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ΔLoveForce
Episode 23 -戸惑いと想いと-
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<ミサトのマンション>

人は夢を見ることがある。必ずしも望んだ夢を見れるというものではないが、なんらか
の形で心の底を夢という形に表す。レイと共に横たわったアスカも、今夢を見ていた。

『これって・・・。』

自分の作った夕食の肉じゃがを味見したアスカは、そのあまりの美味しさに目を見開い
て驚いた。

『そうだったんだ。』

今まで何度作っても、おいしくなかった肉じゃがが、超一流のコックをもってしても適
わない様な出来映えに仕上がった。

『なーんだ。今迄じゃがいもを入れてなかっただけじゃない。』

肉じゃがのじゃがを入れてなかった為に、美味しく作れてなかったことに気付く。

『本当だ。美味しくできたじゃないか。』

突然声が聞こえた。ふと見ると、シンジが横に立って味見をしている。

『シンジっ! 出て行ったんじゃ!?』

『こんなに美味しい肉じゃがが食べれるんだから、出て行くわけないじゃないか。』

『そっか・・・アンタ、肉じゃがが食べたかったのね。出て行ったんじゃないかって、
  心配しちゃった。』

『そんなわけないだろ。』

アスカは安心しきった様な顔で、シンジに抱き付こうと手を伸ばしたが、その手が空を
掠める。

『あれ?』

すぐ横にいるはずなのに、シンジの体に触れることができない。もう一度手を伸ばすア
スカ。

『えっ?』

再び空を切るアスカの手。周りを見ると、シンジの姿は何処にも無かった。

『イヤっ! すぐ次の肉じゃが作るから。待ってっ!』

『そう。じゃ、できたらまた行くよ。』

『すぐっ! すぐできるからっ!』

慌てて肉じゃがを作り始めるアスカ。しかし、なぜか異様に時間が掛かってしまいいつ
迄経ってもできあがらない。

『待ってっ! すぐっ! すぐっ!』

焦っても焦っても、どうしても出来上がらない肉じゃが。もうシンジの声は、何処から
も聞こえてこない。

『すぐっ! すぐできるんだからっ! 行かないでーーーーーーーっ!!!』

                        :
                        :
                        :

「はっ!」

月明かりに薄っすらと照らされて、暗い部屋に浮かび上がる青白い天井が視線の先にぼ
やけて見える。

夢・・・。

ぐっとパジャマの袖で涙を拭うと、塗れた所が冷たい。体に圧迫感を感じて視線を横に
ずらすと、寄り添って寝ているレイの寝顔が見えた。

そっか。
レイがいたんだ・・・。

近頃シンジが去って行く夢を見ることが多かった。そんな夢を見て涙を溜めて目を覚ま
す度に、捨てられた子猫の様に独り暗闇の中震えていることが多かった。

「・・・・・・。」

真横で眠るレイの顔をじっと見つめるアスカ。こんな時、すぐ側に人がいるというだけ
で、圧倒的な安心感に包まれる感じがする。

「レイ・・・。」

そっとアスカがレイの名前を呟く。その瞬間、ピクリとレイの体が動き赤い瞳がパチリ
と開いた。

「どうしたの?」

「えっ?」

小声で何気なく口にしたその言葉で、まさかレイを起こしてしまうとは思っていなかっ
たアスカは、驚いて目をぱちくりとさせる。

「あっ。なんでもない。」

「泣いてるの?」

タオルケットに体を潜らせ、顔だけ出していた2人は互いを見つめる。どうやらアスカ
の顔に涙の跡があったのだろう。レイは心配そうに問い掛ける。

「・・・・・・。」

レイと一言二言だが、言葉のやりとりをして心が落ち着いてきたアスカは、涙で濡れた
自分の顔を隠すかの様に天井に顔を向けた。

レイはそんなアスカの横顔をじっと見つめ続ける。

碇君のせい・・・。
アスカが傷付いてる。

枕の上に赤く長い髪を横たえ、悲しそうな目をするアスカの横顔を見ていたレイの手が
ピクリと動く。

アスカを傷つけた・・・。
もう、碇君には任せられない。
それでも、アスカはまだ碇君のことを・・・。
可哀相なアスカ。

アスカを抱き締めたい気持ちを抑え、レイも視線を天井に向けると、そのままゆっくり
と瞳を閉じていく。

「寝ましょ。」

肩に触れるアスカの温もりを感じながら、努めて眠るように心掛ける。それからしばら
くしてアスカの寝息が聞こえてきた。

どうして、私じゃ駄目なの。
私なら、ずっとあなたを見ている。
苦しい・・・。

いつまで経っても眠れないレイは、再び視線をアスカの横顔に戻し、月明かりに照らさ
れる想い人の顔を眺める。

アスカを捨てるなんて・・・。
碇君。
私はあなたを許さない。

その夜レイは、空が薄っすらと白み始める迄、近くて遠いアスカのことを永遠と眺め続
けているのだった。

                        :
                        :
                        :

翌朝、7時。アスカの部屋に目覚ましが鳴り響いた。疎開の為、学校は休校になってい
るが、朝ご飯を作るとシンジと約束していたアスカは、直ぐに目を覚まし時計を止める。

「ありがとう。」

手だけ伸ばして目覚ましを止めたアスカは、横で眠るレイを見て声を掛ける。昨晩怖く
て目を覚ました後、また直ぐに落ち着いて眠れたのはレイが横にいてくれたからに他な
らない。

「おはよう。」

そんなアスカの様子を雰囲気で察したのか、レイも目を覚まし笑顔で声を掛けてきた。
昨晩といい今といい、寝ていてもレイは、神経をアスカに尖らせて心配している様だ。

チチチ。チチチ。

小鳥の囀りが聞こえる暖かい日差しの中、タオルケットから顔だけ出したアスカとレイ
が、何をするでもなう互いを見つめ合う。目覚めると同時にシンジの部屋を確認しに走
ることが続いていたアスカが、こんな穏やかな朝を迎えたのは何日振りだろうか。

「おはよう。」

アスカもレイに答えて挨拶を返す。

「いい天気。」

カーテンごしに降り注ぐ日差しに目を細めながら、レイは窓の外に視線を向ける。アス
カはそんなレイと密着した自分の体を見る。

「アタシと寝て狭くなかった?」

「ええ。」

視線を戻すと、シングルのベッドでアスカと体を寄せ合い1つのタオルケットに入って
いる自分に気付いたレイは、はにかんだ笑みを浮かべる。

「さぁ、起きなくちゃ。」

「もう、起きるの?」

「ええ。シンジが帰って来て朝ご飯できてなかったら困るじゃない。」

「・・・・・・。」

アスカはそう言うと、2人で一緒に入っていたタオルケットをハラリを捲りベッドから
降りて行く。1人ベッドの上に残されたレイは、部屋から出て行くアスカを、足音を聞
きながらじっと見つめるのだった。

カチャリ。

いつもより少し穏やかな気持ちで目覚めたものの、今日もほんの僅かな期待と大きな不
安を胸に、シンジの部屋をそっと開けるアスカ。

「シンジ?」

小さな声を掛けながら開けた扉の向こうには、はやり今日も無機質な生活感の無い空間
が広がっている。

いつでも帰って来れるのに・・・。

カチャリ。

予想していたこととはいえ、がっかりした様子でアスカがリビングへ戻ると、自分の貸
したサイズの僅かに大きいパジャマを来たレイが、少し足の裾を引き摺りリビングへ出
て来ていた。

「朝ご飯作るわね。」

「手伝うわ。」

「えっ?」

アスカがキッチンへ入ると、レイも横へ付いて入って来た。

「いいわよ。アタシの役目なんだから。」

「私も・・・。」

「いいのいいの。アタシがやるって約束してんだから。」

「約束?」

「ええ。シンジに、約束したの。」

「・・・・・・。」

「だから、座って待ってて。」

「私も・・・。」

「だから。」

「一緒に暮らしているの。これくらいさせて。」

「・・・・・・。」

予想外のレイの抵抗に、アスカは少し困った顔で考えるが、なにも目くじら立てて拒絶
する様なことでもないので、キッチンにレイの立つスペースを開ける。

「わかったわ。一緒に作りましょ。」

「ありがとう。」

横に立つのはシンジでなかったが、久し振りに人と料理を始めるアスカ。朝食なので、
大して手を掛けるものではないが、誰もいない空間で独りで作ることに比べると、遥か
に心が和み時間が気にならない。

「アスカ? このお皿は?」

キャベツを切り終わったレイの目に、サラダ用の皿が3枚見えた。3枚目の意味がわか
らず、何に使うのか問い掛ける。

「それは、アタシがやるわ。」

「これ・・・。何?」

「それ、シンジのなの。いつ帰って来てもいいでしょ。」

「・・・・・・。」

キャベツを切っていた包丁を俎板に置き、ぐっと拳を握り締めるレイ。レイにとっては、
あまりにも残酷な言葉だが、アスカは気付く様子もなくシンジの皿を盛り付ける。

ダメ・・・。
私は、わかってて来たはず。

いくつかの言葉が声になって出そうになるレイだったが、必死で堪えて今度はキュウリ
を切り始める。

「あっ!」

キュウリを切り終わったレイが、サラダ用の皿に目を向けると、先程切ったキャベツの
上に生ハムが綺麗に並べられていた。

「アスカ・・・それ・・・。」

「シンジが好きだったの。前、一緒に食べた時ね。美味しいねって・・・。」

「・・・・・・そう。」

「あっ、ごめん。肉嫌いだったっけ。」

「・・・・・・。」

レイの記憶に、以前自分が肉が嫌いだと言ったミサトの昇進パーティーの時のことが思
い出される。

『えーー、肉が嫌いなの? 変わってるわねぇー。でも、どうしてもっと早くに言っと
  かないのよ。』

あの時、アスカにそう怒られた。アスカの言葉は今でも鮮明に思い出せる。あの頃のア
スカは、恋が実ってはいなかったがそれでも明るく元気に前向きに生きていた。

「ごめん。すぐどける。」

「いい。食べる。」

「えっ?」

「今日は、私と食べましょ。あっ。」

その言葉を発して、レイは直ぐにしまったという顔をし、恐る恐る視線を上げると、生
ハムをレイの皿からどけようとしていたアスカが、じっと見返している。

「嘘・・・。」

レイは慌てて自分の皿から生ハムを取り上げると、アスカの皿へ移し代りに今切ったば
かりのキュウリを盛り付けた。

「やっぱり、肉は駄目。アスカ、食べて。」

「ええ。」

そして、朝食の準備も整いアスカとレイは互いに向き合って、3人分の食事が並んだダ
イングテーブルに腰掛けた。

もう、碇君にアスカは任せない。
でも・・・アスカの心は大事にしなくちゃ駄目。
人の心を踏みにじっては駄目。
それは、アスカが教えてくれたことだから・・・。

レイは戸惑っていた。これからは、自分がアスカを守っていこうと決意して来たレイだ
ったが、一歩間違えるとアスカの心を踏みにじりかねない。

「はぁ、今朝も食べてくれなかったか・・・。」

朝食が終わり、アスカはシンジの為に用意した朝食を残念そうな顔をしながらゴミ箱に
捨てる。しかし、昨日までとは大きな違いがあった。

”はぁ。きょうも食べてくれなかったか。”

レイがいることにより、その言葉を口から出すことができた。心の中に想いを閉じ込め
るのと、一言でも口に出すのとでは格段の差がある。

「いつも捨ててるの?」

「だって、腐ったのなんて置いてたら、シンジに怒られちゃう。」

「・・・・・・。」

二言目には、いつも”シンジ”である。心を締め付けられるレイだったが、それを堪え
て笑顔を向ける。

「シャワー借りていいかしら?」

「ええ。一緒に暮らしてるんだから、好きに使ったらいいわ。アタシのってわけでもな
  いし。」

「ええ。」

朝食の後片付けが終わったレイは、アスカに借りたパジャマと下着を脱いでバスルーム
へ入って行く。バスルームの前に、脱いだ服が綺麗に畳まれているあたりから、アスカ
と出会ってからどれほどレイに変化があったかが伺われる。

ジャー。

少し熱目のシャワーを全身に浴びると、自分の心の中にあるモヤモヤも一緒に流れてい
ってくれそうな気持ちになる。

碇君がいれば、私も自分の想いを・・・。
碇君・・・どうして、こんな酷いことしたの。
許さない。

シンジがいれば、何も考えず想いを口にすることができるだろう。どれほど楽なことか。
だが、今はアスカの想いを第一に考えなければならない。

今は・・・。
アスカを助けなくちゃ。

レイは決意を瞳に込め、自分の好きだったアスカの笑顔を思い浮かべるのだった。

「あら? 着替えは?」

シャワーを浴び終わって出てきたレイの服を見ると、昨日来た時に来ていた服と同じで
ある。

「これしか持って来てないから。」

「これって、前にアタシと買いに行った服じゃない。」

「ええ。」

「他には?」

「まだ、買ってない。」

「買ってないの? もぅ。何してんのよ。今日、買いに行きましょうか。」

「いいの?」

「これ1つじゃ困るでしょ。」

呆れた顔をするアスカだったが、本人も気付かぬうちに、必要に迫られシンジ以外のこ
とを考えなくてはならなくなっていた。そのこと自体が、シンジに凝り固まっていた心
を、少しづつ少しづつケアしていっていた。

<デパート>

デパートへやって来たレイは、アスカに言われるがまま幾つかの服を手に取って行く。

「アンタも、これくらい着てみたら? 気持ちが変わるわよ。」

アスカが手にしたのは、真っ赤なワンピースだった。きつめの色の服を来たことのない
レイは、少し戸惑った表情で見返す。

「・・・・・アスカが、いいって言うなら。」

「はぁ。わかったわよ。アンタには、ちょっと派手ね。」

アスカはその服を元に戻して、前に買った服と同じ様な白を基調としたワンピースを手
にし、レイの体にあてがってみる。

「これは?」

「どう?」

「どうって・・・。アタシが聞いてるのよ。」

「アスカに任せるわ。」

「はぁー・・・。」

以前、服を買いに来た時もそうだったが、こういうことに関しては14歳の女の子とは
感じさせぬ無頓着さを発揮するレイである。手が掛かって仕方がない。

「アンタ、本当にウエストが細いわねぇ。」

チラチラと自分のウエストを見ながらも、レイのスカートのサイズを試していく。

「ごめんなさい。」

「いいわよ。悪いことじゃないんだから。ちょっと、これ履いてきてみて。」

「ええ。」

アスカに進められたスカートを2枚持って、試着室へ入って行くレイ。1つは薄い水色
のフレアスカート。もう1つは、薄いピンクの少し丈の短いスカートだ。

「いい? レイ?」

「もうちょっと。」

カーテンの向こうで、もぞもぞと動いている様子がわかる。それにしても、スカート1
つ履き替えるだけで、かなり時間が掛かっている様だ。

「いい?」

「もうちょっと・・・。」

「アンタ、何してんの?」

スカート1つになにを時間が掛かっているのかと、カーテンの隙間から顔を覗かせて見
ると、スカートのファスナーに布が噛んでしまい。引くことも戻すこともできず、困っ
ている様だった。

「なにしてんのよ。」

「ごめんなさい。」

やれやれという感じで、下着が丸見えのレイの姿が外に見えない様に少しだけカーテン
を開け、自分の体でレイの体をを隠して試着室の中に入る。

「脱いでみなさいよ。」

「ええ。」

レイにスカートを脱がせたアスカは、噛んだファスナーをゆっくりと引いていく。どう
していいのかわからないレイは、ただその様子を何もできず覗き込んでいる。

「はい。取れたわ。」

「ありがとう。」

「ほら。履いて。」

アスカは座り込み、スカートをレイの足に通した後ウエストを止め、狭い試着室の中で
少し離れてその姿を眺める。

「ふーむ。」

「・・・・・・。」

「ふーむ。」

「あの・・・。」

「うーーーん。」

全身を上から下までアスカに何度も見られたレイは、恥ずかしくなり少し赤くなりなが
らもじもじしている。

「ふーむ・・・こっちのは?」

「ちょっと待って。」

アスカがもう1つの薄い水色のスカートを手渡してきたので、レイはあわてて薄いピン
クのスカートを脱ごうとした。

「あっ。」

「・・・・・・。」

また、ファスナーが噛んでしまった様で、上にも下にも動かない。困った顔をするレイ
を、呆れ顔で眺めるアスカ。

「ほらぁ。じっとして。これって、噛み易いのかしら。」

「ごめんなさい。」

アスカはレイのお尻を抱きかかえる様に座り込むと、ファスナーの下がりきっていない
スカートをゆっくりと足から抜いていく。そして、ある程度スカートが足の下まで来る
と、レイは細い足を片足づつ抜いた。

「これ、とっとくから、こっちの履いてみて。」

アスカの肩に手を置いて体を支えていたレイは、体重を移動してゆっくり立つと、薄い
水色のスカートを履いてみる。

「そっちの方がいいわね。」

「そう?」

「ファスナーも噛まないみたいだし。じゃ、アタシ外で待ってるから、着替えたら出て
  らっしゃい。」

「ええ。」

アスカが試着室から出て行った後、レイは買うことに決めた薄い水色のスカートを脱ぎ、
履いて来たスカートに足を通す。

アスカが選んでくれたスカート・・・。

まだアスカの笑顔がみれないが、今服を一緒に選んでみて、やはり自分の好きなのはア
スカなんだと改めて感じる。

早くアスカに笑顔が戻ればいいと、そしてできることなら、その笑顔が向けられる先が
・・・と願いながら。

「買い物も終わったから戻るわよ。」

レイの服も買い、今日の食事の材料も買ったアスカは、デパートを出て行こうとする。
もう1時を回っているので、てっきりお昼ご飯を外で食べると思っていたレイは、不思
議な顔をした。

「ご飯はどうするの?」

「家で作るわよ。」

「もう1時。」

「シンジが、お昼ご飯を食べに戻ってきたら困るでしょ。」

「・・・・・・。」

「お昼の用意して待っててあげないと。」

「・・・・・・。」

半分買い物ではあったが、半分アスカとデートしている様な気分になっていたレイは、
シンジの名前が出る度にピクリと体を動かす。

「私、お腹すいた・・・。」

「だから、早く帰って食べましょ。」

「今、食べたい。」

「ちょっとぐらい我慢しなさいよ。」

「・・・・・・。」

問答無用で家へ帰ろうとするアスカ。仕方なく歩き出すレイ。その胸には先程買った薄
い水色のスカートや白いワンピースなどの洋服が入った袋が抱かれていた。

<ミサトのマンション>

3日後。

2人のある意味ぎくしゃくした生活も3日目を迎えようとしていた。毎朝、アスカは7
時に目覚ましを合わしているが、それより早く目を覚ましたレイは、朝食を作り始める。

コンコンコンコン。

俎板でキャベツやキュウリを切る音がする。2人分のサラダを作り終えたレイは、皿に
それを盛りつける。今日は生ハムは乗せない。

チン。

厚切りのトーストが2枚焼き上がったので、おのおのにジャムを塗り皿に載せると、テ
ィーカップを2つ出してミルクティーを作る。

ジリリリリリリリリ。

アスカの部屋から目覚ましの音が聞こえる頃、ダイニングにはレイとアスカの朝食が完
璧に揃っていた。喫茶店に出してもセットで500円は取れる出来映えである。

「おはよう。レイ、早いのね。」

「ええ。朝ご飯作っておいたわ。」

「えっ!?」

アスカがふとダイニングに目を向けると、自分とレイの分が文句無い出来映えで用意さ
れていた。

「な、なんてことすんのよっ!」

「食べましょ。」

アスカが大声を張り上げるが、レイはしれっと答えると、自分が座る椅子に平静を装っ
て腰を降ろした。

「勝手なことしないでよっ! なんで、アンタがっ!」

「今朝、早く目が覚めたの。」

「朝ご飯はアタシが作るのよっ! アタシが作ったのを、一緒に食べようって約束した
  のよっ!」

「じゃ、一緒に食べましょ。」

「アンタじゃないっ! だいたいなんでシンジのが無いのよっ!」

「いつも捨てるだけだから。」

「今、シンジが帰って来たらどうすんのよっ! もうっ! どいてっ!」

ダイニングに並ぶ朝食など無視して、キッチンへ立とうとするアスカを阻むかの様に、
レイが立ち上がる。

「どきなさいよっ!」

「朝ご飯は、私が作ったわ。」

「アタシが作るのよっ! 約束したのよっ!」

「じゃぁっ! アスカっ!」

珍しく、レイが目を釣り上げたかと思うと、大きな声を上げた。

「じゃ、じゃぁっ! 碇君は、一緒に食べるっていう約束っ! 守ってるのっ!?」

「うっ・・・。」

「碇君、帰って来ないじゃないっ!」

「ウルサイッ! ウルサイッ! 帰って来るわよっ!」

「なら、帰って来た時に、ご飯を作ればいいわっ!」

「ご飯が無かったら、またどっかへ行っちゃうかもしれないでしょっ!」

「アスカの好きな碇君はっ! ご飯が無いくらいで、どこかへ行くのっ!?」

「えっ?」

「碇君は、ご飯を食べにだけ来るのっ!?」

「・・・・・・。」

「毎日、捨てるご飯を作っててっ! 碇君が喜ぶのっ!?」

「・・・・・・。」

「そんなことより、碇君が今のアスカを見たら、がっかりするんじゃない?」

「今のアタシ?」

「こないだ、アスカと買い物に行った時、私・・・」

「ごめん、ちょっと独りにさせて。」

「ええ。」

レイが話をしている途中だったが、レイの言葉に何かを感じたアスカは、そのまま自分
の部屋へ消え行った。

レイはその後ろ姿を見送るとダイニングテーブルに座り、自分の作った朝食を食べ始め
る。

ダイニングには、レイが奏でるフォークの音だけが、悲しげな音色を上げていた。

To Be Continued.
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