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ΔLoveForce
Episode 33 -たとえ世界を敵にしても-
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<ゼーレ>

ブラジル国土の56%を占めるアマゾン河流域。そのジャングルの一角、森林の間に人
目をはばかるように作られた空港。

ヘリコプターでその空港に降り立ったシンジは、ネルフのゲートに似た入り口を通り、
地下へ向かってエレベータを降りていた。

「へぇ、母さんの働いてた所かぁ。」

「そうよ。ここでいろんな研究をしてたの。」

「ネルフに似てるとこだね。」

地下に下りると、ネルフのジオフロント程のスペースはなかったが、それを模造して設
計したような空間が広がっている。その中央にある、こちらもネルフのそれに似たピラ
ミッド型の建物があり、シンジはユイに連れられて中へと入って行く。

「母さんは議長にお話があるから、ここで待っててくれるかしら。」

「うん。わかったよ。」

「それじゃ、後でね。」

あまり広くない応接室風の部屋に通されたシンジは、ユイの言いつけ通り部屋の中央に
配置されたソファーに座り、待つことにする。

引越しが終わったら・・・もうすぐだよな。
父さんや母さんと一緒に暮らせるんだ。

朝起きたら、父さんと母さんが朝ご飯食べたりしてるのかな。
父さんが新聞読んでたりしてさ。

今までTVドラマなどを見て憧れていた、家族での生活というものを想像したりしてみ
る。それは家庭を知らないシンジにとって、まるで夢のような日常。

普通の子は、そういうのって当たり前なんだろうな。
やっとぼくも、そんな生活ができるんだ。

母さんのお弁当を持って学校に行ってさ。
終業式の日は、通知表をドキドキしながら持って帰るんだ。
通知表を見て、父さんに怒られたり。
母さんの作ったおやつを食べたりして。

シンジがゲンドウに怒られた記憶は、ネルフ関係の業務的なことばかり。父親という立
場からは、怒られるどころか接して貰ったことがない。
それもきっとユイと一緒に家族で暮らし出せば、これまでのようなことはなくなるので
はないかという淡い期待さえ抱いてしまう。

どれくらいソファーに腰掛け1人待っていたことだろう。時計の長い針が丁度1周しよ
うかという頃、ようやくユイが戻ってきた。

「待たせちゃったわね。」

「もう、用事は終わったの?」

「それがね。困ったことになっちゃって。」

俯き加減のユイは、申し訳なさそうにだんだんと小声になっていく。なにか良くないこ
とでも起こったのだろうかと不安になる。

「どうしたの? 何かあったの?」

「もう少し、こっちで研究を続けなくちゃいけなくなっちゃったの。」

「えっ!? ど、どういうこと?」

その一言に、それまで抱いていた淡い期待が音を立てて崩れて行くような感覚にとらわ
れ、シンジは目の色を変えてユイのことを見詰める。

「なんで! どうしてなの?」

「実は、父さんが軍の人達に騙されているみたいなの。」

「父さんが? なにか関係あるの?」

「エヴァ初号機を使って、軍の人達が戦争をしようとしてるらしいのよ。」

「じゃぁ、父さんにそのことを言ったら。」

「議長が説得してくれたんだけど、あの人・・・信用してくれないらしくて。」

「そんな・・・。」

家族で暮らすという夢が砕かれるのも大きな問題だが、戦争が発生するなどと聞かされ
ると、その経験の無いシンジでも悲壮な顔になってくる。

「じゃぁ、ぼくと母さんで直接父さんを説得したら。」

「それがね。軍の計画を阻止するなら、帰国は認めないってことになってしまって。日
  本に戻れないのよ。」

「そんな・・・。」

咄嗟にアスカとレイの顔が脳裏を過ぎる。母の引越しの準備をするために、ちょっと外
出する気持ちで出たにもかかわらず、このままでは2度と会えないかもしれない。

「そんなのおかしいよ。悪いのは軍の人達じゃないか。」

「そうよね。戦争なんて、やっぱり止めて貰わないといけないと、母さんも思うわ。」

「なんとかならないの? ぼくになにかできることはないの?」

「それでね。ちょっと、シンジにお願いがあるんだけど。」

「なに? なにかあるの?」

「議長がシンジにお願いしたいことがあるらしいんだけど、会ってくれるかしら?」

「わかったよ。その人に会わせてよ。」

「ありがとう、シンジ。母さん嬉しいわ。」

戦争が起こりそうだという状況、家族で暮らす夢が消えそうな現実、そして2度とアスカ
に会えない事態に、シンジは半ば混乱しながらも、なんとかしなければならないという使
命感にかられキールと直接会うこととなった。

ユイに連れて行かれた所は、ネルフの研究室のような部屋だった。その中央に白髪でゴ
ーグルを付けた老人が立っている。

「議長。息子のシンジです。」

「よく来た。」

「シンジ。この人が、母さんが世話になっていた議長よ。」

「はじめまして。碇シンジです。」

「話は君のお母さんから聞いていると思うが、非常にまずい状況になっている。」

「はい。」

「しかし、戦争だけはなんとしても阻止せねばならん。初号機を確保できれば、阻止は
  できるのだが、あれを奪う手段がなくてね。」

「はい・・・。」

「そこで、強引なんだがわしらもエヴァを作り初号機を奪おうとしたのだが・・・。」

キールが部屋のカーテンを開けると、ガラスの向こうに何体ものエヴァシリーズが並ん
でいた。初めて見る白いエヴァに、シンジは驚きを隠せない。

「だが、パイロットがいない。そこで、君の母さんにあと少し研究を続けて貰って、ダ
  ミープラグを作ろういうわけだが・・・時間がかかってなぁ。」

「それなら、ぼくが動かせます。」

「そうなのだ。頼めるかな。」

「はいっ。初号機を奪えばいいんですね。」

「そうだ。多少の破壊は避けれんかもしれんが、戦争が起こってしまっては、そんなも
  のでは済まないからな。」

「わかりました。ぼくがやりますっ!」

これまで母が世話になった議長の言う言葉であった為、まったく疑うことなくゼーレの
パイロットとしてエヴァに乗り込むことを決意するシンジであった。

<ネルフ>

同時刻、日本では諜報部員の総力を結集し、シンジとユイの行方を追っていたが、国外
へ出た後の消息が絶たれてしまっていた。

まず間違いなくゼーレに向かったことは想像できるが、ゼーレの組織も世界に散在して
おり、特定ができずにいた。

「まさか、もうシンジに会えないなんてことないわよね。」

様々な情報が飛び交う発令所の隅の椅子に座り、アスカは両手で頭を抱え込み真っ青に
なっていた。その横で、どう声をかけていいのかわからずレイは佇む。

「私があの時、碇くんから目を離さなければ・・・。」

「そうよっ! レイっ! どうして、シンジから離れたのよっ!」

「アスカ・・・。」

精神的に限界を超えているアスカは、感情が不安定になっていた。

「ごめん。アタシ・・・。」

「ううん。いいの。私だって・・・。」

「そうよね。悲しいのはアンタも一緒よね。」

別に私は碇くんなんかに会えなくたって・・・。

ふとそんなことを考えるレイだったが、それよりもアスカの心情を考えると、レイも悲
痛にならざるをえなかった。
もしも、突然アスカと会えなくなったら、おそらく生きて行くことすらできないかもし
れない。

「もし、シンジになにかあったら。アタシ・・・。」

「アスカ。そんなこと考えちゃ駄目。」

「だってっ! シンジがっ!」

「おちついて。」

「おちつけるわけないじゃないっ! シンジが、シンジがいないのよっ!」

シンジの名前を口にするたびに、涙が溢れてきてしまう。

「お願い、おちついて。私にできることなら、なんだってするわ。」

「じゃぁ、シンジに会わせてよっ!」

そこまで叫び、また、ふと我に返るアスカ。

「・・・ごめん、レイは悪くないのに。」

頭ではわかっていても、シンジのことを考えるとすぐに感情的になってしまう。血の気
の無い顔で椅子に座るアスカの足は、先程からずっと小刻みに震えており、どれほどの
精神的重圧がかかっているかを物語っている。

「ちょっと、歩かない? ずっと座ってたら、よくないわ。」

気分を変えようと試みたレイだったが、フルフルと頭を横に振り、椅子から立ち上がろ
うとする気配はない。

碇くん・・・どうしてあなたは、いつもアスカを悲しませるの。
私だったら、こんなことはしない。

どうしてアスカは、碇くんなの?
私じゃないの?
私じゃ・・・。

そんなアスカにとっては気が狂いそうな、レイにとってはアスカを気遣い続ける時間が
音もなく過ぎて行く。

夜になってもアスカは椅子から動こうとはせず、レイもその横でずっと座り続けた。ま
わりでは、あらゆる情報が昼夜を問わず飛び交っていたが、これといって有力な情報は
翌朝になっても得られないでいた。

少し眠っていたレイが目を覚ました時、アスカは相変わらず両手で頭を抱え込み、俯い
たまま椅子に座っていた。

「少しは寝た方がいいわ。」

体を気遣うレイだったが、常にアスカは頭をフルフルと横に振るだけで、寝るどころか
食事も取ろうとしない。

「顔見せて。」

やや強引にアスカの顔を覗き込むと、あきらかにやつれた顔が目に飛び込んでくる。

「そんな顔してたら、嫌われてしまうわよ?」

「シンジ・・・。」

「碇くんが見つかったら、起こしてあげる。だから、寝なくちゃ。そんな顔、碇くんに
  見せれないわ。」

「・・・・・・。わかった。必ず起こしてね。」

「ええ。」

ようやくアスカが寝てくれることになった。だが、発令所からは出ていこうとはしない
ので、椅子を並べて横になるという方法を取る。

碇くん・・・早く帰ってきて。
このままじゃ、アスカが潰れてしまうわ。

細い糸の上でなんとかバランスを保っているようなアスカの心、そして限界に達してい
る体を気遣い、シンジの帰還を祈る。

ふと見ると、いつしかアスカは椅子の上で眠りについていた。その綴じられた目から、
一筋の涙の跡。レイはハンカチでその涙の跡を拭ってあげると、少しでも悲しい夢を見
ないようにその手を握ってあげ、横に腰を下ろしたのだった。

昼前。

アスカが眠ってから4時間と少しが経った頃だった。

「なにっ!?」

先に立ち上がったのはレイだった。ネルフ全体に非常事態宣言の耳を劈く警報が鳴り響
く。慌しく動き回る職員達。

「ど・・・どうしたの? なにがあったの?」

その音に目を覚ましたアスカは、状況が飲み込めずレイに詰め寄る。

「まだわからないの。突然、警報が。」

「シンジだ・・・。」

ぼそりと呟いたかと思うと、アスカは発令所から駆け出して行く。その前触れの無い行
動に出遅れたレイだったが、慌てて後を追い掛ける。

「どうしたのっ? どこに行くの?」

後を追って走りながらアスカに呼びかけるが、無言のまま前を走っている。そして2人
が女子更衣室に辿り付いた時、ミサトの声がスピーカーから聞こえた。

『アスカ、レイ。プラグスーツに着替えて、発令所に集合!』

発令所に再び上がると、そこには神妙な顔をしたミサト、リツコが肩を並べていた。ピ
リピリとアスカの背中にも緊張が走る。

「今、ゼーレから通信が入ったの。」

「ゼーレ?」

「彼らは、『シンジくんをゼーレのエヴァに乗せて侵攻させた。初号機を渡さなければ
  攻撃させる』と言ってきたわ。」

ミサトの表情から、よくない知らせであることには間違いはない。アスカもレイも固唾
を飲んで話を聞く。

「ネルフとしての返答は拒否。シンジくんは、こちらに侵攻中。
  ゼーレ・・・やり口が汚過ぎるわ。」

その先の言葉を口にする前に、唇を噛み締めたミサトだったが、立場上どうしても告げ
なければならない。

「進行中のエヴァを敵とみなし、目標を撃破します。アスカ、レイ、出撃っ!」

「そ、そんなっ!!!」

反論したのはアスカではなくレイだった。アスカは瞳孔を見開いたまま、何も言葉を出
せず立ち尽くしている。

「初号機をゼーレに渡せば、サードインパクトを起こされるの。人類の未来がかかって
  るの。これは命令よ。」

「碇くんと話をさせて下さい。」

「何度も試みたけど、通信が繋がらないわ。ゼーレとしては、シンジくんと通信させる
  わけにはいかないんでしょうね。間違いなく、通信機能はあのエヴァに無いわ。」

「そんな・・・。」

「レイ・・・行きましょ。」

「アスカっ!」

「早く会いたいもん。シンジに。」

発令所から出て行くアスカに、レイはまた付いて行くことしかできなかった。

<地上>

零号機と弐号機で地上に打ち出されたアスカとレイは、進行してくる白いゼーレのエヴ
ァを、第3新東京市の郊外で迎える形となった。

「シンジっ! シンジっ!!」

ゼーレのエヴァに向かい弐号機を走らせながら、エントリープラグ中でアスカは無駄だ
と知りつつも、もしかしたら通信が繋がるかもしれないと呼び掛け続ける。

一方シンジも、ゼーレのエヴァの中で悩んでいた。

戦争はなんとしても避けなければならない。だが、だからと言ってアスカやレイと戦う
わけにはいかない。

いや、厳密には戦闘するしないに関らず、2人には怪我をさせることは許されない。

どうする・・・。

レーダーを見ると、こちらに向かって侵攻してくる機影が2つ。間違いなく、アスカと
レイの操る弐号機と零号機だろう。

2人を回避して本部への侵入は不可能。
なぜか、ゼーレからの一方的な通信が入る以外、通信機が使えず話ができない。

なんとしても初号機を持ち帰らなければならない使命と、アスカとレイに怪我をさせた
くない気持ちお間で悩んだ挙句、1つの結論に達した。

弐号機と零号機の足を狙う。

2人は精神接続しているため、足を折るような痛みには襲われるが、身体に外傷はなく
かつエヴァの動きを封じることができる。

その作戦を立てたシンジは全力でネルフ本部へ向かう。

そして、第3新東京市から10km程離れた山間で、弐号機そして零号機と、ゼーレの
エヴァは接触した。

エースパイロットであるシンジ と アスカ&レイの正面対決。

その様子をネルフのミサトやリツコも、モニタを通して見ている。

ごめんなさい・・・アスカ。
こんなことになってしまって。

だけど、なにがあってもゼーレに初号機を渡すわけにはいかないの。
わたし達には、世界を守る義務があるのよ。

戦闘開始。

シンジはアクティブソードを手に、先に接触した弐号機の足を狙い攻撃を仕掛ける。

だが。

その攻撃は、弐号機に届く寸前で止まった。

止めざるをえなかった。

弐号機のエントリープラグが射出されたのだ。

弐号機のエントリープラグから現れる、誰よりもよく知っているその少女は、弐号機の
肩に乗り青い瞳を真っ直ぐこちらに向けて立つ。

風に靡く、赤く綺麗な長い髪。

恐れもせず悪魔の前にその身をさらけ出すかのように、アスカはゼーレのエヴァの前に
その姿を現す。

アスカっ!

シンジもエントリープラグを射出する。

同じようにゼーレのエヴァの肩に立ち、アスカと視線を交わらせる。

「シンジ・・・会いたかった。」

「お願いだアスカ。どうしても初号機を持って帰らなくちゃいけないんだ。」

「1つだけ聞いて。」

「なに?」

「初号機をゼーレに渡すと、サードインパクトが起きるってミサトが言ってた。」

「違うよ。日本の軍人が、初号機を使って戦争しようとしてるんだ。
  母さんが言ったんだ。」

「ただそのことを伝えたかっただけ。どっちを信じるかは、シンジ次第よ。」

「そんな・・・。」

父さんと、母さん・・・どっちかがウソをついてる?
そんなの。
そんなの、信じられないよっ!

「どうするの? シンジは?」

「1つだけ・・・。ぼくは、アスカや綾波とは戦いたくない。」

「アタシはもともとシンジと戦うつもりなんてないわ。」

「それなら・・・。」

「だから、選んで! アンタのパパを信用するか、ママを信用するか。」

「・・・・・・。」

「どちらかが世界を破滅に導く選択なんでしょうね。」

「・・・・・・。」

「間違えたら、全世界の人の恨みを買うことになるわ。」

ここに来るまでは、ユイの言っていることを信じて疑わなかったシンジだったが、世界
の運命を掛けた二者択一を迫られる状況となり、悩み苦しむ。

「でも、どっちを選んでも。アタシは、アンタについていく。」

「なっ! そんなことして、もしぼくが間違ってたら。」

「いいの。」

「駄目だよ。もしかしたら、ぼくは世界の人から恨まれることになるかもしれないんだ。」

「それでもいい。だって、アタシの好きなアンタの選ぶ道だから。」

アスカは、全く迷いの無い笑顔でシンジに微笑みかける。

「アンタが、たとえ世界を敵にしても、アタシはアンタの味方。」

「駄目だよっ! アスカまでそんな・・・。」

「いいじゃん、1人くらい、何があってもアンタの味方をするバカな女の子がいたって。」

「アスカ・・・。」

そこへ、同じようにエントリープラグを射出したレイが、零号機の肩に乗り言葉を発し
た。

「なにがあっても、私はアスカの味方。アスカが碇くんについていくなら、私もそのア
  スカに従うわ。」

「綾波まで・・・ありがとう。」

「勘違いしないで。別に碇くんなんかに従うわけじゃないわ。アスカに従うの。」

「・・・・・・。」

シンジは、アスカの言葉に心打たれ、レイの言葉に心打ちのめされた。

「アタシは全てを失ってもアンタを選ぶ。
  悪魔に魂を売り渡すというなら、アタシも悪魔になる。
  どうする?」

「ぼくは・・・。」

アスカとレイに見詰められながら、世界の運命をその肩に乗せられ、決断を迫られたシ
ンジはしばらく目を閉じていたが、ゆっくりとその目を開いた。

「ぼくは、母さんを信じる。」

「わかった。」

そう言い放ったシンジの決死の覚悟を込めた顔に、アスカは微笑みかける。

「私はアスカに従うわ。」

レイもニコリをアスカに微笑みかける。

3人のチルドレンの前には、第3新東京市。

ネルフが有するエヴァ3体の戦力が全て離反し、初号機確保に動き出した。

To Be Continued.
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