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ΔLoveForce
Episode 16 -通じる想い-
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<レイの団地>

火をつけたガスコンロの上でフライパンが左右に振られる。昨日、アスカと一緒に買っ
た材料を使って、レイが野菜炒めを作っているのだ。

「フンフンフン。」

珍しく鼻歌を歌いながら味見をしてみると、なかなか美味しくできているように思える。
この分ならアスカにご馳走しても問題無いだろう。

できたわ。

ガスコンロの火を止め、練習の意味で作った少量の野菜炒めを皿に盛りつけ簡単な朝食
にする。

もう少しお塩を入れるべきだったわ。

作品をじっくりと味わいながら食べてみると、自分の口には合うがアスカにご馳走する
のなら少し薄味の様な気がしてきた。

本番では、もう少しお塩と醤油を入れましょう。
はっ! お部屋のお掃除をしなくちゃ。

アスカの努力の甲斐あって、今ではどこから見ても女の子らしい部屋となっている。こ
こが元コンクリート剥き出しの部屋だったとは誰も信じないだろう。しかし、明るい雰
囲気になり暖かみが出た反面、物が増えた分掃除が大変だ。

ウイーーン。

朝食を食べ終わったレイは、小さな白いこたつを片付け掃除機をあてる。アスカに言わ
れた様にいつも掃除しているので、汚れているわけではないが掃除をすると気持ちいい。

これでいいわ。

掃除も終わり料理の下準備も万全。冷蔵庫には、アスカの好きなデザートも用意してあ
る。レイはアスカにプレゼントして貰った白いワンピースに着替えると、今この部屋に
唯一足り無く、最も大事な思い人を呼びに家を出て行った。

<公園>

昨日一睡もできなかったアスカは、今朝シンジが起きる前に家を出て独り公園のベンチ
に座っていた。

シンジ・・・・・・ごめんなさい。
あんなことしたんだもん、許してくれないわよね。
どうして、あんなことしちゃったのよっ・・・アタシは・・・。

朝から何時間も後悔の想いを巡らせ続けているが、いくら後悔しても後悔しきれない。
シンジと次に会った時が、全ての終わりを告げる瞬間の様な気がして仕方がない。

アタシの・・・バカ・・・。

一生懸命努力して少しづつ少しづつ積み上げてきた積み木を、一時の感情で一瞬のうち
に踏み潰してしまった様に思える。

でもシンジは、あの時怒らなかった・・・。

それはシンジのやさしさであることはわかっているが、救いの光をその一点に掛けたい
気持ちになる。

ポンポンポン。

足下に小さくて赤いビニールのボールが転がってくる。目の前の砂場で遊んでいた男の
子が転がしたのだ。

「お姉ちゃん。それぼくのっ!」

アスカはボールを拾い上げると、駆け寄ってきた男の子ににっこりと笑ってそっと手渡
してあげる。

「その赤いボール、大事にしなさいよ。」

「うんっ! あれ? お姉ちゃん泣いてるの?」

「え? そんなこと無いわよ。」

「だって、涙が出てるよ?」

「ちょっと、目に砂が入っちゃったかな。」

「ふーん。」

手でゴシゴシと涙を拭いたアスカは、走って行く黒髪の少年に大事そうに抱えられてい
る真っ赤なボールを羨ましそうに見送る。

「あっ、アスカ?」

ボールで遊んでいる男の子を見ていると遠くで自分の名前が呼ばれた。アスカが声のし
た方向に目を向けると、公園の外から手を振るレイの姿が見える。

「どうしたの? こんなところで。」

今はあまりレイに会いたくなかったが、もう一度ゴシゴシと涙を拭いてベンチを立ち上
がると、駆け寄ってきたレイの元へ歩み寄る。

「なに?」

「お昼ご飯をご馳走したいと思って、アスカの家へ行く途中だったの。」

アスカは、レイが自分を見つけてくれたことに感謝していた。今はレイをシンジに会わ
せたくない。

「アスカ?」

レイがアスカの顔を覗き込む。

「目が赤いわ。」

「砂が入って・・・。」

「そう。」

あきらかに泣いて赤く腫れた目であり、かなり様子もおかしい。レイはそんなアスカの
ことを心配したが、あまり表には出さずにアスカと一緒に家へと向かった。

<レイの団地>

家に帰り着いたレイは、スリッパを2組出してアスカを招き入れる。

「さぁ、あがって。」

明るく振る舞うレイに対して、アスカは小奇麗に片付けられているレイの部屋へ無言で
入る。

「お昼ご飯にはまだ早いから、紅茶でも入れるわね。」

何を話し掛けてもほとんど反応を示さないアスカの前を離れ、レイは以前アスカに教え
て貰った通りに、まずお湯でティーカップを暖めてからダージリンティーを注ぐ。

「どうぞぉ。アスカの好きなダージリンティーよ。」

白い小さなこたつに並べられるかわいらしいティーカップが2つ。それに口をつけたア
スカの視線は、気持ちここにあらずという感じで落ち着きが無い。

どうしたの?
なにがあったの?

レイは、紅茶を飲みながら目でアスカに訴え掛ける。

痛い・・・心が痛い・・・。
こんなアスカを見るのが辛い。

昨日から楽しみにしていたアスカとの昼食会であったが、もうレイの心はそれどころで
はなかった。

アスカの心が泣いている・・・。
何がアスカの心を悲しませるの? 何がアスカを傷つけているの?

アスカに気を取られていたので、気付かないうちにアスカの髪を思わせるダージリンテ
ィーは無くなっていた。

「おかわりいる?」

アスカの紅茶も無くなっていることに気付いたレイは、おかわりを入れようと腰を浮か
せて立ち上がろうとするが、アスカが首を振ったため再び腰を落ち着ける。

「ねぇ、私TV買ったの。アスカの言ってたドラマを見てみようと思って。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

私はどうすればいいの・・・。

レイにとって無理に明るく振舞うなどということは、生まれて始めての体験である。こ
んな時どうしていいのかわからない。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

自分の力ではどうしようも無いことを悟ったレイは、寂しそうに少し斜め下の絨毯に視
線を移すと、ゆっくりと少しだけ口を開いいて小さな声でぼそっと呟く。

「碇くん・・・。」

その一言にアスカは誰が見てもわかるくらいに体をビクリと振るわせた。頭を完全に垂
れ下げ歯を食いしばり瞳は悲しみに歪み、両手はスカートを強く握りしめている。

やっぱり、そうなの・・・。

レイはそっと立ち上がると、アスカを背中からやさしく抱きしめる。

アスカが小さい・・・。

今日までレイにとって大きな大きな存在に思えていたアスカが、今は雨の夜に捨てられ
て寒さと飢えに怯える子猫の様に思えた。

ポタっ。

ポタっ。

レイの瞳にアスカの堅く閉ざされた目から流れ落ちる大粒の涙が映る。

体は抱きしめることができても、私には心を抱いてあげることはできないのね。

レイはアスカの背中を抱きしめたまま、窓から見える空の先にいる少年に心の中で語り
掛けた。

アスカを救ってあげて・・・。

その日の昼食会を取り止めたレイは、昼食もとらずにアスカを連れて午後から行われる
ハーモニクステストにネルフ本部へと向かった。

<ネルフ本部>

先日行ったハーモニクステストでは、シンジがアスカを追い抜きトップを取っていた。
それにもかかわらず今日のテストは、3人が3人とも惨憺たる有様である。

「シンジくんっ! この間の数値は、まぐれだったの? 真剣にやりなさいっ!」

『すみません。』

そうはいうものの、とてもテストに集中できる状態ではなかった。モニターを通じてち
らりとアスカの方を見ると、前髪で目を隠して終始うつむいている。

「アスカっ! どうしたの!? しっかりなさいっ!」

『・・・・・・・。』

どれだけミサトが叱っても、普段のアスカの覇気は感じられず返事を返さない。

「レイまでどうしちゃったのよ。」

『ごめんなさい。』

レイもミサトの言葉にはほとんど上の空で、じっと心配そうにアスカが映し出されるモ
ニター一点を見つめていた。

「駄目ね。テストを中止して! それからミサトは、次のテストまでにあの子達の調子
  を整えておくのよ。」

結局その日は、まともなデータが取れないと判断したリツコによってハーモニクステス
トは中止となった。

<ネルフゲート前>

テストが終わると同時にアスカはシンジから逃げる様にネルフを出た為、シンジは1人
で家に向かっていた。

アスカのことを抱きしめればいいのか? 綾波のことが好きなのに・・・?
じゃぁ、つき離せばいいのか? 家族なのに・・・?
ぼくはどうしたらいいんだ・・・。

「碇くん。」

シンジがゲートを出た時、不意に後ろからレイの呼び止める声が聞えた。

「綾波。」

「アスカを救ってあげて・・・。私にはできない・・・。」

「無理言わないでよ。」

「どうして、無理なの?」

「ぼくは、綾波のことが好きなんだ。」

「どうしてそういうことを言うの? アスカが可哀想だと思わないの?」

「じゃぁ、ぼくに心を偽れっていうの?」

「・・・・・・・・・・・・・。それはダメ。」

「じゃぁ、どうしたらいいんだよ。教えてよ。ぼくもなんとかしたいけど、どうしたら
  いいのかわからないんだよっ!」

「ごめんなさい・・・。碇くんのことも考えないで・・・。でも、アスカのあなたへの
  想いは本物よ。」

「わかってるよ。」

「わかってないわ。」

「わかってるよっ! それを言うなら、ぼくの綾波への想いも本物だよっ!」

「違うわ。」

「何が違うんだよっ!」

ビーーーービーーーービーーーー!!

その時突然発せられる、非常事態宣言のサイレン。シンジとレイは、再びネルフ本部へ
と戻って行った。

<ネルフ本部>

シンジとレイ、そして帰宅途中に再召集されたアスカは、それぞれエヴァに乗り込みミ
サトの指令を聞く。

「今日はみんな調子悪いみたいだけど 使徒は手加減してくれないわ! 気合い入れてか
  かりなさい!」

「はい。」
「はい。」
「・・・・・。」

「アスカ! 返事は!?」

「ええ。」

ミサトから目を反らして答えるアスカ。

「はぁ・・・。本当はアスカにフォワードを任せるつもりだったけど、調子が悪いみた
  いだから、シンジくんがフォワード。レイ,アスカはバックアップ。いいわね!」

「はい。」
「はい。」
「・・・・・。」

「アスカしっかりしなさいっ! 出すわよっ!」

<地上>

地上に打ち出されたシンジは、フォワードということで使徒に最も近い位置に配置され
ていた。そんなシンジの目前を丸い球状のレリエルがゆっくりと移動していく。

「綾波、アスカ、バックアップはっ!」

「まだ時間がかかるわ。」

「シンジ・・・。」

一番遠くに打ち出されたレイは、なかなかシンジの所にまで辿り着けない。アスカに至
っては、シンジに近づくこと自体に怯えていた。

綾波,アスカ・・・まだなのか。

悠々と自分の前を通り過ぎようとする使徒を、手を握ったり開いたりしながら見つめる。
シンジがイライラした時や緊張した時によくやる癖だ。

くっ! せめて足止めだけでも・・・。

使徒が接近しているという焦りから、独断でパレットガンをレリエルめがけて連射する。
その瞬間、シンジの足下に黒い影が広がった。

「う、うわっ!」

何が起こったのかわからないまま、ずぶずぶと飲み込まれ始める初号機。

ガンガン。

地面に向かってパレットガンを撃つが全く効果が無い。

「な、なんだよっこれっ! おかしいよっ! アスカっ! 綾波っ!わぁーーーっ!」

ガンガン。

さらにパレットガンを足下目掛けて撃ち続けるが、どんどん沈下していくだけで全く対
応できない。

「シンジぃっ!!!!!!!!」

「碇くんっ!」

シンジの悲痛な叫びを聞いたアスカとレイは、アンビリカルケーブルを切断し無我夢中
でエヴァを走らせる。

アタシがいけないんだ・・・アタシがいけないんだ・・・アタシがいけないんだ・・・。
戦闘中に余計なことばかり考えてるから、シンジがっ!!!

間に合ってほしい! その一心で走るアスカの目の前に、腰までディラックの海に飲み
込まれた初号機の姿が映し出される。

「シンジっ!!!!」

「アスカっ! 碇くんを助けてっ!」

シンジがディラックの海に飲み込まれる前に辿りつくことが到底できないレイは、エヴ
ァを走らせながらアスカの弐号機に通信を入れる。

「世界で一番大切な人なんでしょ! 碇くんを助けるのよっ!」

「レイっ・・・わかってるわっ!!」

なりたくても、自分がアスカの世界一になれないレイ。しかし、アスカに語りかけたそ
の顔は笑顔だった。

そうよっ! 命にかえても、シンジだけはっ!!
もし・・・アタシに何かあっても・・・。

「レイっ! 後はお願いねっ!」

そう叫んだアスカは、速度を落とすことなく広がり続けるディラックの海に向かって突
進して行く。

ガンガン。

パレットガンを撃ち続ける初号機の中で、アスカの気配を感じ取ったシンジが横に振り
向くと、自分に向かって全力で走ってくる弐号機の姿が見えた。

「来ちゃダメだっ! 来るなっ! 来ないでくれっ! アスカっ!」

真っ青になってシンジはアスカに呼び掛けるが、アスカは躊躇せずにシンジが飲み込ま
れているディラックの海の中央部へ向かってジャンプする。

「今助けるからっ!」

初号機の真横に着地したアスカは、ずぶずぶと足を飲み込まれながらも、渾身の力を込
めて初号機を引き上げる。

「やめてくれっ! 脱出してくれっ!」

「うりゃーーーーーーーっ!!」

しかしアスカはシンジの言うことに耳を貸さず、ただひたすら初号機を引き上げる。そ
れと同時に初号機を持ち上げ様とすればするほど、その反作用で急速に飲みこまれて行
く弐号機の体。

「アスカっ! まだエントリープラグを射出すれば逃げられるっ! 脱出するんだっ!」

はっ! エントリープラグっ!!

その言葉に初号機のエントリープラグを見るが、すでにプラグ下3分の1はディラック
の海の下に入っている。この状態で射出したらシンジにどんな影響があるかわからない。

「ちくしょーーーっ!!」

エントリープラグの射出を諦め初号機を持ち上げ続けるが、胸の位置から上がらない。
そして、とうとう自分まで胸までディラックの海に浸かってしまう。

アタシは、シンジの命を救うこともできないの・・・?
シンジの役になにも立たてないの・・・?
アタシは・・・アタシは・・・。

<零号機のエントリープラグ>

レイがようやくその場に到着した時には、わずかに見えていた弐号機の頭の先が、完全
に飲みこまれる瞬間だった。

「そんなっ!」

そのありさまを見たレイの目に、大粒の涙が浮かぶ。

私が・・・私が・・・余計なことを言ったばかりに・・・。

こういう状況になってしまっては、先程アスカに言った言葉が猛烈に悔やまれる。レイ
は、涙を振りきってキッとディラックの海を睨み付けた。

待ってて! 今助けに行くわっ!

レイがディラックの海に向かって飛びこもうと零号機を屈めた時、ミサトから通信が入
る。

『待ちなさいっ! そこに入ったらアスカと同じことになるわっ! 撤退しなさいっ!」』

「それじゃ、アスカがっ!」

『生命維持モードに切り替えてたら、シンジくんは20時間。アスカは10時間は耐え
  れるわ。』

シンジは飲みこまれる瞬間までアンビリカルケーブルを付けていたので、アスカより長
時間耐えることが可能なのだ。

『2人を助ける方法が見付かった時、エヴァが1体も無ければ助かるものも助からない
  わ。』

そんなミサトの懸命な説得を聞いたレイは、やむおえず撤退を承知する。

<ディラックの海>

「アスカっ! 聞えるかっ! アスカっ!」

弐号機にシンジからの通信が入る。どうやら通信は可能な様だ。

『ごめんなさい・・・。』

シンジのパネルに映し出された弐号機のエントリープラグに座るアスカは、涙を流して
謝っていた。

「なんてことをするんだよっ!」

『ごめんなさい・・・助けられなかった・・・ごめんなさい。』

「そんなこと言ってるんじゃないよっ! どうしてこんな危ないことをしたんだよっ!」

『どうしても、シンジを助けたくて・・・。』

「アスカまで死んじゃうじゃないかっ!」

『シンジさえ助かれば・・・。』

「ぼくだけ生き残ってどうするんだよっ!」

『レイがいるわ。』

「アスカ・・・。」

なんとかして、アスカを助けなくちゃ・・・なんとかして・・・。

エヴァの内部電源も長くは持たない。ゆっくりと考えてる時間が無い為、頭をフル回転
させて助かる方法を考える。

そうだ・・・ATフィールドを全開にすればっ!

「アスカっ!」

『なに?』

「生命維持モードで60秒待ってて!」

『え?』

「早くっ!」

『わかった。』

アスカは下手な詮索はせず、言われるがまま生命維持モードに切り替える。その直後、
シンジはATフィールドを全開にした。

「ATフィールド全開っ!」

全神経を集中して、ATフィールドを広げていくシンジ。しかしどれだけがんばっても
一向に手応えが返ってこないまま60秒が経過した。

『シンジっ!』

60秒きっかりにアスカから通信が入る。

「アスカ・・・いちかばちかATフィールドを共鳴させてみよう。」

『共鳴?』

「残された時間は2人とも90秒。その時間限界まで共鳴させながら、ATフィールド
  を全開にする。」

『わかった。』

「わかったって・・・。もし、失敗したら死ぬんだよ。生命維持モードで待ってたら、
  もしかしたら助けて貰えるかもしれない。」

『どっちでもいい。アタシはシンジの言う通りにする。』

「わかった・・・。それじゃ、やろう。」

エヴァとシンクロすることに集中し最後の賭に出る2人。共鳴したATフィールドが膨
大なエネルギーを放って広がっていく。

「うおぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!」
「うりゃーーーーーーーーーーー!!!」

限りなく広がるATフィールドだが、いつまで経っても全く手応えを感じることができ
ない。シンジの心に焦りが生じる。

ぼくは、判断を間違ったのか・・・?
このままアスカまで道ずれにして死んでしまうのか?

なんとしてもアスカだけは助けたいという想いが、シンクロ率を限界以上に上げてしま
った。シンクロ率が100%を越えたところでエヴァからの精神汚染が始まる。

「うわーーーーーーーっ!」

シンジの悲痛な叫び声が、通信を通じて弐号機のアスカに伝わる。

『シンジっ! どうしたのっ! シンジっ!』

「いいから、続けてっ!」

『わ、わかったっ!』

シンジのことが心配だったが、とにかくシンジに言われたことに全て従いATフィール
ドの展開に集中するアスカ。

ちくしょーちくしょーっ!!!
アスカ1人も助けれないのかっ!!!
ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!

自分の限界を越えたところでシンジは必死にがんばったが、まったく手応えが無いまま
90秒が経過しようとしていた。

「アスカ・・・ごめん・・・無理だった・・・。」

『だめだったね。』

内臓電源が切れる2体のエヴァ。かすかな意識の中、わずかに残った電源を使い通信で
話し掛ける。大量のエネルギーを消費したので、既に酸素も底を尽きておりLCLが血
の色に染まっている。

「ごめん・・・アスカまで道ずれにしてしまった。」

『シンジと死ねるなら思い残すことはないわ。最愛の人と2人っきりで旅立てるんだも
  ん。ありがとうシンジ。』

「アスカ・・・。」

『ん?』

息苦しいエントリープラグで、最高の笑顔をシンジに返すアスカ。

「もし生まれ変わったら、今度は最初からアスカのことを好きになるよ。」

それを最後の言葉として、意識を失うシンジ。

『シンジ・・・好きよ・・・。』

最後に発したその言葉にありったけの想いを込めて、アスカの意識も暗闇の中へと沈み
込んでいった。

<地上>

レイはディラックの海に飲み込まれないように、ビル伝いにネルフ本部へと向かってい
た。

アスカ・・・きっと助けるから、生命維持モードに切り替えて待ってて。

今すぐにでもアスカを助けに行きたい衝動にかられながらも、その想いを振りきる様に
撤退するレイ。

ガラガラガラガラガラっ!

「な、なにっ!」

ビルの上に掴まっていた零号機の足下がグラグラと揺れ初めたかと思うと、レリエルの
影で黒くなった地面が一斉に地割れをおこす。

『レイっ! 何が起こったのっ! 状況はっ!?』

ミサトから緊急の通信が入る。どうやらネルフ本部でも、突然の事態に状況が掴めてい
ない様だ。

ビシッビシッ!

上空に浮かぶレリエルの球体に縦一直線の亀裂が入り、真っ赤な血がだらだらとしたた
り落ちてくる。

「な、なんなの・・・。」

レイは驚きのあまり、ただその状況を驚愕して見守る。

ガオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

次の瞬間、真っ赤に血で染まり歯を剥き出しにした初号機の顔が、レリエルの球体を突
き破って姿を現した。

ズビシャッ。

初号機が現れるとともに、真っ二つに切り裂かれるレリエル。その亀裂から、弐号機が
ぼとりと落下してくる。

「アスカっ!!」

ビルを飛び降りたレイは、零号機を弐号機の元へ全力で走らせる。しかしレリエルの中
からは、弐号機の他に真っ白い巨大な使徒らしきものがぼとりと落ちてきた。

「な、なにっ!?」

突如、使徒らしきものが現れたので、プログナイフを装着しアスカを守ろうとするレイ。
しかしその白い使徒らしきものは、レリエルを粉砕し頭上で雄叫びをあげる暴走した初
号機を恐れるかのように、どこへともなく姿を消した。

                        ●

<ネルフの病院>

「シンジっ! シンジっ!」

ネルフの病院で意識を取り戻したアスカは、横で寝ているシンジの肩を揺すって涙を流
しながら呼びかける。

「シンジっ! シンジっ!」

「う・・・。」

「シンジぃぃぃーーーー。」

シンジの目にわずかな反応があったので、喜びのあまり抱きついてしまうアスカ。そん
なアスカの前でゆっくりと目を開け黒い瞳を覗かせるシンジ。

「無事でよかった・・・。アタシたち助かったのね。」

あの危機から脱出でき2人とも無事であったことを喜ぶアスカは、きつくきつくシンジ
を抱きしめる。

「最後に・・・最後にアタシのこと好きだって言ってくれて・・・嬉しかった・・・。」

雨降って地固まる。
半日前の思い詰めた心や数時間前の大ピンチを乗り越え、ようやく自分の心に春の訪れ
を感じるアスカ。

「君・・・誰?」

「へ?」

「ここは? 君は誰なの?」

「何言ってるのよ?」

「ぼくは・・・ぼくは誰なんだ・・・。だめだ、何も思い出せない・・・。」

「シ、シンジっ! じょ、冗談でしょ? ねぇ、シンジ?」

「え? ぼくは、シンジっていうの? ねぇ、ぼくはシンジって言うの!?」

!!!!!!!!

まだまだ、アスカの心に雨は降り続けるようである。

To Be Continued.
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