さんも来ることになるのか?
それは・・・嫌だ。

いくつかのバス停に泊まって、目的の電車の駅にそのバスは停まった。ぼくとアスカは、
今日の思い出話なんかをしながらバスを降りて、電車の駅に入る。そして・・・。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

時刻表を見て固まるぼく達。

現在22:43。

第3新東京市まで行く最終電車が・・・ぼく達が駅に着いた時には・・・。

もうなかった。

こ、これはっ!
もしかして、この町に泊まるしかないんじゃっ!

もう諦めてしまっていたぼくだったけど、電車がないんじゃ仕方ないよなっ! ぼくは
瞳を輝かせて、最終電車の出てしまったことを示す時刻表を見上げる。

「どうしよう・・・シンジ。」

「困ったなぁ。」

口では困ったといいつつ、胸と躍らせてしまうぼく。

そうだっ!
泊まるとこ探さなくちゃっ!

ご飯もまだだし、料理の美味しいとこがいいよな。
温泉とかこの辺りなら、あるんじゃないか?

浴衣なんか着て・・・。
アスカの浴衣姿って可愛いんだよなぁ。

「とにかく、第2東京まで行きましょ。」

「へ?」

びっくりして、アスカの顔を見る。

「第2東京まで行ったら、確か他の電車が第3まで動いてたと思うわ。」

ガガガーーーーーーーーーーーーンっ!

しまった・・・第2東京までなら、まだ電車がある。そういう道がまだあったのかぁっ!

変な期待させないでよぉ。

ちょっと期待してしまった分、ぼくはまたがっかりして、第2東京行きの電車に乗る。
ここに泊まれるかと思ったのに、やっぱり泊まれなかった・・・自然と無口になってし
まう。

「なんだか、眠くなってきちゃった。」

「着いたら起こしてあげるよ。」

アスカを抱き寄せて、ぼくの肩に凭れさせてあげると、遊び疲れたのかすぐに寝息を立
て始める。

このままぼくも寝ちゃったら。
乗り過ごして、第2東京から帰れなく・・・。

駄目だ。駄目だ。そんなことしちゃ。

いろんな誘惑が頭を擡げてくるけど、後ろめたいことはしたくない。もやもやとした邪
心を振り払ってアスカを見詰めると、あどけない顔で眠っている。

父さん達がいたら、こんな遅くまでデートできないもんな。
今日は思う存分、遊んだって感じだ。
それでいいじゃないか・・・。

夜の街を電車は走り、第2新東京市へ向かう。その間、ぼくはずっとアスカの顔を眺め
続けていた。

<第2新東京市>

駅に着くとさっそくアスカが駅員さんに、どこの電車に乗れば第3新東京市へ帰れるか
聞いている。

それにしてもお腹減ったなぁ。
コンビニ弁当じゃなくて、帰ったらアスカに何か作って貰いたいな。

アスカと一緒にご飯食べたいけど。
きっとアスカのことだから・・・ぼくにご飯渡してくれたらすぐ。
『もう、遅いから帰るわね。』とか言って帰っちゃうんだろうなぁ。

駅員さんと話終わったのか、アスカがこっちに向かって走って来た。どの電車に乗れば
いいのかわかったのかな。

「シンジっ! ダッシュよっ!」

「へ?」

「いいからっ! 最終があと2分なのよっ!」

「どの電車だよっ?」

「早くっ!」

どうも、少し向こうの駅から出る電車が第3新東京市に帰る最終の電車らしく、発車ま
で後2分無いらしい。

ここで、ぼくがちょっとでもモタモタしたら絶対間に合わない。
そうしたら、ここでアスカと一晩過ごすことになるけど。

「・・・・・・。」

やっぱり、そんなのは嫌だよな。

ぼくは諦めてアスカに続いて走る。目の前の駅に見える電車が、最終の電車なんだろう。
今日という特別な1日を締めくくる。

ホームを駆け上がる。

切符を買って、改札を入り。

階段を駆け下りる。

走る。
      走る。
            走る。
                  走る。

目の前をアスカが走っている。

・・・やっぱりアスカは帰りたいんだ。

リュックに入ってるお泊りセットがガサガサと揺れている。

走る。
      走る。
            走る。
                  走る。

帰ろう・・・。

今日は。

アスカが帰りたがってるんだから。

走る。
      走る。
            走る。
                  走る。

階段を駆け下りたアスカがホームに立つ。

後に続いて、ぼくも階段を降り・・・きろうとした時。

「あーーーーーっ!!」

アスカが駆け上がって来た?

「なんだ?」

「違うぅぅーーーっ! あっちのホームよっ!」

「へっ?」

「早くっ! あっちっ! あっちっ!」

「ちょ、ちょっとっ!」

アスカに引っ張られて、今降りてきた階段をまた駆け上がって行く。

「もしかして、階段間違えたのっ?」

「そうよっ! 早くっ!」

駆け上がり、降りるべき階段を探す。

ピリリリリリ。

どこかから、笛がなるような音が聞こえる。

ちょっと待ってくれっ!

「アスカっ! こっちだっ!」

あの階段だっ!

「あーーーん、ちょっと待ってっ!」

「電車出ちゃうよっ!」

アスカの手を引き階段へ向かって・・・走る。

カシューーッ!

「「あっ!」」

扉の閉まる音。

待ってっ!

階段を降り始めるぼく達。

同時に電車が出て行く音。

慌てて階段を駆け下りる。

ガタンゴトン。

電車の音。

ようやくぼく達がホームへ降りた・・・その時には。

発車した電車の尻尾だけが見えた。

「あれが最終かな?」

「ちょっと、聞いてくるわ。」

ホームに立つ駅員さんにアスカが第3新東京市行きの電車を聞いている。

「シンジ・・・もう第3新東京市行きは無いって・・・。」

「そう。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

アスカもぼくもホームで黙って立ち尽くす。とうとう帰る手段は全てなくなった。アス
カはどうするつもりだろう?

「まいったわねぇ。」

「どうしようか。」

「もう、焦ってもしゃーないから。ご飯食べましょうよ。」

「そうだねっ! うん、そうだよっ!」

「第2東京だし、どっか開いてるはずよ。ファミレス探しましょ。」

やったっ!
ってことは、ご飯を食べた後は、どこか泊まるとこ探さなくちゃいけないよなっ。

こ、これはぁぁっ!
神様ぁぁっ! ありがとーっ!

心の中で両手を胸の前で組み神様に感謝しながら、ぼくはアスカと一緒に駅を出て、近
くのファミリーレストランに入ってご飯を食べた。

「24時間営業のレストランあってよかったわね。」

「・・・・・・。」

そこは24時間営業のファミリーレストランだった。つまり、朝まで開いているってこ
とだよな。

神様ぁ。
ここで一夜を明かせっていうことだったのぉ?

ぼくはがっかりして、ハンバーグを口に頬張る。こんな夜遅くにレストランなんて来た
ことなかったから知らなかったけど、ファミリーレストランって24時間ずっと営業し
てるとこがあったんだ・・・ショック。

またハンバーグを頬張る。

時計を見ると、もう1時過ぎ。

始発は6時には動いてるから・・・このまま後4,5時間、ここでアスカと時間を過ご
すのかな・・・。

「ふぁぁぁ〜。」

ほとんどご飯を食べ終わった頃、アスカがあくびをし始めた。

「アスカ? 眠そうだね。」

こんなとこで寝ちゃ駄目だ。
そうだそうだ。寝るならちゃんとベッドのあるとこで。

「うん・・・大丈夫よ。」

「ならいいけど。」

またしばらく、アスカと話をしていると、対面に座っていたアスカが突然席を立った。

「どうしたの?」

「トイレ行ってくる。」

「うん・・・。」

時計を見ると、2時前。

いい加減、ぼくも眠くなってきたな。
まさか、ファミレスで徹夜することになるなんて・・・。

アスカがトイレから戻ってくる。

「ねぇ、シンジぃ?」

ところが、さっきまで対面に座っていたアスカが、ぼくの横に座って凭れかかって来た。

なんだ? なんだ?

「眠くなってきちゃった・・・。」

頭をぼくの肩に乗せて、体重を預けてくる。

まさか、ここで寝るつもり?

「駄目だよ。こんなとこで寝ちゃ。」

「もう駄目・・・。」

「駄目って。じゃ、じゃぁ・・・」

ホテルに行こう・・・なんて。
い、言えない。

「とにかく起きてよ。」

「シンジぃ。」

「ちょっと・・・『シンジぃ』じゃないよ。目を開けて。」

「眠いの。」

「じゃ、じゃぁ、ど、どこか・・・、ね、ね、寝・・・」

唾をゴクリと飲み込むぼく。
次の言葉が出てこない。

でも、今こそ。

ぼくも男だ。
勝負だっ!

「ね、ね、寝れるとこ探すから、目開けて。」

「うん・・・。」

アスカがぼくに寄り掛かりながらも、目を開けてくれる。

「ここ出ようか。」

「うん・・・。」

対面の席に置いていた自分の荷物を持ったアスカは、腕に抱き付いてくる。ぼくは伝票
を持ち、アスカを引っ張って清算を済ませてファミレスを出た。

夜の繁華街。
飲み屋とか怪しいお店のネオンがたくさん見える。

そして・・・えっちなホテル。

駄目だよな。あんなホテル。
アスカが嫌がった時、アスカから断れる口実を残しておいてあげなくちゃ・・・。

露骨にえっちなホテルに入るのはまずいと思って、ぼくはビジネスホテルを探す。これ
がぼくの最後の賭け。

時をおかずして、安いビジネスホテルが見つかる。

「アスカ。チェックインしてきてよ。」

「いいわよ。」

母さんから貰ったお金の残りをアスカに預けて、2人分のチェックインをアスカにして
貰う。

これが最後の掛け。

もし・・・シングル2つ取ってきたら諦めよう。今日は。
でも、ダブルやツインだったら・・・その時は。

手続きをしているアスカを、待合の椅子に座って眺めるぼく。

心臓がドキドキ言っている。

アスカと同じ部屋に泊まりたい。

でも、アスカはこういうところしっかりしてるから・・・。

6:4か7:3で、シングルの可能性が高い気がする。

アスカが戻って来た。

「シンジ、3階だって。」

「うん・・・。ぼくの部屋は?」

「302号室。」

鍵をアスカが渡してくれる。
これは? ぼくの部屋? ぼくだけの部屋?
それとも・・・ぼくとアスカとの?

聞きたかったけど、どうせすぐわかることだ。ぼくは302号室の鍵を持ってエレベー
タに乗る。

3階。

エレベータを降りるぼく達。

エレベータを降りると、廊下が左右に分かれていて、302号室は左。

ぼくは何も言わず、302号室へ向かって歩く。

アスカもついて来た。

心臓が高鳴る。

この部屋の鍵を開けた時・・・アスカは隣にいてくれるだろうか。
それとも・・・。

301号室。

2人一緒に、その部屋を通り過ぎる。

302号室。

ここだ。

鍵を回し扉を開ける。

開く扉。

その中へ入るぼく・・・アスカは?

振り向くと・・・アスカも一緒に入って来ていた。

アスカ?

部屋の電気をつけるアスカ。

そこに広がったのは、ダブルのベッド。

こ、これって・・・アスカ・・・。

期待はしていたものの、現実にその光景が目の前に迫ると、ぼくはびっくりしてしまっ
てアスカの方へ振り向いた。

だけど、アスカは視線を逸らし、バスルームの扉を開ける。

「アタシ、お風呂入ってくる。」

「うん・・・。」

ほとんど会話もせず、視線も合わさないまま、アスカは服を着たまま備え付けの浴衣を
持ってバスルームへ消えて行った。

ど、どうしよう。

1人になると、急に不安が襲い掛かってくる。

こういう時、どうしたらいいんだろう。
ちゃんとできるかな。

ベッドの上に座ってみる。

落ち着かない。

バスルームからシャワーの音が聞こえてくる。

カバンの中を見ると、2人分のタオルや歯ブラシが入ってる。

ぼく・・・馬鹿だな。

ホテルには、タオルも歯ブラシも用意されていた。こんなのを持って来る必要なんてな
かったんだ。

時計を見る。

時間が経つのが妙に遅く感じられる。

いよいよか。

布団の上に寝転んでみる。

シーツに皺がよる。

駄目だ駄目だ。椅子に座っていよう。

理由もなく、なんだかシーツを汚しちゃいけない気がして、椅子に座ってテレビをつけ
たりする。

テレビなんか見てていいのかな。
やめとこう。

テレビも消す。

黙ったまま椅子に座り続けるぼく。

シャワーの音が止まった。

心臓がはちきれそうだ。

バスルームの扉が開く音。

浴衣を着たアスカが出て来た。

部屋の電気が消えた。

アスカが部屋の電気を消して近付いてくる。

「シンジも入ったら?」

「え? あ、うん・・・。」

言われるがまま、アスカの入った後のまだ湯気で温かいバスルームへ入って行く。

アスカ、眠そうだったよな。
出たら、寝てたなんてことないよな。

もう両手を大急ぎで動かし、大慌てで体と頭を洗う。

いったい、どこを洗ったのかもわからない。急いで洗い終わり、洗面所にあった歯ブラ
シで荒っぽく歯を磨く。

体拭かなくちゃ。

洗面所に掛かっていたバスタオルで体を拭く。

ちょっと湿ってる。

アスカが使ったやつだ。

一通り拭き終わり、ドライヤーで頭を乾かす。なかなか乾かない自分の髪がもどかしい。

浴衣を纏い、バスルームを出ると、部屋は電気が消えたまま。

明るい所から出てすぐ目が慣れない。

ぼくは、バスルームの電気を消して、半ば手探りでベッドに近付く。

足がベッドに当たる。

布団の中に潜ると、そこにはアスカの体が。

アスカ・・・。

シーツを纏い、アスカに触れる。

なにも着ていない。

ピクリと震えるアスカの体。

「アスカ?」

優しく声を掛けると、反対方向を向いていたアスカが、こっちに向き直った。

「シンジ。」

「ん?」

「好き・・・。」

アスカが抱きついてくる。

はだけるぼくの浴衣。

初めてアスカの肌とぼくの肌が触れ合う。

好きだ。

好きだ。

好きだ!

押さえきれない感情が、ふつふつと湧き上がって来る。

「アスカっ! 好きだっ!」

シーツの中で抱き合うぼく達。

互いに唇を吸い、肌と肌を抱き締め合う。

高校2年。1月も終わろうかという寒い日。

第2新東京市は一面に綺麗な透き通った冬の星空。

夜空に輝く月に照らされたこの街で。

今日ぼく達はこの第2新東京市の小さなビジネスホテルに泊まった。

ただの小さなビジネスホテル。

だけど、ぼく達にとっては一生の思い出となるビジネスホテルに・・・。

また1つ大人の階段を上る。

1つ1つ。

ぼく達のStep Upは、これからもずっとずっと続いていくことだろう。

恋人として、夫婦として、親として・・・。

いつまでも、いつまでも・・・。


fin.
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