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ΔLoveForce
Episode 32 -針の穴はダムをも崩す-
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<ミサトのマンション>

何の前触れも無くミサトのマンションに現れたユイに、シンジと共に帰宅したアスカは
頭の整理がつかないまま、いつもの見慣れたダイニングへ入って行く。その目の前では
久し振りの母子の対面に、シンジは顔を綻ばせ話をしていた。

「母さんが生きてたなんて、まだ信じられないよ。」

「ごめんなさいね。ずっと外国にいて連絡できなかったの。」

「これからはまた一緒に暮らせるんだよね。」

「もちろんよ。」

「ほんとに、ほんとなんだねっ。」

もしアスカ自身が、またこうして母親と再会できれば同じような顔で喜んでいるに違い
ないだろう。そう思う一方で、2人の会話が進むに連れシンジがいなくなってしまいそ
うで、心に不安という雲がどんよりと渦巻いてくる。

「じゃ、じゃぁ、父さんとも一緒に?」

「当たり前でしょ。家族なんだもの。」

「家族・・・家族かぁ。そうだねっ!」

口を挟むことができず、アスカはユイが入れてくれた紅茶を黙って飲みながら、怯えた
ような目で、楽しそうにユイと話をするシンジの姿を見詰め続ける。

ここから出て行くの?
アタシをおいて出て行くの?

必死で目で訴え掛けるが、シンジの意識はユイに集中していて自分は蚊帳の外。だがシ
ンジに出会う迄、母親が絶対的な存在であったアスカには、今のシンジの気持ちが痛い
程わかり自分の想いを心の奥に捻じ伏せてしまう。

「そう、そうだったわ。シンジ。飴があるのよ?」

「飴?」

「シンジは飴が好きだものね。」

「う、うん。小さい頃は好きだったかな。」

「ほらほら、はい。あーんして。」

「えっ? いいよ。」

飴玉を取り出し口に入れようとするユイの仕草にシンジは戸惑い、その飴を手で受け取
って自分で口に入れる。そんな仕草をユイは驚いた顔で見ていた。

「あらあら、もうお兄ちゃんだものね。自分で食べられるのね。」

「やだなぁ。ぼくだって、いつまでも5歳じゃないよ。」

「そうね。ごめんなさいね。」

飴玉を食べるシンジの顔を、ユイは嬉しそうに微笑みながら、ずっと赤い瞳で見詰め続
けるのだった。

<ネルフ本部>

薄暗い反省室に1人の俯いた女性が、髪で目を覆い長椅子に座っている。その前には、
この組織の最大の権力者である男、碇ゲンドウが立ち見下ろしていた。

「なぜ阻止しなかった。赤木博士。」

「・・・・・・。」

「単身で赴かず諜報部員と行動すれば阻止できたはずだ。」

「・・・・・・。」

「ダミープラグがなければエヴァシリーズは作れん。今ゼーレが動けばどうなる。」

「なぜ彼女は拘束しないのです。」

「必要だからだ。」

「私は・・・。不要になれば切り捨てる。そう、いつもあなたは。」

疲れた顔でリツコはゲンドウを見上げる。水槽に浮かぶ魂の入れ物を破壊したことによ
り、彼女はこの薄暗い部屋に入れられた。その行動を実行したレイではなく彼女だけが。

「お前には失望した。」

それ以上会話は交わされず、扉が開きゲンドウが去って行く。廊下から差し込んで来た
光もすぐに閉まった扉に閉ざされ、また暗闇の中でリツコは無言のまま長椅子に座り続
けるのだった。

その頃、別の反省室では別の人物が会話をしていた。

「こうなる前に何度も警告したはずよ。」

「物覚えが悪くてな。俺も歳かな。」

「わたしじゃなく、他の諜報部員が発見してたら殺されてたでしょうね。」

「感謝してるよ君には。迷惑を掛けただろうが・・・。」

「状況によっては、わたしでもあなたを撃つわ。」

「君の手に掛かるなら本望だよ。」

スパイ行為が発覚した為・・・実際はゼーレ決戦が近付きスパイが不必要となった為、
諜報部員が動いたのだ。

その事態にいち早く気付いたミサトが、彼女自身の手で加持を補足し連行することとな
った・・・加持の命を助ける為に。

「しばらくここで大人しくしていることね。」

「あぁ、骨休めさせて貰うよ。」

「そうしてくれると助かるわ。」

あくまでも冷たい口調でそう言い放ったミサトが反省室を出て行くと、加持は特に焦る
様子もなくのんびりと長椅子にごろりと横になった。

この時期。図らずしも、2人のネルフの有力者が同時に拘束される事態が発生していた
が、その重要性に気付く者はまだ誰もいなかった。

<レイの団地>

シンジやアスカと別れ帰宅したレイは、思わぬ訪問者を前に直立して対峙していた。

「あなたは誰。」

相手は何も言わず、赤い目をただじっとこちらに向けている。

「どうしてそういうことをするの?」

おもむろにダンボールの中にしまっておいた包帯を大量に取り出すと、レイは流し台
の前で屈み込む。

もうここは嫌。
アスカと一緒に暮らしたい。

涙を流しながら包帯を巻きつける。その食い千切られた下水管へ繋がる流し台のホース
からは、次々と赤い目のネズミが飛び出して来ていた。

チュチュチュチュチューーー!

部屋中を走り回るネズミ達。今晩、この状況の中で寝なければならないのかと思うと、
多少のことには動じないレイであってもクラクラしてくる。

チュチュチュチュチューーー!

ガリガリガリ。

ようやく食い千切られた下水管へ繋がるホースに包帯を巻き終わるが、すぐさまそれを
破って新たなネズミが乱入して来たかと思うと、買い置きしておいたインスタントラー
メンをムシャムシャと食べ始める。

・・・どうしてそういうことをするの?

チュチュチュチュチューーー!

ガリガリガリ。

もう・・・駄目なのね。

何もかもが嫌になったレイは、布団に全身をすっぽりと潜り込ませ、早々に寝てしまう
ことにした。

ドタドタドタ!

チュチュチュチュチューーー!

ドタドタドタ!

チュチュチュチュチューーー!

ドタドタドタ!

・・・・・・眠れないわ。

ドタドタドタ!

チュチュチュチュチューーー!

ドタドタドタ!

チュチュチュチュチューーー!

ガリ!

「いたーーーーーーーーーーいっ!!!」

どこからか布団に潜り込んで来たネズミに足を齧られるレイであった。

<ミサトのマンション>

明日迎えに来ると言い残してユイが立ち去った後、まだミサトの帰らぬこの家でシンジ
とアスカは夕食を食べていた。

「まさか母さんが生きてただなんて、びっくりしたよ。」

「良かったわね。」

「また、父さんや母さんと一緒に暮らせるといいなぁ。」

「・・・・・・。」

上機嫌に喋るシンジに対し、アスカは無言でご飯を口に運び続ける。シンジが嬉しそう
にすればする程、不安が募って行く。

行かないでっ。
アタシをおいて行かないでっ!

喉まで出掛かるその言葉を飲み込み理性で感情を押さえつける。14歳の少年少女にと
って、家族と暮らすことが本来あるべき姿。今の状況が異常なのだ。

「シンジがいなくなったら、ミサトにもちょっとは家事して貰わなくちゃね。」

「あっ、ミサトさんどうしよう。」

ここから出て行って欲しくない一心から、ついそんな言葉が口から出てしまった。シン
ジの良心を刺激するような、言ってしまったその言葉にアスカの心がチクリと痛む。

「うそうそ。大丈夫よ。今迄ミサトは甘え過ぎてたのよ。これがいい機会ってもんだわ。」

「でも・・・やっぱりアスカ1人じゃ大変だよね。」

「そんなことないってば。アタシだって家事くらい立派にできるんだからっ。」

「でも・・・・。」

「ほら? レイがこっちに来たがってたじゃない。シンジの部屋に引っ越して来たら2
  人で分担できるもん。」

「そうか。綾波の部屋ができるんだ。」

「そ、そうよ・・・。」

「ぼくが引越ししても大丈夫だね。」

「・・・・・・ええ。」

少しここに残る方向にシンジが傾き掛けた為、口とは裏腹に僅かな期待をし掛けていた
アスカだったが、がっくりと視線を落とすのだった。

<ネルフ本部>

突然の訪問者を前にネルフの司令室は静まり返っていた。ゲンドウも冬月もすぐには言
葉が出てこず、目を見開いてその訪問者を凝視する。

「ただいま。あなた。」

ぺこりと軽くお辞儀をするユイを前に、ゲンドウは両手を広げデスクに付き、ガタリと
大きな椅子を倒して立ち上がる。

「ユ・・・ユイっ。」

「長い間、留守をしました。」

「ユイっ!」

何度も彼女の名前を呼んだゲンドウは、デスクを離れ駆け寄ると、両手で彼女の手を包
み込むようにしっかりと握り締め、誰にも見せたことのないような優しい笑みを浮べる。

「また宜しくお願いします。」

「あぁ。あぁ。」

「それから、シンジと3人で暮らしたいんですが?」

「あぁ。手配させる。」

「お願いしますね。」

「疲れただろう。何か飲み物でも入れよう。」

「すみません。」

ソファーにユイを座らせると、自らの手でコーヒーを2つカップに入れ対面に座る。
そんな2人の様子を、厳しい表情で見詰める冬月。

「先程シンジに会って来たんですよ。」

「そうか。」

「あの子ったら、喜んで飴を食べてましたわ。今度は何かおもちゃを買って行ってあげ
  ようかしら。」

「あぁ。それがいい。」

「ミニカーとか好きですから、車のおもちゃがいいかしら。」

「あぁ。そうだな。」

「そうそう。今あの子は何処の幼稚園に行ってるんです? わたしも挨拶に行かなくち
  ゃいけませんから。」

「・・・・・・それよりユイ。冷めないうちに飲んだらどうだ?」

「あら、そうでしたわね。」

ゲンドウに薦められたコーヒーカップに手を掛けると、ふーふーと息を掛け冷ましなが
ら口に含む。

「あなた?」

「なんだ。」

「引越しが大変なので、シンジに手伝って貰っても宜しいかしら?」

「あぁ。問題ない。」

「ありがとうございます。助かりますわ。」

「住む場所は今日中に手配させよう。」

「近くに公園とかある所がいいですわね。あの子、ブランコが好きですから。」

「そうだな。」

その後、夫婦の会話がしばらく続いた後、ユイはゲンドウが手配したホテルへ諜報部員
の護衛を伴って向かって行った。

「冬月。家の手配を頼む。」

ユイが退室した後、大きなデスクに肘をつき座り直したゲンドウは、いつもの調子で冬
月に指示を出す。

「碇・・・まずいぞ。」

「何がだ。」

「彼女はクローンだろう。」

「あぁ。」

「碇!」

「かまわん。」

「だが。」

「それならばそれでいい。」

「碇・・・。」

自分の言葉に耳を傾けようとしないゲンドウの態度に、冬月は喉の奥で唸り声を上げ眉
間に皺を寄せて、危機感を募らせるのだった。

<ミサトのマンション>

ミサトから今日は帰れないという連絡が入った為、夕食を作る必要もなくなったシンジ
やアスカは、寝る用意を始めていた。

「ミサトさん、また徹夜かな。」

「最近多いわねぇ。ほんとに仕事してんのかしら。」

「そうだろ? 作戦部長だし忙しいんだよ。」

「ほんとかしら? 案外、加持さんと飲みに行ってるのかもよ?」

「そんなことないと思うけど・・・。」

今ミサトは加持の命を助ける為に必死で裏工作を進めているのだが、2人には加持がど
うなっているのか知らされてはいない。

「そろそろ寝るわね。」

「ぼくも、もう寝るよ。おやすみ。」

「ママと会えて良かったわね。」

「うん。ありがとう。」

いつもなら心が和む、ニコリと微笑むシンジの透き通るような笑顔を前にするものの、
チクリと心が痛んでしまう。そんな自分が嫌になったアスカは、シンジの顔をこれ以上
見ているのが辛くなり、さっさと部屋へ入ってしまう。

母さんと一緒に暮らしたら何してあげようかな。
父さんも一緒に暮らすんだよな。
親孝行とかしてみたいな。
ご飯作ったりしてさ。

家族での生活に夢を膨らませながら、もしミサトが帰って来た時の為に、簡単なつまみ
を作り冷蔵庫に入れておく。

「ふぁぁぁ。」

そろそろぼくも寝なくちゃ。
おやすみアスカ。
おやすみ母さん。

歯も磨き終わり、シンジはダイニングから自分の部屋へ戻ろうとする。その時だった。
電話が音を奏でた。

「はい。葛城です。」

『碇です。シンジかしら?』

「あっ、母さん?」

『明日、こっちに引っ越して来ることになったの。朝迎えに行くから、引越し手伝って
  くれるかしら?』

「そうなのっ!? うんっ、いいよっ。」

『朝早くて悪いんだけど、6時に迎えに行くわ。いいかしら?』

「いいよ。わかったよ。準備して待ってるから。」

『ごめんなさいね。助かるわ。』

「頑張って引越し手伝うねっ。」

『じゃぁ、明日ね。おやすみなさい。』

「おやすみっ、母さんっ。」

そこで電話は切れた。もっと両親と一緒に暮らせるのは後になると思っていたにも関わ
らず、話がとんとん拍子に進み明日からユイがこっちへ引っ越してくることがわかった
シンジは胸を躍らせる。

よしっ!
早く寝なくちゃっ。
明日は頑張って引越しするぞ!

嬉しくなったシンジは、急ぎ自分の部屋に入ると、目覚ましを5時に合わせて布団に潜
り込むのだった。

<第3新東京市郊外>

翌朝。

まだスズメの鳴き始めたばかりの時間。レイは眠い目を擦りながら、ポテポテと見慣れ
た道を歩いていた。この先にあるのはコンフォート17マンション。

あそこは寝れない家。
足を齧られる家。

もうアスカと一緒に暮らすしかないのね。

生活に必要となる最低限の荷物だけを持ち、てくてくとコンフォート17マンションへ
向かって歩く。

ネズミがいっぱい。
凶暴なネズミがドタドタしているもの。
これならきっと葛城三佐も許可してくれるわ。

昨日はねずみに悩まされ全く寝れない夜を過ごしたレイだったが、これからのアスカと
の生活のことを考えると、ついつい笑みが零れてしまう。

葛城三佐の家に空き部屋は無い。
碇君と一緒の部屋は嫌。
葛城三佐の部屋はバミューダ海峡。

アスカの部屋で寝るしかないのね。

いつしかニコニコしながら歩いていたレイだったが、ようやくコンフォート17マンシ
ョンに差し掛かった時、自分によく似た女性とシンジがそこから出て来るのが目に留ま
った。

あれはなに?
碇君と・・・碇ユイさん・・・。
どういうこと?

マンションの下で待つタクシーの方へ向かって2人は歩いている。これは何か状況がお
かしい。レイは小走りに2人の元へ走って行く。

「碇君、何処へ行くの?」

「あ、綾波。どうしたの? こんなに早く。」

「何処へ行くの?」

自分のことなどどうでもいい。とにかく疑問をぶつけるレイ。

「母さんの荷物を取りに行くんだ。」

「母さん? あなた誰?」

キっと向き直ってユイの方へレイは目を向ける。そこには、自分と同じ赤い瞳の碇ユイ
の姿があった。

「はじめまして。わたしはシンジのお母さんよ。よろしくね。」

ユイはただニコリと微笑み掛けて来るだけ。レイはまたシンジに向き直り、問い詰める
ような目で睨みつける。

「このことアスカは知ってるの?」

「まだ寝てたから。帰って来てか言うよ。」

「・・・・・・ちょっとここで待ってて。」

レイはシンジの元を離れると、コンフォート17マンションの中へ走って行く。そんな
レイを、シンジはいったい何を慌てているのだろうと、きょとんと見送る。

「シンジ? 飛行機の時間が間に合わないわ。急ぎましょ。」

「でも、綾波が。」

「帰って来てから事情を説明すればいいでしょ。飛行機に間に合わなくなったら大変だ
  もの。」

「そうだね。うん、そうするよ。」

ユイに急かされたシンジは、自分達を待っていてくれたタクシーに乗り込む。

「空港まで。」

「わかりました。」

後部座席に乗ったユイが運転手のおじさんに声を掛けると、そのタクシーは2人を乗せ
てコンフォート17マンションを離れて行った。

<ミサトのマンション>

何度も何度もチャイムを押すレイ。まだアスカは寝ているのだろう。いくらチャイムの
ボタンを押しても反応が無い。

ピンポンピンポン。

しつこくしつこくチャイムを鳴らす。

ドンドンドン。

それに合わせて扉を力いっぱい叩く。

「アスカーっ! アスカーっ!」

何度呼び掛けたことだろう。ようやく家の中で物音がガサゴソとし、廊下を近付いて来
る足音が聞こえて来た。

「アスカーっ!」

「レ〜イ〜? もうなによぉ。こんな朝早くからぁ。」

「早く開けてっ! 碇君が。」

「シンジがどうしたのよ?」

「碇ユイさんと一緒に下にいたの。」

「えっ!!」

慌てて玄関を開けるアスカ。まだ寝起きを象徴するかのように、長い髪がバサバサと乱
れている。

「シンジがどうしたの?」

「碇ユイさんと、タクシーの前に。」

「まさか、もう引っ越しするんじゃ?」

取って返して家の中へ戻ったアスカはシンジの部屋を開けるが、誰もいない空間が広が
っている。

「アスカっ、急いで。下にいるわ。」

「わかった。」

バサバサの髪もそのままに上着だけひっ掴んで羽織ると、レイと一緒にマンションを降
りて行く。

「こんな朝早くから、どういうこと?」

「引越しの荷物取りに行くって。」

走りながらレイと会話をする。

「じゃぁ、やっぱり。もうここ出て行っちゃうのね・・・。」

「出て行くって、知ってたの?」

「ええ。シンジ喜んでて・・・。」

「どうして止めなかったの?」

「そうしたいけど・・・やっぱりママと一緒に暮らした方がシンジにとって。でもまさ
  か、こんなに急だなんて。」

「ママって・・・あの人は碇ユイさんじゃないわ。」

「は? なにそれ?」

「彼女はクローン・・・私にはわかるもの。」

「ちょっと待ってっ!!! どういうことっ!!?」

「わからない。でも、碇ユイさんじゃないわ。」

「それって・・・シンジっ!!!!」

ようやく事の重大さが飲み込めたアスカは、1階で止まったエレベータを走り出て、レ
イと一緒に先程シンジを見た地点へと全力で走る。

「いない・・・いないじゃないっ!!」

「ここで待ってて貰ったのに。」

「アンタ、お金持ってるっ!?」

「ええ。」

「電車で追い掛けるわよっ!!!」

せめて上着だけでも羽織って来て良かった。下着も付けずのタンクトップのままじゃ、
もう1度家に戻らなければならないところだった。

アスカはレイと一緒に空港まで猛追を始める。その途中、自分もレイも携帯電話を持っ
て来ていなかった為、公衆電話からネルフへ電話を掛けたのだが・・・。

「シンジが碇ユイっていう女の人に連れ去られたわっ!」

『その件でしたら、碇司令から許可が出ております。諜報部員も動向しておりますので
  問題御座いません。』

朝の早い時間の為、夜勤のオペレータが義務的に応答する。

「なんですってっ! ミサトはっ? 葛城三佐はいないのっ?」

『ネルフには見えておられませんが?』

「じゃ、赤木博士はっ?」

『赤木博士もおられません。』

「加持さんでもいいわっ!」

『おられませんが。』

「ちっ!! もういいわっ!!」

その後、直接ミサトや加持に電話を掛けたが、この時ミサトは立ち入り禁止の場所でM
AGIを操作していた為、電波が届かず繋がらなかった。無論、反省室にいる加持にも
繋がらない。

これ以上電話のボタンを押していても埒が明かない為、アスカは電車に駆け込んで行く。

わからないのは、ゲンドウから正式に出国の許可が下りていることだ。いったいどうい
うことなのだろう。自分の心配は杞憂なのだろうか。レイに聞いても事実関係は全くわ
からず、想像の域を出ない。

ただわかることは、空港でシンジとユイを捕まえれば何かがわかるということだけ。ア
スカとレイは、心の中になんだか嫌なスモッグがもうもうと渦巻いているような気持ち
で空港へ向かった。

<空港>

空港へ到着した2人は、必死でシンジとユイの姿を探し走り回る。

何処行きの飛行機で何時発かすらわからないので、しつこくしつこく探し続けるが、結
局その姿を見つけることはできなかった。

「大丈夫よね。碇司令が許可出してるんだもの。」

「・・・・・・。」

「諜報部の人も一緒だっていうしさ。大丈夫よねっ!」

レイに聞いてもわかるはずがないのだが、心配で仕方のないアスカは、何度も念を押し
て問い詰める。

「大丈夫よねっ!!!」

「ええ。」

だが、この時点ではアスカもレイも・・・いやネルフの誰もが把握していなかった。同
行するはずだった諜報部員が、麻酔を打たれトイレで眠らされていることに。

<飛行機>

太平洋の上を南米に向かって飛ぶ飛行機の中で、シンジは嬉しそうにユイと話をしてい
た。

「今迄母さんって何処に住んでたの?」

「ブラジルよ。」

「へぇ。そうなんだ。何か仕事してたんだね。」

「ええ。ゼーレという所でね。」

「そっか。ゼーレっていう会社で仕事してたんだね。へぇーそうなんだ。」

シンジとユイ。そして、ネルフの諜報部員と入れ替わったゼーレの諜報部員を乗せて、
飛行機は太平洋の上を飛び去って行く。ゼーレの本部を目指して。

ゲンドウの気の緩みと、情報伝達に必要となる時間の隙を付かれ、ネルフに小さな穴が
開いた、僅か数十分の朝の出来事だった。

To Be Continued.
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