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ΔLoveForce
Episode 22 -待っています-
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<第3新東京市郊外>

シンジは重いボストンバッグを持ち、再びネルフ本部へ向かって歩く。父への不信感と
怒りは残るものの、意識の戻らないアスカを置いて来たことへの後悔が歩みを速める。

あの時ぼくは、どうしていいのかわからなかった。
ただ、父さんが憎かった。
裏切られたと思った。

先日の戦いを思い返す。自分の意志とは関係なく参号機を攻撃するエヴァ。握り潰され
るエントリープラグ。

トウジ・・・。
やっぱり、ぼくは人を傷つけるのは嫌だ。
もしトウジを殺してたら、一生苦しみ続けてたと思う。

この先自分はどうすればいいのか、明確な答えを導き出せないままシンジは歩き続ける。
それでも、ネルフ本部へ向かって歩き続ける。

でも・・・トウジ。
ぼくは何をしなければいけないのか。
守るべきものは、何なのか。
それだけはわかったよ・・・トウジ。

左手が疲れてきたので、ボストンバッグを右手に持ち変えると少し楽になる。来る時は、
諜報部の車だったので気にならなかったが、歩いて帰るとなると結構な距離がある。

「空が・・・明るい。」

空を見上げると、白い僅かな雲と真っ青な空。そして、眩いばかりの太陽の日差しが、
シンジの顔を照りつけてくる。

そう・・・。
ぼくは、ただ逃げ様としていただけなんだ。
苦しいことから。
自分が憎まれることの恐怖から。
父さんから。

何かが解決したわけではなかったが、空を見上げているとなぜか心が澄み渡るような気
持ちになってくる。

ようやくネルフまで後少しという所まで歩いて来た時、シンジは周りに立ち並ぶ商店街
に目を向けた。

「花。買って行こうかな。」

今朝ここを立ち去ろうとした時、アスカの意識はまだ回復していなかった。花の香りで
もあれば、アスカも少しは早く意識を回復するのではないかと思う。

「あのぉ、病室に飾る花。貰えますか?」

病室にはどんな花が良いのかわからないので、店員に任せて適当に見繕って貰う。

アスカに謝まらなくちゃ・・・。

買った花束を見ていると、また元気なアスカの顔が見れるんじゃないかと希望が沸いて
くる。その時、街全体に非常事態宣言のサイレンが鳴り響いた。

ワーーワーーワーー。

叫び声を上げながら、所定の避難場所へ逃げ込む街の人々。ビルが沈み兵装ビルが立ち
上がって来る。

使徒なのかっ!?

ボストンバックを投げ捨て、今買ったばかりの花束だけを持ち、シンジは全力でネルフ
本部へと走った。

<アスカの病室>

あれからアスカは、1人暗い病室で拳を握り締めて泣き続けていた。

カチャリ。

病室の扉が開く音がするが、アスカは気に止める様子も無く、ベッドにうつ伏せになっ
たまま枕を涙で濡らしてシーツを握り締める。

「アスカ・・・?」

レイであった。アスカと同じ様に入院していたのだが、意識が回復したのだろう。

「・・・・・・。」

やって来たのがミサトや看護婦でなく、レイであることがわかったアスカは、少し心を
落ち着け、その顔を病室の入り口へ向ける。

「どうして泣いてるの?」

「シンジに嫌われちゃった・・・。」

「どうしてそう思うの?」

「嘘ついて・・・なにもできなくて・・・。」

「だから嫌われるの?」

「だって・・・シンジ。出て行っちゃったって・・・。」

「アスカは何をしてるの?」

「も、もう終わりなの。嫌われちゃった・・・。」

「終わりなの?」

「シンジに嫌われたら、おしまいじゃないっ! 全てが終わったのよっ!」

それまで努めて冷静に話をしてきたアスカだったが、とうとう感情を表に現し、大声で
レイに叫んでしまう。

「変わったわ。」

「・・・・・・。」

「アスカ。変わったわ。」

レイは、ベッドで泣き濡れるアスカの姿を、冷静な目で見つめながら、落ち着いた口調
で話し続ける。

「今のアスカは、私の好きだったアスカじゃない。」

「えっ?」

「さよなら。」

それだけ言うとレイは病室を出て行く。レイの言ったことの意味がわからなかったアス
カは、閉められた扉を呆然と見つめる。

何がよ・・・。
アタシは、シンジが好きなのよっ!
前からずっと好きだったじゃないのよっ!
イヤよっ!
折角、上手く行き掛けてたのにっ!
離したくないっ!
嫌われたくないっ!

その時、ネルフ本部に第1級戦闘態勢のサイレンが鳴り響いた。アスカは、はっとして
顔を上げる。

何?
使徒?

ドタドタと、病室の外で騒がしく走る医師や看護婦の足音が聞こえて来る。

「使徒・・・。そうよっ。アタシだって、シンジの役に立つことを見せればっ!
  もしかしたら・・・。」

アスカは、その青い瞳に決意を込めると、涙で濡れた顔をシーツで拭い、ケージへと走
って行くのだった。

<弐号機エントリープラグ>

零号機はまだ片手が修復されていないので、単身で出撃することになったアスカは、ジ
オフロントの直上で使徒が空から降りて来るのを待っていた。

勝ったら、またシンジが・・・。
アタシだって、役に立つことを見せたらっ。

弐号機の前にゼルエルが接近してくる。アスカは大量に持ち出したバズーカを両手に持
って、遠距離から攻撃を仕掛けた。

「勝ってっ! コイツに勝ってっ! シンジに、また振り向いて貰うんだからっ!
  勝ってみせるっ! 絶対、勝ってみせるっ!」

しかし、アスカの発射するバズーカは、全てATフィールドに遮断され、全くダメージ
を与えることができない。

「コノーーーーっ!!!」

ズドーン!
ズドーン!

「なんでっ!? なんでやられないのよっ!」

ズドーン!
ズドーン!

ひたすらバズーカを連射する。その時、ゼルエルの肩から白い帯状の物がだらりと垂れ
下がったかと思うと、弐号機目掛けて振り翳された。

「キャーーーーーーーーーっ!!!!」

両手を切り落とされ、激痛がアスカの神経を襲う。それでも、アスカは悪魔が取り付い
たのかと思う様な、悲痛な表情で苦しみに耐えながら特攻を仕掛けた。

「こんちくしょーーーーっ!」

ズバーーーーーーーーーーーーーーーーン。

シンジは、アスカの戦いをちらちらと気にしつつも、必死でネルフ本部へ走っていた。

「なっ!」

物凄い音がしたので慌てて振り返ると、頭を跳ね飛ばされた弐号機が倒れる瞬間だった。

「アスカーーーーっ! くそっ!!!」

しかし、ここで戦局や弐号機を心配していても意味が無い。シンジは形振り構わず全力
でネルフ本部へ向った。

その後、レイの大破。

シンジが出撃したのは、2人の少女が意識を失い病室へ担ぎ込まれた後だった。

<病室>

その日の夕方、アスカは目を覚ましていた。先程聞いたは話では、自分とレイがやられ
た後、初号機が使徒を殲滅したらしい。

シンジ・・・。

暗い病室で電気もつけず、じっとシンジを待つ。戻っているのなら、会いに来てくれる
のではないかと、またあの笑顔を見せてくれるのではないかと、期待していた。

シンジ・・・。

しかし、夕日は無情にもどんどん山の向こうへ落ちて行く。

シンジ・・・。

そして、辺りが真っ暗になってもシンジはやって来なかった。

もう・・・会ってもくれないの?
当たり前か・・・。

ぐっと、シーツを握り締めるアスカ。

出撃する度に、ここに来てる・・・。
何の役にも立たない・・・。
嘘はつく・・・。
最低・・・。
・・・・・・アタシ。

暗がりに浮かび上がる、今朝も見ていた無機質な病室の天井を、涙でぼやけた視界の向
こうに見上げる。その時、今迄気付かなかった花の香りが、嗅覚を刺激した。

「ん?」

月明かりに照らされた病室の隅に、花瓶に生けられた花が飾ってある。誰が飾ったのか
わからないが、その花をじっと見つめるアスカ。

一生懸命やってるのに・・・。やってるのに・・・。
どうしてこうなっちゃうのよ。
シンジぃぃーーー。

その日の夜の検査で、アスカは身体に異常無しとの結果が出た為、翌日退院を許される
ことになった。

<発令所>

アスカとレイが退院したと報告を受けたミサトだったが、昨日からネルフ本部に泊り込
んだまま、家には帰っていない。

シンジくん・・・。

拘束具が取り付けられていない剥き出しの初号機を見上げる。アスカとの亀裂の問題も
あるが、そんなことに構っている余裕がない。シンジがエヴァに取り込まれたのだ。

「ミサト? アスカが退院したみたいよ。」

「ええ。聞いたわ。」

「シンジ君のこと・・・言わなくていいの?」

「言えるわけないでしょ。」

「また・・・。本当に、言わなくていいの?」

「サルベージに成功するって言う保証があるわけっ!? 言って、もし・・・。」

「そうね。」

「1ヶ月後、どうして言ってくれなかったって、また怒られちゃうわね。
  シンジくんと一緒に帰ってね。アスカに全てを話して・・・。
  そして・・・・・・怒られるの。」

「全力を尽くすわ。」

ミサトはリツコの言葉に応えず、再び初号機を見上げる。その中にいるシンジに、訴え
掛けるかの様に。

アスカが待っていると・・・。

<ミサトのマンション>

2,3日が経過したが、やはりシンジは帰って来なかった。リツコが言っていた様に、
使徒を倒して再びネルフを出て行ったというのは本当なのだろう。

シンジ・・・。
どうしたら戻って来てくれるの・・・。

なんだか忙しいらしく、ミサトが帰って来ない為、夕食はアスカ独り。しかし、必ず2
食分用意する。いつシンジが帰って来ても良い様に・・・毎晩、捨てる1食を。

もう、嘘つかないから・・・。
もう、使徒に負けないから・・・。
もう1度でいいから・・・帰って来て。
そしたら・・・そしたら・・・。

何も無くなったシンジの部屋に、隅から隅まで掃除機を掛ける。その後、洗濯物をし買
い物に行き、今日も夕食の準備を始める。

もっと、料理が上手になったら帰って来てくれるかな・・・。
洗い物が、もっと上手になったら帰って来てくれるかな・・・。

キッチンには、今日も自分とシンジの材料が揃っている。レシピの本を見ながら、毎日
毎日美味しい料理を作ろうと、賢明に努力を繰り返す。

「うん、結構美味しいわっ!」

肉じゃがの味見をして、満足気な笑みを浮かべながらテーブルに振り返る。しかし、そ
の部屋には自分以外に誰もいない。

「・・・・・・。」

美味しくない・・・。

「美味しくないわよっ!」

カーン。

味見をしていたスプーンが床に投げ飛ばされ、金属音を立てる。

シンジ帰って来てくれないじゃない・・・。
もっと、美味しい肉じゃがを作ったらっ!
作ったら・・・。
作ったら・・・きっと。

そして料理が全て出来上がると、2人分の皿に盛り付けテーブルに座る。ただ、肉じゃ
がだけは自分の皿にしか入れなかった。

ジャーーーー。

今日も、シンジの夕食は無駄になった。汚れていないシンジの箸やコップだったが、丁
寧に洗う。部屋も、食器も、洋服も、いつもピカピカだった。

『わぁ、アスカもやればできるんじゃないか。』

シンジの、その1言が聞きたいが為に。

ピンポーン。

ガッシャーーーーーン!!!

チャイムの音が響いた。洗っていたコップが床に落ちて割れる。しばらく見開いた目で
床を見つめ足を震わせるアスカ。

「!」

我に返ったアスカは、割れたコップの側に急いでしゃがみ込む。

「シンジっ! ちょっと待ってっ! 今っ! イタッ!」

コップを割った所など見られたくない。慌てて手で拾い上げようとして、指を切ってし
まう。

シンジが行っちゃう!

もうコップのことなど構っていられなかった。割れたコップの欠片をほったらかして、
玄関に飛んで行く。

「シンジっ! お帰りっ!」

笑みを浮かべる余裕も無く、ドアのノブに突き指しながら慌てて開けた扉の向こうに、
シンジは立っていなかった。

「・・・・・・。」

「入っていいかしら?」

「・・・・・・レイ。」

「入っていい?」

「どうぞ・・・。」

アスカはあからさまにがっかりした顔でレイを招き入れると、とぼとぼと歩いてキッチ
ンへ戻り、割ったコップを片付け始める。

「あっ。」

キッチンで腰を屈め、感情の無い人形の様にノロノロと動いているアスカを覗き込んだ
レイの目に、指の先から血を流しながらコップを片付けている姿が映る。

「アスカっ! 血っ! 血が出てるわ。」

「えっ?」

「えっ・・・って。その指っ。」

「あっ・・・うん、さっき切ったの・・・。」

「切ったの・・・って。アスカっ。」

レイはコップを片付けるのを止めさせると、棚の上にある救急箱からバンソウコウを取
り出し、指の先に巻き付ける。

「痛くない?」

「ええ。」

心配でいてもたってもいられなくなり、様子を見に来てみると案の定この様子だった。
とても帰ることなどできそうにない。

「今日から私・・・ここに泊まっていい?」

「え?」

「もし、アスカがいいんなら、葛城三佐に話してみるわ。」

「ええ。」

レイにもシンジのことは知らされていない。ただ、ミサトが最近なにか忙しくて帰って
いないことは知っている。

「じゃ、確認してくるわ。」

レイが心配していたより、遥かにアスカの状況は悪化して見えた。数日前の様に、突き
放せる状態では無く、このままでは潰れてしまいかねない。

「了解が貰えたわ。」

「そう・・・。」

ソファーに腰掛けたまま、空ろな瞳で先程からレイの言葉に、ただ義務的に答えを返し
てくる。

「それじゃ、碇君の部屋・・・空いてるかしら?」

「ダメっ!!!!」

レイがそう言った瞬間、アスカは勢い良く立ち上がりレイの行く手を遮る。そんな、ア
スカの行動に少し安心するレイ。

「絶対ダメっ! ここはダメっ!」

「・・・わかったわ。ごめんなさい。」

「アンタは・・・。アンタは、アタシの部屋で。それでいいでしょ?」

「ええ。」

こんなになるまで・・・。

もともと、細身のアスカだったが、レイの目にはここ最近でやつれた様に見える。

ここまで、アスカを追い込むなんて・・・。
私が、アスカを助けてみせる。

こうして、ミサトも帰らないマンションで、アスカとレイの2人っきりの生活が始まろ
うとしていたのだった。

To Be Continued.
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