<ミサトのマンション>

ドイツから帰国し家に帰ってきたアスカは、自分の部屋を見て目を疑った。いつもの場
所にいつも大事においている、大事な大事な物が無くなっていたのだ。

「ない! ない! ない! ない! なーーーーーーーーーーーーーーーーーいっっ!!」

予定していたよりかなり長旅になったので、疲れを癒そうと腰を降ろしかけていたシン
ジは、帰宅草々響きわたる声に今度は何かと慌てて立ち上がる。

「なぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっっ!!」

「どうしたのさ? 何か忘れ物でもしてきたの?」

部屋に飛び込むと、タンスや引出しをひっちゃかめっちゃか引っ掻き回して、何やら探
しているアスカの姿を見つける。

「無いったら、無いのよ!! アタシのっ! アタシのっ! 大事なだいじーーーな、シ
  ンジの次に一番だいじぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっな!

           シンちゃん人形がぁぁーーーーーーーっっ!!!!!!!!」

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あまえんぼうアスカちゃん
Episode 07 -アタシの宝物-
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「え? あのはずかしい抱き枕?」

「違うわよ! アタシの大事なシンちゃんよ!」

一緒じゃないか・・・・・・。

「あれが無いと寝れないのよぉぉ!!」

ま、まずい・・・あれが無くなったら・・・・・・。

ドイツに滞在している間、ずっと抱き枕代わりにされたシンジは、幾度も夜中にクリテ
ィカルヒットをくらい体中が痣だらけになっていた。

「じゃぁ、ぼくはリビングの方を探してくるから、アスカは部屋を探してるんだよ。」

俄然探す気になったシンジは、真剣にリビングの方を探しに行った。

「わかった。ぜーーーたいに見つけるんだからぁ!!」

シンちゃん人形を作る切っ掛けとなったことを思い出しながら、部屋中を探し続ける。
あの人形だけは作り直して済む様な代物ではないのだ。

                        ●

ユニゾンの訓練を切っ掛けに、ミサトのマンションに引っ越してきてから、まだあまり
日が経っていない頃のことであった。

その日アスカは、両手の肘をダイニングテーブルについて、シンジが夕食の準備をする
姿をぼーーーっと眺めていた。

シンジと同じ家・・・同じ屋根の下で暮らしてるのよねぇぇ〜〜。

そのまま、ぺちゃっとテーブルの上に顔を倒れ込ませ、にへら〜〜っとしながらシンジ
の後姿を見つめ続ける。

「むふ・・・むふふふふふふふふ。」

アスカが気持ち悪い笑みを浮かべた時、不意に夕食のおかずが乗ったお皿を手にしたシ
ンジが振り返った。

「ご飯ができたよ・・・。アスカ・・・気持ち悪いよ。」

ビクッ!

「な、なんでもないわよ・・・そ、それより、ご飯を食べましょ。」

いつもミサトは帰りが遅い為、夕食は2人で食べることが多い。今日もテーブルに並べ
られたおかずを前にした2人の夕食が始まろうとしていた。

「いっただっきまーーーす。」

「いただきます。」

アスカにとって、この時間が一日の中で一番楽しい時間である。過ぎゆく時間をシンジ
と2人だけで共有しているように思えるのだ。

ちらっ。

お茶碗を手にしていたアスカが、上目遣いでちらりとシンジの方を見ると、シンジはお
味噌汁を飲んでいた。

アタシもお味噌汁ぅぅ〜〜。

茶碗をテーブルの上に置き、シンジと同じ様に味噌汁を飲む。次にシンジの方を見ると、
今度はサラダに手をつけようとしている。

アタシもサラダぁぁ〜〜。

お味噌汁を置いたアスカは、フォークでサラダを口に運びむしゃむしゃと食べる。

シンジと同じ家でぇ、同じ時間にぃ、同じご飯を食べてるのねぇぇぇ・・・これって、
もしかして・・・し、幸せかも!! なんちゃって・・きゃっきゃっ。

満面の笑みを浮かべながら、シンジの食べる物を真似して同じ物を同じ様に食べること
に喜びを感じていたアスカだったが、最後に1つのチェリーが残ってしまった。

な・・・なによこれは・・・。

「あれ? チェリー嫌いだったっけ? 1つしか残ってなかったから、アスカのお皿に入
  れたんだけど?」

確かアスカはチェリーが好きだったはずなので、1つだけ残されているそれを、シンジ
は不思議に見つめる。

・・・・・・・・・・・・・。

アスカもそのチェリーをどうしたものかと、じーーーーっと見つめる。

アタシのお皿にだけ乗っているチェリー。シンジのところにはなかったチェリー。
これは・・・・・最大のピンチね。

どうしても、シンジと同じ物が食べたい。でも1つしか無いチェリーを、せっかくシン
ジが自分の所に入れてくれたのだから、残すなんてとんでもない。

そ、そうだわっ! アタシって天才ね!

「シンジ、このチェリーちょっとかじってみて?」

「え? 古くなんてないはずだけど?」

「いいから、ちょっとでいいから。」

何のことかわからず、シンジはそのチェリーを少しかじってみた。

「うん。別に腐ってなんかないけど? どうかしたの?」

「ならいいわ。 あーーーん。」

「変なの。」

シンジは、あまり考えずに食べさしのチェリーをアスカの口にほおり込んだ・・・ほお
り込んでしまった。その他愛も無い動作が、後のシンジを苦しめることになろうとは、
まだこの時にわかろうはずもない。

きやぁぁっ! シ、シンジに食べさせてもらったわっ! う、うれしぃぃぃぃーーー!!

アスカはどこかにトリップした状態になり、しばらく顔をぐにゃぐにゃに崩したままで、
ぼぉーーーっとその場で呆けているのだった。

                        :
                        :
                        :

アスカにとって楽しい夕食時もおわり、そろそろ寝る時間。

「そろそろ寝るよ。アスカも朝弱いんだから、いつまでもTV見てないで早く寝た方が
  いいよ。」

「えっ!?」

その言葉を聞いたアスカの表情が、悲しみに・・・いや、恐怖に引きつる。
この時間・・・この一瞬が、アスカにとって1日の生活の中で最も嫌いな一瞬なのだ。

「シ、シンジ・・・。」

しかし、シンジは眠い目をこすりながら自分の部屋へと入って行く。その後ろ姿を襖が
閉まるまでじっと見つめるアスカ。

どうして・・・部屋なんかあるのよ・・・。部屋なんか、ミサトの部屋とアタシ達の部
屋の2つだけでいいのに・・・。

せっかくシンジと一緒に暮らせるようになったのに、寝るのは独りきり。怖い夢にうな
されて夜中跳ね起きると、暗闇に独りでいる自分を発見することも幾度かあった。

はぁぁぁーーーあ。

アスカはTVのスイッチを切ると、ため息をつきながらとぼとぼと暗い自分の部屋へと
入って行く。

寂しいよぉ・・・シンジぃぃぃ。一度でいいから一緒に寝てほしいよぉ。

所詮は叶わぬ願いと諦めながら、枕を胸にだいて布団にもぞもぞと潜り込む。

はぁ〜・・・アタシと一緒に寝てくれるのは、アンタだけなのね・・・。

語り掛けながら枕をポコッと叩いてみるが、円筒計の枕はぽよんとへこんだだけで、大
したリアクションも示してくれない。

お人形でも買ってこようかしら。どうせならシンジの人形がいいなぁ、売ってるわけな
いけど。
いっそのこと作っちゃおうかしら。人形なんて作ったこと無いけど。
だ、大丈夫よね。がんばれば人形くらい、おちゃのこさいさいよ。

その夜、アスカはまだ見ぬシンちゃん人形を円筒形の枕に想像しながら眠った。

                        ●

「アスカぁ、リビングには無いみたいだよ。」

「アタシの部屋にも無いぃぃぃ!! ぜーーーたいに出かける前、この椅子におっちん
  させてあげたんだからぁぁぁ。」

「でも、無かったんだろ?」

「本当に、ほんっとーーーーに、ここにおっちんさせていったのよ。ねぇ、本当なんだ
  ってばぁぁ。」

「わかったよ。じゃ、ぼく達がドイツに行ってる間に誰かが、移動させたんだよ。ミサ
  トさんが帰ってきたら聞いてみようよ。」

「やっぱり、ミサトだわっ! ミサトが盗ったのよ!」

「ちょ、ちょっと! アスカ!」

シンジが止めるのも聞かずに、ミサトの部屋に飛び込んで行ったアスカは、どこかにシ
ンちゃん人形を隠してないか引き出しやら、タンスやらを開けて探しまくる。

「アスカぁぁぁ、ミサトさんが人形なんか盗るわけないじゃないか。もういい歳なんだ
  し。」

それで、ミサトをフォローしているつもりなのだろうか。

「でもこの家には、ミサトしかいなかったのよ!?」

そう言いながらミサトの部屋を物色するが、いくら探してもシンちゃん人形は出てこな
い。

「ほら、無かっただろ?」

「うん・・・。アタシのシンちゃんが・・・ねぇ、アタシのシンちゃんどこに行ったの?」

「ぼ、ぼくに聞かれても・・・。」

「ぐすっ・・・ぐすっ・・・。シンちゃん・・・シンちゃ〜〜ん・・・。
  わあああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」

これだけ一生懸命に探しても出てくる気配が無いので、とうとうアスカはその場に崩れ
落ちて泣き出してしまった。

「ア、アスカ・・・何も、泣かなくても・・・。」

アスカに泣かれると弱いシンジが、アスカの肩をぽんぽんと叩いて慰めさめてやると、
大粒の涙で濡らした顔で抱きついてきた。

「アタシのシンちゃんがーーー、アタシのシンちゃんがぁぁーーーああああ!!」

「ミサトさんが帰ってきたらわかるかもしれないじゃないか。ほらぁ、もう泣かないで。」

だっこ状態で頭をなでてもらったアスカは、ひっくひっくと肩を振るわせながらぎゅっ
とシンジに抱きついてくる。シンジの心臓の音を聞いていると安心するようだ。

                        :
                        :
                        :

しばらく2人でミサトの帰りを待っていたが、一向に帰ってこない。電話で聞いてみる
と、ネルフを出てから既にかなりの時間が経過している。携帯も繋がらない所をからす
ると、おそらく加持と飲み屋にでも行っているのだろう。

「この様子じゃ、夜中か朝にならないと帰ってこないよ。もう今日は、寝ようよ。」

「でも・・・。」

「待ってても、どうしようもないじゃないか。また、明日聞けばいいだろ?」

「でも・・・。」

このままでは徹夜しかねないと思ったシンジは、あまり言いたくなかったセリフをしぶ
しぶ口にする。

「一緒に寝てあげるから・・・ね。」

「うん。」

いつもなら大喜びするアスカなのだろうが、今日は少し寂しげな顔でシンジと一緒に部
屋へ入って行き、シンジに抱きしめられながら布団の中で目を閉じた。

                        :
                        :
                        :

翌朝、ようやくミサト帰宅。

「ただいまぁ。」

時間が時間なので、まだシンジもアスカも寝ているだろうと、小声でお決まりの挨拶だ
けすると、靴を脱いでリビングへと入っていくミサト。

ガバッ!

「ん? どうしたの?」

よほどショックが大きかったのか、この夜は一度も暴れることがなく腕の中でおとなし
く寝ていたアスカが突然むくりと起きたので、どうしたのかとシンジも目を開ける。

「ミサトが帰ってきたわっ!」

まだ6:00前だというのに、すぐに目を覚まし飛び起きたアスカは、眠い目をこする
シンジを残してリビングへと走り出て行った。

「ミサト! アタシのシンちゃんどこへやったのよ!?」

「あーー、あれねぇ・・・実はちょっっち・・・。」

「あーー、やっぱり知ってるのね! どうしたのよ!! さっさと返しなさいよ!!」

「実は・・・・・・。」

数日前の地震の影響で、アスカの部屋の窓が割れてしまい、その隙間から入ってきた雀
がシンちゃん人形をつついたのだ。そこで、マヤに修繕を頼んだということだった。

「・・・・・・というわけなのよ。アスカが帰ってくるまでに返してもらう予定だった
  んだけど、すっかり忘れてたわ。」

「まぁ、そういうことなら許してあげるわ。ということは、今はマヤの家にあるのね!」

「そうよん。明日にでも返して貰うようにお願いしておくわ。」

「そんなこと言ってられないわよ! 今から取りにいくわ!」

「今からって・・・、あの娘そろそろ出勤よ!?」

「それまでに行けばいいんでしょ! マヤなんかの所においといたら、アタシのシンち
  ゃんが危険じゃない!」

「・・・・・・・・・・・・き、危険って・・・。」

シンちゃん人形の所在をつきとめたアスカは、膳は急げと自分の部屋へと飛び込んで行
き、着替え始めた。

「アスカ? どうした・・・うわっ!!」

シンジがまだベッドでうだうだしていると、突然着替え初めたアスカの脱いだ服がシン
ジの頭からバッサバッサとかぶさってくる。

「っど、どうしたんだよ?」

「シンちゃんのいる所がわかったの! マヤが誘拐してたの! すぐに救出しに行かない
  と!!」

「はぁ? こんな早くに行ったら迷惑だよ。」

「そんなこといってられないのよ。マヤがネルフに逃亡する前に行かないと!」

アスカの様子を見ていたシンジは、どことなく心配になってきたので、自分もついて行
くことにする。

「じゃ、ぼくも一緒に行くから、着替えてくるまで待っててくれるかな?」

「シンジも来てくれるの? やったぁぁぁあ! これで、誘拐犯も一網打尽ね!」

「そうじゃなくて・・・とにかく着替えてくるよ。」

やっとシンちゃん人形に会えるという期待に胸を膨らませながら、アスカはマヤのマン
ションへと向かった。

<マヤのマンション>

ピンポーーーーン。

『はーーーい。』

「アタシ、アスカよ。人質を解放しなさい!」

『え・・・・・・・・。ア、アスカなの? えぇっと・・・うーーん。』

「そうよ! 声を聞いたらわかるでしょ。もう観念するのね!」

インターホンの向こうで、マヤが何やらぶちぶち言う声が聞こえていたが、しばらくす
ると玄関の扉が開いた。

「シンちゃんは何処へ行ったのよ!?」

「あのね・・・。それが・・・そのね・・・。」

笑顔満面のアスカとは正反対に、苦虫を噛み潰した様な顔でマヤは言い難そうに、ぽつ
ぽつと喋りだした。

「実は・・・その・・・この間、親戚の子が遊びに来たんだけどね・・・。」

「はぁ? そんなことはいいから、アタシのシンちゃんは?」

「だから・・・その時、親戚の子供が知らないうちに・・・き、気付かなかった私も悪
  いのよ・・・・・・でも・・・あの・・・。」

「何が言いたいわけ?」

さすがにここまで聞くと、いやぁーーな予感がアスカの脳裏を支配し、さっきまでの笑
顔がだんだんと曇っていく。

「あの・・・勝手に持って帰っちゃったみたいなの。あ! でも、ちゃんと返して貰う
  ように連絡しておくから。」

「な、なんですってーーーーーー!! ど、どこよ、アンタの親戚ってのは!!」

「それが・・・京都なの。近かったら、わたしが取りに行くんだけど・・・。」

「わかったわ。ところでマヤ、アンタにも落ち度があったことは認めるわけね!」

「ええ・・・本当にごめんなさいね。」

「じゃ、諜報部でもなんでもいいから、京都行きのヘリを今すぐ手配しなさい!」

「そ、そんなのわたしの力じゃ無理よ。」

「アンタには権限なんて要らないじゃない。MAGIをちょちょいと操作すればなんと
  でもなるでしょ。」

「えぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! そこまでするの?」

「アンタ! 悪いと思って無いのね!?」

「わ、わかったわ・・・。その代わり、こういうことは今回だけよ。それと、先輩には
  絶対に内緒だからね。」

「わかってるって。まっかせなさい!」

マヤはアスカに対する罪の意識もあった為か、MAGIの私的利用という絶対にやって
はならない、国際A級犯罪をここでおかしてしまった。
その事実を知っている人間は、唯一アスカしかいない。その後のマヤの運命はまた別の
機会に・・・。

<京都>

「ここね! 犯人の隠れ家は!」

シンジとアスカは、マヤがチャーター?したヘリコプターで、京都に住むマヤの親戚の
家まで来ていた。

「ようやくね、ようやく再開できるのね!」

ピンポーーーン。

『はい、どちら様でしょうか?』

「速やかに人質を解放しなさい! アンタの両親は泣いてるわよっ!!」

『は?』

横で見ていたシンジは、あわててアスカを押しのけインターホンの前に立つ。

「すみませーーん、ネルフの碇シンジですけど、ちょっといいですか?」

『ネルフ? ネルフの方ですか? 少々お待ち下さい。』

マヤの親戚の家の奥さんだろうか? インターホンに出た女性は、ネルフという言葉に
驚いた様で、慌てて家を飛び出してきた。

「ご用は何でしょうか?」

「実は・・・。」

シンジは、この家の子供が持って帰った人形がアスカの物であったことから話を始め、
返してくれるようにお願いをした。

「えっ・・・そ、そうだったんですか。私てっきりあの子がどこからか拾ってきたもの
  だと思って、汚れてきたから昨日捨ててしまったんです・・・本当にすみません。」

「す、す、捨てたぁああ!??? アンタ!! アタシのシンちゃんを捨てたってーの!!
  死刑よ! アンタは死刑よ! 待ってなさい! 弐号機で踏み潰して・・・もがもが。」

「ちょっと、アスカ! すみません、興奮しているもので・・・。」

シンジは、アスカの口を押さえつけながら少し玄関から離れた所へ引きずって行った。

「ちょっと、ここで待っててよ。話してくるから。」

「ア、アタシの・・・シンちゃんが・・・。アタシの・・・シンちゃんが・・・。」

しかし、先程までの勢いは何処へやら、アスカはその場にへたり込んでしまった。

「アスカ・・・。」

そんなアスカの肩をシンジはなんと言っていいのかわからない表情で、やさしく抱きか
かえてやる。

「ごめんなさいね。他の人形で弁償させて貰うわけにはいかないでしょうか?」

そんなアスカの様子を見ていたマヤの親戚は、申し訳なさそうに近寄ってくる。

「いえ結構です。わかりました。それじゃ、ぼく達は帰りますので。」

「そうですか・・・本当にごめんなさい。」

シンジは、がっかりして口も聞けないアスカをだっこすると、マヤの親戚の家を後にし
て元来た道を歩き出した。

「アタシのシンちゃん・・・もう会えないよぉ。シンジぃぃぃぃ、もう会えないよぉ。」

「そうだ、アスカっ! ゴミ処理場へ行ってみようよ。まだ、あるかもしれないよ。」

「でも・・・、もう・・・。」

「ねっ。」

「うん・・・。」

見つけることができるかどうかはわからないが、このまま何もせずに帰るよりも、でき
る限りのことはしてやろうと、シンジはアスカを連れてゴミ処理場へと向かった。

<ゴミ処理場>

ゴミ処理場に到着し、職員の人に昨日のゴミがどうなったか聞くと、まだ燃やされてい
ないということだったので、ゴミが残されている場所に案内してもらう。

「アスカ、まだあるって。探せばきっと出てくるよ。」

「うん・・・。」

そこまで聞いても、半分諦めているのか俯き加減で元気の無い返事を返すアスカ。

「アスカ? 元気ださないと、見つかる物も見つからないよ? そんなのアスカらしくな
  いよ。さぁ、がんばって探そうよ。」

「うん・・・そ、そうね・・・。」

シンジに励まされて少し元気が出たアスカは、ゴミの山に入って探し始めるが、その量
が半端ではない。この中から1つの人形を本当に探し出すことができるのか不安になる。

絶対に、見つけるんだからっ!!

シンジと一緒になってゴミを掻き分け探しているうちに、アスカの消沈していた気持ち
も絶対に見つけてやるという意気に変わってきた。

ぜーーーーったいに、また会えるんだからっ!!

生ゴミを掻き分け、重い物を押しのけゴミの中をがさごそがさごそ、シンちゃん人形を
探してあさり続ける。

「痛っ!!」

アスカが1つのゴミ袋をどけた時、その中に入っていたガラスの破片で指を少し切って
しまった。

「アスカ? どうしたの?」

「シンジぃぃ痛いのぉぉぉ。指切っちゃった。痛いよぉぉぉ!!」

「えっ?」

慌ててシンジが駆け寄ってくると、アスカの指に血が滲んでいた。

「血が出てるじゃないか。後はぼくが探すから、そっちで待ってて。」

「ううん・・・シンちゃんはアタシを待ってるから、がんばる。」

「そうだね。でも気をつけて探さないと駄目だよ。」

「うん。」

血が滲む指を押さえて、さらにゴミの山を掻き分ける。アスカは、シンちゃん人形を作った
時のことを思い出しながら、必死で探し続けてた。

                        ●

シンジの人形を作ろうと決意したアスカは、早速次の日に綿や布などを買いこんできて
自分の部屋に閉じこもった。

さぁ、材料も揃ったしこれで作れるわね。

人形の作り方の本を見ながら、シンちゃん人形の型を取っていくアスカ。なかなか根気
もいるし、始めての人間にとっては難しい作業だが、完成したシンちゃん人形のことを
想像すると全く苦痛になど思えなかった・・・いや、むしろ全てが楽しかった。

これを、こうして・・・。うーーん、この本よくわかんないわねぇ。

先日隠し撮りしたシンジの写真を何枚も前に並べて、顔の輪郭や体などの型を取ってい
く。

難しいわね・・・。

いろいろ凝った作りにもしたかったが、あまり細かく型を取ると後が大変なので、どう
してもシンプルな作りになってしまう。

やっぱり、シンジは制服姿がいいわね。
プラグスーツのシンジもかっこいいけど・・・きゃっ!
でも・・・プラグスーツは難しいから、制服に決定ね。

シンちゃん人形の型がある程度できたので、今度はシンちゃん人形に着せる服の型を取
り始めた。

服の方が難しいわねぇ・・・。

本とシンジの写真を何度も覗き込みながら、型取りを進めているとリビングからシンジ
の声がかかった。

「アスカぁ、ご飯だよ。」

「えっ!」

このままシンちゃん人形作りに没頭したかったアスカだが、大事なシンジとの時間をさ
くことはできないので、一時中断し裁縫道具や人形の材料そしてシンジの写真をベッド
の下に隠すとリビングへと出て行った。

                        :
                        :
                        :

いつもは楽しくて仕方の無い夕食だが、今日だけはシンちゃん人形の続きが早く作りた
くてうずうずした夕食が終わり、部屋に戻ってくるアスカ。

さぁ、続きを始めるわよ!

再び、裁縫道具などを取り出すと、いよいよ縫い始める。

む・・・難しいわね・・・。

設計は完璧のはずなのに、なぜかイメージしたようにできない。縫ってはほどき、型を
取り直してまた縫う。何度も何度もやり直しながらも少しづつ出来上がって行くシンち
ゃん人形。

「痛っ!!」

これで何度目だろう・・・アスカの指のあちこちに血が滲んできていた。

「ばんそーこう、ばんそうこう・・・。」

血がシンちゃん人形については大変なので、横に置いてある箱からばんそうこうを取り
だし指にまく。

なんか、ばんそうこうのミイラみたいな手になってきちゃったわ。

5枚目のばんそうこうを巻き終わり、作業に戻るとなんだかシンちゃん人形の設計がお
かしいように感じた。

あっ! この首が違うっ!

かなりできあがったところで、胴体と頭の首の太さが間違っていることに気付いた。こ
こまできて作りなおすのは嫌だが、このままでは頭と胴体が繋がらない。

仕方ないわねぇ。

アスカは比較的簡単だった顔を作り直そうと、手に取ったハサミをシンちゃん人形の頭
に向けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

シンちゃん人形の顔をじっとみつめるアスカ。なんだかつぶらな瞳が自分のことを見つ
めている様に思える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

シンちゃん人形の顔を置くと、倍くらいの時間がかかる体の糸を解き始めるのだった。

                        ●

「痛っ!!」

どこにあるかわからないシンちゃん人形を、ゴミの山を掻き分けて探していたアスカの
指に木屑の棘が刺さった。

「アスカ、大丈夫?」

「シンジぃぃぃぃぃ、これだけ探してるのに、どうしてみつからないの?」

声を聞きつけゴミの山を越えてやってきたシンジを、血が滲む指を手で押さえながら、
アスカは上目遣いで見つめる。

「もうちょっと探してみようよ。きっとあるはずだよ。」

「うん・・・、そうよね。きっとみつかるわよね。シンちゃん、今頃独りで寂しい思い
  をしてるのよね・・・。アタシもがんばんなきゃ。」

もう3時間以上もの間ゴミの山と格闘しているが、あまりの量にまだ半分も探せていな
い。しかし、今日中に探さなければ明日は焼却されるのだ。

アタシのシンちゃん・・・どこに行ったの?
お願いだから出てきてよ。

既に日が暮れ始めてきている。ここにはたいした明かりも無いので、暗くなると探すこ
と自体が難しくなる。

ガサゴソガサゴソ。

疲れた体を押して手を早く動かすが、それでもシンちゃん人形の姿が見えない。

「シンジぃぃぃぃ、どうしよう。暗くなってきたよ。」

「もうちょっとがんばろうよ。どこかにあるのは間違いないんだよ。」

確かにここのどこかにシンちゃん人形がいるのだ。そう思うと少し元気になったアスカ
は、ゴミの山を踏み越えて探し続ける。

ん?

アスカがゴミの山を掻き分けた時、ゴミの下から少し見えるシンちゃん人形らしき人形
の足が見えた。

シ、シンちゃん!

「キャャーーーーーーーア!! シンジぃーーー助けてぇーーー!!」

「ど、どうしたんだ!! アスカ!!」

突然アスカの悲鳴を聞いたシンジは、転びそうになりながら全速力でゴミの山を乗り越
えて近寄ってくる。

「シンちゃんが圧死しちゃうーーーーーー!!」

「はぁぁ?」

なりふりかまわず駆け寄ってきたシンジの前に、機械か何かの重い部品に押しつぶされ
たシンちゃん人形が見えた。

「・・・・・・お願いだから、ややこしいこと言わないでよ・・・。でも、あってよか
  ったね。」

「何呑気なこと言ってるのよ! シンちゃんが圧死しちゃうわ! 早く助けないと!」

「圧死って・・・・。とにかく2人でこの機械を動かそうよ。」

「うんっ!」

シンジとアスカが2人がかりで力いっぱいその機械の部品を押すとじりじりと動いた。

「動いたよ。もう少しだ! せーの、うーーーーーーーん!」

「むむぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」

ジリジリを動く機械の下から、どろどろになったシンちゃん人形が少しづつ現れてくる。

「うぉぉーーーーー!!」

「むむむむむぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

そして、とうとうシンちゃん人形の全てが現れた時、2人は力を使い果たした様にその
場に肩でハァハァと息をしながらへたりこんだ。

「はぁはぁはぁはぁ・・・シンちゃん・・・お帰りぃぃ。もうどこにも行っちゃだめよ。」

アスカは、ハァハァ言いながらどろどろになったシンちゃん人形を、大事に大事に抱き
しめるのだった。

<ミサトのマンション>

家に帰ると、アスカはお風呂に入ってどろどろのシンちゃん人形を綺麗に洗ってあげた。

「シンジぃぃぃ。今日はシンちゃんと寝るわ。だって、この子寂しかっただろうし。」

「うん、その方がいいよ。」

シンジは、ここしばらく1人でゆっくり寝れる日が無かったので、ほっとしていた。

「じゃ、おやすみぃ、シ・ン・ジ。」

アスカは一緒に部屋へ入ると、始めてシンちゃん人形と一緒に寝た日のことを思いだし
ながらベッドに潜った。

                        ●

「やったーーー!! 完成よっ!」

シンちゃん人形が完成した瞬間、アスカは両手で高々持ち上げるながら小躍りして喜ん
でいた。

「これからは、もう独りで寝ないでいいのね!! ずっと一緒に寝ましょーねぇ!!」

高々と持ち上げられたシンちゃん人形は、つぶらな丸い瞳でアスカを見つめ返す。

「そう、アンタもアタシと一緒に寝れて嬉しい?」

裁縫道具も散らかしたまま、アスカは早速シンちゃん人形とベッドに潜りこんだ。

「シンちゃん、本物のシンジが一緒に寝てくれるようになるまで、ずっと2人で一緒に
  寝ようね。約束よ。」

                        ●

はっ!!

昔のことを思い出していたアスカは、突然ガバッと起きあがってリビングへと出て行く。

「シンジっ! シンジっ!」

シンジの部屋の襖をドンドンと叩いて、寝かけていたシンジを起こすアスカ。

「ど、どうしたのさ・・・。」

何事が起こったのかと、眠い目を擦りながら部屋から出てくるシンジ。

「大変なの!」

「何が?」

「シンちゃんと約束したのを思い出したの!」

「だから、何が?」

「シンジが一緒に寝てくれるまで、2人で寝ようって。」

「はぁ?」

嫌ーーな予感がしたシンジの背中に、冷や汗がツツツと落ちる。

「だから、シンジが一緒に寝てくれるようになったから、これからは3人で寝ないとい
  けないのよっ!」

「えーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「早く行こっ!」

嫌がるシンジを、アスカはにこにこしながら自分の部屋へひきずって行き、ベッドに潜
りこんだ。

「シンちゃん、これからはシンジと3人でずっと寝ましょうねぇ。」

シングルベッドの上でアスカとシンジに挟まれたシンちゃん人形は、少し苦しそうに見
えたが、そのつぶらな瞳はいつまでもアスカを見つめているのだった。

To Be Continued.
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