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ΔLoveForce
Episode 17 -幸せな夢に魘されて-
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<ネルフ本部>

あの後アスカの報告を聞いたリツコは、再びシンジの精密検査を行い記憶喪失の原因を
調査してみたが、これといって明確な原因も掴めず有効な対処方法も見出せなかった。

「シンジ、どうなっちゃうのよ。」

「原因がわからない以上。どうしようもないわ。」

心配したアスカは、シンジを検査しているリツコの医務室までやってくるが、あまり良
い返事が返ってこない。

「記憶を失ったってこと以外は、特に体に何か影響があるわけでも無い様だから、今日
  のところはシンジ君を連れて帰ってくれないかしら?」

「帰ってって・・・。なんとかしなさいよねっ!!」

「調査は続行するわ。でも無意味にシンジ君をここに拘束してても仕方無いでしょ。」

「それはそうだけど。」

「じゃぁ、今日のところは連れて帰ってあげた方がいいでしょ? 今、シンジ君は右も
  左もわからない状態だから、頼んだわよアスカ。」

「わかってるわよ。」

シンジのことが心配だったがリツコの言うことももっともなので、アスカはシンジを連
れに治療室へと入って行った。

「シンジ、検査も終わったみたいだから帰りましょうか。」

「でも、ぼく・・・どこに住んでいたかも覚えてなくて・・・。」

「大丈夫よ。アタシが一緒に帰ってあげるから。」

「ごめん・・・迷惑ばっかりかけて・・・。」

「いいって、いいって。さぁ行きましょ。」

アスカはシンジの手を取ると、リツコに調査を進めておく様にしっかり念を押して、ネ
ルフ本部を後にした。

<第3新東京市郊外>

ミサトのマンションへ帰る途中、アスカはシンジを誘導しながら歩いていた。電車に乗
る方法などは記憶を失っても覚えている様なので、道を教えるだけで良い様だ。

「突然記憶を失っちゃうんだからぁ。レイも心配してたわよ。」

「レイ?」

「そっか、レイのことも覚えて・・・。」

はっ!

シンジのことが心配で忘れていたが、重大なことに今更ながらようやく気がついた。そ
の瞬間、アスカの脳裏に響き渡る悪魔の囁き。

『今、シンジは真っ白な雪の様なものよ。自分のことを擦り込むチャンスよっ!』

しかし、その言葉と同時に天使がアスカに囁き掛ける。

『何バカなこと考えてるのよっ! アンタはそんなことしてまで、シンジの心が欲しい
  の?』

『そんなの関係無いわよ。欲しい物はどんなことをしてでも奪うのよっ!』

『ダメよっ! 真実をシンジに伝えなくちゃっ!』

『せっかくのチャンスをみすみす逃すなんて、バカのすることよっ!』

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「惣流さん? ねぇ、惣流さん? ここからどっちに行ったらいいの?」

「へっ!?」

腕を組んで考え事をしていたアスカは、シンジの言葉に我に返った。慌てて周りを見渡
すと、丁度曲がり角でシンジはどっちへ行ったらいいのかわからず立ち往生している。

「あ、あぁ・・・。こっちよ。それより、その惣流さんってのやめてよね。」

「でも、惣流さんって名前だって聞いたけど。」

「確かに、そりゃそうだけどねっ。」

「じゃぁ、どうして?」

「アンタはいつも『アスカ』って呼んでたんだから、『アスカ』って呼んでよ。」

アスカは内心、レイのことですらラストネームで呼ぶシンジが、自分のことはファース
トネームで呼んでくれることを喜んでいたのだ。

「えっ!? 呼び捨てにしてたの?」

「そうよっ!」

「・・・・・・・・・。ア・・アスカ。」

もじもじして顔を赤らめながら、アスカの名前を呼んでみるシンジ。

ボッ!

「そ、そんなに改まって呼ぶんじゃないわよっ!!」

こっちが恥ずかしくなるじゃないのよ。

「ごめん・・・。」

「まぁ、いいわ。それより家に着いたわよ。」

少し前に見えるミサトのマンションを指しながら、エレベーターに向かってシンジを連
れて入って行く。

「へぇ、ここがぼくの家なんだ。」

「そうよ。少しづつ思い出していくといいわ。」

<ミサトのマンション>

ガチャ。

玄関まで来たシンジが、財布に入っていた鍵を取り出し玄関のドアを開けると、特に問
題も無く開いたので、やはり自分の家なんだと実感する。

「それじゃ、送ってくれてありがとう。」

「はぁ?」

家の中に入ったシンジが手を振るので、アスカは呆れ返りながらも家に入って行く。

「え・・・だから、わざわざ送ってくれたから・・・。」

「何バカなこと言ってんのよ、アタシもここに住んでるのよ。」

「え・・・・。そ、それって・・・。」

シンジの頭は究極まで混乱を極めた。名前で呼び合う仲の女の子と一緒に住んでいると
いう事実から、2人の関係をいろいろと想像する。

それって・・・それって・・・。

「ねぇ、アスカ。ぼくとアスカって、腹違いの兄弟?」

「ぶっ!! 何バカなこと言ってんのよっ!」

違う・・・ということは、やっぱり・・・。
ぼくは、こんなかわいい娘と同棲してたのかぁぁぁ!!

だんだんニヤケ顔になってくるシンジだが、アスカはあまり気にする様子も無くリビン
グへと入って行った。

「それじゃアタシはシャワーを浴びてくるから、ゆっくりしてなさい。上がったら今日
  はアタシが夕食作るから、待ってなさいよね。」

「うん・・・。」

晩御飯まで作ってくれるなんて・・・。
やっぱり、ぼくとアスカはそういう仲だったんだ。
だから、こんなにぼくに優しくしてくれるのかぁ。

バスタオルを持ってバスルームに消えて行くアスカを見送るシンジは、1人勝ってな妄
想を限りなく広げて納得するのだった。

ジャーーーー。

アスカは全身にシャワーを浴びながら、今後のことを考えていた。

なんか、いい雰囲気よねぇ。
シンジとこんな感じで話ができたのって初めてかもしれない。
この先、アタシがシンジにアプローチしたら、シンジは・・・。
いえ・・・そんなことをしなくても、このまま行けばきっと・・・。

頭から体へと流れ落ちる暖かい湯に包まれたアスカは、目の前を流れる湯を通して目に
入る鏡に映し出された自分の姿をじっと見つめる。

でも・・・・・・・・・。

今の状況を考えれば特にアスカが何かをしなくても、シンジが自分の元に転んでくる可
能性は高い。しかし、それはシンジの本来の意思なのだろうかという懸念が消えない。

どうしよう・・・・・・。

じっと、鏡の中の自分を見つめるアスカ。

アタシはシンジに嫌われなくちゃいけないの?
レイに好意を持つように、アタシがアプローチしなくちゃいけないの?

思っていたより遙かに難しい現実に直面したアスカは、シャワーに打たれながらこれか
ら自分はどうすればいいのか悩み続けた。

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シャワーから上がったアスカは、バスタオルを頭に巻いて真っ赤なエプロンをすると、
夕食の準備を始める。もちろん服は着ている。

「ちょっと待っててね。すぐ晩御飯作るから。」

「あっ! ぼくも手伝うよ。」

ずっとソファーに座って手持ちぶさたで退屈そうにTVを見ていたシンジは、ようやく
することができたと言わんばかりに、さっさとエプロンをするとアスカの横に立つ。

「今日の晩御飯は何なの?」

「うーーん、どうしようかなぁ。決めて無いのよねぇ。」

「そうなの?」

「そうだ。冷蔵庫を見てから決めましょうよ。」

「そうだね。」

アスカの提案を聞き、シンジが冷蔵庫の中を覗き込むと、アスカもその横からくっつか
んばかりの距離で顔を並べて、2人は仲良く冷蔵庫の中を覗き込んだ。

「コロッケと野菜炒めくらいならできそうだね。」

「へぇ、さすがシンジね。うん、それでいいわ。」

2人は必要な材料を取り出すとキッチンに並べて、野菜を切ったり油を火にかけたりし
て夕食の準備を始める。

「野菜切り終わったから、ぼくはこっちで炒めるよ。」

「じゃぁ、アタシは、コロッケ作るわね。」

「コショウって、どこにあるのかな?」

「あぁ、ここよ。はい。」

レンジの上に置かれているラックから、コショウの入った小ビンを取り出しシンジに手
渡す。

「ありがとう。料理の仕方は覚えてるんだけど、どこに何があるのかわからなくて・・・。」

「いいじゃん、欲しい物があったらアタシが取ってあげるから。」

「うん、助かるよ。」

シンジと肩を並べてわきあいあいと料理をするアスカは、またもや自分の心のジレンマ
に悩んでしまう。

こんな時間が永遠に続いたらいいのに。
・・・・・・・・・・・。
でも・・・・・・・・・。

楽しい料理の時間の成果として夕食の準備が整い、その後もさらに楽しい夕食の時間を
2人はテーブルに座って満喫する。

「ねぇ、アスカ。明日は学校だよね。」

「えっ!?」

「だって、ほら。ぼくも学校へ行ってるはずだろ?」

その言葉を聞いたアスカは、今までの幸せな時間から急に現実に引き戻された気持ちだ
った。

学校に行ったら、シンジはレイと会う・・・。
そしたら、また・・・。
イヤっ! せっかくこんなに幸せなのに、また前みたいに辛い思いをするなんてっ!

「どうしたの? アスカ?」

アスカが黙り込んでしまったので、シンジはどうしたのかと怪訝に思ってアスカの顔を
覗き込む。

アタシはなんて答えたら・・・。
レイに会わせたく無い。レイと会ったらきっとまた・・・。

しかしアスカの口から出た言葉は、自分の気持ちを押さえつけたものだった。

<学校>

次の日、シンジはアスカに連れられて学校へと登校した。

「よぉっ! シンジ。」

学校へ着くと何も知らないトウジとケンスケがいつもの調子で声を掛けてきたが、シン
ジはそんな2人にどう対応すれば良いのか困ってしまう。

「え・・・あの・・・その・・・。君たち誰?」

「なんやそれ? 新しいギャグか?」

シンジのわけのわからない言葉に、トウジが怪訝な顔をしたのでアスカがフォローを入
れる。

「あぁ、ちょっとこないだの使徒との戦いでね、記憶喪失になっちゃったのよ。」

「えーーーーっ! 本当か? 碇!?」

「ほんまかいなぁ! ほんまもんの記憶喪失か? かっこえーーなーーー。」

「かっこいいって・・・アンタ達ねぇ・・・。」

やれやれと言うべきかあほくさーと言うべきか、アスカはそんな呆れ顔でトウジとケン
スケを見返す。

「なぁシンジ、1+1はなんぼやっ!」

「2だよ。そんなことくらいわかるよ。」

「かぁぁぁ! そんなことはわかるのに、親友のワイらの名前は思い出せんのかいなぁ。
  くぅぅぅ。」

大げさに嘆き悲しむトウジに、真剣に申し訳無い顔をするシンジと、相手にしてられな
いと天を仰ぐアスカ。

「ごめん・・・。」

「ほな惣流、後はワイらにまかしときぃ。こういう時頼りになんのは、男の親友やで。」

「ちょ、ちょっとっ!」

「それじゃーな、惣流。」

アスカに二の句を次がせず、シンジを連れ去るトウジとケンスケ。アスカも問題は無い
だろうと女子の下駄箱へと向かった。その楽観視がすぐ後で後悔することになるのだが・・・。

「なぁ、シンジ。ほんまにみんな忘れてもーたんか?」

「うん・・・ごめん。」

「それじゃ、碇が学校一のコメディアンだったことも忘れてしまったんじゃないだろう
  なぁ?」

ニヤニヤしながら、ケンスケがシンジの顔を覗きこむ。

「え? そうなの?」

「そうだよ。なぁ、トウジ。」

「ほやほや、教室に入る時は毎朝必ずギャグをしながら入ってたんやでぇぇぇええ。」

「そ、そうだったのか・・・。」

そしてシンジは、トウジやケンスケにトイレでギャグのネタを叩き込まれた後、少し緊
張しながら教室へと向かった。

シンジ達、何処に行ったんだろう・・・。
あいつら、余計なこと教えてないでしょうねぇ。

その頃アスカは、下駄箱で別れてからなかなか教室に現れないシンジの事を、心配しな
がらずっと教室の入り口を見つめていた。

ガラッ。

そして、もうそろそろチャイムが鳴ろうかという時、教室に入ってくる3バカトリオ。

「ほらシンジ! 一発今日も強烈な奴、ガツンとやってくれや。」

「そうそう。たのんだぜ、碇。」

「う、うん。」

恥ずかしい気もするが、シンジは意を決して教室へ入って行く。

「シェーーーーー。シンちゃんどぇぇぇぇぇーーーす。」

ズルっ。

教室へ入って来るやいなや、とんでもないことを言い出したシンジを見たアスカは、目
を丸くして椅子からずりおちた。

「くくくくく。シンジの奴マジでやりおったわ。」

「くくくくく。あーー、こんなに面白い事は久しぶりだよ。くくくっ。」

腹を抱えたトウジとケンスケは、教室の入り口からシンジの様子を見て必至で笑いをこ
らえている。

「コッコッコ、コッコッコ。」

鶏の真似をして教室の前を走り回るが、そんなシンジをクラスメート達は白い目でじっ
と見つめる。

ん? どうしたんだろう?
皆呆れてるみたいだ・・・。
やっぱり記憶をなくしちゃったから、いつものギャグの冴えが無いのかなぁ。

シンジはシンジで唖然と自分を見つめるクラスメートの視線を、ギャグがまずかったの
かと真剣に受け止め悩んでいた。

あ、あンのバカがっ!!!!

しばし椅子からずりおちて唖然としていたアスカだったが、ようやく我を取り戻してト
ウジとケンスケの前にズカズカと歩いていく。

「アンタ達っ! シンジに何吹き込んだのよっ!」

「いや・・・だから、ちょっとした冗談で・・・。」

「まさか、こんなに綺麗にはまってくれるとはっ・・・。げらげらげらっ!!」

「変な事吹き込むんじゃないわよっ!」

バーーン!! パーーン!!

顔を真っ赤にして怒りながら炸裂させたアスカの平手を食らって、廊下に吹き飛ぶトウ
ジとケンスケ。しかし、シンジはその間も教室の前で鶏の前をしていた。

「コッコッコ! コッコッコ!」

「もうっ! アンタも、さっさと席につきなさいよねっ!」

自分のこと以上に恥ずかしくて仕方が無いアスカは、シンジの耳を引っ張って席へ連れ
て行こうとする。

「でも、まだギャグが受けてないよ。」

「もう、いいのよっ! さっさと座りなさいっ!」

「うん・・・。」

あーーもう、いくら記憶喪失だからってっ! こっちが恥ずかしくなるわよっ!

シンジを無理矢理に座らせ、プリプリ怒りながら席についたアスカだったが、そんな自
然なシンジとの会話になんとなく喜びを感じていた。

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それから、午前中の授業は特に問題も無く進み昼休みとなった。

「ねぇアスカ、一緒にお弁当食べよ。」

弁当箱をもってシンジの席に寄って来たアスカの元へ、レイも弁当箱をもって近寄って
来る。

「レイ・・・。」

咄嗟にシンジの反応を気にしたアスカが視線をシンジに移すと、シンジはキョトンとし
た顔でレイのことを見つめている。

「君は?」

「私は綾波レイ。同じエヴァのパイロット。」

「そうなんだ。ごめん、みんな忘れてしまってて」

「いいのよ。」

2人の会話を緊張してアスカは聞いていたが、それ以降は特に会話も無く弁当箱を広げ
始めるシンジ。

「ねぇアスカ。今日はハンバーグ作ってきたの。食べてみてくれないかしら?」

レイは、小さな別の弁当箱に入れたハンバーグをアスカに差し出す。

「ええ、ありがとう。」

アスカはレイの弁当箱を笑顔で受け取りながらも、1人ピリピリと緊張を張り詰めてシ
ンジの様子に全神経を集中している。

「アスカ、この唐揚げ美味しいよ。」

しかし、シンジはさしてレイのことを気にする様子も無く、今朝アスカが作った弁当を
美味しそうに食べていた。

「え? これアスカが作ったの?」

物欲しそうに、アスカの弁当を見つめるレイ。

「えっ? あ、あぁ。そうよ。ハンバーグのお礼に、唐揚げ食べる?」

「うんっ!」

アスカの弁当箱から少し唐揚げを分けて貰ったレイは、その唐揚げを大事に大事に食べ
始めた。

シンジ・・・・・・。レイが横にいるのよ?
アンタが好きなレイが横にいるのよ?

弁当を食べることに集中してしまい、レイに全く関心を示そうとしないシンジをじっと
見つめるアスカ。

「ど、どうしたの?」

弁当を食べていたシンジが視線を感じて顔を上げると、アスカと目が合ってしまい少し
顔を赤くする。

「あっ、なんでも無い・・・。」

アスカもあわてて視線を反らすと、自分の弁当に集中する。

レイがすぐ横にいるのに、アタシのことを気にするなんて・・・。
それって・・・。

アスカは完全に困惑していた。特に自分が何かしたわけでも無いが、明らかにシンジは
自分のことを意識し始めている。

このままでいいの?
アタシは、こんな形でシンジの愛を貰ってもいいの?

だからといって、これ以上何をしろというのだろうか。記憶を失ってるとはいえ、シン
ジが自分のことを意識しているのは、まぎれも無くシンジの意思なのだ。

一度、レイと2人っきりにしてみよう・・・・・・。

アスカは、全てを吹っ切りたいという思いから、心の奥底で嫌がる自分の気持ちを無理
矢理ねじ伏せ決意を固める。

それでもまだ、アタシに好意を抱いてくれたとしたら、その時は・・・。

「ねぇ、レイ。今日はアタシ・・・放課後用事があるから、シンジと一緒に帰ってくれ
  ないかしら?」

「え? 私が?」

「うん。記憶を無くしちゃったでしょ? まだ家への帰り道とか覚えて無いみたいなの
  よ。」

「そう・・・わかったわ。でも、アスカ・・・いいの?」

「うん・・・。」

<通学路>

放課後になりアスカが先に家へ帰ったので、レイはアスカに頼まれた通りにシンジと一
緒に下校していた。

「碇くん、何も思い出さないの?」

「うん・・・ごめん。」

「そう・・・。」

レイにはアスカの意図するところがわかっていた。つまりレイにしてみれば、ここでシ
ンジが自分に好意を持たなければ、アスカは自分の元から離れて行ってしまうのだ。

碇くんを私に振り向かせたら、アスカは・・・。
でも、それは・・・。

以前、人の気持ちを弄んだと、アスカが真剣に怒ったことを思い出すレイ。実際、アス
カはこんなチャンスにも関わらず、シンジの意思を尊重しようとしているのだ。

「・・・・・・・・・・。」

ふとシンジの方を見ると、今まで自分のことばかり見ていたシンジの目は、真っ直ぐに
帰る道の方だけを見つめている。

このままじゃ、アスカが碇くんに・・・。
私はどうすればいいの?

レイにとって、今の状況は何よりも辛い試練だった。この道の終わりが、自分の恋の終
わりを意味しているとわかっていても、歩かないわけにいかないのだ。

アスカ・・・・・・。

一歩一歩シンジの家に近づく度に、アスカという存在が一歩一歩遠ざかって行く。
足を進める度に、その歩みはレイの心を締め付けていく。

「碇くん・・・。」

「なに?」

「碇くんは・・・本当は、私のことを・・・。」

「え?」

「・・・・・・・・なんでも無いわ。いいの。」

そこまで言ったレイだが、アスカの気持ちを裏切ることのできないレイは、それ以上の
ことを言うことができなかった。

喩えどんなことになっても、アスカに嫌われるようなことだけは・・・・・・・イヤ。

そして、シンジを家まで送り届けたレイは、覚悟を決めてインターホンのチャイムを押
した。

<ミサトのマンション>

ピンポーン。

「はっ!」

家でシンジの帰りを待っていたアスカの耳に、インターホンの音が聞えてくる。アスカ
は手に汗を滲ませながら、覚悟を決めて立ち上がった。

行くわよアスカ!

ガチャッ。

「おかえり。」

「あっ。アスカ・・・帰ってたんだ。綾波、送ってくれてありがとう。」

扉を開けたアスカの瞳には、真っ直ぐに自分を見詰め微笑み掛けてくるシンジの顔が映
し出される。

「シンジ・・・。」

「ただいま、アスカ。」

アスカが視線をレイの方へ移すと、レイは真剣な眼差しでじっと自分のことを見つめて
いる。

「レイ・・・。」

「よ、よかったわね。アスカ。」

瞳に浮かび上がる悲しみを気力で押さえながら、作り笑いをアスカ向けるレイ。

「良くない・・・。」

俯きながらぼそっと呟くアスカ。

「こんなの・・・。」

再び呟くアスカの床に向けられる顔を、レイが心配して覗き込む。

「どうしたの?」

「良く無いわよっ!! こんなのっ!! こんなの違うっ!! おかしいわよっ!!」

「え!?」

突然アスカが叫び声を上げたので、レイはびっくりして1歩後づさった。シンジも、そ
んなアスカを驚いて見つめる。

シンジは気がついた時にアタシがいたから、アタシに好意を感じてるだけ・・・。
別にそれがアタシじゃなくても・・・。
レイがアタシの立場だったら、きっとレイに・・・。

「どうしたの? アスカ?」

驚いたレイが慌ててアスカの肩に手をかけるが、その手を払いのけてアスカはシンジに
詰め寄った。

「アンタ、レイのこと好きだったわよね!?」

「ア、アスカ・・・何をっ!」

その言葉を聞いてぎょっとしたのは、レイであった。まさか、この状況でアスカがそん
なことを口に出すとは思ってもいなかったのだ。

「え? ぼくが?」

「そうよっ! 寝ても覚めてもレイっ! レイっ! レイっ! って言ってたじゃないっ!」

「そんな・・・ぼくは・・・。」

「バカの1つ覚えみたいに、レイっ! レイっ! って毎日言ってたじゃないのっ!!」

アスカはシンジの肩ぐらを掴んで、ゆさゆさと揺さぶりながらシンジに詰め寄る。

「覚えてないってーのっ!? アンタは、あれだけレイばっかり見ていたのに、覚えて
  無いってーのっ!?」

「アスカっ!? アスカっ!?」

シンジに詰め寄るアスカの肩を後ろから掴みながら、レイが慌てて止めに入った。

「碇くんが、困ってるわよ?」

「あっ!」

レイの言葉に、アスカは我を取り戻すとサッとシンジから離れた。

「ごめん・・・。」

「アスカ、今言ったことって・・。」

「ええ、本当よ。」

シンジが記憶を失う寸前に自分に言った言葉が頭をよぎるが、その言葉を自分の中に押
し込めるアスカ。

「そう・・・ごめん。何も覚えてなくて。」

「でも、アタシはシンジのことが好き。だから、どんどんアタシの都合のいいように流
  れていくのが怖くて・・・。このまま、幸せを掴みそうなのが恐くて・・・つい・・・。」

「記憶を失う前のぼくがどう思ってたのかしらないけど、今ぼくは・・・。」

「待って。アタシはただ・・・。」

ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

「な、なに?」

その時、非常事態宣言のサイレンが第3新東京市に鳴り響いた。

To Be Continued.
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