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ΔLoveForce
Episode 25 -守る物を持った時、人は-
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<ミサトのマンション>

幾度か着替えや生活用品を取りに帰っては来たものの、ミサトはずっとネルフに泊まり
込む生活を続けており、このマンションには主の居ない夜が続いていた。

そんな時間の流れの中で、アスカとレイは笑みを絶やさない楽しい毎日を、送り続けて
いるかの様に見えた。

「ねぇねぇ、ケーキ作ってみない?」

「ケーキ? 作るの?」

「そうよ。材料買って来てさ。ケーキくらい上手く作れる様にならなくちゃっ。」

「今日?」

「あったり前でしょっ。」

「どうして?」

「どうしてって・・・アンタねぇ〜。ケーキくらい美味しく作れなかったら、困るでし
  ょっ?」

「困る・・・のね。」

「困るのよ。」

レイはそれ以上何も言わなかったが、アスカのことをしばし見詰める。確かにアスカは
明るくなったが、レイの思い描くものとは大きな隔たりがあった。

どうして困るの?
ケーキなんて作れなくてもいいのに・・・。
そんなことで、あなたの魅力は失われない。
むしろ・・・。

テーブルに座ったアスカは、お菓子作りのレシピの本をペラペラと捲り、何を作ろうか
と選び始める。かなりやる気満々。

「ほら、アンタも選びなさいよ。」

「ごめんなさい・・・。」

「どうしたのよ?」

「今日、IDカードの更新、しなくちゃいけないから。」

「そうなの?」

「ええ。」

「そんならそうと、早く言いなさいよね。」

「ごめんなさい。」

「いいって。いいって。じゃ、明日作りましょ。ね。」

「ええ。」

闇の底に叩き落とされた様になったアスカに、元の輝きを取り戻して欲しくてここへや
って来た。そして、アスカは再び明るいアスカに戻った。

だが違うのだ。今のアスカは、アスカではない。あの日からアスカは変わってしまった。
想いと遂げたその日から。

もう、私にはわからない・・・。
どうすれば、あの輝きを持つあなたは帰って来るの?
何がアスカの輝きを邪魔してるの?
碇君・・・。
そう、全てはあなたのせい。
あなたは、安易に愛を与え過ぎた。
私はどうすれば・・・。
もう、わからない・・・。

レイは着替えた後、ネルフへ行く準備をする。その間、ケーキ作りを諦めたアスカは、
リビングに寝転びテレビを眺めていた。

「それじゃ、行って来るから。」

「いってらっしゃーい。」

「ええ。」

手を振って送り出してくれたので、自分も小さく手を振り、ミサトのマンションを出て、
久し振りにネルフへと向かった。

<ネルフ本部>

期限切れギリギリのIDカードをゲートに通し、本部の中へ入って行く。更新手続きは、
時間の掛かる物でもなく、MAGIの端末を簡単に操作して行うことができるらしい。

今迄はリツコがやってくれていたのだが、ここ数日忙しいということで自分でする様に
との連絡が昨日あった。

最近、使徒は現れない。
でも、ハーモニクステストはしなくていいのかしら?

これ迄、使徒は来なくとも定期的に行われていたハーモニクステストすら、近頃は行わ
れていない。あれ程重要視していたというのに、いったい何があったというのだろう。

ピッ。

IDカードを通すと、壁に設置されたセンサーのランプが赤から青に変わり、耳障りの
良い機械音を立て扉が開く。

カードの更新。
大丈夫。
簡単だって赤木博士が言ってたもの。

自分のカードをカードライタに通し、コンソールの画面を見ながらユーザインタフェー
スに従い作業を進める。初めての経験だったが、リツコの言う様に簡単な作業。

「!?」

自分のカードの更新をしていたレイは、コンソールに映し出されたデータを見て、思わ
ず目を見開く。

これは?
どういうこと?
どうして?

何度も画面に映し出される文字を見返すが、見誤りではない。アスカの更新日はまだ先
である。そして、前回同じ日に更新した自分とシンジの更新日は明後日が期限。

そう、シンジのIDが今だに残っている。

どうしてまだ残っているの?
ネルフを去ったんじゃないの?

レイは手早く自分のID更新作業を終わらせると、有効期限の情報が書き変わったID
カードを手にして、別のコンピュータルームへと向かった。

IDだけが残ってるなんて有り得ない。
碇君はネルフを辞めたんじゃないの?

別のコンピュータールームの端末を操作し、ここ一ヶ月のネルフ入退場記録ログを眺め
る。止めどなくログが画面をスクロールしていく。

無い・・・。
やっぱり碇君はいないの?

流れきった記録をバックスクロールしてシンジのIDを探すが、全くシンジがゲートを
潜った様子は無い。やはり、IDだけが残っていたのだと自分を納得させることにする。

IDだけが残ってるなんて・・・。
まだ碇君が帰って来ると、皆信じてるの?

スタッフの入退場記録くらいであれば、レイのIDでも見ることができるが、行動記録
迄は見ることはできない。コンピュータルームから出て帰ろうとするが、なんとなくま
だネルフに後ろ髪を引かれる。

零号機は修理できたのかしら?
そうね。アスカの弐号機も見てから帰ればいいわ。

1度帰ろうとしたが、何気なくそう思い立ちケージに立ち寄ってから帰ることにした。
最近のミサトやリツコのことにしても、シンジのIDのことにしても、なんだか釈然と
しない為、もう少しネルフに居る理由が自分に欲しかったのかもしれない。

ブーン。

レトロな作りのエレベータが、ケージへ向かって降りて行く。レイはエレベータの下が
る感覚を感じながら、久し振りに見るケージの様子に目を向けた。

零号機、修理されたのね。
・・・え?
どうして?

1度は自分を納得させ様としたレイだったが、再びシンジのことで大きな疑惑が沸いて
来る。そこにあるはずの3体のエヴァの中、初号機だけがケージから姿を消していた。

IDが残っている碇君。
初号機も無い。
パイロットがいない筈なのに・・・。

チン!

エレベータがケージに到着し停止する。アスカに報告したくて弐号機を見に来たレイだ
ったが、そこから降り様とはせずそのまま元来た場所へ上がって行った。

やっぱり、おかしい。
初号機がなくなるはずないもの。
セントラルドグマに移したの?
・・・・パイロットもいないのに。

初号機。
ケージには無い。
考えられるのは、セントラルドグマ,実験室,地上,そしてターミナルドグマ・・・。
まさか、碇君がターミナルドグマで何かしてるの?
そんな筈ないわ。
でも、碇君は司令の子供・・・。

いくらレイとはいえ、セントラルドグマならともかく、ターミナルドグマへゲンドウの
命令無しで自由に降りることなどできるはずもない。

やっぱり、碇君はいるの?
わからない・・・。

それ以上レイにはどうすることもできなかった。ミサト達の最近の行動,シンジのID,
初号機。疑惑が膨らむ要素がこれ程重なっている。きっと何かあるに違い無いのだが。

実験室にだけでも、寄って行こうかしら。
ID、更新したこと、赤木博士に連絡しなければいけないもの。

ターミナルドグマは無理でも、どうせ帰り道に少し寄り道するだけなので、レイは実験
室に立ち寄ってから帰ることにした。

<実験室>

リツコそしてマヤを始めとする技術部関連のスタッフ達は、ピリピリした緊張の中、最
後のMAGIのプログラムチェックに入っていた。ここまで来ては、少しのバグも許さ
れない。

「マヤっ! そっちはどうっ?」

「はい。全パス問題ありませんっ。」

「エラーケースもね。」

「はい。全内部境界条件で、モジュールテスト完了しています。」

「じゃ、後10回は、正常ケースのヒートランしておいて。」

「10回も全パス流したら、数時間掛かりますが?」

「やりなさい。1度で終わらないことだってあるのよ。2度目が動かないなんて、許さ
  れないわ。」

「はい。」

技術部がプログラムの最終テストに入っている間、ミサトは疲れた体を奮い立たせなが
ら、あらゆる可能性を想定し工作班や医療班の配置を確認する。

シンジくん。
必ず帰って来るのよ。
あなたを待ってる人は、たくさんいるんだから・・・。

初号機を見上げるミサト。資金調達に始まり、人の手配など自分のやれることは全てや
った。リツコも頑張っている。後は人事を尽くして天命を待つしかない。

『ミサトっ!』

頭上のガラスに隔てられた部屋から、リツコがマイクを通して呼び掛けて来る。

『プレサルベージ、開始するわ。』

「オッケー。今、上がるわ。」

全てのプログラムや機器が動作することの最終チェックを行う為に、模擬体を利用した
仮想的なサルベージを事前に1度行うことにしていた。それが、プレサルベージ。

実験室の中に入っていたミサトを始めとするメンバーは、安全の為1度コントロールル
ーム迄上がる。

「これより、シンジ君のサルベージを開始します。」

リツコの号令が全スタッフの耳に入り、明日の本番さながらにプレサルベージが開始さ
れる。その時、エアの抜ける音と共に実験室の扉が閉まる音がした。

「ん?」

リツコは作業の推進に全神経を集中しており気付かなかったが、何気なく振り向いたミ
サトの目には、閉ざされた扉があるだけだった。

<第3新東京市郊外>

ミサトのマンションへ向かい歩くレイ。そこではアスカが自分の帰りを待っているだろ
う。

このことをアスカに言ったら・・・。
笑顔のアスカ。
私の好きなアスカ。

帰る前に少し寄り道をして、スーパーで買い物をして帰ることにする。

アスカにとって嬉しい知らせ。
ケーキ。こんな時に作る物。

正確には覚えていなかったが、朝アスカが見ていたレシピの本に書いてあった物と自分
のわずかな料理の知識を動員して、ケーキの材料を買い物籠に入れていく。

レジへ向かい行列に並ぶレイ。

初めて、ケーキの材料なんて買った。
私も、これくらいできる様になったのね。
これも、アスカのお陰。
以前では考えられなかったことなのに・・・。

そう考えると、アスカが来てからいろいろなことを覚えた。以前は必要無いと気にも掛
けなかったことだが、今となっては良かったと思える。

「2040円です。」

クレジットカードを差し出すレイ。

「すみません。うちの店はキャッシュしか扱ってないんです。」

「はっ!」

店員を見上げるレイ。

「どうしてそういうことを言うの・・・。」

クレジットカードしか持っていなかったレイは、買い物籠に入れてきた物を1つ1つ元
あった場所に戻し、とぼとぼと手ぶらでスーパーを出て行ったのだった。

<ミサトのマンション>

マンションへ帰ると、アスカは新聞に挟まっていた広告をテーブルに広げ、念入りに眺
めているところだった。

「ただいま。」

「あら。早かったのね。」

「何を見ているの?」

「ほらほら。見てよ、駅前の電気屋さん。明日、安売りなんだってぇ。」

「そう。」

「でさぁ、ほらほらSDVDのヘッドホンステレオがあるのよ。」

「ヘッドホンステレオ?」

「もうシンジのSDATのってさ、古いでしょ? これ買おうかなぁって。」

少し顔を顰めるレイ。今シンジはいないのだ。いや、実際はネルフにいるのだが、その
ことをアスカは知らないのだ。それなのに、どうしてそんな物を買おうとしているのか。

「どうして碇君のを買うの?」

「シンジが帰ってきた時、プレゼントがあったら喜ぶかなぁって。ねぇ、そう思わない?」

「・・・・・・。」

「プレゼントの1つもないと、嫌われちゃうじゃない。」

「!!!」

顔面蒼白になってアスカを見返すレイ。その間も、アスカは必死で広告と睨めっこして
いる。

駄目。
このまま碇君が帰って来ては駄目。
同じことを繰り返すだけ。
そう・・・そうなのね。

レイはそのまま何も言わず、居候しているアスカの部屋へ入って行く。それ迄広告に集
中していたアスカは、そんなレイに気付き不思議そうな顔で見上げた。

「どうしたの?」

「少し疲れたから、横になるわ。」

「ふーん。久し振りにネルフへ行ったからかしら? ID更新できた?」

「駄目だったわ。明日もう1度行く必要があるわ。」

「えー? そうなのぉ? はぁーあ。せっかく明日は、ケーキ作ろうと思ってたのになぁ。」

「ごめんなさい。」

「そういうことならしゃーないじゃない。おやすみぃ。」

「ええ。」

2人の間を1枚の扉が閉ざす。その襖の向こうで、カーテンごしに夕日を顔に浴びなが
ら、レイはシンジに明日会った時のことを考え続けるのだった。

<ネルフ本部>

翌日レイは、アスカが起きる前に朝食の準備だけを済ませネルフ本部へと来ていた。今
日はそのまま迷うことなく実験室へ直行する。

カシュっ!

実験室の扉が開く。中へ入ると、昨日より更に騒然としており、あちこちで技術部の人
間が大声を上げ、互いの状況をチェックをしている。

「レイっ!!?」

レイが入って来たことに、真っ先に気付いたのはミサトだった。ここにいるはずのない
レイが、入り口付近に立っている。

「どうして、あなたがここにいるのっ?」

続いてリツコも驚いた様子で声を掛けてくるが、レイは無表情のままコンソールルーム
の中央に歩み寄る。

「碇君に、会いに来ました。」

「どうして、そのことを知ってるの?」

「昨日の更新の時、碇君のIDがありました。」

「私が軽率だったわね・・・。」

レイであれば、それくらいのことに気付いて当然かもしれない。リツコは、この時期に
レイをネルフに呼んだことを後悔する。

「じゃ、アスカはっ?」

ミサトは、レイのことはさほど心配していなかったが、このことをアスカが知った時の
反応が怖かった。

「アスカは、まだ知りません。でも、碇君と少し話をした後、言います。」

「そう・・・。」

安堵の溜め息を零しつつも、レイがアスカに言ってくれているんじゃないかと期待して
いた自分が、どこかにいたことに気付く。

「まぁいいわ。レイ、あなたもシンジ君が戻って来る様に呼び掛けて頂戴。これは、心
  の問題が大きいの。」

「はい。赤木博士。」

もう自分ではアスカをどうすることもできない。後はシンジに頼るしかないことを知っ
たレイは、素直にシンジの帰りを願いマイクの前に歩み寄る。

そして、サルベージが始まった。

                        :
                        :
                        :

それから数分後、スタッフ一同は愕然としていた。1ヶ月振りに、エントリープラグか
ら出たシンジのプラグスーツは、その主を失っていたのだ。

「シンちゃーーーん。」

射出されたエントリープラグから流れ出たLCLの上にぺたりと腰を落として、シンジ
のプラグスーツを抱きしめ泣き崩れるミサト。

そんな・・・。
そんな・・・。
そんな・・・。

色を失ったレイの目が、その様子を眺める。


失敗するなんて・・・。
考えてなかった・・・。

失敗するなんて・・・。
失敗するなんて・・・。
失敗するなんて・・・。

レイは愕然として、膝をLCLの上にピシャリと折る。スカートの裾がLCLで濡らさ
れる。

こんなはずじゃ・・・。
どうして・・・。

シンジがサルベージされた後のことしか考えてなかった。・・・いや、シンジの力を借
りて昔の様なアスカに戻すことしか考えていなかった。アスカのことで頭が一杯で、シ
ンジがどういう状況に成り得るのか迄、考えが及ばなかった。

どうしてあなたは・・・。
あなたは、アスカを悲しませることしかできないの。
どうして・・・。

ミサトとは逆に、サルベージが失敗するのであれば、昨日のうちにアスカに言っておく
べきだったと、後悔してもしきれない想いになる。

LCLに溶けたままで・・・。
あなたは・・・。
あなたは・・・。
あなたは、そんなところで何をしてるの・・・。

そんなところ・・・はっ!

泣き崩れるミサトの後ろで愕然としていたレイだったが、急に何かを思い立ち立ち上が
ると初号機のコアに向かって歩き出す。

「あなた・・・。アスカにあんなに酷いことをして、このまま出て来ないの?」

コアに向かって話し掛けるレイ。泣き崩れているミサト以外のスタッフは、そのレイの
奇妙な行動に注目する。

「このまま出て来なかったら、私はあなたを許さない。」

語り続けるレイ。

「アスカがあのままでいいの? あなたは。」

初号機のコアの色がわずかに変わった。それを見てとったレイは、少し後ろへ退き更に
語り続ける。

「今のアスカには、あなたが必要なの。碇君・・・。」

ズシャッ!

LCLが噴出する。それと同時に、まるで異物を飲み込んだ魚がそれを吐き出すかの様
に、シンジがヌルリとコアから弾き出された。

それを見たレイは、安堵の溜め息を零しつつ初号機を見上げる。まるでその向こうにあ
る何かを見る様な目で。

「シンちゃーーーん。」

それ迄プラグスーツを抱き締めていたミサトは、泣きながら出て来たシンジを抱き起こ
し、すぐに医務室へと運んで行くのだった。

<医務室>

シンジが意識を回復したことを聞いたレイは、保護者であるミサトに付き添って貰い一
緒に医務室へとやって来ていた。

「そっ! そんなのって、ひどいよっ!」

レイの話を聞き、シンジが叫び声を上げている。

「他に方法があるなら、私はそれでいいわ。」

「それは・・・。」

他に打開策を思いつかず、口篭もるシンジ。

「でも、レイ? 真実を知ったら、あなたアスカに恨まれるかもしれないわよ。」

「構いません。それで、アスカが輝きを取り戻すなら・・・。」

「レイ・・・。」

「でも、1つ間違ったらアスカが、もっと。」

シンジは、まだ決心がつかない。

「アスカのことは私が見てるわ。」

「・・・・・・。」

ベッドのタオルケットに視線を落として考え込むシンジ。本人も認めている様に、レイ
の言っていることがベストだとは思えないが、よりベターな方法が無い。

「シンちゃん。アスカに好きだって言ったんでしょ?」

「はい。」

「今のアスカには自信が無いのよ。それなのに、天の恵みだけ貰ったもんだから、必死
  で抱きしめちゃって・・・。」

「じゃ、ぼくはどうすれば?」

「シンちゃんは、今のアスカと好きだって言った頃のアスカ、どっちが好き?」

「今のアスカも。」

「浮気は駄目よん。」

「浮気って・・・。」

「どっちが、好きかって聞いたのよ。”も”は駄目よ。」

「そりゃ・・・。」

「でしょ。今のアスカは、あの頃のアスカに負けたのよ。」

「わかりました・・・。でも、これでいいんですよね。本当に、いいんですよね。」

まだ不安がるシンジの前に、1歩踏み出すレイ。

「このまま碇君が帰ったら、また同じことになるもの。私を信じて。」

「わかったよ・・・。」

その後、今後の生活のことなど細かい打ち合わせをして、シンジの病室からレイとミサ
トは出て行った。

<ミサトのマンション>

その日の夕方、ミサトはこれ迄に持ち出した着替えなどの荷物と一緒に、レイを伴って
久々に我が家へ帰って来た。

「あら、ミサト。もう仕事はいいの?」

「ええ。いいわよん。」

「長い徹夜だったわねぇ。」

そんなことをいいつつもアスカは、今日買って来たSDVDのラッピングに集中してお
り、口だけでミサトと話をしている。

「そうそう、今日からはレイがシンちゃんの部屋使うことになったから。」

「なっ!」

ラッピングしかけのSDVDヘッドホンステレオを、掴んで立ち上がったアスカは、驚
いた顔をしてミサトを見返す。

「ダメーっ! ここはダメっ!」

「どうして? 部屋、空いるじゃない。」

「シンジが帰って来た時、どーすんのよっ!」

「あら。それなら大丈夫よ。」

「大丈夫じゃないわよっ!」

「シンちゃん、今日帰って来たから。」

「えっ!!!?」

信じられないといった表情をしながらも、その口元に笑みが浮かんでくる。

「シンジがっ!? シンジは何処っ!?」

「ネルフの寮で一人暮らしするから、もうここには帰って来ないって。」

「えっ!!!?」

「好きな娘が帰って来るのを、1人で待つんだって。」

ガシャンッ!!

アスカの手から買ったばかりのSDVDがこぼれ落ちる。耳障りな音を立てて、ヘッド
ホンステレオのプラスティックが砕け、床に散らばった。

To Be Continued.
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