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ΔLoveForce
Episode 06 -1本の傘-
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<学校>

あら? 雨かしら?

アスカにとっては、中学の授業など聞く気になれない。ぼんやりと窓から空を眺めてい
ると、水滴がポツリポツリと落ちてきた。

今日、雨が降るなんて言ってなかったのに。

セカンドインパクトの影響で、統計資料が役に立たなくなり天気予報の当たる確率が、
大幅に低下しているのだ。

鞄に折り畳み傘、入れといてよかったわ。

徐々に強くなる雨を、4時間目の授業中アスカはずっと眺めていた。

キーンコーンカーンコーン。

昼休み開始のチャイムが鳴る。

「雨降ってきよったがな。天気予報じゃ晴れるって言うとったさかい、傘もっとらへん
  わ。どないしてくれるっちゅーんや。」

トウジが、窓の外を見ながら誰に言うでも無く嘆いている。

「ぼくも、傘持ってきてないよ。どうしよう。」

シンジもトウジの横に立ち、暗くなった空を見上げる。

え? シンジ、傘持ってきてないの? これは、一緒に帰るチャンスだわ!!

「シンジもかいな。ほんま、たまらんなぁ。」

「ケンスケは持ってきてないのかなぁ?」

「そや、ケンスケがおりよったわ。おーいケンスケ。」

傘を期待して、トウジがケンスケを手招きする。

「なんだよ。」

「お前傘もってきとるか?」

「置き傘はあるけど3つ折りの折り畳み傘だから、3人は無理だな。」

「ほないな殺生なこと言うなや。」

「殺生も何も、事実だよ。」

「あ、あの・・・鈴原? よかったら、私の傘に入って帰らない?」

突然、トウジの後ろから、ヒカリの小さな声が聞こえる。

「ええんかいな!? さすがは委員長やで。ケンスケと違って、クラスメートのことを
  よう考えとるわ。」

「クラスメートのことじゃなくって、トウジのことをだろ・・・。」

そんなトウジをジト目で睨み、シンジの耳元でボソッっと呟くケンスケ。

「ねぇねぇ、シン・・・。」

「アスカ。」

ヒカリに続いて、アスカがシンジに呼びかけようとしたが、レイに遮られる。

「もう! 何よ!」

言葉を遮られ、不機嫌に答える。

「私、傘持ってきてないから、帰りに一緒に入れてくれない?」

「え!?」

傘は1本しか無い。シンジと一緒に帰るといいたいが、それは、レイに濡れて帰れと言
うことに等しい。

「誰かに傘、借りれないの?」

「アスカ以外に親しくしている人いないから・・・。」

ますます、断りずらい状況になる。

「アタシの傘は折り畳み傘だから、小さいのよ。他に誰か貸してくれないか、アタシが
  探してあげるわ。」

レイにしてみれば、傘などどうでもよく、これを機会にアスカと一緒に帰りたい。

「アスカと一緒でいいけど?」

「だから、小さくて2人は無理だから。放課後までになんとかするわ。」

「そう・・・。」

レイが寂しそうな顔でうつむいてしまったので、アスカの良心が痛む。

どうしよう。もう、シンジと2人で帰れないよ・・・。でも、シンジと一緒に帰りたい
し・・・。

アスカは弁当をかかえて歩きながら、なにか良い案は無いものかと悩む。

「どうしたの? なんか元気無いみたいだけど?」

アスカがシンジの横に座ると、シンジはいつもの元気が無いアスカを心配そうに覗き込
む。

「ん? なんでもないわ、ちょっと考え事をしてただけ。心配した?」

アスカは明るく振る舞うと、シンジの作った弁当を食べ出す。

「なんか、元気が無いみたいだったからね。」

「アタシだって、たまには考え事くらいするわよ。」

「そうだね。」

安心したシンジは、笑顔で答えると弁当を食べだした。

いくらなんでも、3人で傘に入るのは無理よねぇ。

弁当を食べ終わると、アスカは誰か傘を余分に持っていないか、クラスメートに聞いて
回った。

「ねぇ、ヒカリ。傘2本持ってないかなぁ?」

「アスカも傘忘れたの?」

「そういうわけじゃないんだけどねぇ。ちょっと、聞いてみたくて。」

「ふーん。私も置き傘しか無いから、1本しか無いわね。」

「そ、そうよね。」

「でも、どうして?」

「ううん。なんでもないわ。」

怪訝そうなヒカリと別れ、他の友達にも聞いてみるが、持ってきていない人がほとんど
という状態なので、2本も持っている人は1人もいなかった。

そして、放課後。

どうしよう。結局、傘を借りれなかったわ。

うらめしそうに、鞄の中に入っている赤い折り畳み傘を見つめる。

いっそ、傘なんか持って来なかったらよかった・・・。持って来なかったら・・・?

アスカは何かひらめいたように、表情を明るくすると、窓の外をボーーーっと見つめる
シンジに、元気な声で呼びかける。

「シンジ! 一緒に帰りましょ!」

「うん。でも、傘忘れちゃって・・・。」

雨雲をボーーーーっと見ながら、返事だけする。

「忘れたものは仕方無いでしょ! 待ってても、この雨はやみそうにないわよ。」

「帰るしかないか。でも、アスカも傘忘れたの?」

「そーなのよ。入れたはずなんだけど、入ってなくって。諦めて濡れて帰るわ。」

「アスカ?」

シンジとアスカの様子を見ていたレイが、近寄ってくる。

「傘、忘れてたの?」

「そーなのよ。休み時間に傘2本持っている人探したんだけど、みつかんなくってさ。
  レイも一緒に濡れて帰りましょ。」

「わかったわ。」

アスカの傘には入れなかったものの、一緒に雨の中を帰ることが、なんとなく嬉しいレイ。

「アスカ?」

シンジがアスカとレイの会話に割ってはいる。

「何?」

「いや、いいや。忘れてきたものは仕方ないからね。」

シンジが視線を落とし校庭を見ると、傘を持ってきていない生徒が、次々と走って帰っ
て行く。

「あまり、雨が強くならないうちに帰ろうか。」

「あの・・・。アスカの家より私の家の方が近いから、寄ってくれたら傘があるんだけ
  ど・・・。」

「傘、貸してくれるの?」

「ええ。」

「それじゃ、寄らさせてもらうわ。」

「本当? ありがとう!」

傘を借りるのは、アスカの方なのだが、自分の家にアスカが来るということが、レイに
は嬉しいようだ。
シンジとアスカそしてレイは、下駄箱まで並んで歩いて行く。

「レイの家に行くのって、はじめてね。」

「ぼくは、一度行ったことがあるんだけど・・・。」

あの時の様子を思い出して、顔を赤くするシンジ。

「どうして、そこで顔が赤くなるのよ! なんかあったの!?」

「え、いや・・・。その・・・。」

「碇くんが、裸の私を押し倒したの。」

「わーーーーーーわーーーーーー!!!!」

あわてて、レイの言葉を遮るが、既に遅かった。

「な、な、な、なんですってーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

アタシより先にレイの裸を見てただなんて!
アタシより先にレイの裸を見てただなんて!
アタシより先にレイの裸を見てただなんて!
アタシより先にレイの裸を見てただなんて!
アタシより先にレイの裸を見てただなんて!

アスカの顔が、別の意味で真っ赤になり、シンジを睨み付けている。かなり恐い。

「え、いや、だから、あれは・・・、その・・・、ごめん。」

シンジは、うろたえまくり、まともな言葉にならない。

「なんで、誤るのよ! 言い訳も無しなの!?」

アスカの怒声が、辺りに響き渡る。別に浮気しているわけではないので、言い訳をする
必要は無いはずなのだが、アスカの見幕にしり込みしてしまうシンジ。

「だから、その、リツコさんに頼まれて、IDカード渡しに行ったら、急に綾波が裸で
  出てくるから・・・。」

「それで、押し倒したってわけぇぇ!!??」

「そうじゃなくって、急に綾波が近づいてきたから、その・・・転んじゃって。
  その・・・、あの時は・・・。綾波、ごめん。」

「本当なの!? レイ!!」

「本当よ。」

「不可抗力なわけね。」

シンジの意図的にやったことではないことがわかり、アスカも少し落ち着く。

「突然胸をつかまれて驚いたけど。」

ようやく鎮火しかけた火に、油を注ぐレイ。

「な、な、な、なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

再びメラメラと燃え上がる炎。

「い、いや・・・あれは・・・だから・・・ごめん。」

こちらも、再びうろたえまくる。

「どういうことか、はっきり言いなさいよ!」

「その・・・、鞄がタンスに引っかかって、倒れた所にレイがいて・・・。」

「ようするに、そ・れ・も・不可抗力だって言いたいのね!?」

アスカに平謝りしていたシンジだが、ふと、なんで謝っているのか疑問に思う。

「でも、綾波が怒るんなら、仕方ないけど、なんでアスカがそんなに怒るんだよ!」

「そんなの、決まってるでしょ!!!」

「なにがだよ!」

「それをアタシに言わせる気!!!?」

「わかんないものは、わかんないよ!」

「ア、ア、アンタは、好きな人が違う女の裸を見て、耐えれるとでも思うわけ!!?」

「アスカ・・・その・・・・・・・ご、ごめん。」

「だいたいレイもレイよ! なんで、シンジがいるのに、裸でいるのよ!」

「シャワーを浴びてたから。」

「な、なんで、シンジがいるところでシャワーなんか浴びるのよ!」

「知らなかったの。」

「何が?」

「知らない間に、碇くんが家に上がってきてたの。」

「シンジ!! ちょっと!! どういうことよ!! なんで、レイの家に勝手に上がり込
  んだりしてたのよ!!」

レイが何か喋る度に、誤解の嵐が湧き起こる。

「だって、インターホンも鳴らないし、何かあったんじゃないかって・・・。」

「どういう神経してるのよ! インターホンが鳴らなかったら、アンタはズカズカ女の
  子の家に上がり込むわけ!?」

「とにかく、綾波の家に行こうよよ! そしたら、状況がわかるよ!」

シンジは靴を履き替えだす。

「わかったわ。」

アスカも靴を履き替える。

3人が校舎の玄関に立つと、外はかなり強い雨になっていた。

「綾波、これ。」

シンジが、レイにビニール袋を1枚渡す。

「何?」

「教科書とか濡れると困るだろ。せめて鞄だけでも覆いなよ。」

そんな様子を何も言わずに見ているアスカ。

「そう。ありがとう。」

一言簡単に礼をすると、レイは自分のカバンをビニール袋で覆う。アスカは無言のまま、
むき出しの自分の鞄に目を落として立ち尽くしている。

「アスカ、はい。」

シンジがアスカにビニール袋を1枚差し出す。

「え!?」

「アスカも、これ使いなよ。」

「アタシに!?」

「そうだけど? どうして?」

今まで沈んでいた気持ちが、嘘の様に晴れ上がるアスカ。

「ううん、なんでもない。ありがとう! シンジ!」

アスカは、ビニール袋を破らないように気をつけながら、カバンを包み込んだ。

「じゃ、行こうか!」

「シンジは、ビニール袋使わないの?」

「うん。2枚しか無いから。それに、綾波とかアスカの教科書ほど、もう奇麗じゃない
  し。じゃ、どうせボトボトになるだろうけど、風邪をひくといけないから走ろう。」

シンジが、雨の中を走り出す。それに続いて、アスカとレイも走り出した。

「うっわーーーー、もう、ボトボト。」

少し走っただけで、下着までボトボトになる3人。

「仕方無いよ。とにかく綾波の家まで急ごうよ!」

シンジは後ろの2人をちらちらと見て、距離を計りながらレイの家に向かって走る。
ミサトのマンションよりも近い位置にレイの団地はあるので、15分ほどで3人は到着
した。

<レイの団地>

「ちょっと、レイってこんなところに住んでるの?」

「そうよ。」

「なんか、薄気味悪いわね。」

「そう?」

アスカは、ボトボトの格好で辺りを見回しながら、レイの団地の階段を登る。確かに女
の子が一人で住んでいる団地だとは思えない。

「ここよ。」

レイが指差した所には、綾波レイという表札は掛かっているものの、とても人が住んで
いるとは思えない、団地の一室があった。

「アンタ、こんな所で一人で住んでるの!?」

「そうよ。散らかってて悪いんだけど、上がって。」

レイが先頭を切って、自分の家に入って行く。

「ねぇ、シンジが言ってたこと、納得したわ。アタシも、インターホンが鳴らなかった
  ら中に入って行くかもしれない。」

「だろ。」

「インターホンも押さずに帰っちゃうかもしれないけどね。」

レイの家に入ったアスカは、あまりの無機質さに驚く。

「ちょっと、レイ。いくらなんでも、こんな所に一人で住んでたらダメよ!」

しばらく、打ちっぱなしのコンクリートの壁や、血のついた包帯の入ったダンボールを
見ていたアスカだが、我に返ると何かを決心したかのように喋り出す。

「どうして?」

「女の子の住む家じゃないわよ! これは!」

「そうなの?」

「今度、アタシと買い物に行きましょ。ちょっとは、絨毯とか家具とか買わないとダメ
  よ。」

「え! 本当に!?」

レイが、顔を少し赤らめて、アスカににじり寄る。

「うれしい・・・。」

アスカの手を両手で握って、目を潤ませるレイ。

「買い物よ! 買い物に行くだけよ!」

レイがこの状態になってくると、引いてしまうアスカ。

「楽しみにしてるから。」

レイは別世界に行ってしまったかのように、アスカの手を握ったまま目を潤ませている。

「え、いや・・・その・・・。あ、せっかくだから、シャワー貸してくれない?」

レイを振りほどくと、シャワー室の方に歩いていくアスカ。

「いいわよ。アスカがシャワーに入ってる間に、服を乾かしておくわ。」

「じゃ、借りるわね。そーだ、いつもみたいにシンジも一緒に入る?」

突然のアスカの爆弾発言を、真面目に受け取り、真剣にうろたえるシンジ。

「アスカ! 何言ってるんだよ! 綾波、嘘だよ! 入ったことなんて無いんだからね!」

しかし、アスカの冗談をレイも真面目に受け取っているらしく、シンジを睨み付けてい
た。

「本気にしないでよぉ。」

その後、いくらシンジが言い訳をしても、アスカがシャワーから出てくるまで、レイは
無言でシンジを睨み付けたままだった。

「はぁ、生き返ったわ。シンジも次入ったら?」

「うん。そうするよ。」

せっかくレイと2人っきりなのに、いたたまれない雰囲気になってしまったので、逃げ
出すように、シンジはシャワールームへと消えて行く。

「いつも、碇くんとシャワーに入ってるの?」

「やーね、冗談に決まってるでしょ。」

「よかった。」

「アンタ、今まで本気にしてたの?」

「ええ、心配で・・・。」

「はぁ、アンタには、うかつに冗談も言えないわね。」

シンジがシャワーに入っている間、アスカとレイは、部屋の改造計画に話の花を咲かせ
る。

「綾波、バスタオル貸してくれないかな?」

シャワールームから、シンジの声がする。

「そこにかけといたわよー。」

レイに代わって返事をするアスカ。

「アスカ、濡れてるよこれ。」

「細かいこと気にしないで、それ使いなさいよ。」

「わかったよ。」

シンジは、シャワーから上がると、乾かしていた服を着て、シャワールームから出てき
た。

「じゃ、ありがとう。そろそろ帰るわ。レイもすぐにシャワーに入るのよ!」

「ええ、いつでも来てアスカ。」

アスカに手を振るレイ。

「何か必要なものがあったら言ってね。ぼくも持ってくるから。」

「アスカがやってくれるから、碇くんはいいわ。」

「・・・そ、そうだね・・・女の子同士の方が、こういうことはいいからね。」

「ちょっと、レイ! 前にも言ったでしょ! シンジにそういう態度は取らないでって!」

「いいんだよ。」

「ダメよ! レイ、アンタにとってみれば、シンジは恋敵になるのかもしれないけど、
  そんな態度ばっかり取るんだったら、嫌いになるわよ!」

シンジに対するレイの冷たい態度に、カチンとくるアスカ。

「え・・・そんな。私は・・・私は・・・。ごめんなさい。」

アスカに頭を下げる。

「違うでしょ、謝るならシンジに対してじゃないの?」

「碇くん、ごめんなさい。」

アスカに言われて、シンジに謝る。

「いや、いいんだよ。じゃ、帰ろうか。」

「アスカ・・・・・・あの・・・・・。」

レイは、シンジと一緒に帰ろうとするアスカに、か細い声で声をかける。

「大丈夫よ。あまり親密になられたら困るけど、シンジを悲しませるようなことをしな
  かったら、嫌いになったりしないから。」

「ええ。ごめんなさい。」

「もう、いいって。じゃ、またね。」

「さよなら。」

レイは、アスカとシンジに手を振って2人を見送った。

「アスカ。ありがとう。」

団地の階段を降りながら、さっきの礼をする。

「いいって。でもだからと言って、レイとくっつかれたら、困るんだけどね。」

「ぼくは、そうなってほしいんだけど。」

「その前にアタシがアンタを振り向かせるんだから!」

レイに借りた傘を片手にガッツポーズを取るアスカ。

「あのさ、その傘貸してくれないかな?」

シンジは、アスカの持っている傘を指差す。

「どうして?」

「ぼくが、その傘使うからさ。」

「じゃぁ、アタシはどーするのよ!」

「アスカ、傘持ってるだろ?」

「え!? シンジ・・・知ってたの?」

「うん。朝、弁当をアスカの鞄に入れたのはぼくだよ。」

「あ!」

「アスカ、やさしいね。」

アスカは、真っ赤になってうつむいてしまう。

「だから、その傘はぼくが使うよ。」

「ダメ。」

「どうしてさ。」

「アタシは傘を持ってきてないの!」

「だって、鞄に・・・。」

「持ってきてないったら、持ってきて無いの!」

1階の団地の入り口に立ち、シンジは雨の様子を見る。まだまだやみそうにない。

「その傘に、一緒に入っていいかな?」

「うん!」

2人は身をよせながら、レイに借りた1本の傘に入って、ミサトのマンションまで帰っ
た。

To Be Continued.
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