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ΔLoveForce
Episode 18 -マナの言葉-
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「使徒が来たのかしら?」

非常事態宣言のサイレンにシンジ達が耳を傾けていると、3人の携帯電話が同時に鳴り
響き、真っ先にアスカが電話に出る。

「もしもし。使徒が来たの?」

『アスカ? ええ、こないだ逃げて行った奴よ。すぐにヘリを向かわせるから、それに
  乗ってきて。」

「ええ、わかったわ。」

シンジ,アスカ,レイは、その後すぐに現れたヘリコプターに乗って、ネルフ本部へと
急行した。

<ネルフ本部>

アスカとレイがフォワード。そして記憶の無いシンジはバックアップという態勢で地上
に配置される。

「今までの使徒は、攻撃はするけども逃げたことはなかったわ。この使徒は少し様子が
  違うから、最初は様子を見るわよ。」

「ええ、わかったわ。」

「はい、わかりました。」

「それからシンジくんは、その都度指示を出すから指示通りに2人をバックアップして
  くれたらいいわ。」

「わかりました。」

<地上>

「まずはこっちから行くわよっ!!」

先制攻撃とばかりにアスカがパレットガンを撃つが、その使徒らしきものは、難無くA
Tフィールドを展開してその攻撃をかわす。

「くっ!」

その隙を突いて使徒のATフィールドを中和しつつ、レイがプログナイフ片手に突進す
るが、敵は数歩後退してまたしても攻撃をかわした。

「レイっ! 挟み撃ちよっ!」

「わかったわ。」

今回の使徒は逃げるということを知っているので、背後を取ろうと後ろへ回るが、その
動きを察したかの様に、円を描きつつレイと一定の距離を保って旋回する。

「くっ! こいつっ!」

『シンジくん、敵が逃げないように、ポジトロンライフルで牽制してっ!」

「はい。」

アスカやレイから使徒がじりじりと離れていくので、その進行方向へとポジトロンライ
フルを連射する。しかし、使徒はそれよりも早く逆方向に円を描いて旋回し始めた。

「なんで、こいつはちょろちょろ逃げるのよっ! レイっ! 突進あるのみよっ!」

アスカの言葉を切っ掛けに、使徒へと特攻を仕掛ける弐号機と零号機。しかしその瞬間、
使徒は2人に向かってラミエル並の光線を放射した。

ズバーーーーーーーーン。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

敵が逃げてばかりいた為、2人に油断ができたのだろう。その光線は、2体のエヴァを
直撃する。

『シンジくんっ! 2人を救出っ! 早くっ!!』

「はいっ!!」

シンジがポジトロンライフルを連射しながら迫っていくと、2体のエヴァから遠ざかっ
て身をかわす使徒。そこには、どろどろに溶けた弐号機と零号機が横たわっていた。

「アスカっ! 綾波っ!」

いくら通信で呼びかけても返事が無いので、シンジは2人を助け様としたが、その隙を
狙って使徒が攻撃してくる。

『シンジくんっ! 今は使徒をアスカやレイから遠ざけてっ!』

「はいっ!」

<ネルフ本部>

ネルフ本部は、事態に混乱を極めていた。このように人間的な動きをする使徒が現れた
のは始めてなので、対策の方法が無い。しかも、いまや零号機と弐号機が完全に沈黙し
たのだ。

「どうするのよっ! リツコっ! 今のシンジくん1人じゃ、無理よっ!」

「今、分析してるわ。」

相手の行動パターンの分析を急ぐリツコだが、ケースバイケースで自ら行動を考えてい
るとしか思えない。さらにやっかいなことに、学習能力すらあるように思える。

「こんな使徒がいるなんて・・・。それとも、使徒じゃないの!?」

リツコとマヤは、MAGIをフル稼働させて分析を急ぐが、これといった敵の弱点を見
いだすことはできなかった。

「なんなのよ、あの使徒はぁ・・。」

ミサトも敵の動きを見て、唇を噛んでいた。まずやっかいなのは、こちらの出方を先に
読まれてしまうことだ。しかも、その判断能力が高い。

「まるで・・・シンジくんね・・・。」

「はっ!」

ミサトの何気ない独り言を聞いたリツコは、使徒の動きをシンジの初号機と照合してみ
る。

「間違いないわ。」

「どうしたのよ。」

「あの使徒は・・・いえ・・使徒では無いわ。あれは、シンジ君の記憶の固まりが生み
  出したものね。」

「そ、そんなことが・・・。」

「シンジ君はディラックの海の中で、通常では考えられないシンクロ率でエヴァと干渉
  してるのよ。その干渉した時の情報が、具現化したとしてもおかしく無いわ。」

「と、いうことは、今までのこちらの出方は全てお見通しってわけねぇ。」

「そうなるわね。」

「でも、記憶を無くしたシンジくん自身の行動は知らないはずだわ。シンジくんっ!」

『はい。』

「敵の攻撃を警戒しつつ、突撃っ!」

『え?』

「突撃よっ!」

「ちょっと、ミサト。無茶よ。」

「大丈夫よ。なんだかんだ言っても、シンジくんが期待を裏切ったことは無いわ。それ
  より、アスカとレイの救出っ! 急いでっ!」

<地上>

ミサトの指示内容に不安はあったものの、シンジは命令された通りに敵の光線を注意し
つつ接近していった。背後では、救護班によるアスカとレイの救出活動が行われている。

「とにかく。あいつを綾波やアスカに近づけちゃ駄目だ。」

シンジは、自分自身を盾にし2人をかばいながら戦闘を開始した。

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                        :

ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーン。

しばしの戦闘の後、敵は爆発し木っ端微塵に吹き飛んだ。その瞬間、失われていた記憶
がシンジへと戻ってくる。

ぼくは・・・。
ぼくは、シンジ・・・。
そう、碇シンジだったんだ・・・。
父さんに呼ばれて、ここへ来て・・・綾波やアスカに出会って・・・。

「はっ! 綾波っ! アスカっ!」

シンジが零号機と弐号機の倒れていた場所へ振り返ると、2人はだらりと力なくタンカ
に乗せられ運ばれて行く所だった。

「綾波っ! アスカっ!」

シンジは、エントリープラグを射出すると救出作業が行われている場所へ掛け寄る。外
傷は無いものの、2人の顔色からかなり危険な状態であることが伺えた。

<ネルフの病院>

アスカとレイがICUで治療を受けている間、シンジは待合室で手に汗を握ってなかな
か進まない時計の針を何度も見ていた。

ぼくは父さんに呼ばれてここへ来た時、綾波に会ったんだ。

その長く辛い時間にシンジは耐えながら、第3新東京市に来てから今までのことを思い
返していた。

あの時の印象は強かった・・・。
今までに出会ったどんな人よりも、綾波の印象は強かった。
ぼくは、いつのまにか綾波のことが好きになってた。
でも、綾波はぼくには振り向いてくれない。

ぼくに振り向いてくれたのは、アスカだった。
アスカは、ぼくが好きなのは綾波だって知っても、
ずっとぼくのことばかり見てくれていた。

ぼくが好きな人と、ぼくを好きでいてくれる人。
2人ともかけがえの無い人。

それなのに、こんなことになるなんて。
ぼくの記憶が生み出した使徒のせいで・・。
ディラックの海に取り込まれた後の記憶は、曖昧でよく思い出せない。
だけど、ぼくが高いレベルでシンクロしてしまったのが原因らしい。
ミサトさんはシンクロしてなければ、ぼくとアスカは助からなかったと言ってくれる。
でも、ぼくのせいで2人がこんなことになったことには違いないんだ・・・。

「くそっ!」

シンジは待合室の椅子に座ったまま膝を叩いて、今ここで自分だけが元気に生きている
ことを呪う。

それなら、ぼくがやられたらよかったんだっ!
どうして、綾波やアスカがこんな目に合わないといけないんだっ!

「くそっ!」

ガスッ!

「くそっ!」

ガスッ!

「くそっ!」

ガスッ!

シンジは自分の膝を拳で叩き続ける。まるで自分が・・・無事な自分が憎いかの様に、
自らの体を痛めつける。

                        :
                        :
                        :

そして、夜明けとなった。

まだ、2人はICUで治療を受け続けており出てくる気配は無い。ICUに入る前の2
人を見た時にも思ったことだが、この時間が2人が重傷であったことを伺わせる。

「・・・・・・。」

シンジは、待合い室で一睡もせず2人の安否を気遣っていた。もはや、何も考えずただ
無言で2人の無事を祈り続けている。

ガシャーーーーーーーー。

その時、集中治療室の扉が開いて、幾人かの看護婦がタンカと共に出て来る。

「!!」

それを見たシンジは咄嗟に立ち上がり、治療室から運び出されてくるタンカに駆け寄っ
て行く。

「もう、大丈夫ですよ。」

「あ・・・綾波。」

ICUから出てきたのは、レイだった。その顔を見たシンジは、少し安心した表情を浮
かべるが、アスカのことが気になり医師団に詰め寄る。

「アスカはっ! アスカはどうなったんですっ!」

「惣流さんは、まだ治療中です。きっと助けてみせますから、心配しないで下さい。」

「きっとって・・・・綾波より、悪いんですかっ!?」

「弐号機が、零号機の盾となる形になりましたので、被害がひどかったんです。」

「そんな・・・。」

「大丈夫です。私たちを信用して下さい。」

「必ず、必ず助けて下さいっ! お願いしますっ!」

シンジはタンカで運ばれて行くレイのことを目で見送った後、再び待合い室の長椅子に
座り、アスカの無事を祈った。

さっき・・・綾波を見た時。
心のどこかで・・・ぼくは・・・。
ぼくは・・・。

シンジは心の中は、何か別のことで格闘していた。レイが無事にICUから出てきた所
を見た時、嬉しさが込み上げてきたのは言うまでもない。

ぼくは、あの時・・・何を考えてたんだ・・・。

シンジは、なぜかタンカで運ばれてきたのはアスカだと確信していた。アスカだと確信
して近寄って行ったタンカの上に見たものはレイだったのだ。

あの時、ぼくはアスカが無事に出てくることを願ってた。
アスカが出てきたものだと、疑わなかった。

何よりも先にアスカの無事を祈っている自分が心の中にいたことを、シンジは今この時
発見してしまった。

アスカ・・・助かってくれ。
ぼくの前から、いなくならないでくれ・・・。
アスカがいなくなっちゃったら・・・ぼくは・・・。

シンジの心の中で、アスカの姿が消えかかる蝋燭の灯火のように微かに光って揺れてい
る。失ってはいけないと気付いた時、その灯火は消えかかりそうになっていた。

『間違ったと気付いてからじゃ、反省しても取り返しのつかないことがあるのよ。』

マナ・・・。
そういうことだったんだね・・・。
ごめん・・・マナ・・・。ぼくは、結局ぎりぎりになるまで気がつかなかったよ。
でも、まだ終わってないっ!
まだ、取り返しがつかないことはないよねっ! マナっ!!
アスカっ! 無事な顔を見せてくれっ! アスカっ!

                        :
                        :
                        :

レイがICUから出てきてから、さらに長い長い時間が経過した。その時間の重みに耐
えながら、シンジはアスカの無事を祈り続ける。

アスカ・・・。
無事でいてくれ。
この世に神様がいるなら、他には何もいらない。アスカだけを・・・。

時計の針が昼の12時を示した時、ICUの扉が開いてタンカが運び出されてきた。そ
のタンカの上に見えたのは、赤く長い髪と血色を取り戻した顔のアスカの寝る姿。

「アスカっ!!!」

咄嗟にアスカに駆け寄ったシンジは、アスカの寝顔を食い入る様に見つめる。

「アスカっ! アスカっ! うぅっ・・・。うっ・・・良かった・・・。」

今まで幾度も見てきた顔だが、今涙ごしに見たそのアスカの顔程いとおしくかけがえの
無いものに思えたことはなかった。

「大丈夫です。惣流さんも無事です。」

「ありがとうございました。うぅ・・・ありがとうございました。」

病室に運ばれていくタンカ。シンジはその横を片時も離れずアスカに付いて歩いて行く
のだった。

                        ●

翌朝、シンジはアスカとレイの見舞いに来ていた。

チッチッチ。

小鳥のさえずりが聞こえる朝日を浴びながら、アスカの病室に真っ赤な花を飾りつける
シンジ。

「ん・・・。」

そんな陽気に刺激されたのか、昨日はずっと眠り続けていたアスカの眉が少し動き、喉
から微かな声を漏らす。

「アスカ? 目が覚めたの?」

「ん・・・。シンジ? シンジなの?」

「うん。」

「アタシ・・・。ここは?」

「ここは、ネルフの病院だよ。」

「病院?」

「うん、使徒・・・じゃないな。ぼくの記憶の塊と戦ってね、ちょっとやられちゃった
  んだ。」

「え? 記憶の? ということは、アンタ記憶が戻ったの?」

「うん。そうだよ。」

「戻ったのねっ! 戻ったんだっ!」

「うん。」

「じゃ、ディラックの海の中でのことは?」

「うーん、そのあたりは曖昧なんだ・・・。」

「そう・・・。」

シンジを目の前にして、少しがっかりしたアスカだったが、その気持ちを遮るかの様に
もう1つの重要なことが思い浮かんだ。

「レイはっ!? レイはどうなったのっ!?」

「大丈夫さ。綾波も、もう大丈夫だよ。隣の病室で寝ている。それじゃ、ちょっと見て
  くるね。」

「そうね。まったくアンタはっ、アタシなんかより先にレイを見てあげなさいよねっ!」

「ははは・・・花を買ってきたから、飾ってくるよ。」

「そうしてあげなさい。」

アスカの病室に花を飾り終えたシンジは、もう1つの青い花束を持ってレイの病室へ向
かい出て行った。

そっか・・・。ディラックの海でのことまでは、思い出さなかったか・・・。

自分の病室を出て行くシンジの後ろ姿を見送りながら、アスカは1つため息をこぼす。

あのことは、アタシ1人の秘密ね・・・。

苦笑いを浮かべながら、ベッドに座ると外はまばゆいばかりの光に包まれており、その
光が少し沈んだ自分の心を癒してくれる。

レイはもう目覚めてるのかなぁ?
シンジも、レイと水入らずで話できて喜んでるかな?

隣の部屋にいると言っていたレイのことが気になり、窓からふと横を覗いてみると、そ
の窓から先程シンジが持っていた青い花束が少しだけ見えた。

アタシは赤い花でレイには青い花か。シンジも、結構センスが良くなってきたわね。
レイ、ちゃんと喜んであげてるかなぁ?

ガチャッ。

アスカが隣の部屋を覗いていると、予想より早くシンジが自分の病室へ戻ってきたので、
慌ててベッドの上に体を戻す。

「何してたの?」

「え? あの・・・天気がよかったから、ちょっと、外をね・・・。」

「そうだね。今日は天気がいいからね。」

「レイはどうだった?」

「まだ意識は戻ってなかったけど。もう大丈夫だって看護婦さんが言ってた。」

「よかったわね。レイが元気になって。」

レイが元気になって、シンジも喜んでいるだろうとアスカが笑顔で声を掛けるが、少し
シンジの顔が何か考えた様な表情に変わる。

「どうしたの?」

「アスカがICUに運ばれた時、わかったんだ・・・。」

「なにが?」

「アスカがぼくの前からいなくなるかもしれないって、思った時・・・。」

「そんなわけないでしょっ! アタシは元気よっ!」

「うん・・・。」

無理に笑顔で元気を見せるアスカを、シンジは真剣な眼差しで見つめる。アスカは、そ
んないつもと少し様子が違うシンジに戸惑い、視線のもって行き場に困る。

「マナに言われたことがあるんだ。」

「マナ?」

「うん、マナと別れる時に・・・。」

「あぁ、そう言えばそんなこと言ってたことがあったわね。」

「マナはあの時、『間違ったと気付いてからじゃ、反省しても取り返しのつかないこと
  があるのよ。』ってぼくに言ったんだ。」

「どういうこと?」

「ぼくもずっとその意味がわからなかったんだけど、ようやく気づいたんだ。」

「何かわかったの?」

「うん、わかった。ぼくが本当に好きだったのは、アスカだったんだって・・・。」

「えっ!?」

アスカは、自分の耳を疑った。本当に今のセリフはシンジが言ったことなのだろうか?
今、自分はまだ夢を見ているのではないのだろうか?

「綾波のことを好きだとずっと思ってた。でも、いざぼくの前から2人がいなくなろう
  とした時、好きなのはアスカで綾波には少し違う感情を持ってたことに気づいたんだ。」

「うそ・・・。」

「嘘じゃないよ。」

「うそよっ! そんなのうそよっ!」

「本当だよ。」

「じゃ、じゃあどうして・・・どうして・・・。」

「アスカのことが好きなんだ。」

「うそっっ!!!!」

「好きなんだ。」

「うそよっ! そんなのうそよっ! アタシがこんな状態になったからっ! アンタは優
  しいからっ!!」

「違うよ。それなら、綾波も同じだよ。」

「うそよっ! そんなのうそよっ!!」

アスカはいつのまにか泣き叫びながら、ベッドの上から身を乗り出してシンジに飛び込
み、その胸を握り拳を固めた両手で叩いていた。

「もう、迷わない。アスカが好きだ。」

「遅いんだからねっ! 今更、うそだって言っても遅いんだからねっ!」

「嘘なもんか。」

「信じちゃうんだからねっ! 信用しちゃったんだからねっ!」

「うん。」

「信じちゃったんだからっ! 信じちゃったん・・・うわぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!」

「うん。」

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!!」

「アスカ・・・。今まで、ごめん。」

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!!」

もう、アスカの耳には何も入らなかった。ただ、シンジの胸の中で人目も気にせず泣き
続けた。シンジに抱かれるその温もりだけが、アスカの心に染みていった。

To Be Continued.
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