------------------------------------------------------------------------------
2月16日のバレンタインデー
------------------------------------------------------------------------------

<川辺>

「フフフフフ。もう逃げ場は無いぞ! ざまーねーな。」

「エヴァのパイロットだからって、ふざけやがって!」

「アンタ達に関係無いでしょっ!」

数日前にアスカに振られた男子生徒とその仲間が、下校してくるアスカを待ち伏せして、
この川辺に追い込んだのだ。

「そういうお高くとまってる所が気に食わねーんだよ!」

「ちっ!」

人気の無い川辺で上級生の男子3人に囲まれたアスカは、昨晩加持に渡そうと一生懸命
作ったバレンタインデーのチョコレートが入っているカバンをかばいながら後づさりす
る。

「こいつビビってやがるぜ。」

「エヴァのパイロットって言っても、生身じゃ何もできないってか?」

「ケケケ。」

ジュースのビンを片手に持った男子生徒達は、じりじりと詰め寄ってくる。アスカも後
ろへ後退しようとするが、吊り橋の鉄柱に後ろを遮られて逃げ場が無い。

「うらっ!」

ビューン。

ジュースのビンがアスカ目掛けて飛んでくる。それを手で叩き落とした瞬間、もう1人
の男がアスカに襲い掛かった。

ドカッ。

「ぐぅ。」

腹部に蹴りを入れられ、前のめりに倒れこむアスカ。

「調子に乗ってんじゃねーよっ!」

ドカッドカッ。

「ぐぅぅぅ・・・。」

男子生徒に囲まれたアスカは、腹部や後頭部を次から次ぎへと殴られていく。

ドカッ。ガスッ。ドカッ。

か・・・加持さん・・・助けて・・・。

そしてとうとう、アスカはその場で意識を失ってしまった。

「ケッ。あっけないなぁ。」

「おい、これからどうする?」

「とりあえず、俺の家へ連れて行こうぜ。」

「へへへ。そうだな。」

1人の男がアスカを持ち上げ、その後ろを残りの2人が付いて歩き出した。

                        ●

「遅くなっちゃったね。」

「ええ。」

週番だったシンジとレイは、土手の上を歩いて帰宅していた。

「ん?」

ふと土手の下を見たシンジは、意識の無いアスカを同じ学校の男子生徒が連れ去ろうと
する所を見つけた。

「アスカっ!!」

様子が普通で無いと思ったシンジは、アスカ目掛けて脇目も振らず全速力で土手を駆け
下りて行く。

「綾波っ! 誰かに連絡してきてっ!」

「わかったわ。」

「アスカっ!!!」

その声に気付いた男子生徒3人は、アスカを地面に置いてシンジの方を振り向いた。

「おやおや、またエヴァのパイロットのお出ましだぜ。」

「こいつも一緒にやっちまおうぜ。」

にやにやと笑いながら、シンジに近寄ってくる男子生徒達。

「よくもアスカをっ!!」

シンジは走ってきた勢いのまま男子生徒に飛びかかる。そのタックルの標的となった男
子生徒はシンジと一緒に後ろへ吹っ飛んだ。

ドサッ。

「許さないっ!!」

馬乗りになったシンジは、その倒れた生徒を拳で殴りつける。

ドカドカッ。

しかし次の瞬間、残りの2人の男子生徒にシンジは後ろから羽交い締めにされてしまっ
た。

「いってーーー。よくもやってくれたなっ!!」

ドガッ。

シンジに殴られた男は起き上がると、両手を押さえられ自由を奪われたシンジの腹部を
容赦無く蹴り倒す。

「ぐぅ・・・。」

「おらっ! さっきの勢いはどうしたっ!」

ドガッ。ドガッ。ドガッ。

「ちくしょーーーっ!!」

後ろから捕まれている両手を必死で振りほどいたシンジは、アスカの側に駆け寄り抱い
て逃げようとするが・・・。

「おらっ! どこいくんだよっ!!」

ガンッ。

さすがにアスカを抱いて逃げきることはできず、太股を思いっきり蹴られ前のめりに倒
れ込む。

「おらおら、まだまだこれからだぜ。」

「惣流みたいに、簡単に気を失うんじゃねーぞっ!」

ドガドガドガ。ガス!

3人に囲まれて蹴り倒されるシンジは、アスカの上に被さりその男子生徒の容赦無い攻
撃からアスカを必死に庇った。

ここで気を失っちゃダメだ!
ぼくが気を失ったらアスカがっ!

遠退きそうな意識を気力で踏み止めて、果てしなく続くかに思える男子生徒のリンチに
耐える。

ガンガンガン。

しかし、容赦無く続く暴行にシンジの意識も限界に達していた。

ガッスン!

もう駄目かとシンジが天を見上げた時、1人の男子生徒が吹っ飛ぶ様子が目に入った。

「シンジくん。よく耐えたな。バトンタッチだ。」

その男子生徒の代わりにシンジの前に現れたのは、レイが呼びに行った加持であった。

か、加持さん・・・。

シンジは加持の顔を見た瞬間、安心したのか張りつめていた緊張が一気に溶け、気を失
ってしまった。

その後、加持に難なく取り押さえられた男子生徒達は警察に引き渡され、怪我がひどか
ったシンジは救急車でネルフの病院に運ばれた。

                        :
                        :
                        :

ゆさゆさ。

アタシ・・・どうしたのかしら?

ゆさゆさとゆれる振動に、おぼろげな意識の中うっすらと目を開くアスカ。

か、加持さん・・・。

それはアスカが、ちょうど加持に背負われてミサトのマンションまで送り届けられる途
中だった。

加持さん、助けてくれたんだ。
ありがとう・・・加持さん。

アスカは暖かい加持の背中に顔をうずめて、再び夢の中へと落ちて行った。

<ミサトのマンション>

アスカが目を覚ましたのは、夜になってからだった。

はっ、加持さんは!?

ベッドから飛び起きたアスカが、リビングへ出て行くとそこには加持の姿は無く包帯を
何ヵ所かに巻いたシンジが夕食の準備をしていた。

「シンジっ! 加持さんは?」

「さぁ、もう帰ったんじゃないかな?」

「そう・・・。」

「晩御飯、今作ってるんだけど? 食べる?」

「食べるに決まってるでしょっ! あーーぁ。加持さんと一緒に食べたかったなぁ〜。」

「そうだね。」

「今日ねぇ、アタシが危ない所を加持さんが助けてくれたのよっ! アンタもちょっと
  は加持さんを見習いなさいよねっ!」

自分を救ってくれた加持のことを嬉しそうに自慢するアスカ。そんなアスカをシンジは
優しく見つめる。

「そう。よかったね。」

「さすが加持さんよねぇ。アタシが危なくなったら、すぐに駆けつけてくれるんだから。」

瞳を輝かせて加持のことを語るアスカの話を、シンジも嬉しそうに聞いていた。

「あーぁ、加持さんにバレンタインデーのチョコ渡したかったなぁ。ねぇシンジぃ、加
  持さん受け取ってくれるかなぁ?」

「どうかなぁ?」

「なによ、その言い方ぁ。きっと受け取ってくれるわよっ!」

「そうだね。きっと受けとってくれるよ。」

「うんっ!」

「さぁ、ご飯ができたよ。」

シンジは、できあがったご飯をテーブルの上に並べ始める。その時、アスカはようやく
シンジの腕に巻かれている包帯に気がついた。

「アンタ、その怪我どうしたの?」

「え? あぁ・・・今日トウジ達と遊んでてね。」

「ふーーん。遊んでて怪我するなんて、アンタもバッカねぇ。」

「ははは・・・、そうだね。」

アスカはシンジの作ったご飯を食べながら、明日加持になんてお礼を言おうか,バレン
タインデーのチョコをどうやって渡そうかと思いを巡らせるのだった。

<ネルフ本部>

翌日アスカは、チョコレートを持って加持の仕事部屋へ行った。

「かーじさん!」

「よぉ、アスカじゃないか。もう、大丈夫か?」

「うん、ほら、加持さんのおかげでこの通り。」

両手をめい一杯広げて元気な所をアピールする。

「でね、お礼というわけじゃないんだけど、バレンタインデーのチョコ持って来たの。」

「ほぉ。そうか。」

「受け取ってくれるかなぁ?」

「もう、シンジくんには渡したのかな?」

「え? なんでシンジなんかに。アタシがチョコを作るのは加持さんの為だけよ。」

何気なくそのチョコに手を伸ばし掛けた加持の手が、ピタリと止まった。

「残念だが、このチョコは受け取れないな。」

「えっ!? ど、どうして!?」

今まで満面の笑みを浮かべていたアスカの顔が、その言葉を聞いて急に曇って行く。

「シンジくんにはお礼を言ったのか?」

「どうして、そこでシンジの名前が出てくるのよっ!」

「アスカを助けたのは、シンジくんなんだが。聞いて無いのか?」

「嘘よっ! そんなの嘘よっ! 加持さんが助けてくれたの見たもんっ! 加持さんの背
  中におんぶされて帰るのを見たもんっ!」

「あぁ、確かにおぶって帰ったのは俺だ。だが、俺はシンジくんの連絡を聞いて駆けつ
  けただけだ。」

「そんなの嘘よっ!! 加持さんが遅れて来るなんてっ! アタシのチョコを受け取りた
  くないからそんな嘘を言ってるのよっ!!」

アスカは涙をこらえながら、加持の部屋を飛び出して行った。

<ミサトのマンション>

リビングでヘッドホンステレオを聞いていたシンジは、なんとなく人の気配を感じて廊
下の方へ視線を移した。

「おかえり、アスカ。」

イヤホンを耳から外して明るく声を掛けたシンジだったが、目の前に立つアスカの表情
は重く、手には数時間前に意気揚々と持って出ていった手作りチョコが握られていた。

「アスカ・・・・。」

クッションから立ち上がったシンジは、何と言っていいのかわからないという面持ちで
アスカに数歩近寄る。

「アンタがいけないのよっ!」

「・・・・・・。」

「アンタが、受け取ってくれるなんて言うから、アタシは・・・。」

「・・・・・・。」

「アンタのせいで・・・アンタのせいで・・・。」

「・・・・・・。」

目を吊り上げキッとシンジを睨みつけるアスカの肩に、シンジはそっと手を置く。

「ごめん・・・。」

そんなアスカの目の端に、ほんの少し光る物が輝く。

「悲しい時には泣きなよ。」

「アンタが悪いのよっ! アンタがぁぁぁぁぁ・・・。うぅぅぅぅ。」

自分の胸で泣く、いつになく小さく見えるアスカをやさしく抱きしめるシンジ。

「アスカ・・・好きだよ。」

ガスン。

アスカは握り拳を固めて、シンジの胸を叩く。

ガスン。

「こんな時に言うなんて卑怯よっ!」

ガスン。

「うん・・・ごめん。」

「どうして、そんなこと言うのよっ!」

ガスン。

「ごめん・・・。」

「どうして・・・うぅぅぅぅっ。」

「ごめん・・・。」

                        :
                        :
                        :

その晩アスカは、加持に渡す予定だったチョコを机の上にほおり出すと、早くから布団
に潜った。

シンジがアタシのこと好きだったなんて・・・。
今まで、そんなそぶりちっとも見せなかった癖に・・・。

そんなシンジの前で、加持のことをべらべら喋りまくる自分と、そんな自分を喜んで応
援してくれたシンジのことが思い出される。

アイツ・・・どんな気持ちだったんだろう・・・。
嫌な顔ひとつしないで、いつも喜んで聞いてくれてた・・・。
きっと内心傷ついてたのに、アイツは・・・アイツは・・・。

アスカは夜遅くまで、シンジのことを考えていたがいつの間にか眠りに落ちて行った。

                        :
                        :
                        :

翌朝アスカが起きてくると既に朝食の準備は整っており、今日の2人の弁当の包みがテ
ーブルの端に並んでいた。

「あっ。シンジ。」

「アスカ・・・昨日はごめん。ぼく、もう学校へ行くから・・・。今週は週番だし。」

アスカの顔を見たシンジは、逃げる様に家を出て行こうとする。

「ちょっと待ちなさいよ。」

「なに?」

「昨日、言ったこと本当?」

「え・・・・・。」

「どうなのよ。」

「うん、本当だけど・・・。ごめん・・・あまり気にしないで。」

「アタシね。昨日考えたんだけど。シンジと付き合ってもいいかなって・・・。」

「そんなの・・・ぼくに加持さんの代わりなんてできないよ。アスカがこんな状態の時
  に言っちゃったぼくが悪いんだ。ごめん、それじゃ先に行くから。」

「あっ、シンジっ!」

シンジはそれだけ言うと、アスカを残して1人玄関を走り出て行ってしまった。その閉
まった玄関を愕然として見つめるアスカ。

そうよね・・・。
これじゃまるで、加持さんに振られたから言ってるみたいよね・・・。

アスカは、学校のカバンを自分の部屋に置くとキッチンに向かってチョコレートを溶か
し始めた。

<通学路>

結局その日アスカが学校へ来なかったので、気になったシンジは帰り道を急いでいた。

昨日、どうしてあんなことを言っちゃったんだろう・・・。

アスカの泣く顔を見ていたら、つい出てしまった自分の気持ちをシンジは猛烈に後悔し
ていた。

帰ったら、もう一度ちゃんと謝ろう・・・。

パラパラパラ。

その時、夕立が天から落ちてくる。

「もう。今日雨なんて言ってなかったじゃないかっ。」

シンジがカバンを頭の上に持ち上げ帰り道を走り出した時、目の前から歩いてくるアス
カの姿を見つけた。

「アスカ・・・。」

「シンジ・・・。」

雨の中お互いに見つめ合う2人。

「雨降ってるよ。」

「あのね・・・もうバレンタインデーじゃ無いけど・・・チョコ作ったの。」

「雨・・・濡れちゃうよ。」

「受けとって貰えないかな?」

両手で今できたばかりのチョコレートを差し出すアスカ。

「でも・・・それは・・・。」

「シンジの為に作ったの。」

「でも・・・。とにかく帰ろうよ。」

シンジはそのチョコレートを受け取らずに、アスカの横を通り過ぎようとするが、両手
でチョコレートを差し出したままの格好でアスカはその場を動かない。

「雨に濡れちゃうよ。」

「受けとって貰えないかな?」

「アスカ・・・。」

「加持さんは、関係無いの。シンジに渡したいの。」

「アスカ・・・でも、ぼくはアスカのことを守りきれなかったから・・・。」

「!!!!」

やっぱり・・・加持さんが言ってた様に・・・シンジが助けてくれたんだ・・・。
なのに、アタシは・・・アタシは・・・。

下唇を噛み締めて、シンジを見つめるアスカ。

アタシは・・・バカだ・・・。

「シンジが助けてくれたのね・・・。」

「え? あ・・・だから・・・それは・・・。」

「ありがとう・・・。」

「・・・・・・・・・・・うん。」

「アタシ、これ・・・シンジの為に作ったの。
  アタシ、今までシンジの想いに気付かなくて・・・。
  アタシ、それなのにシンジに頼ってばかりで・・・。
  アタシ、加持さんに拒否された時より、今朝シンジが出て行った時の方が・・・。
  アタシ・・・アタシ・・・。」

「もういいよ、わかったよ、アスカ。ありがとう、貰うよそのチョコ。」

シンジがチョコレートを受け取ると同時に、胸の中へ飛び込むアスカ。雨に濡れた2人
の上には虹が掛かっていた。

「来年は、ちゃんとバレンタインデーに渡すから・・・。」

迷子になっていたアスカのチョコレートは、2日遅れて行くべきところへたどりついた。

今日は、2月16日のバレンタインデー。

fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system