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ΔLoveForce
Episode 26 -過去からの言葉-
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<シンジの寮>

検査も終わり退院したシンジは、今日からネルフの寮で1人暮らしを始めている。その
建物の前で、アスカは先程から行ったり来たりしていた。

会いたい。
嫌がられる・・・よね。

アスカの前を寮に住むネルフの職員が通り過ぎて行く。その姿を見る度に、物陰に身を
隠す。

会ってくれないわよね。
やっぱり。
嫌われちゃった。

エヴァ参号機の事件を思い出すと、心臓を握り潰されているのではないかと思える程に
胸が苦しくなってくる。

嘘ついたアタシがいけないのよ。
嫌われて当然よね。
アタシのせいで鈴原が・・・。

会いに行きたくて仕方が無いが、会ったら決定的な一言を叩き付けられそうで、怖くて
足が前に出ない。

「おや? アスカちゃん?」

「!」

ネルフから帰って来たシゲルが、アスカを見つけ声を掛けて来た。あらぬ所から声を掛
けられ、咄嗟にヤバイという顔をして振り返る。

「なんだい? シンジくんかな?」

「くっ!」

何も言葉を発することができず、俯き加減に前髪で顔を隠して走り去って行く。青葉は
わけがわからず、ギター片手にきょとんとその後姿を見送っていた。

<ネルフ本部>

翌日は、アスカの最も恐れていた日となった。ハーモニクステストの呼び出しが、一ヶ
月振りに掛かった。

シンジに会ったら・・・。
どんな顔すればいいの?

更衣室でのろのろと着替えながら、心ここにあらずという様な目で、シンジへの接し方
ばかりを考える。一緒に着替えていたレイの目には、まるでアスカが雨に打たれて震え
ている子猫の様に見えた。

頑張って。
アスカ。

久し振りに白いプラグスーツを着たレイは、腕に付けられたボタンを押しスーツのエア
を抜くと、なかなか着替え終わらないアスカに近寄る。

「行きましょ。」

「今日、体調悪いから・・・。」

「アスカ?」

「リツコに、そう言っといてくれないかしら?」

「体の検査はしたはずよ?」

「・・・・・・。」

がっかりするレイ。逃げ始めてはきりがない。上り坂が嫌だからと言って、下へ下へと
向かって行けば、最後は海に阻まれ行き場を失うだけ。

「行きましょ。碇君が待ってる。」

「待ってないっ! アタシを見たらイヤな顔するっ!」

「アスカ?」

「イヤイヤっ! シンジにそんな目で見られるのはイヤっ!」

「碇君が、ハーモニクステストが始まるのを待ってるわ。」

「・・・・・・うっ。」

あえてシンジが待っている物をハーモニクステストに固定し、いつ迄もここにいるとシ
ンジが迷惑すると誇張する。

「・・・・・・。」

その言葉に動かされる様に、再びプラグスーツに腕を通し着替えると、観念した様にア
スカはレイと共に更衣室を出て行った。

廊下を歩く足が震える。レイに引っ張って貰いながら、なんとかかんとか模擬体のエン
トリープラグまで歩いて行く。

「レイ・・・。」

「なに?」

「お願い。手を離さないで。」

レイの手をしっかりと握るアスカの手から、その心情が伝わってくる。ここまで怯えた
アスカを見るのは、レイにとって初めてのことかもしれない。

「ええ。」

実験室の扉が開いた。緊張が最大限に達し手も足もガチガチと震えるが、そこにシンジ
の姿は幸か不幸か見当たらなかった。

「先に入ったのね。」

「そう・・・。」

がっかりしたのか安心したのか少し溜息を溢し、自分のエントリープラグの前に立つ。
レイが手を離そうとするが、アスカはに握ったまま離そうとしない。

「アスカ?」

「ダメ。1人になりたくない。」

「2人では入れないわ。」

「・・・・・・。」

「さぁ。」

レイの言っていることはもっとも。アスカは震える足でエントリープラグに入る。久し
振りにLCLが肺に入る感覚を味わう。慣れたはずのことなのに、噎せ返りそうになる。

『みんな? 久し振りだから今日は軽く慣らす程度で行くわよん。』

ミサトから通信が入って来るが、その言葉のほとんどが耳に入っておらず、視界に開け
たフルスクリーンの隣に映るシンジの模擬体ばかりが気になる。

『シンちゃんも、病み上がりだから無理しないで。」

『はいっ。』

本当に久し振りに聞くシンジの声、想い人の声、好きで好きでどうしよもない人の声、
アスカの心臓が弾けそうになる。

何かアタシに声掛けて・・・。
何か喋って・・・。
シンジっ。
お願い・・・シンジ・・・。

張り裂けそうな想いで模擬体をじっと見詰めるが、何もそこからは反応が返って来ない
ままハーモニクステストが開始された。

『アスカ? 何してるのっ!?』

「え?」

リツコが怒った声で呼び掛けてくる。シンジのことにばかり気を取られていたアスカが、
何ごとかとモニタに映るリツコの姿に目を移す。

『起動指数ぎりぎりじゃない。ちゃんとやってるの?』

「起動指数ギリギリ?」

『こんなんじゃ、適格者としての資格が無いわねっ!』

『リツコっ! そこ迄言うことないでしょっ!』

『事実ですっ!』

『リツコっ!』

回線の向こうで言い合っている声が聞こえるが、そんなことよりも適格者たる資格が無
くなれば、ドイツに帰らされるかもしれないという恐怖が襲い掛かって来る。

起動指数ギリギリ?
そんなはずがっ!

必死でシンクロ率を上げ様とするが、その日のアスカのシンクロ率は、起動指数をほん
の僅か上回る程度のまま、一向に上がる気配を見せなかった。

実験終了。

シンジはアスカのシンクロ率が上がっていないことを知り、気になって仕方が無かった
が、今は声を掛けてはいけないと思い留まり、何も言わずにエントリープラグから出る。

そこあったのは、同じ様にエントリープラグから出て来たレイの姿。

「綾波。アスカは?」

「もう少し待って・・・。」

「ぼくは。」

「アスカは必ず走り出すもの。その時は・・・。」

「その時は?」

「私はあなたを恨むわ。」

「・・・・・・。わかったよ。」

レイと二言三言小声で話しをして、シンジは実験室を去って行く。それを見届け、レイ
が振り返ると愕然としているアスカの姿があった。

レイとは話をするのに。
振り向きもしてくれなかった。
アタシには・・・。

愕然とその場に立ち尽くし、今シンジが出て行った扉を見詰める。

「行きましょ。」

レイが声を掛けて来る。しかしアスカは答えず、半ばレイを睨み付ける。

「話がしたいなら、走れば追い付くわ。」

「イヤっ!」

「どうして?」

「イヤッ! イヤッ!」

「話がしたいんじゃないの?」

「イヤッ! イヤーーーーーッ!!!!」

走り出すアスカ。ドアを抜けシンジが去った方と反対に向かい廊下を掛け抜ける。レイ
もすかさず後を追い掛けた。

                        :
                        :
                        :

しばらく2人は休憩室で座っていた。

レイが買ったジュースを握り締めたまま、ベンチに座り俯くアスカ。

少し落ち着いてきた頃合を見計らい、そっとレイが声を掛ける。

「アスカ?」

「・・・・・・。」

アスカは、視線を合わせ様とせず俯いたまま。

「前・・・私が碇君と付き合おうとしてた時。あの時、アスカはどうしたの?」

「シンジが幸せになれるなら・・・。」

「あなたはそれでよかったの?」

「だって、シンジの幸せが。」

「今は?」

「も、もうダメなの。シンジを離したくないっ!」

「なら、どうして捕まえないの?」

「嫌われちゃうじゃないっ!」

「どうしてそんなに変わってしまったの?」

「変わってなんかないっ!」

「違う。碇君の幸せを願うのと、嫌われたくないから逃げているのとでは、全然違うわ。」

「逃げてる・・・。」

「あなた・・・とても大切なこと忘れてる。」

「大切なこと・・・。なに?」

「じゃ、私先帰るから。」

「なにっ! 大切なことってっ!」

「アスカにならわかるはず。」

「わからないわよっ!」

「そんなことはないわ。」

「わからないから聞いてるんでしょ!」

「いいえ。わかるわ。だって・・・。」

「だって、何っ?」

「私があなたに教えて貰ったことだから。」

「えっ?」

「家で待ってるわ。」

レイはベンチに座ったまま視線で追い掛けてくるアスカを置き、休憩室から出て行った。
アスカはベンチに座ったままレイの言葉を思い返す。

大切なこと。
それをレイがアタシに言おうとしてる。
アタシが言ったことをレイが・・・。
昔のアタシが、アタシに何かを語り掛けている。
今のアタシに・・・。

なに?
どうして?

静まり返った休憩室に、手にしていたジュース缶のプルトップを開ける音が響く。口に
付け傾けるとレイが買ってくれたジュースが喉を通る。

美味しい・・・。
そっか、アタシ喉乾いてたんだ。
そうだったんだ・・・。

一気にジュースを傾け喉の渇きを癒すと、なんだか体全体が潤った様な気分になってく
る。

そうだ。
忘れてた。
レイにジュース。ご馳走様って言わなくちゃ。

空になったジュースの缶。ここを利用するスタッフが多い為か、清掃員がさぼっている
のか、いつも缶が山積みになって捨てられているゴミ箱に、崩れない様そっと捨てる。

帰らなくちゃ。

アスカが休憩室を出て行こうとする。その時廊下の向こうから、シンジがこちらに歩い
て来るのが見えた。アスカは咄嗟にその身を隠す。

「・・・・・・。」

近付いてくるシンジの足音。

休憩室に入らず通り過ぎてくれることを祈りつつ、自動販売機の影で息を潜める。

「・・・・・・。」

シンジが休憩室の前まで来る。

「・・・・・・。」

そしてそのまま、休憩室には入らず通り過ぎて行く。

「・・・・・・。」

アタシ何してんのよ?
シンジにあんなに会いたかったのに・・・。

なぜ隠れたの?

怖いから。
シンジにイヤな目で見られるのが怖いから・・・。

アスカは完全にシンジの足音が聞こえなくなったことを確認すると、休憩室から出てネ
ルフ本部を去って行った。

<ミサトのマンション>

帰り着くと、今日もレイが夕食の準備をしてくれていた。メニューは、ほんの僅かにレ
バーが入ったレバニラ炒め。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

「何か手伝うことある?」

「もうできるからいいわ。座ってて。」

「そ。」

ダイニングテーブルに腰掛け、夕食の支度をするレイの後ろ姿を見つめる。フライパン
と食器棚を行ったり来たりする度に、蒼いショートカットの髪がフサフサと揺れる。

「ねぇ、レイ?」

「何?」

「どうして、髪を短くしているの?」

「乾きやすいから。」

「そう。」

なんとも素っ気ない答え。昔に比べ随分と感情豊かになったが、まだまだ女の子として
の教育が必要。

「ねぇ、レイ?」

「なに?」

「以前アタシさ、アンタに何て言ったの?」

「思い出して。」

「そう。」

なんとも素っ気ない答え。

「ごめんなさい。」

「え?」

「言葉だけ思い出しても仕方ないから・・・。」

「そう。」

夕食も出来あがり、2人はご飯と味噌汁そしてニラレバ炒めを食べた。

「あら?」

「どうしたの?」

殆ど食べ終わった頃。

「アンタ、肉食べてたの?」

「ええ。」

「あんなに嫌がってたのに、どういう心境の変化?」

「嫌なことに目を閉ざしてるのは、いけないと思って・・・。肉も必要だから。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

アスカの様子を伺うレイ。

「・・・・・・。」

「ご馳走様。」

レイは立ち上がると、自分の食器をキッチンの流し台へ運ぶ。

「ごちそうさま。」

アスカも続いて自分の食べ終わった食器をキッチンへと運び、シンジの部屋へ引越しし
た為、レイの荷物のなくなった部屋へと入って行く。

あの頃のアタシ・・・。
今のアタシ・・・。

レイはキーワードに、自分がシンジと付き合おうとしていた頃のことを持ち出して来た。
丁度マナが現れた頃のこと。シンジが自分のことを好きだと言ってくれる切っ掛けをく
れた、マナが現れた頃のこと。

あの時も、辛かった。
シンジが遠くへ行ってしまいそうで辛かった。




                        あれ?




アスカは何か物を無くして、探しても探しても見付からない時の様なイラつきを心に感
じた。

あの時、アタシは辛くて仕方がなかった。
今も辛くて仕方がない。




                        あれ?




捜し物はまだ見付からないが、確かあの時あの場所に置いてきた様な気がする。
あの時・・・。いつ? あの場所・・・どこ?

アタシはシンジが好きで好きで仕方無かった。
今もシンジが好きで仕方無い。
あの頃、シンジはアタシのことを好きじゃなかった。
レイのことしか見てなかった。

今は?

長い長い螺旋階段を歩き続けるアスカの心。無くした物は何だろう。無くした物は何処
だろう。

長い長い螺旋階段。

アスカの心は歩き続ける。

次に目が開いた時、外は明るい朝日に包まれていた。

「おはようレイ。」

「おはよう。」

「いつも早いのね。」

「ええ。」

「あら、ベーコンエッグじゃない。」

今日の朝食は、小さな小さなベーコンがお情けで付いている様なベーコンエッグ。喫茶
店でこんなのを出したら苦情を言われるだろう。

「あ、ごめんなさい。アスカのは大きなので良かったのね。」

「これでいいわ。面白いし。」

「面白い・・・のね。」

清水の舞台から飛び降りるつもりで作ったベーコンエッグを、面白いと言われて少なか
らずショックを受ける。

「もうできたんでしょ?」

「ええ。」

「じゃ、食べましょ。」

心なしかアスカが少し明るく見える。

「何かみつかった?」

「ううん。ただ、何か何処かに落として来た様な気がして・・・。」

「そう。」

軽く返事をして小さなベーコンを更に小さくナイフで切り刻み、卵と一緒に食べるレイ。
内心、アスカの手を取って微笑みたい気分。

あの頃の眩しいくらいの輝きを・・・。
頑張って。

まだアスカは暗中模索状態なのだろう。しかし、わずかでも切っ掛けとなる物を掴み掛
けている。それには天と地の差がある。レイは嬉しくて仕方がなかった。

その時。

ピリリリリリリリリ。

携帯の音が鳴り響く。

不意を突かれた為か、音量を大きくしてしまっていた為か・・・。

神経を劈かれる様な、脳天から足の先まで落雷に射貫かれる様な、そんなショックを覚
えるレイ。

「はい。綾波です。」

『レイっ! アスカもいるっ!?』

「はい。」

相手はミサト。

厳しい声の作戦部長。

紅いその瞳を見開く。

『非常事態召集よっ! 使徒が衛生軌道上に現れたわっ!』








<衛星軌道>

白く輝く翼を広げる使徒。

眼下に広がるは第3新東京市。

そこを、アスカはネルフへ向う。

天空高くから、その靡く長い髪を見下ろされているとも知らず。




             羽ばたくかの様に、光の翼を両翼に大きく広げ天を舞う。




                                 運命と共に。




                                アラエル来襲。




To Be Continued.
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