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ΔLoveForce
Episode 19 -天の恵みを抱きしめて-
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<ミサトのマンション>

レイと共に退院したアスカは、その翌日、朝早くからお気に入りのエプロンをし、髪を
後ろで束ねてキッチンに向かっていた。

シンジ喜んでくれるかなぁ。
美味しいって言ってくれるかしらぁ。

ダイニングテーブルの上には、唐揚げやハンバーグなどの入った豪華な弁当が2つでき
あがっていく。そんな同じおかずの並ぶ弁当箱を見るだけで、頬が緩む。

「フンフンフン。」

鼻歌を歌いながら、おたまでコンコンと鍋を叩いて、朝食の味噌汁も同時に用意する。
和食の朝食はシンジの好み。

ピーーー。

出発進行の合図を奏でる汽車の汽笛の様な音で、ヤカンがけたたましく鳴り始めた。ま
だ時間が早いので、シンジを起こすまいと慌ててコンロの火を止める。

「フンフンフン。」

スリッパをパタパタといわせて、キッチンを行ったり来たりするアスカは、まるで天上
界にでも上ったかの様な憂かれ気分。

「こっちが、シンジのでぇ、こっちが、アタシの・・・。ふふっ。」

ダイニングテーブルに置かれたお茶碗や箸。いつもと同じ配置のこれらも、いつもと違
って見えてくる。

よしっ。
こんなもんね。
上出来、上出来ぃっ。

腰に巻いていたエプロンの紐を解き、首から外して椅子に掛けると、ちらりと時計に目
を向ける。

あと、5分ね。

今は6時25分。シンジはいつも6時30分に起きるので、それまでいつもミサトが座
っている椅子に腰掛け、頬杖をついて時計を眺める。

チッチッチ。

なんか、あの時計・・・針が動くの遅くないかしら?

チッチッチ。

あと3分かぁ。
3分って、結構長いのよねぇ。

チッチッチ。

時計、進ませといたら、良かったかしら。
でも、あと163数えたら、6時半ね。
いーち、にー、さーん。

チッチッチ。

あと、5秒。
よん、さん、にー、いち、ぜろぉぉっ!

時計をじっと見ていたアスカは、くるりと振り返ってシンジの部屋に視線を移すが、シ
ンジの出てくる気配がない。もう一度時計を見ると、確かに6時30分を過ぎている。

えっ? どうして?
もう、6時半なのに・・・。

先程までは秒針が進み、6時30分に近づくのが楽しみで仕方がなかったが、目標の6
時30分を過ぎてしまうと、秒針が進むにつれて不安になってくる。

え? なんで?
今日・・・休みじゃないわよ・・・ね。

ジリリリリリリリリ。

その時、シンジの部屋から目覚し時計の音が鳴り響いた。20秒程、時計の針に差があ
ったようだ。

「あっ! なーんだ。」

ほっと胸を撫で下ろしたアスカは、先程作った味噌汁を再び火にかけ簡単に温め直す。
ワカメとエノキの味噌汁だ。

カチャッ。

「あれ? アスカが朝御飯作ったの?」

「あっ、おはよう。」

起きてきたシンジは、目を丸くし驚いた様子でダイニングテーブルの上に並ぶ朝食を見
ている。アスカは予想通りのシンジの反応に満足した様子で、得意気に笑顔を返す。

「美味しそうでしょっ。」

「そうだね。早起きして時間が余っちゃったなぁ。」

「いいじゃない。ゆっくり朝御飯を食べるってのは、身体にいいのよ。」

早起きしたものだから偉そうなものである。2人は朝のテレビを見ながら仲良く並んで
朝食を食べ始めた。

「まずくない?」

「うん。おいしいよ。」

「そっ。」

当たり前だといった感じで、素っ気なく返したアスカだったが、その喜びを顔から消す
ことはできない。

「ねぇ。」

「ん?」

「あの・・・。アタシ・・・アタシ達、付き合ってるのよね?」

「え? そ、そうだね・・・。」

突然のアスカの言葉に、突然何を聞くんだといった感じで照れながら答える。アスカも
少し照れた様子で、箸でご飯を掴みパクパクと幾度か口に運ぶ。

夢なんかじゃないのよね・・・。

「ねっ、ねぇ。あのさっ。」

「なに?」

「えっと、アタシ・・・シンジの彼女・・・よね。」

「うん。そうだね。」

冷蔵庫に冷やしてあった麦茶をコップに入れると、グビグビと飲み干すアスカ。どうも
落ち着かないらしい。

「ねぇ・・・。」

また、シンジを見て何か言おうとしたアスカだったが、そこで言葉を止めてじっとシン
ジを見つめる。

「どうしたの?」

「あの・・・。なんでもない・・・。」

「どうしたのさ? さっきから何か変だよ。」

「うん・・・。なんかさ、夢見てるんじゃないかって・・・。」

「昨日、ちゃんと言ったじゃないか。ぼくが、本当に好きだったのはアスカだったんだ
  って。」

「うん。」

大丈夫よ。うん、大丈夫。
夢が叶った時って、こんな感じなのかしら?

少し安心してシンジの方に顔を向けると、納豆を手にしてきょろきょろと何かを探して
いる。

「あっ! カラシねっ! ごめんごめん。」

自分がつけないので、すっかりカラシを出すことを忘れていたアスカは、椅子を立つと
急いで冷蔵庫から取ってきた。

「ごめん・・・ありがとう。」

「シンジがカラシつけるの、すっかり忘れてたわ。こんなんじゃ、彼女失格ね。へへへ。」

拳を作った右手でコツリと自分の頭をこづきながら、舌をちょろっと出してシンジにカ
ラシを手渡す。

「ありがとう。」

「いいって、いいって。でも、時間がなかなか経たないわねぇ。」

「時間が余り過ぎるってのも、困るね。」

「そんなことないけど・・・。そうだっ! 明日から、2人で7時くらいに起きて一緒
  に用意しましょうか?」

「え??」

「どうしたの?」

「だって、7時に起きてアスカが、寝坊したら間に合わないよ。」

「っま。どういう意味よっ!」

「だって・・・。」

「失礼しちゃうわねぇ。よーしっ! 明日から、7時きっかりに毎日起きるんだからっ!」

「そうしてくれると、ぼくも助かるよ。」

「あーーっ! 信用してないなっ! アンタのカ・ノ・ジョを信用しなさいってっ!」

「うん・・・じゃ、信用するよ。」

「まっかせなさい。フフフ。」

「アハハ。」

何気ない会話をするアスカだったが、その中に昨日まで無かった自分の居場所を発見し
た様な気がして、嬉しくなってくるのだった。

<通学路>

のんびりとした朝の時間を過ごした2人は、ミサトを起こした後、学校のカバンを持っ
ていつもの通学路を歩いていた。

アタシ・・・ここにいていいのよね。
ここがアタシのいる所なのよね。

アスカはシンジと肩を並べて、付かず離れず歩いている。毎日通っているこの道も、今
日はいつもと違った感じに見えてくる。

手・・・繋いでもいいかな・・・。

シンジのカバンを持っていない左手を見てそんなことを考えたアスカは、カバンを自分
の左手に持ち替えて右手を少し伸ばしてみるが、すぐにひっこめた。

ダメよね・・・
シンジ、そういうの嫌いだもんね。

ひっこめた右手の手の平と、シンジの左手を幾度か交互に見ていたアスカだったが、再
びカバンを右手に持ちかえると、先程と同じシンジの隣の位置に戻って歩いて行く。

まっ、いいや。
今度、2人だけの時の楽しみにとっとこ。

「シンジ? 今週の日曜日、暇?」

「うん。何もないよ。」

「じゃぁさ、どっか行きたいんだけど・・・。駄目かな?」

「うん。晴れたら、遊びに行こうか。」

「雨でもっ!」

「え? 雨でも?」

「あっ! 嫌なら別にいいけど・・・。」

「そんなことないよ。じゃ、雨ならデパートにでも行こうか。」

「あ、雨でもね。傘さして歩くのって、結構楽しいのよ。」

「そうだね。」

「うんっ!」

アタシの我侭もちゃんと聞いてくれる・・・。
やっぱり、アタシの彼氏なんだ・・・。
本当なんだ・・・。

そんな2人がしばらく歩いていると、学校も近くなり周りを歩く同じ学校の生徒も増え
てきた。

「アスカーーーっ!」

そして、学校の近くにある十字路に差し掛かかった時、2人が歩いてきた道とは逆方向
の道から、アスカを呼ぶ声が聞こえた。レイである。

あっ!

ビクっとして、シンジの方に振り返り、その表情,視線を見つめるアスカ。いつの間に
か、足が震えている。

「おはよう、綾波。」

「碇君には、挨拶してないわ。アスカ、おはようっ!」

「・・・・・。」

いつものごとく、レイに冷たくあしらわれたシンジだったが、数日前までとは違い、や
れやれといった感じで苦笑を浮かべている。

「あっ、おはよう。レイ。」

大丈夫・・・よね。
シンジもそう言ってたじゃない。

「アスカは、もう身体大丈夫なの?」

「え? うん。レイは?」

「大丈夫。」

レイを交えて通学路を歩くことになったアスカは、レイと話をしながらも意識をシンジ
に集中しちらちらと様子を伺う。

駄目よっ!
ちゃんと、シンジは言ってくれたじゃない。
アタシは何を気にしてるのよっ!

シンジは特に変わった様子も見せずに2人の前を歩いており、レイはなにかと話し掛け
てくる。

それより、レイにもちゃんと言っとかなくちゃ・・・。
でも、なんて言えばいいんだろう。
別に友達をやめるってわけじゃないし、好きな人を奪ったってわけでもないし・・・。

嬉しそうに話掛けてくるレイと、特に変わった様子も見せずに歩くシンジの後で、アス
カがピリピリと緊張している間に、3人は学校へと辿り着いた。

<教室>

1時間目が始まる前に毎朝行われている朝礼で、担任の老教師は1人の制服が違う女の
子を教室に連れて来ていた。

「今日からこのクラスに転校することになった、山岸くんです。自己紹介をどうぞ。」

担任の教師に紹介された長い黒髪の眼鏡を掛けたおとなしそうな女の子は、ぺこりと頭
を下げて挨拶をした。

「山岸マユミです。」

レイ、アタシ達のこと素直に喜んでくれるかなぁ。
そんなわけないわよねぇ。
はぁ・・・。

マユミが自己紹介をしている間も、アスカはレイに何と言おうかとばかり、思い悩み続
けていた。

レイと、付き合ってたってわけじゃないし。
そもそも、女の子同士だもんねぇ。
困ったなぁ・・・。

「それじゃ、山岸さん。碇君の隣が空いているので、そこへ座って下さい。」

「はい。」

えっ!

それまで、レイのことで頭を悩ませていたアスカだったが、シンジの名前が出た途端、
ガバッと顔を上げて斜め前のシンジの席に視線を向ける。

「よろしくお願いします。」

「よろしく。」

隣に座ることになったシンジに礼儀正しく挨拶をするマユミと、愛想よく返事をするシ
ンジの姿が目に入る。

なんで?
なんでっ!? どうしてよっ!?

特に理由があるわけではなかったが、なにかが納得できない。アスカは、自分の胸に込
み上げるわけのわからない嫉妬心を感じながら、マユミを睨む。

シンジは、もうアタシの彼氏なんだからねっ!
でも・・・。
でも、もしシンジがあの娘の方がいいって言ったらどうしよう・・・。

そんなことを考えながら、しばらくマユミの後ろ姿を見ていたアスカだったが、それ以
降2人の間には会話もなく、授業が始まっていった。

アタシ・・・バッカみたい。
隣に転校生が座ったから、挨拶しただけじゃない。

時間が経ち、冷静になってきたアスカは、自分のあまりにも飛躍した嫉妬心が、ばかば
かしくなってきた。

やめやめ。
変な嫉妬なんかしてたら、シンジに嫌われちゃうわ。

気を取り直したアスカは、余計なことを考えるのは止め、1時間目の授業を聞くことに
専念するのだった。

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1時間目が終わり、休み時間。アスカは、教科書も片付けずに席を立ち上がると、シン
ジとマユミの机の間に駆け寄り、シンジの机に頬杖をついて座り込んだ。

「どうしたの?」

「えっと・・・。」

「ん?」

自分の怯えた心を暖かく包み込んでくれるような笑顔で、シンジが小首を傾げてアスカ
を見返してきた。それだけで、今までの不安が全て吹き飛んでいく様に思える。

「えへへぇ。顔が見たいなって。」

「そう・・・。」

シンジは少し恥ずかしそうに、右手の人差し指で頬をぽりぽりと掻いて、照れながら視
線の持って行き場に困る。

「ちょっと、廊下に行こうか?」

「うん。」

教室にいると目立ってしまうので、シンジはアスカと一緒に教室を出て行く。そんな様
子を、見ていたものが、1人,2人,3人,4人・・・。

「シンジと惣流の奴、あやしーないか?」

「なーんか、今のは、いやぁーんな感じ。」

「様子、見に行ってみーへんか?」

「そうだね。」

トウジに誘われたケンスケが、自慢のカメラを持って立ち上がろうとした時、2人の密
談を聞いていたヒカリがその前に立ちはだかった。

「何処行くの!?」

「いやぁ、ちょっとな。」

「座ってなさいっ!」

「ほやかて。」

「すーずーはーらーっ!!!」

「はい・・・。」

ヒカリに怒られたトウジが、しぶしぶながらも席についてしまったので、やむなくケン
スケもカメラを再びカバンの中にしまい席に座った。

しかしもう一人、じっとシンジとアスカの様子を見ていた者がいた。

アスカ・・・想いが通じたの?
良かったわね・・・。

喜び半分悲しみ半分で、目を潤ませるレイだったが、心なしか教室を出て行くシンジを
睨みつけている様にも伺える。

でも・・・諦らめない。
アスカだって、想い続けてたんだもの。
私だって・・・。

その後、午前中の授業は進んで行った。その間、休み時間になると何をするでもなく、
アスカはシンジの横に張り付いていた。

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昼休みになり、アスカはレイやヒカリと一緒に昼御飯を食べていた。シンジは、いつも
のトリオで弁当を食べている。

「ねぇねぇ、アスカぁ。碇君とどうしちゃったのよ。」

「え・・・。」

突然のヒカリの言葉にビクっとしたアスカが、慌てて視線をレイに向けると、レイはに
こりと微笑みを返してきた。

「良かったわね。」

「え・・えぇ。」

「でも・・・。」

そこでレイは一旦言葉を区切り、視線を机の下に落とすと少し言葉を選んでいる様に考
える。

「でも・・・。がんばるから・・・。私もがんばるから・・・。」

「レイ・・・。」

そんなレイを見たアスカは、数日前までの自分を目の前に見たような気がして言葉に詰
まる。

「今は駄目でも・・・私も・・。」

「ハンっ!」

そんな様子を見ていたアスカはにこっと笑うと、いつものアスカらしく胸を張ってレイ
を見返した。

「あったりまえでしょっ! アタシにできたことだもん。アンタもやってみなさいよっ!
  受けてたつわっ!」

「アスカ・・・。」

「どーんと来なさいよっ! どーんとっ!」

「うん。」

胸をドンと叩くアスカに、レイは少し涙目になって笑顔を返す。そんな2人の様子を、
ヒカリはきょとんとしながら、黙って見ているだけだった。

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昼休みも中半を過ぎ、アスカ達が昼御飯を食べ終わった頃、シンジは教室からいなくな
っていた。

シンジ・・・何処へ行ったんだろう?
また、サッカーでもしているのかしら?
2人で屋上に行こうと思ってたのに・・・。

シンジがいないとわかったアスカは、特に何もすることがなくなり、ハンカチを持って
トイレへと歩いて行った。

ドンっ!

『キャッ!』
『あっ、ごめん。』

アスカがトイレに近付いた時、廊下を曲がった辺りからシンジと女の子の悲鳴が聞こえ
てきた。アスカは何ごとかと、そっと柱から目を出して様子を伺う。

「すみません・・・。本を読みながら歩いていたもので・・・。」

どうやら、階段を駆け上がってきたシンジと、本を読みながら図書室から帰ってきたマ
ユミがぶつかった様だ。

「大丈夫? あっ、手伝うよ。」

「いいです。私が悪かったんですから。」

マユミは断っているが、ぶつかった責任をある程度感じているシンジは、本を拾うのを
手伝い始める。

「こんなにたくさん読むの?」

「はい。本が好きなんです。」

「そうなんだ。あっ、教室まで持って行ってあげるよ。」

「え? そんな・・いいです。」

「だって、重そうだしさ。」

「すみません・・・。」

本を拾い終わったシンジとマユミは、肩を並べてアスカが覗いている廊下へ向かって歩
いて来た。アスカは、慌てて女子トイレに隠れる。

なんで、隠れるのよ。
普通に、声掛ければいいんじゃない・・・。

どう見ても、シンジは親切心でやっただけのことにしか見えないし、自分が隠れる理由
も思いつかない。アスカは足を進ませると、トイレから出ようとしたが・・・。

嫉妬してるって思われるかな・・・。
嫌な女だって、思われるかな・・・。

アスカが隠れている女子トイレの前を、本を抱かえたシンジとマユミが2人並んで通り
過ぎて行く。

・・・・・・。
見なかったことにしよう・・・。

アスカはそのままくるりと身体を反転させると、ハンカチを口に加えてトイレの個室へ
と入って行った。

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                        :

アスカが教室に戻ると、シンジは自分の席に座っており、隣に座るマユミと何か話をし
ている光景が目に入ってきた。

「うん、ぼくもこの本なら読んだことあるよ。面白かったよ。」

「そうなんですか。読んでみます。」

「あんまり、本とか読まないから、この推理小説くらいしか知らないけどね。」

そんなシンジとマユミの間へ、アスカはバツの悪そうな顔をして近寄って行き、意を決
して声を掛ける。

「何の話をしてるの?」

「あっ、アスカ。この本、面白かったって・・・。アスカも読んだことある?」

「えっ・・。あ、あるわよ。」

「そうなんだ。犯人が意外な人物で、面白かったよね。」

「そ、そうね・・・。」

「へぇ、惣流さんも、読んことあるんですか。」

「もちろんよ。あったり前でしょ。」

読んでもいない本を読んだと言ってしまったアスカは、本の内容のことを聞かれるので
はないかと、ドキドキしながらマユミの机の上に置かれている本をじっと見つめる。

「それよりさ、アスカにお願いがあるんだけど?」

「え? なに?」

「ちょっと、いいかな?」

本のことから話題がずれたことにほっとしながら、アスカはシンジに付いて廊下へと出
て行く。

「なに?」

「もうすぐ、文化発表会だろ? ぼくと、トウジやケンスケで、バンドをすることにな
  ったんだ。」

「へぇ。でも、シンジはチェロやってるからいいけど、鈴原とかって何かできるの?」

「青葉さんに教えて貰うことにするよ。それよりさ、ボーカルなんだけど。」

「ボーカル? 誰が歌うの?」

「トウジがさ、やっぱりボーカルは女の子がいいっていうんで、アスカにお願いしよう
  かと思って。」

「ア、アタシぃー?」

「駄目・・・かな?」

「あっ、ううん。いいわよ。」

最初に、アタシに声掛けてくれたんだ・・・。
アタシのことを、一番に考えてくれてるんだ・・・。

「そう・・・。よかった。じゃ放課後、練習するからって。」

「うん、わかった。」

キーンコーンカーンコーン。

昼休み終了のチャイムがなり、シンジとアスカは教室へ戻るとそれぞれの席へと座り午
後の授業を受けるのだった。

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放課後。青葉を交えた4人は、1時間ほど練習した後解散となった。シンジはアンプや
ギターを青葉の家まで持って帰るのを手伝いに行ったので、下校はアスカ一人である。

早く帰って、晩御飯作らなくちゃ。
なにが食べたいか、聞いとけばよかったなぁ。
でも、アタシ・・・レパートリー少ないもんねぇ。
今度ヒカリに、レシピ貰おっと。

アスカは今晩シンジと2人で食べる夕食に夢を膨らませながら、少し遠回りをして近所
のスーパーへと向かう。

やっぱり、シンジの彼女なんだから、お料理くらい上手くないとねぇ。
晩御飯も和食にしてみようかな。

そんなことを考えながらスーパーへ入ろうとした時、繁華街の先にある小さな書店が目
に入った。

ちょっと、見てみよう・・・。

スーパーへ入ろうとしていた足を書店まで伸ばすと、小説が並んでいる書棚の前まで入
って行く。

えっと・・・確か・・・。
うーん、いっぱいあるわねぇ。

小さな書店の中に所狭しと並べられた文庫本を、端から順番に目で追っていく。

あった。これだ。

アスカが手にしたのは、昼にシンジが言っていた推理小説。アスカはその本を手にする
と、レジへと持って行き清算を済ませた。

<ミサトのマンション>

「ただいまぁ。」

「あっ、おかえり。ご飯の準備できてるわよ。」

シンジが帰ってくると、エプロンで塗れた手を拭きながら、パタパタとスリッパの音を
させて玄関に出てくるアスカ。

「晩御飯も、アスカが作ってくれたの?」

「あったりまえじゃん。ねぇねぇ。和食作ってみたのよ。見て見て。」

思っていたより良い出来だったのだろう。アスカは今日の成果を早く見て欲しいといっ
た感じで、シンジの手を引きリビングへと入って行く。

「わぁ、すごいじゃないか。」

「へへん。美味しそうでしょう。」

そこには、焼き魚に冷や奴,たことキュウリの酢の物など純日本的な料理がずらりと並
んでいた。

「こんな料理どこで覚えたの?」

「こんなの知ってて当然よ・・・って言いたいけど、本を見ながら・・・結構苦労しち
  ゃった。」

「そうなんだ。じゃ、早速食べようよ。」

「うん。」

ミサトの分はラップをして置いておき、シンジ達は自分達の指定席に座って、アスカの
自信作を食べ始める。

「どうかしら?」

「うん。美味しいよ。」

「良かったぁ。」

美味しそうに食べるシンジの横顔を見ながら食事をする、アスカの楽しい夕食の一時は
過ぎて行った。

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その夜、アスカは自室に戻って、今日買ってきた本をベッドに寝転びながら読んでいた。

「ふぅ・・・。」

あまり推理小説が好きでないアスカは、いくら読み進めていってもあまり面白いとは思
えず、ただただ文字を目で追っていく。

シンジって推理小説が好きなのかなぁ?
でも、あんまり本とか読んでるとこ見ないけど・・・。
いっつも、音楽聞いてるもんねぇ。

そんなことを考えながらペラペラとページを捲って、活字の行列に目を走らせる。その
間、幾度か眠気が襲ってきたが、夜3時頃になってようやく読み終えることができた。

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                        :

ジリリリリリリ。

朝7時。
シンジと一緒に起きようと約束した時間を、目覚まし時計が知らせる。

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                        :
                        :

「アスカっ、起きてよ。」

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                        :

「アスカーーっ。そろそろ起きないと遅刻するよ。」

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                        :
                        :

「アスカーーーっ! もう8時前だよっ!」

「はっ!」

シンジの声が耳に入りパチリと目を開けたアスカは、ガバっと飛び起きると目覚まし時
計を掴んで針に食い入る様に見つめる。

「うそっ!」

なんでっ!?
どうして、目覚ましが鳴らなかったのよっ!

アスカはバタバタバタと起き出すと、急いで制服に着替えてリビングへと駆け出して行
く。

「早くご飯を食べないと、遅刻しちゃうよ?」

そこには、朝食と弁当が2つ用意されており、シンジはいつもの優しい笑顔でアスカを
迎えていた。

「ごめん・・・起きるつもりだったんだけど・・・。目覚ましが鳴らなくて・・。」

「そんなこといいから、早く食べようよ。遅刻しちゃうからさ。」

「うん・・・。」

アスカはしょんぼりして、シンジの作ったご飯を食べ始める。別にどうということはな
く、ただ少し寝過ごしただけであったが、涙が出そうになってくる。

「あのっ! 明日は、ちゃんと起きるからっ! 明日は・・・。」

「うん。そうだね。一緒にご飯作ろうか。」

「うん・・・。」

アスカは急いで朝食を食べながら、シンジの作った料理が並ぶダイニングテーブルを、
ただ言葉も無く見つめるのだった。

<学校>

その日、少し急ぎ足で学校へとやってきたアスカは、早速シンジの隣に座るマユミに声
を掛ける。

「どう? あの推理小説読んだ?」

「いえ・・・。他に読みたい本があったので、先にそっちを読んだんです・・・。」

「えっ・・・。」

「それが読み終わったら、読んでみます。」

「そう・・・。」

そんな2人の会話の横で、元々本を読むことがあまり好きではないシンジは、あまり興
味を示した様子もなく1時間目の授業の準備をしている。

こんなはずじゃ・・・。

アスカは、なにかよくわからないやるせなさを感じながら、自分の席へとつくのだった。

To Be Continued.
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