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ΔLoveForce
Episode 24 -根深き病巣-
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<ミサトのマンション>

暗い部屋で眠れない夜を過ごした翌朝、アスカは少し寝坊してリビングへ出て来た。冷
めたトーストが2つ並べられたダイニングテーブルで、詩集を読むレイの姿が見える。

「おはようっ! レイっ!」

「おはよう・・・あの・・・アスカ? 私、昨日は・・・。」

「あら? 朝ご飯作ってくれたのね。待っててくれたの?」

「え? ええ・・・。」

「冷めちゃってるじゃん。先食べとけば良かったのに。」

「でも・・・。」

「まぁいいわ。暖めて一緒に食べましょ。」

レイはレイで、とうとうアスカに嫌われてしまったのではないかと、後悔はしていなか
ったものの、悲しい夜を過ごした朝だった。

それでも、諦めず想い続けること。それはアスカが教えてくれたことなのだからと、今
朝は萎え入りそうな自分を奮い立たせ、2人分の朝食を作ったのだが・・・。

「ミティ? レティ?」

「え?」

「紅茶よ。紅茶。」

「あの・・・レモンティー。」

「サラダは? 何処?」

紅茶を入れながら、ダイニングとキッチンの間で立ちつくすレイに、アスカが振り返る。
アスカの様子に戸惑いを隠せない。

「サラダよ。まだ用意してないの?」

「あっ、あるわ。」

レイはいそいそと2人分用意しておいたサラダを冷蔵庫から取り出し、ラップを外して
テーブルに並べる。

「いっただっきまーすっ!」
「いただきます。」

対面に座り簡単な朝食を食べ始める。少し下向き加減でパンを食べていたレイが、少し
顔を上げると、明るい笑顔でパンを頬張っているアスカの姿が見えた。

ポッ!

自然と顔が赤くなる。なんだか昨日迄のアスカとは違う。恋い焦がれて仕方の無かった
アスカが、目の前に戻って来た様な気がする。

「ねぇ、レイ?」

「えっ? あ、な、なに?」

「二子山にハイキングコースがあるって知ってる?」

「知らないわ。」

「なんか最近さぁ、ネルフからの呼び出しも無いでしょ。学校も無いじゃん。行ってみ
  ない?」

「私と?」

「他に誰がいるってのよ。」

「そ、そうね。」

「よっし。決まりね。じゃ、おにぎり持って行きましょ。」

「おにぎり?」

「ハイキングなんだから、なんかお弁当持ってかないとね。さっさとご飯食べて準備す
  るわよっ。」

「ハイキング・・・。」

昨日と同じ外は青空。いったいアスカの何が変わったと言うのだろう。わからない。た
だはっきりしているのは、大好きなアスカが戻って来たのではないか。ということだけ。

<二子山>

おにぎりを詰めたバスケットをリュックに入れ、電車で数駅進むと二子山の登山道へ到
着。疎開が進み第3新東京市から人口が減った為、周りに人影はほとんど見えない。

「コースの途中に池があるわ。時間も遅いし、そこ目標で登りましょ。」

「ええ。」

「ほらぁ。せっかくハイキングに来たんだから、元気出しなさいよ。」

「そうね。」

アスカが起きた時間も遅かったので、山頂迄登っている時間は無い。コースの3分の1
くらいの所にある池を目指して登ることにする。

最初は登山道もある程度広かったが、少し登るとゴロゴロと岩肌が出てきて、道も狭く
なってくる。屈んで手を伸ばすと、渓流の水に触ることができる。

「キャッ!」

傾斜のきつい塗れた岩肌を登っていたレイが、足を滑らせて悲鳴を上げた。

「もう。何してんのよ。」

「ごめんなさい。こういう道、歩いたことないから。」

「もう。ほらぁ、手かしなさいよ。」

「あ・・・りがとう。」

振り返ったアスカが差し出した手に捕まり、よっと大きな石を上る。今日は2人共動き
易い格好。アスカに借りたオーバーオールは、ズボンを履いたことのないレイにとって、
最初は抵抗があったものの、こういう所へ来るとスカートと違い有り難味がわかる。

「もたもたしてたら、池にも辿り付けなくなるわよ。」

「ごめんなさい。」

「いいから。ほら、次こっちっ。」

ぎゅっと握られたアスカの手に引かれながら、でこぼこ道を進む。しかし、登りにくい
岩肌の道が、なんだか楽しい。歩くだけでも、嬉しく感じられる。

「はぁ。はぁ。」

だんだんと息が上がってくるレイ。

「アンタ、運動不足なんじゃない?」

「体育の授業は受けてたわ。ネルフでの訓練もしてるし。」

「そういうのとは、また違うのよ。ちょっと休みましょうか。」

「大丈夫?」

「なにが?」

「時間の計画。池迄のスケジュール。」

「アンタねぇ。ハイキングなんて、そんなもんじゃないでしょうが。ほら、休むわよ。」

「ハイキング・・・。」

「そうよっ。楽しく歩くのが目的なんだからっ。」

「楽しく・・・。」

道を少し横にそれると、わずか数十センチの幅の渓流がある。日の光が当たり乾いた大
きな石にアスカが腰を下ろすと、レイも横に並んで腰を下ろす。

周りを見渡すと、覆い茂った木々から日差しが毀れ渓流の川に反射しキラキラと輝いて
いる。何処からともなく鳥の囀りが聞こえ、時折飛び立つ音がする。

「綺麗な所ね。」

「でしょぉ? 前、本で見たのよ。近いから1度来てみたかったのよねぇ。」

「本に載ってるの?」

「アンタも詩とかばっかじゃなくてさ、そういう雑誌も読んでみたら?」

「そう・・・本に載ってるのね。」

「あっ! 見て見てっ!」

突然大声を出したかと思うと、アスカは川へ水がチロチロと流れ落ちている岩場へ、石
を跳び跳び走り出す。

「どうしたの?」

何事かと、後ろからおずおずとおぼつかない足で遅れながらも付いて行くレイ。

「かにさんじゃない。さわがにかしら?」

「かに・・・こういうの初めてみたわ。」

「ドイツは寒かったからねぇ。野生のさわがになんて、アタシも初めて。」

喜んだアスカが、蟹の甲羅を指でちょんちょんと突付くと、蟹は怒って小さなはさみを
持ち上げながら逃げて行く。

「あははははは。逃げたわ。アンタも触ってみなさいよ。かわいいわよ。」

「えっ!?」

蟹の様な小動物に触るなど初めての経験。使徒をも倒すレイであったが、手を引っ込め
てたじろいでしまう。

「ほらほら、早くしないと逃げちゃうわよ。」

「さ、触らなくちゃいけないの?」

「もうっ! なんでアンタは、そう固っ苦しいのよ。かわいいんだから、ちょっと触る
  くらい、かにさんも怒らないわよ。」

「そ、そう・・・。」

蟹はせっかくのんびりしていた所を触られ、はさみを持ち上げながら逃げているのだか
らかなり怒っている様だが・・・まぁいいだろう。

「ほらほら、ここにいるわよ。」

「え、ええ。」

ビクビクしながら、人差し指をおずおずと差し出すレイ。蟹はじっと固まっている。後
少しで指が届く。唾を飲み込み・・・。

ちょん。

触った途端、はさみを持ち上げ迷惑そうに逃げ出す蟹。

「キャッ!」

はさみを持ち上げられ思わず手を胸元まで引っ込めたレイは、目をぱちくりさせて驚い
てしまう。

「あはははは。どう? かわいいでしょ。」

「そ、そう? びっくりしたわ。」

カサカサ。

なにやらレイが履いてきた黒いソックスに触る物を感じた。視線を下へ移すと、蟹が登
ってきている。

「キャッ!」

思わず飛び跳ねる。靴下に這い上がっていた1匹のさわがには、その勢いで渓流の水の
中へ姿を消して行く。

「なーんだ。レイも気に入られてるんじゃない。アハハハ。」

「も、もういいわ。」

めったに見ることのできない、取り乱したレイ。それを成し得たのは、小さな小さなさ
わがにだった。

「そろそろ行きましょうか。」

「え、ええ。キャッ!」

アスカが先に帰り始める。こんな所に残されてたまるものかと、慌てて後を追い掛けた
迄は良かったが、塗れた石に足を滑らせ転んでしまう。危うく水にポチャンだった。

「もう。何してんのよ。手かしなさいよ。」

「あ、ありがとう・・・。」

いそいそとアスカの手を掴む。先程からの醜態に、顔が真っ赤。

「よいしょっと。次、あの石へ行くわよ。」

「ええ。」

岩を跳び跳び元来た道を帰って行く。アスカが先に飛び移り、残されたレイに手を差し
出す。その手目掛けてジャンプ。アスカに引っ張られ、その勢いのままアスカの胸に抱
き付き飛び移り成功。

「ア、アスカ・・・。」

思わず頬を染め、抱き付いたままアスカの顔をまじまじと見詰める。

「もっ! いつ迄抱き着いてんのよ。動けないじゃない。」

「あっ。ごめんなさい。」

「ほら、行くわよ。」

石を後1つ飛び移り、1メートルくらいの崖を上ると元の道。先に上ったアスカが、下
から見上げるレイに手を差し出す。

「よっと。」

掛け声と共に、レイを引き上げめでたくハイキングコースに復帰。後ひと頑張りで目的
の池に到着だ。

「よーしっ! レッツゴー。」

「あの・・・アスカ。」

「なに?」

「また、転ぶといけないから・・。」

おずおずと手を差し出してくるレイ。

「はいはい。今日は特別サービスよ。」

「ありがとう。」

アスカが手を差し出してきたので、嬉しそうにその手を握ろうとした時、ぎゅっと肘を
掴まれ引き寄せられる。

「あっ!」

「これでいいんでしょ?」

「・・・・・・。」

思わず俯いてしまう。まさに今2人はアスカが男で、レイが女の状態で腕を組む形にな
っていた。

「あと少しっ! 頑張ろーーっ!」

元気に空いている右手を突き上げるアスカ。いったい、昨日と打って変わってどうした
というのだろう。アスカに何があったというのだろう。レイはアスカの様子が不思議で
ならなかった。

それから1時間程山を上り、2時前になってようやく目的の池に到着。池には何羽もの
水鳥が泳いでおり魚もちらほら見える。

「だーれもいないわね。貸し切りって感じじゃん。」

「貸し切り?」

「今日は、この池アタシ達だけの為にあるってことよ。」

「私達だけ・・・の為。」

「さっ! 特等席に、レジャーシート敷くわよっ!」

もうお腹はぺこぺこ。リュックからレジャーシートを取り出し、見晴らしも良く丁度大
きな木の木陰になった場所に引き、おにぎりの入ったバスケットを並べる。

「おにぎりとお茶しかないけど、十分よねっ。」

バスケットの中、アルミホイールに1つ1つ丁寧に包んで持って来たおにぎりを取り出
し、レイに手渡す。もう1つは自分の手に持ち、パクリ。

「うーん。おいしっ。」

パク。

レイもアスカの真似をしておにぎりにかぶりつく。たかがおにぎりであったが、妙に美
味しく感じるのは気のせいだろうか。

「なんだか・・おいしい。」

「そりゃ、そうよ。こういう所で食べたら美味しいもんよ。」

「わかる気がする・・・。」

「肉系は入れてないから、安心して食べなさい。」

「ええ・・・うっ!」

おにぎりを食べていたレイが、顔をしかめる。確かに肉系の具は入って無かったが、思
いっきりすっぱい梅干しが入っていた。

「あっ! いきなり引いたのねっ! それアタリよっ! アハハハハハっ!」

「すっぱい・・・。」

「アンタが引いたんだから、諦めて全部食べなさいよねっ。」

「このおにぎり・・・アスカが、渡してくれたもの・・・。」

「細かいこという娘ねぇ・・・。」

「フフ・・・。」

「アハハハハ。後1つあるから、次引いたら大当たりよっ。」

それから2人は当たりを引かない様に、よってバスケットからおにぎりを取り出して行
く。レイにとってはいろいろなことが初めての経験。その中でも初めてアスカとこうし
て楽しく遊びに来られたことが何よりも楽しい。

「うっ! ア、アス・・・。すっぱい。」

「アンタ、また引いたのっ! よっぽど幸運なのねぇ。アハハハハ。」

「すっぱい・・・。」

「運が良かったと思って諦めるのね。」

運が良いから諦めろとは何と言う言い草だ。しかし、仕方無いのでレイは、涙目になり
ながらも、一気にそれを口に頬張りお茶で飲み込む。

「やっと食べれたわ・・・。」

「ふぅ。お腹いっぱい。ねぇ、あのボート乗りましょうよ。」

「お店の人がいないわ。」

ボート乗り場の人も疎開してしまったのだろう。料金表を書いた立て札とロープで繋が
れたボートが、野放し状態である。

「いいじゃん。いいじゃん。誰もいないんなら、乗ったって怒られないって。」

レジャーシートを片付けると、2つのリュックを木の下に置き、レイの手を引っ張って
ボートに乗り込む。括り付けられているロープを外せば、いつでも出発オーケー。

「アンタそっちよ。」

「ええ。」

「しゅっぱーつ。」

ボートの真ん中にお尻を並べて座り、アスカが右のオール、レイが左のオール担当でボ
ートを漕ぎ始める。

「へぇ、アンタって意外と上手いじゃん。」

「そう?」

バシャ。バシャ。バシャ。

力任せに漕ぐアスカに対して、レイの漕ぎ方はなんともスムーズ。こういうことは、器
用なレイの方が得意の様だ。

「あの水鳥の所まで行ってみましょ。」

「そうなの?」

「そうよっ。行くわよっ!」

水鳥が溜まっている所を目掛けボートを進める。しかし水鳥もバカではない。わけのわ
からない物体が近付いて来たので、群をなして逃げて行く。

「逃げたわっ! 追い掛けるわよっ!」

「無理。追い付かないわ。」

「いいから、追い掛けんのよっ!」

「水鳥の方が早いわ。」

「もうっ! いいじゃないのよ・・・。追い掛けてるだけで楽しいんだから。」

「え?」

「楽しくない?」

アスカと肩を寄せ合いながら並んで座りオールを漕いでいたレイの顔から、少し笑みが
こぼれた。

「楽しい・・・。」

「じゃっ! 追い掛けるわよっ!」

「ええっ。」

それからしばらくアスカ達は水鳥を追い掛けてボートを漕ぎ続ける。別に捕まえるのが
目的ではない。ただこうしているだけで楽しい。
せっかくのんびり魚を食べていた水鳥にしてみれば、全然楽しくなかっただろうが・・・。

「はぁ、疲れたぁ。」

ひとしきりボートを漕ぎ終わった2人は、再び木陰にレジャーシートを敷いて、傾き掛
けた太陽を見上げ寝転がる。そろそろ下山し始めたら、丁度良い時間になるだろう。

顔を横に向けると恋に焦がれるアスカが、目を細めて太陽を見上げている。明るく元気
な、レイの大好きなアスカが。

いったい何があったんだろう?
どうしたんだろう?

昨日と今日では、まるで別人に見えるアスカ。そんなに簡単に人とは変われるものなの
だろうか?

何があったの?
何をみつけたの?
何がわかったの?

しばらく視線だけで訴え掛けるが、アスカはただ夕暮れ前の太陽を見上げるばかり。

「ねぇ、アスカ?」

「なーに?」

「昨日はごめんなさい。」

「・・・・・・。」

「勝手なことばかり言ったかもしれない。」

「謝ることないわよ。おかげで、大事なことに気付いたんだから。」

「そうなの?」

「そうなのよ。」

バシャ。バシャ。

足下から水鳥が水遊びする音が聞こえてくる。そよ風が吹き、体を冷やしてくれるのが
心地良い。

「このままじゃ、ダメだってね。」

「そう・・・。」

「アタシは、もっとアタシらしくしなくちゃ。」

「気付いたのね。」

「うん。」

レイの顔に笑みがこぼれる。

「アタシは、アタシらしく元気にしてなくちゃ・・・」

いつしか、水鳥が遊ぶ音が聞こえなくなり風は止んでいる。

「シンジに、嫌われちゃうじゃない。」

「・・・・・。」

レイは空を見上げる。

雲が空を流れている。

ただ静かに流れている。

レイは思う。

それじゃ、ダメなのよ・・・。
違うのよ・・・アスカ。

楽しい今日という1日。レイはなにも表には表さず、その後楽しく山を下山する。
深い深い悩みを、心の奥底に宿して。

To Be Continued.
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