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恋のStep A to C
外伝 01 -Side Asuka-
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<ファーストフードショップ>

今日は幼馴染のシンジと一緒にお出掛け。特別にアタシの奢りで、ファーストフードに
来てるの。コイツ、さっき奢りだと思ったらフランス料理だとかわっけわかんないこと
言ってさ。びっくりしちゃった。

「ぼくが買って来てあげるよ。座ってて。」

「いいわよ。アタシがお金持ってるし。」

「いいから。いいから。アスカは座ってて。何にする?」

「そう? じゃ、フィッシュバーガーセット。これ財布ね。」

「わかったよ。オレンジジュースでいいよね。」

「うん。あっちで待ってるわ。」

「すぐ行くよ。」

やっぱ、フィッシュバーガーが美味しいのよね。うーん、何処の席がいいかなぁ。窓際
が開いてるし・・・あそこにしよう。

窓際の2人用の席に座ってシンジを待つ。なんだかこれって恋人同士みたいじゃない?
なんてね・・・アイツとはいつまで経っても幼馴染なのよねぇ。それもこれも、あのバ
カが超ドンカンなのがいけないのよっ!!!

これまで何度もエサ撒いてやってんのに、あのニブちんったら・・・やんなっちゃう。

あっ、シンジが来た。

「お待たせ。てりやきバーガーセットにしたよ。アスカ好きだろ?」

は?
ぬわんですってーーーーっ!!!
誰が、て・り・や・きなんて頼んだってのよっ!!!

「えーーーーっ! フィッシュバーガーって言ったじゃないっ! 何聞いてたのよっ!」

「あっ、アスカのはフィッシュバーガーだよ。ぼくのが、てりやき。」

「はぁ? アンタが何頼んでもアタシに関係ないでしょ。紛らわしいこと言わないでっ。」

「ご、ごめん・・・。」

ほんと、わけわかんないこと言うわねぇ。まいっか。フィッシュバーガー美味しいし。
この白身魚がいいのよ。

うん・・・美味しい。
これよこれ。

パクパクって、アタシは一心不乱にフィッシュバーガーを食べてたんだけどさ。視線を
上げると、なんかシンジがこっち見てるのよ。

で、なんだろう?って、アタシも視線を上げた時に・・・。

「綺麗だね。」

ブッ!

お口に入ってたフィッシュバーガーが飛び出しそうになったわよ。い、いきなりコイツ、
何言うわけぇぇっ!!?

「へ? え!?」

ど、ど、どうしよう・・・。
えっと。

ダメダメ・・・普段は強気なアタシだけど、こういうことになると、露骨にうろたえ
ちゃう。ずっとニブちんシンジが相手だったから、免疫がないのよ・・・。

ん?
よく見ると、店を見て言ったのかな?
シンジのヤツ。

そうよね。できたばっかの店だし、このニブちんがそんな気の効いたこと言えるわけな
いもんね。

きっとそうよ。

「あっ、あぁ。この店ね。そりゃ、できたばかりだもんっ。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

な、なによぉ。
この沈黙って・・・。

アタシ、変なこと言ったぁ?
ま、まさか、ほんとにアタシに言ったのぉ?

ウ、ウソぉ?
シンジがぁぁ?
ど、どうしよう・・・気まずいよぉ。

「オレンジジュース買ってこようか?」

「へ? いいわよ。あんまり飲んだら、トイレ近くなっちゃうもん。」

オ? オレンジジュースぅ?
『綺麗』とか言ってったのは、どうなったのよっ!?
いったいなんなのよっ! コイツはっ!?

ったく、コイツだけは・・・。たまーに、意識もしないで乙女心を掻き乱してくれるの
よねぇ。やんなっちゃう。

フィッシュバーガーも食べ終わったし。満足よね。シンジも食べ終わったみたいだし、
そろそろ行こうかな。

「ふぅー。お腹いっぱい。シンジは?」

「ぼくも。」

「じゃ、片付けてくるわね。」

「いいよいいよ。ぼくが片付けてくるから。アスカは待ってて。」

・・・やっぱなんか変。
いつも、ボーっとしてる癖に、今日に限ってソワソワしてるし。
なにかと、アタシのこと気にしてる感じ?

さては、なんかやらかして隠し事してるわねっ!
問い詰めてやるっ!

「終わったよ。さ、行こうか。」

「うん・・・。あのさ、シンジ?」

「なに?」

「なんか今日。妙に優しくない?」

「な、な、なんでさ? いつもと一緒じゃないか。」

「そう? そんな気がするんだけど・・・。アンタ、なんか隠し事してない?」

なに焦りまくってんのよ? ビクビクしちゃって・・・。おかしいわ。絶対なんか隠し
事してるわ。

まさか、こないだペアで買ったお気に入りのコップを割ったとかっ!?
もしそうなら、ただじゃ済まさないわよっ!!!

「その・・・あのね。近くにカップルがいたんだけど。男の人が片付けてたからさ。そ
  ういうもんかなぁって思っただけだよ。」

「カ、カップルぅ!?」

い、いきなり、なんでそこでカップルの真似事なんかするわけぇぇ?
ちょっと待ってよ。ちょっと〜っ!
今日のシンジぃ、なんか変よぉぉっ!

ま、ま、まさかっ!!!
シンジのヤツっ!!!

カップルとかなんとかってっ! アタシのことを、そういうふうに意識してるって証拠
じゃないのよっ! うっ、うっそーーーーっ!!

コイツおくてだから、恋愛なんてまだまだって諦めてたんだけど、突然のこの展開にア
タシの鼓動はドキドキとし始めた。

あぁ、なんか意識しちゃうじゃないっ!
隣にいるだけで苦しい・・・。

ダメだ。ダメダメ。もうダメ。
こうなってくると、免疫のないアタシが不利だわ・・・。
今日は帰ろう・・・。

「ご飯も食べたし、荷物重いでしょ? そろそろ帰りましょうか?」

「えっ・・・帰る?」

「まだ、時間も早いし、もうちょっとブラブラしない?」

「荷物重いでしょ?」

「大丈夫だよ。これくらい、ただの鞄だし。」

なんでぇ?
なんかシンジったら、いつもより強引なんじゃない?

もしかして・・・。
もしかして、もしかしてーーーっ!
シンジのヤツ・・・。

そ、そ、そ、そんなはずないわよね。
まさかねぇぇ。
いきなり、そんな・・・。
シンジに限って。ねぇぇ。

いつもと様子の違うシンジに、アタシはかなり戸惑っていた。このアタシをここまでう
ろたえさすなんて・・・シンジのくせにっ!!

でも・・・あーん、どうしよう。
とにかく、もしそうなら・・・。
このまま帰るなんてできないし。

「・・・・・・。そう・・・なら、もうちょっと遊んでく?」

「そうだよ。まだ時間あるじゃないか。」

やっぱり、かなり強引だ。
今日のシンジ・・・。

「池のある公園あるだろ? 行ってみようか?」

「公園っ!? なんで公園なのっ? な、なんでっ!?」

公園? 夜の公園?
ちょっと待ってっ? あの公園って、恋人だらけのっ!!!
なんでそんなとこに誘うわけぇ?

やっぱり・・・やっぱり・・・やっぱり・・・。

ドキドキドキ。

「嫌ならいいけど・・・。」

「ううん。嫌ってわけじゃ・・・。」

「じゃ、行ってみよ。夜、ライトアップされて綺麗だし。」

「ライトアップされて綺麗・・・? シンジ・・・。」

これは・・・やっぱり・・・絶対・・・。シンジの真剣な顔。アタシはもうほとんど確
信してしまった。だ、だけど、だけど、まだ心の準備ができてないわよー。

あーん、ドキドキしてきたよぉ。

小さい頃から、シンジの前では大人を気取ってきたアタシだったけど、本当はなにも知
らないただの女のコ。いざ、シンジが行動し始めたら恥ずかしくて、まともに言葉も出
なくなっちゃう。

その時だったの。

『いやーん、こんなとこでちゅーしちゃ。みんな見てるぅ。』
『いいじゃないか。ほら、あいつらなんか羨ましそうに見てるぜ。』
『あーん。』

こんな時になんてこと言うのよっ!

だけど。
変なこと言ったら、シンジのこと意識してるのバレちゃいそうだし・・・。
どういうのが、いつものアタシの反応?

顔が熱い・・・アイツらのせいで、シンジのこと物凄く意識しちゃう。

恥ずかしい・・・恥ずかしい・・・。
もうダメ。限界。
今日は帰ろう・・・。

「ねぇ。シンジ? やっぱり今日は・・・。」

「なに?」

あーん、ダメダメ。
何、逃げようとしてんのよ。アタシ。
やっとシンジが・・・。

行かなきゃ。行かなくちゃ。

「ううん。なんでもない。早く行こ。」

「今日、見たいテレビとかあったっけ?」

い、今更なに言ってんのよっ! アイツらのせいで、シンジまで怖気づいたんじゃない
でしょうねっ!

「無い・・・。早く行こ。」

とにかく行こう。このまま帰ったら、モヤモヤしちゃって絶対寝れなくなっちゃうわ。
シンジっ! アンタもここまでやったんなら、最後まで責任持ってやり遂げなさいよっ!

<公園>

とうとう公園に着いちゃった。アタシは恥ずかしくて、照れ隠しに噴水の周りではしゃ
いでみる。ちょっと露骨かもしれない・・・かな。

「危ないから、やめようってば。」

噴水の周りで飛び跳ねるアタシを心配そうにシンジが見てる。ダメね。いざとなったら、
怖くてこれ以上、公園の奥に入れない弱さ・・・それがアタシ。

「ほらほら、飛び跳ねたって・・・キャッ!」

「わっ! 危ないっ!」

調子に乗り過ぎた・・・飛び跳ねた途端、足を踏み外しちゃって噴水の水に倒れそうに
なるアタシをシンジが抱き止めてくれる。

なにしてんのよアタシ・・・。
せっかくシンジが頑張ってるのに。
バカみたい。

「ご、ごめん・・・。」

自己嫌悪。アタシは素直にシンジに謝ると、シンジに付いて池の方へ向かって行く。た
ぶん、そこでシンジは・・・。

だんだんと近付いて来る。
池が。
その場所が・・・。

1歩1歩進む度、トクントクンと鳴るアタシの鼓動。
その度に顔がだんだん熱くなってきて・・・。

恥ずかしい・・・恥ずかしい・・・。

隣にシンジが歩いている。いつの頃からか、好きで好きで仕方なくなっちゃった、幼馴
染の男の子が、隣に・・・って、なに、近寄ってきてんのよっ! 恥ずかしいじゃないっ!

2人少し離れて並んで歩いてたんだけど、シンジが少しづつ少しづつ間の距離を詰めて
来ている。

ちょっと待って?
今、ここで言うつもりっ?

まだ、まだちょっと待ってよっ!
池で、でしょ。まだ、心の準備が・・・。

逃げるアタシ。それでも、シンジは距離を詰めてくる。いや、いや、いやーっ! また
逃げるアタシ。

しばらく逃げ続けていると、シンジも近づいて来なくなった。だって、顔が赤いの見ら
れそうだったんだもん・・・。

綺麗な満月の下、付かず離れず公園の道を歩いて行ったアタシ達の前に、間も無く池が
広がった。

やっぱりカップルが多い・・・。
やだぁ、みんなキスしてるじゃないっ!!

まさか、シンジ。
ダメよ。そんな、いきなりダメよっ!

「あっ、あそこ空いてるよ?」

「・・・・・・。」

池の周りをシンジと歩いていると、コ、コイツ、月の光も届かない所を指差したわっ!
ま、まさか、シンジっ! キスどころかっ!

そんなの、絶対ダメよっ!
やっぱり、変なこと考えてんじゃないでしょうねっ!

もう、アタシの心臓は、ドキドキバコバコ。

「他のとこない?」

「だって・・・他のとこって。」

「あそこ、暗いし・・・。」

「あ、うん。」

よかった。明るいところ探してくれてるみたい。ったく、シンジったらぁ、どうしよう
かと思ったじゃない。

池の傍の大きな石。アタシ達はそこに腰を下ろした。足を伸ばして少し靴の先で水面を
触ると、波紋が遠くまで広がって行く。

やだ・・・。
顔が熱い、恥ずかしいよぉ。

目だけでシンジの様子を見ると、こっち見てるじゃない。アタシは顔を隠すように逸ら
して、何も無い池の水辺を見詰める。

顔が赤いのバレちゃう。
あんまり見ないでよ。

ん?

ちょ、ちょっとっ!
近寄って来ないでよっ!
ドキドキしてるのがわかっちゃうっ。

横に座ってたシンジが近付いて来た。もう全身でシンジを意識しちゃってるアタシは、
ジリジリと石の上で逃げてしまう。

ドキドキ。
ドキドキドキ。

あーー。心臓が飛び出そう・・・。

いよいよ。
いよいよなのね。

「帰ろうか・・・。」

「えっ!えーーーっ!!!?」

な、な、なんでぇぇぇっ!?
いったい、ここまで何しに来たってのよっ!

「か、帰るのっ!?」

ただ、池見に来ただけなの? もうっ! コイツっ! 何考えてんのか、わけわっかんな
いわよっ! 普通、ここまで来て帰るぅ?

「あ・・・・いや。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

帰らないの? 帰らないのね・・・。ねぇ、言いたいことあるんじゃないの? あるんで
しょ? 早く言ってよぉ・・・もう、アタシの心臓耐えられないよ。

沈黙が続く。

沈黙。

沈黙。

アタシの心臓だけが、早鐘を打つ。ドキドキ、ドキドキと、アタシの体を壊そうをして
る。

苦しい。

苦しい。

とうとう、アタシが沈黙に耐えられなくなった時、池でお魚が跳ねるのが見えた。

「あっ、お魚っ!」
「あの・・・」
「・・・えっ!?」

い、今、何か言おうとしたのっ!?

ア、アタシのバカーーーーーーーっ!!

自分で、折角のタイミングをぶっ壊して、どーすんのよぉぉっ!

ごめんっ! ごめんっ! ごめんっ!
もう1回、言ってよっ! もう1回っ!
アタシ黙ってるからぁぁぁっ!

「さ、魚。魚だね。はは。ほんとだ。跳ねたね。」

ちがーーーーうっ!
お魚なんてどーでもいいのよっ!

もう、自己嫌悪と最悪の気分。黙っていよう。じっとしていよう。アタシは、シンジの
横で黙ったまま座り続ける。

だけど、コイツまで黙ったまま。

どうしたの?
どうして何も言ってくれないの?

こんな時に、アタシがお魚の話なんかしたから怒っちゃったの?

ねぇっ!
何か言ってよっ!

沈黙がアタシの心臓を突き刺してくる。さっきまでのドキドキとはちょっと違って、不
安がどんどんアタシの心を覆ってくる。

ダメなの?
もう言ってくれないの?

お願い・・・。

お願いよぉ、苦しいよ。耐え切れなくなったアタシは、おねだりするようにシンジにく
っついていく。

好きなの。
好きなのよ、シンジ。

ねぇ、これでわかって。

アタシには、これが精一杯のアピール。どんどん近付いていく。シンジの温もりを感じ
られるくらいまでアタシは体を近づける・・・恥ずかしい、いつものシンジの隣なのに、
なんで近付くだけでこんなに恥ずかしいんだろう。

アタシの気持ちわかって。
好き。シンジ、好きだからっ!

きっと、アタシの顔はもう真っ赤だ。恥ずかしくて、でもシンジにその言葉を言って欲
しくて。そんなジレンマの中、アタシは顔を背けながらシンジに寄り添う。

なんで?
なんで、言ってくれないの?

違うの?
アタシの思い違い?

ピリピリとシンジの1つ1つの動きを、神経の固まりのようになった全身で感じ続ける。

ビクッ!

その時、シンジの指がアタシの指に触れて来た。

緊張の頂点に達していたアタシは、びっくりして手を引っ込めてしまう。

しまったっ!
これじゃ、まるで嫌がってるみたいじゃないっ!

慌てて、シンジの方を目の端でちらりと見ると、深刻な顔で池に視線を落として固まっ
ている。

いやっ!
違うのっ! シンジっ!
今のは、違うのよっ!

だけどシンジは、ただずっと池の中を見ているだけで、こっちに振り向いてくれない。
このままじゃ、このままじゃ・・・。

どうしよう、アタシのせいだ。
なんで、アタシはいっつも肝心な時に勇気が出ないのよっ!

いつも偉そうなこと言ってるくせにっ!
いざとなると、シンジに頼ってしまう・・・。
どうしてこんなにアタシは情けないのよっ!

どんどん自己嫌悪が深くなってくる。もうダメだ・・・。やっとシンジが勇気を出して
くれそうになったのに。

このままダメになってしまいそうな怖さに襲わる。だけど、まだシンジは帰ろうとはし
てない。

もうダメ?
まだ。まだ、大丈夫?

細い絹の糸の上を歩いているような緊張が、アタシの全身を駆け抜ける。手が震える。
足が震える。

怖い・・・。

シンジ、助けて。

弱いアタシを助けて・・・。




その時・・・。

シンジが隣で動いた気がした。

恐る恐る振り向くと、シンジの黒い瞳が真っ直ぐにアタシのことを見詰めている。

貫かれるアタシの瞳。

貫かれるアタシの心。




月の光に照らされた黒い綺麗な瞳が、アタシの瞳に映し出される。

そして、シンジの黒い瞳の中にアタシがいる。




好き!
好き!
シンジ、好きっ!!!




ゆっくりと開いて行くシンジの唇。そして・・・。




「好きだ。アスカ。」




シンジぃぃぃぃぃ〜。




もう、我慢できなかった。

溢れ出る気持ち。アタシのシンジに対する気持ち。

その気持ちが、透き通る水の粒になって・・・アタシの瞳から溢れ出た。

止められない。もう、この気持ちは止められない。

次々と溢れ出るアタシの気持ち。涙となって溢れるアタシの心。




「シンジーーーー・・・。」

涙を隠すように、アタシはシンジの胸の中に顔を埋める。

好きっ!

好きっ!

好きっ!

シンジがアタシを抱き締めてくれる。

好きっ!

好きっ!

大好きシンジっ!

気持ちが高ぶったアタシは、シンジのワイシャツをぎゅっと掴む。もう絶対にコイツを
離さないと主張するかのように。

顔を押し付けたシンジの胸から、鼓動が伝わってくる。そうか・・・コイツもドキドキ
してたんだ。

「シンジ・・・ドキドキ言ってる。」

「だって・・・。」

「ほら、ドキドキ。」

「あ、あのさ。」

「なに?」

「あの・・・。アスカのこと好き・・・なんだけど・・・。」

フンっ! ダメよ。アンタはもう好きって言っちゃったんだから。今はアタシが有利な
んだからっ!

「石の上で3年待たされるかと思ったわよっ!」

あれだけ、アタシのことをドキドキさせたバツ。そう簡単に言ってあげるもんですかっ!

「返事聞きたい?」

「うん・・・。」

仕方ないわね・・・。
好きよっ!

・・・といいかけた途端、また顔が沸騰しそうになった。ダメダメ。恥ずかしい。
アタシは逃げ出してしまう。

「あれだけアタシを待たせたバツ。返事はアタシを捕まえたら言ってあげる!」

「はっ!?」

「捕まえるまで、OKはおあずけよっ!!」

はは・・・こんな言い方しかできないアタシ。
だけど、好きなんだからね。
わかってね。

逃げるアタシ、シンジが追い掛けてくる。

「まてっ!」

「きゃーーーーーっ!」

「まてまてっ!」

そろそろ掴まってあげよっかな。

だんだんと足を遅くしていく。シンジが後ろから近付いてくる。

シンジの腕がアタシの首に回って・・・。

後から抱き締められるアタシの体。

「アスカ・・・。」

シンジの温もりと一緒に、優しい言葉が伝わってくる。

「好きよ・・・シンジ。」

そして・・・。

アタシの口から、心が漏れた・・・。




                        ●




<繁華街>

クリスマスイブになった。もちろんアタシは恋人になったシンジと、デートしてる。さ
すがに周りはカップルばかりだけど、シンジが世界1ねっ!

1人でのろけても仕方ないか・・・それより、今日はアタシにとっての一大イベントな
のよねー。なんと、初めてマフラーなんてものを編んでみたのよっ!

だけど・・・出来がいまいち・・・。

何度も解いては編みなおし、また解いては・・・結局、クリスマスイブが近付いてきち
ゃってさ、タイムオーバーって感じ?

夜になってきた。そろそろご飯の時間。

アタシ達は、ファミリーレストランに入ることにする。あぁ、とうとうこのマフラーを
渡す時・・・下手だって思われたらヤだな。

椅子に座ってハンバーグを頼んだアタシは、いよいよ正念場とばかりに、マフラーを入
れてきた少し大きめのバッグをゴソゴソを漁り出す。

ヤダ。バッグに潰されてるぅぅ。
あーん、ぺちゃんこになってたらどうしよう。

シンジにまだ見られないように、バッグの中でラッピングしてきたマフラーをパフパフ
叩いて、空気を含ませる。

もう・・・いいかな。
膨らんだかな?

緊張するわよねぇ。
やっぱり、手作りなんてするんじゃなかった。

ついつい雑誌に書いてあった、”男の子のハートを射止めるなら手作りが1番”なんて
言葉に乗ってしまったばっかりに・・・はぁ、やだなぁ。

「あのね。プレゼントがあるの。」

「ぼくも買ったんだ。」

「なに? 見せて?」

「いっせいので、交換しようよ。」

ダメダメ。
緊張しちゃうじゃない。
先にシンジよ。

「ダメ。シンジが先っ!」

「・・・いいけど。これなんだ。」

やったっ!
シンジからのプレゼントだっ!

これって恋人になって初めてのクリスマスプレゼントよね。
一生大事にしなくちゃ。

なんだろうなぁ?
お猿さんのキーホルダーとかかな・・・シンジならそんなとこかも。

去年のまだ幼馴染として貰ったクリスマスプレゼントは、可愛いお猿さんの縫いぐるみ
だったなぁ。ちゃんと大事に持ってるのよ?

ラッピングを解く。

「あっ! シンジ・・・」

中から出てきたものを見て、びっくりしたのなんの。どう見ても・・・これって。ケー
スを開けるとやっぱり。

コ、コイツっ!
意味がわかってんのっ?

いきなり、なんて物くれんのよっ。

出てきたのは指輪。予想外の展開に、アタシは心臓がドキドキし始めた。嬉しいじゃな
いのよっ。ダメダメ・・・顔がにやけちゃう。

「これは駄目だってば。」

シンジっ! ここまでしたんなら、ちゃんとアンタが嵌めてよねっ!

「気に入らなかった?」

「違うってば。こういうのは、シンジがしてくんなくちゃ。」

どうしよう・・・左手出したいけど、ダメよね。まだ、そういう意味じゃないもんね。
ここは焦らず我慢して・・・アタシは右手の薬指を差し出す。左手の薬指は、まだ大事
においとかなくちゃ。

「最初は金にしようと思ってたんだけど、びっくりするくらい高くてさ。」

アンタバカっ?
そんなのどーでもいいんだってばっ。

「ううん。とっても、うれしいっ! ありがとっ!」

嬉しい・・・アタシは自分の右手の薬指に嵌った、初めて貰った指輪を見詰める。それ
は綺麗に光ってて、シンジがアタシを守っててくれるみたい。

左手の薬指にもいつか・・・ね。

幸せに浸りながら、いつまでも指輪を見詰め続けていたんだけど、とうとう運命の瞬間
がやってきた。

「次はアスカだよ。アスカのプレゼントは?」

うぅぅぅ・・・シンジがこんなに素敵なプレゼントくれたのに、アタシったら出来の悪
いマフラーなのよぉぉ。

あーん、やっぱり手作りなんてするんじゃなかったよぉ。

「これ・・・なんだけどさ。笑わないって約束する?」

恐る恐るバッグから取り出したマフラーを、シンジの表情を伺いながらボソボソ言い訳
じみたことを言って差し出す。

「初めて編んだのよ・・・マフラー。でも、失敗しちゃって。」

「うそっ! アスカが編んだのっ!?」

「なによっ!! その言い方ぁっ!! アタシが編み物しちゃ悪いわけぇっ!!?」

『あの・・・イタリアンハンバーグのお客様は・・・。』

「あっ、アタシ・・・。」

あーーん、もう恥ずかしいじゃないっ! マフラーは最悪の出来。しかもこんなとこで、
おっきな声出しちゃって。シンジが変なこと言うからじゃないのぉっ!

「アンタのせいで恥しかったじゃないっ。」

「違うんだ。手編みのプレゼントだなんて思ってなかったから、嬉しくってさ。」

うぐ・・・。
サラリとなんてこと言うのよ。

余計に恥ずかしいじゃないの・・・。

とうとう目の前で、ラッピングをシンジが開け始めた。嫌そうな顔したらどうしよう。
シンジの顔を見るのが怖い・・・けど気になる。

「いーい? 笑ったら怒るわよっ。」

まだ言い訳じみたことを言ってる・・・だって、ねぇ。

取り出されるアタシのマフラー。身を乗り出さんばかりに、シンジの反応を気にしてい
るアタシ。

「ありがとっ! あったかいよ。」

良かった・・・笑ってくれた。アタシは、ほっとしてひとまず胸を撫で下ろす。

ごめんね、下手で。

「あのさ。ここ、目が飛んでるでしょ? ちょっと弾力も足りなくなっちゃって・・・。」

ついつい言い訳したくなる。けど、シンジは首に巻いてくれた。良かった、頑張ったか
いがあった。

ご飯も食べ終わって、アタシ達は昼に見た大きなクリスマスツリーを見に行くことにな
った。夜になったらピカピカして綺麗だろうなぁ。

横にはシンジが、マフラーを巻いてくれて歩いている。アタシの指には、シンジから貰
った指輪。

なんだか・・・幸せ。
この指輪大事にするからね。ずっと、ずっと。

素敵なクリスマスイブ。

シンジ・・・好き。

今日はなんだか、シンジと手を繋いで歩きたいけど・・・アタシから繋ぐのって、恥ず
かしいのよね。

手が冷たいよ? シンジ。

はぁはぁと、手に息をかけたりしてみる。

だけど、シンジは全然違う方を見てる。もっ!

いいや、繋いじゃえっ!

「シンジぃ〜。」

クリスマスイブだし、手くらい繋いだっていいわよね・・・うーん、よくわかんない言
い訳かも。

「手、冷たくなっちゃった。」

「今日は寒いからなぁ。こうしてるとあったかいよ?」

シンジの手ってあったかーい。

あぁ、なんか恋人同士って感じが実感できるわよね。アタシ達は手を繋いだまま、クリ
スマスツリーまで歩いて来た。

シンジと手を繋いで、この大きなツリーを見上げる。

いろんな人達に囲まれて光るクリスマスツリー。

家族の人達、恋人達、こうして多くの人の愛に囲まれて、このツリーはこんなに綺麗に
輝いている。そんな気がする。

素敵ねぇー。

「わぁ、お星様が光ってるわよっ?」

「そうだね。」

「綺麗ねぇ?。クリスマスツリーって、夢があっていいわね。」

「そうだね。はぁ?。」

「あっ、見て見てっ! あんなとこに可愛いサンタさんがぶら下がってるっ!」

どうしたんだろう?
なんか、シンジったらつまんなそうな顔して・・・。

「そろそろ帰らなくちゃいけない時間だね。」

「えー? もうそんな時間? なんだか勿体無いわね。」

うーん、男の子ってあんまりこういう見てても楽しくないのかなぁ? とっても綺麗な
のに・・・あーぁ、もう帰っちゃうのかぁ。

でも、今日は素敵だったなぁ。
指輪なんか貰っちゃったし。

もう何十回見ただろう。アタシはまた右手の薬指に光る、シンジに貰った指輪をクリス
マスツリーの光に照らす。

そうだっ!
今日の記念に写真撮って貰おっと。

ジャーン。使い捨てカメラ持って来たんだからっ!

うーん、誰に撮って貰おっかなぁ。
あのカップルでいいかな。

「ねっ! ツリーの前で写真撮ってもらおっ! すみませーんっ!」

帰る前にこの綺麗なツリーの前で写真が欲しいものね。アタシは、目の前を通り掛った
カップルに写真を撮って貰えるようにお願いしに行く。

シンジと腕組んで撮りたいな・・・。
シンジと腕組んだ写真・・・欲しい。

「いいですか?」

「はーいっ!」

クリスマスイブだもん、腕くらい組んだっておかしくないわよね。
恋人同士だもんね。
いいわよねっ?

どうしてもクリスマスツリーの前で、腕を組んだ写真が欲しかった。もうアタシは後先
考えずシンジの腕に抱き付く。

「はい。撮りまーす。」

パシャっ!

やたっ!
やったやったっ!

返して貰った使い捨てカメラをアタシは大事にカバンに入れて、帰り道を歩く。これは
大切な記念。恋人になって初めてのクリスマスを迎えた記念。

歩くアタシ達の姿がショウウィンドウに映り、右手の薬指がキラリと光る。いい加減、
自分でもしつこいと思うけど、やっぱり何度も見てしまう。

もぉ・・・嬉しいじゃないのよ。
シンジのバカ。

もうすぐ駅。あとは電車に乗って帰るだけ、楽しい日はすぐ終わっちゃうのね・・・寂
しいけど仕方ないか。残念だなぁ。

「ちょっと、神社寄ってかない?」

「神社ぁっ? 今日、クリスマスよっ?」

「まだちょっと時間に余裕あるしさ。このまま帰っちゃうの勿体無くない?」

なんで今日みたいな日に神社なんだろう? でもまぁいいわ。もうちょっと今日ってい
う日が延びるんだもんね。

「うーん。それもそうね。ちょっと寄って行きましょうか?」

「だろ? あそこなら、他に誰も見てないしさ。」

誰もってっ!
ちょっと、アンタ。変なこと考えてんじゃないでしょうねっ!

「やっぱ、やーめた。帰りましょ。」

「えっ、えーーーーー? なんでだよっ!」

「だって、あそこ暗そうだもん。」

「そ、そうかもしれないけどさ。でも、このまま帰ったら勿体ないだろ?」」

「今日はいっぱい楽しんだから、もう満足よ。パパにばれないうちに帰んなくちゃ。」

「だって、さっきは行くって・・・。」

「早くっ! 帰るわよっ!」

ダメよ。ダメダメ。
まだ、そんな心の準備なんてできてないんだから。

なんとなくシンジが何を求めてるのかわかった。それで夜になって、コイツ様子が変だ
ったんだ・・・。でも、ごめんね。まだ怖いのよ。

ちょっと可愛そうだったかもしれないけど、アタシはそのまま電車に乗った。電車は思
ったより空いてて、2人で並んで座れたわ。

でもさ。
今日は嬉しかったわよ?

シンジ、ありがとう。

電車の椅子に座りながら、また指輪を眺めてしまう。キラキラ光るシルバーの指輪。シ
ンジの気持ち・・・。

楽しかった。

素敵なクリスマスイブ・・・。

大切な思い出・・・。

今日アタシははしゃぎ過ぎたのかもしれない。シンジに凭れかかるアタシを、気持ちよ
い電車の揺れがいつのまにか夢の世界へと誘っていた。

                        :
                        :
                        :

「わっ! アスカっ! 起きてっ!!!!」

ビクっ!

突然のシンジの声。大きな声。

「えっ? えっ?」

なにがなんだかわからず、アタシは目をしょぼしょぼさせながら、周りをきょろきょろ
する。

「降りる駅だっ!」

なになに? なんなの?

シンジが痛いくらいアタシの右手を掴んで、無理矢理引っ張ってる。ちょ、ちょっと、
なにが起こったの?

『電車が発車します。扉にご注意下さい。』

ピリリリリリリ!

まだ寝ぼけ眼で、なにがなんだかわからずシンジに引っ張られる。ふと視線を上げると、
あっ! 降りる駅だっ!

「キャッ!」

誰かの足に躓いた。

いやーっ!

転びそうになるアタシ。

「くそっ!!!」

思いっきりシンジに手を引っ張られる。手が痛い。

「キャッ!!!!」

電車の扉をすり抜けたアタシの体が、シンジの胸に飛び込んで行く。

だめっ!
シンジにぶつかっちゃうっ!

だけど、アイツは後向きに倒れながらも、アタシを抱き止めてくれた・・・そのまま頭
からホームに倒れていくシンジ。

シンジっ!
危ないっ!

必死でアタシを包み込むように抱き締め守ってくれてるのがわかる。だけど、それじゃ
シンジがっ!

ゴチっ!

かなり鈍い音がした。ほとんどアタシがシンジを押し倒したような形になっちゃったか
ら、かなりの勢いで後頭部を打ったんだと思う。

シンジがアタシを守ってくれた。だけど、だけど、シンジはっ!?

「シンジ? シンジ? 大丈夫?」

「う、うん・・・。」

大丈夫なわけない。だけど、シンジはうーうーってうなりながらも、駆け寄ってきた駅
員さんにぺこぺこ頭を下げると、アタシを引っ張ってホームから降りて行った。

「ふぅ・・・なんとかおさまってきたよ。」

「ほんと、大丈夫? 病院行った方がいいんじゃない?」

「そこまでじゃないよ。もう痛くないし。」

「でも・・・。」

頭は危ないのよ? 大丈夫かなぁ。

「それより、早く帰らなくちゃ。9時に間に合わないよ。」

「そうだけど。」

「さ、早く帰ろ。」

「ありがと・・・シンジのおかげで間に合いそう。」

アタシの門限の為に・・・。
そんな無理するくらいなら、遅れてもよかったのに。

「シンジ・・・。」

ありがと・・・シンジ。

これがコイツの強さと優しさなの。地味だけど、アタシだけが知ってるシンジの強さ。
大好き・・・シンジ。

なにかがアタシの胸を熱くして。
押さえきれない気持ちが湧き上がってきた。

好き・・・。

好きなんだから・・・。

なんだか急に愛おしさが込み上げてきて、アタシはシンジの腕に抱きついた。好き、好
き、好き・・・もうアタシの心の中はシンジへの気持ちでいっぱいになってる。

「好きよ。シンジ。」

シンジの腕に抱きついたまま、1歩1歩アタシ達の住んでるマンションに向かって歩く。
歩調がだんだんゆっくりになってくる。

この足が止まったら・・・。

好きという気持ちと一緒に、緊張が高まってくる。

川に流されていくようにアタシの気持ちは・・・。この川の流れ行く所は・・・。

抱き付いていたシンジの腕が微妙に動いた。思わずびっくりして、体に力を入れてしま
う。

なに?

だけど、シンジはそのまま何事もなかったかように歩き続ける。

やだ・・・。
もしかして、アタシ1人で意識してるの?
シンジはただ歩いてるだけなの?

だけどやっぱり、いつもと周りの空気が違う。そんな気がする。

マンションが見えてきた。

このまま帰っちゃうの?

そう思った時、シンジが急にこっちに振り向いた。

アタシ、びっくりしちゃって。
シンジを黙って見詰める。

大好きシンジの顔を・・・。

シンジの顔が目の前にある。じっとアタシのことを見ている。

高鳴る鼓動。

アタシはそっとシンジの手を離し、全てをシンジに預ける。

互いに見詰め合うアタシ達。

ファーストキス。そんな言葉が頭を過ぎる。

まだシンジは動かないで、アタシのことを見詰めている。きっとこれがシンジの優しさ。
必ずアタシに逃げ道を用意しれる・・・だけど今日は、その優しさに目で答える。

シンジの両手がアタシの肩を持つ。

震えていた。

いいよ。アタシ、大丈夫だから・・・。

アタシはそっと目を閉じる。

もうそこから後のことはわからない。ただ、震えるこの身をシンジに任せて。シンジに
寄り添い・・・。

そして・・・シンジとアタシの唇が。

2人の唇が初めて1つになり触れ合った。




初めてのキス。




なんだか今迄キスしちゃうのが怖かったけど、こんなにも満たされた気持ちになるなん
て。

好き。
シンジ、大好き。

いつまでもこうしていたい。いつまでもいつまでも、この暖かい場所に浸っていたい。
だけど、いつかは終わりがくる。シンジがそっと唇を離す。それでもアタシはシンジに
寄り添ったまま、幸せの余韻に包まれる。

暖かい・・。

そんなアタシを現実に引き戻す、優しい声。

「好きだよ。アスカ。」

なんて落ち着いた優しい声。

ゆっくりゆっくり現実に戻ってくるアタシの心。

そして、そっと目を開けると、そこにはいつも傍にいてくれる大好きなヤツ。

アタシなんかと違って・・・シンジのヤツ・・・。この時、アタシはシンジのことが凄
く大人びて見えた。

「帰りましょ。」

それからアタシは幸せを感じたまま、マンションへ帰った。もう2人の間に言葉なんて
いらない。そんな気持ちだった。

家に帰り着いたアタシは、パジャマに着替えて寝る準備をすると洗面所に歯を磨きに向
かった。

洗面所。目の前にある鏡。

今日貰った指輪の光る右手。その右手の人差し指を、そっと唇に当ててみる。

鏡に映ったアタシの顔は・・・。

どこかちょっとだけ、大人になったような、そんな気がした。




                        ●




<シンジの家>

アタシは、中学3年になった。

そんな春の日差しが暖かい日、今日もアタシはシンジの家に遊びに来ている。昨日レン
タルしてきたDVDを見に来たの。

「あれ・・・さ。もう返しちゃったんだ。」

「えーーーーーーーっ!? なんでー? もう? ウソーっ!」

な、なんですってーっ! 楽しみにしてたのに、信じらんない。アタシは、もう頭に来
て文句をブーブーぶつける。

「まだ今日1日あったじゃんっ! なんで返したのよーっ!」

「だってアスカ、来るって言ってなかったし。」

「そりゃ、言ってなかったけど。毎日来てるからわかるでしょうがっ! バカ、バカ、
  バカ、バカ、バカっ!」

もう最悪っ! 何考えてんのかしら。
もう1度、シンジの奢りで絶対レンタルして貰うんだからっ!

アタシはプンプン怒りながら、シンジの家に入って宿題をすることにした。今年は受験
だし、コイツの英語をなんとかしなくちゃいけないもんね。

「だから違うってばっ。アンタねぇっ! 参考書の関係代名詞んとこ開きなさいっ!」

「ごめん・・・。」

勉強を始めたんだけど、コイツの英語って全然ダメ。っていうか、数学があれだけでき
るんだから、やる気になれば英語だって伸びるはずなんだけど・・・文系の勉強を嫌が
んのよねぇ。なんでだろ?

でも、受験では嫌とか言ってられない。なんとしてでもシンジと同じ高校に行きたい。
アタシはシンジの横に座って、一生懸命教えてあげる。

なのに、コイツったら。

アタシの肩を抱き寄せてきたの。

「ちょっとっ、勉強中でしょっ!」

「アスカ・・・・。」

じっとアタシを見詰めてくる。ったく、どうして男の子って、すぐそうなっちゃうんだ
ろう? ちょっとだけよ?

とか自分に言い訳してるけど・・・。
最近、こういう雰囲気になったら抵抗できないのよねぇ。

重なる唇と唇。

キスしてる時って、なんか愛情を感じられて凄く幸せになる。

この感じ嫌いじゃない。

「!!」

だけど次の瞬間、アタシは目を開いてシンジの体を突き放した。

シンジが・・・。
シンジが舌を唇につけてきた!

もうアタシびっくりしちゃって・・・。

目を見開いてシンジを見ると、怒られた小さい子供みたいに、その場でがっくりとうな
垂れている。

なんで?
どうして?

今迄、こんなことしなかったじゃないっ!

シンジはただ黙ったまま、下ばかり見ている。いったいほんと、どうしちゃったのよ。
それとも・・・アタシがいつまでも子供なの?

気まずかった。
物凄く重い空気。

そんな空気を振り払うかのように、アタシは必要以上に大きな声で。

「はいっ! もうおしまい! ちゃんと勉強すんのよっ!」

「え? あ、うん・・・。」

そして勉強が終わると、この気まずい空気から逃げるかのように、アタシは自分の家へ
と帰って行った。

<アスカの家>

部屋に戻ったアタシは、勉強机に座って写真立てを手に取る。パパと一緒に写ってる写
真の裏に隠されている、シンジとクリスマスツリーの前で撮った写真。

その写真を見ながら1人考える。

どうしたんだろう? シンジのヤツ。
急にあんな・・・。

急に・・・?

ふと昨日レンタルしたDVDのことを思い出す。急いで返す必要もないのに、もうシン
ジが返してしまったあの映画。

無性にあの映画のことが気になったアタシは、他の人がレンタルする前にもう1度借り
ようと、自転車を飛ばした。

そして・・・。

今アタシの手元には、昨日レンタルしたDVDがある。

恋愛映画のDVD。

PCにそれをセットして見始める。なんの変哲も無いただの恋愛映画だった・・・もし
今日のあのキスがなかったら、最後までそう思って見ていただろう。

だけど、どうしてシンジがあんなキスをしてきたかわかった気がした。

ったくっ!
なんで、男の子って、こうスケベなのかしらっ!

アタシもキスは嫌いじゃないけど、それはシンジの愛情を感じられるから。こんなキス
なんかしなくても、十分シンジの愛情は感じられる。

「はぁ〜。」

思わず溜息が出てしまう。

シンジのことは好き。そのシンジが求めてるんだから、キスくらい許してあげたい気も
するけど。

1度拒絶しちゃったもんなぁ。
女のコのアタシから、こんなことできないわよねぇ。

どうして、2人で一緒にいるだけじゃダメなのかなぁ?
アタシはそれで十分幸せなのに・・・。

なにも解決策が見つからず、机の上にべたっと寝そべってシンジの写真を眺めていると、
電話が音を奏でた。

受話器を取ってみるとママ。どうやら今晩は遅くなるらしくて、シンジにもご飯を作っ
てあげなさいだって。

なにかというと、ママはアタシにシンジの世話を焼かせたがる。協力してくれてるつも
りなのかな?

でも、急にそんなこと言われても材料ないわよ。
何が出来るかなぁ。

冷蔵庫の前に立って、いろいろ材料を見ていると、これはどう見てもカレーかシチュー
を作れと言わんばかりの材料が揃っている。

シンジ、カレー好きだからカレーにしよっかな。
アタシ特製カレーよっ!

特製といっても、一見特に変わった材料を使っているようには見えない。じゃぁ、なん
で特製かっていうとね。決まってるじゃない。目には見えない愛情っていう材料を使う
からよ。

・・・・だから1人でのろけるのはやめなさいって。アタシ。

カレーを作りながら、さっきのキスのことを考え続ける。このカレーを持って行った時、
どうしようかと。

もしまたキスしてきたらその時は許してあげよう。
好きなんだから、それくらい許してあげなくちゃ可愛そうよね。

さすがに自分からあんなキスはできない。後はシンジに任せよう。アタシはそう思って
カレーをせっせと作った。

<シンジの家>

カレーの入ったお鍋を両手でよっこらしょと持ったアタシは、シンジの家の前に立って
チャイムをお行儀悪くも顎で押す。だって、お鍋持ってて両手塞がってるんだもん。

ガチャ。

扉が開く。

「アスカ?」

なんかシンジがきょとんとした顔でアタシのことを見ている。ふと家の中を覗くと、電
気もつけず真っ暗。

「なーに? 真っ暗じゃない。」

「えっ? あ、あぁ。電気つけ忘れてたよ。」

「忘れてたって・・・アンタねぇ。」

「あの・・・さっきはごめん。」

コイツ・・・アタシが怒って帰ったと思って、まさか今まで1人で悩んでたの? バカ
じゃないのっ!? ・・・・・・ちょっと可愛そうなことしちゃったかな。

電気をつけてくれた廊下をシンジと一緒通って、ダイニングに入る。この家のお箸やコ
ップの場所は全部知ってる。花嫁修業なんて必要ないってもんよ。

「ジャジャーン。アタシの特製カレーよっ!」

「わっ、カレーだっ。 やったっ!」

「ご飯あるでしょ? おばさんがそう言ってたわ。」

勝手知ったるシンジの家の台所を動いて、ご飯を入れたりお茶を入れたり大忙し。2人
分のカレーを並べて・・・行くわよっ! アスカっ!

「DVD借りて来たの。見ましょ。」

「そうなんだ。うん。」

DVDをセットして、2人並んでカレーを食べ始める。どう? 美味しいでしょう?

「あっ!」

映画のCMも終わり、いよいよ本編が始まった時、シンジがあからさまに同様して声を
あげた。

プクククク。
焦ってる。

それからシンジは映画が映し出されるTV画面をチラチラ見ながら、慌ててご飯を食べ
だした。何急いでるんだろう?

そして、早くもシンジがカレーを食べ終わる。

「もう食べ終わったよ? そろそろ帰った方が・・・」

「アタシまだ食べてるもん。」

そう・・・。アタシを早く帰したいのね。ダメよ。こんな気まずい雰囲気のままじゃ、
アンタも嫌でしょ?

帰らないアタシ。

流れ続けるレンタルしてきた恋愛映画。

だけどシンジは、いよいよラブシーンというところになって、リモコンでDVDの再生
を止めてしまったの。

なにさ。情けないわね。
男でしょうがっ!

「やっぱりこの映画。昨日見たんでしょ。アンタ。」

「え? な、なんでさっ?」

「さっきアタシ、この映画全部見たもん。家で。」

「えーーーっ!」

「あんなキスシーンだから止めたんでしょ。」

「ごめん。実は・・・その。」

とにかく、カレーなんか食べちゃったし。歯だけは磨いておいた方がいいわね・・・。
アタシは、ダイニングの椅子を立つと洗面所に入って行って、いつもシンジの家に1つ
置いてある歯ブラシで歯を磨く。

よしっ。
これで、もしキスしちゃっても大丈夫ね。
でも、シンジも歯くらい磨いて欲しいわよね。

「シンジも歯磨いてきて。」

「え? 歯?」

はっ!!!
し、しまったっ!

これじゃ、なんだかアタシが誘ってるみたじゃないのぉぉっ!

いやーーーーーーーーーーーーーーーーっ! どうしようっ!!!!

「いいから。」

とにかく冷静を装ってシンジを洗面所に送り出したけど、もうアタシは今の一言を後悔
しながら顔を真っ赤にしていた。大失敗よ。

そしてシンジが戻ってくる。

あー、恥ずかしかった・・・けど、今のでアタシの気持ちがわかったでしょ。
後はアンタに任せるわ。

「それじゃ、アタシ帰るね。」

「え。そ、そう。」

帰るそぶりを見せると、シンジは引き止めようともせずただ見送っているだけ。よっぽ
ど、昼にアタシが拒否したのがこたえたみたい。

どうしよう。
でも、このままギクシャクしてるのヤだし。
だからと言って、アタシからキスなんてできない・・・。

もうっ! 女のコにこんなこと言わせないでよねっ!
これが、アタシにできる限界なんだからねっ!

「さっき、お別れしないで帰っちゃったから・・・さ。」

あぁ、顔が熱い。だけどシンジは、やっとアタシの気持ちがわかってくれたみたいで、
肩を抱き寄せてきた。

2人の唇と唇が重なる。いつもの、お別れのキス。

どうするの? アタシならいいよ?

そんなアタシの気持ちが伝わったのか、シンジの唇が少し開いた。アタシは動かずシン
ジに全てを任せてキスを続ける。

シンジの舌が唇に触れる。

どうしよう・・・。

ここまできて、迷ってしまうアタシ。

だけど・・・シンジがそうしたいなら。

アタシはぎゅっと目を閉じて唇を開いた。

なんだか全身の力が抜けるようなキス。

シンジぃぃ、このキスは・・・ダメよ。ダメ。

もうアタシはシンジに抱きついたまま、体の全てをシンジに預けたい。そんな気持ちに
なる・・・甘美な大人のキスの体験だった。




                        ●




<アスカの家>

受験の追い込みの季節。中学3年の秋。アタシは、ブスーーーーっとして、勉強にも手
がつかず、ベッドでふてくされていた。

なにさっ!
シンジなんてっ!

今日、わけのわかんない『遅刻遅刻ぅぅ』とか言うパン咥え女が転校してきて、シンジ
を誘惑してきた。シンジもシンジでデレデレしちゃって、信じらんないっ!

男の子って女のコなら誰でもいいのかしらっ!
キーーーっ! ムカつくぅぅぅっ!!!

だけど、本当はシンジが悪くないのはわかっているの。ただ転校してきたばっかりだか
ら教科書とか見せてあげてただけ。

それでもアタシは嫌だった。シンジにはアタシだけを見ていて欲しい。あのシンジの優
しさは、アタシだけに向けていて欲しい。

独占欲。
嫉妬。

わかってる。だけど、もしなにか間違って他の女のコにシンジが取られた時のことを考
えると、怖くて顔が真っ青になる。

机の上の写真立てから、クリスマスツリーの前で撮った写真を取り出し眺める。その視
線の向こうにある鏡に映るアタシの顔。

やだ。
アタシの顔・・・とってもブサイク。

これがアタシの顔?

嫉妬に狂ったオンナの顔してる。

ダメよね。こんな顔じゃ嫌われちゃうわよね。アタシは鏡に映った自分の顔を見詰める。
悪いのはアタシ・・・。そりゃ、シンジだって怒るわよね。

アタシ以外のコになんて興味無いって言ってくれてたじゃない。パンツ覗いたりしてえ
っちなことするのも、アタシが好きだからだって。アタシだけにするのよね。

謝ろう。
シンジに・・・。

こんな顔の自分は嫌だ。アタシは素直に謝って仲直りしようと、シンジの家へと向かっ
た。

<シンジの家>

シンジの家の前に立つと、玄関の扉が開いていた。無用心ねぇ。シンジ、いるのかな?

「シンジぃ〜。」

様子を探るように家の中に入って行くと、シンジの部屋からなんか声がしてきた。シン
ジいるみたい。

ガラっ。

良かった。シンジいるんだ。見慣れた部屋の扉を開けて、アタシは素直に謝ろうとした。

「シンジー? やっぱり、アタシが・・・。」

「げっ! アスカっ!」
「げっ! 惣流っ!」

そこにはシンジと一緒に相田がいた。そして、アタシの視界に飛び込んできたのは・・・
2人が見ている信じられないえっちな映像。

アタシ以外の女のコに興味なんて無いって言ったクセにっ!
今言ったばかりなのにっ!!!

「エッチ! チカン! ヘンタイ! しんじらんなーーーいッ!」

バンっ!

思いっきり扉を閉めてアタシは、自分の家に走って帰る。シンジのバカっ! シンジの
バカっ! もう信じられないっ!!!

<アスカの家>

アタシが家に帰って部屋に閉じ篭るとすぐに、チャイムがひっきりなしに鳴り出した。

「アスカぁ!」

シンジの声がする。出てやるもんかっ! あのスケベっ! ヘンタイっ! ウソツキっ!

ピンポンピンポン。

「アスカぁ。お願いだから話聞いてよ。」

ピンポンピンポン。

「アスカぁ!」

だけどアイツはしつこくしつこくアタシを呼び続ける。マンション中にまる聞こえくら
いの大きな声で。

ピンポンピンポン。

「アスカってばぁ!」

「なによっ! ウッサイわねっ! 近所まで聞こえるでしょっ!」

とうとうアタシは根負けして、玄関に出た。そこに立っていたシンジと目が合う。アタ
シは思いっきり目を吊り上げて睨みつける。

だけどアイツは、そのまま少しだけ開けた扉から強引に家の中に入って来た。

「ちょっとっ! 勝手に入って来ないでよっ! ヘンタイっ!」

「ごめん。ぼくが悪かった。」

「当たり前でしょっ!」

「もう見ない。あんなの絶対。」

言い合いになるアタシ達。頭に血が上ってしまったアタシは、後先考えずシンジを怒鳴
りつける。

「信用も愛情も、なんもないじゃないっ!」

「ぐっ。」

「アタシだって同じように見てたんでしょっ!!」

シンジの嫌がることをわざと選んでぶつけまくる。もう自分が何を言っているのか考え
もしないで、汚い言葉を浴びせかける。

「謝りに来ただろっ! 愛情が無いなんて言わないでよっ!」

だけど、シンジのこの言葉にアタシは我に返った。どんなに自分が醜いことを言ってい
たかも・・・だけど。

「でもっ! でもっ!」

「アスカへの愛情とは関係ないだろっ! そんなこと言わないでよっ!」

わかってる。シンジがアタシのことを好きていてくれてるのはわかってる。わかってる
けど。

「・・・・・・でも。でもっ! イヤなのっ!」

「だからっ・・・。」

「イヤなのっ!!」

イヤなんだ。他の女のコを見るシンジがイヤなんだ。もうなんでもいいから、とにかく
そういうのはイヤ。

「イヤなのっ!!」

それからシンジは、感情を高ぶらせてしまい黙ってしまったアタシを、何時間も掛けて
慰めてくれた。

だけど、何を言われてもイヤなものはイヤなの。
もう他の女の子となんて話なんかしてほしくない。

「ね。信じてよ。もう他の女の子と話とかしないからさ。」

フルフルと首を横に振る。そんなことができるはずないのに・・・どうしてそんなこと
言うのよ。

「だって、そんなこと無理だもん・・・。」

「そうだけど・・・。」

「うそつき。」

「だから・・・仲良く話したりしないってことだよ。」

とにかくイヤなの・・・。シンジはアタシのシンジなのよ。他の誰のものでもない、ア
タシのシンジなの。

他の女のコと話なんてして欲しくない。
他の女の人の裸なんか見て欲しくない。

なんで、あんなの見るのよ。

アタシがいけないの?
アタシが・・・。

「じゃぁさ。アスカはどうしたらいいと思う?」

アタシはどうしたら・・・。

返事をしないで布団の中に潜り込む。アタシはシンジが好き。好きだから、お願いだか
らアタシだけを見て。

もうシンジに他の女の人の裸なんか見て欲しくない。
かわりにアタシの・・・。

アタシは布団の中で服を脱ぎ始める。きっとこれでシンジは他の女の人なんかに興味を
持たなくなってくれる。

「英語教えてよ。アスカ得意だろ?」

「シンジ・・・。」

「ん?」

「こっちきて。」

シンジが声を掛けてきた。外に出るのは恥ずかしいから、シンジを布団の中に招き入れ
る。

「アタシ、まだこれで精一杯なの。」

もうアタシは恥ずかしくて、布団の中で見えないだろうけど、顔を真っ赤にして、緊張
していた。

こんなことして、もしシンジがアタシを抱いてきたら・・・きっと抵抗できない。それ
でもシンジにはアタシのことだけを見ていて欲しい。

「もういいよ。アスカ。」

「シンジ?」

「もうあんなゲーム見ないからさ。だから無理しなくていいよ。」

だけどシンジは何もしなかった。シンジはただ優しくこんなアタシを抱き締めてくれた。
まるで全てを包み込むように。

「心の準備ができるまで待つからさ。」

やっぱりシンジはアタシだけを見ていてくれる。アタシのことを好きでいてくれる。ア
タシはシンジを信じ続けることができる。

「シンジ、好き。好き。好き。」

アタシからシンジの唇を捜してキスをする。いつまでもいつまでも、唇を重ねあう。

「いいよ。シンジ。」

アタシは全てをシンジに投げ出す・・・。

「こんな形じゃないから。」

だけどシンジは・・・。

「もっとアスカは大事にしたいから。だから、服着なよ。」

シンジは本当にアタシのことを大切にしてくれる。シンジについて行こう、もうシンジ
を疑ったりしない。もう嫉妬なんてしたりしない。

「シンジぃ。好き。好きよ、シンジ。」

アタシのことを大事に大事にしてくれるシンジ。布団の中でアタシは生まれたままの姿
で、いつまでもいつまでも抱きついていた。

<学校>

翌日。

「ねぇ。碇くん? まだ数学のドリル無いの。貸して。」

「い、いいけど・・・。」

ギロリ!

シンジのウソつきっ! もうっ、シンジなんて信じらんなーーーーーーーーいっ!!!

やっぱり嫉妬は我慢できなかった。あの『遅刻遅刻ぅぅ』とかいう女と話をする度に、
中学3年が終わるまでアタシは目を吊り上げ続けた。

だけど、知ってんのよっ! シンジっ!

約束破って、アタシに隠れて相田や鈴原とえっちなゲームとかしてるのを。

おあいこだからねっ!

といいつつ、いずれヒカリと現場を押さえて全部捨ててやろうと、只今計画中・・・。




                        ●




<海辺>

高校2年の1月。パパもママも、隣のシンジのおじさんやおばさんとハワイに旅行に行
ったのよっ! 信じられる? 一人娘を置き去りにしてよっ!?

あったまにくるわ。

でもその分、シンジがアタシを海に連れて来てくれた。そして今アタシはシンジの膝の
上に座って、浜辺で海を見ている。

潮風がアタシの顔に打ち付けるように当たって来る。寒い・・・、シンジぃ寒いよ?

「夜の海って寒いわね。」

「こうしたらあったかいよ。」

アタシの体をシンジのジャンパーが包んでくれる。シンジが両手でアタシを抱き締めて
くれる。

「あったかぁーい。」

風が当たらなくなって暖かいけど、それ以上にシンジに包み込んで貰ってるみたいで、
アタシの心が満たされて行く。

だけどダメね。
こんな素敵な夜の海で2人っきりなのよ?

今夜はもっと甘えちゃうんだから。

「ねぇ、でも手が冷たいわよ?」

冬の風に当たって冷え切った手をシンジにほっぺに、ピトっと付けてあげた。どう?
冷たいんだから。

その冷たいアタシの手を今度はシンジが両手で包み込んでくれる。わかってるじゃん。
あぁ、あったかい・・・。

ジャンパーの中にすっぽりと入ったアタシは、シンジに凭れて夜の海を眺め続ける。
さっきからシンジの息が耳に当たってこそばゆい。

「冷たいよ? アスカの頬。」

ん? シンジったら、今度はほっぺをアタシのほっぺにくっつけてきて・・・。なんだ
かもう2人は1つになったって感じ。

でも・・・こんなことされたら、ほっぺが熱くなっちゃうじゃない。

「なんでアンタのほっぺって温かいの?」

誰もいない海。シンジと2人だけの海。綺麗な夜景。

幸せ・・・。

いつまでもいつまでも、こうしてシンジと2人でいたい。

この吸い込まれそうな夜の海に、2人で吸い込まれてしまいたい。

アタシの大好きなシンジと一緒に・・・。

幸せを感じる。これが幸せなんだ。

だけど、無常にも時間は刻々と過ぎていって・・・そろそろ帰る時間よね。バスに間に
合わなくなっちゃう。

「さってと。そろそろ行きましょうか?」

アタシはこの幸せを振り切るように立ち上がる。そう、そろそろシンデレラは現実に戻
る時間・・・。

「22:15って、書いてあったから、そろそろ行かなくちゃね。」

ガラスの靴を脱ぎ捨てて、アタシはシンジとこの綺麗な夜の海に手を振り、家へ向かっ
て帰って行った。

<電車の駅>

最終のバスに乗って、電車の駅に到着したのは良かったんだけど、アタシは時刻表を見
て固まってしまった。

最終が終わってる・・・。
ウソぉぉぉっ!!!

ちらりとシンジを見ると、シンジも固まってる・・・。そりゃそうよね。帰る電車が無
いんだから。

ごめん・・・シンジ。
アタシがいつまでも海見てたから。

あぁ、どうしてあの時のんびりジュースなんか飲んでたのよ。

帰り道、のんびり缶の紅茶なんか飲んでしまったことをかなり後悔してしまう。1本早
いバスに乗れていたら、間に合っていたのに。

シンジ・・・怒ってるかな?

「どうしよう・・・シンジ。」

「困ったなぁ。」

やっぱり・・・怒ってる?
なんとかしなくちゃ・・・。

えっとえっと。
そうだっ! 第2東京まで行ったら、なんとかなるかも。

時刻表を見ると、まだ第2東京までの電車は動いているみたい。これに乗り遅れるわけ
にはいかないわよね。

「とにかく、第2東京まで行きましょ。第2東京まで行ったら、確か他の電車が第3ま
  で動いてたと思うわ。」

そして、アタシ達は電車に乗って、とにかく第2東京まで行くことにした。第2から第
3までの電車が動いていることを祈りながら。

電車に乗ってる間、シンジはあまり口を利いてくれない。
やっぱり、怒ってる?

ごめんね。今度から我侭言わないようにするから・・・。

話が弾まなくて、ぼーっと電車の窓から外の景色を見る。だけど、田舎町だから山とか
田んぼばかりで面白くなく・・・今日遊び疲れたからか、だんだん眠くなってきた。

「なんだか、眠くなってきちゃった。」

「着いたら起こしてあげるよ。」

ごめんね・・・シンジ。

アタシはシンジの優しさに凭れ掛かり、まだまだ長い電車の旅の間、気持ちの良い眠り
についた。

<第2新東京市>

第2東京に着くと、アタシは急いで第3東京行きの電車がないか駅員さんに聞く。どう
やらまだ電車はあるみたいだけど・・・後2分っ!!??

「シンジっ! ダッシュよっ!」

「へ?」

「いいからっ! 最終があと2分なのよっ!」

「どの電車だよっ?」

「早くっ!」

ダッシュで駅員さんに聞いた電車の乗り場まで走る。シンジも後から付いて来ている。
これに乗り遅れたら、ほんとに帰れなくなっちゃう。

ホームを駆け上がる。

切符を買って、改札を入り。

階段を駆け下りる。

走る。
      走る。
            走る。
                  走る。

なんとか間に合いそうっ! シンジっ! ちゃんと帰れるからねっ!!

走る。
      走る。
            走る。
                  走る。

ホームへ繋がる階段を駆け下りる。・・・あれ? 電車がいない。

「あーーーーーっ!!」

し、しまったーーーっ!
間違えたっ!!!

大急ぎで今降りて来た階段を駆け上がる

「なんだ?」

「違うぅぅーーーっ! あっちのホームよっ!」

「へっ?」

「早くっ! あっちっ! あっちっ!」

まだ電車は止まっていた。間に合いそう。アタシは大急ぎで足を動かす。どこ? 階段
はどこっ?

え?

あっち?

どっち?

「アスカっ! こっちだっ!」

シンジがアタシを引っ張ってくれる。こういう時、やっぱりシンジは頼もしい。アタシ
はシンジにくっついて階段を下りて行った。

んだけど・・・。

あれに見れるのは、発車した電車さん。

なんで? なんで、こうなるのよーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

駅員さんに第3新東京市行きの電車はもう無いか確認してみたけど、やっぱりさっきの
が最終みたい。

「シンジ・・・もう第3新東京市行きは無いって・・・。」

「そう。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

黙ったまま、もう第3東京市行きの電車の来ないホームに立ちつくすアタシ達。

ごめんねシンジ。

「まいったわねぇ。」

「どうしようか。」

こうなったら、仕方ないわね・・・お腹も減ったし、ゆっくりご飯でも食べてどうする
か考えようかな。

「もう、焦ってもしゃーないから。ご飯食べましょうよ。」

「そうだねっ! うん、そうだよっ!」

「第2東京だし、どっか開いてるはずよ。ファミレス探しましょ。」

夜の第2東京をシンジと2人で歩く・・・ご飯食べた後、どうしよう。

街のネオンが周りで輝いている。

今晩アタシ達が一夜を過ごすこの街の。

シンジと2人でここで一夜を過ごすのか・・・それって。

ついついホテルに目が行ってしまう。

ダメダメ。何考えてんのよ。

その時、シンジがファミリーレストランを見つけた。・・・24時間営業の。

あそこで一晩過ごすつもりかな? シンジ。

夜の都会は思ってたより怖い・・・アタシはシンジにぴったりくっついて離れないよう
に歩きながら、そのファミリーレストランに入って行った。

レストランに入って、ハンバーグを注文するアタシ達。ようやくお腹が満たされるわ。

「24時間営業のレストランあってよかったわね。」

「・・・・・・。」

このバカ、今時24時間営業のレストランがあることも知らずに入ったみたい。世間知
らずもいいとこね。

頼んだご飯も食べ終わって・・・1時くらい。まだまだ時間を潰さなきゃいけない。だ
けどお腹も膨れちゃって、アタシはだんだん眠くなってきた。

「ふぁぁぁ?」

「アスカ? 眠そうだね。」

眠気覚ましにトイレ行ってこようかしら。アタシは席を立ってトイレに向かう。

眠いな・・・。
徹夜なんて滅多にしないから。

トイレで顔を洗ってみるけど、眠気は取れそうにない。もう瞼と瞼がくっつきそう。も
う限界よ・・・シンジの肩借りて寝ようかな。

アタシはテーブルに戻ると、シンジの隣に座って凭れ掛かる。

「眠くなってきちゃった・・・。」

「駄目だよ。こんなとこで寝ちゃ。」

駄目って言われても、眠いんだもん・・・。お願い寝かせて。アタシを起こそうと、シ
ンジがいろいろ喋り掛けてくるけど、ほんともう駄目。

だけど、次の瞬間。アタシの目はパチリと開いた。

「寝れるとこ探すから、目開けて。」

そ、それって、どういう意味??

アタシは思った。2人で一生懸命頑張ったのに、この街から帰ることができなかった。
それも、パパもママもいないこの日に。

運命だったんだ・・・。

「ここ出ようか。」

「うん・・・。」

アタシはシンジの腕に抱き付いて、ファミリーレストランを出た。いつしか、あんなに
眠かったアタシの目は、もう覚めてしまっていた。

夜の繁華街を歩くアタシ達。

だけど、シンジはなぜかどのホテルにも入らず通り過ぎて行く。

どうしたの?
何を迷ってるの?

そしてシンジが入ったのは、ただの小さなビジネスホテル。ロビーに入ると、シンジは
アタシにお金を預けてチェックインをするように言ってきた。

シンジ・・・。

アタシにはわかった。まだ心の準備ができていないんなら、シングルに泊まれと言って
るんだ。

ありがとう。
でも、アタシ・・・いいよ? シンジ。

もうアタシに迷いはなかった。ちょっとロビーの受付にいたのがおじさんだったから、
言うのが恥ずかしかったけど、ダブルの部屋を頼んだ。

302号室。アタシ達の泊まる部屋。

部屋にシンジと一緒に入ると、体が熱くなって恥ずかしくなってきた。アタシは隠れる
ようにバスルームへ逃げ込む。

「アタシ、お風呂入ってくる。」

シャワーがアタシの体を打ち付ける。全身を暖かいお湯が流れていく。
ちょっと電灯が暗めのバスルームで、アタシは念入りに肌を磨く。自慢の髪をシャンプ
ー2回。リンス3回。

もう1度体を洗って、シャワーで流す。

納得いくまで体を洗い終わったアタシは、バスタオルを手に取り髪を拭く。洗面所の鏡
に映るアタシの一糸纏わぬ姿。

これが今日までのアタシ・・・。
そして、今からシンジのものになるアタシ・・・。

ママ、いいよね。
間違ってないよね。

アタシは持って入ったホテルの浴衣を着て外に出る。そこにはシンジが椅子に座って待
っていた。

落ち着いて座っているシンジ。やっぱり男の子よね。こういう時も落ち着いてる・・・。
もうアタシなんて、情けないくらいドキドキしちゃって。

浴衣を着てるけど、下着はつけていない。

恥ずかしい。

アタシは部屋の電気を消してシンジに近付く。

「シンジも入ったら?」

シンジがお風呂に入った。シャワーの音が聞こえてくる。この部屋にいるのはアタシ1
人だけ。

心臓が飛び出しそう。

ドキドキ、ドキドキ、言ってる。

アタシはベッドに潜って、シンジが出てくるのを待つ。

・・・・・・。

こういう時、浴衣とか着てちゃいけないのかな。
シンジ、嫌がるかな。

またシーツから出たアタシは、浴衣をベッドの横にたたむと生まれたままの姿でまたシ
ーツに入る。

時間はもう遥かに0時を回っている。

ガラスの靴は脱いだと思ったのに・・・。

夢から覚めないシンデレラ。

ううん。夢は今から始まるのかも。

シーツが体に纏わりつく。




シャワーの止まる音。

早い。

男の子って、お風呂早いのね・・・。

鼓動が激しく鳴り響く。




とうとうアタシは・・・。

でも後悔なんてない。

だって、アタシはシンジのことが好きだから。

愛してるから。

お風呂の扉が開く。

シンジが近づいて来るのがわかる。

アタシは恥かしくて、背中を向けてシンジを待つ。




ベッドが揺れる。

シンジを隣に感じる。




もうアタシは体中が熱く、熱くなって。




シンジの手がアタシに触れる。

全身を電気が突き抜ける。

「アスカ?」

シンジの優しい声。

振り向くと、シンジの優しい顔。

アタシはもうリミットぎりぎり。だけど、シンジは落ち着いてて・・・アタシを迎え入
れてくれる。

「シンジ。」

「ん?」

「好き・・・。」

シンジに抱き付く。

好き。

好き。

好き。

シンジの浴衣を解く。

触れる肌と肌。

もう・・・好きで好きで仕方がない。

なにもかもシンジと共有したい。

好き。

好き。

好き。

「アスカっ! 好きだっ!」

シンジに包み込まれていく。

アタシは夢から覚めないシンデレラ。

シンデレラは、お城の階段を登って幸せになった。

大人への階段を1つ1つStep Upしていくアタシ達。

シンジと一緒に登るこの階段は、どこまでもどこまでもアタシを幸せに導いてくれるだ
ろう。

だって、いつも隣にはシンジがいてくれるから・・・。


fin.
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