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ΔLoveForce
Episode 15 -ファーストキス-
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<学校>

授業も終わり今は掃除の時間、シンジは椅子に乗って窓の雑巾掛けをするレイの姿をじ
っと見ていた。

家庭的な感じの綾波もいいな・・・。

「なに?」

さっきから自分のことを見つめる視線に気がついたレイは、雑巾を絞る手を止めてシン
ジの方に向き直る。

「え・・・あの、なんか家庭的な綾波もいいなって・・・。綾波って意外と主婦とか似
  合ってたりして・・・はは・・・。」

主婦・・・。

シンジの何気無い言葉に白い頬を朱に染めたレイは、アスカと2人で暮らしている自分
の将来の姿を思い浮かべる。

『それじゃ、ネルフへ行ってくるわね。』

『アスカ、今日も帰りが遅いの? 今日はアスカの好きなにんにくラーメンチャーシュ
  ー抜きにしようと思うんだけど・・・。』

『え? そうなの? それじゃ早く帰ってくるわ。』

『うれしい・・・。』

『早くレイの顔も見たいしね。じゃ、行ってくるわ。』』

『行ってらっしゃい。』

恥かしそうに頬を火照らせ意識ここにあらずという感じで、ぎゅっぎゅっと何度も何度
も雑巾を絞り続ける。

なんだか、お母さんの絞り方って感じだ。

レイの必要以上に丁寧に雑巾を絞る様子を見ていたシンジは、なぜかそんなことを考え
てしまう。そんなシンジを廊下からアスカが見つける。

シ、シンジっ!!

明日の休日、遊びに連れて行って貰おうと思っていたアスカが、廊下の掃除をしながら
ふと教室の中を見ると、なんとなく良い雰囲気に思える2人の姿が見えた。

ま、まさか・・・明日、デートの約束なんかしたんじゃ・・・。

顔を赤くするレイと、うれしそうにレイを見つめるシンジの姿を見ていると、そんな不
安がアスカの脳裏に重くのしかかってくる。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

スカートのポケットに手を突っ込み、楽しみにしていた2枚の映画のチケットを、震え
る指でそっとなぞる。

どうしよう・・・思いきって誘ってみようかな。

カサカサとチケットを手で弄びながら、教室の中の様子を見ていると、シンジがバケツ
を持って立ち上がった。

あっ!

慌てて視線を逸らすと、私は何も見ていませんでしたという顔で、廊下の掃除を再開す
る。そんなアスカの横を通りすぎようとするシンジ。

「あ、あの・・・シンジ。」

「何?」

「あのさ、明日だけど・・・何か用事ある?」

「明日? うん・・・ちょっと・・・。」

重い言葉を搾り出す様に答えるシンジの様子を見たアスカは、デートの約束をしたのだ
と確信した。

やっぱり・・・そうなのね。

一方シンジは、忘れたいと思っていた明日のことを思い出してしまい、思いつめた様に
暗い顔で考え込んでしまう。

はぁ・・・明日は・・・いよいよ父さんと墓参りか・・・。

そんなシンジの顔を見たアスカは、せっかくのデートの邪魔してはいけないと無理をし
て明るい声を出す。

「シ、シンジ? いよいよ明日なんでしょ?」

「え? う、うん・・・。」

「大事な日じゃないの。そんな顔してないで、がんばんなさいよ。」

「あ、ありがとう・・・。アスカにそう言って貰って、少し楽になったよ。」

やっぱり・・・アタシのことを気遣って・・・。
気持ちよく送り出してあげなきゃね。

しかし、頭では応援しようとするもののキリキリと心が締め付けられる。

クシャッ。

ポケットの2枚のチケットを丸めて、片手に持つチリトリの中へ投げ入れた時、不意に
後ろからヒカリが声を掛けてきた。

「アスカ?」

「え? あ、ヒカリ。どうしたの?」

「あのね、明日空いてるかな?」

「え? 明日? う、うん、そういうことになっちゃったみたい・・・。へへぇっ。」

「ほ、本当? それじゃ、お願いがあるんだけど?」

「な、なによ〜。」

両手を合わしてヒカリが拝み倒してきたので、アスカはなんとなく嫌な予感を感じてた
じろいでしまう。

「実はさぁ、こだまお姉ちゃんの友達がどうしてもアスカと一度デートがしたいって。」

「えーーーーーーっ! な、なによそれぇ。そんなの困るわよ。」

「ごめん! お姉ちゃんが勝手にOKしてきちゃったのよ。お願いっ! 親友を助けると
  思って、ちょっと合うだけでいいからっ! お願いっ!」

「えーーー・・・やっぱり悪いけど、断ってっといてよ?」

「やっぱりダメ? ごめんね、変なこと言っちゃって。わかったわ。」

想い人がいるのに違う人とデートなどしたくないアスカは、ヒカリには悪いと思ったが
断ることにした。

<ミサトのマンション>

ただ断るだけでは申し訳が無いので、姉の顔も立つような言い訳をヒカリと一緒に考え
ていたアスカが、一足遅れて家に帰るとシンジは部屋に籠もっていた。

「シンジ、開けるわよ。」

「うん。」

部屋に入ると、シンジは明日ゲンドウに合うことを考えながら、ベッドで横になりじっ
と天井を見上げていた。

そんなに真剣に悩んで・・・デートくらい気軽に行けばいいのに・・・。

デートのことで悩んでいると思い込んでいるアスカは、そんなシンジを心配する反面、
2人の間に自分が入り込む余地が無くなるのではないかという恐怖に襲われる。

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

それぞれの異なる想いを胸に、2人は互いに話かけることもなく空虚な時間が過ぎ去っ
て行く。

「あ・・・あのさ・・・。」

その沈黙に耐えきれなくなったアスカは、とにかく何でもいいから喋ろうとして口を開
いた。

「ん?」

「あ、あのね・・・。」

口は開いたものの特に何を言うつもりでもなかったので、慌てて話題を探す。

「あ、明日ね、ヒカリの知り合いがデートして欲しい・・・って言うんだけど・・・。
  どうしたらいいかな?」

言うつもりの無かったことを口走ってしまい、最後は尻つぼみの様にボソボソと小声に
なりながら、怒られた子供の様に上目遣いでシンジの反応を伺う。

「うん。」

しかしシンジは、明日のゲンドウとのことばかり考えているようで、ほとんど上の空だ
った。

そうよね・・・別にアタシなんか誰とデートしたって、シンジには関係無いもんね。

「じゃ、明日のことでヒカリに電話をしなくちゃいけないから・・・。シンジも明日は、
  がんばってね。」

アスカはその場から逃げる様に電話機のある玄関へと走って行く。

『あ、ヒカリ? 明日のことなんだけど、少しくらいなら会ってもいいかなって・・・。』

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<郊外>

翌日、デートに出掛けるシンジの姿を見たくないアスカは、かなり早く家を出た為、約
束の時間より2時間以上も前に待ち合わせ場所についてしまう。

・・・こんなところで、何を待ってるんだろう。

待ち時間が長いので、緑のワンピースを着てその場に立っている自分を、冷静に見詰
め直し再認識してしまう。

シンジの応援するんだって言いながら、やってることは単なる当て付け?
バッカみたい・・・。

自分の行動が情けなくて嫌になったアスカは、ヒカリには悪いと思ったが、とぼとぼと
その場を立ち去って行く。

当て付けにもなってないか・・・相手にされてないんだもんね・・・。

昨日のレイのことしか頭に無い様なシンジの態度を思い返すと、自然と涙がこぼれ落ち
てくる。

フフっ・・・シンジの為だもの、応援してあげなくちゃ・・・。

涙を拭いながら、ヒカリに断りの電話をしようと顔を上げた視線の先に、そこにいるは
ずの無い人物が前を通り掛った。

「あっ! アスカぁっ!」

その少女は、嬉しそうに手を振って満面の笑みをたたえながら駆け寄って来る。

「レ、レイ・・・アンタ、こんな所で何してんのよ?」

「午後から、碇指令と碇君を迎えに行かないといけないから、それまでの間に料理の本
  を買おうと思って。」

どうやら昨日シンジに言われて、家事を覚えてみようという気になっているようだ。

「アスカに、私の作った料理食べて欲しいから。嫌?」

アスカには、レイの言っていることがさっぱりわからなかった・・・というより、言っ
ている言葉の意味はわかるのだが、今の現状が理解できない。

「い、嫌じゃないけど・・・。」

「よかった。」

嬉しそうに胸を押さえるレイが目の前にいるということは、いったいシンジは何処へ行
ったのだろうかという疑問が沸いてくる。

「シンジを迎えに行くってどういうこと?」

「指令と碇くんは、お墓参りに言ってるわ。」

自分の作った料理をアスカが食べているシーンを想像していたレイは、あまり興味無い
といった感じで墓参りのことを告げた。

「お、お、お墓参りぃぃぃぃ!?」

シンジとゲンドウの間がぎくしゃくしていることは、アスカも知っている。昨日シンジ
が、何に対しても上の空で思い詰めた様な顔をしていたのはその為だったのかと、納得
できた。

ア、アタシ・・・何してたんだろう・・・バッカみたい・・・。

「ねぇ、アスカ。料理の本、一緒に選んでくらないかしら?」

「アタシもあんまり料理得意じゃないわよ。」

「いいの・・・どんなのが好きかって教えてくれるだけでいいから。」

「それくらいならできるけど。」

アスカはあまりのショックにヒカリに電話をすることなどすっかり忘れて、レイがシン
ジ達を迎えに行く時間まで、一緒に料理の本を選んだりショッピングに付き合った。

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昼過ぎになってレイがネルフへ行った後、アスカは1人でぶらぶらと町中をうろついて
いた。

シンジと来たかったなぁ・・・お墓参りなら仕方ないけどねぇ。

レイと一緒にショッピングなどをしている時は気がまぎれていたが、1人になるとどう
しても寂しくなってくる。

帰ろかなぁ。

アスカが歩みを家の方へ向けた時、今日シンジと一緒に行くつもりだった映画館に差し
掛かった。

あの映画見たかったなぁ。

いつの間にか吸い寄せられるように、チケット売場に近寄っていく。先日もここでチケ
ットを2枚買ったのだ。

「予約チケット2枚下さい。」

昨日破り捨てたチケットを再び購入する。

このチケットが、無駄になりませんようにっ!!

2回も買ったこのチケットを、アスカは願いを掛ける様に大事に大事に胸に抱きしめる
のだった。

<ミサトのマンション>

♪♪♪♪♪♪♪〜〜〜。

アスカが家に帰り着くと、シンジの部屋からなにやら弦楽器の音色が聞こえてくる。ど
うやらチェロの様だ。

ん? チェロ?

シンジがチェロを弾いている所など、今まで見たことも無かったアスカは、驚き半分興
味半分でシンジの部屋を覗いてみた。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜。

そこには、目を閉じてチェロの演奏に集中するシンジが見えた。その澄んだ音色から、
ゲンドウとの間がうまくいったことがなんとなくわかる。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜。

パチパチパチ。

演奏が終わると同時に響く拍手の音にシンジが顔を上げると、部屋の入り口に緑色のワ
ンピースを着て立つアスカが見えた。

「なかなか、いけるじゃない。」

「5歳の頃から初めてこの程度だから、才能なんて無いよ。」

チェロを床に置いて自嘲気味に笑うシンジ。

「へぇ・・・継続は力かぁ。ところで、お墓参りはどうだったの?」

「うん・・・・父さんとちょっと話ができた。」

あまり多くは語らないが、そのシンジの表情とセリフからゲンドウとの親子関係が少し
良い方向へ進展したことが伺える。

「良かったじゃない。」

「アスカは、何処へ行ってたの?」

「え・・・。ちょっとね。疲れたから、休憩してくるわ。」

アスカは少し寂しそうな表情をすると、シンジの部屋の襖を閉め複雑な心境で自分の部
屋へと入って行った。

昨日のシンジの状態を考えると、無理も無いけど・・・。

そうは思うものの、シンジの眼に自分は映っていないのではないか、シンジの心には自
分は存在しないのではないかと悲しくなってくる。

でも・・・デートに行くってことを聞いてて、平然としてられるよりはマシかな・・。
シンジもデートに行ったってわけじゃないし・・・。

そこまで考えたアスカは、シンジとレイがうまくいったのでは無いことを知って安堵し
ている自分を見つけてしまう。

アタシ・・・シンジとレイがうまくいってしまったら、邪魔するかもしれない。
2度とレイの前で、笑顔を作ることなんてできないかもしれない・・・。

アスカはそんなことを考える自分が嫌になって、頭を抱えながら鏡を覗きこむ。そこに
は、汚れた自分が映っている様に思える。

嫌っ・・・。

鏡をベッドの上に投げつける。

振られても、シンジに嫌われたくない!!
シンジの幸せを祈ってあげたい!!

理性と感情がぶつかり合い、その格闘の中でアスカは本当の自分を見つけ出そうとあが
き苦しんでいた。

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「アスカ、ご飯ができたよ。」

いつのまにか、夕食の時間になってしまったようだ。

「うん。」

わりと上機嫌なシンジに対して、アスカは俯いたまま食事も喉に通らない様子でぼそぼ
そと夕食を食べた。
そして、食事も終わりシンジはヘッドホンステレオを聞きながら、アスカは相変わらず
テーブルに座ったままで時間を潰している。

「シンジ・・・。」

不意に声をかけられたので、耳からイヤホンをはずすシンジ。

「何?」」

「今日、アタシね、シンジとレイがデートするんだと思ってたの・・・。」

「え!? そんなわけないじゃないか。」

「うん・・・・でも、そう思ってたの・・・。でね、アタシ・・・。」

アスカの態度がどことなく普通じゃないと思ったシンジは、少し言いよどむアスカの次
のセリフを無言でじっと待つ。

「シンジへのあてつけのつもりで、今日デートしようとしちゃったの・・・。結局、し
  なかったんだけど・・・。」

何と答えていいのかわからないシンジは、何も言わずにそのままアスカの次の言葉を待
った。

「ねぇ、もし、アタシが他の男の子とデートするって言ったらどうする?」

ここまで聞けばいくらシンジにでも、止めてくれと言っていることくらいは、容易に想
像できた。しかし・・・。

「たぶんぼくは、『いってらっしゃい』・・・って言うと思う。」

そのセリフを聞いたアスカの顔には、悲しみの涙と自分を嘲笑うかの様な笑みが浮かび
上がる。

「やっぱりね。アタシが、誰とデートしてもシンジには関係ないんだもんね。ははっ、
  そうよね。ハハハハハ。」

「そんなこと聞くなんて卑怯だよ!
  ぼくがアスカに『デートするな!』なんて、言えるわけないじゃないかっ!」

そんなアスカの態度を見たシンジは、つい大きな声を出してしまった。そして、アスカ
もそれに反応するかのように、感情を一気に高ぶらせる。

「それでも、アタシは止めて欲しいのよ! レイが好きならそれでもいい! でも、アタ
  シのことを無視しないでっ!」

「そんな、いいかげんなことできないよ! それじゃ、アスカに対して失礼すぎるじゃ
  ないかっ! そんなの、アスカが可愛そうだよっ!」

シンジの言葉を聞いたアスカは、ダイニングテーブルの椅子を蹴り倒す様に立ち上がり
壁際に座るシンジの前に立ちはだかる。

「かわいそう? そう思うんだったら、アタシを見てよ! キスしてよ! 抱きしめてよ!」

アスカの感情の吐露に、シンジは慌てて立ち上がって泣き叫ぶアスカの両肩を持ち顔を
覗き込む。

「今日のアスカおかしいよっ!? どうしたん・・・うっ!」

突然のことに驚いて見開いたシンジの瞳には、目を閉じ眼前に迫るアスカの顔が映し出
される。閉じた瞳からは幾筋もの涙が溢れ出し、アスカ頬を伝ってシンジの頬を濡らす。

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止まる時間・・・。

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シンジは目を開けたまま、突き放そうともせず・・・かといって抱きしめようともせず、
ただ時間の流れに身を任せる。

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流れ始める時間・・・。

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どれほどの時間が経ったのか見当もつかない。アスカの手の力がゆっくりと抜けていき、
完全にシンジの背中から離れた時、アスカとシンジの間にわずかな空間ができた。

「ご、ごめん・・・・・。」

アスカはそれだけ言うと、涙を振り切りながら自分の部屋へと駆け込んでく。何も声を
掛けることのできないシンジは、ただその場に立ちつくす。

バサッ。

ベッドに倒れ込み、布団を濡らすアスカ。

「うっうっうっうっ。」

とうとう・・・やってしまった・・・。

感情の高ぶりに身をまかせ、やってはならないことをやってしまったと、シンジに詫び、
自分を恥,攻め,罵しる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」

To Be Continued.
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