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あまえんぼうアスカちゃん
Episode 01 -歯医者-
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<ミサトのマンション>

常夏と化した日本の国では、年中売り上げを落とさない食べ物がいくつかある。その1
つがアイスクリームだ。

「痛!」

シンジとアスカは、学校の帰り道に買ってきたバニラのアイスクリームを、仲良く食べ
だしたのだが、食べた瞬間にアスカが悲鳴を上げる。

「どうしたの?」

心配そうに、顔を見つめる。

「ん。ちょっと、歯に染みただけ。」

もう一口食べてみる。

「痛!」

頬を押さえて痛がる。

「ちょっと見せて。」

雛鳥の様にアーーーンと口を開けるアスカの口の中を、テーブル越しに覗き込む。

「うーーん、よく見えないなぁ。」

アスカの座っている位置だと、逆光になり暗くてよく見えない。

「こっち来て座ってみて。」

「ん。」

シンジの膝の上に座り、もたれ掛かりながらアーーーンを口を開ける。シンジは片手を
アスカの背中に回し体重を支えながら、片手で口を広げて覗き込む。

「あ、虫歯だ。これは、ひどいよ。」

「やっぱり!? まぁ、そのうち治るからいいわ。」

「何言ってんだよ。虫歯が治るわけないじゃないか。今から歯医者さんに行こう。」

アスカの顔が引きつる。

「嫌よ! 歯医者は大嫌い!」

「どうしてさ、このままじゃ、夜も寝れなくなるよ。」

「いいもん。」

「ダメだよ。どうして歯医者さんが嫌なんだよ。」

「嫌いなものは嫌い!」

シンジの膝の上から逃げ出そうと、モゾモゾともがくアスカ。

「怖いの?」

「そ、そんなわけないでしょ!」

このまま放したら、トイレにでも閉じ篭りそうなので、逃がすまいと押さえつける。

「ぼくも一緒に行ってあげるから。近くに腕のいい歯医者さんがあって、全然痛くない
  んだ。だから、行こ。ね。」

必死で説得する。

「ほんと? 一緒に来てくれる?」

「うん。」

「診察室の中まで来てくれる?」

「え・・・・・う、うん・・わかったよ。だから、行こう。」

「今度の日曜日、遊びに連れて行ってくれる?」

え・・・もう、今月の小遣いが・・・。

財布の中身が不安だったが、ここで断ると歯医者に行かないと言い出すのは確実なので、
しぶしぶ了承する。

「わかったから、連れて行ってあげるよ。だから、行こうね。」

「うん。わかった。行ってあげる。」

なんとか説得ができたので、電話予約をしたところ、すぐに診察が可能だということだ
った。早速アスカの手を引いて、シンジ行き付けの歯科医院に向う。

<歯医医院>

「やっぱり嫌! 見るからに怖そうじゃない!」

「見るからにって、ただの歯医者さんの建物じゃないか。」

歯科医院の前まで来て、ごねだすアスカ。

「ここまで来て、だだこねないでよ。」

「嫌よ! この中にいる奴はサドよ! 人の苦しむ顔を見て喜ぶ変態野郎よ!」

ビシっとひとさし指を突き立てると、歯科医院を指して大声で叫ぶ。

「アスカ!! なんてこと言うんだよ!!」

慌ててアスカの口を押さえ、周りを見渡すシンジ。幸い誰もいないようだった。

ムゴムゴムゴ!

アスカは口を押さえられながらも、何やら叫び続けている。

「落ち着いてよ。ここは痛くないから入ろ。ね。」

無理矢理アスカの手を引っ張って、歯科医院の中に入り、受け付けを済ませる。

「もうちょっとしたら呼ばれるから、おとなしく待ってるんだよ。」

アスカは緊張して、カチカチになっていた。

「ほら、アスカ。雑誌でも読んだら?」

雑誌を手渡そうとするが、アスカは両手でシンジの手を握ったまま離さない。その手は
小刻みに震えている。

「惣流さーん。惣流 アスカさーん。お入り下さい。」

カチカチのアスカをシンジが連れて入ろうとする。

「あの、お付き添いの方は、待合室でお待ち下さい。」

「え? あ、はい。」

待合室に戻ろうとするシンジの手を、アスカは必死で握り締め離さない。

「嫌よ! シンジと一緒じゃなきゃ嫌!」

「お嬢さん。もう中学生でしょ? 1人で入れるでしょ?」

「嫌! 嫌! 嫌! 嫌! シンジと一緒じゃないんなら帰る!」

大騒ぎした挙げ句、出口にシンジを引っ張って行こうとするアスカ。

「すみません。一緒に入らせてもらえないでしょうか?」

出て行こうとするアスカを、引き止めつつ看護婦に頭を下げるシンジ。

「しょうがないですねぇ。では、こちらへ。」

一般の診察椅子では、付き添いが立つスペースが無いので、かわいいおもちゃが天井か
らたくさんぶら下っている、幼児用の診察椅子に座らされるアスカ。

「あーーー、これかわいい.」

ぶら下っているあひるさんが、アスカのお気に召したようだ。横で、シンジがアスカの
手を握って立っている。

「どうしましたか?」

医者が、アスカの所へやって来た。

「歯医者に来てるんだから、虫歯に決まってるでしょ! シンジ! こいつヤブよ! ムグムグ。」

「ア、アスカ!!! す、すみません。ちょっと興奮してるもので・・・。」

アスカの口を押さえ、医者に平謝りするが、大きなマスクで顔のほとんどは隠れている
ものの、怒っていることは一目瞭然である。

「だからね、どこの歯が痛いのか聞きたいんですけどね。」

額の血管をピクピクさせながらも、一応客なので丁寧に聞く医者。

「それなら、そうと早くいいなさいよ! 右の奥の上よ。」

「じゃ、ちょっと見るから口を開けてくれないかな?」

「アーーーン。」

口の中に、ミラーを入れ調べる。

「こりゃー痛いでしょう。」

「アンタバカぁ? 痛いからここに来てるんでしょ! そんなこともわからないの?」

ピクピク。

医者の額の血管が痙攣する。

「アスカぁ、お願いだから、ちょっと黙っててよ。」

シンジは、もう懇願していた。

ギュイーーーーーーーーーン。

シンジとアスカの会話をモーター音が遮る。その音にすばやく反応し、アスカはぎょっ
として音のする方向を見る。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

シンジに抱き着くアスカ。

「アスカ、大丈夫だからね。ほら、座って。」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」

「アスカ、痛くないから。そんなことじゃ、日曜日どっこも連れていってあげないよ!」

「ほんとに痛くない?」

「大丈夫、ぼくが横に付いてるから。ね。」

シンジが、アスカを再び診察椅子に座らせる。しぶしぶ、口をあけるアスカ。

ギーーーガガガ。

アスカの歯を削る音がする。

「いったーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」

削っている最中に、アスカが暴れたので、医者が驚いて治療を中断する。

「アスカ!!!!!」

シンジも驚いてアスカを押さえる。

「患者さん! いいかげんにして下さい。危ないじゃないですか!」

とうとう、医者も怒り出してしまった。

「すみません。すみません。」

頭を下げて、平謝りするシンジ。

「じっとしてられるわけないでしょ! 痛く無いって言ったのに! ものすごく痛いじゃ
  ない! このヤブ!!!」

「碇さん、このままじゃ治療できませんよ。」

アスカは、ブーブー文句を言っているが、アスカに話をしても無駄だと思った医者は、
シンジに苦情を言う。このままでは、追い出されかねない。

「アスカ、ぼくがだっこしててあげるから、おとなしくしてよ。お願いだよ。」

「え! う、うん。」

いままで、プーーーーーっと膨れていたアスカだが、少しうれしそうに納得する。
まず、シンジが診察椅子に座り、その上にアスカが座る。今度は、暴れないように、し
っかりと抱きかかえて、体と顔を押さえるシンジ。

ギーーーーンガガガガガ。

アスカの歯が削られる。アスカの体がピクピク動くが、シンジがしっかり押さえている。

「うーーーん。駄目ですな。神経までいってますわ。神経を抜きましょう。」

医者は、別室へと入って行った。歯を削る痛みから開放されたアスカは、目に涙を浮か
べてシンジに抱き着く。

「痛かったよーーー。痛かったよーーー。痛かったよーーー。」

「よくがんばったね。」

シンジが、アスカの頭をなでてやる。満足気なアスカだが、目の端に見てはいけないも
のが映ってしまった。

「あ、あ、あれは・・・。ねぇ、あいつが持ってるの注射器じゃないの?」

別室から戻ってきた医者の手をじーーっと見つめる。どう見ても注射器が握られている。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

シンジの隙をついて、診察椅子から飛び降りるアスカ。出口に向って走るが、すぐにシ
ンジに捕まってしまう。

「もうちょっとなんだから、がんばってよ!」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

アスカを連れ戻そうとするが、今回のアスカの抵抗は激しく、手の届く物という物に必
死で捕まる。

「碇さん。いいかげんにして下さい。他の患者さんもおられるのに、こう騒がれては迷
  惑ですよ。他の歯科医に行ってもらえませんか!!?」

「す、すみません。すぐに座らせますので。」

力づくでアスカをズルズルと引きずり、診察椅子に無理矢理座らせ、押さえつける。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

それでも、アスカは大暴れしている。

「そんなことばっかり言ってると、2度と口をきいてやんないよ!」

「え! シンジ!?」

しかし、シンジは黙ったままだ。

「シンジ? シンジ?」

呼びかけても、シンジは答えないし、目も合わさない。

「シンジ、ごめんなさい。もうおとなしくするから、ねぇ、シンジ!」

「本当だね。」

ようやく返事をするシンジ。

「うん。」

「じゃ、口を開けて、じっとしてるんだよ。」

恐る恐る口を開けるアスカ。そこに、注射器が入ってくる。アスカの体に力が入る。ぎ
ゅっと動かないように、抱きしめるシンジ。

「はい、そのまま、ちょっと待っててね。」

医者は、注射が終わると、麻酔が効くまでの間、他の患者の診察に行った。

「よくがんばったね。」

アスカの頭をなでて、励ますシンジ。

「でしょ、やるときはやるんだから。」

その後も、アスカの気をまぎらわそうと、いろいろな話をしてやる。シンジにもたれ掛
かりながら、嬉しそうに話をするアスカ。

「さぁ、そろそろいいかな。じゃ、神経を抜くよ。」

医者は、アスカの口に細い針金のようなものを入れる。今度は、麻酔が効いているので、
痛みを感じない。

「はい、終わり。じゃ、受け付けで名前を呼ぶから、それまで待合室で待ってて下さい。」

ようやく、シンジとアスカは診察室から出て行った。

ほっと、胸をなでおろすアスカ。それ以上に、ようやく終わったと、ほっとするシンジ
と歯医者。

「惣流さん。受け付けまで来て下さい。」

待合室に出るとすぐに、看護婦の呼ぶ声がする。シンジとアスカが受け付けの前まで行
く。

「これが、薬です。歯が痛くなったら飲んで下さい。それから、次は1週間後に来て下
  さいね。」

はぁ、来週も連れて来ないといけないのか・・・。

<帰り道>

診察料を支払い、薬を受け取ると歯科医から出る。既に日は沈みかけていた。

「ねぇ、シンジぃ。」

腕をからめてくるアスカ。

「何?」

「今日、アタシがんばったよね?」

「そうだね。」

「ご褒美にさ、今日の晩御飯はハンバーグにしてほしいなぁ。」

「うん。いいよ。」

「やった! じゃ、一緒に材料買いに行こ!」

シンジは、嬉しそうなアスカに引っ張られて、夕焼けに染まった道をスーパーに向って
歩いて行った。

To Be Continued.
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