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ΔLoveForce
Episode 28 -傷つき飛び立った小鳥の宿る木-
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<ヒカリの家>

アスカはここ数日、ミサトのマンションへは帰らずヒカリの家に泊まりゲームをするか
テレビを見る生活を送っていた。

「まだ帰らなくてもいいの?」

「ごめん。迷惑・・・かな。」

「ううんっ! そんなことない。」

「ごめんね。ずっと。」

「それはいいんだけど。」

ここへアスカが泊まりに来た日、ヒカリはネルフで何かあったのだろうと思い、理由な
ど聞かず快く招き入れた。

「でも、また碇くんから電話があって・・・。あ、『いない』って言っといたけど・・・。」

「そう・・・。」

だがその日からだ。毎日シンジから電話が掛かって来るようになったのは。どうやらネ
ルフで何かあったというより、シンジとの間に何かあったというのが正解のようだが、
こういうことを立ち入って聞いていいものかヒカリは悩んでいた。

「なんかさ。碇くん、心配してるみたいなんだけど?」

「うん・・・シンジ優しいから。」

「そうね。」

探りを入れる意味でちょこちょこシンジの名前を出したりしているのだが、アスカの口
調からして喧嘩して飛び出して来た様子もない。自分の想像の範囲を越えた現状に、ヒ
カリは自分の取るべき態度を決めかねていた。

”1度帰った方がいいんじゃない?”

その一言を言いたいのだが、なんだか出て行けと言っているようでもあり、しかもその
まま帰らず何処かへ行ってしまったらそれこそ取り返しがつかない。

どうしよう・・。
碇くん、かなり深刻な声だし・・・。

シンジに本当のことを告げるべきか。それは親友を裏切ることにならないか。しかし、
逆に黙っていることこそ、本当はアスカの為にならないのではないか。ヒカリにはわか
らなくなっていた。

「ごめんね。電話で嘘言わせて。」

「あ、いいの。いいの。わたしは別に・・・。」

「アタシ、もうシンジに会わないことにしたの。」

「えっ!? 喧嘩でもしたの!?」

「ううん。」

「じゃあ、どうして?」

ゲームのコントロールパッドを手に、あらぬ方向を向きながらようやくポツリポツリと
自分のことを喋り出してくれたので、刺激しないように話を進めようとする。

「アタシ、シンジに好きになって貰う価値なんてないから。」

虚ろな目をし、小声で呟いたアスカの真意に目を見開き驚く。考えていた以上に、危険
な状況のように感じる。

「そんなことないと思うわっ! 碇くん、とっても心配してたし。」

「・・・・・・。」

「やっぱり、1度碇くんと話をしてみたら?」

「・・・・・・。」

「その方がいいと思うよ?」

「ここにいちゃ、迷惑・・・かな。」

「そ、そんなことないっ! でも、そういうことじゃなくて・・・やっぱり。」

「迷惑よね。アタシなんか。」

「あ、いいの、いいの。ごめんね変なこと言って。ずっといて。わたし、アスカが一緒
  にいてくれたら楽しいし。」

「・・・・・ごめんね。」

「いいのいいの。ね。ずっといて。」

もうヒカリはどうしていいのかわからなかった。とにかくこの家からアスカを1人で出
さないようにすること。それがヒカリにできる精一杯のこと。

夕方。

ヒカリが1階へ降り夕食の準備をしている間も、アスカはずっとゲームをしていた。

階段を上がって来る足音がする。どうやら夕食ができたようなので、アスカはテレビの
電源を切りクッションからゆっくりと腰を持ち上げる。

部屋の扉が開き、ヒカリが入って来る。

「あの・・・アスカ?」

「ん?」

「ちょっと・・・来て。」

「うん。」

言われるがままヒカリについて廊下を歩き、階段を下り、また廊下を歩く。なぜかリビ
ングへは向わず玄関を出て行こうとするヒカリ。

「!!!!」

なんだろうと、不思議に思いながら靴を履き玄関を開けると、その扉の向こうに立って
いたのはシンジの姿だった。

「ど、どうして・・・。」

はっとして振り向くと、ヒカリは俯いて何も言わない。

「ヒカリ・・・酷い・・・。」

「ごめんね。でもこの方がいいと思って・・・。」

「あのさ。アスカ? ちょっと、話がしたいんだけど。いいかな?」

シンジが近付いてくる。

「・・・・・・。」

様子を伺いながら慎重にゆっくりとシンジが1歩踏み出したが、表情を硬くしてアスカ
も一歩下がってしまう。

シンジ・・・。
アタシ、なにもできないの。
シンジに愛して貰う為に、なにもできない。
愛して貰えるようなこと、なにも・・・。

「アスカ? とにかくさ、1度帰ろ? 2人だけで話がしたいんだ。」

アタシ・・・。
シンジになにもしてあげれない。
だから。
せめて、これ以上嫌われたくない。

更にシンジが一歩踏み出し、手を差し伸べようとした瞬間の咄嗟のできごとだった。

シンジっ! 好きなのっ!
だから、嫌われたくないのっ!

さよなら・・・。

アスカは、玄関の扉とシンジの隙間を縫って、ヒカリの家を飛び出して行く。

「アスカっ!!!」

あまりに急なことに咄嗟に反応できなかったシンジだったが、すぐにアスカの走って行
った後を追い掛ける。

「アスカっ! 待ってっ!!」

後には、アスカの為を思ってしたことが最悪の展開にならないことだけを祈りつつ、な
にもできない自分を歯痒く情け無く思うヒカリだけが残されていた。

「アスカっ!」

住宅街で人目もはばからず大声を上げるシンジ。

「アスカっ!!」

さっきの曲がり角を曲がった所までは、アスカの背中が見えていた。まだこの近くにい
るだずだ。

シンジは見失ってしまったアスカの姿を、やみくもに走りながら神にも祈るような気持
ちで必死で探す。

「アスカっ! アスカっ!」

ちくしょーっ!
今、見失ったらっ!

だが、探しても探しても、その後アスカの姿がシンジの前に現れることはなかった。

<新幹線>

その頃アスカは、既に第3新東京市を離れ、新幹線の中にいた。この電車の行き先が何
処だったかも覚えていない。

シンジから逃げ、行き着いたJRの駅でとにかく遠くへ行ける新幹線の切符を買い乗り
込んだ。

これで本当におしまい・・・。
最近、シンクロも落ち込んでた。
もう、ネルフだって探してくれない。そういう組織だって、アタシは知ってる。
シンジには、わかるはずもない・・・。

シンジ・・・。

「うっ。うっ。うっ・・・。」

新幹線の指定席に座り、両手で顔を覆って泣き崩れる少女の姿を、周りの乗客達はただ
物珍し気に眺めているだけ。中にはヒソヒソと何かを喋っている者もいる。

最後までなにもできなかったけど。
せめて、アンタを好きだったコがいたって覚えてて。
せめて、綺麗な思い出の中にだけくらいは。
せめて・・・。

さよなら・・・。

嬉しいこと、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと、いろいろあった第3新東京市は、も
う窓の外にも映っていない。いつしかかなり遠く迄来てしまったらしい。

どうしよう。
これからアタシ・・・。

もちろん旅の用意など一切しておらず、お金もさほど持っていない。電車に乗る前に、
ある程度多めにカードで引き出したが、いつまでも生活できる程はない。

もちろん、この先カードを使えば居場所がばれてしまうので、使うわけにはいかない。

疲れたかも・・・。
ちょっと寝よう。
夢の中でなら、またシンジに会えるかな。

新幹線に揺られながら、涙で塗れた顔をシートに凭れさせしばしの休息を取る。

                        :
                        :
                        :

『名古屋ぁっ。名古屋ぁっ。』

突然アスカの耳にアナウンスが響いた。

「えっ? あっ! 降りなくちゃっ!!!」

目が覚めると、新幹線は名古屋の駅に停車している。特に手荷物もないので、慌てて新
幹線を飛び降りる。

カシュー。

どうやら間に合ったようだ。アスカが下車してすぐに新幹線のドアが閉まった。

「ふぅ・・・。ん? ここ何処?」

ふと見上げると、”名古屋”と書いてある。アスカの乗車券は大阪迄だったのだが、ど
うやら場所も確認せず慌てて降りてしまったらしい。

まぁいいわ。
何処だっていいし。

今晩寝るとこ探さなきゃ。

JRの駅を出ると、1人名古屋の街をブラブラと歩き始める。駅前には観光名所のMA
P板が立っており、名古屋城などが描かれていた。

シンジと一緒に来れたら・・・。
アタシなんかと来てくれないか。

<名古屋>

また泣きそうになってくるが、頭を振って自分を取り戻し、再びホテルを探して歩く。

お腹も減ったなぁ。
先になんか食べようかな。

ビジネスホテルなら遅く迄チェックインさせてくれるだろう。急ぐことはないので、ま
ずは夕食を取ることにする。

名物?
なんでもいいわ。これにしよ。

暗い商店街をフラフラしていると、名古屋名物と書かれたうどん屋があり、そこへ入っ
て行く。うどんは結構好きなのでいいかもしれない。

『今度の休み、遊んでよ。』
『あぁ、別に用ないし。』
『ほんとっ? やったーっ。』

隣の席に座っている、少し年上っぽい高校生くらいのカップルの声が聞えてくる。先程
から女の子の方が、キャーキャー騒いでいて煩いことこの上ない。

もう・・・。
静かにしてよ。

そうこうしている間に、先程注文した”味噌煮込みきしめん”が運ばれて来た。初めて
食べる味だが、なかなか美味しい。

シンジと一緒に食べれたら、もっと美味しいんだろうな。

ズルズルズル。

ほとんど栄養補給という食事本来の目的を満たす為にうどんをすする。その間も隣の男
女はずっとじゃれ合っている。それが神経を逆撫でて。

コイツら、煩いし・・・。
さっさと食べて出よ。

急ぎうどんを全て食べたアスカは、代金を払いうどん屋を後にすると、またホテルを探
して商店街をうろつく。

ここ、商店街よねぇ。
ホテルくらいありそうなんだけど。

だが回りにいろいろな店は建ち並んでいるが、ホテルらしき建物はどこにも見当らない。
飲み屋,パチンコ,ゲームセンター,風俗関係の店ばかりだ。

困ったわねぇ。
1度駅に戻ろうかなぁ。

このままあても無く無闇やたらとホテルを探しても、時間の無駄なように思えてきたの
で、くるりと振り返り駅へ戻ろうとしたのだが。

ドン。

振り返った時に、後ろを歩いていた人に当たってしまう。

「キャッ!」

小さい悲鳴を上げてよろけながら、何に当たったのか見上げると、ヤばそうなおっさん
が3人見下すように睨みつけて立っていた。

ヤバッ。

関わり合いになってはまずいと、睨みつけてくるおっさん達を迂回して逃げ出そうとす
る。

「おい。当たっておいて一言も無しかい。ねーちゃん。」
「一言くらいあってもいいんじゃねーか?」

「うっさいわねっ!」

「なんだと、コラっ!」
「人が大人しくしてりゃ、調子乗りやがって。」

腕を逆手に掴まれてしまった。こうなっては形振り構っていられない。

「ちょっと、離してよっ。」

「謝れっつってんだよ。あぁっ!?」

「アタシは泊まるとこ探してんのよっ! 邪魔すんじゃないわよっ!」

ズガンっ!

そのおっさんの股間を思いっきり蹴飛ばすと、掴まれていた手を振り払い全力で逃げ出
す。

「なめ腐りやがってっ!」
「このガキっ! 掴まえろっ!」

完全に頭に血を上らせたヤばそうなおっさん達3人が追いかけて来る。周りの人達は、
何ごとかと驚いてザザザと潮が引くように道を開ける。

しつこいわねぇっ!

とにかく逃げるアスカ。だが、商店街を抜け切った辺りで、後ろから体当たりされ前の
めりに転んでしまう。

「い、いったーーーっ!」

「調子こいてんじゃねー。」
「泊まるとこねーんだってよ。俺達がいいとこ案内してやるぜ。」

ニヤリとしながら、転んだアスカの手を掴み無理矢理立ち上がらせてくる。

「離せっつってんでしょっ!」

「謝れっつってんのに、なんだあの態度はぁっ!」
「おいっ。礼儀ってのを教えてやろうじゃねーかっ!」

「離しなさいよっ!!!」

両手を後ろに捻り上げられ、遠巻きに人が眺める中、狭い路地に引き摺られるように、
強引に歩かされて行く。

「ちくしょーーっ!」

「ちょっとは、静かにしろってんだ。」
「泊まるとこねーんなら、タダで俺達が泊まらせてやるぜ。へへへ。」

「こんちきしょーーーっ!」

絶叫しながら暴れるアスカ。その時だった。まわりを取り囲む人の隙間から、大声を出
して1人の少女が走って来た。

「おまわりさんっ! あそこですっ! 早くっ!」

ぎょっとして、目を見開くヤばそうなおっさん達。そこには、自分達を指差しながら警
察を呼んでいる少女の姿が見える。

「やべー。」
「いくぞ。」

アスカを舗装道路に叩きつけると、灯りの無い細い路地へ飛び込んで行く。

「大丈夫っ!?」

そこへ走って来り寄って来たのは、1人の少女の姿。警察のことは、咄嗟のでまかせだ
ったようだ。

「早くこっちへ・・・ん? もしかして惣流さん・・・? なの?」

「えっ?」

おっさん達の逃げた方を睨みつけながら、捻り上げられ赤くなった手を摩っていたアス
カだったが、いきなり自分の名前を呼ばれ振り向く。

「ア、アンタ・・・。」

「とにかくヤバイから、こっち来て。」

「うん。」

どうやら、そういったやからが多く出没する商店街に紛れ込んでいたらしい。アスカは、
少女に連れられ駅前の明るい商店街の喫茶店に場所を移す。

「もう、びっくりしたわ。まさか、惣流さんだったなんて。」

「助かったわ。でも、なんでアンタがここにいんの?」

「あぁ、あの後いろいろあってね。今は名古屋に住んでるの。」

ジュースを飲みながら対面に座る少女の顔を、驚きの混じった顔でまじまじと見る。そ
れは、ある事件が切っ掛けで知り合い、後に自分とシンジの関係に大きな影響を与えた
霧島マナ姿であった。

「どう? 碇くんとはうまくいってる?」

「えっ。」

「なーにぃ? まだうまくいってないのぉ?」

「・・・・う、うん。」

「一気にどーんと当たっていったらぁ?」

「・・・・・・。」

「ん? どうしたの?」

俯いてしまい元気のないアスカを覗き込みながら、マナはクリームソーダをストローで
吸い上げる。

「ねぇ。どうして名古屋に? 旅行?」

「えっと・・・うん、そんなもんかな。」

「誰と? 1人で?」

「1人・・・。」

「一人旅かぁ。いいなぁ。わたしも行ってみたいなぁ。」

「・・・・・・。」

どうもアスカの元気がない。最初はさっきのことが原因かと思っていたが、どうやら何
かあるようだ。

「今日は、何処泊まるの?」

「それが、まだ探してなくて・・・。」

「泊まるとこ予約しないで旅行なの?」

「うん・・・ちょっとね・・・。」

「ふーん・・・。」

「どこか、安いとこない?」

「どう? わたしんとこ泊まりに来る?」

「え? いいの?」

「1人暮らしだしね。気にしないで。」

「ありがとう・・・。」

少し安堵したような顔で、自分の顔をじっと見ながらお礼を言ってくるアスカを前に、
マナはポリポリとほっぺたを指で掻きながら、考え込むような目をしているのだった。

To Be Continued.
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