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あまえんぼうアスカちゃん
Episode 10 -呪の山-
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<ミサトのマンション>

今日からシンジとアスカは、山登りの一泊旅行に行くことになっていた。たまには静か
に過ごしたいという意図があってか、それともチルドレンに休暇を与え様としたのかは
わからないが、とにかく2人の保護者であるミサトが発案したことだ。

「あっ! もうこんな時間だ。電車の時間が・・・。アスカーっ! 用意できたぁ?」

新幹線の指定席の関係で、朝の6時過ぎからシンジはバタバタと旅行の用意をしている。
シンジに起こされたアスカも、旅行の準備をしているはずだったが・・・。

「見て見てーっ! シンジぃぃっ! シンちゃんダンスよぉぉぉっ!」

ピッ! ピッ!

なんと言っても、シンジと2人っきりの旅行である。昨日の晩からアスカは、大はしゃ
ぎで喜んでいる。

「何してんだよっ! 早く用意しないと、新幹線に間に合わないよ。」

「ちょっとだけ、見てぇぇ。」

「はぁー。」

あまりモタモタしていては、本当に電車に乗り遅れる。シンジは溜め息をつきつつも、
アスカになんとか用意を早くさせようとがんばる。

「そんなことより、アスカと一緒に早く出掛けたいなぁ。旅行楽しいだろうなぁ。」

「ア、アタシとっ!? うんっ、すぐ用意してくるっ!」

「急いでねぇ。」

「はーーい。」

朝から超ご機嫌なアスカは、シンジの言葉に更に顔をニコニコさせると、昨日からワク
ワクドキドキしながら用意したカバンを、部屋からズルズルと引っ張り出して来た。

「あの・・・アスカ?」

「ん?」

「それ・・・なに?」

「旅行の用意よぉ。」

「あのぉ・・・。人形は置いてってくれないかな?」

「いやぁぁぁぁっ! アタシはいつもシンちゃん人形と一緒なのぉぉぉっ!」

「そんなに、どうやって持つんだよ。」

アスカの赤いリュックサックから溢れ出している10体以上のシンちゃん人形を見て、
目眩を起こしそうになるシンジ。

「やだやだやだーーっ!」

「はぁ〜。わかったから。じゃ、せめて1つだけにしてよ。」

「えーーーっ! 1つだけぇぇ? シンちゃん人形がないと、アタシ寝れないのぉっ!」

「ぼくが一緒に寝るじゃないか。」

「あっ。そっか。うん、わかった。」

どうやら納得してくれた様だ。アスカはシンちゃん人形を1つ残して、他は全て部屋の
中へと戻しに行く。いつしか、100体を越えたシンちゃん人形が、アスカの部屋を埋
め尽くしている。

「シンジぃ、準備おっけぇよぉ。」

「よしっ! じゃ、行こうか・・・んっ!? アスカぁぁぁっ! 何してんだよっ!」

「ミサトーっ! 見て見てぇっ! シンちゃんダンスよぉぉっ!」

ピッ! ピッ!

ふと見ると、昨晩遅く夜勤を終えて帰って来たミサトが寝ている部屋を開けて、アスカ
がダンスを踊っている。

「ウッサイっ! アンタ達っ! 静かに出て行くってことができないのっ!」

寝たばかりのところを起こされたミサトは、不機嫌さを爆発させて怒りながらズカズカ
と部屋から出て来た。

「シンジくんっ! 静かに出発してって、あれ程言ったでしょっ!」

「す、すみません。」

「シンジくんが、いっつもアスカを甘やかすから、こうなるのよっ! わかってるのっ!?」

保護者はミサトさんじゃないかっ!
いつもぼくばっかり、ひどいよ・・・。

「なにか、言いたいことでもあるのっ!!!」

「い、いえ・・・直ぐ行きますから。アスカっ! 行くよっ!」

「はーーーい。」

ようやくシンジとアスカが出て行く。その後の葛城家には、台風が去った後の様な静け
さが訪れた。

「ふぁぁぁ。これで、しばらく静かに寝れるわぁ。ふぁぁぁ。」

ミサトは満面の笑みを浮かべて、再び部屋へ戻ると、心地良い平和な眠りに落ちて行く
のだった。

<新幹線>

なんとかかんとか、ぎりぎりで新幹線に間に合ったシンジとアスカは、ようやくのんび
りと指定席の椅子に座っていた。

♪シーンジっとおっでかけ、うれーしいなぁーーっ!
♪いーっぱくりょっこおだっ! うっれしいなぁーーっ!

「ア、アスカ。お願いだから、静かに座っててよ・・・。」

「だってぇ、嬉しいんだもーん。」

電車に乗ると直ぐに、はしゃいで歌い出すアスカ。新幹線の乗客が、シンジ達の方を注
目してくる。

「ぼくも嬉しいけど、歌はやめようよ。ね。」

「どうして?」

周りの人の視線を気にしながら説得を続ける。朝も早いので寝たい人もいるだろう。何
より、一泊旅行なんて歌われたら、どんな誤解をされるかわからない。

「そうだっ! トランプしよう。ほらっ、トランプ持って来たんだ。」

「わーーーいっ! シンジとトランプぅぅぅ!!!」

「わっ! し、静かにトランプしようよ。ねっ。」

それからしばらくトランプをしていると、朝食が運ばれて来たので、サンドイッチと紅
茶を2人分購入した。

「はい、アスカ。サンドイッチだよ。」

「あーん。ビニールに包まれてるぅ。」

「そりゃそうだよ。」

「むいむいしてぇ。」

「はいはい。」

シンジは、サンドイッチを包んでいるビニールをむくと、卵サンドを取り出し紅茶と一
緒にアスカに手渡した。

「あっ、あっつーーーーいっ! シンジぃぃぃ、この紅茶、あちゅいぃぃぃ。」

「わ、わかったから、そんな大きな声出しちゃ駄目じゃないか。」

「だって、あちゅいのぉぉぉ。お口が、ヒリヒリするぅ。」

「ほら、貸してごらんよ。」

紅茶を受け取ったシンジは、ふーふーと息を吹き掛け冷ましてあげる。そんな様子を、
アスカは瞳を大きく開けてじっと見ていた。

「もう大丈夫ぅ? もう熱くない? お口ヒリヒリしない?」

「そろそろいいかな。はい。ふーふーして、ゆっくり飲むんだよ?」

「うんっ。」

サンドイッチと紅茶という簡単な朝食を済ませ、お腹が一杯になると朝が早かったせい
か、アスカがあくびをし始めた。

「シンジぃ、だっこぉ。」

「え? だっこ?」

「眠くなってきちゃったのぉ。だからぁ・・・。」

「そう・・・じゃ、おいで。」

「うんっ。」

シンジが手招きしてくれたので、アスカはそそくさと膝の上に乗り、胸に凭れて目を閉
じる。

スースー。

もう寝ちゃったよ・・・。

起こさない様に気を使いながら、1枚の小さなタオルケットをリュックサックから取り
出し、アスカに巻いてやる。

「向こうに着いたら、がんばって山を登らないといけないから、今のうちに寝とくとい
  いよ。」

安心しきった顔で胸に顔を埋めて眠るアスカを、シンジは優しく見守りながら、寝やす
い様にしっかりと抱き締めてあげるのだった。

それから1時間程、新幹線は走る。

そろそろシンジ達が降りる駅が近くなってきた。スピーカーからもメロディーと共にア
ナウンスが流れる。

「アスカ? そろそろ起きようか?」

「ん?」

「もう直ぐ着くよ? 起きようね。」

「んーーーっ。もう着くの?」

伸びをして眠い目を擦りながら、シンジの胸からゆっくりと顔を上げる。まだ意識が、
ぼやーーっとしている様だ。

「ほら、見えるだろ? あの山に登るんだよ。」

新幹線の窓から見えている自分達が登る山を指差すと、アスカは目をぱちくりと開けて
窓の外を覗き込んだ。

「わーーーーーいっ!!! お山よぉぉぉぉーーーーーーっ!!」

「わっ! シーーッ! シーーーっ!」

「見て見てっ! お山よっ! お山っ!」

「わかったよ。わかったから。静かにっ! 早く降りる準備してよ。」

♪シーンジっとおっやまに、のっぼるのよーーーっ!
♪たーーっかいおっやまに、のっぼるのよーーーっ!

「歌ってないで、早く降りてっ!」

「わーーーーーーーいっ!!!!!!」

新幹線の乗客は、またかという感じでジロリと睨み付けて来ている。シンジは早くこの
場から立ち去ろうと、急いで下車の準備をし、アスカと共に車両を出て行くのだった。

<登山道>

電車を降りたシンジとアスカは、暫くバスに揺られて目的の山の麓までやって来ていた。

「さぁ、アスカ。ここから登るんだよ。」

「早く登ろうよぉっ! 早くぅっ! 早くぅっ!」

「そんなに急がなくても、まだまだ時間はあるよ。」

大はしゃぎして山を登って行くアスカと、その下から大きなリュックを背負って登り始
めるシンジ。平日なので他の登山客の姿は見えない。

「これっ。若いの。」

その時、山の麓で芝刈りをしていた老人が、シンジとアスカに声を掛けて来た。どうや
ら、地元の村の人の様だ。

「はい? なんですか?」

「この山を登るのじゃな?」

「そうですけど?」

「宿は取ってあるのじゃな?」

「はい。山頂のロッジに泊まります。」

「そうかそうか。なら良いわ。じゃが、くれぐれも暗くなる前に宿に入るのじゃぞ?」

「そのつもりですけど、どうしてです?」

「暗くなると、宿屋を装って登山客を襲う悪霊が出没するのじゃ。必ず、暗くなるまで
  に宿に入るのじゃぞ。」

「うっ!」

その言葉を聞いた途端、アスカの顔が真っ青になった。

「シンジぃぃ。お化けよ・・・お化けが出るって・・・。」

「はははは。大丈夫だよ。暗くなるまでには登れるさ。」

その老人はそれだけ言うと、また芝刈りに専念し始めた。アスカは怖がってシンジから
離れ様としない。

「大丈夫だって。ほら、まだ明るいだろ? それより、早く登らなくちゃ。」

「うん・・・。ほんとに大丈夫?」

「ぼくの言うことが信じれないの?」

「そんなことないっ!」

「楽しみにしてた山登りだろ? 早く登ろうよ。」

「うんっ!」

アスカもようやく納得した様で、再び元気を取り戻すと、拾った枯れ枝をブンブン振り
回しながら、元気良く山を登り始める。

「シンジぃぃ。見て見て、お花がいーーぱいっ!」

「奇麗だね。」

「1つ摘んでっていいかな?」

「駄目だよ。可哀相じゃないか。」

「あっ、そっか。そうね。さよならぁ。お花さん。」

登山の途中、色々な奇麗な景色に瞳を輝かせながら、シンジにくっついたり離れたりし
て、大喜びでアスカは山道を登る。

こんなに喜んでくれるなんて思わなかったな。
一緒に来て良かったよ。

山登りなんかで喜ぶだろうかと心配していたシンジだったが、はしゃぐアスカの姿を嬉
しそうに見ながら、荷物をよっこらよっこら背負って登って行く。

「シンジぃぃ。ほらっ! もうこんなに高くまで登ったわよっ。」

少し見晴らしのいい所に出たアスカは、木々の間から眼下に広がる景色を眺める。いつ
の間にか、かなり高くまで登っており、隣接する山々がいくつも見えている。

「シンジぃぃ。やまびこさんいるかなぁ?」

そう言いながら、両手を口に当てて大きく息を吸い込むアスカ。

「わっ! ちょっと待ってっ!」

「ん?」

今にも叫ぼうとしていたアスカだったが、急に止められどうしたのかと小首を傾げて振
り返る。

「この山は、大声で叫んじゃ駄目なんだ。」

「どうして?」

「動物がいっぱいいるから、びっくりするじゃないか。」

「あっ。そっか。うん、わかった。」

ほっと胸を撫で下ろすシンジ。あのまま叫ばれていたら、きっととんでもないことにな
っていたに違いない。

「シンジぃぃ。お腹減ったよぉ。」

「そうだね。あそこの空き地でご飯にしよっか。」

「うんっ! わーーいっ! お弁当だぁっ! シンジのお弁当っ!」

大喜びで空き地まで走って行ったアスカは、広げたレジャーシートの上にペタリと腰を
下ろしシンジを手招きする。

「はい。おにぎりと、お茶。荷物が多かったから、おかずは無いんだ。」

「おにぎり食べるっ!」

「こっちが梅干しで、こっちが鮭だよ。」

「うんっ! あーーん。」

シンジのおにぎりをぱくっと口にほおり込む。シンジも、2人分のお茶を入れて、一緒
におにぎりを食べ始めた。

「シンジぃぃぃ。しゅっぱーーい。」

「そりゃ梅干しだもん。」

「うぅぅ〜。これもういい。シンジにあげる。」

余程すっぱい梅干しだったのか、アスカも口を梅干しの様にして、食べていたおにぎり
をシンジに手渡し、鮭のおにぎりを手に取った。

「こういう所で食べるお弁当も美味しいね。」

「うんっ! おいしいっ! シンジのお弁当おいしいっ!」

お茶とおにぎりを交互に口に入れながら弁当を食べるアスカは、満足気な笑みを称えて
楽しい一時を過ごしていた。

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                        :
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昼食も食べ終わり、再び山を登り始めると分かれ道に差し掛かった。シンジ達が登ろう
とする方向とは別に、右に向かって山道が伸びている。

「シンジぃぃっ! 見て見てっ!」

その分かれ道には、木で作られた立て札が立っており、右へ向かって伸びる道の方へ
”縁結び寺”と書かれていた。

「ここ、行きたいーっ! 行きたいっ! 行きたいっ! 行きたーーーいっ!」

「うーーん。ちょっと待って、地図見るから。」

多少の寄り道くらいは構わないが、あまり遠いと山頂に到着するまでに暗くなってしま
う。登山用の地図を取り出したシンジは、縁結び寺を探した。

「あれ? 無いよ?」

地図を見てみたが、そんな寺は何処にも載っていない。よくよく見ると、シンジ達の登
山コースが外れるらしく、この地図ではここより右に伸びる道は省略されていた。

「うーん、わかんないなぁ。どれくらい離れてるかわからないから、やめよ?」

「いやぁぁぁ。行きたーーーい。行きたいのぉぉ。ねぇ、シンジぃぃ。おねがーーい。」

「うーん。」

立て札が出ているということは、それ程遠くないとも思われる。アスカもどうしても行
きたそうだ。

「わかったよ。行こうか。」

「わーーーーい。」

それから歩くこと数十分、縁結びの寺を示す立て札は時折見かけるが、一向にその寺が
現れなかった。

「ねぇ、そろそろ戻らない?」

「ここまで来たんだから、行ってみたーーいっ!」

「それも、そうだけど・・・。」

立て札はしっかり出ている。シンジも後少しで縁結び寺が現れるかもしれないという期
待から、あと少し、あと少し、と先へ先へ進んで行った。

1時間後。

ようやく縁結びの神社が2人の前に現れた。こんなに遠いのなら、あんな所に立て札な
ど立てないで欲しいと、愚痴を言いたくなる。

「シンジっ! 見て見て。ここよっ! ここっ!」

大喜びするアスカだったが、シンジは焦っていた。ここまで来るのに1時間掛かったと
いうことは、戻るのに1時間掛かる。既に3時を回っているので、時間の余裕が無い。

「シンジ。お参りしよっ! ねっ! 2人で。」

「うん。でも時間が無いから、お願い事したら直ぐ行くよ?」

シンジとアスカは、縁結びの神様にお賽銭を入れると、両手を合わせて目を閉じお願い
事をする。

アスカがこれからも幸せでありますように・・・。

縁結び寺ということが本当にわかっているのか、シンジは少し的の外れたお願い事をし
ている様だ。一方アスカは・・・。

ずっとシンジが、だっこしてくれますように・・・。
ずっとシンジが、ご飯を食べさせてくれますように・・・。
ずっとシンジが、耳掃除してくれますように・・・。
ずっとシンジが、膝枕してくれますように・・・。
ずっとシンジが・・・。
ずっとシンジが・・・。
            :
            :

「アスカ? まだ?」

ずっとシンジが・・・。
ずっとシンジが・・・。

「アスカ? そろそろ、行かないと。」

ずっとシンジが・・・。
ずっとシンジが・・・。

「アスカっ?」

「えっ? ん? 何?」

「もう、いいかな? なんか、念入りにお願いしてたみたいだけど。」

「じゃ、最後。1つだけ、いい?」

「うん。時間が無いから早くしてね。」

「うん。」

アスカは再び、目を閉じ両手を合わせると、神妙な顔で最後のそして一番大事なお願い
事をする。

ずっとシンジが、アタシのことを好きでいてくれますように・・・。

「終わった?」

「うん。」

「じゃぁさ。ちょっと、ここで待っててくれないかな?」

「何処行くの?」

「この寺の人に、山頂までの近道があるか聞いてくるよ。」

シンジは地図を片手に、寺の中でお守りなどを売っている人の所へ駆け寄ると、山頂ま
で行く近道を聞きに行った。

「お待たせ。こっちから行ったら近道なんだって。」

シンジはアスカを連れて縁結び寺を出ると、教えられた道から山頂へ向かって少し急ぎ
気味に登って行った。

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2時間以上が経過した。

教えられた通りに道を進んで来たはずなのだが、登れど登れど山頂は見えてこず、辺り
に夕日が差し込めて来る。

「おかしいよ・・・アスカ。」

「どうしたの?」

「これだけ歩いてるのに、まだ山頂に出ないよ。」

道を間違ったのかと不安になるが、今から引き返したのでは、神社へ戻るまでにとっぷ
りと日が暮れてしまう。

「やっぱり、あの時。わかってる道から行っておけば良かったよ・・・。」

「いいじゃない。もうちょっと登ったら山頂があるかもしれないわよ?」

「そうだけど・・・ごめんアスカ。」

「アタシはシンジと一緒なら、何処に行っても楽しいわよ?」

「ははは・・・。ありがとう。」

こういう時、アスカの明るい笑顔は沈んだ心を元気付けてくれる。シンジは不安になる
気持ちを奮い立たせて、後一頑張りと山を登る。

しかし、いくら登っても山頂は現れなかった。とっぷりと暮れた真っ暗な山の中で、シ
ンジはどうしようかと困り果てる。

こんな所で、野宿したらどんな動物が出てくるかわかんないよ。
でも、これ以上進むのも危ないし・・・。

アスカも、周りが真っ暗になって心細いのだろう。ぎゅっとシンジの腕にしがみついて、
ぴったりと体をくっ付けてきている。

「ごめんね。アスカ。まさか、こんなことになるなんて思わなかったから・・・。」

「シンジと一緒だから、アタシは楽しいわよっ?」

「アスカ・・・。」

登山道を外れたのは、アスカが縁結び神社に行きたいと言ったのが発端だが、この道を
選んだのはシンジなのだ。しかしアスカは、文句1つ言わず笑顔でシンジに付いて来る。

絶対、アスカに野宿なんかさせるもんかっ!

必ずロッジに辿り付くんだという決意の元、シンジは腕に絡み付いてくるアスカと一緒
に、更に登山道を登って行く。

「シンジっ! シンジっ! あれ何っ?」

しばらく山を登っていると、暗闇の中にぽぉっと明るい光が灯っているのをアスカが見
つけた。

「あっ! 家だっ! ロッジかもしれないよ。」

シンジが予約したロッジではなかったが、もしロッジなら空き部屋に泊めて貰えるかも
しれない。シンジはその明かりへ向かって進んで行った。

<ロッジ>

近付いてみると、さびれた古いロッジだった。しかし、今は贅沢を言っていられない。
早速シンジは、玄関のドアを潜って入って行った。

「すみませーーんっ。」

「はーいー。」

シンジが声を掛けると、ロッジの奥から1人の老婆が気さくな笑みを浮かべながら、よ
ろよろと出て来た。

「今晩泊めて貰いたんですけど? 空き部屋ありますか?」

「ええ。全室開いてますよ?」

「そうですか・・・良かった。」

どうやら泊めて貰えそうだ。多少古めかしいロッジでも文句が言える状況ではないので、
直ぐにチェックインの手続きをし、部屋のキーを受け取った。

「予定が変わっちゃったけど、今夜はここで泊まろうね。」

「わーいっ。シンジと一緒にお泊まりだぁっ! へへへぇ。」

先程から元気に返事をしてくるアスカだが、ようやく心細さから解放されたのだろう。
ずっとしがみついていた腕を放し、ニコニコしていた。

シンジはアスカと一緒に指定された部屋へ入る。やはり古い建物なので、古さが目立つ
部屋だった。

「ぼく、お風呂に入って来るから。アスカも入ってきたらいいよ。」

「うん・・・。」

「どうしたの?」

「1人で入るの?」

「そりゃ、一緒に入れないだろ?」

「うん・・・。」

「どうしたのさ?」

「ううん。なんでもない。」

ただでさえ、お化けなどが苦手なアスカに暗い山道を歩かせてしまったので、心細く感
じているのだろう。しかし、汗も掻いたのでお風呂に入らないわけにもいかないだろう。

「直ぐに出てくるよ。ロビーで待ち合わせしようよ。もうすぐご飯だしさ。」

「うん。」

そう言ってシンジが風呂に入りに行ったので、アスカも入浴の準備をして女湯へと向か
うのだった。

<女湯>

アスカは、このロッジに来た時からどうも落着かなかった。理由はわからないが、常に
誰かに見られている様な気がしてならないのだ。

チャポン。

誰もいない広い浴槽に入り、長々と歩いた足の疲れを癒す。温泉というわけでは無いの
だろうが、暖かい湯に浸かると疲れが癒える。

なんなのかしら?
変な感じがするわねぇ。

「シンジーーーーっ!!!」

男湯に向かって大声で呼び掛けてみるが、返事は無い。厚い石の壁に遮られており、声
が届いていないのだろう。

シンジぃぃぃぃ。
なんか、ここ寂しいよぉ・・・。

シンジの顔が早く見たくなってきたアスカは、手早く体や頭を洗い始める。ここに長い
時間、1人でいたくない。

シンジはお風呂早いから、もう上がってるかなぁ?
アタシも早く上がろっと。

一通り洗い終わったアスカは、浴槽へ浸かろうともせず、シャワーで体を流すとさっさ
と浴室を出て行った。

「おや? もうお上がりですか?」

「キャッ!」

ふと見ると、更衣室には先程の老婆が立っていた。いつの間に入ってきたのかさっぱり
わからなかったので、尻餅をつかんばかりに驚いて後ろに飛び跳ねてしまう。

「女の子はもっと奇麗に体を洗わないといけませんよ?」

「ちゃんと洗ったわよっ。」

「おやおや・・・。」

老婆はそれだけ言うと、奇妙な笑みを浮かべながら更衣室を出て行った。アスカは、な
んとなく気味悪い物を感じて、そそくさと洋服を着るのだった。

<食堂>

ロビーで待ち合わせをしていた2人は、食事の時間だということで食堂へとやってきて
いた。突然の来客のわりには、結構良い料理が出てくる。

「シンジぃぃ、あのお婆さんなんか変なの。」

「そんなこと言っちゃいけないよ。折角泊めてくれたんだからさ。」

「そうだけどね・・・。」

「気の良さそうな人じゃないか。」

「うん。」

シンジがそう言うので、アスカもうなづきながら視線を窓の外に向けると、幾人かの人
が旅館から出たり入ったりしている様子が目に入った。

「この旅館ってアタシ達以外、誰も泊まってないのよね。」

「みたいだね。」

「じゃ、どうしてあんなに人がいるの?」

「うーん、ここで働いてる人じゃないかな?」

「お客さんもいないのに、働いている人はたくさんいるの?」

「今日は、たまたまお客さんがいなかっただけなんじゃないかな。」

「そうかも・・・しれないけど・・・。」

「ほら、そんなこと言ってないで、冷めないうちに食べようよ。」

「うん・・・。」

「どうしたの?」

「シンジのお膝の上で食べてもいい?」

他に客もいないので特に問題も無いだろう。アスカがなんだか不安そうなので、シンジ
は自分の膝の上にアスカを乗せて、夕食を食べさせてあげるのだった。

<部屋>

夕食を食べ終わった2人は、今日歩き続けた疲れが出たのかすぐに眠くなり、早目に布
団に入った。アスカはシンジに寄り添いながら窓の外を眺めている。

「お星さん、見えないね。」

「本当だ。おかしいなぁ。明日は晴れるって言ってたのに・・・。」

「雨降ったらどうするの?」

「レインコート持って来てるけど、嫌だね。」

「ううんっ。シンジと一緒に、雨のお散歩もしてみたい。」

「ははは・・・。」

そんな会話をしていた2人だったが、いつの間にか自然と瞼を閉じ心地よい眠りの世界
に入って行くのだった。

                        :
                        :
                        :

ドゲシッ!

「うっ!」

ドカドカッ!

「うぅぅぅ。アスカぁぁぁ。暴れないでよぉぉぉ。」

アスカと一緒に寝ると毎度のことだが、あちこちを殴られ蹴られたシンジは、その痛み
に目を覚ました。

「はぁ・・・何時だろう?」

目が覚めてしまったシンジが、枕元に置いておいた腕時計を見てみると、2時頃であっ
た。

ウォーーーーーーン。
ウォーーーーーーン。

その時、宿の下の階辺りから、奇妙なうめき声の様な音が聞こえてきた。

「なんだ?」

ウォーーーーーーン。
ウォーーーーーーン。

不気味に思ったシンジは、アスカを起こさない様にベッドから這い出ると、ゆっくり扉
を開けて部屋の外に目を向けた。

「うわーーーーーーーーっ!!」

叫び声と共に扉を閉めるシンジ。そこには、大量の悪霊達がひしめき合いながら、自分
達の部屋に向かって迫って来ていたのだ。

「アスカっ!!!!」

リュックサックから、登山用とは別に持って来ていた楽な靴を取り出すと、アスカを抱
き上げて窓から飛び出る。

<山の中>

アスカを抱いたままでは全力で走れないので、シンジは体を揺さ振りアスカを起こして、
靴を履かせ様とする。

「むにゃぁぁぁ。どうしたの?」

「早くっ! これ履いてっ! 逃げるよっ!」

「どうしてぇ?」

「いいからっ! 急いでっ!」

理由を説明している暇などない。アスカに靴を履かせ、自分も靴を履くと、屋根伝たい
に地上に下りる。

「シンジぃぃぃぃ。眠いのぉぉ。だっこぉぉぉ。」

「わーーーっ! そんなこと言ってる場合じゃないよっ!」

目を擦りながらだっこをせがむアスカだが、今は逃げなければならない。シンジはアス
カの手を引っぱりつつ、全力でロッジを離れて行く。

ウォーーーーーーン。

背後から不気味な音がしたので振り返ると、悪霊達がロッジから飛び出し凶悪な目付き
で迫って来ていた。

「アスカっ! 急いでっ!」

「いやぁぁっ! だっこぉっ! 眠いのぉっ! だっこしてくんなきゃ、いやぁぁぁっ!」

寝る時に一緒に布団に入れていたシンちゃん人形を抱いたままだったアスカは、それを
ブンブン振り回してだだをこねると、その場に座り込んでしまった。

「わぁぁぁぁっ! なにしてんだよっ! わかったからっ! 早くっ!」

悪霊がすぐそこまで迫ってきている。シンジは慌ててアスカを抱き上げると、真っ暗な
登山道を駆け下りて行く。

「わーーい。シンジにだっこぉぉ。」

「じっとしてっ!」

ウォーーーーーーン。

不気味な叫び声が迫ってくる。

「む? シンジぃ? 変な音しない?」

「後を見ちゃ駄目だっ!」

アスカはお化けに弱い。この状況で、あんなのを見せて半狂乱になられては、逃げられ
るものも逃げ切れなくなる。

「どうして?」

「いいから。ぼくの顔を見てて。」

「うんっ! シンジだーーーい好き。」

顔を見ろと言われたアスカは、抱きかかえられてる体を少し起こすと、ずいとシンジの
前に自分の顔を突き付けた。

「シンジだぁぁぁ。シンジのお顔だぁぁぁっ!」

「わーーーっ! 顔の前に出て来ないでーーーーっ! 前が見えないじゃないかぁぁっ!」

「だって、顔を見なさいってぇぇ。」

「そんなに近くで見なくてもいいだろっ!」

ウォーーーーーーン。

悪霊達が背後から迫ってきている気配が、木々の揺れなどで感じ取れる。シンジは追い
付かれまいと、必死で山を駆け下りて行く。

コロコロコロ。

「あっ! シンちゃん人形っ!」

その時、アスカの持っていたシンちゃん人形が、手からポロリと落ちてしまった。

「シンジぃぃ。ちょっと待ってて。」

シンジの手からするりと抜け出たアスカは、落ちたシンちゃん人形を拾いに山を駆け戻
って行く。

「ア、アスカっ!」

アスカが飛び降りてしまったので、シンジは悲痛な叫び声を上げながらユーターンした
が、既に悪霊はアスカの真上まで迫ってきていた。

「アスカーーーーっ!!!」

シンちゃん人形を拾い上げたアスカが顔を上げると、恐ろしい目をギラつかせた悪霊が
生気を吸いにすぐ頭上まで迫って来ている。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーァァァァアアアアア!!!」

悲鳴を上げるアスカ。アスカに群がる悪霊達。

ウォーーーーーーン。

「アスカーーーーっ!!!」

助けに駆け戻ってきたシンジだったが、アスカの周りには恐ろしい悪霊が大量に集って
いる。

「アスカーーーーっ!!!」

ウォォーーー・・・ゴフッ! ゲフッ!

シンジが我が身も省みずアスカを助け出そうとした瞬間、なぜか生気を吸い取り始めて
いた悪霊達が咳らしきものをして、苦しみ出した。

「チャンスだっ! 逃げるよっ!」

アスカを再び抱き上げたシンジは、また全速力で山を下って行く。

「イヤーーーーっ! シンジーーーーっ! お化けよーーーーっ!」

ただでさえお化けが苦手なアスカが、目の前に本物の悪霊を見てしまったので、シンジ
の腕の中で大暴れしている。

「もう大丈夫だからっ! 暴れないでっ!」

「イヤーーーーッ! イヤーーーーッ! イヤーーーーッ! お化けーーーーーーーーっ!」

「大丈夫だからっ! じっとしてっ!」

ウォーーーーーーン。

しばらく苦しんでいた悪霊達だったが、またシンジ達を追い掛けて来た様だ。不気味な
叫びが背後から聞こえてくる。

「シンジっ! あの音はお化けよっ!」

「わかってるよっ! だから逃げてるんだろっ!」

「イヤーーーーーっ! お化けーーーーーーーーーーーっ!」

あまりの怖さに後ろの様子を見たアスカの目に、悪霊達の姿が飛び込んで来る。

「むっ!?」

その悪霊を見たアスカの瞳が、バチっと見開く。

「アスカっ! 見ちゃ駄目だっ!」

これ以上暴れられてはかなわないので、その目を伏せようとするが、目を凝らして再び
悪霊達に目を向けるアスカ。

「むむっ!」

背後から迫る悪霊達。それをみた瞬間アスカは、直感的にその悪霊達が最も危険な存在
であることを悟った。

「シンジっ! あいつらは危険よっ!」

ビシっと指を悪霊達に突き付けると、その危険性をシンジに訴える。

「当たり前じゃないかっ! 悪霊なんだからっ!」

「あの目よっ! あの目が危険だわっ!」

シンジが悪霊達との距離を確かめようと振り返ってみると、アスカの言う目つきの雰囲
気が先程迄と変わっている。

「なんだ? あの目?」

そう・・・少しなりともアスカの生気を吸い取ってしまった悪霊達は、みんな目がハー
トになってしまっていたのだ。

ウォーーーーーーン。

既に悪霊達の目的は生気ではなくなっていた。そのハートの目の中には、前で逃げてい
るシンジだけが映し出されていた。

「いいやっ! とにかく逃げなくちゃっ!」

シンジは必死で逃げるが、悪霊達も必死で追い掛けて来る。一時開いた距離であったが、
また直ぐ後ろにまで悪霊達が迫って来ていた。

「そうだわっ! これよっ!」

アスカの聡明な頭に名案が閃く。

「アタシの大事なシンちゃん人形・・・ごめんね。でも、シンジを守る為なの・・・。」

ぽい。コロコロコロ。

シンジに抱きかかえられていたアスカは、名残惜しそうにシンちゃん人形を悪霊達に向
かって投げ捨てた。

ウォーーーーーーン。

案の定、シンちゃん人形に群がる悪霊達。アスカの背中に寒気が走る。

ゾワゾワゾワぁぁぁ。

「見てっ! シンジっ! アイツらっ! あんなに危険よっ!」

あのままシンちゃん人形を捨てなければ、シンジにあまえんぼうな悪霊達が、集ってい
たのかと思うと、アスカは意識が遠くなりそうだった。

「助かったよっ。人形とぼく達を間違う様な悪霊で。」

「違うわっ! あれが、危険な証拠なのよっ! アタシにはわかるわっ!」

ビシっと悪霊を指差して、自信満々に言い放つアスカであった。

<麓の村>

なにはともあれ、なんとか山を駆け下り息も絶え絶えで下山したシンジ達は、麓の村で
夜が明けるのを待っていた。

「おや、お若いの。こんな時間にどうしたんじゃ?」

こんなに朝早くから仕事だろうか。そこには登山口で出会った老人が、小さな斧を持っ
て立っていた。

「実は・・・。」

今、見て来たことを説明するシンジ。

「ほぉ。よく逃げてこれたのぉ。まぁ、無事で何よりじゃて・・・。
  ここまで来たら安心じゃ、あいつらもここまでは来ん。」

その時、山の方からなにやら不気味な叫び声が聞こえて来た。どうやら、悪霊達がシン
ちゃん人形は本物のシンジで無いことに気付いて、追い掛けて来た様だ。

「なっ、なんじゃとっ! 奴等が山から出て来るとはっ! お前さん達っ! 何をしたん
  じゃっ!?」

すぐそこまで迫ってきた悪霊達の叫び声に、村の人達も家から恐れおののき、次々と飛
び出してくる。

「うわぁぁぁぁっ! 悪霊じゃぁぁぁ。」
「この村もおしまいじゃぁぁぁぁぁ。」

頭を抱えて叫ぶ村の人々。そんな中、アスカは迫ってきた悪霊をビシっと指さして見据
えていた。

「シンジっ! あいつらは危険よっ!」

「わかってるよっ! おじいさんっ! どうやったら逃げれるんですかっ!」

「もう、無理じゃぁぁぁ。ここまで奴らが出て来ては、おしまいじゃぁぁ。」

ウォーーーーーーン。

悪霊達が、怒濤のごとく攻め寄って来る。絶望の縁に叩き落とされる村の人々。シンジ
もアスカだけは守ろうと、その前に立ちはだかったが、逆にアスカがシンジを守る形で
飛び出して行った。

「アンタ達っ!」

迫りくる悪霊に、ビシッと人差し指を突きつけて叫ぶアスカ。

「アスカっ! 危ないっ!」

シンジが前に出て行こうとするが、アスカはそれを止め悪霊達を睨み付けた。

「アンタ達っ!」

ウォーーーーーーン。

「シンジは、これができないと甘えさせてくれないのよっ!」

「は?」

いきなり、アスカがわけのわからないことを言い出したので、目が点になるシンジ。
悪霊達も、突然のアスカの言葉にその場に止まり、戸惑っている。

「いくわよっ!」

「あっ! あの構えはっ! こ、こんなところでやめてくれぇぇぇっ!」

そんな愕然とするシンジや戸惑う悪霊を前に、アスカは肘を曲げ両手の人差し指をピッ
ピッと右上空高く突き立て、右足をちょこんと前に出した。

「♪ラーブリ」

ピッ! ピッ!

アスカはコクコクと肯いたかと思うと、指を今度は左空高くに突き立て、左足をちょこ
んと前に出す。

「♪アースカちゃん」

ピッ! ピッ!

「わーーーーっ! みんなの前で、シンちゃんダンスを踊らないでくれぇぇぇぇ。」

あれ程、人前ではやめてくれと言っていたシンちゃんダンスを、大勢の村人と悪霊達の
前で踊りだしたアスカに、シンジは頭を抱えてうずくまってしまう。

しかし、アスカのシンちゃんダンスは続く。

「♪しゅきしゅき」

ピッ! ピッ!

「♪シンちゃん」

ピッ! ピッ!

「・・・・・・・・・・・。」

村の人達は、そんなアスカの様子を目を点にしながら眺めていた。

「のぉ、お若いの。彼女にいつもあんなことさせているのか?」

「だ、だから、そうじゃなくて・・・。」

「もしかして、あの兄ちゃんが有名な変態っちゅーやつじゃないかのぉ。」
「そうじゃ、きっとそうじゃ。」
「彼女に、あんな踊りを無理矢理させてるそうじゃ。」
「悪霊より恐ろしいのぉ。」

「ち、ちがうんですっ! あれはっ!」

シンジの言い訳など誰も聞いてくれようとしない。そんなことはなんのその。シンちゃ
んダンスはまだまだ続く。

「♪ピュアーなハートは、シンジのものよ」

今度は、両手をグルグル回して、自分の胸に持って行くアスカ。

「♪シンジを見てると、キュン、キュン、キュン」

グルグル。

悪霊達も、あまりの恥ずかしダンスに付いて行けず戸惑っている様だ。しかし、このダ
ンスができないと、シンジが甘えさせてくれないというのだから難関である。

「のぉ、兄ちゃん。あまり彼女に、変なこと強要しちゃいかんぞ。」
「人の趣味は十人十色じゃがのぉ。ありゃいかん。」

「違うんだぁぁっっ! アスカーーーーーっ! もうやめてよぉぉぉぉっ!」

それでも、一度ノリノリになったアスカは止まらない。

「♪ラーブリ」

ピッ! ピッ!

「♪アースカちゃん」

ピッ! ピッ!

「♪しゅきしゅき」

ピッ! ピッ!

「♪シンちゃん」

ピッ! ピッ!

しばらくざわついていた悪霊達だったが、どうやら適わないことを悟ったらしく、すご
すごと山の中へと戻って行き始めた。

「見て見てぇぇぇっ! シンジぃぃっ! アタシは勝ったのよぉぉぉっ!」

「そ、そうだね・・・はぁ・・・。」

なにも、悪霊にまであの踊りを見せなくても・・・。

それからシンジはアスカと一緒に始発のバスを、村のバス停で待つことになった。その
間、前を通って行く村の人は、皆シンジのことを変態を見る目で見て通り過ぎて行く。

「シンジぃぃ、また来ようね。」

「もう・・・来ないと思う・・・。」

とにかく、早くこの村から出て行きたいと、シンジは始発のバスを心待ちに待ち続ける
のだった。






それから・・・毎夜毎夜、山からはこんな声が聞こえる様になった。

「♪ラーブリ
  ♪悪霊ちゃん
  ♪しゅきしゅき
  ♪シンちゃん
        :
        :       」

以来村の人は、その山を呪の歌声のする呪の山と呼ぶ様になり、夜になると子供の耳を
塞ぐ様になったらしい。

To Be Continued.
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