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ΔLoveForce
Episode 27 -愛の重さに崩れる心-
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<弐号機エントリープラグ>

使徒、アラエル来襲。

先のゼルエル戦でS2機関を取り込んだ初号機は、対ゼーレの政治的配慮により凍結。
手駒を減らされた状況下、ミサトは未知の敵への牽制として、弐号機の単機出撃を決
定した。

『ポジトロンライフルで、ATフィールドごと粉砕っ! いいわねっ!』

「ええ。」

肉眼では細部を確認できない衛星軌道上の使徒の姿を、エントリープラグ内のモニター
が白く不気味に映し出す。

勝たなきゃ・・・。
情けないとこばっかり見られたくない。
これ以上嫌われたくないっ!

最終安全装置が解除されるエントリープラグの中で、決意を固め無言で横に並ぶ初号機
に視線を移す。

あそこにシンジが・・・。

ケージの中をリニアレールへ移動される間、じっと初号機に視線を固定し続けるものの、
直接モニタで話をする勇気が出ない。拒絶が怖い。

絶対勝つから。
シンジがいなくちゃ何もできない女の子じゃないから。
だから、見てて・・・。

『アスカ。いい?』

この戦いに勝てたら、少し自信が持てるかもしれない。
だから・・・。

『アスカっ!!!』

「あっ!」

『出すわよっ! 大丈夫なのっ!?』

「わかってるっ!」

『・・・・・・出撃なのよっ! いいわねっ!』

「ええっ!」

『発進っ!』

打ち出される弐号機。何度もここから発進したが、今日はこれまでになく手に汗が滲む
出撃となった。

<地上>

やや暗くなり始めたすみれ色の空の向こう。まるで嘲笑うかの様なアラエルの姿が白く
小さく光りを放つ。

やってやるわよっ!
できるんだからっ!

弐号機と同時に打ち出されたポジトロンライフルを手にし、照準を合わせる。衛星軌道
上とはいえ、MAGIがサポートしてくれる。狙いに狂いはない。

「はぁ。はぁ。はぁ。」

唾を飲み込む。

ロックオン。

トリガーに指を掛ける。

静寂が第3新東京市を包む。

この1撃で全てが終わる。

全てが終わる。

終わる・・・。

勝てば。

負けても。

終わる。

全てが・・・。

遠ざかって行くシンジの姿が脳裏に浮かぶ。

『アスカっ! 何してるのっ! 迎撃よっ!』

「・・・・・・。」

『アスカっ! 聞こえてるのっ!?」

「・・・・・・。」

『アスカっ!!』

「恐い・・・。」

『何言ってるのっ!』

「恐い・・・。」

『アスカっ! 命令よっ! 撃ちなさいっ!』

「いや・・・。イヤっ! シンジっ!」

長い髪と共に頭を振り乱す。

弐号機は、トリガーを引かないままライフルの切っ先をアラエルに固定し、ただ立ち尽
くすのみ。

<零号機エントリープラグ」>

アスカの声を聞いたシンジは、直ぐにレイのプラグに回線を開く。

『綾波っ! もうっ、限界だっ! アスカと話をするよっ!』

「駄目。今、乗り越えなければアスカは永久に弱さから逃げれなくなるわ。」

『そんなこと言ってる場合じゃないだろっ!』

「大丈夫。私が出るもの・・・。」

レイは、出撃体制を取り零号機を動かす。

「葛城三佐。私が出ます。」

守る物ができれば、人は弱くなる。
でも、アスカには似合わない。
アスカには、いつも太陽のように輝いていて欲しいから・・・。

<弐号機エントリープラグ>

弐号機にも、レイ出撃の知らせが入って来る。それを耳にした途端、震えて動かなかっ
た指に力が篭る。

またアタシは・・・。
何もできずに退却。

そんなことになったら。
シンジは・・・。

そんなの。

そんなのいや。

そんなのいや。

そんなのいや。

「イヤーーーーーーーっ!!」

ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

ポジトロンライフル発射。

しかし、MAGIのサポートは既にレイに移行されており、照準が定まっていない。

弾道がズレル。

エネルギーはアラエルを掠め、外宇宙へ消え行く。

「しまったっ! こんちくしょーーーーーっ!!!」

第2射発射。

『アスカっ! やめなさいっ! アスカっ!』

「もう負けらんないのよーーーーーっ!!!」

ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

第3,4,5・・・全ての弾道が空を切る。

『MAGIのサポート、アスカに戻してっ! 早くっ!』
『無理ですっ! レイが出ますっ!』
『ちっ! レイ急いで!』

トリガーを引く。引く。引く。

そして、世界が光った。

虹に満たされる第3新東京市。

「キャーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

アスカの切り刻むような悲鳴が街を裂き。

零号機が地上に射出された。

<零号機エントリープラグ>

「アスカっ!!!」

アスカの悲鳴がレイの耳を劈く。

射出されたポジトロンスナイパーライフルも持たず、弐号機に向かい走り出す。

『キャーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!』

神経に刃物を当てたようなアスカの悲鳴。

アスカがっ。
アスカを守らないと・・・。

無心でアスカを庇おうと、弐号機に覆い被さる。だが、精神汚染の波長は弐号機に合わ
されており、盾のごとく光を遮っても効果がない。

「撤退しますっ!」

弐号機を引きずり撤退開始。

だが、ゲンドウの声が入って来る。

『何をしている。敵を殲滅しろ。』

「駄目っ。アスカがっ! 』

『レイ・・・。』

ゲンドウの声が低く響くが、それを無視しレイは無我夢中で弐号機の救出に全力を注ぐ。

だが、弐号機が自ら零号機の手を振り解く。

『イヤっ! 撤退したら、シンジに嫌われるっ!』

「!!!」

狂気にも似た涙声のアスカ。

蒼白になるレイ。

必死でアスカにしがみつく。助けようとしがみつく。

しかし、レイの手を振り解きボロボロになりながら戦い続けるアスカ。

『キャーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!』

断続的にアスカの悲鳴が耳を劈く。

「お願いっ! アスカ戻ってっ!!!」

『絶対イヤっ! 撤退するくらいなら、シンジに嫌われるくらいならっ!
  ここで死んだ方がいいっ!!!!』

それでもレイは必死で弐号機を救出しようとする。

その顔には悲壮感を漂せ。

<初号機エントリープラグ>

地上から聞えてくるアスカの悲鳴とレイの絶叫にも近い叫び。

「うおぉーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

命令違反にするならすればいい。シンジは独断で最終安全装置を引き千切りにかかって
いた。

『シンジ。』

「父さんっ! 邪魔をしてもっ! ぼくは出るっ!」

『まて。』

「嫌だっ! アスカをっ! 綾波をっ! 見捨てられるもんかっ!」

ゲンドウと真っ向から対立し、更に拘束具を引き千切ろう両手に力を込めた瞬間、一気
にその鉄の固まりの抵抗がなくなる。気がつくと、全てのロックが解除されていた。

『敵の精神攻撃は弐号機に固定されている。現時刻をもって初号機の凍結を解除。出撃。』
『しかし、もう余分なポジトロンスナイパーライフルはっ。』
『ロンギヌスの槍を使え。』

リツコが反論するが、ゲンドウはニヤリと言い放つ。

「ロンギヌスっ? 」

シンジにはそれが何なのかわからない。

『赤木博士。指示を頼む。』
『はい。』

<弐号機エントリープラグ>

アスカの前に広がる無機質なモノトーンの映像。

5歳の自分の姿をしたものが立つ。

『シンジのことが好き?』

「そうよっ!」

『嘘。』

「ウソなんかじゃないっ! 好きなのよっ! 好きで好きでどうしようもないのっ!」

『嘘。』

「ウソじゃないっ! 好きなのよっ! 愛してるのっ!」

『愛してるんじゃないクセに。』

「違うっ! 愛してるのっ!」

『愛されたいだけのクセに。』

「違うっ! アタシはシンジを愛してるのっ!」

『自己本意なだけのクセに。』

「違うっ! アタシはシンジを愛してるのっ!」

『自分のことしか考えてないクセに。』

「違うっ! シンジのことを考えてるのっ!」

『シンジに愛して貰うことだけしか考えてないクセに。』

「愛してるんだから、愛して欲しいって思ってもいいじゃないっ!」

『いつも助けられてばかりのクセに。』

「違うっ! アタシは頑張ってるっ!」

『自分は何もしてないクセに。』

「違うっ! アタシはシンジを愛してるっ!」

『何もせずに要求だけするクセに。』

「違うっ! アタシは精一杯シンジを愛してるっ!」

『じゃぁ、あなた。』

5歳の頃の自分の姿が眼前に広がる。

『シンジに何してあげたの?』

精神汚染が臨界点を突破した。

<零号機エントリープラグ>

零号機に倒れる弐号機。

気がつくとアスカの悲鳴も聞こえなくなっている。

「アスカっ!!!」

力無く倒れ込んで来た弐号機を必死で引く。

全く抵抗らしい抵抗を見せず、ずるずると弐号機が引きずられる。

私は・・・。
私は・・・。
私は・・・。

それまで無我夢中でアスカを救出しようとしていたレイ。

だが、ここにきて始めて自分というものを取戻す。

「私・・・。」

力無くシートに凭れ掛かりながら、夢遊病者の様に弐号機を引き摺る。

そして、レイが地上から退却しようとした時。

ロンギヌスの槍を手にした初号機が地上に姿を見せた。

弐号機陥落。

アラエルの光の波長が初号機に矛先を変える。

「よくもっ! アスカをっ! うおーーーーーっ!!!!」

投擲体勢に入り狙いを定めていては間に合わない。

シンジは、体を反らせると同時、一気に槍を撃ち放つ。

そんなシンジの様子を目にし、シンジの怒の声を聞きながら、ジオ・フロントに戻って
行く・・・レイ。

私・・・。

暗い地下に入る。

アラエルが初号機によって殲滅された報が入る。

発令所から歓喜の声が入る。

レイの耳に入る。

それは、胸を貫かれるような辛い響きだった。

<更衣室>

俯きながら女子更衣室へレイが足を運ぶ。

開く更衣室の扉。

そこには両膝を腕で抱かえ、ベンチシートの上で蹲るアスカの姿。

レイは、逃げる様に更衣室から遠ざかって行く。

私のせい。
私のせいでアスカは。

私は理想を・・・。
アスカに理想を押し付けて・・・。

アスカを守ったのは碇君。
私は・・・。私は何もしてない。

当ても無く廊下を歩く。

着替えていない為帰ることもできず、ただ歩く。歩く。歩く。

私はアスカを好きになってはいけないもの。

私が碇君に余計なことを言ったから・・・アスカは。
全て私のせい。

私はアスカを好きになる資格のないもの。
人を愛する資格のないもの。

愛。生きる絆・・・。
それを持たないもの。

「レイ。」

名前を呼ばれた。顔を上げると、無表情なリツコの姿が目の前にある。

「司令がお呼びよ。」

「はい・・・。」

<司令室>

司令室へ入ると、ゲンドウがこちらを見ていた。

「なぜ命令を無視した。」

「はい。」

「理由を聞いている。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「言いたいことはないのか。」

「・・・・・・はい。」

「そうか。」

ゲンドウが視線で合図をすると、側に立っていた黒服の諜報部員がレイの手を背中で掴
みに手錠を掛ける。

「入れておけ。」

「はっ。」

それから3日間、レイは暗い反省室に入れられた。

暗く。

狭く。

自由の無い時間。

だが精神的な痛みに比べれば、何の苦痛も感じない3日であった。

<廊下>

レイが反省室へ連れて行かれた頃、シンジはアスカを探して廊下をうろついていた。
この女子更衣室の前を通るのは何度目だろうか、中に入ることができない為、そこを中
心にうろうろしている。

おかしいなぁ。
後はここくらいしか考えられないんだけど・・・。

更衣室を通り過ぎる。アスカの行きそうな所は全て回ったが、その姿どころかレイすら
見かけない。

カシュ。

背後で女子更衣室の扉が開く音がした。アスカではないかと即座に振り返るが、そこか
ら出て来たのはマヤの姿。

「あの。マヤさん。」

「あら、今日はお疲れ様。」

「アスカ、まだ中にいました?」

「アスカちゃんは、赤木博士が体の検査するとかって言ってたけど?」

「そうですかっ! ありがとうございましたっ!」

少し明るい表情になり、廊下を走って行くシンジの後ろ姿を、マヤは微笑ましげに見送
っていた。

<リツコの研究室>

リツコの研究室へ入ったものの、そこにもアスカの姿はなかった。

「あの、アスカは?」

「特に問題なかったから帰したわ。どうしたの?」

「えっ!」

「シンジ君もあの光、浴びてるから検査しておきましょうか?」

「いいですっ! じゃっ!」

リツコの研究室を駆け出し、シンジは悲壮な顔でネルフを後にする。

問題ないわけないじゃないかっ!
今日のアスカ普通じゃなかったのにっ!

<ミサトのマンション>

久し振りに帰るミサトのマンション。そこには、以前からあったアスカの荷物に合わせ
レイの持ち物も置いてある。しかし、それらの主はやはりない。

どうする?
ここで待ってる方が・・・。
いや、探しに・・・。
でも、もし帰って来たら。

行動の選択を迫られ悩んでいると、いつも電話の横に置いてあるメモが目に入って来る。

そうだっ。

”帰って来たら電話が欲しい”と自分の携帯の番号と共に書いたメモを、ダイニングテ
ーブルに残し、シンジは夜の街へ駆け出して行った。

<バス>

バスが揺れる。

ネルフから乗り、いつも自分が降りるバス亭を通り過ぎ。

今はどの辺りだろう。

アタシ・・・。
嫌いになっちゃった。

走り続けるバスの中、その振動に体を揺らしながら、アスカはうつろな視点の定まらな
い色を失った目で外の景色を眺め続ける。

アタシ・・・世界で1番。

アタシが嫌い。

To Be Continued.
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