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あまえんぼうアスカちゃん
Episode 13 -素敵なミサトのバースデー-
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<ミサトのマンション>

朝からとってもぽっかぽか。ぬくぬくお風呂に入ると気持ちいい。ちょっぴり汚れちゃ
ったシンちゃん人形を、ゴシゴシ洗ってアスカはご機嫌。

「アスカー。いつまでお風呂入ってるの? 遅刻しちゃうよ?」

「だめなのよ。きれいきれいにするんだもん。」

「帰ってから洗えばいいだろ? ね。」

キッチンからシンジの声が聞こえてくる。泡でいっぱいになったシンちゃん人形を、暖
かいお湯の入った洗面器でじゃぶじゃぶ。

「もみもみするのよ。もみもみ。」

むにゅっと押すと泡がぱぷーっと洗面器に広がって。ちょっと手をゆるめて、またむに
ゅっと押すと泡がぱふーっと洗面器いっぱいに広がる。

「お湯を変えなくちゃ。」

新しいお湯を洗面器に入れ、むにゅっと押すと泡がぱぷーっと洗面器に広がって。ちょ
っと手をゆるめて、またむにゅっと押すと泡がぱふーっと洗面器いっぱいに広がる。

「お湯を変えなくちゃ。」

新しいお湯を洗面器に入れ、むにゅっと押すと泡がぱぷーっと洗面器に広がって。ちょ
っと手をゆるめて、またむにゅっと押すと泡がぱふーっと洗面器いっぱいに広がる。

「泡がなくならないのよぉぉおおおっ!!!」

「いいから早く出てきてよっ。もうぎりぎりだよっ。」

「いやーーーん。シンちゃん人形があわあわわぁぁぁっ!!」

「お願いだから、早く出てってばっ!」

「むぅぅぅ。」

シンジがお願いしている。シンちゃん人形には、しばらくあわあわのまま我慢して貰っ
て出て行くしかない。

「シンちゃんは長風呂になったのよ。」

洗っていたシンちゃん人形をお風呂にちゃぽんと入らせて、大慌てで風呂を出たアスカ
は、パタパタと制服に着替える。

「アスカー。まだぁぁ?」

「でっきあがりーーーっ!」

かなり急いだのだろう。確かに制服に着替え終わってはいるが、出てきたアスカの髪は
びしょびしょ。

「そんなんで外出たら風邪ひいちゃうよ。」

「時間ないもん。」

「早く座って。乾かしてあげるから。」

「わーーーーいっ! 乾かして貰うのよぉぉっ!」

ドライヤーを持ってソファーに座ったシンジのお膝にニコニコおっちん。もう完璧に遅
刻は決定。

ブーーーーン。

「ねぇ。ちゃんとリンスしてる?」

赤い髪を指でつまみ、シンジはまじまじと毛先を見ている。

「リンスする時間がなかったもん。」

「駄目だよ。髪がもつれてるよ?」

長くて綺麗な髪を痛めないように、縺れた所に丁寧に櫛を当て、毛先から順に梳いてあ
げる。強く櫛を引くと枝毛ができるので、ゆっくりゆっくり。

「でもね。でもね。いつもはちゃんとリンスしてるの。」

「毛先までつけてる?」

「こうやってるの。」

いつもリンスをつけている仕草を一生懸命してみせる。どうやら結構丁寧に洗っている
ようだ。

「どう? どう? ちゃんとつけてるでしょ?」

「うん。偉いね。わかったから、じっとしてて。」

「じっとしてるのよっ。」

髪の毛を乾かして貰いながら、言われた通りお膝に手を置きおっちんしたままじっと固
まる。動いてはいけない。

「はい。おしまい。前は自分でできるよね。」

ドライヤーを手渡しながら、ポンと肩を叩いてシンジが立ち上がる。

「で、で、で、できないのよぉぉおおおおおおおおっ!!!!!!」

目をまん丸にして180度向きを変え、シンジに前髪をおしつける。

「とーーっても、前髪は難しいのよぉぉっ!!!」

「わかった。わかったから。乾かしてあげるから、じっとして。」

「そうなのよ。難しいのよ・・・とってもとっても。」

前髪も乾かして貰えることになりまたまたニコニコ。シンジの方に向き座り直す。ドラ
イヤーの風と髪に触れるシンジの手があったくって気持ちいい。

「はい完成。可愛くなったよ。」

「むぅぅぅぅ?」

「可愛いよって。」

「聞こえないのよぉぉっ!!!!」

「だから、可愛くなったよって。」

「わかんないのよぉぉぉっ!!!! もう1度言って欲しいのよぉっ!!!!」

はしゃぎまわるアスカの大きな声に、今日はプライベートな用事で休みを取ってゆっく
り寝ていたミサトが、不機嫌そうに部屋から出てきた。

「アンタ達っ! いつまで騒いでんのっ! もう学校始まってるでしょうがっ!」

「す、すみません。ほら、急いで行かなくちゃ。」

せっかくシンジと楽しい会話をしていたのに邪魔が入ってしまった。アスカはかなり不
機嫌な顔でほっぺを膨らます。

「アタシはかわいいけど、ミサトはかわいくないのよっ! シンジはかわいいって言っ
  てくれないのよっ!!!」

「わけわかんないこと言ってないで、さっさと学校行きなさいっ!」

「アスカ行くよ。行ってきますっ! あっ、朝ご飯。テーブルに置いてありますっ。」

「シンジのご飯はアタシのなのよっ。ミサトは自分で作ればいいのよっ。」

「何言ってんだよ。早く行くよ。」

「アタシのシンジにばかり料理作らせちゃダメなのよーっ!!」

「もういいから、早く行こうってばっ!」

よっぱどシンジとの会話を邪魔されたのが気に入らなかったのか、ミサトにブチブチブ
チブチ文句を言って絡むアスカをぐいと引っ張り学校へ向って走り出す。

「アスカぁ。なんてこと言うんだよ。」

「保護者なのに家事をしないのはダメなのよっ!」

「ミサトさんが料理作るとか言い出したらどうするんだよ。」

「はっ!!!!」

ことの重大さにようやく気付いたようだ。アスカは大きく目を見開いて振り向いた。

「シンジ・・・。」

「だろ?」

「逃げるのよっ! 愛の逃避行なのよーーーーっ!!!」

「わーーーっ! 何所行くんだよっ。」

わけのわからない方向へ引っ張るアスカを、なんとか学校方向へ軌道修正する。

「むっ!? むっ!? むっ!?」

「どうしたの?」

「誰もいないわっ!」

ビシっと通学路を指差している。おもいっきり遅刻しているので、誰も通学していなく
て当然だ。

「そりゃ・・・遅刻だもん。」

「誰もいないとこでは、だっこしてくれるのよぉぉっ!!!」

きょろきょろして誰もいないことを確認すると、一目散にシンジの胸に飛び込んで来る。

「わかったよ。でも、学校の近くまでだよ?」

「今日から学校はこっちになったのよっ。」

「そっちは駅じゃないか。」

「駅を右に曲がって、デパートをまた曲がったら学校なの。」

「めちゃくちゃ遠回りじゃないかっ。」

「学校につくまでは、だっこなのよぉぉぉっ!!!」

「駄目。まっすぐ学校に行くよ。」

「むぅぅぅぅ・・・・。つまんなーーーいっ。」

ぷくーーーっとほっぺを膨らませるアスカの頭を撫でてあげ、だっこしたまま学校へ向
かうシンジであった。

<ミサトのマンション>

ミサトは念入りに化粧をし、持っている服の中で1番清楚で見栄えの良い服に着替えて
いた。

「ふん♪ ふん♪ ふん♪」

珍しく朝からえびちゅを一滴も飲んでいない。ルージュは清潔感のある薄い赤色を引き、
とっておきのラベンダーの香水を軽く叩く。

チラ。

姿見で前を確認。

チラチラ。

横を確認。後を確認。くるくるくる。

何度も身だしなみを鏡でチェック。こういう仕種を見ていると、一応彼女にも女性とし
ての血が流れているのだと思えてくる。

「うっしゃーーーっ! 完璧よーんっ!」

ハンドバックを引っ掛け、車のキーを握り、仕事がら拳銃もバックに入れ、新品のパン
プスに足を通し、いざ出陣。

今日はミサトにとって正念場。この間プロポーズしてくれた加持の両親と初めて会う日。

<加持の実家>

加持の実家に始めて来たミサトは、目をまんまるにしてびっくりしていた。それはそれ
は大きなお屋敷ではないか。

「あんた、金持ちだったの? すっごい家じゃない。」

「俺は苦手なんだがな・・・。」

「なに贅沢言ってんのよ。」

加持に続き屋敷の中に入ろうと門を潜ると、同じタイミングで玄関扉が開き金縁のめが
ねを掛けた女性が姿を現す。

「おほほほほほ。ぼくちゃん、お帰りざます。」

相撲取りのような体型の大柄な女性は、金縁の眼鏡を大きな宝石の指輪のついた人差し
指でくいくいと持ち上げている。

「ただいま。ママ。」

「ずーーっと独りぼっちで寂しかったざましょ。ママが可愛い可愛いしてあげるざます。」

言うが早いか、加持に抱き付き頭を撫で始める。もうミサトはぎょっと目を見開き、口
元をヒクヒクさせることしかできない。

ママっ!?
ぼくちゃん???
いったい・・・加持って・・・。

「ちょ、ちょっと。もう止めろって言ってるだろ? それより、この人が葛城ミサトさ
  んだ。」

「あら。こんなところにおられたざますか。気付きませんでしたわ。」

キランと金縁の眼鏡を光らせ、冷え切った視線を向けてこられては、引きつった笑みを
浮かべることしかできない。

「ぼくちゃん。今日パパはお仕事ざますの。」

「そうなんだ。」

「だから、ママがお話を聞くざます。」

「葛城。入るぞ。」

「は、は、始めまして・・・お、邪魔します。」

「あら? あなたも入るざますか?」

「・・・・・・。」

眉をひくつかせ、ハンドバックの銃を取り出してやろうかと思ったが、相手は自分の義
理の母になろうかという人だ。ここは堪える。

「紅茶を入れるざます。おほほほほ。」

豪華なリビングに通されソファーに座ると、ザマスおばさんが対面に座り紅茶の入った
ティーカップに角砂糖を8,9個入れている。

どうでもいいけど、化粧臭いわねぇ。
リツコ以上だわ。

ここまで近付かれるとあまりの厚化粧に、臭いがプンプンしてくる。少し顔でも叩いた
ら、ヒビが入るんじゃないかと思える程だ。

「どうざます? 教育委員会の仕事は忙しいざますか?」

「最近、ちょっとな。」

「ねぇ。なに? 教育委員会って?」

ぼそぼそと加持に小声で耳打ちすると、肩を狭めて苦笑いを返してきた。

「公務員って言ったら、教育委員会だと思い込んじまったんだ。」

「あっきれた。」

公務員は公務員でもスパイだ。しかも世界で最も危険な世界で、二重スパイをしていた
と知ったら、このザマスおばさんは心臓発作を起こすかもしれない。

「ぼくちゃん? こちらの方は、どちらのお嬢様ざますの?」

「葛城か? 同じネル・・・教育委員会の同僚でね。」

「あなた? お歳はいくつざますの? あら、失礼なこと聞いちゃったざますかしら。お
  ほほほほほ。」

「12/8で、さ、さんじゅう・・・です。」

「三十路ざますか。おほほほほほほ。」

ギロっと睨み付けるミサト。

あんたより、ずっと若いわよっ!

「本題だが。電話で話しただろ? 今度、葛城と結婚しようと思うんだが。」

はっ!として背筋をピンとミサトが伸ばす。いよいよ話の本題に入って来たようだ。ヤ
シマ作戦の時より緊張する。

「ぼくちゃん? やっぱり結婚は、まだ早いんじゃないざますか?」

「おいおい。勘弁してくれよ。もうすぐ31だぜ?」

「まだ31ざます。1度おうちへ帰って来るざます。一緒に暮らして考えるざます。」

緊張して一文字に閉じていたミサトの口が呆れて半開きになってくる。なんだかまるで
自分の方が嫁を貰いに来ている気分だ。

「いや、もう葛城にプロポーズしちまったしな。」

「こちらの方は、花嫁修行は終わってるざますか?」

「そんなのは必要ないんじゃないか?」

「ダ・メ・ざます! ぼくちゃんは苦労を知らないで育ったざます。お嫁さんは家庭的
  な人じゃないとやっていけないざまーーすっ!」

「・・・・はは。ははは。」

あまり家庭的なところをミサトに求めても・・・さすがの加持も下手にフォローすると、
ミサトの墓穴を掘りそうで、苦笑いを浮かべ誤魔化すしかない。

や、やばい。
変な方に話が・・・。

当のミサトも、自分の最も苦手とするところを突かれて、引きつった笑みを浮かべてい
る。アスカが言っていたように、自分の料理くらい自分で作っておけば良かったと、今
回ばかりは思ってしまう。

「どうざます? お料理とかお掃除がちゃんとできる人ざますか?」

「いや・・・まぁ。な、葛城。」

「え・・・。」

「そうざますっ! いいことを思いついたざますっ!」

ポンと手を打つザマスおばさん。

「ぼくちゃんに相応しい人がどうか、ママが葛城さんのお宅を見に行くざますっ!」

「げっ!」

口元をひくつかせて、ミサトはなんとか阻止する言い訳を考える。

「あ、あの・・・。預かっている子供が2人いまして。うちは、ちょっと。」

「丁度いいざます。そのお子さん達と一緒に、12/8にお誕生日ぱーてーをするざま
  すっ! 葛城さんのお料理も見てみるざますっ!」

「げげげっ!」

「いや・・・ママ。それはちょっと・・・。」

「決定ざまーーーーーすっ!!!」

強引に決定されてしまった。とんでもない方向へ話が行ってしまい、加持もミサトも口
元をひくつかせて、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。

<ミサトのマンション>

学校から帰って来たアスカは、とってもご機嫌。シンジが入れてくれたウインナーコー
ヒー。カップに浮かぶ生クリームがふわふわしてて美味しそう。

「むっ?」

早速生クリームをスプーンで食べようとしたアスカの目に、テーブルの端に置かれてい
た余ったクリームが目に止まる。

「もっと乗せるのよ。あまいあまいになるの。」

むにゅーーーーーーーーっ!

即座に手に取りあらん限りの力で捻り出す。コーヒーの上にエベレストのような生クリ
ームの山がもこもこもこ。

「わーーーっ! 入れ過ぎだよっ。」

「いっぱい。いっぱいなの。とっても甘いのよぉぉぉぉっ!!」

「コーヒーが零れてるだろ。」

「む? シンジぃぃぃ、びしょびしょーーー。」

生クリームを入れ過ぎて零れたコーヒーが、スカートを塗らしてしまう。ほおっておい
たらシミがついて大変だ。

「早く着替えて。ちゃんと洗濯機の水に浸けといてね。」

「うんっ!」

汚れたままでは駄目なので、制服のスカートを洗濯機に入れいつものホットパンツとタ
ンクトップに着替えて戻って来る。

「だっこ。」

「今、コーヒー飲んでるから・・・。」

「だっこなの。」

「わかったよ。おいでよ。」

「わーーーいっ。」

シンジのお膝に座り、自分のクリームだらけになったカップをくいくいと手繰り寄せる。

「むっ?」

スプーンでクリームを掬おうとすると、あまりにもまんたんに入れたので、ぽとぽとコ
ーヒーや溶けてきた生クリームが零れてしまう。

「こぼれちゃうのよぉぉぉっ!!!」

「入れ過ぎるからだよ。」

「また零して汚しちゃ駄目なの。シンジに食べさせて貰うのよっ。」

「こんなのぼくも零しちゃうよ。」

「あーーーーーーーーーーん。」

「わかったよ。」

零れてもアスカの服につかないように、カップをテーブルの真ん中に置き、クリームを
スプーンで掬ってぱっくりと開いた口に入れてあげる。

「とっても甘いのぉぉぉ。」

「じゃ、次はコーヒーにする?」

「苦いのはだめだめよ。」

「ウインナーコーヒーって甘いのと苦いのがあるから美味しいんだよ?」

「だめなのよ。クリームがいいのぉ。」

「うーーん。」

仕方ないのでスプーンにコーヒーを掬い、それを隠すように生クリームを上に被せて口
に入れてみた。

「あーーーーーー。に、苦いのよぉぉぉっ!」

「でも、美味しいだろ?」

「お口がとっても苦いのぉぉ。」

「ごめんごめん。じゃ、次はクリームだけだよ。」

さっきからアスカをだっこしたままウインナーコーヒーの生クリームを食べさせている
ので、自分のコーヒーは飲めずどんどん冷めていくばかり。

「いいこと思いついたわっ!」

目をキラキラさせて、振り返り様に大声を出す。アスカのお口の周りについた生クリーム
がピッピッと飛び散るので、近くにあったタオルで顔を拭いてあげる。

「ほらほら、じっとして。クリームだらけじゃないか。」

「むむむ・・・。」

「はい。綺麗になったよ。で、なに?」

「今日の夜ご飯は、ケーキがいいのーーーーっ!」

「駄目だよ。ご飯はちゃんと食べなくちゃ。」

「クリーム、とーーーーっても美味しいのっ。ケーキなのよぉぉぉっ!」

「駄目だってば。」

「むぅぅぅぅぅぅぅ。」

「ミサトさんだって、ケーキがご飯じゃ怒っちゃうよ。」

「ミサトの分は自分で作るべきなのっ。」

「だから無理だってば。あのミサトさんが、ちゃんと料理できるはずないだろ?」

その時だった、玄関の扉が大きな音をたてて開いたかと思うと、ドタドタドタとミサトが駆
け込んで来る。

「シンちゃーーーーん。料理教えてーーーーーーっ!!!!」

「はぁっ???」

きょとんとしてミサトを眺める。

「非常事態よっ! 料理を作らなきゃいけなくなっちゃったの!」

ミサトから事の顛末を聞いたシンジは、頭痛がしそうだった。ついこの間がアスカの誕
生日。ミサトの誕生日まであと2日。それだけの時間でミサトに料理を教えるのは至難
の技だ。不可能と言っても過言ではない。

「おねがーーーい。シンちゃんっ。このとおりっ!」

「どうして正直に、料理はできないって言わなかったんですか?」

「そんなこと言える雰囲気じゃなかったのよ。お願いっ。お願いしますっ!」

両手を合わせ拝むように懇願するミサトを前に、断ることなどできようはずもない。

「シンジぃぃ、ミサトに料理教えてあげようよぉ。」

「うん・・・頑張るけど。」

なんだかんだ言いながら内心ではミサトのことを想っているんだなと、ちょっと見直す
シンジの前で、アスカは満面の笑みを浮かべていた。

ミサトは自分のご飯を作るのよ。
そしたら、毎日ケーキがご飯になるのよーーっ!!!!

どうやらミサトのご飯を作らなくて良くなったら、シンジが毎日ご飯にケーキを作って
くれると思っているらしい。

「それじゃ、晩ご飯を一緒に作りましょうか。」

「ごめんちょ。シンちゃん、恩にきるわっ。」

早速、特訓が始まる中、アスカは遣り掛けだったシンちゃん人形をお風呂に入って洗い
始める。

がんばるのよっ! ミサトっ!
シンジの料理はアタシだけの物なのよ。

むにゅっと押すと泡がぱぷーっと洗面器に広がって。ちょっと手をゆるめて、またむに
ゅっと押すと泡がぱふーっと洗面器いっぱいに広がる。

その間、キッチンからはシンジの悲鳴がひっきりなしに聞こえてきていた。

「わーーーーっ! ミサトさんっ! 何やってるんですかっ!」

「ごめんちょ。」

「違います! それ味噌っ! 砂糖を入れるって言ったじゃないですかっ!」

「ごめんちょ。」

「ひぇぇぇぇぇぇっ! 包丁をこっちに向けないで下さい。」

「ごめんちょ。」

「うわーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

結局、冷蔵庫の中の食材が全て夢の島行きとなり、その日の夕食は近所の寿司屋から出
前をとることになった。

<スーパー>

翌日シンジはアスカと一緒にスーパーに来ていた。冷蔵庫の食材を買い足さなければ何
も作れない。

「ミサトさんにでもできる料理ってないかなぁ。」

「ケーキがいい。」

「駄目だってば。」

「むぅぅぅぅ。」

「でもミサトさんの誕生日だから、ケーキの材料も買っとかなきゃいけないか。」

「わーーーーいっ! ケーキのご飯なのよぉぉぉっ!」

「ご飯じゃないってば。」

大喜びして飛び跳ねるアスカを連れて、ケーキの材料を売っているコーナーへ向う。

「こーーーーーーんなに、大きなのがいいのぉ。」

両手を上下におもいっきり広げて、食べたいケーキの大きさを一生懸命表現している。

「それじゃぁ、結婚式のケーキだよ。」

「大丈夫っ! 全部食べれるもんっ。」

「駄目だってば。えっと、生クリームは・・・げっ、特売じゃない!」

ウインナーコーヒーを作ろうと思い買った時は特売だったのに、いつの間にか通常価格
に戻っている。

「これなら、駅前のスーパー方が安いなぁ。」

「あーーーーーっ! あれが欲しいぃぃぃっ!」

「ん? アイス? 駄目だよ。後で駅前まで行くから、溶けちゃうよ。」

「ほしいぃぃっ! むーーーー。」

「帰りにまた寄ればいいじゃないか。」

「そー言って、こないだ買ってくれなかったもんっ!」

「あの時は忘れちゃったんだよ。アスカも忘れてたじゃないか。」

「今買わないと、また忘れるぅっ!」

「溶けちゃうってば。」

「すぐ食べたらいいのよっ。」

「6本も入ってるじゃないか。」

「6本食べるの。」

「お腹壊すよ。じゃ、1本で売ってるアイス。好きなの持っといでよ。」

「わーーーーいっ! アイスなのよぉぉっ!」

アスカがアイスを選んでいる間に、ケーキの材料を揃え終わったシンジは、明日のミサ
トの誕生日に使う食材を探しに行く。

ミサトさんにも作れる料理かぁ。
うーーん。
油を使うのはとにかくやめよう。
簡単にできて、見栄えするのっていったら・・・。

いろいろ見回していると、シンジの目にこれだっ!というものが目に入って来た。

この手があったか。
でも、高いなぁ。

ミサトから預かっている家計費の残りを考えているところへ、お気に入りのアイスを見
付けたアスカがニコニコしながら戻って来る。

「チューペットにしたの。シンジと半分こするのっ。」

「気に入ったのがあって良かったね。」

「む? なにこのお肉?」

「美味しそうだろ?」

「こんな薄いのは、駄目なのよ。もっと厚ーーいのが、美味しいのっ。」

「しゃぶしゃぶのお肉なんだ。」

「しゃぶしゃぶぅ?」

「お湯にちょっとだけ入れて、やわらかいうちに食べるんだ。」

アスカの頭の中でしゃぶしゃぶを食べる光景が浮かんでくる。少しだけお湯に浸けてや
わらかいうちに食べるお肉・・・。

『シンジぃぃ、あーんしちゃうのよぉぉっ!!』
『はい。あーん。』
『おいちいのぉっ! シンジぃぃ、しゅきしゅきぃぃっ!』
『ぼくも大好きだよ。』
『いやーん。シンジったらぁぁーん。つんつんしちゃうのよぉぉっ!』

とっても美味しそうに思える。

だが・・・なんだかしゃぶしゃぶじゃなくても、シンジと一緒ならアスカにとってはな
んでも美味しいのかもしれない・・・ような気もする。

「しゃぶしゃぶ食べるのよっ!」

「だけど・・・高いんだよ。いいのになると。」

「3000円・・・高いぃぃ。あっ、でも3000円ならアタシのお小遣いがあるのよ。」

「違うよ・・・。100グラムだよ。」

「む?」

「みんなで食べるくらいになると・・・3万くらいに。」

シンジが見ていたのは、特別良いお肉だった。無論もっと安いのもあるのだが、折角ミ
サトの誕生日で、しかも加持のお母さんまで来るという。ここは奮発したいが、家計費
とコツコツ貯めた自分の小遣いなどを考えて悩みに悩む。

ミサトさんには世話になってるしな。
今日は豚肉で練習して、本番はこの肉で・・・。
よしっ! ミサトさんの為だっ!

清水の舞台から飛び降りるつもりで、その高価な霜降りの特上近江和牛を1キロ買い、
他の鍋の材料なども揃えてスーパーを出た。

「アスカっ!! 駄目じゃないかっ!!」

「だって・・・・うぅぅぅぅぅ。」

「アイスは駄目って言ったろっ!?」

「うぅぅぅぅぅ。」

だがここにきて大問題が発生していた。いつの間にかアスカが、買い物籠の奥底に先程
の6本入りのアイスを隠して入れていたのだ。

「返してきなさい。」

「ごめんなのぉぉ。シンジぃぃぃ、ごめんなさいなのぉぉ。」

「勝手に入れちゃ駄目だろ?」

「どうしても食べたかったのぉ。」

「だから、チューペット買ってあげたよね?」

「こっちも食べたかったのぉぉ。」

「じゃ、アスカはぼくに嘘をついたんだね。」

ガーーーーーーーーーン!

アスカの青い瞳に涙がドバっドバっと溢れ出す。

「ごめんなのぉ。嘘ついたんじゃないのぉ。もうしないのぉぉっ! シンジぃぃぃっ!」

「本当にもうしない?」

「もうしないのよぉぉ。ぐすっ。ぐすぐす。」

「約束だよ。」

「ぐすぐす。」

小指と小指を仲良く絡めて、大事な大事な約束をする。それはいいとして、このまま駅
前へ行くとアイスが溶けて大変だ。

「仕方ないなぁ。1度置きに帰ろうか。」

「ごめんね。シンジぃ。」

「もういいよ。ちゃんと約束したんだし。」

「約束は守るのよっ。ちゃんと守るの。」

一度家へ寄り、今日の夕食用と明日の本番用に買った食材やアイスなどを冷蔵庫に入れ、
再び駅前のスーパーへ買い物に出掛ける。

「ねぇ。どうやったら、ミサトさん。料理が美味しく作れると思う?」

「料理は愛情よっ! 」

「そうなんだけど・・・難しいなぁ。」

「アタシは、こーーーんなに愛情があるのよっ! シンジは?」

手を大きくお空いっぱいに回して、自分の愛情の大きさを表現している。

「ぼくもいっぱいあるよ。」

「シンジぃぃぃっ! しゅきしゅきしゅきーーーーっ!!!」

駅前の人の多いところで飛びついてくるが、さすがにここでは恥ずかしい。

「みんな見てるからやめようね。」

「だってぇ、しゅきなんだもーん。じゃ、おてて繋いで?」

「いいよ。」

手を握ってあげると、アスカは両手でぎゅっと握り返してきた。

「あったかーい。」

その手をほっぺにくっつけてニコニコしながら、アスカはシンジと仲良く並んで買い物
をした。

<ミサトのマンション>

全ての買い物を終え帰宅したシンジの目に映った光景。キッチンに立ち愕然として見た
それは、悪夢としか思えない。

「シンちゃーーーん。どう? カレーよん。今日こそはばっちりよん。」

「ミ、ミ、ミ・・・ミサトさん。」

「あらぁ、何度も作り直したから、結構自信あるんだけどねん。」

「そ、その肉は・・・。」

もうシンジは顔が真っ青。こともあろうか、100グラム3000円の特上和牛をカレ
ーに全部突っ込まれていた。

「な、なんてことを・・・・あっ!!」

目を剥いてキッチンに駈け寄ったシンジの目に、更なる悲劇的映像が飛び込んで来た。
あろうことかカレーの失敗作と共に100グラム3000円のしゃぶしゃぶ用牛肉が
捨てられているではないか。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!」

頭を抱えてキッチンに蹲ってしまう。この家に来て主夫業を営み始めた時から、余った
生活費と小遣いをコツコツ貯めてきたお金。世話になってるミサトの為にと思い投資し
た結果が・・・・・・カレーにまみれて捨てられるとは。

しかも練習用にと買ってきた豚肉を使わず、明日の本番用の100グラム3000円の
しゃぶしゃぶ用特上近江牛を使うとは・・・。

「どうしたのぉぉ? シンちゃーん。ほらぁ、ちゃーんとカレーできたわよん。」

「酷いよっ! 酷過ぎるよっ!」

「そんなことないと思うけど? 何度も作り直したのよん?」

「なんでこの肉使ったんですかっ!」

「だって、カレーにはお肉入れるでしょ? やーねー、わたしにだってそれくらいわか
  るわよん。」

「カレーに入れる肉かどうかくらいっ! 見たらわかるじゃないですかっ!!!」

「え? あの肉、違うの? 一緒に見えたけど・・・。」

ガーーーーーーーーーーン!!!

ミサトには、特上の肉とカレー用肉の区別もつかないのか・・・。折角ミサトに喜んで
貰おうと思ったのに、ショックをのあまり声も出せず頭を抱えて座り込んでしまう。

よくわからないが何か失敗してしまったことに気付き、ポリポリと頬を掻くミサトを見
ていたアスカが2人の間に飛び込んで来た。

「ミサトっ! アンタが料理のできない理由がわかったわっ!!」

ビシっと人差し指をつきたて、大声を張り上げる。

「料理は愛情よっ! アンタには、愛情が足りないわっ!!!」

「アスカ・・・もういいよ。ミサトさんにも料理ができるかもしれないって思った、ぼ
  くがいけなかったんだ。」

「ダメなのよっ! ミサトには料理を覚えて貰うのよっ!」

「アスカ?」

100グラム3000円の特上近江牛を使われてしまい塞ぎこんでいたシンジだったが、
その言葉に、はっ!と顔を上げアスカの顔を見る。

「そう・・・そうだね。ミサトさんの為に頑張らなくちゃ。やっぱり、アスカってやさ
  しいんだね。」

「そうよっ! そして、晩ご飯はケーキになるのよぉぉぉっ!!!」

「??????」

アスカの言っていることがよくわからなかったが、明日の誕生日のケーキのことかな?
などと思い、シンジも気を取り直して立ち上がる。

「ミサトっ! あと1日っ! 特訓よっ!」

「アスカ・・・まさかあなたがわたしの為に、そこまで言ってくれるなんて思わなかっ
  たわ。ありがとう。」

「アタシに任せれば完璧なのよっ!!!」

「宜しくね、アスカ。」

これまで家庭でネルフで、散々苦労させられたアスカだったが、いざとなるとこんなに
も自分のことを想ってくれているのかと嬉しくなりその手を握る。

「で、なにから始めたらいいかしら?」

「料理は愛情よっ! 愛情を勉強するのよぉぉぉぉぉーーーーっ!」

言うが早いか、アスカはダイニングの椅子にミサトを縛り付け始める。

「ちょっとっ!? これはなんなの? ねぇっ! 縛ってるんじゃないの?」

「アンタに足りないのは愛情よっ! 愛情を勉強するのよっ!!!」

ぐるぐるぐる。

「だから、それとどう関係がっ! モゴモゴモゴ。」

椅子にミサトを縛り付けたアスカは、最後の仕上げに口にガムテープを張ってキッチン
の前に固定した。シンジもいきなりアスカが何を始めたのかわからず、呆然としている。

「ミサトさん苦しそうだよ?」

「こうでもしないと、またえびちゅでも飲んで、ぐーたらするに決まってるわ。」

「でも縛ってちゃ・・・料理ができないよ?」

「時間がないもんっ! 愛情のある料理の作り方を見て勉強するのよぉぉぉっ!!」

「・・・そうか。そうだねっ!」

「むがむがっ!!!」

最後の望みだったシンジまで納得してしまい、椅子をガタガタさせながら縛り付けられ
たミサトが暴れている。

「でも、愛情のある料理って・・・どうするんだよ。」

「シンジとぉぉ。」

シンジのお鼻を指でちょこん。

「アタシがぁぁっ。」

自分のお鼻を指でちょこん。

「ラブラブいっぱいで料理つくるのぉぉっ!」

両手をいっぱいにパァぁーっと広げてぴょんぴょん飛んでいる。なんだかとっても楽し
そう。

「白菜を切るのよぉぉっ。」

「・・・う、うん。」

とにかくアスカと一緒にご飯を作ればいいのだろうと、シンジは冷蔵庫から白菜を取り
出し、まないたに乗せる。

「白菜、お願いね。」

「だめぇぇぇっ。仲良く一緒に切るのよ。。」

「ぼく、お湯沸かすからさ。」

「愛情のある料理を作るのよぉぉっ! ラブラブなのよぉぉぉっ!」

「わかったよ。」

野菜室から白菜を取り出し、手に手を取って包丁叩いてトントントン。ラブラブリズム
がトントントン♪

「もっと、くっちゅくのよぉぉっ!」

「もっと?」

「もっとぉっ! もっとなのよぉっ! ラブラブ料理なのよぉぉっ! ほっぺをくっちゅ
  けるのよぉぉっ!」

「こうかな?」

ほっぺがぺっとりくっついて、ぽっぽっぽっと赤くなる。なんだかとってもあったかい。

「むがーっ! むがーっ!」

ガタガタガタと縛られたまま椅子を揺すり、ミサトが暴れている。

「あーん。シンジのほっぺったら、ぷにぷにするのぉぉぉ。」

「そう?」

「いやぁーん。アスカちゃんのほっぺが、あっちゅあちゅなのよぉぉっ!
  ほらほら、触ってぇぇぇぇぇっ!」

「そうだね。」

「そんなんじゃ、いや〜ん。」

プリプリ首を振って、シンジのほっぺをつんつんつん。

「ほっぺを触って『アスカちゃんのほっぺもぷりんぷりんしてて可愛いよーーっ!!』
  って言うのぉぉっ!」

「えーーーっ!」

「言わないと、ミサトが不幸になっちゃうのよぉっ?」

「・・・わかったよ。アスカちゃんのほっぺもぷりんぷりんしてて可愛いよ。」

「いや〜ん。シンジったらーーーん。」

シンジの腕の中、胸元に手を組み左右にフリフリいやんいやん。くるんと振り返り、シ
ンジにぎゅっとおもいっきり抱き付く。

「わっ! 包丁使ってるから危ないってばっ。」

「おててがシンジにくっちゅいて、離れないのぉぉっ。」

「動いちゃ駄目だよ。危ないからね。」

「じっとしてるのぉぉっ! でもでも、やっぱり動いちゃうのぉ。」

「駄目だってば。」

「じゃ、動かないように、ぎゅーーーーーってしてて。」

「白菜切ってるからちょっと待ってよ。」

「じゃ、動いちゃうぅぅ。」

ジタバタジタバタ。

「仕方ないなぁ。」

ぎゅーーーーーーーーっとアスカを抱きしめる。

「あーーーーん。ぎゅってなって、動けないのよぉぉっ。」

アスカもぎゅうとシンジに抱き付く。

「もっと、ぎゅーーーーーーーーーなのよぉぉぉっ!!!」

抱き合いっこをする2人の横で、椅子がガタガタ音を立てる。

「むがーーーーーーっ! むがーーーーーーーっ!」

口にガムテープを張られたミサトが、血走った目で暴れようとしているが、ぐるぐるに
縛りつけられており、禄に動くこともできない。

「次、豆腐を切るから。動かないでね。」

「動かないのよ。」

「手の平に乗せて切るからさ。」

「む? あ、あぶないのよっ!! おててが痛い痛いになるのよっ!!」

「だから、じっとしててね。」

「むむむっ。」

シンジの手が切れては大変だと、抱き付いたままカチコチに固まり、じーーーっと手の
平の上に乗った豆腐を穴が開くくらい見詰める。

「むむむっ!」

ストストストと豆腐に包丁が入る。

「駄目なのよっ! おててが切れちゃうぅぅっ!」

「大丈夫だってば。じっとしててね。」

「じっとしてるのよっ。むむむ。」

一生懸命な顔をしているアスカを見ていたシンジは、ちょっぴりいたずらを思いついて
しまった。

「いたっ。」

「えっ?」

びっくりしてアスカが顔を上げる。

「手、切っちゃたみたいだ。」

「たっ、たっ、たっ、たいへんなのよーーーーーーーっ!!!!!」

大騒ぎして、シンジの持っていた包丁をひったくりブンっと投げ飛ばす。

ビーーーーーーーン。

ミサトに向かい一直線に飛んでいき、スカートをつき破って椅子に突き刺さる。

「むがーーーーーーーーーっ!!!!!!」

絶叫するミサト。だが、アスカはそんなことには気付かず大騒ぎ。

「おててがっ! おててを見せるのよっ! 救急車よっ! 救急車なのよっ!」

「ははは。冗談だよ。ほら。」

シンジは、豆腐を鍋の中に入れると、手の平を開いて切れていないことを見せてあげた。

「ほ、ほんとに切れてないのねっ! 心配しちゃったのよぉぉっ!」

「ごめんごめん。あんまりマジマジ見てるから。」

「いじわる言っちゃいやーーーん。」

「ごめんよ。もう言わないから。あれ、包丁は?」

「む? どこかに飛んでいっ・・・あったわ。」

シンジの手が無事だとわかり、アスカはニコニコしながらミサトの座っている椅子に刺
さっている包丁を、ひょいと抜いてキッチンへ戻る。

「むがーーーーっ! むがーーーーーーーっ!!」

何かミサトが訴え掛けているようだが、口にガムテープが張られていて、何を言ってい
るのかさっぱりわからない。

こうして、なんとかかんとか豚しゃぶもできあがり、ダイニングテーブルにそれを運ぶ。

「できたね。ミサトさんも一緒に食べましょ?」

「ダメよっ!」

縛られていたミサトを解きにかかろうとするシンジを、アスカが止めに入った。

「食べ出したらビールを飲むもんっ! 美味しい顔でみんながご飯を食べてるとこまで
  見て、勉強になるのよっ。」

「でも、お腹空いちゃうよ。」

「お腹が空くのと、結婚できなくなるのは、どっちが大変なのっ?」

「・・・・・そうか。そうだね。じゃ、ミサトさんは、見ててね。」

「むがーーーーーーーーーーっ!!!!」

縛られたまま椅子をダイニングテーブルの前に移動させられるミサトと、その前に並ん
で座る2人。

「今日はアスカも頑張って料理したね。」

「シンジと一緒の、愛情いーーーーっぱいのご飯なのよぉっ。」

「はい。お豆腐だよ。ふーふー。」

「あーーーん。あちゅあちゅ。おいちぃのーーー。」

「じゃ、お肉も食べようか?」

「そうだわっ。ワインを出すのよっ。」

「あれは、明日の為に・・・。」

「ワインを飲む練習しとくのよっ。明日は失敗が許されないもん。」

「うーん。そっか。そうだね。」

「それが、ミサトへの愛情よ。」

「むがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

吼えるミサト。

2つのグラスにワインを注ぎ乾杯。

「美味しいね。」

「とーーーっても、美味しいのぉぉっ。」

「でも、酔っぱらっちゃいけないから、1杯だけにしようね。」

「もっと飲みたーーーい。」

「そのかわり、ごはんをちゃんと食べたら、後でまたウインナーコーヒーを作ってあげ
  るからね。」

「わーーーいっ。とっても甘いのぉ。」

お膝に座って、ワインをちびちび飲んでいたアスカのほっぺたが、ほんのり赤くなって
くる。

「あちゅいのぉぉ。ほっぺがぽこぽこしゅるのぉ。」

「お鍋食べてるからかな。」

「きっと、シンジのハートがあったかーいからよぉ。」

「そういや、ぼくもちょっと熱いや。」

「それはねぇぇ。アタシのハートも、ぽっかぽっかだからなのよぉぉ。」

お腹もいっぱい。シンジの首に手を回し、コアラさんになってしまう。

「ねむいのぉ。」

「寝たらいいよ。お布団に連れて行ってあげるから。」

「シンジの夢みるのぉぉ。夢でもラブラブなのぉぉ。ぐぅぅ。」

どうやらアスカは寝てしまったようだ。まだしゃぶしゃぶをしている途中だったので、
ここで寝てると暑いだろう。お布団に連れて行ってあげることにする。

「よいしょ。」

だっこして部屋に入ると、布団に寝かす。ちょっと揺すってしまった為か、眠そうな目
をアスカがうっすらと開けている。

「シンジぃぃぃ。だっこぉぉっ。」

「ほら、もう寝なくちゃ。」

「だっこなのぉぉ。」

「じゃ、寝るまでだよ?」

布団に座りだっこしてあげる。アスカはシンジの心臓の音に安心したのか、だんだんと
瞼を閉じていき、寝息をたて眠り始めた。

シンジもちょっぴりワインを飲んでしまったせいか、眠くて仕方がない。

後片付け・・・。
ちょっとだけ休憩してからにしようかな。

少し体を横たえるだけのつもりだったが、ミサトの為にと今日はあちこちで買い物をし
たせいもあり、いつしかアスカと身を寄せ合ってシンジも眠ってしまった。

グツグツグツ。

締め切った部屋で煮えたぎる鍋。

「むがーーーーーーーっ! むがーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

その前で縛られたまま、身動きできないミサトの体中に汗が滲み出てくる。

グツグツグツ。

目の前の鍋が、地獄の煮えたぎる釜に思えて仕方がない。

「むがーーーーーーーっ! むがーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

そして彼女は一睡もできず12/8日の誕生日の朝を迎えることとなった。

                        :
                        :
                        :

翌朝、アスカが起きると、なぜか横にシンジが寝ている。

「シンジと一緒におねんねしたのよぉぉぉっ!!!」

今日はシンちゃん人形ではなく、本物のシンジと一緒に朝を迎えたアスカはとってもご
機嫌。

「お鼻をちゅーーんしちゃうのよぅ。」

つんつん。つつくと、シンジのお鼻がプルプル震える。

「か、かわいいのよぉぉぉっ! お口もちゅんちゅんしちゃうの。」

つんつん。

「いやーーん。いやーーーん。」

つんつん。

「いやーーーん。とってもプリプリよぉぉ。」

つんつん。

とうとうシンジが寝返りを打ち、反対を向いてしまった。

「むぅぅぅぅ。つまんないぃ・・・・むーん、なんだか喉がかわいちゃった。」

気持ちよさそうにしているシンジはこのまま寝かしておいてあげることにし、布団から
出るとダイニングへと向かう。

「む? ミサトったら、こんなとこで寝てるわ。ダメでしゅねぇ。」

カセットコンロのガスがなくなり、部屋も冷えてきたので、ほんのついさっきようやく
寝れたようだ。無論縛られたまま。

「ちゃんとお部屋で寝なきゃダメなのよ。」

縛っていたロープを解き、口に張っておいたガムテープをはずすと、ずるずると部屋へ
引きずって行く。完全に熟睡しており、多少の振動でも目を覚まさない。

ずるずるずる。

ふと、視線をリビングへ向けると、昨日洗ったシンちゃん人形がテーブルの上で寝ころ
んでいた。

「風邪をひいちゃうのよぉっ!」

ゴン☆!

大慌てで布団を掛けに行ってあげる。引きずられていたミサトは、急に離されおもいっ
きり後頭部を床に激突させているが、よほど熟睡しているのか、目を覚まさない。

「むっ? ミサトったら、白目剥いて寝ちゃダメなのよ。」

瞼を閉じてあげ、また引きずり部屋へと押し込みミッション終了。

「そうだっ! お料理の後片付けして、シンジに誉めて貰うのよっ!」

昨日食べたしゃぶしゃぶの後片付けを始める。きっとシンジが起きてきたら誉めてくれ
るはずなのだ。

                        :
                        :
                        :

ドンガラガッシャーーーーーンっ!

「わーーーっ! なんだっ!? なんだっ!!!」

それまで気持ちよく寝ていたシンジが、あまりの物音に飛び起き急ぎダイニングに出て
くると、大量のお皿が床にぶちまけられアスカがすっころんでいた。

「なにしてんだよ。」

「いたいのぉぉ。いたいのぉぉ、シンジぃぃっ」

「怪我してないっ!?」

「してないけど、いたいのよぉぉぉ。」

「ほら。こっちに座ってるんだよ。」

倒れていたアスカを抱き上げ椅子の上に座らせると、片付け始める。いよいよ今日が加
持親子が来る本番の日。ミサトに愛情のある料理の作り方も教えたし、後は掃除をすれ
ば準備も完璧。

「掃除が終わったら、一緒にミサトさんのバースデーケーキ作ろうか?」

「ケーキ、だーーーいすきっ!」

「ミサトさんのだよ。」

「アタシも食べるのぉぉっ。」

「みんなで食べようね。」

シンジがスポンジを作っている間、生クリームを掻き混ぜるのはアスカの仕事。

ぺろり。

「あまいのよ。」

ぺろぺろ。

「とっても、あまいのよ。」

ぺろぺろぺろぺろ。

「おいしいのよぉぉーーーーっ!!」

「あっ! 食べちゃ駄目じゃないかっ!」

「だって、味見なの。」

「味見しなくていいから。足りなくなって、ケーキができなくなっちゃうよ?」

「だめだめなのよ。」

ケーキができなくなったら大変だ。味見を一生懸命我慢して、混ぜるのに集中する。

ぐるんぐるんぐるるんるん。

「シンジぃぃっっ! できたのよぉぉっ!」

「スポンジもできたよ。じゃ、生クリームかして。」

できあがった生クリームを受け取り、シンジがデコレーションを始める。

「とっても美味しそー。アタシもするぅ。」

「じゃぁ、チョコペンでなにかメッセージ書いて。」

「わかったのよっ!」

”シンジぃぃっ! しゅきしゅきーーーっ!”

「わーーーーっ! ミサトさんのバースデーケーキだってばっ!」

「むぅぅぅぅ。しゅきなのよ?」

「だから、これはミサトさんへのメッセージだってば。どうしよう。」

「下にミサトのこともかくの。」

”ミサトおめでとうっ。”

「ま、いっか。」

”しゅきしゅきー!”と書いてしまった所は、チョコペンでなんとかごまかして、花柄
模様に見えるようにし完成。

ピンポーン。

出来上がったケーキを見ていると、チャイムの音が聞こえた。こんな時間に誰だろうか
と、玄関に出て行く。

するとどうしたことか、まだ昼前だというのに加持とその母親らしきおばさんが立って
いるではないか。

「えーーーっ! 夜じゃなかったんですかっ?」

「すまんな。抜き打ちで行くとかママが言いだしてな・・・昼に変更になったんだ。」

申し訳なさそうに苦笑いを浮べる加持の横には、相撲取りのような体型で、化粧のすっ
ごく濃いおばさんが立っていた。

「あなたが、葛城さんが預かっている子供ざますかっ?」

「はい。碇シンジです。」

「葛城さんは、何処ざますか?」

「ちょっと待って下さい。アスカーっ! ミサトさんを呼んでよっ!」

「ミサトを呼べばいいのね。」

シンジがスリッパを用意し、加持とザマスおばさんを招きいれている間に、アスカはミ
サトの部屋へ入って行く。

「ミサトっ! 起きなさいっ! ミサトっ!」

「むぅぅぅっ! アッ、アス、アスカーーーっ!!!」

昨日、縛られて酷い目に合ったミサトは、目を吊り上げてむくりと起き上がる。なんだ
か、異様に後頭部が痛い。

灼熱地獄で汗を掻いた状態で長時間縛られ眠ったこともあり、身だしなみもいつもに輪
をかけてボロボロ。しかもスカートは、包丁でざっくりと切り裂かれ、前後に大きなス
リットが入っていてとっても下品。

「よくもよくもっ! ただで済むと思ってないでしょうねぇぇっ!!」

「きゃーーーっ! ミサトの寝起きが悪いのよぉぉぉっ!」

いきなりミサトが殴り掛かってきたので、一目散にリビングへ逃げ出す。無論ミサトは
手を振り翳して追い掛けたのだが、部屋から出た途端その目に止まったのは加持の母親。

「な、なんざますの?」

「うげぇぇぇっ!!!」

なぜこんなところに加持の母親がいるのかと、目を剥くミサト。

「ミサトったら、寝起きが悪いのよぉぉ! 虐待するのよぉぉっ!!!」

ザマスおばさんの後ろに隠れて、アスカはなんとか逃げ様としている。

「あなたは、いつもそんな下品な格好で子供を虐待しているのざますかっ!?」

「あっ、あの・・・こ、これはっ。」

「最低の女性ざますっ!」

「そ、そんなっ!」

血の気がなくなり、もうミサトの顔は真っ青。

「婚約は破棄ざますっ!!!」

ガガガガガ−−−−−ーーーーーーーーーン。

とうとうミサトは、ブクブクブクとビールのような白い泡を吹き、白目を剥いて倒れて
しまった。

「あっ! 葛城っ!」

倒れたミサトに駆け寄ろうとする加持をぐいとザマスおばさんが引っ張り戻す。ただで
さえ息子が取られるのを嫌がっていたのだ。こんな都合の良い状況を見逃すはずがない。

「駄目ざます。ぼくちゃんは、ママが愛情をもって育てた子供ざます。こんな女に任せ
  られないざますっ。」

そこへ、玄関でみんなの靴を並べていたシンジがリビングへ入って来た。なにやら騒が
しいが、状況がよく掴めない。

「どうしたの?」

「ママが1番ぼくちゃんを愛してるざますっ。 またママと一緒に暮らすざますっ!」

「おいおい。ママ・・・。」

「そんなのは愛情じゃないわっ!」

困り果てる加持を見かねたアスカが、とうとう黙っていることができなくなり、ザマス
おばさんの前にしゃしゃり出てきた。シンジはまだ状況がつかめず、なぜかリビングで
寝ているミサトに風邪をひいてはいけないと、タオルケットなどを掛けている。

「この娘は何を言うざますっ! わたくしの愛情は世界1ざますっ!」

「違うわっ!」

「違う? どう違うざますかっ!」

「愛情っては。もっともっと、しゅきーーーーっなのよっ!」

「しゅきーーーざますか・・・。」

「そうよっ! シンジぃぃ〜しゅきーーーーっ!! ってするのよぉぉっ!」

言うが早いかザマスおばさんに愛情とはなんたるかを教えるべく、アスカはシンジに飛
びつき、ぎゅーーーっと抱きつく。

「こうざますか? ぼくちゃんっ! 好きざま〜すっ!」

巨体のザマスおばさんが、その全身で加持に思いっきり抱きつく。

「わーーーーっ! アスカっ! ママを刺激するなっ!」

「シンジのほっぺってちゅるちゅるするのよーーーっ!!」

いつものようにほお擦り。とってもやわらかくて、つるつるしていて気持ちいい。

「こうざますかっ!?」

ザマスおばさんも加持に頬擦り開始っ! すっぴんのアスカと違い、厚化粧のザマスお
ばさんだ。加持の顔中に白い化粧の粉がぬりたくられ、臭いのなんの。

「ママっ! やめてくれっ! ママっ! げほっ! げほっ!」

「あ〜〜ん。アスカちゃんのハートったら、もうきゅんきゅんよぉぉっ!!」

がばっとシンジに抱き着き、ハートの高鳴りを聞いて貰おうと、胸に顔をぎゅーーっと
抱きしめる。

「こうざますかっ!?」

巨大な胸にぐいと加持の顔を押し付け、おもいっきり抱きしめるザマスおばさん。もう
胸というより巨大な肉の固まりに顔を押し付けられ、息ができない。

「むがっ! だ、だずげで・・・むがむが・・・。」

加持窒息寸前。

「とろけちゃうのよぉ。うっう〜〜ん、シンジぃぃ、でゅわ〜〜ってするのぉぉ。」

突然アスカが胸の中に跳び込んできたので、シンジは絨毯に倒れてしまう。シンジの胸
の中で小猫のように丸くなりすりすりとっても気持ちいい。

「こうざますかっ!?」

ずどんっ!

巨体のザマスおばさんが加持に飛び乗る。押しつぶされそうになり、白目を剥く加持の
上で丸くなる。

「ママ・・・く、くるしい。」

「アスカちゃんったら、うれしくってぴょんぴょんしちゃうのぉぉ。」

ぴょこんぴょこん。

シンジの上で飛び跳ね出すアスカを見て、加持は断末魔のような叫びをあげた。

「そ、それだけはぁぁっ!!!!!!」

「こうざますかっ!?」

ズドドン! ズドドン! ズドドドンドン!!!

加持の上でザマスおばさんの巨体が飛び跳ねる。

ベキベキベキーーー。

どこかの骨にヒビでも入ったか・・・とうとう加持も泡を拭いて伸びてしまった。

「あら。ぼくちゃんが、おねんねしたざます。愛情についてよくわかったざますっ!」

「アンタにもわかったのねっ! これがラブラブなのよっ!」

「勉強になったざますっ! あなたは師匠ざますっ! 帰って実戦ざますっ!」

寝てしまった加持を小脇に抱え、アスカにお礼を言って帰って行くザマスおばさん。こ
れでまた、愛に溢れる家族が1つ増えたのだとアスカも満足。

「ミサトさん、駄目じゃないかぁ。いつまでも寝てちゃ。加持さん達帰っちゃったよ。」

加持親子を見送ったシンジは、リビングで寝てしまったミサトを部屋へ運ぶと、ケーキ
を取り出しダイニングのテーブルに座った。

「ケーキ。無駄になっちゃったね。」

「大丈夫ぅぅっ! アタシが食べるのよっ!」

「うーん。じゃ、お昼ご飯のかわりに食べようか?」

「わーーーーいっ! ケーキのご飯なのよぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!!」

念願のケーキのご飯。嬉しそうフォークに突き刺し口に運ぶ。きっとミサトの為に一生
懸命頑張ったご褒美だ。

「あーーっ! シンジったらぁ、ほっぺにクリームがついてるのよぉぉっ。」

ひょいと指でシンジのほっぺについた小さなクリームを掬ってぺろりと舐める。
そういうアスカの口のまわりは、クリームでいっぱい。

「アスカなんか、お髭のおじいさんみたいだよ?」

「いやーーん。とってぇぇ。」

とってと言われても、ちょっと掬う程度の量ではない。せめてお口のまわりだけでもと、
指で唇の周りを掬って舐めてあげる。

「あっあーん。ほっぺもよぉ。」

「ほっぺもぉぉ?」

また指でほっぺについてるのも掬って舐めてあげると綺麗になった。

「また、お口についちゃったのよぉ。」

「もぉ。仕方ないなぁ。」

うーーんとお口を突き出してくるアスカ。また唇を指でなぞり掬って舐めてあげている
と、お膝の上にちょこんと座ってくる。

「またついちゃったらダメなの。シンジに食べさせて貰うのよっ。」

「ねぇ、このチョコの板。どうしようか?」

「あーーーっ! それ食べたいのよーーーーーーーーーーーーーっ!」

青い瞳をキラキラと輝かせて、シンジが持つチョコのプレートを眺めている。

「ぼくも食べたいな。」

ちょっといじわるなことを言ってみると、アスカはニコっとシンジの方に振り向いた。

「アタシはこっちから食べるのよぉぉっ! シンジはそっちから食べるのよぉぉっ!」

両端から食べ出すアスカとシンジ。とっても幸せな時間。

愛いっぱいにつつまれた幸せな時の中、12月8日は過ぎていく。

今日は、素敵な素敵な、ミサトのバースデー。

To Be Continued.
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